- 1二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:44:08
「トレーナー……最近、良くない氣が流れてるんじゃない?」
私は、トレーナー室でのミーティングの後、トレーナーにそう声をかけた。
すると、彼はきょとんとした顔になってから、困ったように苦笑いを浮かべる。
「あはは、リッキーには隠せないか……いまいち気持ちが乗らなくてね」
「もう、そういう時はすぐ相談してくれれば、私が風水でコパッと解説してあげるのに」
「ごめんね、ただ、まあ、そこまで深刻でもなかったからさ」
そう言うトレーナーの顔色は、決して、悪くはなかった。
一粒万倍日と不成就日があるように、人にはどうしても良い時期、悪い時期がある。
風水とはあくまで吉方を示すもの、風水通りにすれば全てが万事上手くいく、というわけではないのだ。
────それは、わかっているんだけど。
私の太極に、吉方を示してくれたこの人には、常にハッピーでいて欲しかった。
我ながらワガママだなあ、と思いながらも、私は自分の知識を総動員する。
「うーん、お部屋の模様替えをしてみるのはどうかな?」
「トレーナー室は一月前にやったし、俺の部屋もこの間、君が整理してくれたじゃないか」
「そうだったね……うーん、食風水、は元々、気を遣っているよね」
「普段から君がアドバイスをしてくれてるからね、作ってくれた御飯も美味しかったし」
「えへへ、私長女だからね、下の子に良く作ってたんだ……あっ、日光浴は!? 陽の氣を取り入れて────」
「今日、曇りだよ、もしかしたら雨降るかも」
「コパァ……」
私の提案は、どうにも、空回りしてしまう。
トレーナーは普段から風水の話を良く聞いてくれるから、すぐアドバイス出来ることは殆ど実践していた。
何か、何かないかな、私は脳漿を絞って、トレーナーの龍脈を必死に探っていく。
そして、一つの天啓が舞い降りた。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:44:33
「……赤だよ、トレーナー!」
「……赤?」
「そう、赤色! 赤色は火の氣を持っていて、風水においては強い力を象徴する色なんだ!」
「ああ、君の勝負服にも取り入れられてるね」
「ちょっと派手な色だから敬遠しがちだけど、ちょっとした小物なんかに取り入れれば、運氣を高めてくれるんだよ!」
「なるほど」
「是非、試してみて! なんだったら私のハンカチも貸してあげるよ!」
「いや、そこまでは……でもありがとうリッキー、ちょっと実践してみるよ」
トレーナーは、柔らかに微笑んで、そう言った。
……おかしいな。
私が、トレーナーをハッピーにするため、アドバイスをしただけ。
まだ彼は何もしていないし、何の効果も出るはずがない。
でも────なんで私は、これだけで幸せな気持ちになっているんだろう。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:44:48
それから、一週間後の朝。
学園へと向かう私は、偶然、トレーナーの背中を見つけた。
背筋はピンとしていて、足取りも軽く、身嗜みもしっかりと整っている。
それだけでなんだか嬉しくなって、私は小走りで彼を追いかけて、ぽんと肩を叩いた。
「おっはよートレーナー! ここのところ、キミから良い氣がコパコパ感じるよっ!」
「おはようリッキー、うん、そうなんだよ、赤色を取り入れてから、なんか調子が良くてね」
「そっか、うんうん、風水が役立ったのなら、私もハッピー……?」
「……どうかした?」
突然、動きを止めた私を、トレーナーは不思議そうな顔で覗き込んでくる。
────そういえば、トレーナーってどこに赤を取り入れたんだろう。
ここ一週間の服装を思い返してみる。
この時期、基本的に彼はスラックスとYシャツ、トレーニングの時にはジャージ。
スラックスは黒、Yシャツは白、ジャージは生徒のものと区別するため赤以外を使っている。
Yシャツの中のTシャツ、は赤だと色が透けてしまうだろうから、他の色なのは見なくてもわかる。
ネクタイはこの時期、ノーネクタイだからそもそもつけてないよね。
お財布、は確か私がこの前プレゼントした、黄色のものを使ってくれているはず。
ハンカチとか、トレーナーが赤いハンカチを使っているのなんか、見たことないなあ。
メモ帳、ペン、その他諸々、彼が日常的に使っているものを思い出してみるけど、そこに赤色はない。
「……うーん?」
「リッ、リッキー?」 - 4二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:45:17
私はつい、トレーナーの周囲をくるくる回り、じろじろと見てしまう。
靴、ベルト、靴下、鞄、胸ポケットに入っているスマホ。
どこをどう見ても、赤色と思われるものは、一つたりとも存在していなかった。
トレーナーが嘘をついている?
……ううん、トレーナーが私に嘘をつくなんてありえない、こと、風水については、絶対に。
じゃあ、やっぱり、どこかに赤色はあるのだろう。
いつもそばにいる私にも、見えないようなところに、身に着けていて────。
「…………コパァ!?」
「うわっ!? 急にどうしたの!?」
「あっ、いや、その、なっ、なんでもない……っ!」
目を丸くするトレーナーに対して、私は慌てて顔を伏せてしまう。
そして、ちらりと、彼の下半身に視線を向ける。
正確にいえば、その奥に身に着けているであろう、衣服について想像を巡らせる。
────赤い、下着……っ!
風水において、赤色は厄除けの色ともいわれている。
したがって、その赤色を肌に近い場所に身に着けることにより、開運の効果があるのだ。
故に、私のアドバイスの実践としては、満点といえるのだけれど。
「……大丈夫リッキー、顔が熱っぽいけど」
「だっ、大丈夫だから、ちょっと火の力を、取り入れすぎちゃっただけだから!」
私は熱くなった頬を隠しながら、トレーナーにわたわたと弁明する。
でも、その脳裏には、彼が赤い下着を着用しているのを想像してしまって、離れてくれない。
その後、学園に辿り着くまで、私はトレーナーと顔を合わせられないままだった。 - 5二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:45:48
そしてまた数日後、金曜日の夜。
明日はお休みで、トレーナーとパワースポット巡りへと出かける予定。
私は寮の自室にて明日の準備を進めていた。
とはいえ、持って行くものはいつもと変わらず、服装はお気に入りのワンピース。
明日のラッキーカラーも取り入れて、準備そのものは、あっさりと終わってしまった。
下着も────と考えた瞬間、トレーナーのことを思い出す、かあっと顔に熱がこもってしまう。
「……赤い下着、かあ」
……実を言えば、私も、持っている。
色んな状況に対応するため、ハンカチと同じように、様々な色の下着を揃えていた。
ただ、まあ、赤色のは、ちょっと、派手すぎるから、引き出しの奥底に、仕舞いっぱなしだけども。
でも、どうだろうか。
赤い下着には、開運の効果がある。
そして、一緒に出掛ける相手と服の色を合わせれば、お互いの運気を高めることが出来るのだ。
それは例え、下着でもあっても、例外ではない。
「……せっかくのお出かけだもん、ハッピーな一日に、したいよね」
そう、これはあくまで風水に基づいた、理論的な選択。
明日は龍脈を巡るのだ、陰陽のバランスを整えて、悪いことはないはず。
それ以外の意味なんて、決してない。
私は自分に言い聞かせるように、そう考えて、引き出しの奥底に手を伸ばすのであった。 - 6二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:46:16
「良い場所にお蕎麦屋さんがあって、良かったね」
「うん、さっきの神社からぴったり生気の方角にあるんだもん、この流れには乗るしかないよ」
翌日、私達はお出かけの最中、お蕎麦屋さんへと立ち寄った。
老舗のお蕎麦屋さんで、少し建物は古いけれど、お掃除やお手入れは行き届いている。
多分、風水は意識してないだろうけど、とても良い氣が流れていて、とても居心地が良かった。
これは味も期待しちゃうなあ。
注文を終えて、料理が来るのを待っていると、ふと、隣の机の人達が立ち上がった。
食べ終わったのだろう、男女の二人組は満足そうな表情で、レジへと向かっていく。
────そんな彼らは、全く同じデザインの服を着ていた。
「……そういえばリッキー、ペアルックって風水的にはどうなんだい?」
「……えっ?」
「ちょっと今の人達を見てて、気になってさ」
「なるほど……そうだね、ペアのシンボルを配置するのは恋愛運やパートナー運を高める効果があるんだ」
「パートナー運、か……トレーナーとしては気になる要素だね」
「キミとは相生だと思っているけど、さらに高めたいならトレーナー室に貔貅の置物でも置こうか?」
「ははっ、悪くないかもね、でもそっか、今度のお出かけの時は君と服の色を合わせようかな」
「それなら心配御無用! 今日だってばっちり、キミと色を合わせているんだから!」
「えっ?」
「えっ? …………あっ、いや、今のは、そのっ!」
今日の私は、黄色のワンピース。
今日のトレーナーは、オレンジのサマーニットと茶色のワイドパンツ。
色合いは、どう見たって、同じではない。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:46:35
────見えないところ以外は、だけれど。
だけど、そんなこと、言えるわけがない。
首を傾げるトレーナーに、どうはぐらかそうか考えていると、助け船がやってきた。
「お待たせしましたー! ご注文のにしん蕎麦二つです!」
「どうもー……おおっ、美味しそう」
「にっ、にしんには財運パワーがあるんだよ! ネギもたっぷり乗せて、交際運もアップ!」
私はテーブル備え付けのネギをお蕎麦に振りかけながら、説明で押し流す。
……ちょっと乗せすぎちゃったけど、まあ許容範囲だろう。
そして、ちょっとだけ七味を振りかけようとして、気づいた。
「……あっ、七味空っぽだ、店員さん呼ばないと」
そう考えて店内を見回してみるけれど、先ほどよりもお客さんの数が増えていて、とても忙しそう。
すぐには対応出来なさそうだし、待っていてはせっかくのお蕎麦が伸びてしまう。
少し残念だけど七味は諦めようかな────そう思って、食べ始めようと思った瞬間だった。
「待ってリッキー、七味なら俺が持ってるから……はい、どうぞ」
「えっ、あっ、うん、ありがとう……?」
トレーナーは、小さな瓢箪を、私に手渡した。
ぽかんとしながら、その栓を開けると、風味豊かな七味の匂いがほんのりと漂って来る。
私はそれをお蕎麦に軽く振りかけて、トレーナーに返しつつ、疑問を口にした。 - 8二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:47:43
「トレーナー、七味なんて持ち歩いてるんだ?」
「君に言われてからね……元々七味は好きだから、色んな場面で使えて便利でさ、あれから調子が良いんだ」
「私に、言われて?」
「『赤色を取り入れろ』って言ってくれただろ?」
そう言いながら、トレーナーは瓢箪を、自身のお蕎麦の上で振る。
瓢箪の口からは、山椒、生姜、麻種、胡麻、陳皮、紫蘇────そしてメインの唐辛子が出て来た。
真っ赤な、唐辛子が。
……うん、まあ、確かに赤いよね、外からは見えないけど、立派な赤色だ。
つまり、私は一人でトレーナーの下着を妄想して、勝手に派手な下着を履いて来た、と。
トレーナーは、箸を手に取りながら、思い出したように言葉を紡いだ。
「そういえば、さっき言ってた、色を揃えてたって話だけど」
「……っ! いっ、いただきますっ!」
「あっ、はい、いただきます」
全てを誤魔化すように、勢い良くお蕎麦を啜った。
私の頬は多分────真っ赤に染まっていることだろう。 - 9二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:48:14
お わ り
大分前に見かけた記事をもとに書きました - 10二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:49:54
ピンク色の氣が漂ってますね…
- 11二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 01:56:17
頭ピンク色にするの好きだね
- 12二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 05:20:10
ちょくちょくコパコパ鳴いてくれるのたすかる
- 13124/06/07(金) 07:15:51
- 14二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 12:21:44
思春期リッキー助かる
- 15二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 12:30:05
風水なのにポカしちゃうのは珍しい気もするね。でも可愛いからヨシ!
- 16124/06/07(金) 20:14:51