【ミリオンSS】貴女に背中を押されて

  • 1二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 21:12:59

    ミリオンライブのPドルSSです。別の掲示板やPixivに投稿したものを少々手直ししてこちらに投稿します。
    注意事項があります。

    ・作者は男女のイチャイチャを描くのが苦手なため、皆さんの思い描くPドルとは異なる可能性があります。
    ・自己満足演出の数々、深夜テンションで書き上げたため結構読みにくいかもしれません。
    ・作者は紗代子Pです。

    どなたかの暇つぶしになれれば幸いです。

  • 2二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 21:13:39

    「琴葉ー、招待状が届いたぞー」
    「本当ですか!」
    プロデューサー―私の夫から渡された一通の手紙。送り主の名前と、裏面の写真を見て顔がほころぶのを感じた。嬉しくて仕方ないからだ。
    「やっと、貴女の花嫁姿を見れるのね」
    感慨深さを深呼吸で落ち着けてから、送り主の名前を呼んだ。
    「紗代子」
    写真には夫となる男性と一緒に満面の笑みを浮かべている紗代子の姿が写されていた。

  • 3作者22/02/06(日) 21:14:18

    善き同僚でライバル。私と紗代子は大雑把に言えばそんな関係だったと思う。曖昧な言い方になっているのは、一口にライバルというにはどこか変わっていたからだ。
    765プロのみんなにも言えることだけど、アイドルとしてはお互いに切磋琢磨し合い高め合って、時には真っ向勝負を挑む。これはあくまで〈アイドルとして〉のライバル関係。私たちは、同じ人を好きになった恋のライバル。

    お互いがプロデューサーを好きだということを知ったのは本当に些細なきっかけだった。彼に向ける視線が社長や善澤さんに向けるそれとは明らかに質が異なっていたことに気が付いた。そして、このことにはお互い自覚が無かったということも共通していた。

  • 4作者22/02/06(日) 21:14:45

    「あの、紗代子」
    「なんですか?」
    「その、言い難いことなんだけど……」
    「はい」
    「最近、あなたがプロデューサーを見る時の目、変わってきているなと思って」
    「……!!」

    我ながら意地の悪いことを言ったと思う。この時、紗代子は隠し事がバレたような表情で固まっていた。

    「それなら琴葉さんも……」
    「私?」
    「琴葉さんも、プロデューサーを見ている時、他の人と話をするより気持ちが籠っているような気がするんです」
    「そ、そんなまさか」
    「自覚、無いんですか?」

    一方で私も、本当に無自覚だった部分もあるけれど、プロデューサーに対する感情の変化もとい強まりを視線で指摘されてつい動揺してしまっていた。それから、じっと真剣な目で私の目を見てくる紗代子を見返すまでに時間がかかった。

  • 5作者22/02/06(日) 21:15:21

    ドラマや小説ではこのようなやり取りの後、火花を散らすような視線を会うたびに向けあうのがお決まりだ。もしくは、少しでも想い人にアピールできるようにアプローチが強くなっていったり。でも、私たちはそうしなかった。出来なかった、と言った方が正しいか。お互い、抜け駆けするのは流石に卑怯で、相手に申し訳ないという気持ちがあった。だいぶ後になって紗代子もそう思っていたことを聞かされた。
    事務所で顔を合わせれば普段通りに言葉を交わし、レッスンではお互い質を高め合えるように情報交換をしたり。ただ、プロデューサーと話をする時はほんの一瞬の間、緊張が走る程度の変化はあって、そのことを恵美に指摘されたこともある。そのたびに2人顔を合わせて苦笑し合うのもお約束になっていた。

    よく聞くライバル関係と私たちの関係が変わっているポイントは、お互い遠慮がちなのが変な方向に転んだのか、プロデューサーと一緒になる時間を譲り合うというやり取りが発生したことだ。

  • 6作者22/02/06(日) 21:16:04

    『琴葉、今度のオフの日、予定あるか?』
    『いえ、特にありませんが……』
    『最近、噂になっているアイス屋さんにでも行かないか?』
    『いいんですか!?』
    『この間の舞台公演大成功だっただろ?遅くなってしまったけど、そのお祝いみたいなものだ』
    『ありがとうございます!……でも、どうして急にそんなことを?』
    『あー、いや。大したことじゃないんだ。そのことで何もしてやれていなかったと気づいてな』
    『そうですか……』
    この時、言葉で言い表し難いけれど、私はプロデューサーに提案した人が居ると直感した。どうして、じゃない。心当たりがありすぎた。なので、私はその人物がプロデューサーと2人きりの時間を過ごせるように提案をするようになった。

  • 7作者22/02/06(日) 21:16:22

    『紗代子、次のオフの日、何か予定入っているか?』
    『いえ、特に何も……。どうしたんですか?』
    『新しく鯛焼き屋さんがオープンしたんだそうだ。一緒にどうだ?』
    『えっ、いいんですか?』
    『この間出演した映画がヒットを飛ばしているだろ?そのお祝いを遅まきながら、な』
    『あ、ありがとうございます。でも、なんだか急ですね?』
    『実は、昨夜気付いてな……。鈍くてすまない』
    『は、はあ……』
    この時紗代子も私が提案したんじゃないかと直感したらしい。気配りが上手な人がこうも遅い労いをするはずがないだろうと。
    とはいえ、こんな感じで私たちの〈2人きりの譲り合い〉は続いていた。流石に事務所の他のみんなもプロデューサーと一緒にいたがるので常にそれが成立していたわけじゃないけど、余程のことが無い限りプロデューサーと過ごす時間を譲り合っていた。お互い抜け駆けが出来ないもの同士、実際には抜け駆けしようという考えがよぎったけど罪悪感が生まれて出来ないもの同士、上手くやれていた。そう、やれていた。

  • 8作者22/02/06(日) 21:16:40

    譲り合いはある日突然しなくなった。

  • 9作者22/02/06(日) 21:18:12

    明らかな変化が起きたのは譲り合いをし始めて3か月経った頃だった。プロデューサーと2人きりになる時間は相変わらず偶然できたものと予定を合わせたものの二パターンあったけど、後者は譲り合いの時と比べて明らかに増えていた。そればかりか、紗代子と過ごす時間が無いのではないかとなぜか思ってしまうほどに。胸騒ぎというか胸がざわつく感覚がした私は、ある時プロデューサーに聴いてみた。
    「あの、紗代子とは最近どうなんですか?」
    「どうって、どういう意味だ?」
    「あ、ええっとですね、一緒にお出掛けすることはあるのかなあと思ったんです」
    「ああ、そういうことか。最近は紗代子と一緒にいるのは事務所か仕事かのどちらかの方が多いな」
    「お出掛けとかはしていないんですか?」
    「ああ。それに……」
    「それに?」
    言い淀んだプロデューサーの顔を見つめていると、プロデューサーは少し私の方を見やってから非常に言い難そうにしながらも答えてくれた。

  • 10作者22/02/06(日) 21:18:47

    「紗代子から言われたんだ。‘出来るだけ、琴葉さんと一緒にいてください’って」
    「……は?」
    一瞬、理解が出来なくて自分でも間の抜けたと思うような声が出た。信じられなかったと言ってもいい。紗代子の真意が分からず、また情けをかけられたのかと言いがかりでしかない疑念が沸き起こった。
    そこで、ある日レッスンが一緒の日があったので紗代子を問い質そうとした。
    「紗代子、少し話があるんだけど」
    「……私もです」
    私が呼びかけると紗代子は真剣な、しかし口元に優し気な笑みを浮かべてそう返した。

    レッスンが終わった後、場所を移してさあ話をしようとしたところ、紗代子の方から口火を切った。いや、一方的ながら告げられた。

  • 11作者22/02/06(日) 21:19:47

    「琴葉さん、プロデューサーに気持ちを伝えるなら早い方がいいですよ」
    「なっ、何を言ってるのっ?」
    全く予想していなかったことを言われて動揺する私を見つめながら紗代子は言葉を続ける。
    「きっと、気持ちを届けることはできるはずです。私、応援していますから!」
    「……紗代子は、紗代子はどうなの?あなただってプロデューサーのこと」
    好きなんじゃないの?と続けたかったけど、紗代子は首を横に振る。私はその行動で言葉が出なくなった。真っ直ぐに、しかしどこか揺れているような目をしながら紗代子は言う。
    「……私ではダメなんです。琴葉さんじゃないと、ダメなんです」
    「あの、それってどういう」
    「とにかく、気持ちを伝えるなら早くしないとですよ」
    頭を下げて紗代子は静かにその場を後にした。すれ違いざまに紗代子の香りが鼻をくすぐった。何故だか寂しい感情を呼び起こされた。
    「……紗代子」
    一人残されたその場でポツリと名前を呟くことしかできなかった。

  • 12作者22/02/06(日) 21:20:11

    「プロデューサー」
    「どうした?」
    「この後、お時間ありますか?」
    「あー、少し待っててくれ。この書類を片付けているから」
    「大丈夫ですよ、私もそんなに時間がかかるものではないですから」
    紗代子と話をした翌日、私は一晩悩んだ結果の行動をとった。プロデューサーに告白をする。事務所に来る前に恵美やエレナにも話を聞いてもらい、背中を押してもらう形になった。紗代子はお仕事で事務所にいなかった。ただそれだけなのに、あの時の寂しさが強くなった気がした。
    「琴葉、待たせてごめんな」
    「いいえ、お仕事ですもん、仕方ないですよ」
    「それで何の用事なんだ」
    「……すみません、ちょっと場所を移したいです」
    「……分かった」
    私はどんな顔をしていただろうか。プロデューサーの反応を見るに、ただ事とは思われなかったみたいだけど。人目に付きにくい場所へ移動してから、私はプロデューサーと向き合うように立った。

  • 13作者22/02/06(日) 21:20:34

    「こんな所まで来て一体どんな話なんだ?」
    「……プロデューサー、これから伝えること、聞いてくれますか?」
    「当り前じゃないか。どんな言葉だってしっかり聞くよ」
    「そうですか……。それでは」
    少し深呼吸をして緊張を落ち着かせる。大丈夫、恵美やエレナに背中を押してもらっているんだ。あと、紗代子は応援してくれているはず……。
    「プロデューサー、私っ、あなたのことが好きです!」
    「……」
    穏やかな表情を浮かべていたプロデューサーの顔は一変し、驚きのあまり却って引き締まった。
    「1人の女性として、私のことを見て欲しいんです」
    「……」
    畳みかけるつもりで更に一言伝える。プロデューサーは険しい表情で黙り込んだ。返事を聞くのが怖くて心臓が更に鼓動を早める。やがて、プロデューサーはゆっくり顔を上げた。

  • 14作者22/02/06(日) 21:20:53

    「……琴葉」
    「は、はいっ」
    「2年、2年待ってくれないか?」
    「に、2年?」
    「その年月の間に気持ちが変わらなかったら、また伝えに来てくれるかな?答えを出していない俺が言うのも何だが……」
    「……、分かりました。でも、きっと気持ちは変わりません」
    「……そうか」
    本当にここ最近は予想していなかったことがよく起きる。プロデューサーから告げられた2年の猶予。この時の私はそれの意味をよく分かっていなかった。だから、振られたと思って帰ってからは部屋で涙を流した……。

  • 15作者22/02/06(日) 21:21:21


    琴葉さんと譲り合いをし始めてそれなりの日数が経った頃だった。私もプロデューサーと一緒の時間を過ごすことがすごく嬉しくて浮かれていたところはあった。でも、2人きりの時間が増えるということはプロデューサーのことを観察する時間も増えることも意味していて、その時に知り得た情報は目と耳を塞いでシャットアウトしてしまおうかと思うものだった。
    プロデューサーは私を含めたアイドルみんなを平等に見ている。ただ一人を除いて。視線の変化に気付いたのはプロデューサーと共有する時間が増えてからだった。その人を見る時、視線に込められる様々な気持ちの籠り方が違っている。変に遠回しな言い方をするのは却って嫌だったので、ある時こう尋ねた。
    『プロデューサー、琴葉さんをどう思っているんですか?』
    『いきなりどうしたんだ!?』
    動揺の仕方もただの不意打ちを喰らった時とはだいぶ違う。
    『いえ、なんだか琴葉さんを見る時だけ様子が違っていると思ったので』
    『……そんなはずは、無いと思うんだけどなあ』
    良くも悪くもこの人は人を騙すことに向いてない。誤魔化し方もあまり上手くなかった。
    ただそれだけのやり取りだったけど、私は感じた。私がこの2人の間に割って入ることは大きな間違いだったことを。だから、せめてもの罪滅ぼしと琴葉さんへの応援の意味を込めて、最後の2人きりの時間でプロデューサーにこう言った。

  • 16作者22/02/06(日) 21:21:46

    『プロデューサー。いつかプロデューサーに何らかの気持ちを伝えに来る人が現れたら話を聞いてあげてください。その人は真剣にプロデューサーのことを想っていますから』

    余計なお節介、自己満足、私がやったことはそれでしかないかもしれない。それでも私はこの実らない恋を人の役に立つための力にしたくて行動したつもりだった。

  • 17作者22/02/06(日) 21:22:09

    ある日、お仕事から帰ってきた時に琴葉さんがプロデューサーを連れてどこかへ移動しているのを見かけた。琴葉さんの真剣な表情を見て予感がした。良くないことだと分かっていたけど私のやったことがどんな顛末を迎えるのか見届けないといけない。そんな使命感に突き動かされた。
    『プロデューサー、私っ、あなたのことが好きです!』
    琴葉さんの、強い決意を込めた告白が聞こえてくる。それから更にもう一言。プロデューサーは黙り込んでいた。琴葉さんは返事を待って、だけどどこか不安そうに見える。私もせめていい返事が来て欲しいと思いながら拳を握っていた。やがて、プロデューサーが口を開いたとき、私は頭を殴られたような衝撃がした。
    『2年、2年待ってくれないか?』
    この年月が意味するものは何だろう。琴葉さんとのやり取りから察するに気持ちを整理する時間?分からない、分からない。琴葉さんは気丈に承諾していたけど本当はショックで仕方ないはずだ。私は、自分のしたことが余計なことで要らぬ事態を招いてしまったことに気付き、その場から離れた。

  • 18作者22/02/06(日) 21:22:32

    帰り道、これまでのことを思い返せば自分の弱さも突き付けられる。叶わぬ恋と悟って逃げ、琴葉さんやプロデューサーに色々言い含めたけど結局これは自分と同じどん底に人を引きずりこんだんじゃないかって、そうとしか思えなくなる。私は、恋から逃げて琴葉さんを傷つけた。
    (こういうことになると分かっていたら、いっそプロデューサーを好きにならなければよかった)
    (琴葉さんが傷いたのは私が弱かったせい)
    2人の自分が頭の中で言い合っている。そう、私が弱いせい。人を、大切な仲間を傷つけてしまうほど弱い自分が情けない。目に熱が集まってくる。私はそれが溢れるのを堪える。私は泣いていい立場じゃない!自分にそう言い聞かせる。

  • 19作者22/02/06(日) 21:22:53

    そんな時、後ろから元気な足音と無邪気な声が聞こえてきた。
    「さよちん!」
    「海美?」
    私めがけて海美が走ってきていた。
    「どうしたの?」
    「さよちん見つけたから走ってきちゃった」
    「そうなんだ……」
    海美の明るさでさっきまで籠っていた力が抜けていくように感じた。すると、満面の笑みから一変し、ギョッとしたような表情の海美が目の前にいた。
    「ど、どうしたのさよちん!?」
    「何が?」
    「だって泣いてるよっ!?」
    「えっ……?」
    指摘されて頬を雫が伝う感触と、目に籠もる熱が引いてはぶり返していることに気付く。泣き顔を見られた私は誤魔化しながら拭う。

  • 20作者22/02/06(日) 21:23:12

    「あれ、どうしてかな」
    「えっと、えっと、そうだっ」
    何かを思いついたのか、海美は両手を広げた。
    「はいっ。さよちん、どうぞ!」
    「……?」
    「辛い時、悲しい時は飛び込んでおいでっ」
    海美の優しさが心にしみる。私は、縋るように抱きついていた。
    「……ぐすっ」
    海美は優しく背中を撫でてくれている。私は、ここが外だということに構わずに、大声をあげて泣いた。

  • 21作者22/02/06(日) 21:23:36

    「落ち着いた?」
    「ぐすっ……、うん、何とか」
    「よかった~」
    「ごめんね、服濡らしちゃった」
    「平気平気。泣いているんだもん、そんなこと気にしてられないよっ」
    「……ありがとう」
    「どういたしまして」
    海美の計らいで私たちは河川敷にいた。夕焼けの陽とそよ風が優しく感じられる。
    「小さい頃ね、私が泣いているとよくお姉ちゃんがああやって慰めてくれたんだ」
    「そうだったんだ」
    「うん。なんだか不思議な気持ちだよ。さよちんにお姉ちゃんがしてくれていたことをするなんて」
    「お姉さんの優しさが海美に伝わっていたからじゃないかな。寧ろ自然なことというか」
    「そうかな~?えへへ」
    照れる海美を見て私も少し気持ちが軽くなった。ただ、やっぱり琴葉さんのことが気になってしまって目線が下がる。

  • 22作者22/02/06(日) 21:24:00

    「そういえば、どうして泣いちゃったの?」
    「……」
    「あ、言えないことだった?ごめんね、聞かれたくないこと聞いちゃって」
    「ううん、話すよ。あんまりはっきりと言えない部分もあるけど」
    私は、それぞれを学校の友達に置き換えたりメッセージで結果を聞いたことにしながら、琴葉さんとのこれまでのことを説明した。海美はうんうんと相槌を打ちながら聞いて、私が話し終わってから聞いてきた。
    「それでさよちんは友達に悪いことをした、って思ったんだ」
    「うん」
    「う~ん……。私はその‘友達’じゃないから分かんないんだけど、その人はさよちんのせいにするのかな?」
    「……理由はどうであれ、私は余計なことをしたことに変わらないから」
    「でも、さよちんはその人のことを思ってしたわけでしょ?私はそのことを分かってくれていると思うよ?」
    海美の言うことはもっともかもしれない。でも、そう考えてしまうのは甘えなんじゃないかと私自身は考えてしまう。口を閉ざしてしまった私を見つめてから海美はこう言った。

  • 23作者22/02/06(日) 21:24:24

    「どうしても気にしちゃうならさ、明日会ったときにもう一回聞いてみようよ」
    「聞くって、何を?」
    「もちろん、告白した時のことだよ」
    「傷口を抉るようなこと、出来ないよ……」
    「そんなことをするんじゃなくて、応援しているんだったらちゃんとお話を聞いてあげるべきだと思うんだよ。告白が上手くいっていないなら気持ちも弱くなっちゃってるだろうし、何より応援してくれているさよちんを頼ると思う。だから」
    少しだけ間を置いて、海美は私の目をまっすぐに見ながら伝える。
    「その人のことを真正面から受け止めてあげよ?それに、さよちんのことを恨んでいるとかしていないと思う」
    「そうなのかな……?」
    「絶対そうだよ!さよちんが悪気が無いことはその人が一番知っていると思うから!さよちんも、そこに自信持っていいと思うよ」
    元気づけてくれるかのように力強い笑顔と口調で海美は後押ししてくれる。私は、少し考えてから心を決めて、海美にお礼を言った。
    「海美、ありがとう」
    「どういたしまして!」
    そうだ、私には義務がある。背中を押した者として、ことの顛末をしっかり見届ける義務が。覗き見てしまったけれど、琴葉さんから話を聞くまで終われない。

    ――

  • 24作者22/02/06(日) 21:24:48

    プロデューサーに気持ちを告げ、2年間の猶予をお願いされたその日の夜。感情の整理がままならない頭で振られたものと早々に決めつけて泣いていたけど、時間が経って冷えてきた頭が情報を整理し始めた。2年経つと私はどうなる?20歳、すなわち成人になる。このことから考えて導き出した結論は。
    「……もしかして、今の年齢だと困ったことになりかねないから?」
    プロデューサーはそれを危惧して猶予を申し出たのかな。何となく理解はできるけどまだ冷え切っていない頭では納得できそうになかった。
    翌日、事務所に行くとプロデューサーはいつも通りの優しい笑顔で迎えてくれた。私も努めていつも通りのままでいた。すると、後ろからよく知っている声が聞こえてきた。
    「お疲れ様です。……あっ、琴葉さん」
    「紗代子……」
    お互い気まずさをその雰囲気に纏っている。紗代子はとりわけ、ひどく申し訳なさそうにしていた。何かあったのだろうか。黙ったままなのも何なので声をかけようとしたら、紗代子が先に口を開いた。

  • 25作者22/02/06(日) 21:25:11

    「少し、お話しませんか?」
    「え?そうね……」
    「それじゃ、こっちに」
    会議室に移動して2人の語り合いの場を設けた。移動している間お互い無言だったけど、これから話すことについては何故だか予感があった。ここ最近の私たち共通の話題を考えればすぐに分かることでもあるから。
    会議室に入って紗代子が何か言おうとしたのを手で制すと、今度は私から話を切り出した。
    「紗代子。私、昨日プロデューサーに告白したの」
    「……。そうなんですね」
    一瞬動揺が走ったように見えたけど平静を取り戻したのか紗代子の表情がまた変わる。私は敢えて気にせずに続ける。
    「そしたら、2年間待ってほしいって言われたわ」
    「……」
    今度は黙って、だけど苦しそうな表情になった。その苦しみ具合が尋常ではなく思えた。

  • 26作者22/02/06(日) 21:25:33

    「どうしたの?」
    「あの……、実は私、見ていたんです。琴葉さんが、告白するところ」
    「……!!」
    全く想像していなかった答えが返ってきて、私も言葉を失う。だけど、ここまで苦しそうな表情になるのは一体どうしてなのか見当がつかない。
    「本当は良くないと思ってはいたんです。でも、琴葉さんに告白を進めた以上、見届ける義務があると思って、それで」
    「そう……」
    「そしたら、プロデューサーからの返事で琴葉さんがショックを受けたように見えて。私、余計なことをしてしまったんじゃないかって……」
    話していくうちに紗代子の目には涙が浮かび、徐々に俯いていく。きっと、私が傷ついたと思ってずっとそのことを気に病んでいたのだろう。
    「紗代子、顔を上げて。余計なことだなんて、思ってないわ」
    「でも、琴葉さんは」
    「聞いて。私は別に振られたとは思ってないの。確かに2年間時間が欲しいって言われた時は理解が追い付かなくて、考えがごちゃごちゃになってしまったけれど」
    話しながら紗代子の涙を掬った。

  • 27作者22/02/06(日) 21:26:29

    「冷静にから考えてみたの。そしたら、プロデューサーの言ったこともちゃんと理解できたと思っているわ。それに、断るつもりだったら待ってくれなんて言わないと思う」
    「……」
    紗代子は申し訳なさを表情に宿しながらも話を聞いてくれている。
    「だから私、2年後にまた告白をしに行く。今度こそ、どんな返事であれ動揺しないように準備をしてね」
    宣誓をするように私は決意を表明した。ただ、これは今朝までは固まっていなかった。紗代子が私のことを考えてくれているのを目の当たりにしてやっとできたものだ。紗代子は余計なことをしたと卑下しているけれど、寧ろ背中を押してもらってばかりだ。

  • 28作者22/02/06(日) 21:26:54

    「そういえば、どうして急にプロデューサーと2人きりになるのを止めたの?」
    「私が体調を崩して寝込んでいた時、プロデューサーが来てくれたことがあるんです」
    「あ、あの時のことね」
    「その時、聞いたんです。琴葉さんが私の傍にいてやって欲しいとお願いしてくれていたって」
    「そ、そうなの。内緒にしてほしいって言ったのに……」
    「私が無理に聞き出したんです。それで、琴葉さんには敵わないなってそう実感したんです」
    「敵わないって、そんな大げさよ」
    「いえ、私だったらもしかしたらそこまで気を回せないかもしれない。それに、ライブ直前で出来る限り近くで見ていてほしいって思う状況でそんなことを言えるのはすごいなって思ったんです」
    「紗代子……」
    「人のためならそんなことができる琴葉さんの強さは、プロデューサーを支えるのに必要だとも、そう思ったから私は自分の気持ちを諦めようって決断したんです」
    「……」

  • 29作者22/02/06(日) 21:27:12

    「その時のお礼も、というわけではないんですけど、それなら私は琴葉さんの応援をしたくて告白の後押しをしたんです」
    「なるほどね……。でもね紗代子、自分の気持ちを諦めて、人の恋を応援しようって考えられるのもすごいことだと思う。寧ろ、紗代子の方が強いわ」
    「そんなことは……」
    「ある。少なくとも、私だったらそこまでできないと思う。それにね、告白を進められた時、心強さもどこかで感じていたの。貴女の後押しが無かったら私はずっと二の足を踏んでいたわ」
    「琴葉さん……」
    「だから、ありがとう。あの時背中を押してくれて」

  • 30作者22/02/06(日) 21:27:33

    それから2年後、進学して大学生になっていた私は改めてプロデューサーに告白をしに行った。その時は、プロデューサーから見つからない位置で見ていてほしいと紗代子に同伴してもらっていた。
    プロデューサーはまた真剣な表情で考え込んでからこう答えてくれた。
    「俺で良かったら、君の傍にいさせてほしい」
    嬉しくて、涙で視界が滲んだ。振り向いて紗代子にガッツポーズを見せると、嬉し泣きをしながら紗代子が肩を抱いてくれた。プロデューサーの呆気にとられたような顔が印象的だった。

  • 31作者22/02/06(日) 21:28:08

    更に4年経った頃。私は人生の岐路に立たされていた。プロデューサーからのプロポーズを受け取るかどうかで悩んでいた。本当だったらすぐにOKするべきだろうし、実際恵美やエレナからは返事を保留にしたことを不思議がられていた。でも、ある程度年を重ねて経験することも多くなってくると即承諾することに躊躇をしてしまった。私は生涯、プロデューサーを支えることができるのだろうか。どこかで些細なことで喧嘩をして離婚になってしまったりしないだろうか。考えれば考えるほどよくない方向に想像が膨らんでいってしまう。困った私は、心強い同僚を呼び出した。

    「……お話は分かりました。私も不思議に思っていたんです。プロポーズの返事を保留にしていることを」
    私が抱えている結婚に関する不安や諸々を聞いた紗代子は顎に手を添えて考えている。

  • 32作者22/02/06(日) 21:28:39

    「念のため確認させてほしいんですけど、琴葉さんはプロデューサーと添い遂げるつもりではあるんですよね?」
    「それは、そうだけど……」
    ジッと紗代子は私を見つめたまま言葉が続くのを待っている。
    「さっきも言ったように、どうしても不安で仕方が無くなってしまうの。私がプロデューサーの生涯のパートナーでいいのか、もっと遡ると私を選んで後悔とかしていないのか、とか……」
    「琴葉さん」
    心なしか力がこもった声で紗代子は私の名前を呼んだ。それと同時にそっと、両手を肩に添えてきた。
    「不安なのはプロデューサーだって一緒だと思うんです。だってパートナーの、琴葉さんの人生を預かるんですから。一度話し合ってみたらどうですか?」
    「……でも」
    「でもじゃないです。最終的に決断を下すのは琴葉さんで、未来を作っていくのはお二人なんですよ?ちゃんと思っていることを話さないと、それこそ大きなトラブルになりかねないと思うんです」
    「だけど……」
    「琴葉さん、どうしても二の足を踏んでしまうのなら」
    一度言葉を切り、目を瞑ってから意を決したように見開いた。私はそんな紗代子の様子に何が来るのか内心身構えてしまった。

  • 33作者22/02/06(日) 21:29:01

    「私が、プロデューサーと、浮気しますよ?」
    「え?」
    あんまりにも突飛な発言で間の抜けた声が出てしまった。そんな私に構わずに紗代子は畳みかけてくる。
    「そうしたらゴシップで一面を飾るし、私もプロデューサーも、琴葉さんも大ダメージです」
    「脅迫!?」
    「琴葉さん、よく考えてください。プロデューサーとの幸せと私の評判。どっちが大事なんですか!」
    「何なのその二択!?」
    あの真面目な紗代子がそんなことを言うなんて、という衝撃もあった。色々と整理が追い付かない頭で考える。もちろんプロデューサーと幸せになることは大事だけど、紗代子の名誉だって大事だ。どっちを取ればいいの!?あたふたしている私を見て、紗代子は優しい笑みを浮かべた。

  • 34作者22/02/06(日) 21:29:26

    「まあ、質が悪い冗談ですけれど」
    「じょ、冗談なの……?」
    「でも、伝えておきたいことはあります。琴葉さんには、いいところがたくさんあります。だから、私はプロデューサーと幸せになってほしいんです。それはきっと、恵美ちゃんやエレナ、事務所のみんな一緒の気持ちです」
    「……」
    「それに、琴葉さんはもっと欲張りになっていいと思うんです。よく他の人を優先しがちで自分のことが後回しになっているの、見てきましたから。今後は自分のこともしっかり優先して、しっかり幸せになってほしいんです」
    「……紗代子」
    「弱気にならないように、私からおまじないをかけさせてください」
    紗代子は肩にかけていた両手で私の両手を握り、穏やかな口調で言った。

  • 35作者22/02/06(日) 21:29:44

    「ご結婚、おめでとうございます」
    「……もう、まだ早いわよ。でも、ありがとう。プロデューサーと話し合ってくるわ」
    「そうしてください」
    誕生日をお祝いする時は必ず、お互い色々と助けられていることのお礼を言っていた。今回もそれは変わらなかったみたいだ。私は、紗代子に背中を押してもらった。後は、自力で走らなければ。

  • 36作者22/02/06(日) 21:30:06

    「あ、そうだ。紗代子、私にいいところはたくさんあるって言ってくれたわよね?」
    「え?言いましたけど……」
    「私だって、紗代子のいいところをたくさん知っているつもりよ。だからもし、貴女がプロデューサーと結ばれたらお祝いしたいって、そう思っていた」
    「……琴葉さん」
    「紗代子、貴女の周りを元気づけるその強さ、忘れないで」
    「……ありがとうございます」

  • 37作者22/02/06(日) 21:30:40

    帰宅して、プロデューサーと話し合った。私は思っていたことを全て正直に話した。プロデューサーは真剣な表情で聞いてくれてからこう言った。
    「そういう不安もひっくるめて、俺は琴葉を支えたい。生涯をかけてな」
    私は嬉しくて泣いていた。それから改めて伝える。プロポーズの返事を。
    「私も、ずっとあなたの隣にいたいです。それこそ、生涯をかけて」
    優しく重ねられた手は温かかった。

    それからずっと聞こうと思っていたけど聞けなかった、2年間の猶予を設けた理由について尋ねてみた。概ね予想していた通りだったけど、それに加えてプロデューサーの葛藤もあったということも分かった。
    「時間が経てば、人の気持ちって変わってしまうことがあるだろう?もし、その間に君への気持ちが変わってしまわないか自分自身のことを確かめる意味もあったんだ。結果的にこうして琴葉と一緒になれたとはいえ、気持ちを乱すようなことをしてしまって済まなかった」
    そう言うとプロデューサーは深く頭を下げた。私はそっと手を握りながらこう返した。
    「プロデューサー、いいんです。あなたの気持ちが真剣なこと、伝わっていますから」
    「すまない。そして、ありがとう」
    その日の夜は寄り添い合って眠った。夢の中では、真っ白なワンピースのような服を着た私の背中を、紗代子がそっと押していた。それによって私は空へ飛び立っていく。不思議な夢だった。

  • 38作者22/02/06(日) 21:31:11

    それから数週間の日にちが過ぎていき、その間に結婚式の段取りを決めたり招待状を送ったりと私生活でも忙しい日々が続いていた。そんなある日のことだった。事務所に忘れ物をしてしまい取りに来たところ、会議室からワイワイと賑やかな声が聞こえてきた。
    「誰かいるの?」
    「げっ!琴葉!?」
    いの一番に反応したのは昴ちゃんだった。つられて恵美やのり子が私の方を見て、慌てて手元にある紙を隠し始めている。
    「やっほー琴葉!どうしたの?」
    「忘れ物を取りに」
    「そっかー、じゃ、気を付けて帰ってね!」
    「何なのよ、その慌て方は」
    「にゃはは、別に慌ててないよ?琴葉、夜道は暗いから気を付けてね」
    「怪しい」
    「あ、怪しくなんてないだろ?ふつーふつー」
    「……」
    目を細めて昴ちゃんたちの顔を眺める。明らかに何かを隠している。そこで私は一計を案じた。

  • 39作者22/02/06(日) 21:31:35

    「そうね、遅くならないうちに帰るわ。みんなも用事が無いなら早く帰らなきゃ」
    「ありがとねー。お疲れ琴葉ー」
    のり子の声を背に私は会議室から出て扉を閉め、一旦立ち去ったふりをして聞き耳を立てに戻った。
    「あっぶね~」
    「式の主役に見られるところだったね」
    「まあ琴葉はまっすぐ帰るだろうから早くしよ」
    「だな~。ええっと、瑞希のマジックの助手は百合子に頼むとして」
    「問題は歌だね~」
    「みんな歌いたがっているからね」
    「恵美だってそうじゃん」
    「にゃはは、親友だもん当たり前じゃん?」
    どうやら披露宴で行われる余興についての打ち合わせだったらしい。こういうのは当日で披露するサプライズだから必死になって隠していたんだろう。流石に悪いことをしたと思った。ただ、ほんの少しだけ我儘を聞いてほしいという気持ちも湧き上がってきた。

  • 40作者22/02/06(日) 21:31:56

    『琴葉さんはもっと欲張りになっていいと思うんです』

    「……欲張り、か」
    ふと思い出されるのは紗代子からの激励の言葉。私はそれを噛み締めて、また会議室へ入った。
    「3人とも」
    「うわーーー!!??」
    「こ、琴葉!?」
    「帰ったんじゃなかったの!?」
    「ごめんなさい、どうしても気になってしまって。ねえ、余興にリクエストをするのはありかしら?」
    「リクエスト?」
    「ええ。歌ってほしい人がいるの」
    私がその人の名前と曲名を告げると恵美とのり子は意外そうな顔をした。一方で昴ちゃんは面白そうだとノッてくれた。

  • 41作者22/02/06(日) 21:32:13

    「明日、オレ頼んでみるよ!」
    「お願いね」
    引き受けてくれるかは分からない。でも、私はその人の声でもう一度背中を押してほしかった。
    帰り道、何となく見上げた夜空はたくさんの星が綺麗に輝いて見えた。

  • 42作者22/02/06(日) 21:32:40

    更に月日が流れて結婚式当日。会場には私やプロデューサーの家族を始めとして友人や765プロの同僚が何人か来てくれている。その中に、紗代子の姿はまだなかった。仕事が押しているそうだけど、分かっていても落ち着かない。式までもう時間が無くなってきた。仕方ない、披露宴の時に会えればいいかと思っていたら楽屋の扉を誰かがノックした。
    「はい」
    「琴葉さんっ」
    待ち人来たる。そんな言葉が思い浮かんだ。紗代子が来てくれたことがとても嬉しかった。
    「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
    「いいのよ。ありがとう、来てくれて」
    「当り前じゃないですか!絶対行くと決めていたんですから」
    再会を喜び合うように私たちはお互いの手を握った。ここまで来るのに本当に色々あったけど、それでも友情が変わらなかったことを実感していた。

  • 43作者22/02/06(日) 21:33:24

    式は滞りなく進んで行き、やがて式場の外へ出てブーケトスへ。誰が獲るのかこの場の誰も予想できない中、私は高く投げた。
    「こっち、こっち!」
    「あ~、ここじゃ取れない!」
    来てくれた人たちそれぞれが各々の反応をする。すると、一瞬静まり返った後、どよめく声が聞こえた。振り返ると、ブーケを受け取った当人が信じられないと言わんばかりの表情で立っていた。
    「獲れちゃった……」
    「さよちん、すごーい!」
    紗代子は呆気に取られていた。私と目が合うと照れたように笑い、私もつられて顔がほころんでいた。

  • 44作者22/02/06(日) 21:33:58

    披露宴は厳かな式と対照的に盛況を極めていた。瑞希ちゃんのマジックを百合子ちゃんが堂々とした立ち居振る舞いでアシスタントして(エレナが乱入してきて動揺したけど)、高校時代の友人たちがクオリティの高い映像を流したりとサプライズとして申し分が無かった。そして余興も終盤に差し掛かった。のり子のアナウンスが会場に響く。
    「それでは、名残惜しいですが最後の余興となります。では、紗代子、お願いねっ」
    「はいっ」
    緊張した面持ちで前へ出てくる紗代子。後から恵美に聞いたことだけど、式の前日、つまり昨日私からのリクエストを伝えたらしく、準備らしい準備が出来ていないとかなり焦っていたそうだ。披露する側もサプライズされるって言うのも面白いでしょ?というのは恵美の弁。準備くらいは十分な時間を取らせてあげて欲しかったと思う反面、それでも引き受けてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになる。

  • 45作者22/02/06(日) 21:34:23

    「えーっと、高山紗代子です。琴葉さんとは765プロに所属してからの間柄でして……」
    緊張で珍しく挨拶がたどたどしい。それでも笑顔で言葉を紡いでいく姿はどこか頼もしい。
    「琴葉さんからのリクエストということでしたが、私がこの歌を歌っていいのかと考えました。でも、私を信じてリクエストしてくれたことに全力で応えたいと思います!」
    一呼吸おいて、紗代子はこれから歌う曲の名前を告げる。
    「聞いてください、朝焼けのクレッシェンド」
    紗代子の歌声で流れる私の歌を聴き、もう一度未来へはばたくための勇気をもらいたい。それがリクエストをした理由だった。強弱を付けながらも力強さを秘めた歌声で紡がれるフレーズが、背中を押してくれていると感じた。
    「不器用でも 前を向いていこう どんな時も どんな時も」
    激励も佳境に入った。
    「抱きしめた自分を信じているよ わたしがわたしでいれるように」
    音楽の終わりと共に拍手が起こる。紗代子は真っ直ぐ私とプロデューサーを見ながらもう一度言った。
    「プロデューサー、琴葉さん。ご結婚、おめでとうございます!末永くお幸せに!」
    私は涙を拭いながら拍手をして席へ戻っていく紗代子を見送った。
    「……ありがとう、紗代子」
    小さくなってしまった声で紗代子への感謝を口にした。

  • 46作者22/02/06(日) 21:38:26

    結婚式から三か月後、紗代子の交際が発表された。相手は舞台を中心に活動し、アクターズスクールで講師もしている俳優だった。その人とは私も一度共演したことがあったので明かされた時はとても驚いた。

    プロデューサーとは紗代子との交際開始前に本人の希望で何度も面会をしていた間柄らしい。話した時間は言うほど多く無かったけど、「大人であんなに純粋な目をしている人はそうそういない」と評していた。

    当の紗代子は「ちょっと天然なところはあるんですけど、いざという時にはすごく頼りになるんです」と照れながら語っていた。

  • 47作者22/02/06(日) 21:39:59

    そんな紗代子も彼からプロポーズされた時は受け取るべきか悩んでいた。私は、紗代子に励まされた経験を活かして元気づけた。

    招待状が届いたのはそれから2週間後、更にプロデューサーの元に紗代子が相談しに来ているのを見たのがその5日前だった。色々忙しかったからやや遅れたのもあるのかもしれない。私は手元にある招待状を見ながらそんなことを思い出していた。
    ふと、紗代子の結婚式と披露宴のことに思考が傾く。披露宴、つまり……。
    ピコン、とスマホがメッセージの受信を知らせた。海美ちゃんからだ。内容は披露宴でどんな余興をするかアイディアが欲しいというものだった。私はこの状況を渡りに船と言うんじゃないかと思った。そして、海美ちゃんに電話を掛けていた。
    「もしもし海美ちゃん?披露宴での余興のことなんだけど……」
    私はある思惑を胸に余興の話し合いを始めた。

  • 48作者22/02/06(日) 21:40:20

    月日は流れて紗代子の結婚式当日になった。始まる前に一目会いたくて控室に急いだ。
    「紗代子」
    「琴葉さん!」
    ウエディングドレスに身を包み、静かに待機していた花嫁は私を見るなり高校時代に戻ったようなあどけなさのある笑顔を浮かべた。
    「来てくれたんですね」
    「当り前じゃない。何のために招待状に返信したと思っているの」
    「それもそうですね」
    厳正な式を執り行う前なのに、なんだかリラックスしている。そんな感じのやり取りを交わした。

  • 49作者22/02/06(日) 21:40:40

    「ドレス、似合ってるわ。本当に綺麗よ」
    「ありがとうございます」
    「緊張していると思うけど、きっと大丈夫だから」
    「はい」

    厳かな雰囲気の中式は進められていき、誓いのキスを交わしてから式場の外へ。ある意味で目玉の一つであるブーケトスが行われる。
    「いきますよー?せーのっ」
    掛け声と共に紗代子がブーケを投げる。私は既婚なのでそこに入っていないけど、何とかして獲ろうとしている人たちからすごい気迫を感じた。そんな中、ブーケを見事にキャッチした人が出た。
    「獲った。獲れちゃったー!」
    ブーケを獲ったのは海美ちゃんだった。もう20代も後半に差し掛かるのにそんなこと全く感じさせない無邪気な喜び方をしていて、周りの人は和んでいた。私はというと、何となく紗代子に視線を移すと目が合い、苦笑する紗代子に笑みを返した。

  • 50作者22/02/06(日) 21:41:28

    場所が変わって披露宴。こちらも私の時と同じかそれ以上の盛り上がり方をしていた。恵美率いる君彩のお祝いソングや、紗代子の高校時代の友達が披露した寸劇、そして現在は瑞希ちゃんとアシスタントの美也によるマジックショーが行われている。この次の出番が、そう私だ。
    「さて、名残惜しいですが余興も最後になりました。では、大トリの琴葉、どうぞ!」
    MC海美ちゃんの紹介に預かって私は席を立った。
    「田中琴葉です。紗代子、さんとは765プロに所属してからの間柄でして、良き友人であり、アイドルとしては頼りになる仲間でもありライバルでもありました」
    ライブの時とはまた違う緊張感があるけれど、それをどうにか抑えて口上を進める。
    「何かと助けてもらっていたんですが、実は私が結婚を決意する時も紗代子さんからの力強い助言に後押ししてもらっていました」
    意外なことを聞いたと客席から声が上がった。そう、私はその助言に報いるためにここにいる。

  • 51作者22/02/06(日) 21:41:49

    「こういう形になりますが、私も精一杯のお祝いの気持ちを乗せて歌いたいと思います。聞いてください、vivid color」
    紗代子が少し驚いた表情を浮かべた。かつて紗代子が私の歌を歌って背中を押してくれた。だから今度は、私が紗代子の背中を押す。その意図を含めるという意味でもこの歌が最適だと思い、選曲した。
    「少しだけ弱音吐いて ちょっとだけ溜め息吐いた日も」
    何度だってそんな時が訪れて落ち込むかもしれない。だけど。
    「間違いだっていい 歩き続けていこう」
    1人ではなく、旦那さんと。それでも辛い時は私たちもいるから。
    「このトキメキ忘れない」
    歌い終わって頭を下げると会場から拍手が起こる。顔を上げると紗代子も涙を拭いながら手を叩いていた。気持ちを伝えることはできたかな。私は席に戻っていった。
    「紗代子、お幸せに」

  • 52作者22/02/06(日) 21:42:07

    それから私たちはどうなったか。もちろん、765プロで活動を続けているし、何だったら夫を持つ者同士、予定を合わせて2人で食事に出掛けたりすることだってある。恵美やエレナとはそういうところはもちろん変わっていないんだけど、紗代子との時間も同じだけ増えている。
    今後も、こうした穏やかで楽しい時間が過ごせることをいつも願って。

  • 53作者22/02/06(日) 21:42:54

    以上になります。唐突なSS投稿、失礼いたしました。
    最初の方でも書きましたが、誰かの暇つぶしになれたら幸いです。

    それでは、お目汚し失礼いたしました。

  • 54二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 21:44:53

    しゅごかった(小並感

  • 55二次元好きの匿名さん22/02/06(日) 23:57:54

    好き

オススメ

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