- 1倉本メロス24/06/19(水) 12:43:03
チナは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のお祖父様を除かなければならぬと決意した。チナには世間がわからぬ。チナは、倉本財閥の令嬢である。笛を吹き、チワワと遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。今朝チナは家を出発し、野を越え山越え、1kmはなれたこの初星学園の校舎にやって来た。
チナには体力も、歌唱力も無い。学力も無い。同じクラスの、ウメとヒロと3人ユニットを組んでいる。このユニットは、今日おこなわれるコンテストに参加することになっていた。H.I.Fも間近なのである。チナは、それゆえ、特訓アイテムやらドリンクやらを買いに、はるばる学園にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから学園の大路をぶらぶら歩いた。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:45:23
1キロの間に山があるのか…
- 3倉本メロス24/06/19(水) 12:45:59
チナには心の師があった。プロデューサーである。その師を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
歩いているうちにチナは、学園の様子を怪しく思った。もう既に日も落ちて、学園の暗いのは当りまえだが、けれども、学園全体が、やけに寂しい。のんきなチナも、だんだん不安になって来た。路で逢った女生徒をつかまえて、何かありましたの、昨日この学園に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、賑やかであったはずですわ、と質問した。女生徒は、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて十王学園長に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。学園長は答えなかった。メロスは両手で学園長のからだをぽかぽか叩いて質問を重ねた。学園長は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。 - 4二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:47:35
平日12時、しかもガシャ更新直後だぞ!正気か!?
- 5二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:47:36
メロスが生き残っとる
- 6倉本メロス24/06/19(水) 12:49:38
「あなたのお祖父様は、人を退学にします。」
「なぜ退学にしますの。」
「あなたに下心を抱いている、というのですが、誰もそんな、下心を持っては居りませぬ。」
「たくさんの人を追い出しましたの。」
「はい、はじめはダンストレーナーを。それから、アイドル科の月村手毬を。それから月村のプロデューサーを。それから、非公認マスコットを。それから、わしを。」
「おどろきましたわ。お祖父様はご乱心ですの。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。あなたを愛しているというのです。このごろは、倉本邸の者をも、お疑いになり、少しでもあなたに不埒な眼を向けた者を、密告することを命じて居ります。きょうは、六人追放されました。」
聞いて、千奈は激怒した。「呆れた人ですわ。生かして置けませんわ。」 - 7二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:52:28
千奈ちゃんが闇の道に染まったら
お爺様を排除せねばってなってたかもな - 8二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:53:25
野を越え山越え←おお…さぞかし険しい道なんだろうな…
1kmはなれたこの初星学園の校舎にやって来た←はぇ? - 9二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:55:15
そんな…千奈は笛を吹き、手毬と遊んで暮して来たのに…
- 10二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 12:56:51
広ヌンティウス大丈夫?
磔にされてるだけで死にそうだけど - 11倉本メロス24/06/19(水) 12:58:46
チナは、単純な娘であった。重い荷物を、背負ったままで、のそのそ家へ帰って行った。たちまち彼女は、玄関の前で倒れ伏した。介抱されて、千奈の懐中からは小道具のステッキが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。チナは、お祖父様の前に引き出された。
「このステッキで何をするつもりであったか。言え!」お祖父様は静かに、けれども威厳を以って問いつめた。
「初星学園を暴君の手から救うのですわ。」とチナは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」爺は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの愛がわからぬ。」
「お祖父様!」とチナは、いきり立って反駁した。「身勝手に愛を騙るのは、最も恥ずべき悪徳ですわ。お祖父様は、アイドルの素晴らしさをさえ疑って居られますの。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、アイドルだ。人の心は、あてにならない。ファンどもは、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、お前の幸福を望んでいるのだが。」 - 12倉本メロス24/06/19(水) 13:13:27
「なんの為の幸福ですの。自分の心を満たす為ですの。」こんどはチナが嘲笑した。「罪の無い人を退学にして、何が幸福でしょうか。」
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、退学にすることもできるのだ。泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、わたくしは、ちゃんと退学になる覚悟で居りますのに。命乞いなど決して致しません。ただ、――」と言いかけて、チナは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、退学までに三時間の猶予を与えて下さい。今日行われるコンテストで、ユニットの仲間に勝利を持たせて差し上げたいのです。三時間のうちに、私はコンテストで優勝し、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、しわがれた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」チナは必死で言い張った。
「わたくしは約束を守ります。わたくしを、三時間だけ許して下さいませ。仲間が、わたくしの帰りを待っておりますの。そんなにわたくしを信じられないならば、この学園にプロデューサーという学生がおります。わたくしの無二の先生ですわ。あの方を、人質としてここに置いて行きますわ。わたくしが逃げてしまって、ここに帰って来なかったら、あの方を退学にして下さいませ。」 - 13二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:15:53
手鞠のプロデューサーとは別人なのか…
- 14二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:17:44
この世界ではお祖父様の圧力ではなくPが選んだ出会いなのかな?
- 15二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:18:54
千奈Pなら千奈に頼まれたら磔になるし自分の首も賭けるな
- 16倉本メロス24/06/19(水) 13:21:15
それを聞いて爺は、残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、即刻殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、アイドルファンとかいうやつばらにうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三時間後までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと退学にするぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえのことは、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃいますの。」
「はは。我が身が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
チナは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
心の師プロデューサーは、即刻屋敷に召された。爺の面前で、良き師と良き生徒は、1日ぶりで相逢うた。チナは、先生に一切の事情を語った。プロデューサーは無言でうなずき、チナの頭をやさしく撫でた。二人の間は、それでよかった。プロデューサーは、縄打たれた。チナは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。 - 17二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:23:10
- 18二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:23:34
退学や追放だったはずなのに千奈Pだけガチで命の危機なのか……
- 19二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:25:10
そこまでして良いとは言っておりませんわ〜〜〜〜!!
- 20倉本メロス24/06/19(水) 13:43:29
- 21二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:46:51
日没までに帰って来なかったら、頃すから
- 22二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 13:48:45
おう帰り道に盗賊と濁流用意しとくからさっさと帰ってこいよ!
- 23二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:26:12
- 24二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:27:21
- 25二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:30:24
ちゃんと現代学園風にアレンジされてるなぁと思ったらナチュラルに千奈P鞭うちされててわろた。
あと手毬Pが不埒な目を向けてたのは明らかに冤罪だろ倉本ジジイ - 26二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:31:54
- 27二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:33:54
- 28二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:35:24
ナチュラルに手毬たちが追い出されてるのやばない?
- 292524/06/19(水) 14:36:27
ホンマや。悪霊だったから日本語読めなかった。いや千奈P磔鞭打ちえっちだなとかおもってなかったわけじゃないんですが
- 30二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 14:47:21
プロデューサーは文字が読めない……ナチュラルに鞭に脳内変換されてたわ……
- 31二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 15:06:09
人は見たいものしか見えないから…まぁ、過ぎたことは良いよ
- 32倉本メロス24/06/19(水) 18:59:04
チナはその後、休み休み1kmの路を急ぎに急いで、コンテスト会場へ到着したのは、30分後、会場は既に眩く照明されて、観客たちはコールをはじめていた。同じユニットのウメとヒロも、すでに衣装に身を包んでいた。二人はよろめいて歩いて来るチナの、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、ブルドーザーのようにうるさくチナに質問を浴びせた。
「なんでもございませんわ。」チナは無理に笑おうと努めた。「家に用事を残して来ましたの。またすぐ家に戻らなければなりません。頑張れるようにSSDも持って来ましたの。さあ、コンテスト開始は、まもなくですわ。」
チナは、また、よろよろと衣装を身につけ、ほうほうの体でメイクを済ませ、間もなく幕が開くステージへと向かっていった。 - 33倉本メロス24/06/19(水) 19:07:42
コンテストは、つつがなく行われた。三人の【届いて!】が決まり、講堂の天井が吹き飛んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。ライブに列席していた観客たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い客席の中で、むんむん蒸し暑いのもこらえ、陽気に歌をうたい、手をうった。チナも、満面に喜色を湛たえ、しばらくは、爺とのあの約束をさえ忘れていた。ライブは、佳境に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、穴の空いた天井から流れる豪雨を全く気にしなくなった。
ステージの幕が降りたとき、チナは、一生このままここにいたい、と思った。仲間たちと生涯アイドルをしたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ふふ、ままならないね。 - 34二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:09:54
チナじゃない奴混ざらなかった?
- 35二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:11:39
当たり前のように天井を吹き飛ばすな
- 36倉本メロス24/06/19(水) 19:16:52
チナは、わが身に鞭打ち、ついに帰宅を決意した。約束の時刻までには、まだ三十分の時が在る。ちょっと一息ついてから、それからすぐに出発しましょう、と考えた。少しでも永くこの空間に愚図愚図とどまっていたかった。チナほどの気高き娘にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい仲間に近寄り、
「花海さん、篠澤さん。お疲れ様でした。わたくしは疲れてしまいましたので、ちょっとお暇をいただきますわ。私がいなくても、もうおふたりには優しいファンの方々がいらっしゃるのですから、決して寂しい事はありませんわ。あなたたちの友達の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事ですわ。おふたりも、それは、ご存知ですわね。ユニットの間に、どんな秘密でも作ってはいけませんわ。あなた方なら、きっと、H.I.Fで優勝できますわ。」
ウメは、夢見心地でうなずいた。ヒロは、照れながらも、僅かに顔をしかめた。チナは笑ってスタッフたちにも会釈して、控室から立ち去り、講堂を出た。
愚図愚図しすぎましたかしら。いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合います。是非とも、お祖父様に、真実の愛の存するところを見せてさしあげますわ。そうして笑って退学なりなんなり受けて立ちますわ。チナは、せかせかと身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、チナは、ぷるんと両腕を大きく振って、雨中、とてとてと走り出た。 - 37倉本メロス24/06/19(水) 19:26:29
わたくしは、今宵、学園を追われる。退学になる為に走るのですわ。身代りの先生を救う為に走るのですわ。お祖父様の奸佞邪智を打ち破る為に走るのですわ。走らなければなりません。そうして、わたくしは追放される。若い時から名誉を守りなさい。さらば、初星学園。若いチナは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えいっ、えいっと大声挙げて自身を叱りながら走った。学園を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、屋敷に着く家路を計画した頃には、雨も止み、月は高く昇って、そろそろ寒くなって来た。
チナは額の汗を拭い、ここまで来れば大丈夫、もはや学園への未練は無いですわ。花海さんと篠澤さんは、きっと良いアイドルになるでしょう。私には、いま、なんの気がかりもございません。まっすぐに家に行き着けば、それでよいのですわ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩きましょう、と持ちまえの呑気さを取り返し、Wonder Scaleをいい声で歌い出した。 - 38二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:28:03
>月は高く昇って
これもう3時間経過してるだろ!!
- 39倉本メロス24/06/19(水) 19:35:45
ぶらぶら歩いて100m行き200m行き、そろそろ道の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、チナの足は、はたと、とまった。見よ、前方の水溜りを。先刻の豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしているのを傍目に、道の真ん中に大きな水溜りが立ち塞がっていた。チナは茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに人を呼びたててみたが、水溜りはいよいよふくれ上り、海のようになっている。チナは川岸にうずくまり、むせび泣きに泣きながら神に手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めてくださいませ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。約束の時間内に、屋敷に行き着くことが出来なかったら、あの良い先生が、わたくしのために退学になるのですわ。」
- 40倉本メロス24/06/19(水) 19:42:27
濁流は、チナの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はチナも覚悟した。渡り切るより他に無い。
ああ、神々もご照覧くださいませ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せますわ!チナは、ざんぶと水溜りに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う泥を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を脚にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻かきわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。チナは子犬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先を急いだ。
一刻といえども、むだには出来ない。ぜいぜい荒い呼吸をしながら丘をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊のはつみちゃんが躍り出た。
「待て。」
「何をしますの。わたくしは家へ行かなければいけませんの。放してくださいまし。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私には倉本という姓の他には何も持っておりません。その、たった一つの姓も、これから学園から消え失せますの。」
「その、姓が欲しいのだ。」
「さては、お祖父様の命令で、ここでわたくしを待ち伏せしていたのですわね。」 - 41二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:48:50
>あの良い先生が、わたくしのために退学になるのですわ。
死刑なんだよなぁ
- 42二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:49:50
お前の姓名が欲しい!!
- 43二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 19:53:59
水たまりを超えるのにこれほどの覚悟がいるアイドルはさすがに初めてだわ
- 44倉本メロス24/06/19(水) 19:59:44
非公認マスコットたちは、ものも言わず一斉に腕?を振り挙げた。チナはひょいと、からだを折り曲げ、
「気の毒ですが正義のためですわ!」と財布を川に投げ捨てた。紙幣が舞い散り、守銭奴たちは皆競って濁流に飛び込み、流れ星となった。その隙に、さっさと走って丘を下った。一気に丘を駈け降りたが、流石に疲労し、チナは幾度となく眩暈を感じ、これではいけませんわ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
ああ、あ、大海を渡り切り、山賊を何人も退けた韋駄天、ここまで突破して来たチナよ。真のアイドル、チナよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する先生は、あなたを信じたばかりに、やがて学園を去らなければならない。あなたは、稀代の不信の人間、まさしくお祖父様の思う壺ですわ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや毛虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、アイドルに不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。わたくしは、これほど努力しましたわ。約束を破る心は、みじんもありませんでしたわ。神も照覧、わたくしは精一ぱいに努めて来ました。動けなくなるまで走って来ました。わたくしは不信の徒ではありません。ああ、できる事ならわたくしの胸をたち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せて差し上げたい。 - 45二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:00:53
韋駄天に失礼
- 46二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:01:23
水に流れて流れ星とはうまいことを言う
- 47二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:02:22
金に釣られて濁流に流されるとか恥ずかしくないの?(濁流に流されながら)
- 48二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:02:56
ああああ!そんなことより水たまりで毛虫を見たよ!!
- 49二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:08:02
この世を去る定期
- 50倉本メロス24/06/19(水) 20:14:07
けれどもわたくしは、この大事な時に、精も根も尽きたのです。わたくしは、よくよく不幸な娘ですわ。わたくしは、きっと笑われますわ。わたくしの一家も笑われる。わたくしは先生を欺きました。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事ですわ。ああ、もう、どうでもいいですわ。これが、わたくしの定った運命なのかも知れませんもの。先生、ゆるしてくださいませ。あなたは、いつでもわたくしを信じてくださいました。わたくしもあなたを、欺きませんでした。わたくしたちは、本当に良い先生と教え子でございました。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことはありませんでしたわ。いまだって、あなたはわたくしを無心に待っていることでしょう。ああ、待っているでしょう。感謝いたします、プロデューサー。よくもわたくしを信じてくださいました。それを思えば、たまりませんわ。師と生徒の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのですから。先生、私は走りました。あなたを欺くつもりは、みじんもありません。信じてくださいまし! 私は急ぎに急いでここまで来ましたわ。大海を突破しました。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に丘を駈け降りて来ました。わたくしだから、出来たのですわ。
- 51二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:18:58
たぶん広以外ならもうゴールインできてると思うんですが(小声)
- 52二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:21:25
このままじゃお祖父様が笑われてしまう!
- 53倉本メロス24/06/19(水) 20:23:32
ああ、この上、わたくしに望まないでくださいませ。放って置いてくださいませ。どうでも、いいのです。わたくしは負けたのです。だらしが無い。笑ってください。お祖父様はわたくしに、ちょっとおくれて来い、と耳打ちしました。おくれたら、先生を退学にして、わたくしを助けてくれると約束しました。わたくしはお祖父様の卑劣を憎みました。けれども、今になってみると、わたくしはお祖父様の言うままになっておりますわ。わたくしは、おくれて行くでしょう。お祖父様は、ひとり合点してわたくしを笑い、そうして事も無くわたくしを放免するでしょう。そうなったら、わたくしは、死ぬよりつらい。わたくしは、永遠に裏切者ですわ。地上で最も、不名誉の人種ですわ。先生、わたくしも死にます。あなたと一緒に死なせてくださいませ。先生だけはわたくしを信じてくれるにちがいありません。いや、それもわたくしの、ひとりよがりでしょうか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやりましょうか。わたくしには倉本の家が在る。使用人も居る。お祖父様は、まさかわたくしを家から追い出すような事はしないでしょう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらないですわ。人を蹴落として自分が生きる。それが人間世界の定法ではございませんこと。ああ、何もかも、ばかばかしいですわ。どうしてわたくしは、三時間なんて短い時間を申告したんですの。わたくしは、醜い裏切り者ですわ。どうとも、勝手にするがよいのですわ。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
- 54二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:24:49
千奈Pが死ぬ!
- 55倉本メロス24/06/19(水) 20:33:04
ふと耳に、ブルドーザーのような音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ近くで誰かが呼びかけているらしい。
「千" 奈" ち" ゃ" ん" !!!!!!!!!!!!」
よろよろ起き上って、見ると、ウメとヒロの姿が目に入った。ウメは初星スペシャル青汁を手に持ち、チナに差し出していたのである。吸い込まれるようにチナは身を縮め、一くち飲んだ。ほうと苦い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
アイドル魂+ 元気+6 低下状態無効
歩ける。行かなくては。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。チナはウメの肩を借り、歩き出した。ヒロはその場に倒れ伏した。
満月は青い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も眩く輝いている。約束の時刻には、まだ間がある。わたくしを、待っている人があるのですわ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのですわ。わたくしは、信じられている。わたくしの命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られませんもの。わたくしは、信頼に報いなければなりません。いまはただその一事ですわ。つべこべ言わずに走れ!チナ。 - 56二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:34:24
サンキュー豪運ウッメ
広はR.I.P. - 57二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:36:49
広哀れ
さすがに時間切れしてると思う - 58二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:40:50
倉本さんのお爺様は日没のシステムについてあまり詳しくない可能性
- 59倉本メロス24/06/19(水) 20:47:30
わたくしは信頼されている。わたくしは信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢ですわ。悪い夢ですわ。忘れてしまいましょう。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものですわ。チナ、あなたの恥ではないのです。やはり、あなたは真のアイドルですわ。再び立って走れるようになったではありませんか。ありがたい! わたくしは、正義のアイドルとして死ぬ事が出来ますわ。でなければ、倉本家のせいで去って行った方々に申し訳が立ちませんもの。ああ、時が進む。ずんずん進む。待ってくださいまし、神様。わたくしは生れた時から正直な娘でした。正直な娘のままにして死なせて下さいませ。
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、チナとウメは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴のトレーナーたちを仰天させ、チワワを蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ上ってゆく満月の、十倍も早く走った。急ぎなさい、チナ。おくれてはなりません。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるのですわ。風態なんかは、どうでもいい。チナは、生まれた日の産声に負けない大声で叫んだ。呼吸も出来ず、二度、三度、口から青汁が噴き出た。見える。数十m向うに小さく、倉本家の屋敷が見える。塔楼は、月光を受けてきらきら光っている。 - 60二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 20:53:27
さっきまで一緒にコンテストしてたのにチナより早く帰ってるウメ… やはり体の鍛え方が違う
- 61倉本メロス24/06/19(水) 20:55:29
最後の死力を尽して、チナは走った。チナの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。最後にはウメに引きずられながら走った。三時間の時限が刻々と近づき、刻限が尽きるやと思うその瞬間、チナたちは転がるおにぎりの如く屋敷に突入した。間に合った。
「お待ちください。その人を退学にしてはなりません。チナが帰って来ました。約束のとおり、いま、帰って来ましたわ。」と大声で屋敷の使用人たちにむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれてしわがれた声がかすかに出たばかり、使用人は、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたプロデューサーは、徐々に釣り上げられてゆく。チナはそれを目撃して最後の勇、先刻、大海を渡ったように使用人を掻きわけ、掻きわけ、
「わたくしですわ、お祖父様! 退学になるのは、わたくしですわ。チナですわ。その方を人質にしたわたくしは、ここにおりますわ!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく師の両足に、かじりついた。使用人は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。プロデューサーの縄は、ほどかれたのである。 - 62二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:03:26
やっぱりプロデューサー退学じゃなく殺されかけてる……
- 63倉本メロス24/06/19(水) 21:06:55
「せんせえ。」チナは眼に涙を浮べて言った。
「わたくしを殴ってください。ちから一ぱいに頬を殴ってくださいまし。わたくしは、途中で一度、悪い夢を見ましたの。先生が若しわたくしを殴ってくださらなかったら、わたくしはあなたと抱擁する資格さえ無いのです。殴ってくださいまし。」
プロデューサーは、すべてを察した様子でうなずき、チナの頭を優しく叩いた。叩いてから優しくほほえみ、
「倉本さん、俺を殴ってください。音高く俺の頬を殴ってください。俺はこの三時間の間、たった一度だけ、ちらとあなたを疑いました。生れて、はじめてあなたを疑いました。あなたが俺を殴ってくれなければ、俺はあなたと抱擁できない。」
チナは腕に唸りをつけてプロデューサーの頬を撫でた。
「ありがとうございます、倉本さん/先生。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
使用人の中からも、喜びの声が聞えた。チナのお祖父様は、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。 - 64二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:11:52
優しい世界
- 65倉本メロス24/06/19(水) 21:13:18
- 66二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:14:14
いい話だな…感動した
- 67二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:15:22
メロスは考えたけどSSにするには長すぎて断念していたのによく完走したよ。僕は敬意を表する!
- 68二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:15:42
やっぱ間に合ってなかったのか…
- 69二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:16:47
間に合ったな
- 70二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:17:44
なんなんすかね、これ
- 71二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:18:41
やっぱり千奈のTrueENDは最高だなあ
- 72倉本メロス24/06/19(水) 21:18:45
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
見切り発車はやめようね!
もっと文学マス流行れ!!!!!! - 73二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:20:23
- 74二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:22:16
絶妙なタイミングで大草原
- 75二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:42:28
- 76二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 21:44:56
まぁ、過ぎたことはいいよ(よくはない)
- 77二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 22:20:58
別に死んだ訳じゃないから復学させれば良いし…
- 78二次元好きの匿名さん24/06/19(水) 23:11:00
活動休止してたアイドルが復活ライブと共に帰ってくるんだよ
- 79二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 04:39:01
広その辺にぶっ倒れてほったらかしのままじゃない?
- 80二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 08:24:12