- 1鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:00:59
“いたっ”
「どうしたの、先生?」
“あはは、ちょっと紙で指を切っちゃっただけだよ”
脆い。ぼんやりとそんなことを思った。
「はぁ…絆創膏、貼ってあげるから手出して」
“ごめんね、ありがとう”
血が滲み出る先生の指先にぺたりと絆創膏を貼った。
“……カヨコ?”
先生は頼りになる人だ。私たちも何度も助けられた。でも、このキヴォトスで生きるにはあまりにも脆い存在だ。紙一つで血を流し、拳銃の弾丸一つでも致命傷になる。
それでも、この人はすぐに危険なことに首を突っ込む。それに助けられたのも事実だけど、このままではいつか死んでしまう。
エデン条約の時も、アトラハシースの箱舟の時も本当にいつ死んでもおかしくなかった。
“おーい、カヨコー”
先生が生き残ったのは様々な偶然と奇跡が重なった結果。明日にでも死ぬかもしれない。先生が死んでしまうぐらいなら…もういっそのこと私が…
“……カヨコ?”
「えっ……ああ、ごめん先生」
先生の声が聞こえて、ドロドロとした思考から意識が浮上した。 - 2鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:02:04
“本当に大丈夫…?”
「うん…ちょっと考え事してただけだから大丈夫」
自分の中にこんな欲があることに驚きながらも、そんな欲を知られたくなくていつも通りの自分をなんとか取り繕った。
“ちょっと休憩してきたらどうかな?”
「ごめん…そうさせてもらうね」
少なくとも、今の自分は平静じゃない。このままでは業務に集中できないと思い、その気遣いをありがたく受け入れた。
脳内をぐるぐると巡る浅ましい思考を整理できないまま、休憩室のソファに座り込んだ。
ため息をつきながらテーブルに目を落とすと、一冊の雑誌が放置されていた。おそらく、シャーレに来た生徒の誰かが置いていった物だろう。
今の考えを頭の片隅に追いやるために、特に興味もない雑誌に目を通す。今の状態で内容が今の頭に入ってくるはずもなく、流し読みしていたが、あるページが目に止まった。ツノや羽といった自らの一部をアクセサリーとして加工するといった内容だった。
自身の肉体が素材なら金属アレルギーを引き起こさないため、ある程度の需要はあったらしいが、最近は自分で使う単純なオシャレアイテムとしての用途と、意中の相手に渡すことで、ある種のマーキングのような使い方がされているらしい。
「マーキングかぁ……」
自分の意志と存在を相手に染み込ませる自己中心的な行為だ。とても良い行為とは言えないだろう。
「でも…うん、先生のためだから…」
そんな誰に向けているのかも定かでは無い言い訳をしながらその雑誌の写真を撮り、少し晴れやかな気持ちで仕事の手伝いに戻った。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:02:47
新築ボロアパート
- 4鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:04:17
それから、何日か経った当番の日。
「おはよう、先生」
“ああ、おはようカヨコ…?!って、大丈夫!角折れてるよ?!”
少し大袈裟なぐらい心配そうな声で先生が話しかけてきた。
「大丈夫だよ、別に痛くないから。神経も通ってないし、爪を切ったみたいな感覚かな。」
心配してくれるのは嬉しいが、本当になんともないし、そもそも自分の意志で切った角だ。自分で傷つけた部分を心配されるのはマッチポンプみたいでほんのりと罪悪感が湧いた。
“そうなんだ…まあ、なんともないならいいんだけど、何かあったらすぐに伝えてね”
「うん…わかってる。そうだ、爪と言えば先生、ちょっと爪が伸びてきてるんじゃない?」
“あっ、本当だね…最近は忙しくて気にしてる余裕がなかったから…”
「先生は他所のお偉いさんと会うことも多いんだから、身だしなみはしっかりしたほうが良いんじゃない?爪切り取ってくるから、ちょっと待ってて」
“あはは…ごめんね、カヨコ”
昨日も遅くまで仕事をしていたのだろう。髪はボサボサだしとても身なりが整っているとは言えない。無茶をしているのは見れば分かるけど、それも全部、私たちのためだって分かってるから注意しにくい。やっぱりこの人はずるい大人だ。 - 5鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:05:34
「はい、先生。切ってあげるから、手出して」
“うん、ありがとう”
パチン…パチンと爪を切る音だけが部屋の中に響く。先生の手に触れて、自分の手よりゴツゴツして筋肉質だな、なんてことを思いながらもこれから渡す物を考えると、どうしても先生の指に意識が向いてしまう。
「ねえ…先生…先生はすぐに危ないことに首を突っ込むよね。それを辞めろとは言わない…言ったって聞かないだろうし、私も先生のそういうところに助けられてきたから。でも、傷付いたら悲しむ人がいるってことだけは忘れないでね…」
そう言って、先生の指にそっと指輪を嵌めた。
“これは…黒い指輪?”
「うん、お守りみたいな物…かな。後は、先生のことを心配してる人がいるってちゃんと思い出してくれるようにね…」
“おお…ははっ、カッコいいね!ありがとう、カヨコ”
「そっか…喜んで貰えてよかった…」
“でも、指輪なんて高かったんじゃ…”
「お礼だって言ったでしょ、先生。それとも、生徒からの気持ちを拒否するつもりなの?」
“いやいやいや、そんなことは絶対にないよ!!そこまで言ってくれたら遠慮するのも失礼だね、ありがたく受け取るよ”
「ふふ…先生にはちょっと狡い言い方だったかな。でも、精一杯気持ちを込めて用意したから、使ってくれると嬉しい。」 - 6鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:06:23
お守り代わりというのも、心配してるのも嘘じゃない。でも、それが全部でもない。
そっと折れた角を撫でる。そこから切り離された私の一部は、指輪となって先生の指にすっぽりとはまっている。先生の隣に潜り込んで寝た時にこっそり調べたサイズで先生の指ぴったりになるように作成した物だ。これで私の一部はいつだって先生の側にいるし、いつだって先生は私を思い出してくれる。自分はこんなにも面倒な女だったのかと少し驚く気持ちもあったが、それを恥じるような気持ちはもう無かった。
“カヨコがくれたお守りだからね、大切に使わせてもらうよ”
どんなに面倒でも、重くてもいい…私の存在が、いつだって生徒のために命をかけてしまうこの人を少しでも躊躇わせる枷になればそれでいいのだから… - 7鬼方に狂わされた人類24/05/27(月) 22:08:14
- 8二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:09:57
ありがとう
- 9二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:10:36
うーんグラビティを感じる
- 10二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:14:06
自分の体の一部をこっそり相手に身につけさせるの独占欲とえっちの塊でいいな
- 11二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:29:07
- 12二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 22:55:04
先生の枷になりたいという欲望の裏側にほのかに見える独占欲が良い
- 13二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 09:27:26
- 14二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 09:57:15
角指輪渡すことに、枷になって欲しいっていう意味を持たせてるのすげぇ良い。文才感じる
- 15二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 10:09:56
お気に入り登録しとこ
- 16二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 13:35:48
美しいものを見た