(SS注意)魅惑のスイートルーム

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:21:58

    「はあぁ~……い~ですよねえ、魅惑のスイートルーム……♪」

     トレーナー室に、吐息とともに響き渡る甘い声。
     デスクから見てみれば、長椅子に座る声の主が、目を輝かせていた。
     葦毛のミディアムヘア、右耳の黄色いリボン、柔らかく垂れた眉。
     担当ウマ娘のヒシミラクルは、ティーン向けの雑誌を読みながら、そう呟いている。
     ちょうど事務処理に目途がついた俺は、少しだけ気になって、彼女へ声をかけた。

    「キミは手軽な温泉宿とかの方が好みだって言ってなかったっけ?」
    「まあ、お高いホテルよりお得な温泉宿の方がの~んびり出来そうですけど、それはそれ、これはこれです」
    「……そういうもん?」
    「だって、ホテルのスイートルームですよ~? めちゃセレブじゃないですか、わたしだって、いっぱしの乙女なんですし」
    「ふむ……?」

     ヒシミラクルは、やれやれこれだからシロウトは、と言わんばかりの表情を浮かべる。
     しかし、いまいち俺の中ではピンと来ていなかった。
     デスクから立ち上がって、彼女と向かい合う形で椅子へ腰かけて、雑誌の中身を覗き見る。
     そこには『いつかは行きたい! 魅惑のスイートルーム特集』という見出しがあった。
     ……本当にティーン向けの雑誌なのだろうか?

    「や~ん、憧れちゃいますよね~、高いところから眺める夜景とか、おしゃれでロマンチックな部屋とか」
    「まあ確かにいかにも豪華って感じな部屋だね……一泊いくらくらいなんだろ」
    「……そーゆーロマンのないことは言わないでください、気になっちゃうじゃないですか」
    「……ごめん」

     紙面に映っていた部屋は、広々としたゆとりのある空間に、おしゃれな家具や内装。
     見てるだけで世界が違うなと思ってしまうが、こういうものに憧れを抱くのもわからなくはなかった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:22:22

    「こういうお部屋で~、セレブな料理を食べて~、あま~い一夜を過ごすのが女の子の夢ってもんです」
    「へえ」
    「あと、セレブなアメニティグッズとか、セレブなスイーツも忘れちゃダメですよね~」
    「……そっか」

     とろんとした表情で、ヒシミラクルは宙を見上げて、想いを馳せる。
     価値の高いものに対する語彙力が死滅していることについては目を逸らすことにして、俺は改めて紙面を見た。
     なるほど、要はハネムーンとか、そういうもの対する憧れがスイートルームに向けられている感じか。
     今は6月、ジューンブライドの時期と考えれば、この企画も理解出来なくもない。
     
    「やっぱこういうお部屋のスイーツは、とろけちゃうくらいに甘いんだろうなあ、えへへ♪」
    「……ヒシミラクル、まさかとは思ってるんだけどさ」
    「ほえ? なんでしょうか~?」

     ヒシミラクルはふにゃふにゃな顔つきを、こちらへ向けた。
     その口元には、一筋の川が流れていて、頭の中がスイーツ一色になっていることを想像させる。
     俺は一呼吸おいて、彼女へと問いかけを放った。

    「────スイートルームのスイートは、甘いって意味じゃないぞ?」
    「……へっ?」

     ぽかん、とした表情を浮かべるヒシミラクル。
     そして、おもむろにスマホを取り出して、無言のまま操作を始めた。
     数秒後────ヒシミラクルの耳と尻尾がぴくんと反応し、その頬が微かに赤く染まった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:22:45

    「…………トッ、トレーナーさんはどういう部屋が好みですか!? ほらっ、一緒に見ましょう!?」

     ヒシミラクルは大きな声を出しながら、雑誌を机へと広げた。
     ……勢いで誤魔化そうとしているな、と思いながらも、俺は彼女の隣へと移動して、雑誌に視線を落とす。
     そしてぺらりぺらりと、数ページの特集を、彼女と共に読み進めた。

    「へえ、スイートルームって旅館とかにもあるもんなんだね」
    「部屋に露天風呂や足湯がついてるんですね、でも大きな浴槽とほど良い喧噪こそ温泉の醍醐味だと私は思うなあ~」
    「……まあ、言わんとするところはわかる」
    「だしょ~? あっ、トレーナーさんはなんかイメージとかあります?」
    「う~ん、あんま考えたことはないけど……バスローブ姿で、ワイングラス持って、景色を見るみたいな」
    「……ぷっ」
    「今笑った?」
    「いっ、いやあ、トレーナーさんのそーゆー姿を想像したら、ちょっと、ツボに、ダメ、耐えられへん……あははっ」
    「…………どうせ小市民でございますよ」
    「ふふっ、怒らないでくださいよ~、わたしだって、似たようなものですから」

     脳裏に思い浮かべてみる。
     バスローブ姿、人参ジュースに満たされたグラスを片手に、広大な夜景の前でドヤ顔を浮かべるヒシミラクル。

    「……ぷっ」
    「今笑いました?」

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:23:09

    「結構読み応えあったね、妙に力の入ってるというか」
    「そうですね~、セレブさにも種類があるんだなーって感じです」

     一通り特集を読み終えて、パタンと雑誌を閉じる。
     案外ページ数が割かれており、わいわい話ながら読んでいたので、結構な時間が経過していた。
     ヒシミラクルは雑誌を胸に抱えて、椅子の背もたれに体重をかけると、にやにやとした笑みをこちらに向ける。

    「……トレーナーさんも結構夢中でしたよね?」
    「……うん、まあ、そうかな」

     実際のところ、雑誌の内容そのものは、思いの外興味深い、の域からは出なかった。
     それ以上に、隣で一緒に読み、話していた彼女に、俺は目を惹かれていた。
     楽しそうな笑みを浮かべて、目をきらきらとさせていたヒシミラクル。
     プールが備え付けられていると聞いて、一瞬だけ顔を青くしたヒシミラクル。
     あまりにムーディーな雰囲気の寝室を見て、ちょっと恥ずかしそうにしていたヒシミラクル。
     つい一泊の料金を見てしまい、顔を引きつらせて現実に戻りかけたヒシミラクル。
     夢中になっていたとすれば────たくさんの表情を見せてくれる、彼女に対して、だろう。
     ……まあ、そんなことは言葉にしないけれども。

    「またまた~照れちゃって~、もう理想のスイートルームを、想像しちゃってるんじゃないですか~?」
    「……いやあ、そういうのは別に」
    「あはっ、いいですからいいですから~、教えてくださいよ~?」

     ゆさゆさと、ヒシミラクルは悪戯っぽい笑顔で俺の身体を揺さぶってくる。
     ……どうやら、俺のが理想とするスイートルームに興味津々のよう。
     その理由はわからないけれど、はぐらかして逃げることが難しいのは、なんとなく理解できた。
     ため息一つ、俺はぼんやりと頭の中で浮かんでいた理想とやらを、言葉にしてみる。

  • 5二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:23:30

    「やっぱ、プールは欲しいかな」
    「……ホテルに行ってまでトレーニングですかあ?」
    「いや、トレーニングなんてしないけど、こういうプライベートプールみたいなの使ってみたいじゃん?」
    「…………まあ、ぷかぷか浮かんだり、ぴちゃぴちゃするだけならいいかな、トロピカルなジュース飲みながら」

     ヒシミラクルは嫌そうな顔をしながらも、すぐに楽しげな顔に切り替えた。
     しかしながら、彼女は俺がホテルでトレーニングをするようなタイプに見えていたのだろうか。
     筋トレくらいならたまにするけど、俺が個人でプールトレーニングなんて、したことないんだけどな。

    「あとは景色かなあ、自然の絶景も悪くはないけど、個人的にはビルやネオンの煌びやかな夜景がいいな」
    「あ~、100万ドルの夜景、的な……一緒に見るなら、自然よりも、そっちの方がムードありますよね~」
    「ちなみに100万ドルって電気代のことらしいよ」
    「……ムードのかけらもない豆知識やめてくれませんか?」

     ジトっとした目つき、こちらを見つめるヒシミラクル。
     彼女に怒られる理由は特にない気もするけど、なんとなく俺はごめん、と小さく謝ってしまった。

    「あとは、食事かな……個室にコース料理を運んでもらうサービスは良かったね」
    「良いですよね~アレ、わたしもマナーとか苦手だから、高級レストランだと緊張して味がわからなそーですし」
    「わかる、やっぱ食事は気兼ねなく楽しみたいよね……もしかして、根本的に俺達スイートルーム向いてないのでは?」
    「……それは言わないお約束、ってやつですよ」

     そういって、ヒシミラクルは苦笑いを浮かべる。
     そんな彼女の雰囲気はどこか楽しそうで、俺も話しているうちに楽しい気分になってきた。
     ────けれど、とある事実に気づいてしまって、そのテンションに冷や水をかけられる。

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:23:53

    「…………まあ、まずは相手がいないことにはね」

     俺は顔を伏せ、自嘲するように口元を引き吊らせながら、言葉を紡いだ。
     残念ながら現在俺は独り身、当然、ともに泊まるような相手はいないし、出来る予定もない。
     一人で利用することも出来るのだろうけども、まあ、とてもではないが、そんな気にもならない。
     ヒシミラクルも呆れるかな、そう思って彼女へと視線を向ける。

    「えっ?」

     ヒシミラクルは、ぽかんとした顔をしていた。
     何を言っているんだこの人は、そう言わんばかりの表情を、浮かべていた。
     一瞬、沈黙の時間が流れる。
     そして────彼女の目を見開かれて、耳と尻尾がピンと立ち上がり、急激に顔が燃え上がった。

    「ちゃっ、ちゃうちゃう! これは、その、一緒に、とかじゃなくてっ!」
    「……一緒に?」
    「あっ、うっ、ううっ! とにかく、違う、違うんですよぉ~! トレーナーさぁ~んっ!」

     わたわたと両手を振り回しながら、ヒシミラクルは必死の弁明を試みる。
     けれど、そもそも何を弁明しているのか、何が違うのかが全くわからず、俺は首を傾げる他なかった。
     ……良くはわからないが、俺達にスイートルームはまだまだ遠いようである

     今はまだ、スイートルームに魅せられて、惑わされているだけ────といったところだろうか。

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/11(火) 23:24:18

    お わ り
    柿の種食べながら考えたお話です

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 00:45:06

    照れ照れミラ子は万病に効く

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 00:56:45

    ミラ子…育成するか…!

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 01:29:23

    疑念の余地もなく一緒に行くと決めてるミラ子可愛いね

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 07:36:55

    お互いのバスローブ姿で笑っちゃうのほんと好き
    トレミラ特有のイチャ付きが見れて無事死んだよね

  • 12124/06/12(水) 08:11:19

    >>8

    照れちゃうふつーの子はいずれ癌にも効く

    >>9

    ミラ子はいいぞ……

    >>10

    自然と一緒に行くことにしてるのいいよね……

    >>11

    あの二人は気安い感じが良く合うよね……

  • 13二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 08:21:04

    ミラクル起きてスイートルームのペアチケット当たってももう一回同じやり取りしそうで微笑ましい

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 14:16:05

    いいお話でした。無意識のうちに独占欲を発揮するシチュエーション大好き!

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/12(水) 19:07:56

    可愛いねぇ

  • 16124/06/12(水) 21:33:38

    >>13

    よっぽどじゃないと変わらないのいいよね……

    >>14

    完全に一緒に行くものと思ってる感じがだせれは良かったです

    >>15

    ミラ子可愛いよね……

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