- 1二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:31:55
「あちゃー、これは来るのが遅かったわね」
肌を刺すような冷たい風が吹く、冬の東京レース場。
メインレース直前にスタンドへとやってきた私の前には、たくさんの人だかり。
なんといっても今日は重賞レースが開催される日、こうなるのは当然といえた。
ちらほら私と同じく、トレセン学園の制服に身を包んだウマ娘も見えて、その注目度を物語っている。
「どこか適当なとこ空いてないかしら……おっと」
人を避けながら前に進んでいくと、奇跡的に、一人分だけぽっかりと空いている場所を見つける。
────最近は色々と運がなかったけど、今日はツイているわね。
ゆらりと動きそうになる尻尾を抑えながら、他の人に確保されないよう、足早にそこへと入り込む。
その時、微かにではあるが隣の人に肩が触れてしまった。
「あっ、すいません────げっ」
謝罪を告げながら隣に視線を向けて、私はつい、呻き声をあげてしまう。
そこにいた人物もまた、トレセン学園の制服を身に着けていた。
さらさらと長い金色の髪、眠たげに細められた空色の瞳、どことなく浮世離れした雰囲気。
「“NVEM”、ネオユニヴァースは『気にしない』をしているよ」
そこにいたのは、私の同期である、ネオユニヴァースであった。
同期、といっても接点はレースで何度か一緒に走っている程度。
それ以外の場面で話したことは殆どないし、そもそも彼女には連敗中で、少し因縁もあった。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:32:18
────場所、変えようかな。
そんなことを思って振り向けば、すでに私の来た道は人で埋まっている状態。
戻るのも一苦労だろうし、なおかつ、ここ以上に見やすい位置を確保するのは不可能だろう。
なんといっても、今日は『あの子』の晴れ舞台なのだ。
私は大きくため息をついて、もやもやとした感情を全て飲み込むことにした。
「……どうも久しぶり、アンタもレースを見に来たりするのね、意外だったわ」
「…………?」
私が話しかけると、ネオユニヴァースはぴくりと耳を動かした。
そしてゆっくりとこちらを向いて、じいっと見つめた後、こてんを首を傾げる。
……こいつ、もしかして私のこと覚えてない?
いや、確かにレースでは負け続けだったけど、それなりに差を詰めた2着だったんですが?
「アンタねえ……ここのところ、ずっとレースでは一緒だったでしょ!?」
「“交信”を、していた?」
「は?」
「確かに“ハップル”の“記録”はある……だけど『おぼろげ』」
「……はあ、相変わらず何言っているのか良くわからないわね」
『これ』だ。
私がネオユニヴァースとあまり話していない理由。
それは、彼女の言動が特異過ぎて、会話にならないことが多いからだ。
私に限らず、同じ理由で敬遠している子も多く、『宇宙人』だなんて陰口も聞いたことがある。
……まあ、この子が私のことを覚えていないことだけは、はっきりと伝わってきたけど。
彼女は少し申し訳なさそうに耳と眉を垂らすと、おずおずと問いかけて来る。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:32:42
「“REQU”、ネオユニヴァースはあなたの名前を“観測”したい」
「私の名前を教えろってこと? …………ふっ、その必要はないわ」
「……“WHY”?」
「いずれアンタを負かし、嫌でも思い知らせてやるからね、それまでは謎のウマ娘Pとでも呼べば良いわ」
「…………“地点P”」
「私は、あの、ヴィクトリー倶楽部のウマ娘!」
ヴィクトリー倶楽部。
サクラチヨノオーさん、サクラバクシンオーさん、サクラローレルさんなどのウマ娘を輩出したちびっこレースクラブ。
彼女達を指導した先生は引退してしまった後だったけれど、その魂はしっかりと受け継いでいる。
そう、私は学園に入学する際、心に誓ったのだ
偉大な先達をも超える、ヴィクトリー倶楽部を代表するような、威風堂々と威厳あるウマ娘になると。
私はネオユニヴァースに向けて、改めて誓いを結ぶように、高らかに宣言した。
「いずれ私は、ヴィクトリー倶楽部の『大統領』と呼ばれるようになるんだから!」
「…………『総大将』?」
「…………そうとも言うわね!」
────めっちゃ恥ずかしい。
燃え上がったテンションに冷や水をかけられて、私は小さくなってしまう。
というか、何を一人で高ぶっていたのだろう。
ため息一つ、私は手すりに腕と顎を乗せて、ターフビジョンの出走リストを眺めながら声を出す。 - 4二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:32:57
「……で、アンタは誰を見に来たのよ、それともレースそのものを見に来た感じ?」
「今日は1番のウマ娘の“TIPS”を『応援』するために、“着陸”をした」
「…………1番?」
最強のウマ娘、というわけではないだろう。
それは、このレースにおいて、各ウマ娘に割り振られた番号のこと。
そしてその1番が誰であるかというのは、出走リストを見なくてもわかった。
私が応援しに来た『あの子』の、番号だったから。
「『あの子』のこと知っているの? ヴィクトリー倶楽部の後輩なんだけど」
「アファーマティブ、良く“接触”をして“WORR”の解決や“ランデブー”……『併走』もしているよ」
────おやあ? 何か、私よりも仲良くしている気がするんだけど?
まあ、良い、たまたま会う機会が多かったとか、そういう感じなのだと思う、多分。
私が頼りなかったとか、そういう話では、決してないはず。
そう、自分を誤魔化しながら、再び、ターフビジョンを見やる。
現在『あの子』は七番人気。
このレースにはすでに重賞を制覇したウマ娘や、G1ウマ娘までいる。
未だ重賞レースにおいて掲示板入りの経験もない『あの子』には、なかなか厳しい戦いではあるだろう。
その時、ふと、私はとある噂を思い出した。
面白半分に、そのことをネオユニヴァースに問いかけてみる。
「アンタ、このレースの結果を知ってたりしないの? 未来が見える、なんて話も聞いたけどさ」
ネオユニヴァースは未来を知っている、なんて噂を耳にしたことがある。
どうにも、ノーリーズンさんが派手にやらかすのを予見していた、とかなんとか。
実際、私が走ったレースでも、未来を知っていたかのように、待っていた彼女の前だけがきれいに開いたことがある。
私の言葉に対して、彼女はちらりとこちらを見て、ゆっくりと首を左右に振る。 - 5二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:33:18
「ネガティブ、『ぼく』にとって、この先の“航路”は“ダークマター”」
「ふぅん……?」
遠くを見つめているような、少しだけ悲しげな表情で、ネオユニヴァースは言葉を紡いだ。
彼女の言動に微かな違和感を覚えたものの、その正体は掴めない。
とりあえずわかったことは、未来を知ることなんて出来ない、ということだろう。
やはり噂なんて、アテにならないものだ。
と、その時、周囲がにわかに騒めきだす。見れば、ターフビジョンにはフラッグを開ける係員の姿が映っていた。
同時にファンファーレと歓声、拍手が鳴り響き、ウマ娘達が次々にゲートへと入っていく。
「ゲートインは“NOST”……“平常運航”をしているね」
「まあ、そうね、うん」
正直、心臓がバクバクして、返事は適当であった。
自分が走るわけでもないのに、何でこんなに緊張するのだろうか、あー、吐きそう。
そして16人全員が収まって、ゲートが開き────直後、大きなどよめきが起こった。
「出遅れ……っ!?」
「“ART”、『1番』ではないね、『1番人気』の子ではあるけれど」
「ほっ……えっと、『あの子』は、うん、悪くない位置についているわね」
先行集団を見据える形の、中団先頭、インコースでの位置取り。
各ウマ娘、そのまま大きな動きはなく、直戦を走り抜けてコーナーへと入っていった。
先頭は赤いゼッケンのウマ娘、1バ身ほどのリードを維持したまま、最終直線へと向く。
残り600m、依然として『あの子』は中団のまま。
「そろそろ仕掛けないと……ってああ、そっち行っちゃダメだって!」
「“DENY”、ちゃんと彼女には“ミルキーウェイ”が見えている」
「はあ? なんで急にバスの話を────あっ!」 - 6二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:33:36
『あの子』はコーナーで一瞬だけ外に膨らんだように見えたが、即座に最内へと切り返していった。
先頭は以前変わらず、赤いゼッケンのウマ娘、その足取りは衰えず、むしろ後方を突き放しにかかる。
残り400m、なかなか距離は縮まらないままだが、『あの子』の道はしっかりと開いていた。
ドクンと心臓が跳ねあがり、気づいたら、私は身を乗り出して、声を張り上げていた。
「……いっけーっ! 頑張れ! 捉えろっ! 差せ、差せーっ!」
「……っ!」
大声でわめきたてる私とは対照的に、ネオユニヴァースは静かに『あの子』を見つめていた。
どこか緊張したような面持ちで、真剣に、真摯に、祈るように、『あの子』を目で追いかけていた。
普段、何を考えているかわからない、おかしな子だと思ったけど。
────少なくとも今は、私と同じように、『あの子』のことを応援してくれている。
そのことが、ほんのちょっとはあるけれど、嬉しかった。
「残り200、厳しい……っ!?」
「ネガティブ、彼女の“推進剤”は、尽きていない」
刹那、ネオユニヴァースの言葉に呼応するように、『あの子』の纏う雰囲気が変わる。
スパートをかけていた速度が、さらに一段階上がって、一バ身ほどあった先頭の距離をあっと言う間に詰めた。
残り100mほどで先頭が入れ替わり、『あの子』が抜け出していく。
後方からは一番人気の子もジリジリと追い上げてきていたが、もはやどうこう出来る位置ではない。
そしてそのまま────『あの子』が一番に、ゴール板の前を駆け抜けていった。
「やっ、たぁああああっ! 勝った勝った、あの子が、勝ったぁぁああっ!」
「……スフィーラ」
全身で喜びを表現する私の隣で、ネオユニヴァースは柔らかく微笑んで、言葉を紡ぐ。
その時、ぴょんぴょんと跳ねまわっていた私の腕が、ちょこんと彼女の耳をかすめた。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:33:55
「……っと、ごめん、またやっちゃったわ」
「…………」
いかんいかん、嬉しいのは仕方ないとして、周りの人に迷惑をかけるのはご法度よね。
一旦、感情を落ち着かせて、ネオユニヴァースに対して再び謝罪の言葉を向けた。
────当の本人は、きょとんとした目で私を見つめている。
……思ったりより強く当たったのかしら、いやでも痛そうにしている感じには見えない。
やがて、彼女の耳がぴこんと立ち上がり、目が少しだけ大きく開いた。
「……“RCOL”」
「えっ?」
「この間のレースの時、ネオユニヴァースの手が、あなたと“衝突”した」
「……ああ、やっと思い出したのね」
ネオユニヴァースが口にしているのは、先日のレースの時の話であった。
スムーズにレースを推し進めて、完璧ともいえるタイミングでスパートをかけて、集団から抜け出した。
アイツは内に閉じ込められていて、もう一人の有力ウマ娘は外から追い込むが伸びて来ない。
勝った、このまま押し切れる、そう確信していた。
けれど、私の隣には、ぴったりと付いて来る、アイツの姿があって。
正直、今でも夢に出る光景だ。
そこにいないはずのウマ娘が、いつの間にかそこまで来ていたのだから。
そのまま私とネオユニヴァースの一騎打ちになって、アタマ差で、破れた。
ショックは大きく、呆然としたまま俯いて速度を緩めていると────突然、頭に衝撃が走った。 - 8二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:34:10
(えっ、私、頭しばかれた?)
ぽかんと顔を上げれば、そこには微笑みながら客席に向けて、両手を振るうネオユニヴァースの姿。
結論からいえば、彼女がファンにサービスをしている時、偶然、手が私の頭に接触しただけ。
悪意がなかったことはわかっていたが、当時の私の胸の中には、猛烈な怒りが燃え上がっていた。
それが、私とネオユニヴァースの因縁。
それを思い出したであろう彼女は、しゅんとした様子で謝罪を告げた。
「……ごめんなさい、“DCOMF”な思いを、あなたにさせた」
「……別に良いわよ、今更」
「“THRF”、ネオユニヴァースにも“隕石”を落として良い」
「……は?」
言っている意味がわからず、私は眉をひそめて、ネオユニヴァースを見た。
すると彼女は、おずおずと私に向けて頭を差し出して、ぴこぴこと耳を震えさせている。
……もしかして、私にも同じことをさせて、チャラにしようという話なのだろうか。
まあ、殊勝な心がけと言えなくもないけど。
私は、すっと、右手を上げた。
「……っ!」
ネオユニヴァースは身体がぴくんと震えて、目がぎゅっと閉じられて、耳とへにゃりと垂れた。
私はそんな彼女の頭に────ぽんと手のひらを乗せて、大きなため息をつく。
彼女は不思議そうに、恐る恐る目を開いた。
……割と撫で心地が良くて、さわさわと何度も手を動かしてしまう。 - 9二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:34:30
「……?」
「はあ、『あの子』の晴れ舞台に、そんなことさせないでよ」
「…………それは、そうだね」
「それにさ、あのレース、良いレースだったでしょ?」
何度も、あのレースは見返している。
一回くらい私が一着にならないかと、思ってしまうこともある。
ああしていれば、こうしていればと後悔し、頭への衝撃を思い出して、ムカつくこともある。
でも、いつも最後には思うのだ────ああ、楽しい、素敵で、良いレースだったな、と。
「だから、もう怒ってないわよ……そういえば私も言えてなかったね、おめでとう、ネオユニヴァース」
「……“THNK”、いっぱい、ありがとう、だね」
そう言って、ネオユニヴァースは口元を隠しながら、嬉しそうな微笑みを浮かべる。
その姿は、何を考えているかも、何を喋っているかもわからない、宇宙人には見えなかった。
どこにでもいるような、可愛らしい、普通の女の子のように見えて、思わず見惚れそうになってしまう。
私はそれを誤魔化すように、彼女の頭から手を離し、背を向けた。
「……っ、さて! 『あの子』の所へ、お祝いしてこなくっちゃね!」
「……うん、ネオユニヴァースも“CEBR”を“送信”したい」
「まだ控室に戻るまでは時間があるだろうし、プレゼントも買って行かないと……アンタも半分出してよね」
「ふふっ、『はんぶんこ』────いや、『割り勘』だね」
私が歩みを進めると、ネオユニヴァースはとてとてと、楽しそうな足取りで付いて来る。
そんな彼女の姿を見て、私も思わず、微笑んでしまうのであった。 - 10二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 00:36:48
お わ り
仲良くない相手から見たネオユニってどんな感じなんだろ という話
・・・いうほど仲良くないわけじゃないなこれ - 11二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 01:19:43
トゥジュールだ! 暗流と名前で点Pとつながれるのいいですね
引退式も思い起こされるいいモノでした - 12124/06/05(水) 06:26:14
奇妙な縁がある馬だったので書いてみました
- 13二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 10:36:15
険悪じゃないバチバチな関係は健康にいい
“ECTD”だよ
スフィーラ - 14124/06/05(水) 18:47:06
ウマ娘同士のこういう関係性は良いですよね……
- 15二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 22:59:47
とても良かったです
- 16二次元好きの匿名さん24/06/05(水) 23:07:47
凄くすごかった…
- 17124/06/06(木) 08:26:26