- 1二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:06:07
ドスドスを超えて、ドスンドスンと。
あるいはドクンドクンだろうか。それは心臓や血管が鳴り響く音だったはず。それとも、もっと似合った音……言葉があるのかもしれない。
この国のオノマトペ……ギオンゴというのは面白いもので、慣例のあるものだけでなく、オリジナルな物を作り出しても容易く受け入れられる。生まれ育った地のアメリカでももちろん同じことは行われているけれど……それはそれで少し趣が違うものだった。
ザスザス。あるいはザスンザスンだろうか。
いや、もっとジャキンジャキンくらいかもしれない。
この国の誇るカタナのように鋭く、切れ味よく。芝の土を刻むような音が出ればいいと思う。それくらいのスピードが出ていればいい。
そんな願いをこっそりと抱きながら、仮想のゴールとみなしていたハロン棒を通り過ぎ。
私はゆっくりと立ち止まった。
芝ではない、ダートコースの上で。
「ジャキンジャキン。ふふ」
悪くない。これをトレーナーや学友たちに教えたらなんて言ってくれるだろう?
笑ってくれるだろうか。少し変わってるね、と。
変わっているのは私の長く大きなウマ耳に入る音と、この国で生まれ育ったヒトやウマ娘たちの聞く音の感じ方が違うからだろうか。あるいは、頭の中が。それとも心が。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:06:32
──でも。
「ペリーさーん!」
愛らしい姿の芦毛のウマ娘が、可愛らしい声を上げながら駆け寄ってくる。
きっと彼女の声は、世界の誰が聞いても「カワイイ」と言われるに違いない。そんな愛くるしい彼女に汗だくで砂まみれの姿を見せるのは忍びない。
ラチに掛けたタオルで顔を拭い、徐々に芦毛になりつつある長い灰色の髪を整え。
「やあ。カレンチャン。今日はどんなカワイイを私に見せに来てくれたのかな?」
さりげなく、ポーズを取ってみせた。
「♪」
それに応じるように、彼女もカワイイポーズを見せてくれる。
ああ、素晴らしい。カレンチャン。キミは最高だ。キミに会えただけでも私はこの国に来て、トゥインクル・シリーズを走れて幸せだとと思う。
……もちろんそれだけで満足できるほど、私は欲の少ないウマ娘ではないけれどね。
しばしのポージング合戦の後で、二人してクスクスと笑い。
「ペリーさん。もしこの後トレーニングがなければですけど。カレンと一緒にパフェを食べに行きませんか?」
可憐なお誘いに、私は喜んで応じることにした。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:06:49
「でね、アヤベさんったらひどいんですよ! 久しぶりにスイーツに一緒に行きませんかって誘ったら最初は乗り気そうだったのに、一緒に食べるペア専用パフェが名物だって知ったら『そう、私はやめておくわ。トレーニングがあるし』って言って来てくれなかったんです。も〜。きっとふわふわパンケーキだったら来るのに」
山盛りで映え映え、だったか。そんなゴージャスなパフェを二人してスプーンでつつきながら、カレンチャンのルームメイトの話を聞く。
──アドマイヤベガ。
少し気難しいが真摯で、どこかロマンチストな気配のあるウマ娘。彼女にはカレンチャンを介して何度か話をしたことがあった。
主に、日本ダービーについて。
……自分がこの国に来るきっかけだったレース。憧れであり、目標であったレースのことについて。
過去形で話さないといけないのが、未だに心にズキズキとくるものがある。
あのレースは、人生で一度きり。チャンスは一度しかない夢の舞台。
そこで私は……勝つことができなかった。
「最近お部屋にふわふわなスリッパが三足も置いてあるんですよ。夕方は必ずゴーッて音のする布団乾燥機をセットしてから夕ご飯を食べに行きますし。そろそろカレンがブレーキかけてあげないといけないかな~」
困ったように、でもとても嬉しそうに。カレンチャンは彼女の話をしながらカワイくパフェを頬張る。
その様子を見て自分も思わず口元が緩んでしまう。 - 4二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:07:08
この国の最高峰のウマ娘レース。その頂点に位置するとも言える、日本ダービー。格式の高さ、レベルの高さ。……そこで勝利を掴むこと。
その夢を掲げて私はこの国に、トレセン学園に。トゥインクル・シリーズに乗り込んできたのだ。
威風堂々と。肩で、ウマ耳で、海風を切り裂きながら。
『……あのレースを走ってた頃の私は、自分のことなんて考えていなかった』
『星に捧げる最高の結果だけを探していたの』
『でも、最後はそれを忘れてしまうくらい……自分の勝利のために走ったわ。走ってしまったの』
前々年の覇者はどこか切なそうに、左手を撫でながらぽつりぽつりとレースのことを教えてくれた。
その語り口調は現シリーズ最強と言われるウマ娘、世紀末覇王を感じさせる詩的なもので。
勝敗を分け合った者たちはどこか似通うところがあるかもしれないね、などと評したところ、彼女はどういうわけかいたくショックを受けたように見えた。なぜだかわからないが。
ともあれ、気持ちの強さが、捧げる思いが。そしてそれすらも忘れるほどの勝利への渇望が、栄冠をもたらしたのだということはわかった。 - 5二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:07:21
……今になって振り返る。
私は彼女たちに気持ちで負けていたのだろうか。
そんなことはない。私の夢は誰よりも強かったと今でも思う。帆を上げ、黒煙を吐き出し、海を渡るほどに強く。
しかし……アグネスタキオン、それからジャングルポケット。あの二人の凄まじい走り。そこにある狂気にも見える速度に、熱に、輝きに。その背中に。
私は……迫れなかった。
それは厳然たる事実だった。
「聞いてます? ペリーさん?」
「……もちろんだとも。キミの言葉、仕草、振る舞い。どれも見落とせるわけがない」
「もう。カレンのこと、ちゃんと見てくれなきゃダメですよ?」
理不尽なわがままですらカワイイ。まったく困ったものだこのウマ娘には。
私はお手上げと言わんばかりに、手元に残していた最後の苺をスプーンで差し出した。 - 6二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:07:36
「そういえばペリーさん、最近トレーニングでダートばかり走ってますけど……まだ足の調子が良くなかったりします? 無理はダメですからね!」
「ふふ。察しが良いねキミは。そういうわけじゃないさ。ただ……」
夢はあった。思いもあった。熱意もあった。
最高のトレーナーとともに、完璧なトレーニングを重ねて、その上で余裕を持ってコンディションを整えたつもりだった。
後は何が足りなかったのか。
──狂気だ。きっと。
光速を超えて我々の視界に残光を刻み込んだ彼女や、勝利してなお勝つ気持ちが収まらず、雄叫びを上げ続けるような彼女。
そして私を押しのけてダート、芝関わらず栄冠をもぎ取った大先輩である彼女。
彼女たちに値するほどの狂おしいほどの貪欲さが、私には足りていないに違いない。
ならば今度こそ見せてやろう。私のそれを。
抱いていた夢は潰えた。憧れはもう終わりだ。
はるばる海を超えて、衝撃を与えに来た私の欲望を。
お前たちに刻みつけてやろう。永遠に残るような傷跡として──。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:07:57
「ペリーさん……」
「おっと、怖い顔を見せてしまったかな? すまない」
この顔を彼女に見せるつもりはなかった。見せたのは、トレーナーである彼だけだというのに。
「……ううん。今のペリーさん、すっごくカワイイ顔してましたよ♪」
「カワイイ? 私が?」
「はい♪ とっても」
まさか。今の私がカワイイとは。でも、彼女が言うのであればきっとそうなのだろう。
「ふふ。ふふふ。……まったく、敵わないな。キミには」
「えへへ。でしょ~♪」
差し出されたスプーンに載せられた白い苺。それを口にする。甘い。上品な、しかし舌に残る甘さ。 - 8二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:08:15
「それがキミの強さ……狂気かな?」
「キョウキ? カワイイですよ?」
そう言ってカレンチャンは自然とポーズを取って見せる。狂おしいほどのカワイさを出しながら。
「……カレンチャン。次の私のレースはまだ教えることができないけれど……良ければ見に来てくれないだろうか。きっとキミを退屈させないはずさ」
「はい。絶対に! きっとペリーさんはすっごくカワイくなるってカレン、もうわかってますから」
「もちろんだとも。見せてあげるよ。私の──」
残光や咆哮。彼女たちの刻みつけたものに負けないものを。私の存在を。
キミ達のその心の中に、記録に。今度こそ消えないものを残してみせようじゃないか。
そして私は再び、カワイく笑ってみせた。 - 9二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 15:09:24
おしまい
ペリースチームさんもあの後リベンジできずにダート路線に入ったのは、いろいろ思うところあっただろうな……とか思いながら書いてしまいました。