- 1二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:09:52
トレセン学園、栗東寮、某日。
この日、一人のウマ娘が海外からの帰国を果たしていた。
鹿毛のショートヘア、白い文字の入った赤いキャップ、どこか明るい黒い瞳。
彼女はたくさんの荷物を抱えて、目を輝かせながら、早足で廊下を歩いていく。
そして、とある部屋の前で立ち止まると、勢い良くその部屋のドアを開けた。
「たっだいま戻りましたーっ! ひっさしぶりー! 元気してたー!?」
鹿毛のウマ娘は満面の笑みを浮かべて、建物中に響き渡りそうなほどの声で、挨拶を告げる。
その部屋の中では────栗毛のウマ娘がきょとんとした様子で、突然の来客を見つめていた。
ゆるやかなウェーブのかかった長い髪、透き通る青い瞳、どこか品のある立ち振る舞い。
彼女は何かに気づいたかのように耳をぴこんと動かすと、軽く微笑みながら口を開いた。
「……あら、どちら様でしょうか? 新たに入寮された方ですか?」
「えっ」
その言葉に、鹿毛のウマ娘はぴしりと固まり、どさりと荷物を落としてしまった。
そしてさあっと青ざめて、わたわたと手を動かしながら、慌てた様子で言葉を捲し立てる。
「いっ、いやいや!? 確かに半年近くいなかったけどさ! 同じチームで同室の顔、忘れるわけないよね!?」
「……?」
「何を静かに小首傾げてるの!? そんなお嬢様キャラじゃなかったでしょ!? というか何で敬語なの!? あれかな? 長旅で豊富な人生経験を積んだあたしの隠しきれない大人の色気がそうさせるとかそういう感じ!?」
「……いえ、外見も中身もまさに永遠の小学生、といったところですね」
「あたしの名前も顔も絶対に覚えてるよね!? その反応!?」
「なんのことやら…………ああ、そろそろ夜ご飯のお時間ですわね? 案内がてら、ご一緒にどうでしょうか?」
「えええ、案内も何も食堂なら目を瞑ってもいけるよお……というか、さっきから何なのその口調、その辺のカラスにも喧嘩売りそうだった頃の君はどこに行っちゃったの?」
「……行きますわよ?」
「……はぁい、なんだよもう、フジさんへの挨拶よりも先に顔を出したのに」 - 2二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:10:14
鹿毛のウマ娘は荷物を投げ込むように部屋の中へと押し込みながら、唇を尖らせる。
その様子を、若干口元を引きつらせながら栗毛のウマ娘は見届けると、澄ませた顔に切り替えて、部屋を出た。
「むぅ」
そして、鹿毛のウマ娘は渋い表情で彼女の背中を追いかけつつ、思考を巡らせる。
ここ半年は部屋どころか日本にすらいなかったとはいえ、彼女とはトレセン学園に入学して以来の仲。
海外にいた頃だって定期的に連絡を取っていたし、自身の活躍だって、耳に届いてないということはないはず。
────そのはずなんだけどなあ、鹿毛のウマ娘は、心の中で首を傾げてしまう。
「こちらが、寮の食堂ですわ」
「……知ってるよ」
しかし、目的地へと辿り着いても、栗毛のウマ娘の他人行儀な仕草は変わらない。
彼女は食堂のドアの横に立って、さあどうぞと誘導するように手を差し向けた。
鹿毛のウマ娘は不満そうな声を出しながらも、促されるがまま、素直にドアノブに手をかけて、開ける。
────刹那、パンッ、と破裂するような音が一斉に鳴り響く。
「ひゃあっ!?」
尻尾と耳をピンと逆立てて、鹿毛のウマ娘は悲鳴を上げる。
その様子を、栗毛のウマ娘は口角を吊り上げて、肩を震わせながら、見守っていた。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:10:45
その日の夜、栗東寮の食堂は、大変な賑わいを見せていた。
たくさんの人参を使った料理の数々や、煌びやかな飾り付け。
壁には『おかえり』と『おめでとう』が書かれた横断幕が掲げられていた。
鹿毛のウマ娘はそれを嬉しそうに見つめながら、料理を次々に平らげていく。
つい先ほどまで他の生徒達からの質問責めに遭っていたため、殆ど食べられていなかったのだ。
────そんな彼女の隣の席へ、どすんと、無遠慮に座る音が響いた。
「やあ、さっき振り、お前も随分と人気者になったものだね?」
「……どうも、君も随分と演技が上手くなったんだね、本当にびっくりしたんだから」
「はっはっは、まあ許せ、フジ寮長からサプライズを、と頼まれていたからな」
声をかけてきたのは、先ほどの栗毛のウマ娘であった。
しかし、先ほどのお淑やかな様相とはまるで違う、どこか尊大な口調と態度。
そんな彼女を見て、鹿毛のウマ娘は安堵したように、口元を緩ませる。
それこそが、良く知る同室のウマ娘の姿だったからだ。
「慰労会を開いてくれるのは、予想外で嬉しかったから良いけどさ、ご飯もめっちゃ美味しいしね」
「……今日、日本に帰って来たばかりなんだろ? 良くそんなに食べられるな?」
「いやあ、日本のご飯も久しぶりでさ~、食べれば食べるほどお腹空いちゃって」
「…………さすがというか、それでこそというか」 - 4二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:11:16
栗毛のウマ娘は、半分呆れた、半分尊敬するような顔で、鹿毛のウマ娘と周囲に積みあがった皿を見つめる。
やがて、鹿毛のウマ娘は大きく膨れたお腹を幸せそうにさすりながら、突然、首を傾げた。
「そういえば、ちょっと豪華すぎない? 量も質も、前のパーティの比較にならない気がするんだけど」
鹿毛のウマ娘の脳裏に蘇るは、海外に渡る直前の、忘年会。
その時の料理も豪華ではあったが、今日ほどではなかった。
彼女自身も相当な量を食べたし、他のウマ娘だってかなり食べていたが、まだ奥に料理が残っている。
その問いかけに対して、栗毛のウマ娘は、微かに目を逸らしながら答えた。
「実は、途中で一度くらい戻ってくると思っていてな、そのために集めたお金が、ずっと繰り越されて」
「あー、それを一気に使ったからってことなんだね……うん? それじゃあ、つまり」
「…………なんだ?」
「……ううん、なんでもない、ふふっ、ありがとね?」
「………………お前の努力の結果だよ、気にするな」
────つまり、あたしが勝つ度に準備してくれていたってことだ。
鹿毛のウマ娘は、そのことに気づきながらも、あえて言葉にはしなかった。
そういうことを指摘すると、栗毛のウマ娘が怒ってしまうことを、彼女は良く知っていたから。
この半年間、鹿毛のウマ娘は、は海外のレース場で転戦を続けていた。
途中で日本に帰ることも出来たが、大本命のレースに向けて気持ちを切らしたくなかったため、そのまま海外に身を置いていた。
トレーナーや、他の協力者の尽力もあり、一定の成果は出すことが出来た。
一定の、成果は。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:11:33
「……」
「……」
二人の間に、妙な沈黙が走る。
お互いにお互いをちゃんと見て、意識しているのに、何故か言葉が出てこない。
それはまるで、本命の話をするタイミングを、二人して探り合っているようだった。
やがて、鹿毛のウマ娘は顔を俯かせて、ぽつりと、零れ落ちるように呟いた。
「……君は、言わないんだね?」
「……何をだ?」
「あのレースのことだよ、みんなは『頑張った』とか『良くやった』とか言ってくれるんだけど?」
あのレース。
それは、鹿毛のウマ娘が大目標としていたレース。
アメリカクラシック三冠の第一冠、アメリカにおいて、そして世界において最高峰のレースの一つ。
スポーツの中でもっとも偉大な二分間と名高い、ケンタッキーダービー。
彼女はそのレースに出るため、世界を巡り、自らを磨き上げて来た。
そんな彼女の言葉を聞いて、栗毛のウマ娘は真剣な表情で、逆に問いかける。
「言って欲しいのか?」
「……っ」
「そんなわけないよな、二着だろうと、三着だろうと、クビ差だろうと、初の掲示板だの、異国の地で大健闘だと言われても────負けは負け、だからな」
栗毛のウマ娘は、鋭い目つきのまま、淡々とそう告げる。
その言葉には、とても大きな実感が込められていて、そして自分自身に向けているようでもあった。
鹿毛のウマ娘が挑戦したケンタッキーダービーの結果は────クビ差の三着。
過去、日本のウマ娘が挑戦してきた中での最高着順、初めての掲示板入り、あの少しにまで迫った大接戦。
誰もが称えるような、そんな、素晴らしい結果であった。
本人達、以外にとっては。 - 6二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:11:51
「────悔しい」
鹿毛のウマ娘は、唇を噛みしめて、一言を絞り出すように吐き出した。
彼女は元々、穏やかで、人当りが良くて、気配りの出来る人物である。
素直に褒め称えてくれる相手に対して、そんな心情を言うことなんて出来なかった。
だからだろうか、それを見透かした栗毛のウマ娘に対して、次々に想いが溢れ出してしまう。
「勝ちたかった、勝てると思った、勝たなきゃいけなかったのに……っ!」
俯いて、身体を震わせて、鹿毛のウマ娘は拳を握りしめる。
頭の中では、未だにあのレースの光景が焼き付いて離れず、胸の奥は後悔の念が燃え続けている。
出遅れがなければ、あの位置取りでなければ、あのタイミングでなければ。
勝負にたらればは禁物。
理解していてなお、その思考を、止めることが出来ない。
その瞬間、とくとくと、何が注がれるような音が、鹿毛のウマ娘の耳に入った。
顔を上げれば、栗毛のウマ娘が微笑みを浮かべつつ、ワイングラスに人参ジュースを注いでいた。
「だから、私が伝えるのはこれだけにしておくよ、『おつかれさま』」
「……~~っ!」
その言葉を聞いて、鹿毛のウマ娘の目尻に、じわりと雫が溜まる。
栗毛のウマ娘が他人に対してこういうことをするのは、かなり珍しいことだと、知っていたから。
流れでそうな涙を誤魔化すように、彼女はワイングラスのステムをぎゅっと握り締めて、一気に飲み干した。 - 7二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:12:11
「ぷはぁ! 美味しいっ!」
「……その飲み方絶対に外でするなよ、いや、まさかもうすでに」
「ほらほら、君もグラスを出してよ! あたしも君に伝えたいことがあるんだ!」
「…………ふん、零すなよ?」
栗毛のウマ娘は何かを察したように口角を吊り上げると、グラスを傾ける。
それを見て、鹿毛のウマ娘はにんまりとした笑みを見せて、少したどたどしい手つきで、人参ジュースを注いだ。
「日本ダービー、『おつかれさま』っ! 最後の直線、凄かったよっ!」
「……お前ほど届かなかったけどな、まあ、どうも」
「……やっぱり、君も満足はしてない感じ?」
「当たり前だ、姫さん達には先着出来たが、結局また他のウマ娘の背中を見ているんだから」
栗毛のウマ娘は、不満そうに下唇を噛んでから、グラスに口をつける。
彼女は先日、日本のウマ娘にとっての憧れの地、日本ダービーに出走していた。
クラシック三冠レースが始まるまでは連対を続けてた彼女は、クラシック第一冠皐月賞で五着と初めて連対を外す。
その後、日本ダービー前哨戦から数々の期待ウマ娘が出てきており、彼女自身の評価をかなり落としていた。
そして迎えた日本ダービー、7番人気だった彼女は────奇しくも、鹿毛のウマ娘と同じく、三着。
元々フランスの出身で、適正を不安視されていた彼女は、改めて自身の実力を示したといえるのだが。
「負けは負け、あのイタリア女には二連敗だし、もう一人勝たなきゃいけない相手も増えた」
「イタリアなのは名前だけでしょあの子」
「……それに、姉上が取ったダービーの冠を、私も欲しかったからな」
「……うん」
栗毛のウマ娘には、フランスで名を馳せた偉大な姉がいる。
その姉に恥じない活躍をすると、学園に入学当初から息巻いていたことを、鹿毛のウマ娘は良く覚えていた。
そして、ふと、彼女は思い出す。
何度も聞かされた『姉上』の勝利したレース、そして日本ダービー後に聞いたトレーナーの話。 - 8二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:12:37
「そういえば、君と相談するってトレーナーが言ってたけ────」
「もちろん行くぞ、凱旋門賞」
「……決断早いなあ、でも、そっか、そうだよね、ずっと言ってたもんね」
初めて顔を合わせた時、目を輝かせて彼女が言っていたことを、鹿毛のウマ娘は忘れていない。
その言葉はクラスやチームでの自己紹介の際に、一言一句違わず、同じことを言っていたから。
────私は、必ずや凱旋門賞に勝って、いずれは姉上をも超えるウマ娘になるっ!
そして今、幾多の敗北を経てなお、彼女の目の輝きは少しも変わってはいない。
そのことが、鹿毛のウマ娘にとっては、とても嬉しかった。
「えへへ、それじゃあ、今度はあたしと一緒に海外挑戦だね!」
そう言って、鹿毛のウマ娘はぴこぴこと耳を動かしながら、微笑む。
同じ国に行くということはないだろうが、同じチームに海外組がもう一人いるのは心強い。
それが同室の彼女であれば、なおさらだ、と彼女は思った。
しかし、栗毛のウマ娘はどこか冷めた目で見ながら、静かに言い切った。
「お前と一緒にするな」
「ひどくないっ!? そこは同世代、同チーム、同室として協力を誓い合う場面だよね!?」
「協力はするさ、だが一緒にして欲しくはないね────今は、お前の方がずっと先にいるよ」
「……そっ、それは」
「謙遜も否定もしなくて良い、それが誰もが認めるところだろうからな」 - 9二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:13:14
片や、ケンタッキーダービーまで無敗、ジュニア世代の頂点に立ち、中東のダービーを連覇したウマ娘。
片や、ジュニア重賞は獲ったものの、それ以降の世代戦では惜敗を続けて、勝ち星のないウマ娘。
本人の意思はともかく、どちらの評価や格が上かといえば、一目瞭然であった。
少し表情を曇らせる鹿毛のウマ娘に対して、栗毛のウマ娘は、にやりと挑戦的な笑みを浮かべる。
「まあ心配はするな────必ず、すぐに追いついて、追い抜いてみせるよ」
栗毛のウマ娘はそう言って、グラスを差し出してきた。
────ああ、そうだ、こういう子だったな。
鹿毛のウマ娘は、再び、彼女がどういう人物だったかを思い出す。
妙に好奇心旺盛で、傲慢なくらい気位が高くて、意外と根にもつタイプで。
それでいて、他人のことはちゃんと認めていて、自分との差に、目を逸らすことはない。
その上で、負けないように、地道な努力が重ねることが出来るウマ娘。
────そんな彼女に、あたしも認められたいって、思ってたんだ。
それじゃあ、変に卑下するのも、逆に失礼だよね、と鹿毛のウマ娘は思い直した。
そして、空になったワイングラスを手に取り、差し出しながら、言葉を紡ぐ。
「……待っては、あげないからね?」
「ハハッ、言うじゃないか……ああ、それで良い、私は走り続けるお前に追いつきたいんだ」
二人はかつんとグラスを合わせて、楽しそうな、愉しそうな笑みを浮かべる。
今の彼女達は────まさに、仲間でありながら、ライバルのようであった。 - 10二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:13:34
「いつか、君とあたし、同じ、世界のレースで走る日が来るかな!?」
「……いや、さすがに路線が違い過ぎて、それは無理じゃないか?」
「わからないよ~? 君だって先輩みたいに、突然、海外のダートG1に出るかもしれないじゃん?」
「…………ちょっと自信なくなってきたな」 - 11二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 01:14:40
お わ り
たまにはこんな感じのも - 12二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 09:47:15
もしかしなくても∶エバヤン?
- 13二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 12:37:06
分かりやすいですがご想像におまかせします
- 14二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 17:48:44
エバヤンとシンエンの話し方が、解釈一致過ぎて好き。
- 15二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 17:55:15
めっちゃいい…
こういう関係性だいすきです - 16二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 18:37:25
何だこの素晴らしいSSは 感謝感激
- 17二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 19:24:53
アーーーー!!!尊い!!!
- 18二次元好きの匿名さん24/05/28(火) 20:14:20
えっえっあっ神?
いやこんな感じの大好きですよ??? - 19124/05/29(水) 00:29:55
- 20二次元好きの匿名さん24/05/29(水) 00:36:26
こう言うの大好き
ありがとう - 21124/05/29(水) 06:55:00
いいよねこの関係性…
- 22二次元好きの匿名さん24/05/29(水) 14:26:03
あまりに素敵すぎて涙でました。
いまは遠征してかえってきてまた遠征と
国内はしってきてこれから海外遠征で
ふたりともいつも遠く離れていても切磋琢磨してほしい妄想をしてたので
このSSあまりに素敵すぎて何度も読み返しては泣いています……
来年あたりでるレースは違くとも遠征先で練習とかしてくれならなぁと思います。
素敵な作品ありがとうございます!理想の距離感でした! - 23二次元好きの匿名さん24/05/29(水) 15:42:24
- 24二次元好きの匿名さん24/05/29(水) 15:43:51
素晴らしい物を見たとき人は皆そう思ってしまう
- 25124/05/30(木) 01:53:45