- 1◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:29:08
- 2◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:29:43
「あっ! このままじゃお花さん、かわいそうだよね」
そのままぱたぱたと部屋を出ていく。しばらくしてまた戻ってきた彼女は、新たに花瓶を手にしていた。
歩くたびにちゃぽちゃぽと中身の水が音を生み出している。枝をそこに浸して、ようやく彼女は一息ついた。
椅子に座って、色々な角度から花を見始める。花見の季節というには6月は遅すぎるが、彼女は気にしていない様子だ。 - 3◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:30:15
「お花さん、きれい……」
ライスは思わずそんな言葉を漏らす。梅雨もまだ始まっていない休日、先程まで彼女はお出かけ日和だと街を歩いていた。
特に目的があったわけではない散歩は、唐突にある店の前で止まった。かつて手伝いをした花屋だった。
店長も出てきて二人は談笑する。自分のせいでけがをさせてごめんなさい、店を手伝ってくれたし気にしていない。
そんなやり取りをしていると、店長が彼女に尋ねる。何か、欲しい花が? - 4◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:30:46
彼女は花に興味がある方だった。勝負服はもちろん、制服でも被っているお気に入りの帽子にもバラの花を挿している。
お気に入りの絵本に出てきたからという小さな頃の思い出がきっかけで、花は嫌いではない。
ただ、彼女は戸惑った。今日は花を買うつもりはなかったのだ。それなのに、目は咄嗟にある方向へと動いていた。遅れてもう二つの目も同じものを捉えると、そこにはある花が飾られていた。
店長は、珍しいでしょう? と言う。バラやチューリップといった花々よりは知られていないであろうピンクの花。
じーっと見つめたままのライスの耳に、その花の名前が伝えられる。沢山種類がある花々の中で何故その花が気になるのか、理由が分からないまま彼女は購入していた。 - 5◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:31:17
ラッピングに使われていた紙を丁寧に折りたたみながら、改めて彼女は理由を探し始める。
買ってきた花は相変わらず綺麗に咲いていた。花屋での手入れがきちんとしているというのもあるが、この花自体が彼女の目を離さない。
そう、何かしらのこだわりや贔屓目が自分の中にあるのは想像出来るのに、それがどういう道のりを辿っているのかが分からない。
「どうしてかな」
ぽつりと呟いた言葉に花は何も返さない。静かなままの相手にライスはつんつんと指先で突っついてみた。花びらや葉、枝のどの部分も元の位置に戻るだけだ。
ちょっと悪いことをしたなと思い、彼女は花を撫でる仕草をする。ぎりぎり触れないように、全体をそうっと。気持ちが伝わるといいなと思いながら。 - 6◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:31:48
結局、理由を見つけ出すことを諦めて彼女は机に突っ伏した。腕を枕にして、横顔だけは花に向けて。
お出かけ日和だと感じた今日は、散歩に合えばお昼寝にも合う温かさだった。姿勢のおかげもあるだろうが、長い髪に隠れがちな目はうとうとと微睡み始める。
「おはなさん……しってる……?」
無意識に諦めきれなかったのか、ライスは花に問いかけていた。花が言葉で答えることはない。
花を買う時に、店長から聞いた名前は何だったか。その言葉が浮かびかけるも、結局彼女の口から聞こえてきたのは不明瞭なものだった。 - 7◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:32:30
「お……ぁ、さん」
すうすうと、寝息が聞こえてくる。彼女以外誰もいない空間に静けさが訪れる。
着替えることなく眠っている彼女が身に着けている服は、派手ではない落ち着いた色合いだった。ベージュやクリームイエローに似た生地が彼女の全体を覆っている。
日はまだ出ている時間で、窓から差し込む光は部屋自体に行き渡っている。少しして、太陽に雲がたなびいたのだろうか。その光が少し弱まりライスの顔や衣服に淡いグレーがかかる。
まるで特定の猫に表れるポイントカラーのような色味が、しかし一部分だけではなく全体に広がっていく。 - 8◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:33:02
ただ、彼女を猫と呼ぶには耳がいささか長過ぎるようだ。ウマ娘特有の形のそれが身じろぎと共に時折揺れる。
光に陰りが混ざっても、彼女の目は閉じられている。その周りにあるまつ毛も彼女が猫ではないことを証明している。
窓は閉まっているから風は入ってこない筈なのに、何の弾みか花瓶に挿してあった花が少し傾いた。
傾いだ枝に付いた葉が彼女の頬を撫でる。彼女はくすぐったそうにするが、眠りが覚めることはなくされるがままだ。
彼女の眠りが妨げられることはない。夢を見ているのだろうか、声もなく微笑んでいる彼女の顔は、どこかいとけない。
夢が記憶をもとに見るというのなら、あどけない顔をさらしている彼女は思い出の中をたゆたっているのかもしれない。 - 9◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:33:34
咲くにふさわしい季節を過ぎても、その花は――ライラックの花は、彼女の傍で咲き続けている。
ずっとずっと、彼女から離れることはない。
ライラックポイントの柔らかい色合いが、ライスシャワーを温かく包み込んでいる。
その温もりが彼女から離れることはない。
彼女はいつも、見守られている。 - 10◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 00:33:58
以上です。
短いですがちょっと書いてみました。 - 11二次元好きの匿名さん24/06/04(火) 00:57:43
- 12◆zrJQn9eU.SDR24/06/04(火) 06:22:52
- 13二次元好きの匿名さん24/06/04(火) 08:07:23
胸の奥がキュッとする