(SS注意)すべてをこの手に

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:43:32

    「ハアッ……! 相変わらずウマ娘ちゃんは最高ですねえ~……っ!」

     トレセン学園のグラウンドの、片隅。
     何人ものウマ娘がトレーニングに励んでいる中、そこから大きく外れた場所に、彼女はいた。
     ピンク色の髪のツーサイドアップ、大きく目立つ真っ赤なリボン、華奢で小柄な身体つき。
     アグネスデジタルは木陰に隠れつつ、緩んだ顔つきで、遠くからグラウンドの様子を観察していた。
     熱い視線ではあるものの、その場にいた殆どの人物は、彼女のことを気にしていなかった。
     とはいえ、何事にも例外は存在している。
     
     ────彼女の背後に近づく人影が一つ。

     ウマ娘に夢中になっていたデジタルの耳がピンと立ち上がる。
     それは、ずっと聞いていた音で、ずっと慣れ親しんだ気配だったから。
     彼女は、その人影な何か言う前にくるりと振り向いて、嬉しそうな微笑みを浮かべた。

    「こんにちは! 今日は絶好のウマ娘ちゃん日和ですね~、トレーナーさんっ!」
    「こんにちは、デジタル……ウマ娘日和はわからないけど、まあ良い天気だよね」

     中肉中背、どこか頼りなさげだが、しっかりとした芯を感じさせる風貌。
     アグネスデジタルの担当トレーナーは、苦笑いを浮かべながら、彼女の隣へと腰を下ろした。
     抱えていた荷物を一旦下ろし、少し眠たそうに欠伸をしながら、グラウンドを見る。

    「ふあっ……ん、あれは……今年デビューの子かな?」
    「お目が高いッ! これからの子ばかりですからね、決して見逃せませんぞ~!」
    「もう、デビュー戦も始まってる頃だしね」
    「まあデジたんはこれ『まで』の子ですけどね~? なーんちゃって……」
    「……」
    「……あの、すいません、つい、変な冗談を言っちゃいました」
    「ううん、気にしてないよ」

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:43:47

     しゅんとしてしまったデジタルに対して、トレーナーは優しい笑顔を浮かべた。

     ────アグネスデジタル、引退。

     それは数週間前、学園中、いや日本中を駆け巡った重大ニュースである。
     これといった故障の話もなく、様々な憶測が飛び、物議を醸し、世間を賑わせた。
     彼女にとって、それは────大変不本意なことであったが。
     最近の大騒ぎを思い出して、デジタルは小さくため息をついて呟いた。

    「あたしなんかのことより、現役のウマ娘ちゃんの話をすれば良いのに……」
    「キミの走りは鮮烈だったからね、そんなロボットみたいな割り切りは難しいよ」
    「……それは、あなたにとっても、ですか?」
    「……もちろん、多分、ずっと瞼に焼き付いているんじゃないかな」

     トレーナーは、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべながら、そう言う。
     その顔を見て、デジタルは自らの胸の内に、少しだけ違和感を覚えた
     彼が、自分のことを覚えてくれる、というのは嬉しい。
     だけどなぜ、こんなにも胸が重く、辛い気分になってしまうのだろうか。
     
     ────あたしも、やっぱりレースに未練があるんですかねえ。

     デジタルは他のウマ娘達を間近で拝めるために、トレセン学園に入った。
     だからレースそのものに対する熱意は、他のウマ娘よりも薄いと、考えていた。
     けれど、そこはやっぱりウマ娘で、なんやかんやで走ることは特別なのだろう。
     彼女はそう思い、そしてそんな違和感を誤魔化すように、いつもの調子で振舞ってみせた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:44:01

    「またまた~、トレーナーさん、あたしはそれほど大したものではありませんよ~!」
    「……」
    「長い長いウマ娘の歴史のほんの一欠片、ウマ娘ちゃんの伝説はフォーエバー! なんですっ!」

     そう、トレセン学園がある限り、トゥインクルシリーズが続く限り、伝説は続く。
     きっと自分よりも多彩で、偉大な結果を残すウマ娘が、これからも生まれていくのだろう。
     最前列で見れなくなることは辛いですけどね、とデジタルは心の中で思いながら、トレーナーに笑顔を向ける。
     すると彼も楽しそうな笑みを浮かべて、視線を逸らした。
     そして、グラウンドにいるトレーニング中のウマ娘達を見つめる。

    「……そうだね、俺もそろそろ、新しい伝説を探しに行かないと」
    「……あっ」

     その言葉を聞いて、デジタルの頭の中が、凍り付いたように真っ白になる。
     確かに、ウマ娘達の伝説は、これからも続く。
     彼女達が本能の赴くまま走り続け、それに魅せられる人々がいる限りは、ずっと。
     けれど。

     ────そっか、あたし達の伝説は、これまでなんだ。

     知っていたはずだった、気づいていたはずだった。
     しかし、引退発表直後の忙しさから、見て見ぬ振りをしていた事実を、彼女はようやく認めた。
     オールラウンダーなんて、荒唐無稽な道筋を示してくれた、たった一人の相方(せんゆう)。
     そんな彼の穏やかで優しい瞳は、今度は別のウマ娘の姿を映し出すのだろう。
     トレーナーとは、そういうものだ。
     それはわかっているはずなのに、彼女の心の奥底には薄暗いもやもやが溜まっていた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:44:13

    「デジタル?」
    「ファッ!?」

     覗き込んでくるトレーナーの顔を見て、デジタルは我に返った。
     彼の心配そうな表情。
     先ほどまで元気そうだった人物が、突然、ぼーっとしだしたら、そうもなるだろう。
     彼女は慌てた様子で、もやもやを振り払うように、グラウンドの方を眺める。

    「よっ、よぉし! デジたんもトレーナーさんの新しい担当探しに、協力させていただきますね!」
    「……それは助かるけど、良いのか?」
    「もちろんですとも! 卒業まではあたしもヒマ娘ですからっ!」
    「…………うん、じゃあ、もう少しだけ一緒に、お願い出来る?」
    「よっ、喜んでー!」

     もう少しだけ。
     その言葉が、デジタルの胸の内に影を落とし、僅かに言い淀んでしまった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:44:29

     言うほどアグネスデジタルが暇かといえば、そうでもない。
     彼女は、勉学に対しては人一倍真面目な優等生。
     授業だって当然サボることなんてせず、予習復習だってちゃんとこなす。
     そこに趣味のウマ娘の観察やグッズの整理、情報収集、読書の時間。
     ページ数の少ない自費出版の本の作成など、むしろ人一倍多忙といっても良い。
     とはいえ、それは現役当時も並行してこなしていたこと。
     トレーニング時間が無くなった分、デビュー前ウマ娘の調査を加えることなど造作もないことだった。

    「おや、デジタルくん、何やら珍しいものを読んでいるねえ?」
    「タッ、タキオンしゃん……!?」
    「レースから引退したキミがウマ娘の資料とは……って、なんだいこれは、デビュー前の子ばかりじゃないか」

     デジタルの部屋。
     その机の上に資料を広げていると、彼女の背後から一人のウマ娘が顔を出した。
     ふんわりとしたウルフボブ、どこか狂気を感じさせる独特の瞳、化学式のような形の髪飾り。
     デジタルの同室であるアグネスタキオンは、少しつまらなそうな顔で、その資料を一枚取った。

    「引退撤回かと思って期待したんだが……やはり、そういうことではなさそうか」
    「……はい、他のウマ娘ちゃん達とともに走る以上、不甲斐ない走りは、したくありませんので」
    「そうかい、君の走りは実に興味深く、惜しいのだけれど……どうだい、卒業後は私の専属モルモットに」
    「タキオンさん専属!? ひえええ~! そっ、そんな畏れ多い!? 想像しただけあたしは、あたしは~~っ!」
    「…………ククッ、あれだけの走りを見せたのに、そういうところは全然変わらないねえ、キミは」

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:44:48

     タキオンは楽しげな笑みを浮かべつつ、無遠慮にデジタルのベッドへと腰掛ける。
     その行為にデジタルは一瞬昇天しかけるものの、何とか持ち直した。

     アグネスデジタルの引退理由────それは全盛期を過ぎたから、という理由であった。

     大きな怪我はなく、まだ全力で走ることは出来るものの、一線級で戦い続けるのは難しい。
     そうした理由で、彼女は引退を決意していた。
     それは同室のタキオンを始め、怪我で苦しむことなったウマ娘にとっては、贅沢な話に聞こえるかもしれない。
     けれど、レースに臨む以上は持てる最高の走りを見せなくてはいけない、という想いが彼女にはあった。
     奇しくもそれは、タキオンの同期との出来事が、切っ掛けである。
     天皇賞秋。
     彼女は、期待されていたウマ娘を出走枠から押し出す形で、そのレースに出走した。
     別に何か悪いことをしたわけではない、ルールに乗っ取った、正規の手段による登録。
     結果として彼女は覇王を打ち破りそのレースの勝者となり、除外されたウマ娘も新たな道を見つけた。
     けれど、そのことは今もなお、彼女の胸のしこりとなって残っている。
     だからこそ────本来の走りが出来なくなった彼女は、レースから去る決断を下したのだ。

    「……それで? なんでこんなものを見ていたんだい?」

     タキオンは手に取った資料をひらひらとなびかせつつ、視線をデジタルに向けた。
     彼女の興味はすでに、資料の中身よりも、何故デジタルがそれを読んでいたかに移っていた。
     デジタルは、少しだけ照れたように笑いながら、問いかけに応える。

    「トレーナーさん、新しい担当探しを、お手伝いしようと思いまして」
    「……ふぅん?」
    「あははっ、大きなお世話かもしれませんけど、あの人には────幸せになって、欲しいんです」

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:45:00

     デジタルは、少しだけ顔を伏せて、そう伝える。
     自分とちょうどいい距離感で接してくれる人。
     自分が行くべき道を指し示してくれた人。
     自分のことを、最推しだと言ってくれた人。
     どれだけ感謝しても、足りないくらいの、アグネスデジタルを形にしてくれた大恩人。
     だから、デジタルは心から、幸せになって欲しいと言葉にした。
     少しだけ切ない気持ちを、隣に並ばせながら。

    「意外だねえ、君はプランBを選ぶタイプには見えなかったけど」
    「ほえ?」

     タキオンは目を丸くして、そう言った。
     デジタルはきょとんとした表情で顔を上げると、その言葉の主をみながら、思考を巡らせる。
     お世話になった相手に幸せになって欲しい、というのはそれほど意外だろうか。

     ────もしかして、あたし、結構な恩知らずだと思われてた……?

     デジタルは一瞬にして、さあっと顔を青ざめさせてしまう。
     それに気づいたタキオンは、困ったように苦笑をしながら、言葉を紡ぐ。

    「いやいや、君が礼節を重んじて、義理堅いのは知っているよ、『そこ』は意外じゃないさ」
    「アッハイ……じゃあ、どこを?」
    「おや、自覚がないかね? だってそうだろう、以前から、君は────」

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:45:15

     ぴんぽん、という音がトレーナー寮の一部屋に鳴り響く。
     部屋の主が不思議な表情で、部屋のドアを開けると、そこには一人のウマ娘が立っていた。

    「……デジタル?」
    「……えっと、その、急に、ごめんなさい」

     私服姿のデジタルは緊張した面持ちで、尻尾を忙しなく動かしながら、落ち着かない様子で立っていた。
     それを部屋の主、彼女のトレーナーは不思議に思いつつも、微笑みを浮かべる。
     あの彼女がアポ無しで来るくらいだ、何かがあるのだろうと考えて、扉を大きく開く。

    「とりあえず、上がってよ、お茶くらいなら出せるからさ」
    「はっ、はいっ、しっ、失礼しましゅ……っ!」

     デジタルは舌をもつらせて、転びそうになりながらも、部屋へと入っていく。
     トレーナーはそれを見て、少し首を傾げていた。
     この部屋に彼女が来るのは初めてではない、年末や夏などに作業部屋として貸し出すことがあったからだ。
     彼自身もその作業を手伝ったりしていたため、二人で過ごした時間は少なくない。
     じゃあ、何故、そんなに緊張しているのだろう、と彼の中に疑問が浮かんでいたのである。
     そして、リビングに足を運んだデジタルは────引きつった表情を浮かべていた。

    「……トレーナーさん、部屋の中、すごいことになってませんか?」
    「…………誰かを招き入れる状況じゃなかったな、ごめん」

     リビングは、凄まじい状況になっていた。
     仕事道具や資料が散乱していて、部屋の片隅にはエナジードリンクや珈琲の残骸。
     さすがに衣類や生ものが片付けられていたが、それでもひどいといえる状態であった。
     そんな惨状を見てデジタルは、目をきらりと輝かせる。

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:45:29

    「……まずは、掃除をしましょう」
    「いや、それくらいは自分でやるから」
    「『部屋を清めよ、天使が立ち寄れるように』、これじゃあ、良き出会いなんて生まれませんっ!」

     整理整頓を得意とするデジタルにとって、この状況はなんとも受け入れがたいのだろう。
     情けないところを見せたな、そうトレーナーは思いつつも、いつもの彼女が戻って来て、思わず笑みを浮かべてしまう。

    「……わかった、一緒に、お願い出来るかな?」
    「もちろんっ!」

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:45:50

     それから、約一時間後。
     部屋の中は見違えるようにピカピカとなり、心なしか広く感じるほどであった。
     デジタルとトレーナーはテーブルを囲み、二人でお茶を啜って一息ついている。

    「ふぅ、ありがとうね、こんなことまで手伝わせちゃって」
    「いえいえ! デジたんが勝手に押しかけてきたんですから、このくらいは!」
    「それで、俺に何か用事? それともまた漫画のお手伝いとか?」

     トレーナーからの問いかけに、デジタルの耳と尻尾がびくっと逆立つ。
     そして直後、力なくへなへなと垂れていき、彼女は心配そうな表情を浮かべて言った。

    「あの……トレーナーさん、最近無理をされていませんかあ?」

     今度は、トレーナーの方がびくりと震える番だった。
     先日、彼女が出会った時も、日中だというのに少し眠たそうにしていた。
     担当がいないというのに、その時も何か荷物を運んでいるようだった。
     今の部屋の惨状、明らかに仕事を持ち帰っていた形跡、エナジードリンクなどの空き缶。

    「教官の当番を多く受け持ったり、色んな仕事を引き受けたりと、そういう噂も聞いています」
    「……」
    「たづなさんも感謝しつつも、不安に感じているようでしたし、その、あたしも」
    「……ごめん、心配をかけちゃったね」
    「……あの、どうしてこんなことを? あたしを担当していた頃は、こんなことなかったですよね?」

     もちろん、手を抜いていたというわけではない。
     繁忙期であれば、多少遅くまで仕事をすることもあったし、デジタルに合わせて徹夜することもあった。
     けれど、ここまで状況が悪化することはなかった。
     トレーナーは困ったように頬をかきながら、少しだけ恥ずかしそうに、言葉を吐き出した。

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:46:04

    「やっぱり、キミの引退がまだ受け止めきれなくてね」
    「……っ!」
    「納得はしたはずなんだけど、どうしても考えちゃって……仕事に追われていれば、考えなくて済むから」

     アグネスデジタルの走りは、色んな人やウマ娘の記憶に刻まれている。
     そして、それをもっとも近くで見て来た彼の目には、なおのこと深く、鮮烈に、刻まれていた。

    「……そこまでデジたんを推してくれていたのは、その、嬉しい、デス」
    「……ども」
    「でも、こんな風にされると、困っちゃいますよお……!」
    「……うん、ごめんね」

     目尻に小さく雫をためるデジタルを見て、トレーナーは罪悪感に包まれる。

     ────元担当に、これだけ心配をかけて、自分は何をしているんだ。

     もう、ちゃんと前に進んでいかないと。
     アグネスデジタルという勇士の名前に、見合うトレーナーにならなくてはいけないのだから。
     ぱちんと、目を覚ますように彼は両頬を叩いた。

    「うん、もう大丈夫だよ、本当にありがとう、デジタル」
    「……いやいやいや、良い感じに締めようとしないでくださいよ」
    「えっ」
    「オタ活にも推し活にもまずは身体が資本っ! というわけで、今日はっ!」

     デジタルは両手を腰に当てて、胸を逸らす。
     そしてドヤ顔を浮かべつつ、高らかに宣言をした。

    「緊急開店! デジたんマッサージですっ!」

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:46:23

     どうしてこうなった。
     トレーナーはベッドの上でうつ伏せになりながら、そう考えていた。
     寝室、その傍らには尻尾をぱたぱたさせながら、軽くストレッチをしているデジタルの姿がある。

    「ぬふふっ、ウマ娘ちゃんのために鍛えたマッサージの腕前! ついに披露する時が来ましたよ!」
    「……ウマ娘相手に披露するべきでは?」
    「何を言っているんですか!? 尊きウマ娘ちゃんの身体に触れるなんて……ひえっ!」
    「……そっか、難儀なんだね」

     想像しただけで気を失いかけているデジタルを見て、トレーナーは呆れたように言う。
     もちろん、最初は彼も断ろうとした。
     けれど彼女からの激しい押しと、泣かせかけたという負い目が、拒否を不可能なものとしていた。
     そしてデジタルはまず、彼の背中を優しくなぞるように、その両手を這わせていく。

    「ふむ、やっぱり結構こってそうですね、どこか気になるところはありますか?」
    「うーん……強いて言うなら最近腰と首筋が辛いかなって」
    「なるほど、それじゃあ、始めて行きますね…………よっと」
    「っ!?」

     突然、トレーナーの臀部の辺りに重みがのしかかる。
     それは紛れもなく、彼の上に跨ったデジタルの、身体の感触であった。

    「デッ、デジタル!?」
    「あっ、このやり方が楽だったもので、おっ、重かったでしょうか?」
    「……重くは、ないけど」
    「それじゃあ無問題ですね! それじゃあ萌えパワーフルMAXでやっていきますよぉ~!?」
    「…………お手柔らかに」

  • 13二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:46:39

     現役時代から、デジタルは小柄で華奢な体型であった。
     引退してからは多少ふくよかになったものの、それでもまだまだ軽い。
     だから、重さに問題はない。
     問題なのは、彼女から伝わってくる、感触であった。
     肉付きが少しだけ良くなって、ぷにぷにと心地良い柔らかな肉感。
     ウマ娘特有の体温によって、じんわりと伝わってくる熱量。
     微かに甘い香りも漂ってきて、思わずドキリとしてしまうほどであった。
     彼女は少しばかり自己評価が低く、自身の魅力について疎かな一面がある。
     ────この距離感はちょっと注意した方が良いかもな。
     そう考えて、彼はそっと目を閉じ、マッサージに意識を集中されることとした。

    「ではでは背中から……よっ、ほっ……うわあ、トレーナーさん、やっぱりガチガチですよ」
    「んっ……そ、そう?」
    「ええ、これはしっかりと解してあげないと……っ!」
    「あっ……むっ……デジタル、ホント上手いな」
    「押し活はデジたんの得意分野ですからね、なーんて」

     デジタルは冗談を飛ばしながら、ぐっ、ぐっとトレーナーの背中を指圧していった。
     その力加減は強すぎず、弱すぎず、絶妙な刺激で、快感を伝えて来る。
     少し身構えていた彼も、あまりの心地良さに、どんどん意識を解されしまう。

    「あっ……はっ……やばい…………きもちいい……」
    「眠ってしまっても、良いですよ?」
    「さすがに……それは……」
    「休んでもらうために、やっているんですから、どうぞどうぞ、ぐりぐりっと」
    「お、おおっ……そこ……いい…………」
    「……ふふっ」

     すっかり蕩けてしまったトレーナーの顔。
     それを見てデジタルは、少し、大人びた微笑みを浮かべるのであった。

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:47:01

    「すぅ、すぅ」
    「すっかり寝入ってしまって、本当に疲れていたんですね」

     30分後。
     気持ち良さそうに寝息を立てるトレーナーを、デジタルは眺めていた。
     見ているだけなのに、胸の中はぽかぽかと暖かく、嬉しくて、幸せな心地になっていく。

     ────ああ、やっぱり、そうなんだ。

     デジタルは少しだけ頬を赤く染めながら、そっと身体を前へと傾けた。
     トレーナーの背中に、全身を覆いかぶせるように、身体が重なる。
     大きくて、ごつごつとした、彼の背中。
     その感触と、温もりと、芳香を感じて、彼女の心臓が大きく高鳴る。

    「……タキオンさんの、言う通りですね」

     トレーナーの背中に頬を寄せ、自嘲気味に笑いながら、彼女は呟く。
     そして先日、同室のウマ娘と交わした会話を、脳裏に蘇らせていた。

     ────以前から、君は『欲張り』だったじゃないか。

     ウマ娘を最前列で拝みたいから、学園に入学し、レースへと臨んだ。
     色んなウマ娘とともに走りたいから、芝を越え、砂を越え、時には国すらも越えて来た。
     そんな彼女を『欲張り』と言わず、なんと言うのだろうか。
     だからこそ、タキオンは意外に思っていた。

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:47:20

    「トレーナーさんには幸せになって欲しいんじゃなくて、あたしが、幸せにしたいんだ」

     自分じゃなくて良いのか、とタキオンは言ったのだ。
     それは、心の中を巣くっていたもやもやを吹き飛ばすような、衝撃だった。
     そして今日は、それを確かめるために、彼の下へとやって来たのである。
     結果は、言うの及ばず。

    「えへへ、ウマ娘ちゃん以外の『最推し』が出来ちゃうなんて、思わなかったな」

     デジタルは顔を緩めながら、眠っているトレーナーの頭に手を伸ばす。
     そして、さらさらと、優しく髪をなでつけながら、一つの誓いを口にするのであった。

    「…………すべてを、この手に」

     勇者とは────欲張りなものなのだ。

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 18:49:27

    お わ り
    マッサージ得意設定はどこかで拾われるのでしょうか

  • 17二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:11:17

  • 18二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:40:09

    タキオンもあれで結構デジたんの事見てるんだろうな

  • 19二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:42:03

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  • 20二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 01:48:14

    [🟥 独占力]持ちデジタル良い……

  • 21二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 07:50:34

    そういやマッサージ神業クラスだっけ

  • 22124/06/21(金) 18:30:25

    >>17

    ありがとうございます

    >>18

    色々と興味深い相手なんだとは思います

    誕生日も祝ってくれますしね

    >>20

    自覚したデジたんいいよね・・・

    >>21

    キタちゃんと違って何故か生かされない設定ですね

  • 23二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 18:41:01

    >>22残業中に良い作品に出会えた

    違っていたら大変失礼だけど殺意を書いた人?

  • 24124/06/21(金) 18:46:48

    >>23

    感想ありがとうございます

    あれは別の方の作品ですね 名作です

  • 25二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 19:10:44

    >>24

    大変失礼いたしました。

    よろしければ他の作品教えてください。

  • 26二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 22:00:10
  • 27二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 22:20:20

    >>26ありがとうございます。

    いつも読んでいるのに気が付かず申し訳ございません。

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