- 1二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:47:57
早速働き始めた錠前サオリだ。業務は普通のコンビニと変わらんな。だが品物を届けてくれるトラックが深夜ではなく昼間に来てるのは何故だ?まあ楽でいいのだが。
「じゃ!ワンオペで悪いけどよろしくね!あんまり人も来ないだろうし大丈夫大丈夫!」
そう言って獣人(コーギー)の店長は着替えもせずに帰って行った。急ぎの用事でもあるのだろうか。にしても、コンビニ店員のバイトはした事があるが完全に一人なのは初めてだ。不安だが、それ故のこの給料なのかもな。さて、早速仕事をしよう。
なになに、マニュアルによると本当に普通のコンビニの仕事だな……ん?『立ち読みは無視し、絶対に声を掛けない事』だと?普通のコンビニならさっさと追い出せとでもいいそうだが、ここはいいのか。ヒヨリが喜びそうだな……いやそんな事させられないな。来たら追い返そう。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:48:31
(2時間後)
客は来ないな。まあ町外れのコンビニならこんなものか。ずっと掃除も飽きてくるが。ん?
(自動ドアの開く音、子君良いチャイム)
「いらっしゃいませー!」
どうやら客が来たようだ。丁度入り口が見えない位置にいたから客の顔は見えなかったが……足音から雑誌コーナーに行ったようだな。一応レジに戻ろう。
…………様子がおかしい。足音もした、ペラペラと紙を捲る音も聞こえる。なのにこう……人の気配を感じない。レジからはうまくあちらの様子は見えないが、窓ガラスに姿が反射してないだろうか?背伸びをしたら見れるかも……、
『立ち読みは無視し、絶対に声を掛けない事』
……いや、やめよう。ああやってわざわざマニュアルに書いていたんだ。きっと何かあるはずだ。あの立ち読み客は無視して、別のことをしていようか。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:49:30
(1時間後)
(雑誌コーナーから足音)
動いた、出入り口に向かっている。
(自動ドアの開く音、小君良いチャイム)
出て行ったようだ。挨拶は……しない方がいい気がする。
少し間を空けて、外の様子を見てみた。立ち読み客らしき人物はいなかった。いや、姿が見えなくなるにしては早くないか?……何だったんだろう。
この後は何事もなく時間が過ぎ、普通に定時で帰った。
(3日後)
今日もバイトに来た錠前サオリだ。私のシフトまであと10分、ちょっと早く着いたな。
「すまない店長、早く来てしまった。バックヤードで待機していてもいい……ん?店長、どうして監視カメラの電源を切っているんだ?」
「あれ!?新人さん!?ああいや〜ほら、深夜はどうせ客が来ないし、電気代とかもったいないだろう?」
「そうかも知れないが、セキュリティの面で問題にならないか?ましてや深夜は私一人で「いいから!!!」っ!?」
「……深夜は監視カメラはつけない。全部君に任せるよ。……ところで、マニュアル通りにやっているかい?」
「……ああ、問題ない」
「ならいいんだ。じゃあ、今日もよろしくね!ちょっと早いけど僕は上がるから!」
そう言って店長は作業を済ませて、そのまま帰ってしまった。……声を荒げたが、ずっと青ざめていた。何かに怯えるように……。
『……ところで、マニュアル通りにやっているかい?』
マニュアル通り……普通のコンビニの仕事と、立ち読み客は無視するという注意事項。……あの立ち読み客か?店長は一体、何を恐れているんだ? - 4二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:50:19
(2時間後)
さてと、そろそろ立ち読み客が来るな。
このバイトを始めてから、深夜には普通の客は来ていない。だがあの立ち読み客は毎日来ている。私はマニュアル通り無視をしていて、その姿を見た事はない。
……気にならないと言えば嘘になるが、店長の事もあって、触れてはいけないものだと言う確信に近いものがある。それに無視してさえいれば時給2万円だ。真面目に無視してやるとしよう。
(自動ドアの開く音、小君良いチャイム)
「いらっしゃいませー!」
ん?いつもより早いな。いや、普通の客だ。公共料金の支払いだろうか?商品を何も取らずにレジまで来た。
「おい動くな!!金を出せ!!」
「っ!?」
コンビニ強盗だと!?
「どうした!?早くしろ!これに突っ込め!!」
そう言って雑にバックを投げてよこした強盗。手にはハンドガン、それ以上の武装は無さそうだ。
さてどうするか。本来なら安全のために素直に従いつつ、隙を見てレジの下にある押せばヴァルキューレに通報できるボタンを押すのがマニュアル通りのやり方だ。だが私は指名手配中の身だ。あまり事を大きくしたくない。
仕方がない、自力で制圧するか。適当に気絶させて近くのゴミ捨て場に転がしーーー
(自動ドアの開く音、小君良いチャイム) - 5二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:51:15
「っ!」
「ああっ、客か!?てめーも動く……な……あれ?誰もいない?」
あの立ち読み客が来た。だが相変わらず姿は見えない。いや、強盗に意識を集中させていたから分からなかったが、気のせいでなければ、今誰もいないのに自動ドアが開かなかったか……?
(雑誌コーナーに向かう足音、しばらくして紙を捲る音)
「ああ、何だよやっぱり誰かいるじゃねーか!!」
「あっ、おい!」
まずい、強盗が立ち読み客の方へ向かった。客に万が一の事があっては大変だ。仕方がない、ボタンを押そう。そして早く追いかけなくては。
「待て!」
「おい!お前も金を出せってんだ…………あ」
……何だ、急に動かなくなった。
「おい、大丈夫か?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
急に叫び出した!?
「ごっごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!あなた様がいるとは思わなかったんです知らなかったんです知ってたらこんな事しませんでした許して下さい許して下さい!!!!!ごめんなさいごめんなさい!!!!!!!!!!!!」
今度は土下座して、ひたすら謝罪している。
(紙を捲る音)
「ごめんなさいいいいいいいい!!!!許してえええええええ!!!!!」
(紙を捲る音)
動けない、状況が理解できない。強盗はずっと謝罪し、あれは……立ち読み客はずっと雑誌を読んでいるらしい。
何が……何がどうなっているんだ?そこには何がいる!?
(雑誌コーナーから足音) - 6二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:52:26
「っ!!」
動いた、出入り口に向かっている。咄嗟に後ろを向いた。とうとう泣きじゃくった強盗も放置だ。
『立ち読みは無視し、絶対に声を掛けない事』
マニュアル通りにやれ。振り向くな。絶対にそいつを……今までにない位に感じるそのプレッシャーを無視しろ……!
「……」
(足音)
「………」
(足音)
「…………っ!」
(足音)
(自動ドアの開く音、小君良いチャイム)
「っはあぁっ……」
出て行ったようだ。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:52:32
チラズの夜間勤務思い出すねえ…いいねぇ
- 8二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:53:14
……その後、駆け付けたヴァルキューレの生徒によって強盗は確保された。強盗は心神喪失の状態で、ずっと「ごめんなさい」とぶつぶつ呟いていた。私は事情聴取もされたが幸いにも私が指名手配の身だとはバレなかった。
そしてこんな事があったためヴァルキューレは店長に連絡したのだが、朝になるまで電話が繋がる事はなかった。ようやっと駆け付けた店長はヴァルキューレにセキュリティの甘さを、特に監視カメラの電源を切っている事を叱られていた。その顔はずっと真っ青だった。
後日、このコンビニは店長の失踪が理由で営業停止となった。残念だが、給料は入った。切り替えて次のバイトを探そう。
……あの立ち読み客は、今はどこにいるのだろう。他のコンビニにでも行ってるのだろうか?
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界 - 9二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:55:59
おつ。
裏バイト系は、死と隣り合わせ感あって好きよ - 10二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 22:57:21
- 11二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 23:03:27
- 12二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 23:07:38
話しかけなきゃいいとハッキリしてるだけメチャクチャ有情だね
- 131024/06/09(日) 23:08:29
ありがとうございやす!
- 14二次元好きの匿名さん24/06/09(日) 23:21:48
確かに
- 15二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:05:50
夜の街の見回りをするバイトを始めた錠前サオリだ。聞き慣れないバイトだが、どうやらこの近辺にある街灯が付かないままの状態で、いつまで経っても修理されないらしい。それで見回りをすることになったそうだ。
それにしても不審者が出るわけでもないのに1回10万円とは、気前がいいな。張り切って行こう。
なになに、地図によるとこの住宅地の中を外周から中心に向かって、渦巻きのように見回っていくらしい。……住宅地?住宅地の街灯がダメになってるのか?行政は何をしているんだ?私を雇うより街灯を修理すべきだろうに。
- 16二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:06:49
(住宅地北部、外周)
ここからバイト開始だ。支給された懐中電灯を付ける。光度良好。なぜかポーチいっぱいに予備の電池も支給されたが、必要なさそうだ。
それにしても真夜中の住宅地は暗いな、灯りが一つもない。もう全員寝ているのだろうか。これはやはり街灯は必要だろう。雇い主に忠告しよう。
(10分経過)
「……………そこにいるのは誰だ?出てこい」
(静寂)
振り向き、辺り一体を、特に死角になる場所を重点的に、光で照らしたが何も見当たらない。
おかしい。バイト開始から5分程した時、何かに付けられているような気配を感じた。付かず離れずを保ちながらそれは私に着いてきて、絶対に何かいるという確信があったから声を掛けた。だが出てこなかった。
余程隠密に長けた生徒か?私を捕まえに?だがなぜここまで気配を隠さない?
「………………」
疑問は尽きないが、一旦バイトを続けることにした。 - 17二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:07:27
(住宅地東部、外周)
気配が増えた。3〜5人だろうか。明らかにこちらを見ている、刺さるような視線を感じる。そもそも気配を隠す気がないのか?尾行としては落第点だな。
(一旦巻くか……)
そうと決まれば全力で走り出し、気配から逃げるための算段を立てる。自慢じゃないが追いかけっ子には慣れてる舐めないで貰おうか。おっと懐中電灯は消しておかなきゃな。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「っ!?」
懐中電灯を消した瞬間、気配のする方から絶叫めいた赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。そして気配が、すごい速さで近づいてくる!!
「くそっ!」
咄嗟に懐中電灯を付け、近づく奴らに光を浴びせた。閃光弾とは言わないが、その正体くらいは分かるだろう。
「……ん?いない?」
懐中電灯の光の中。そこには誰もいなかった。なのに周囲にはいまだに気配がある。何かいる。なのに何も見えない、分からない。
……不気味だが、とりあえずバイトを続けよう。 - 18二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:08:07
(住宅地南部、外周)
ここに来るまでに少し試してみたのだが、どうやら気配は私が懐中電灯を消した瞬間に襲い掛かり、懐中電灯を付けたら近づかないらしい。よく分からないが、光が苦手なのか。しかし……、
(複数の足音)
ざっと10人か。住宅地を歩けば歩くほど増えてる。光を絶やさなければ大丈夫だと思うが、それでも不気味だし嫌悪感を感じる。さっさとバイトを終わらせよう。私は思わず足を早めた。その瞬間、
「っ!?嘘だろ……」
懐中電灯の光がチカチカと点滅し、ついに消えた。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「クソッ!電池電池!」
重いだけだと思ったポーチに手を突っ込み電池を……ああクソッ、焦って落とした!!暗闇の中地べたの電池を片手で探しながら、もう片方の手と口で懐中電灯の柄の部分を捻って電池を吐き出す。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
何とか拾い上げた電池を懐中電灯に突っ込む。真後ろにいる、もうすぐ攻撃される、は!?ヘイローに触られた感覚………!?
「はあっ!!」
どうにか点灯すると、私の周囲……そう周囲にあった気配が消えた。
……いや、消えてないな。路地や屋根の上、塀の後ろ。あらゆるところにいて、私を見ている。唯一気配のないのは………、
「進むしかない、か」
前に進み、バイトを続けなければならない。
状況はまだ分からないが、それが最善だ。
「……行こう」 - 19二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:08:45
(住宅地西部、外周)
(赤ん坊の笑い声)
「何がおかしい……」
足音に続いて、今度は笑い声ときた。人生が嫌になる。
数は20?いいや50近くだ。行列、群れ、大行進、恐ろしい量の気配が私に着いてきてる。
(赤ん坊の笑い声)
「…………」
後ろを見ても、それの姿は分からない。足音と歩き方から先生くらいの大人かと予測は立ててるが……大人?
大人ならあの笑い声と泣き声はおかしくないか?
(懐中電灯が点滅する音)
電池が切れる速度が明らかに速くなっている。もう取り替えも手慣れたもので、歩きながらでもできるようになった。
本当はいけない事だが、未使用のものと混ざってしまったら使う時に大変な事になるので、使えない電池は道端に捨てていく。不気味な泣き声をBGMにでもしながら、私は何度目かの電池交換を済ませて目の前を照らした。
(赤ん坊の笑い声)
「っ!!?」
その光に照らされたのは、いつの間にか目の前にいた気配、その正体。服装からして恐らく一般市民の、獣人でもロボットでもない、人間の大人。だがその顔は赤ん坊だった。ニコニコと笑って、涎を垂らして、こちらを見ている赤ん坊。
光に照らされた瞬間その姿は消え、気配もなくなる。もう大丈夫なはずなのに、私は凍り付いたかのように動けなくなる。今見たものが信じられない。あれは何だ?あれがさっきからずっと追いかけてきているのか?この後ろにいる、今もなお増えているあいつらは、あんな姿をしているのか!?
(赤ん坊の笑い声)
(複数の足音)
その姿を見たせいで、変に想像を掻き立てられてしまう。親に甘えるような柔らかい視線の濁流。遊んでもらってるかのような笑い声。それに似合わない力強い大人の足音。
私は恐る恐る一歩踏み出した。また一歩、一歩、一歩、駆けた。見回りとか言っている場合じゃない、本当にまずい!!ぐしゃぐしゃになった地図を見て現在地を割り出す。近くに逃げ場は……ダメだまるでない。路地はあるが全部にいる。見回りルートの渦だけが安全地帯だ。渦だ!!渦の中心に行かなくちゃならない!! - 20二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:10:29
(住宅地北部、内周)
行進のように重い足音の群れ、数えてられない量が迫ってくる。懐中電灯のおかげで付かず離れずの距離だが、いつでも襲い掛かれるよう視線を外してくれない。変に体が強張って息が上がる。恐ろしい!本当に、本能的に、あれが怖い。
(住宅地東部、内周)
民家の屋根上からも足音が聞こえ始めた。そう言えばゾロゾロとうるさいはずなのに、さっきからずっと住民は出てこない。私にしか聞こえないのか?私にしか感じないのか?そもそもここに人はいるのか?それには誰も答えてくれないし、そんなこと考えてる暇もない。
何十何度目かの電池切れ。半分を切った。
(住宅地南部、内周)
もう背に腹はかえられない、私の安全が最優先だ。そう思って付近の車に持っていたアサルトライフルで発砲。見事に爆散して炎を上げ、強い光源となってくれた。
気休めくらいにはなる、そう思っていた自分に冷や水をかけるかのように、気配の歩みは止まらない。どうして!?光が弱点じゃないのか!?それともこの懐中電灯じゃなきゃダメなのか!?ああクソッ!また電池が……、
「………もうない…………」
(住宅地西部、内周)
懐中電灯もポーチも、地図も投げ捨てて全速力で走り出した。もう全部いらない、道は覚えた。ここからは奴らと私の速さ比べだ。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「悪いがお前達をあやしてはやれない!!もう追いかけて来るな!!!!!」
泣き声に絶叫で返しながら、無限のように長い道を直走る。走って走って、汗が垂れて視界が滲む。手を振り過ぎて肩が外れそうになる、四肢の接続部が弾け飛びそうになる。それでも無限の道を踏み越え、逃げた先には、
灯りのついた民家があった。 - 21二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:11:23
(中心)
フラフラになりながらもその民家に近づく。すると玄関からスーツを着た細身のロボットが出てきた。
「はぁ、はぁ……雇い主?」
「こんばんはバイトさん。よくぞここまで来て下さいました……!」
「凄いぞ!バイトの嬢ちゃん!」
「これでここも安泰ね!」
突然の声に周囲を見渡すと、恐らく住宅地に住んでいるであろう市民達が玄関から出てきて、口々に私を褒めながら拍手をしてきた。とても気持ち悪い笑顔を浮かべ、手の甲で拍手をしていた。
「その子らは私の方で預かります。ここまで連れてきていただき、ありがとうございました!この場で報酬をお支払いしますね」
そう言って雇い主は私に報酬の入った封筒を渡して来る。これでバイトは終了……。だが、私は帰路を振り返ってため息を吐く。
「ああ、バイトさん。もう大丈夫ですよ」
言われてみれば確かに、あの気配は一切感じない。この町はもう大丈夫そうだ。
「……私はずっと何かに追われていた。雇い主、あれは何だ?」
「何だって言われても……子供は地域で育てるものじゃないですか」
「???」
意味を測りかねていると、他の住民も、
「そうだな、ここの子供ならみんな俺の子供でい!」
「最近不審者が多いから気になってたんだけど、バイトちゃんのおかげよ!」
……ダメだ、さっぱり意味が分からない。けどもう、理解したくない。
踵を返し、足早にその場を去った。背後からは住民達の笑い声。それが全部赤ん坊の声に聞こえた。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界 - 22二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:15:18
これって元ネタあるのか
- 23二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:24:43
- 24二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 01:52:14
読んでいただきありがとうございます。サオリも頑張った甲斐があると思います。
正直コンビニバイトでネタ切れなので、何かお題がありましたらお申し付け下さい。頑張ってみます。
特になければスレは落としていただけたらと思います。
また思いついたら書くつもりです。 - 25二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 02:09:23
ヒェッ怖すぎる!トイレに行けねぇ…
- 26二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 02:19:38
読んで頂き感謝、トイレは行って下さい。ノックされても4回のもの以外はでちゃダメですよ。
- 27二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 04:13:32
人を騙した奴が今度は自分が騙されたって話?
- 28二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 07:51:29
彼らにとっては大人の体をした赤ん坊の群れが地域で育てるべき子供なんです。公園に行ったり、学校から帰るために通学路を歩く、見回りをして見守るべき子供。サオリとはたまたま常識が違うだけで、誰も騙したつもりはありません。
分かりにくくてすみません。
- 29二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 10:53:29
公園の清掃バイトを始めた錠前サオリだ。⬛︎⬛︎自治区にある広い公園で、毎日賑わっている場所だ。私がやるのは公園全体の掃き掃除にゴミ拾い、ゴミ箱のゴミ回収、そして公共トイレの掃除だ。
アリウスにはこんな綺麗な公園は無かった、そこを使う人達の笑顔も。これを守れるんだ、やり甲斐のあるバイトだな。それに時給は2万円。気前がいいな。張り切っていこう。
なになに、注意事項として『幼児服が捨てられていたら回収して雇い主に提出すること』……らしい。幼児服?そんなの捨てられてるのか?集めて何をするつもりだ?怪しいが、一旦様子を見よう。 - 30二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 10:54:15
(1日目)
掃き掃除とゴミ拾い中だ。街路樹が多いから落ち葉と木の枝が多いな。ポイ捨てがほぼないのはいいことだ。……おや?
「幼児服……本当に捨てられているんだな」
可愛らしい猫の絵が描かれたシャツだ。回収しよう。貰っていた専用の袋に入れた。
「キャアアアアアアアアアアッッ!!」
「っ!?何だ!」
駆け付けるとそこには獣人(三毛猫)の少女と母親らしき獣人。二人とも腰を抜かして何かを凝視していた。
「どうした!?」
「ああっ、すみません!あれを見つけてしまって……」
あれ……と指差された方を見ると、鳩の死骸がそこにあった。何かに食い殺されたようで、周りには血が飛び散っているが全体的に乾いている。昨晩やられたのだろう。可哀想だが、これも自然の摂理だ。
「そういう事か……いや、お前達が無事でよかった。私は公園の清掃を任されている者だ。あの鳩は私が片付けておこう」
「すみません、ありがとうございます」
「お姉ちゃん……」
「ん?どうした?」
まだ涙目の少女が私を見上げている。屈んで視線を合わせ、その子の次の句を待つ。
「片付けるって、どうするの?捨てちゃうの?」
「そうだな、死骸は放っておくと腐敗……腐ってしまって、病気の原因になってしまうんだ」
「……お墓、作ってもいい?」
「お墓?この公園に埋めるという事か?」
小さく頷いた少女に、母親は「お姉さんを困らせちゃいけません」と嗜める。確かに、あまりいい事ではないかも知れないが、この子の優しさは立派なものだ。
「すまないがそれはできない。だが丁寧に取り扱うと約束しよう。任せてくれないか?」
「……分かった。ありがとうお姉ちゃん」
その後少女と母親に見守られながら、死骸を私のタオルで包んで持ち帰った。仕事が終わった後に拠点の廃墟でそれを燃やし、灰は明日公園の茂みに撒くつもりだ。タオルをダメにしてしまったが、時給がたっぷり貰えるんだ。これくらいはいいだろう。 - 31二次元好きの匿名さん24/06/10(月) 14:16:45
(2日目)
「どうしてこんなところに……」
掃除のために男子トイレに入ったら、幼児服が落ちているのを発見した。今度はシャツと靴下とスカートもある。昨日のものといい、明らかに女の子向けだ。何で落ちているのかはまだ分からないが、それはそれとしてこれを回収している雇い主はやっぱりまずいんじゃないか?……とりあえず、回収するか。今度会った時に理由を問いただして、変態だったら縛り上げてヴァルキューレの前にでも転がしておこう。
「あ!女の人がいる!」
「ここ男子トイレだよ〜!入ったらダメなんだよ〜!」
振り返ると、二人の獣人の少年(シロクマとダックスフンド)がいた。
「すまない、私は公園の清掃を任されている者だ。先に使いたいなら出て行こう」
「早く出て〜!」
「トイレしたい〜!」
さっさと退散し、トイレの前に設置されたベンチで休む事にした。しばらくすると少年達はキャッキャとはしゃぎながら出て来る。
「お姉ちゃんありがとう〜」
「もういいよ掃除しても」
「そうか、なら業務に入らせて貰う」
「あ、そうだお姉ちゃん!」
掃除に取り掛かろうとしたら、少年達に呼び止められた。
「お姉ちゃん掃除の人なら、公園のお化けの話知ってる?」
「お化け……?すまないが知らないな。昨日来たばかりなんだ」
「なんだ〜残念」
「ええとね、お化けって言うのは、この公園に夜に入ると、お化けに食べられちゃうって噂があるんだって」
食べられる、と聞いて昨日の鳩を思い出す。
「野良猫か何かではないのか?」
「違うよ!猫も食べられたんだって!」
「友達の妹がね、家で猫飼えないからってここで育てようとしたんだって。でも次の日には食べられて血だらけになってたって言ってた!」
「それは……怖いな」
夜になると捕食される……やはり野良猫しか思い浮かばないが、そんなのがいるのか。警戒しないとな。
「何か分かったら教えてね!」
「ああ、分かった」
「じゃあねお姉ちゃん!」
走り去る少年達を見送り、私はトイレ掃除を始めた。 - 32二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 00:31:59
ホラゲー主人公サッちゃん
- 33二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 00:33:00
「盛塩を商店街に置くだけの簡単な仕事です。(虫が平気な人大歓迎!)」
- 34二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 01:39:52
(14日目)
夕暮れ時、今日の業務を終えた私は公園の物置で清掃道具やまとめたゴミを片付けていた。後日業者が回収してくれるゴミ袋、落ち葉や木の枝、お菓子のゴミなど。それから離すように置いた、幼児服だけ入った袋。
……多すぎる。たまに落ちているくらいだと思っていたら、毎日公園のどこかに幼児服が捨てられていた。更に服のサイズが少しずつ大きくなっている。初日は2〜3歳、今日拾ったのは幼稚園児くらいか?まるで持ち主が着れなくなったものを捨てているかのような……いや普通に燃えるゴミの日に捨てればいいだろう。どうして公園に捨てるんだ。掃除してる身にもなって欲しい。
「バイトさん、お疲れ様」
「ん?ああ、雇い主か」
不意に話しかけてきたのは今回の雇い主、公園の管理人をしている獣人(雀)の女性だ。私は彼女に向き直り、軽く一礼。そういえば今日会う約束だったな。
「公園を綺麗にしてくれてありがとうね。おかげで近隣の人達も喜んでいるわ」
「私は私の仕事をしているだけだ。それに、やり甲斐も感じている」
給料の入った封筒を差し出され、受け取る。確かな厚みに顔が綻ぶ。……ふと、彼女が持つ紙袋に目が行った。
「それは服屋の紙袋か。買い物の帰りだったか?」
「ああこれ……、娘の新しい服なの。見て」
取り出し、広げられたのはここ⬛︎⬛︎自治区を治める学園の付属小学校の制服だった。
「これから入学か、きっと娘さんも喜ぶだろう」
「ええ、だから今からあげに行くの」
「……今から、あげに行く?」
言葉のニュアンスがおかしい気がする。家に帰って、見せてやるとかそう言う意味だろうか?そんな疑問が顔に出ていたようで、雇い主はコロコロと笑い出す。
「バイトさんもここまで続けてくれたし。娘を紹介しなくちゃね」
そう言って彼女は私の真後ろ、幼児服が入った袋を指差し……指?羽を差した。
「あれ、娘が捨てたのよ」
「なに、娘さんが?」
「ええ。娘は公園に住んでいるの」 - 35二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 02:22:21
- 36二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 02:39:05
- 37二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 03:41:55
人を利用した奴なんだからちゃんと報いを受けるべきだよな
- 38二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 11:10:05
ホラゲー主人公あるあるの「なんでこいつこんなに精神強いの?」「パーツあってもそれ修理できなくね?」「そのギミックを一発成功させる肉体はなに?」への回答として完璧すぎる
A.「過酷なアリウスで特殊部隊として鍛えられ続けたから」 - 39二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:02:15
(14日目、残業)
日が完全に沈むまで後少し。夕暮れの残り香が弱々しく公園を照らす中、私と雇い主は無言で歩いていた。辿り着いたのは街路樹が並ぶ散歩コースの外れ。あまり人目につかない場所だ。そう言えば鳩の死骸があったのもここだったな。雇い主はそこに紙袋を置いた。
「ここに置いとけば明日には無くなってる。娘が持って行くの」
「公園に住んでいる、娘がか?」
公園に住んでいる娘。今まで公園の清掃をしてきた中で、それらしい人物は見たことがない。それらしい痕跡もだ。私の知識と経験が正しければ、この公園に住んでいる者はいないはず。
「集めてもらった服は全部、あの子が着れなくなって捨てたものなのよ」
「そうなのか……いや、納得できない。どう言うことだ?お前は娘と住んでないと言う事か?」
公園にいて、服を置いてくと持って行って、着れなくなったら公園に捨てる。どんな子育ての仕方だ、アリウスでも無かったぞ。
怪訝に思っていると、雇い主は本当に悲しそうな、苦しそうな表情で話し始めた。
「若い頃に望まぬ子を産んじゃって……ここに捨ててしまったの」
「捨てた?」
「ええ。でも一晩経って、やっぱりダメだって思って、迎えに来たの。でももういなかった。忽然と消えてた。その時は優しい誰かに拾われたんだと思って安心して、同時に何でことをしてしまったんだろうって、本当に酷い、私は母親の風上にも置けないって……」
どんどん上擦っていく声。間違ったことをしてしまったと後悔して震えている。それが嘘だとは感じず、何故だかミカのことを思い出す。
……いや、ミカに失礼だな。雇い主は、こう……歪だ。発言がさっきからずっとおかしいのもあるが、纏う雰囲気が……敵意ではないが、いいものでもない。
「……それで、どうなったんだ?」
「…………うふふ」
続きを促すと、彼女は急に落ち着きを取り戻し、含み笑いまでしてみせた。
「優しい誰かは公園だったの。この公園が拾い、公園が住ませ、公園が育ててくれた。全部をして貰うのは申し訳なかったから、せめて服だけでもと思って、用意するようにしているの」
「な、何を言って……」
「あら、もう着てくれたのね」 - 40二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:03:16
その瞬間、衝撃のあまり呼吸が止まった。絞った喉から変な音がし、体は震えるように硬直し、目はかっと開いて雇い主を見ているのにうまく認識できない。
……何かいる。私の真後ろに。距離を取って状況を確認するべきだ。そう訓練したはずだ。なのに体はいうことを聞かない。今までの血の滲む努力を全部否定するように、ゆっくりと首だけ動かし、真横を見やった。
「似合っているわね。こっちにおいで。ママによく見せて」
雇い主は翼を広げる。それはとてとてと雇い主に駆け寄って、抱き付いた。私はまたゆっくりと体を動かし、真後ろを見た。
「バイトさん。この子が娘よ、可愛いでしょ?」
「ああ、なあ……お前は」
「-----本当にそれが娘に見えるのか?」
彼女が娘と言っているそれは雀の獣人ではなく異形……いや魚人と言うべきものだった。鱗で覆われ、粘性の潤った肌。口はぱかっと開かれ、細長い針のような牙が並んでいる。いつかの日にシャーレで見た、誰かが置いていった魚の図鑑。そこにあったチョウチンアンコウのそれだ。
……ああそうだ、あれはきっとチョウチンアンコウなんだ。魚人の背中には腸のような管があり、それが私の真後ろの方に続いていた。先ほど振り返った時、私はその果てを目で追ったのだ。だが街路樹と夜の闇に隠れて見通せなかった。だが何かがいる。大きな大きな何かが、私をじっと見ている。娘をちらつかせて、そちらに引き摺り込もうとしている。ああなんて事だ、何で私はこれに気が付かなかったんだ。気づいていたら、こんなバイト受けなかったのに!! - 41二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:04:09
『この公園に夜に入ると、お化けに食べられちゃうって噂があるんだって』
前にあった子供の話を思い出す。いつの間にか陽が完全に沈んでいる。だから出てきたんだ、こいつがそうだ。公園のお化け、夜になると出てきて、侵入者を喰らう……。
「っ!!おい!それから早く離れろ!危険だ!」
恐怖を無理やり噛み潰し、アサルトライフルを構えた。照準は娘に合わせる。
「ちょっと、そんなもの娘に向けないで頂戴!!」
「それがお前の娘な訳がないだろ!どこからどう見ても化け物だ!!」
「そんな訳ない!!この子は私の娘なの!見てよ!もうすぐ小学生なのよ!制服もこんなに似合っていて、これから入学で、一緒に学校に通うの……ねえ?私の可愛いお姫様………」
頬擦りする雇い主を、娘は何の感情もない目で見ている。すぐに興味をなくしたようで私に向き直り、両の手を伸ばして来た。
「お腹すいたの?ならご飯にしましょう」
そう言って雇い主は手を離した。とて、とて、と可愛らしい足取りで娘が近づいてくる。私はアサルトライフルを構えた。
「うわああああああっっ!!」
我ながら情けない声を上げて発砲、1マガジンを空にする。娘の体は私達のように弾丸を弾かないようで、弾丸はぷつぷつと音を立てて肉の中に吸い込まれた。ぴゅっと血が吹き出した。嫌な記憶を思い出させるが、感情には浸っていられない。
娘はよろけこそしたが、立ち止まる事なく私の方に接近している。……倒せる気がしない。早く逃げなくては!マガジンを変えながら後ずさる………ダメだ!後ろには大元がいるんだ! - 42二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:05:45
じゃあどこに逃げようかと周囲を見回した瞬間、絶望した。
とて、とて、とて。
とて、とて、とて。
とて、とて、とて。
娘だ。全く同じ姿形の娘の群れが、暗がりから歩み寄っていた。囲まれている、いやそれだけじゃない。真後ろにあった大きな存在の気配が、公園全体に広がっている。
最初からそうだったのだろう。あの娘達は、巨大な何かは、この公園そのものなんだ。私は公園に襲われ、公園に捕食されようとしている。
手榴弾、射撃、持っているあらゆる物を使って迎撃を試みる。傷つけられるし、大きなダメージを与えれば動かなくなるのも分かった。だが数が多すぎる、どんどん娘達が暗闇から湧いて来て、私を取り囲む。身動きが取れなくなっていく中、私はそれでも抵抗を続けた。
「うおおおおおおおおっっ!!………クソ!!」
最後のマガジンを使い切り、ハンドガンに持ち帰る。だが威力の低いそれで何ができる?いっそ自分の頭を撃ち抜いてしまおうか?そんな絶望的な思いつきすら真剣に考えてしまうほどに追い詰められた、その瞬間。 - 43二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:06:19
(鳥の羽音)
「うん……?」
音のする方を見ると、一匹の鳩が木にとまっていた。夜闇の中なのにやけにくっきりと姿を視認でき、そしてなぜか見覚えがある、不思議な鳩だった。
鳩は私を一瞥すると飛び去る。よく見ると、そこにいる娘の群れらの中に隙間を見つけた。ここからなら突破できそうだ。
私はなけなしのハンドガンの弾を躊躇いなく使い、その隙間を強引に突破する。その先の暗闇からはまた娘らが出て来たが、いつの間にか鳩も近くにとまっていて、また飛び去ったのでその後を追った。鳩が飛び去る方向は包囲が甘い。まるで導かれるように私は走り続けた。
『……お墓、作ってもいい?』
『すまないがそれはできない。だが丁寧に取り扱うと約束しよう。任せてくれないか?』
『……分かった。ありがとうお姉ちゃん』
………実際そうなのかは分からない。だが私は助けられた。
「ありがとう、恩に着る」
無事に公園の敷地を脱出した時、姿が見えなくなった鳩へと祈りを捧げた。
翌日、あの公園で雇い主の遺体が発見されたそうだ。何かに食い殺されたような外傷があり、そんな事をする猛獣が自治区にいるのかと住民達は恐れ慄いていた。さらに興味深い事に、公園の至る所に小学校の制服が落ちていたらしい。一部のものは血塗れで、銃痕や爆破の後もあったそうだ。
ヴァルキューレの車両が公園に向かっていくのを一瞥し、私は︎⬛︎⬛︎自治区を出た。分からないことはあるが、それを調べるのは私の仕事ではない。それにもう関わりたくもない。しばらくはこの自治区には来ない事にする。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界 - 44二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:26:18
娘がいなくなったのって単純に「公園」のご飯になっちゃっただけで、依頼主を駒にするために娘もどきを生み出したのかな……それとも捨てられた娘が「公園」になったのかな……
- 45二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:26:39
ハトくぅううううんん!!!!!!!!!!!!
- 46二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:28:50
- 47二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 13:53:03
そう考えるとバイオハザードの主人公達って優秀だったんだなぁ
- 48二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:07:23
考察ありがとうございます。鳩と野良猫と雇い主の死骸は残っているのに娘は忽然と消えたと証言されているので、もしかしたら………。
- 49二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:08:13
感謝、受けた恩は返す鳩でした🕊️
- 50二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:17:21
リクエスト良いですかね?
某ピザ屋(ファイブナイトアットフレディーズ)のバイトをするサオリとかどうです? - 51二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:26:56
- 52二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:28:34
- 53二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 14:32:13
応援感謝、ピザ屋頑張って書いてみます。
- 54二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 21:35:54
保守
- 55二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 05:27:45
保守
- 56二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 07:23:27
ピザ屋のバイトを始めた錠前サオリだ。ミレニアムに本店を置くチェーン店で、毎日頑張って研究している学生達のためにガッツリ食べれてリーズナブル、そして色んなピザを食べられるのが特徴だ。私が働く店は校舎から離れた一般市民向けのものだが、ファミリー層にも人気のある店らしい、とても忙しいのだとか。
私が働く店は何と店長以外の従業員が辞めたそうで、猫の手も借りたいくらいだと店長の獣人(アメリカンショートヘア)に説明された。そのため通常のバイトなら時給1000円だが、私の時給は1万5000円、更に昼食としてピザが出される。恐らく忙しい故だろうが、気前がいいな。張り切っていこう。
なになに、注意事項として『チップは絶対受け取らない事』……らしい。ここキヴォトスにはあまり根付いていない文化だが、こんな注意書きがあるということは払おうとする客もいるのだろう。魅力的だが、受け取らないようにしよう。 - 57二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 07:46:06
(1日目)
「いや〜配達ありがとねお姉さん!やっぱり祝いの席にはトロピカル丸ごとパイナップルピザに限るよ!」
「こちらこそありがとう。では失礼する」
皮を切って丸々乗せたパイナップルを乗せ、そこにチーズをぶっかけて焼いた、この世の終わりみたいなピザを渡して配達先を後にする。路駐していたバイクに跨り、荷台に乗ったピザの箱の山を見て私は顔を顰めた。
そ、想像以上に注文が多い。さっきから配達用バイクで街をあちこち回り、店に帰ったら新しいピザを受け取ったらまた街へ繰り出す無限ループだ。休んでゆっくり昼食を取る暇がない。
客がみんな優しく、ピザを渡すととても喜んでくれるのが救いだな。疲れが多少和らぐ。そう言えば、今のところチップを払おうとする客はいないな。まあどうせ受け取れないからいいのだが。
「ふぁへ、ふひはほほは(さて、次はどこだ)……?」
配達の合間に食べろと店長から渡されたフレッシュカリフォルニア寿司ピザロール(10センチ)を加えながら地図を確認する。3番地にあるアパートの1号室、これを届けたら店に戻ろう。
私はロールケーキをぶち込まれたミカのようにフレッシュカリフォルニア寿司ピザロール(10センチ)を口に咥えながらバイクを走らせた。太巻きと違い、溶けたチーズが接着剤になってくれているおかげで中身がこぼれ落ちないのはこの商品の戦術的優位性だろう。どう見てもゲテモノだが味は美味しい。完食する頃には3番地のアパートに辿り着いた。 - 58二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 07:46:20
ひび割れたアスファルトの駐車場にバイクを停め、煤だらけで半分崩れ落ちている階段を登る。所々床の抜けた廊下を進み、注文先の部屋の前まで来た。インターフォンのボタンを押す、溶けて固まっているせいでボタンが全く動かないが、それでもピンポンと音が鳴り、中から誰かの声が聞こえて来た。
「どなたですか〜?」
「美味しさの証明完了、ピッツァQEDだ。ピザを届けに来た」
「やった!ピザだピザだ!」
ドアが開くと、出て来たのは獣人(芝犬)の親子だった。私はピザを父親に渡していると、少年が隣で大はしゃぎ。母親がそれを嗜めていた。
「お姉ちゃんあのねあのね!僕昨日サッカーの試合に勝ったし、シュートもできて1点取ったんだよ!だからお祝いにピザ!」
「こら、お姉さんが困っちゃうでしょ。もうすみません」
「いや、構わない。よく頑張ったな、大きくなったらサッカー選手だな」
私は屈んで、少年の頭を撫でた。よく見ると綺麗な玄関には彼が取ったのだろう、表彰状が飾られてある。優秀な子供なんだな、本当に将来大物になるかもしれない。
「ああそうだ、お姉さん。チップをどうぞ」
父親がそう言って、1000円札を一枚私に差し出してくる。ついに出たな、チップを出してくる客。受け取りたいが、何か問題があっても困るからな。
「すまないが遠慮しておく。受け取るなと言われているんだ」
「そうですか……。残念です」
父親は……いや母親と少年も心底残念そうな表情を一瞬見せ、しかしすぐに笑顔に戻って私を見送ってくれた。いい客だったな。
私は瓦礫を掻き分けバイクに戻り、アパートを後にした。 - 59二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 13:13:29
(4日目)
「美味しさの証明完了、ピッツァQEDだ」
今日も元気に配達だ、この台詞もだいぶ慣れたものだな。
「おう!いっぱい頼んで悪かったな嬢ちゃん!おーいお前ら、休憩だー!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「ピッツァだ!!焼きたてだぜ!」
「棟梁の奢りだあああああっ!!」
工事現場にやってきた私はバイクからビッグマンモススタミナピザの束を取り出す。少し配膳も手伝ってやり、作業員達にピザが行き届くのを見届けた。
「配達ありがとな嬢ちゃん!店長にもよろしく伝えといてくれ!」
「ん?店長と知り合いなのか?」
棟梁と呼ばれた大きめのロボットに話しかけると、快活な彼は笑顔で答えてくれた。
「おう!あいつも元は配達員だったんだけどよぉ、ピザが大好きだって仕事を続けて今では店長だ。すげえよなぁ、好きこそもののってやつか?まあ忙しそうで会えなくなったのは寂しいけどな!」
なるほど、店長は客に好かれていたんだな。確かに、かなり人当たりのいい性格をしているから、配達員時代に客と仲良くしていたのだろう。そう言えば私が配達に行った中でも常連だという人が何人かいたな。
「……なぁ、嬢ちゃん。店長さんは元気かい?」
「店長か?」
まあ、確かにワンオペだからな。従業員が全員辞めて、一人でピザを焼き、受け取りに来た客の対応をし、事務仕事までしている。疲れもあるだろう。だが私の知る限りでは元気そうで、むしろ好きなことができて楽しんでいるように見える。その旨を伝えると、棟梁は笑顔こそ崩さないが、その顔に影を落とした。
「そうかい……。いやーワンオペ大変そうだなって心配してたんだけどよぉ、あんたみたいなしっかりしたバイトさんがいるんなら安心だ!あいつの事よろしく頼むぜ!」
「……ああ、任せてくれ」
私はしっかりと目を見てそう答えた。心配してくれる誰かがいるのはいい事だし、こうやって頼られるのはこそばゆいが、身が引き締まる。バイト頑張ろうと思えてくる。
そのためにも配達を済ませなければ、私は踵を返してバイクへと向かった。
「では失礼する、3番地のアパートにも行かなければならないのでな!」
「おう!ありがとよ………え?3番地のアパート?おおい!!…………行っちまった」 - 60二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 13:14:23
「どうしたんすか?棟梁?」
「ああ、いや。……3番地のアパートって、廃墟だよな?前に火災で全焼して………」
「ええ、そうっすね。中にいた人達は全員死んだそうっすね」 - 61二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 13:21:56
そういや僕もピッツァが食べたいな
シンプルなマルガリータを… - 62二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 22:05:52
もう既に寒気が……誰が注文したんだ……。
- 63二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 05:48:37
(7日目)
段々こなれてきた錠前サオリだ。今日も元気に3番地のアパートへとピザを届けに来た。
「3階の4号室……豆腐ハンバーグ健康ピザだな」
ほかほかのピザボックスを取り出し、私はアパートの階段を登り始めた。
バイトを始めてから、このアパートには毎日一回ピザを届けに来ている。閑静な住宅街にある、新しいつくりで綺麗な内装のいいアパートだ。何でも13組の家族、あるいは一人暮らしの人がいるのだという。この配達で大体半数の家庭に行ったことになるな。
……そう言えば、このアパートに住んでいる人達、少なくともピザを届けに行った家庭の全部がチップを差し出そうとしていたな。そして断ると顔を曇らせる。
『チップは絶対受け取らない事』
この注意事項があるからチップは受け取っていない。
だがなぜ、このアパートの住民はチップをあげようとしているんだろうか?
「おっと、ピザを崩すところだった」
考え事を切り上げ、階段に開いた穴を避けながら登る。積もった灰に足を取られそうになる。手すりを掴もうにも折れ曲がっていて、これに命を預ける気は起きない。
何とか3階まで登り、注文先の部屋に辿り着く。インターフォンは破損している。仕方がないのでノックを3回。強く叩いていないのに、扉はギィギィと今にも壊れそうな音を立てて泣きじゃくっている。
「美味しさの証明完了、ピッツァQEDだ」
「はいはい、今開けますよ」
程なくして扉が開いた。出て来たのは獣人(チワワ)のご婦人。ピザを一目見て満面の笑みを浮かべた。
「本当にありがとうねぇ、このピザは私みたいなおばあちゃんでも食べれるから大好きなのよ〜」
「それは何よりだ。大丈夫か?家の中まで運ぼうか?」
「いいえ、問題ないわお姉さん。……あなたは、新人さんかしら?」
「ああ、7日前から働かせてもらっている」
「そう……」
不意に彼女は、その笑顔に影を落とした。何事かと思い顔を覗くと、店長は元気かと問いかけられた。
「店長か?ああ、元気にやっている。ワンオペ……店を一人で切り盛りしていて大変そうだがな」 - 64二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 05:49:37
「そうなのね……いやごめんなさいね。あの子が配達やってた頃からお友達だったのよ。このアパートに配達に来た時に、ちょうど階段ですれ違って、そこでピザいかがですかって言われて……。こんなおばあちゃんが重いもの食べれるわけないでしょって思ったけど、オススメされたこの豆腐ハンバーグのピザが私でも食べれるって分かって、ふふ……そうやって知り合ったのよ」
「そうか……いい出会いだな」
宅配ピザでそんな事になるとは……いや、宅配ピザではなく店長のおかげだろう。その人となりで客を掴んできたんだ。
その後10分ほど彼女の話に付き合った。孫ができたそうで、今度店に来るそうだ。その時にここのピザを一緒に食べたいらしい。
「なら是非とも、その時が来たら注文してくれ」
「ええ、そうするわ。ふふ、今日はいっぱい話してくれてありがとうね。これ、よかったら」
そう言って彼女はチップを差し出して来た。突然の事に驚くが、すぐに丁重にお断りする。
「本当にいいの?あなたと店長のためでもあるのよ?」
「すまない、受け取るなと言われているんだ。だから、気持ちだけ頂こう」
「………本当にいいのね?そう、残念ね」
やはり表情を曇らせるご婦人。私は若干の不安を感じつつ、アパートを後にした。 - 65二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 09:01:54
店長にもなにかあるのかな
- 66二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 13:22:30
(12日目)
「店長、戻ったぞ……ううっ」
「バイトちゃん!?大丈夫かい!?」
フラフラとした足取りで店に入ると、店長は真っ青になって駆け寄って来た。
頭が、割れそうだ。10日目から何故か体調が悪くなり、バイクを運転するのにも一苦労だった。おかげで今日は配達先で心配されるわ、3番地のアパートで瓦礫に足を取られて大きな擦り傷を作るわ、散々な目にあった。
「だが何とか、今日の配達は済ませたぞ………」
「ああ、本当にありがとう!どれどれ……よし。3番地のアパートにもしっかり届けられたようだね」
私が手渡したポーチの中身、伝票やお金を確認して店長は安堵する。私は事務室の机に突っ伏し、氷の入った袋を頭に当てながらぼんやりとそれを眺めた。
「3番地……そう言えば3番地のアパートの客から………」
「アパートの客から?っ!?まさかチップを受け取ったのか!?」
「い、いや……」
爆発したかのように血相を変えた店主。怒声が頭を刺激してキーンと耳鳴りがする。私はどうにか腕を持ち上げて彼を制した。
「………伝言を貰っている。心配している、もうやめてほしい、と」
「な、なんだ……そうだったんだね。いやすまない、急に取り乱してしまって」
「大丈夫だ。それよりも、店長は大丈夫なのか?」
少し楽になった頭を持ち上げ、店長と向き合う。猫のまんまるな目がかっと見開いているが、その瞳孔は細く引き絞られている。臨戦体制、あるいは追い詰められてる時の目だ。やはり何か、アパートの客達と何かあったのだろうか?
「私かい?私は大丈夫だよ。それに、絶対に、やめられない……」
店長は言い聞かせるように呟いて、そして意を決したように私に向き直る。ずんずんと迫り、私の両肩を掴んだ。
「バイトちゃん!体調が悪い中すまないが、絶対明日も働いて欲しい!後一人なんだ!君に毎日行ってもらっている3番地のアパートの、最後の一人にピザを届けなきゃいけないんだ!!13の部屋の、最後の1人にっ、絶対にっ!!もちろんチップは受け取っちゃダメだ!!」
「っ………ああ、分かった」
肩を握る力が強すぎて痛い。だがどうにか言葉を絞り出し、了承した。 - 67二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 13:23:41
「ああ、よかった!ありがとうバイトちゃん!今日はもう帰って休みなさい、残りの仕事は私が片付けておくからね。明日で全部終わるから、お給料もその時支払おう。元気に出勤するんだよ?」
「ああ、では先に帰らせてもらう」
ゆっくりと立ち上がり、足を進める。多少楽にはなったか、拠点までどうにか辿り着けると思う。私は氷の袋を店長に渡して店を出た。見送る店長に笑顔を見せて手を振った。
とぼとぼと音が鳴りそうなゆっくりとした足取りで、今拠点にしている廃墟へと向かう。相変わらず頭が痛く、少しでも負担がないように丁寧に歩く。だがそんなのおかまないなしに思考は回転していた。
店長は何故3番地にピザを届ける事に固執しているのだろう?チップを受け取らないとはどういう事だろう?それに今日の配達で、3番地のアパートの住民からもらった伝言。心配している、もうやめて欲しい、と言うことは、あちらは店長の行動を望んではいないと言うことか?店長は何かをしていて、私はそれに巻き込まれている?
_______このバイト、やめた方がいいのか?
「……うわっ!?ううううっ!ぐっ!!」
そんな事を思った瞬間、頭痛がさらに酷くなった。巨大な針……いや杭を脳に差し込み、それをかき混ぜてるような重く鋭い痛み。あまりにも辛くて大音量の耳鳴りがする。なのにさっきよりも思考が加速して気持ち悪くなった。
こんな体調でバイトができるわけないし、何だか怪しくなって来た。今すぐ逃げるべきだと言う自分と、バイトは続けなきゃいけない、一度受けた仕事は責任を持ってやり遂げなければいけないと言う自分が殴り合っている。
ああ、でも、一方的だ。やり遂げなければいけないと言う自分が、逃げるべきだと言う自分に馬乗りになって、ガツガツと顔を殴り続けている。そしていつしか動けなくなって、それでも殴り続けて………あれ?どうして私は仕事を辞めようなんて思ったんだろう。
「明日も、頑張らなきゃ……」
(クラクションとブレーキ音)
「っ!?」
咄嗟に音のした方を見る。大きなトラックがこちらに迫っている。あれ、私は今、道路の真ん中に立っている……!?
「危ない!避けろぉぉっ!!」
運転手の声がハッキリ聞こえる距離、いつもの私なら簡単に避けられる。でも今の私は体が全く動かなくて、トラックをひたすら凝視している。
そして強い衝撃が私を襲い、意識が断ち切られた。 - 68二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 14:24:21
気持ちだけ頂くのもアウトか……?
- 69二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 14:29:19
店長なにあったの!?
- 70二次元好きの匿名さん24/06/13(木) 18:45:35
- 716824/06/13(木) 21:57:17
- 727024/06/13(木) 22:05:09
- 736824/06/13(木) 23:57:18
お気になさらず。こちらも勝手に想像してるだけですので……。
- 74二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:19:54
(12日目、夜)
意識が戻った時、最初に知覚したのはパチパチと炎が弾ける音と、花の匂い。自分は何か柔らかくて温かいものに頭を預け、寝転がっている。重い瞼を開けると、そこは私が拠点にしている廃墟の一角。そして私は古ぼけたソファに寝かされており、
「あ、おはよう。サッちゃん」
「………姫?」
姫……秤アツコに膝枕されてるのだと分かった。
「サッちゃんも食べる?ピザ。美味しいよ」
姫は起き上がった私にピザを一切れ差し出してくる。ソファの前のローテーブルには私のバイト先のピザがあり、さっきから食べていたようで三切れ分なくなっていた。
「ファンシーレインボーユニコーンピザ……馬肉のピザだって」
「知ってる……来てたのか?」
「偶然、みんなでここに潜伏してたの。そしたらサッちゃんがピザ屋で働いてるって知って、お店に行った。でも帰ったって言われたから、追いかけたら……轢かれそうになってたから助けた」
「……すまない」
「大丈夫。サッちゃんは平気?」
「問題なっ……うぅ」
立とうとしたが視界がふらつき、再度ソファに腰を沈めた。落としそうになったピザをどうにかローテーブルに戻して、背もたれに首を預ける。動けない、体調管理は徹底していたはず、この倦怠感は一体……?
「サッちゃん」
呼ばれて振り向くと、姫はこちらに片手を伸ばし、もう片方の手で膝をぺちぺちと叩いていた。こっちに来いと言うことだろう。普段なら断る私だが、今日は素直に頭を預けた。
ドラム缶で作った即席の暖炉の火を眺める。パチパチと音がする。姫は私の頭を片手で撫でながら片手でピザを食べている。私は気が抜けて焦点の合わない視界でそれを眺めていた。不思議と頭痛や倦怠感が取れていく。
「サッちゃんとこのピザ美味しいね。店長さんもいい人だった。一緒に食べてってくれたの」
「……明日、店長に礼を言わなきゃな」
「その調子で明日も行くの?」
「ああ、最後の1人だと店長は言っていた……。最後に明日、届けなきゃならないんだ」
「……………」
「______________サッちゃんは利用されてるよ、店長さんに」 - 75二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:21:45
やっぱり利用されてたか、アツコは何でわかったんだろう?
- 76二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:22:02
「利用……?まさか」
その言葉に戸惑い、体を持ち上げようとした私の頭を姫の手は優しく押さえつける。
「サッちゃんを轢こうとしたトラックは、近くの工事現場の人達が乗ってた。サッちゃんと顔見知りなんだって」
「工事現場……ああ、棟梁のところの」
「うん、棟梁さん心配してた。事故もそうだけど、サッちゃんが配達で3番地のアパートに行ってる話を聞いたし、なんなら何度も見たって。あの廃墟に……」
「ああ、毎日あそこから注文が届いて…………廃墟?」
姫の手のひらを押し返し、今度こそ起き上がる。彼女の顔を真っ直ぐ見やる。その表情に、その瞳に、嘘をついてる様子は見られない。だからこそ余計に困惑した。
「廃墟なわけないだろう。現に私は何度も配達に行って、そこの住民と顔を合わせている。どんな人達だったかも覚えてる。なんなら今から詳細に話せるぞ」
「うん、サッちゃん記憶力いいもんね。じゃあ思い出して。お客さんのお家に行く時、アパートの外装とか、階段とか、廊下とか。どんなだった?」
「外装……?あそこは結構綺麗な建物なんだ。だから普通に………あれ?え?」
姫に促されてアパートを思い出す。新しいつくりで綺麗な内装のいいアパートと認識していたそこの記憶は、思い出すほど矛盾した。
ひび割れたアスファルトの駐車場、煤だらけで半分崩れ落ちている階段、所々床の抜けた廊下、無数の瓦礫。
「あっ、ああ………私は……」
溶けて固まっているせいでボタンが全く動かないインターフォン、悲鳴のような音が出る扉。その他にも、上げればキリがない。
「なんで……私はあれを普通の綺麗なアパートと認識していた?」
「そう言う刷り込みとか、催眠をされてたんだろうね。分かってはいるけど、そう思い込ませるものを。ずっとかけ続けられてたのと、認識の矛盾に耐えられなくなって、体調を崩したんだと思う」
「でも、じゃあ、私があった人達は……」
暑くもないのに汗が出る。絞り出した声も体も震えていて、揺れる視界の中で姫だけが不動を貫いている。それに縋るように私はそう問いかけた。だが姫は無情にも首を横に振った。
「調べておいた。……ちょっと前に、あそこで火事が起きた。真夜中だからみんな寝てて、逃げ遅れて、住んでいた13組の家庭が亡くなったって」
「じゃあ、あの人達は……」
「幽霊。あのアパートに縛り付けられてる」
「そうか……」 - 77二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:23:14
恐怖よりも衝撃が勝った。さっきまで普通に話していた人達が実はもう亡くなっていた、その事実にまた動揺する。
すると姫は、私にまたピザと、今度はコーラも差し出してきた。
「一旦落ち着こう、サッちゃん。ほら、アイスブレイク」
「……意味違うと思うぞ」
「そう?まあ……ブレイクブレイク」
コーラのボトルを揺らし、ニコリと微笑む姫。相変わらず表情が薄いけど、心配してくれていることは分かる。心優しい私達の姫、彼女からピザとコーラをありがたく頂戴し、2人で一緒に食べた。
いつだったか、バイトの最中に、ピザとコーラは最高の組み合わせだと言っていた人がいた。……ああ思い出した。3番地のアパートの、ミュージシャン志望のロボットだ。配達の時に少し話して、演奏も聴かせてもらった。音楽はよく分からないが、いい曲だと思った。ああそうか、熱く夢を語っていた彼も、もう亡くなっているのか……。
「店長さんは、あそこで儀式をしているんだと思う」
「儀式?」
一通り食べ終わり、落ち着いた所で、姫はまた話し始めた。私はティッシュで口元を拭き、暖炉の炎に投げ捨てる。パチっと弾けて音が鳴った。
「うん、儀式。亡くなった人達のいた場所で、亡くなった人達の関わり深いものをお供えして、最終的に生贄を差し出して、亡くなった人達を呼び戻す」
「アパートに、ピザに、そして生贄は……私か」
納得した。それならわざわざ催眠をしてまで、あのアパートに宅配ピザを届けていたのも頷ける。……ん?ピザ?ピザでいいのか?亡くなった人達の関わり深いものって。いや、成立してるのならいいんだろうな。みんなピザ喜んでたし。
「そういえば姫、随分詳しいな?これも調べたのか?」
「ううん、アリウスで習ってた。私の血は特別だから、覚えおけって。だから色々気づけた。ほら、私は経験者だから」
嫌なことを思い出し、少し後悔した。頭をよぎったあの女の顔を殴り飛ばし、姫に別の話題を振った。 - 78二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:23:31
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- 79二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:25:20
「成功したら私はどうなる?」
「あの時の私と同じ、死ぬと思う」
「………失敗したら?」
「場合による。サッちゃんがバイトを辞めて、明日アパートに行かなければ、あそこにいる人達は儀式で縛られたまま。店長さんはまた別のバイトを雇って、ピザを届けると思う」
「そうか。なら……辞めるわけにはいかない」
「サッちゃんは巻き込まれただけなんだよ?背負う必要はない」
「ああ、だが私はまだピザ屋のアルバイトだ。客を放ってはおけない」
「止める方法はあるの?」
「やってみたい事がある。やらせてくれないか?」
姫の眉間に皺が寄っている。すまない、そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。でも私はこの儀式を止めたい。だから私は姫に頭を下げた。
「……ちゃんと戻ってきてね」
「ああ、約束する」
そうして姫はこの廃墟を後にした。ミサキとヒヨリの所に戻ったのだろう。私は明日に備えて寝ることにした。ボロボロのソファに、先ほどのように寝転がり、意識を深く沈み込ませる。
儀式を止める方法、やってみたい事………このアルバイトの注意事項を心の中で読み上げて、瞳を閉じた。 - 80二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 11:40:14
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- 81二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 12:02:46
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- 82二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 12:24:05
面白いなあ
前にも裏バイトのあるキヴォトスのスレあったな - 83二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 12:35:42
更新ありがたい
まじで楽しみだわ - 84二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 12:46:51
- 85二次元好きの匿名さん24/06/14(金) 20:57:06
保守、無理せずがんば
- 86二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 00:53:02
- 87二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 01:52:03
公園の獣人住民の手足の描写とか、アリウスでの儀式の内容とか、
絶妙にキヴォトスイズムの混じった話なの好き - 88二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 09:42:25
この手の知識持ちであまり語られないアツコがピックアップされるのも面白い
ベアおばから権能?を与えられてたりするし実は相当知識も持たされてそうだよね - 89二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 19:05:46
(13日目)
ひび割れたアスファルトの駐車場にバイクを停め、煤とヒビだらけのその建物……3番地のアパートを見上げる。昨日までは普通のアパートだと思っていたそれはひどい廃墟で、自身を苦しめていた認識のギャップに薄ら寒さを覚えた。ちゃんと見えるようになったからと言って安心してはいられない。まだ終わっていない。私は慣れた手つきでピザを取り出した。
今日の配達はたった一件。このアパートの最後の住民への配達である。出勤した時に会った店長は興奮冷めやらぬ、楽しみで仕方ないといった様子で私を迎え入れ、そしてこのピザを差し出してきた。
「残りの仕事は全部やるから!今日はそれだけ届けたら終わりだよ!!よろしくね!!」
血走った目と狂い切った表情を思い出し、顔を顰める。少しは真意を隠せと思いつつ、私はアパートに入った。
階段、廊下、そして瓦礫。慣れたものだ、するすると歩みを進めていく。そうして辿り着いたのは4階の4号室。私はインターフォンも押さず、ノックもせずに、その扉を開いた。
「美味しさの証明完了、ピッツァQEDだ」
「おっ、待ってました〜!」
扉の向こうは外とは似ても似つかない綺麗な部屋で、廊下の向こうで家主が顔だけを出して笑顔を向けてくる。そして彼女はパタパタとこちらに駆けてきた。
ホットパンツとTシャツの可愛らしい部屋着と、頭上に揺れるヘイロー。
「生徒か……いや、幼いな」
「え?」
「あっ、すまない」
ピザを受け渡しながらつい口走ってしまい、慌てて謝った。それに対して少女は得意げに笑い、ピザを持って駆けていく。しばらくすると何かを持って戻ってきた。
「じゃーん!!私今度、ミレニアムの生徒になりまーす!!」
持っていたのはミレニアムサイエンススクールの制服だった。少女は嬉しそうに、誇らしげに、それを掲げて見せた。
「…………そうか、楽しみだな」
「うん!勉強して、すごいものを発明したり研究するの!千年難題を解いてみるのもいいかも、そしたら私も全知の仲間入りだね!」
「っ………頑張ってくれ」
「うん!」 - 90二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 19:06:59
その満面の笑みが私の胸に突き刺さった。サッカーを頑張る少年、孫に会うのが楽しみなご婦人、ミュージシャン志望のロボット、目の前にいる少女、そして他の部屋の住民達。13日かけて全ての部屋を回ったから分かる。彼女らには夢や目標……未来があった。それを待ち望んでいた。だけど火災で全てが奪われた。
来た時は絶対に止めると決意したのに、ここに来て揺らいでしまう。彼女らのことを考えると私がここで犠牲になった方がいいんじゃないかと思えて来る。やりたい事や夢、それが何なのか分からずにいる私よりも、それがある彼らが戻ってきた方が……。そう思ってしまう。
「お姉さん?お姉さん!?」
「っ!ああ、すまない」
「大丈夫?まあいいか」
咄嗟に謝罪した私に首を傾げ、少女は懐から財布を取り出した。取り出したのは一枚の紙幣。
「じゃあお姉さん、チップをどうぞ!」
「………お前達は、分かってるのか?今のお前達の状況、チップを渡すのがどういう事か」
「うん、分かってる」
少女はあっさりと答え、私は目を丸くした。
「お姉さんがチップを受け取ってくれたら……見送ってくれたら私達は向こう側に行ける。受け取らなかったら私達は戻ってきて、お姉さんが代わりに連れ込まれる。これはそういう儀式だよ」
「分かってて……分かってて最初からチップを渡そうとしたのか!?戻って来ようとは思わなかったのか!?」
「思ったよ。今でも、戻れるなら戻りたい。確かに嫌だよ、悔しいよ。熱かったし苦しかった。………でも、お姉さんにもあるはずでしょ?大切なものとか、未来とか」
「っ……」
はたと思い出したのは、姫との約束。
『……ちゃんと戻ってきてね』
『ああ、約束する』
「……ある。待ってくれてる人が、人達がいる。それにお前達と違って、夢とか、やりたい事とか、そういうものがまだない。だからこそ見つけたい」
「………いいね。きっとお姉さんなら、何でもできる……何にでもなれるよ」
慈愛に満ちた笑みの少女を真っ直ぐ見つめ返す。いつの間にか彼女の後ろには見覚えのある顔ぶれ……アパートの住民達が揃っていた。
「お姉さんも、私達も、前に進むべきなんだ。でも戻って来るということは、前に進むということじゃない。だから………チップをどうぞ」
「ああ、頂こう」 - 91二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 19:07:31
手を差し出し、紙幣を受け取る。紙幣は私の手に収まった瞬間、6枚の見たことがない穴の空いた硬貨に変わった。握り締めると、それは灰となって零れ落ちた。
「………これでいいんだな?」
「うん。じゃあねお姉さん!ピザ届けてくれてありがとう!最後まで付き合ってくれてありがとう!元気でね!」
手を振る彼女らに軽く一礼し、私は部屋の扉を閉めた。その衝撃に耐えられなかったようで、蝶番が音を立てて外れ、扉が倒れる。部屋の中は先ほどとは変わって燃え尽きた廃墟と化しており、そこには誰もいなかった。 - 92二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 19:08:07
店長との最後の一悶着は明日くらいに。
- 93二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 19:57:05
最後が少女なのさぁ…
- 94二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 20:55:16
六文銭か…
- 95二次元好きの匿名さん24/06/15(土) 21:02:41
めちゃめちゃ面白いです
この子がロリコンユウカに猫かわいがりされる世界線があったことを想像して悲しくなっちゃった - 96二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 01:20:47
感謝、せっかくの舞台なのでキヴォトス独自のものは触れていきたいですね。
感謝、>>35のレスでもいただいたのですが、権能を持っていたこともあって"そういう知識"に精通してそうですよね。怪異の知識ならサオリよりアツコかも知れません。
感謝、この青春の物語の主人公は学生達ですから。
感謝、この世の川辺に留められていた彼女らも、サオリに支払うことができたのでようやっと渡し船に乗れることでしょう。
感謝、ユウカは勿論、今の一年生組にとっても初めての後輩となる子でした。もしかしたらどこかの部活に入って、そこでの絡みも見れたかも知れません。それでも彼女は死者として前に進む事を選んだのでした……。
- 97二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 10:00:19
幕間
錠前サオリの裏バイト奇譚①
業務内容:コンビニ店員
注意事項: 『立ち読みは無視し、絶対に声を掛けない事』
勤務期間:4日間
給与額:1時間2万円×8時間×4日間=64万円
コメント:無視してさえいれば本当に楽な仕事だった。ただコンビニ自体が私のやりたい事とは違う気がする。 - 98二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 10:14:27
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- 99二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 11:18:04
サオリが帳簿つけてるのちょっとかわいいな
先生辺りから教えてもらったのかな - 100二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 17:45:33
一気読みしためっちゃおもろい
- 101二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 19:22:18
- 102二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 19:22:45
幕間
錠前サオリの裏バイト奇譚②
業務内容:夜の町の見回り
注意事項: なし
勤務期間:1日
給与額:1回10万円
コメント:二度とあの近辺には近寄らない。それにしても、ふむ……ベビーシッターか。一考の余地があるな。 - 103二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:15:43
「戻ったぞ、店長」
「はっ………はああああああああああああっっ!?」
配達を終えて店に戻った錠前サオリだ。厨房に入ると、出迎えたのは店長の絶叫だった。
「じゃっ、じゃあチップを……?」
「受け取った」
「どっどっ、どうして!?チップを受け取るなと注意事項に……!」
「客に望まれたからな。それに受け取らなければ、私が死んでただろう?」
「ふ……ふざけるなあああああああ!!!みんな渡っちまったじゃないか!!!!」
全身の毛を逆立て、牙を剥き、瞳孔を針のように尖らせて、店長は調理台を叩いた。そしてその場にあったピザカッターを私に向けた。
「どうしてくれるんだ!?もうすぐで儀式は………みんな生き返ったんだ!!!どうして!!?」
「逆にどうしてそこまでするんだ?言ってはなんだが、ただの客だろ?」
「常連客だ!!みんな俺のピザが大好きで、喜んで食べてくれた!!それにやりたいことがあったんだ!!夢や目標が!!それが全部奪われて、可哀想だとは思わないのか!?」
痛いところを突くな、だがもう迷わない。 - 104二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:16:28
「……思ったさ。でも、彼女達は前に進むべきだと言っていた。戻ってくることは前に進むことではないとも。だからチップを渡してきたし、私も受け取った。店長、お前も前に進むべきだ……!」
「何が『前に進むべき』だ!!」
感情的にピザカッターを振り回す店長。とても正気とは思えない剣幕だ。しばらくそうしていると手からすっぽ抜けてしまい、明後日の方向に飛ばしてしまう。ガシャンと大きな音を立て、床を転がっていく。それを眺め、いくらか落ち着いた店長は、懐から一冊の本を取り出した。
「うっ…………!!」
思わず声が出て、後退り、鳥肌が立った。そして鳥肌が立った。そして確信した。表紙は黒一色で古めかしいその本からは見ているだけで正気が削れるような、この世にあってはいけないと確信できる禍々しさを纏っている。あんなものどこで手に入れたのか分からないが、このピザ屋には似つかわしくないその異物には今回の儀式や、それ以外の悍ましい知識が記録されているのだろう。案の定、その予測は当たった。 - 105二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:17:07
「この本に書いていたんだ……。死者は呼び戻せると。そのための儀式が、知識が載ってある本だ!従業員は誰も信じなくて、気味悪がって辞めてしまったけど、でも本当だった!あそこにみんなを留められた!あと少しだったんだ!!あと少しだったのに……どうして犠牲になってくれないんだ……」
店長は膝を折り、丸まって泣きじゃくった。この人は客にそこまでできるのか、それほどまでに心優しい証拠なのかも知れない。きっと知り合いが一気に亡くなって心が弱った時に、あの本に出会ったのだろう。取り戻す方法を知ってしまったのだろう。そしたらもう、試すしかない。そんな気軽さで儀式を始めた。
しかしまあ、自分の大切なもののために私を犠牲にしようとする……私を生贄にしようとする所を見ると、エデン条約の時の自分を思い出して何とも言えない感情になった。
「店長。この店には棟梁達や他の常連がいるだろう。彼らのことも見るべきだ。幸いにも犠牲者は出ていない。私は気にしないさ。だから、なあ、やり直せるはずだ」
店長に近づき、努めて優しく声をかける。そして手を差し伸べた。私がギリギリの所で先生に救われたように、きっと店長もまだ間に合う。止めなくちゃ。そう思い、自然とその行動に出ていた。 - 106二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:17:44
しかしその瞬間、
「まだだ」
「は?」
「まだ終わってない!!」
店長はそう叫ぶや否や黒い本を開き、血走った目で、貪るように読み始めた。顔の毛先から脂汗を垂らし、髭が鋭くピンと張る。本を握る手は強く、爪が立ってるせいで表紙に突き刺さっていた。
「きっとあるはずだ!方法が、あるいは抜け道が!たくさんの儀式が、向こう側の知識がこの本にはあるんだ!研究しなきゃ!きっとどうにかなる!!……ああ、そうだな。君の言う通りだ!!前に進むんだ!!なんとしても押し進めて、また呼び戻すんだ!!」
………嘘だろう?呑まれてるのか、本の狂気に、自分の願いに。ここまで来たら、力づくで止めるしかないか……。
私は大きく溜め息を吐き、アサルトライフルを構えた。 - 107二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:18:27
「私でも分かる、その本は危険だ。今すぐやめろ!でないと撃つぞ!!」
「知識!知識!知識!儀式!もっともっともっともっともっともっと!!にゃはは………はははははははははははははははははは!!」
正気を失った人間の姿に戦慄する。今一度呼吸を整え、私は引き金を引いた。
(銃声)
店長の頭上を通り過ぎるように、威嚇の意味の一発。店長は気にも止めず本を読み続けている。
(銃声)
今度は膝に一発。キヴォトス人特有の頑丈さは獣人にもあり、少し出血する程度の傷に留まった。それでも痛いはずだ、痛いはずなのに、止まらない。
「店長!止まれと言っている!ああクソ!!」
指先が震える。引き金が重く感じる。恐怖もあるが、単純に撃ちたくない。この雇い主は働いてる時はいい人に思えた。騙されていたが……ストックホルム症候群か!?笑えるな!笑えない!止めなければ!絶対碌なことにならない!
意を決して、指先に力を込めた。
瞬間、 - 108二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:19:18
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
突然後ろから、先ほど会った少女の声が聞こえてきた。そして気配を感じた。これは少女だけじゃない。アパートの住民全員が、私の真後ろにいる。
「へ?あっ、ああ……!みんな!」
店長もそれに気がついたようで、私の真後ろに視線を向けた。ポロポロと涙を流し、立ち上がり、本を投げ捨て、気配の方へ駆けて行った。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「ああみんな!戻って来ていたんだ!儀式は成功してたんだ!やった!やったー!!」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
サッカーが得意な少年とその父親の声。しかし言葉がまるで理解できなかった。どうしてかは分からないが、確信した。彼女らは戻って来ていない。もう向こう側の存在なんだ。だから何を喋っているのか理解できないんだ。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「待っ⬛︎⬛︎くれよ、います⬛︎⬛︎⬛︎を焼こ⬛︎!みんなの好⬛︎なものをだ!」
ミュージシャン志望のロボットとご婦人の声。店長の声も段々と理解できなくなっていく。ああ、分かった。もうダメなんだな。連れて行くんだな。私は振り返ってはならないんだな。
「⬛︎⬛︎⬛︎た⬛︎!⬛︎んな⬛︎⬛︎⬛︎これ⬛︎!こ⬛︎で夢が⬛︎⬛︎⬛︎!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎やりたい⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎るな!!よ⬛︎⬛︎た!!」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
少年のお母さんの声と、ミレニアムに行くはずだった少女の声。私はアサルトライフルを手放し、帽子のつばを深く下ろした。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
最後に響いたのは店長の声。その瞬間、気配も声も全て途絶えた。振り返るとそこには、誰もいなくなっていた。 - 109二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:20:01
「サッちゃん、元気?」
「………姫か」
疲れ切って、冷蔵庫に背を預けて地べたに座り、ぼーっとしていると、入り口から姫がヒョコッと顔を出して来た。
「………どうにかなった」
「そうみたいだね。……あっ」
姫は厨房に入ると何かに気がつき、拾い上げた。黒い本だ………黒い本!?
「姫!!それは……」
「分かってる。見たことあるから」
「はぁ!?」
「アリウスにもあった。でも読んではないよ、安心して」
弾き出されたように立ち上がり、詰め寄った私に、姫は優しく微笑みかける。そして私にオーブンの場所を聞いて来た。私はほっとして溜め息を吐き、案内した。 - 110二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:21:23
「これだ」
「大きいね、さすがピザ屋さん」
そう言って姫はオーブンの中に黒い本を投げ入れる。そしてボタンを押した。
「……?……??」
………姫はオーブンの使い方が分からなかった。
「こっちだ」
私は姫の後ろに立ち、代わりにボタンを押した。耐熱ガラスで中の様子が見え、黒い本はどんどん燃えて炭になっていく。熱くて苦しそうだ。彼女らはこれに囲まれて死んだんだな。ぼーっとそんなことを考えながら、二人で黙ってそれを眺めていた。私はいつの間にか姫を後ろから抱き締めていて、姫は嫌がることなく、私の手を握ってくれていた。
(オーブンのタイマー音)
十数分程で調理完了。炭化した本を取り出し、まだ燃えてないかしっかり確認し、念のため粗熱も取って、ゴミ箱にぶち込む。
「だけど、どうしてこんなものを店長が?」
「分かんないけど、この手のものは引き寄せられるから。求めていて、尚且つ使える人に。店長さんはそういう人だったんだと思う」
「そうか。だがこれで、もう……」
「うん、大丈夫。じゃあ行こう、外でミサキとヒヨリも待ってる」
姫に手を引かれ、私は厨房を出た。店内には夕陽が差し込んでいて、炎のような光が私達を照らし暖めている。もうそんな時間だったんだな。 - 111二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:22:06
「サオリ」
出入り口の自動ドアの前で、姫は私に向き直った。私の手は握ったまま、しかし宝物でも触るかのように優しい力加減だった。
「約束守ってくれてありがとう。戻って来てくれてありがとう。サオリは優しいから、生贄になっちゃうんじゃないかって、少しだけ思ってた」
「………実は迷ったんだ。でも彼女らが止めてくれた」
『………いいね。きっとお姉さんなら、何でもできる……何にでもなれるよ』
「………そう言ってくれたよ」
「うん。私もそう思う」
その日は姫達の拠点で過ごした。みんなでご飯を食べて、寝て、朝起きて、そしてまた別れた。みんなはみんななりに優しく、送り出してくれた。
何でもできる、何にでもなれる。なら私は何をして、何になろうか?答えはまだ出ていない。店長のように狂気的にブレないとまではいかないが、胸を張って言える何かを手に入れられるだろうか。手に入れたいものだな。
そんな事を考えながら、また新しいバイトの面接に向かった。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界 - 112二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:24:54
サオリ
涙が出そう - 113二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:26:48
これにて一旦おしまいです。読んでくれた方、レスくれた方、お付き合い頂きありがとうございました。
また何か思いついたら書こうと思います。 - 114ピザリクエストマン24/06/16(日) 23:27:09
おお!お疲れ様です、何となくピザ屋とかどうかなぁ?って、リクエストしたらとんでもない物を!!ありがとうございます!面白かったです!!
- 115二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:28:44
- 116二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:30:16
- 117二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:32:26
- 118二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:33:27
- 119二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:35:07
感謝、ひどい目に遭ったり遭わなかったりします。読後の良さに一役買ったようで何よりです。
- 120二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:35:49
何だこれ、めっちゃ面白え
- 121二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:35:51
錠前サオリの裏バイト奇譚③
業務内容:公園の清掃
注意事項: 『幼児服が捨てられていたら回収して雇い主に提出すること』
勤務期間:14日間
給与額:1時間2万円×4時間×14日間=112万円
コメント:鳩達へ豆をやっていたら、糞害がすごいからと先生に止められた。仕方ないので野鳥保護の団体に募金をした。これで礼になるだろうか。 - 122二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:40:16
錠前サオリの裏バイト奇譚④
業務内容:ピザ屋の配達
注意事項: 『チップは絶対受け取らないこと』
勤務期間:13日間
給与額:なし(給与受け取り前に雇い主が失踪)
コメント:どの道注意事項を違えたんだ、お金は貰えなかっただろう。今回ばかりは仕方ない。 - 123二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:43:52
感謝、楽しんでいただけて何よりです。応援お願いします。
- 124二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:44:12
おまけ
Q,どうして高額バイトを受けているんですか?
サオリ「自分探しというのもあるが………実はミサキはぬいぐるみが好きなんだ。だから補修キットを買ってやろうと思ってる。ドラゴンの奴でいいか?」
ミサキ「嫌だよ」
サオリ「ヒヨリは雑誌をたくさん持ってるからな。本棚を買ってやろうと思うんだ」
ヒヨリ「うわあああああああん!どうせならクソデカ図書館にあるハシゴ必要な本棚を下さい!」
サオリ「姫は花を育てるのが好きなんだ。だからそれに役立つものを買ってやろうと思ってる」
アツコ「嬉しい……ありがとう」
サオリ「とりあえずビニールハウスでいいか?」
アツコ「ビニールハウス……?」
サオリ「あっ、すまない。電照栽培用のライトの方が良かったか?」
アツコ「……………ミサキ、ヒヨリ」
ミサキ「仕方ない、姫のためだ。……やろっか、アリウス分校生花栽培部」
ヒヨリ「うわあああああああん!こうなったらキヴォトスのシェア独占を目指します!」
アツコ「……………?」
アツコ「……………????????」 - 125二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:46:41
お疲れ様でした
全部面白かったです
バイトさんたちはサオリみたいに体調崩したり
或いは向こうに渡ってしまっていなくなったのかと想像してたけど、犠牲者はいないようでよかった… - 126二次元好きの匿名さん24/06/16(日) 23:53:45