(トレウマSS) 女帝は水無月に思ひ懸く

  • 1◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:04:05

    ジューンブライド……
    6月に結婚式を行うと一生幸せな結婚生活を送れるという古くから伝わる伝承である。
    故にその伝承にあやかり結ばれる者、そんな幸せな未来を想像し憧れる者など様々な人がいる。

    「今回のイベント……頑張ろうな」

    「‥……ッ、そうだな……」

    そしてここトレセン学園にもまた、その伝承に憧れ始めた者が一人———

  • 2◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:04:15

    彼女の名はエアグルーヴ、この学園の生徒会副会長である。そしてその隣にいるのは彼女のトレーナー。
    今は近々彼女が参加するイベントについて打ち合わせとイベント前後のトレーニングの調整を行っている所であった。

    「イベント前に無理して当日に影響すると大変だから軽く、終わった後は元に戻して行くけどこの前話し合った新しい方法も試してみるか……グルーヴ?」

    「!? ……あ、あぁ!それで構わんぞ」

    明らかに上の空なグルーヴ…それも当然である。なぜなら…

    (普段は少し抜けているのに必要な所では頼もしく感じる……ずるい…………)

    彼女は目の前のトレーナーの事が大好きになっていたのだ。

  • 3◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:04:31

    とはいえ契約当初はそこまで彼女も好意的ではなくただ一人のトレーナーとしか見ていなかった。

    (最初は誰でも良かった。他の奴らと違って私の邪魔をしなければ、杖として支えてくれればそれで良いと思った……)

    (だが彼は違った。ただ支えるだけじゃない…真正面から向き合いぶつかり合って、互いに理解しようとしてくれた……!)

    時には対立する事もあった。
    しかしそれは全て"彼女が望んだ理想"の道を支えるが為。
    今までの者達のように"自らが描いた栄光"の道に彼女を進ませることは一度も無かった。

    「グルーヴ? 大丈夫か?」

    「だ、大丈夫に決まっているだろう!」

    「そっか、なら問題ないね。当日が楽しみだなぁ」

    トレーナーのその言葉を聞き、にこやかな笑顔を見た瞬間、グルーヴの顔は夕日に負けないくらいに真っ赤に染まった。

    「———ッ! た、たわけっ! き…今日の打ち合わせはこれで終わりか? わ、私は部屋に戻るぞ!」

    「今日はこれで全部かな。お疲れさん」

    トレーナーのその言葉を聞いてグルーヴは真っ赤に染まった顔を隠す様に急ぎ足で自分の部屋に戻っていったのであった。

  • 4◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:04:51

    「全く、平然とあんな事言いおって……たわけが…」
    先程の熱を覚ます様に手で顔を扇ぎながら呆れるように呟くグルーヴ。しかしその言葉とは裏腹に彼女の尻尾は横に大きく動いていた。

    (ジューンブライドか……私もいつか彼と……)

    「いや、それは無理か……」

    そう考えた瞬間、グルーヴの口から諦めすら感じる声が呟かれる。

    (私は彼に強く当たりすぎている……彼の顔に泥を塗っているのと同じだ……。ああやって笑ってくれているが内心どう思っているか分からない……)

    思い返すは日々の自身の態度。トレーナーに対して毎日の様に尊大とも取れる態度を繰り返していた自身の姿。そんな彼が自分の事を好意的に思ってくれるなどあり得ないと、抑え込むように自らに言い聞かせる。

    (でも……それでも……それでもっ!!!)

    しかしそう言い聞かせる度に抑えようとしたものが溢れ出し、グルーヴの瞳からも同じように抑えようとしたものが零れ落ちる。

    「トレーナー……私はどうすれば………」

    後悔と悲痛が入り混じった声が吐き出される。
    悲しみに染まった冷たい涙が流れ続ける。

    「ううっ……トレーナー……」

    そしてその夜グルーヴは布団の中でただ一人嗚咽を漏らし続けていた……

  • 5◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:05:06

    そして数日が過ぎイベント当日

    花嫁を模した勝負服に身を包み、多くの人の前に立ちながらエアグルーヴは他の者と共ににこやかな笑顔で手を振っていた。
    今回のイベントは勝負服のデザインの進歩や歴史の記念展。そのイベントでテーマ事にデザインされた最新の勝負服の技術を披露するのである。
    丁度6月…ジューンブライドとという事で花嫁を模したテーマもあり、そこにグルーヴが選ばれたのである。

    (皆、憧れるように私を見ている……。それもそうだな、これはジューンブライドを模した……っ)

    ジューンブライドの言葉が出た途端、あの時泣き続けた夜の事を思い出す。抑えようとして抑えきれず理想と現実に板挟みになり、どうしようもなくなったあの日の夜の事を。

    (私は……でも…それでも……ッ、今はそんな事を考える時じゃない!皆が見ているのだぞ!?)

    だが流石は女帝と称されるエアグルーヴ。すぐさま切り替えて再びにこやかな笑顔を見せると黄色い歓声が四方から聞こえてくる。

    「……………………」

    そんな彼女の姿をトレーナーは他の参加者には目もくれず、ただじっと見つめていたのであった。

  • 6◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:05:22

    そしてイベントが終わり夕方、エアグルーヴとトレーナーはトレーナー室に戻っていた。

    「今日はお疲れ様、誰よりも似合ってたよ」

    「全く、お調子者が。まぁそう言われるのも悪くはないがな。だが流石に疲れた……少しここで休ませてもらうぞ?」

    「いいけど、その服は大丈夫か?」

    トレーナーはグルーヴの方を振り向く。今のグルーヴの姿はイベント時の勝負服のままである。イベント後、今後のレースやイベントに是非とも使用して欲しいという事で貰ったのである。

    「煌びやかとはいえ勝負服だ。レースにも耐えうる設計だから問題はない、貴様も分かっているだろう?」

    「そう言えば勝負服だった、なら大丈夫か。それじゃ自分はこの資料を届けに行ってくる。鍵は閉めておくから安心してね」

    「そうか、すまない」

    トレーナーが部屋を出て、鍵が閉まる音がする。そして足音が離れていくとグルーヴの身体から力がどっと抜けていき、ソファに横たわる。そしてそのままタオルケットを身体の上にかけると眠気が強くなっていく。

    「トレーナーのにおい……ずっとこうして包まれていたい…………トレーナーと……」

    そう呟きながらグルーヴは目を閉じていく。静寂に包まれた部屋には時計の針の音と彼女の寝息が聞こえていた。時々聞こえる「トレーナー」という声と共に……。

  • 7◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:05:37

    暫くすると鍵の開く音と共に資料を届け終えたトレーナーが部屋に戻っていた。部屋を見渡すとそこにはソファの上で眠っているエアグルーヴの姿。

    「本当にお疲れ様」

    そう言いながら彼女の頭を撫でると耳が小刻みに動く。
    そんな彼女の姿を見て微笑むとトレーナーはふと天井を見上げる。

    「本当に綺麗だったよ……。またあの姿を、その服のモチーフが本来の役目を果たす時に……"目の前"で君の姿を見てみたいなぁ」

    「——————」

    「ま、夢なんだけどね。さてと仕事に———」

    仕事机に戻ろうとしたトレーナーの身体が動かない。いや、腕を掴まれて動けない。トレーナーが振り向くと……

    「その話……本当なのか?」

    エアグルーヴが腕を掴みながらトレーナーを見つめていた。

  • 8◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:05:52

    「いつから起きて……」

    「貴様が私の頭を撫でていた辺りだ」

    「それじゃさっきの話は筒抜けか……」

    「寝たふりをしていたのは謝る、だから教えてくれ……貴様の正直な答えを聞かなければきっと私は後悔する……」

    目を逸らし戸惑うトレーナー。しかし沈みゆく夕陽に照らされた彼女の潤んでいる瞳を見ると決心したかのように彼女の方に向き直る。

    「全部本当だよ。結婚式で君の花嫁姿を……誰よりも間近で、"目の前"で見たいんだ」

    すると掴んでいる手が震え始める。これまでかと覚悟を決めたトレーナーだったがその瞬間驚愕の表情を見せたが当然であろう。何故なら……

    「……しい…嬉しい……っ」

    目の前にいるエアグルーヴは泣いていたのだから。

  • 9◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:06:09

    「グルーヴ……?」

    「貴様が……トレーナーがそう想ってくれて嬉しいんだ……!」

    手だけではなく、エアグルーヴの身体全体が震えている。だがそんな状態でも彼女は言葉を紡ぎ続ける。

    「私も……この服を着てトレーナーを誰よりも近くで……"目の前"でその姿を見たい!」

    「だけど私はトレーナーに強く当たりすぎていた! だからそんな事叶わないと思い続けていた!」

    「それでも……それでもっ! 諦められなくて私は……私は……っ!!!」

    声を振り絞り思いの丈を全てぶつけるグルーヴ。
    そこには生徒会副会長として周囲から慕われる姿も
    女帝として畏敬の念を抱かれ多くの者が憧れる姿もなく
    想い人と結ばれたいと強く願うエアグルーヴという名の一人の少女の姿がそこにあった。

  • 10◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:06:25

    「ありがとうグルーヴ」

    「あ………」

    トレーナーはそんな一人の少女の手を、震えながらも自分の腕を掴んで離さなかったその手を包み込むように両手で握る。握っているとグルーヴの震えは治っていた。

    「それ以上自分を抑えつけ傷つけるような事は言っちゃいけない……大好きな人が自らを苦しめてる姿なんて見たくないんだ」

    「——————!」

    するとグルーヴの手が、全身が再び震え始める。
    しかしそれは先程の必死に縋るような不安故ではなく、喜びを抑えきれない故の震えであった。
    彼女の胸の高鳴りを感じながらトレーナーは改めて彼女の方を向き直り、感情を滲ませているその瞳を見つめる。

    「改めてさっきの言葉を君に伝えるよ」

    「エアグルーヴさん、これからもずっとあなたの事を支え続けさせて下さい」

    「……はい………はいっ!!!」

    「わたしも……ずっと……ずっと! そばにいさせてください!!!」

    握り締めた手に顔を置きながらグルーヴは泣き続けた。
    あの時の夜とは違う、幸せに満ち溢れた暖かい涙が零れ落ち続けていた。

  • 11◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:06:39

    ウエディングベール……
    古代から続く風習であり、顔を隠す事で悪魔から花嫁を守る魔除けの意味が込められていると言われている。
    そしてそのベールは向かい合う新郎新婦の間にある障壁。その障壁を取り除き誓いの口付けを行う事で二人は晴れて結ばれるとされている。

     黄昏が照らし続ける部屋の中、トレーナーとグルーヴは立ち上がり向かい合う。
    そして向かい合うグルーヴの頭にはベールの代わりにタオルがかけられている。
    そのベールに見立てたタオルを外すとそこには目を潤ませ、顔を赤らめながらトレーナーを見つめる花嫁姿のグルーヴがそこにいた。
    そしてグルーヴはそのまま目を閉じて顔を軽く前に突き出し、その時をただじっと待つ。

    「グルーヴ……」

    「え?」

    だがトレーナーはその先を行わずに再びグルーヴにタオルをかけ直したのだ。

  • 12◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:06:56

    「トレーナー……? どうして……?」

    タオルを外す事なく震え声で尋ねるグルーヴにトレーナーは彼女の肩に手を置いてゆっくりと話し始める。

    「まだ……その時じゃない……君との間にはまだ、外せない壁がある……」

    「それに最後に外すベールを君にかけるのは自分じゃなくて君が最も尊敬する人の役目だから」

    「あ………」

    ウエディングベールに込められたもう一つの意味……
    それは娘に対する母親の愛情と守り、そして母親が手伝う最後の身支度としての意味。
    そして母親が娘を守るために下げたベールを取り外すという事はこれからは親の代わりに花婿が花嫁を守っていく決意を表す儀式なのである。

    「それに君はまだ自分の理想へ向かって歩んでいる途中……だから今はその理想を追い続けてほしい」

    「誰もが尊敬し模範にし憧れて……そして挑みたくなる。今はまだ『みんなのエアグルーヴ』でいて欲しいんだ」

    「………………」

    トレーナーの言葉を遮る事なく静かに聞いているグルーヴ。タオルでその表情は見えないが、彼女のその沈黙から怒りや悲しみは一切感じられなかった。

    「だから約束する……"その時"が来たらきっと『みんなのエアグルーヴ』を『俺のエアグルーヴ』にしてみせるから」

    「———ッ」

  • 13◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:07:13

    直後、息を呑む音が聞こえた。
    そして暫くするとグルーヴがタオル越しに話し始める。

    「ありがとう…トレーナー……私の事をそこまで………」

    「…なら私も約束しよう。この理想への道を最後まで走り抜くと。そして"その時"が来るまで待っている……ずっとずっと待っている……!」

    タオル越しから聞こえる声。それは普段の彼女のように、いやそれ以上に覚悟に満ちた勇ましさすら感じさせる声であった。

    「約束する。"その時"が来たら"みんな"から君を貰いに行くよ。だから待っていて欲しい」

    「ありがとうトレーナー……だからこそ今は、ベールで隠れてる今だけはこうさせてくれ……」

    「今の私の顔はきっと、"その時"に初めて見せるべき顔をしているのだから……」

    そう言いながらタオルがかかったままのその顔を、寄りかかるようにしてトレーナーの胸元に埋めるグルーヴ。
    トレーナーは彼女のその頭を優しく撫で続ける。

    そんな二人だけの世界を隠すように黄昏の空はいつしか夜空へと変わり、窓をステンドグラスのように彩る瞬く星と静かな月の光が二人を優しく照らし続けていたのであった。

  • 14◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:07:31

    そして月日は流れ———

    ここはとある教会。
    曇り空一つない晴天の下、ある男性とウマ娘の結婚式が開かれていた。
    二人は向き合い、男性はウマ娘にかけられたベールを丁寧に上げていき、ベールという名の壁が取り払われるとお互いの顔がはっきりと見えた。

    「やっと見れた……"壁"を隔てずに君の顔を」

    「私もやっと、その顔を見る事が出来た……」

    そう言い合う二人の顔は互いに嬉し涙を瞳に滲ませ、満面の笑顔であった……
    そして大勢の人に見守られ、声援と祝福を受けながら晴れて二人は結ばれたのである。

  • 15◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:07:45

    「約束通り、"みんな"から君を貰いにきたよ」

    「全く……待たせ過ぎだたわけ」

    「ははっ、相変わらず手厳しいや」

    「ずっと待っていたんだぞ? いつも貴様の近くにいたのに、いつも果てしなく貴様が遠くにいる様に感じながら、ずっと…ずっと………」

    「自分もだよ。こうして君の目の前に立つために果てしない道のりを歩んでいる様だった」

    「ふふっ、お互い似た者同士だな……」

    「でもやっと互いに追い付いた、やっと二人で隣り合う事ができた。だから………」



    「これからもよろしく、グルーヴ」

    「こちらこそよろしく頼むぞ、あなた」

  • 16◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:08:30

    6月はジューンブライド
    というわけでお話を一つ
    長文失礼しました

  • 17二次元好きの匿名さん24/06/07(金) 22:12:53

    応援スレに推薦しておいた

  • 18◆7GPp1YCsnJJX24/06/07(金) 22:14:21

    >>17

    ありがとうございます……!

  • 19◆7GPp1YCsnJJX24/06/08(土) 00:06:05

    少し遅めだけど内容にもあったウエディングベールの詳細はこちら

    https://www.piary.jp/weddingdress/articles/a0012/

オススメ

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