- 1二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:05:01
トレセン学園の昼休みともなると、在籍する生徒達の数も相まって学園中が楽しげな声で溢れる。食堂で栄養満点のランチに舌鼓を打ち、腹ごしらえを済ませて中庭で遊ぶ子達も居れば、そんな賑わいから距離を取って屋上で揺蕩う雲を眺める子も居る。
しかし、憩いの一時を過ごす生徒達もトゥインクル・シリーズに情熱を注ぐアスリート。時に、トレーナーに負けず劣らずトレーニングや身体造りについて自主的に研究し、身近なライバルと論を交わす事もあった。
「ヴィルシーナさん、先日発表された論文はご覧になったかしら?」
「ええ、勿論。基礎研究が栄養学ですもの、私だけではなく、妹達の為にも見逃せませんわ」
「ふふ、そうこなくては……」
感心したように笑みを浮かべたジェンティルドンナだが、すぐさま何かに気付き、笑みを収める。
「……という事は、妹さん達は相変わらず?」
「ええ……食事が少し偏り気味で、姉としては心配ですわ。勿論、二人の好みや趣向も悪いとは思わないのだけれど」
そう言って困ったように笑うヴィルシーナに、ジェンティルドンナは苦笑を返す。
「"お姉ちゃん"は苦労が絶えませんわね」
「よく言われます。けれど、お姉ちゃん"としての苦労にはもう慣れたものです。それに、こんなに楽しい苦労は他にありませんから」
「貴方なら、そう仰ると思ったわ。ああ、そう言えば、この間貴方が言っていた本を読んだのだけれど……」
本来休養に充てる時間であっても、形を変えて自身の研鑽に努める。ティアラ路線で鎬を削り合った強者達の姿を、周囲のウマ娘達は畏敬の念で見つめていた。
その実績も相まって中々に近寄りづらいオーラを放っていた二人に、真っ直ぐ歩み寄るウマ娘が一人。
「こんにちは、ジェンティルドンナさん、ヴィルシーナさん」
不意に耳に飛び込んで来た声の方を向くと、可愛らしい柄のタッパを手に乗せたニシノフラワーがニコニコと笑みを浮かべていた。雑談を交えつつあれこれ論じていた二人も、目の前に咲いた可憐な花に笑顔で応える。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:07:48
「ご機嫌よう、フラワーさん」
「もしかして、声が少しお邪魔だったかしら?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。実は、お二人にお願いしたい事があるんですけれど、良いですか?」
「ええ、勿論」
「私達に出来る事なら、何でも承りますわ」
優しく微笑む二人に、フラワーもまた笑顔で応え、手にしたタッパの蓋を取る。二人が中を覗き込むと、可愛らしい形のショートブレッドが所狭しと並んでいた。
「レースに向けて追い込み時期になるとお食事やおやつを制限される方が多いので、トレーニングの合間に食べれるようなお菓子があると良いなって思ったんです。それで、これを」
「まあ、もしかして貴方が考えて作ったの?」
「はいっ! でもまだ試作品なので、皆さんに味を聞いて回っている所なんです。良かったら、お一つ食べて感想を聞かせて頂けませんか?」
トゥインクル・シリーズに挑むウマ娘ならば、レースに向けて身体を仕上げていくのは至極当然。日々のトレーニングだけでなく、食事の隅々まで気を遣うのもまた然り。
しかし、多少食事が変化した所で気にならない子もいれば、体質上苦労する子も多いだろう。そんな子達の為に立ち上がった可憐な花に目線を移せば、その表情には凜とした気迫を感じる
自分ではない誰かの為に、優しさを纏って力強く立ち上がる。そんな彼女だからこそ、周囲のウマ娘達はその小さな背中を全力で押すのだろう。
ジェンティルドンナとヴィルシーナは、一瞬目を合わせると、小さく頷いた。
「そういったコトでしたら、是非協力させて頂きますわ」
「勿論、私も」
「わぁ……! ありがとうございます!」
そうして咲いた笑顔の花に、二人の表情も綻ぶ。二人の纏っていたオーラは、いつのまにか春風のように優しいものに変わっていた。
「では、早速。頂きます」
「いただきます」
二人はそれぞれタッパの中身を一つ手に取り、そのまま口へと運ぶ。先ずは、口の中に広がる香りを確認。それから、ゆっくりとショートブレッドを砕き、味や食感を丁寧に吟味していく。
端から見ればフラワーの作ったお菓子の試食だが、二人の表情は真剣そのものである。レースの為、自身の身体を全力で作り上げていく周囲のウマ娘達の力になるべく、ニシノフラワーは持てる知識と経験をこのショートブレッドに詰め込んだ
その優しい想いの種が、いつか花開き実を結ぶ事を信じて。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:10:33
ならば、ただ食べて『美味しい』で終わって良い筈がない。彼女の真剣な想いに応えるべく、二人はひとしきり口の中の優しい甘味を味わった。
そして、互いに競い合うように身に付けた知識を動員し、思案する。
「ど、どうですか? 美味しくなかったでしょうか……?」
そんな二人の鋭い表情を伺っていたフラワーが声を上げると、二人はすぐに笑みを浮かべた。しかし、その瞳は変わらず鋭い光を湛えている。
「とんでもない。とても美味しかったわ、御馳走様でした。その上で……このショートブレッド、お砂糖は何を使っているのかしら?」
「いえ、お砂糖ではなく、メープルシロップを使ってみました。お砂糖より栄養があって良いかと思って」
「成る程……良いアイデアだわ。その上で、甘味を補いつつ捕食としての効果を上げるなら果物、例えばバナナを練り込んで焼くのはどうかしら」
「それなら、ドライフルーツという選択肢もあるのではなくて? 鉄分を補うプルーン、ビタミンを多く含むパイナップルも効果が高いと思うわ」
それまで栄養学の論文について話していた事もあり、二人の口からはフラワーの作ったお菓子を良くする為の提案が次々に飛び出してくる。
まだ試作品とは言え、自身の作ったモノに真剣に向き合ってくれている二人のお姉さんの姿に、フラワーは目を輝かせた。そして、自身もまたお菓子作りの知識と経験を持ち寄って二人に向き合う。
「今回は小麦粉を使ったんですけど、次は全粒粉でも美味しくできるか試してみようと思っています」
「いっそ全粒粉をベースにメープルシロップと植物油で焼くだけで、手軽な捕食としては優秀なモノが出来るかもしれないわね」
「なら、先程つなぎの話に豆乳とヨーグルトが出てきたけれど、タンパク質の摂取も考えてきな粉を加えるというのも悪くないと思うわ」
「そうですね、それも試してみましょう!」
次々に浮かんでくるアイデアを、フラワーはメモ帳に余すこと無く書き留めていく。プリファイのロゴがあしらわれたお気に入りのシャーペンは、踊るような筆致と共に次のアイデアをメモ帳に刻んでいった。 - 4二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:13:32
しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくモノ。三人の会話が熱を帯びてきたその時、予鈴が昼休みの終了間近である事を告げた。
「あっ、もうこんな時間……」
「残念、今はここまでですわね」
「……私達だけで随分時間を使ってしまったわね。フラワーさんの参考になったなら良いのだけれど」
「はいっ! お二人のおかげで、良いアイデアが沢山浮かびました。ありがとうございます!」
そう言って、笑顔の花を咲かせるフラワーに、二人も安心したように笑みを浮かべて応える。
トレーニング論の延長で色々と話してしまったが、これでフラワーがより良いものを作れるなら、これ以上嬉しいコトはないというものだ。先の会話から察するに、色んな人に試食と感想を聞いているようだし、彼女ならきっと良い物を作れるだろう。
二人が感慨深く息を付くと、フラワーはぺこりとお辞儀した。
「本当にありがとうございました。また色々と作ってみるので、その時はまた試食して頂けますか?」
「ええ、勿論。楽しみにしていますわ」
「それと、一人で作るのは大変でしょう? フラワーさんさえ良ければ、私も試作に協力するわ。私にも、身体に良いモノを食べさせてあげたい人が居るから、ね?」
そう言ってパチ、とウインクをして見せたヴィルシーナに、フラワーは頬を桜色に染めながら微笑む。
「はいっ! 是非、よろしくお願いします! 美味しくて、身体に良いものを作って、それと……」
そこまで言って、フラワーは一瞬照れくさそうに顔を隠したが、すぐに二人に向き合った。
「お二人が私にして下さったように、誰かを優しく助けてあげられる素敵なお姉さんになれるよう、頑張りますね! それでは、失礼します!」 - 5二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:20:32
可憐な花が最後に見せた満開の笑顔を瞳に映し、二人の胸には優しい想いが灯る。
姉が妹に抱く感情の根底には、きっとこんな想いがあるのだろう。ジェンティルドンナは、そう理解して頷いた。
ヴィブロスの言う所の"ときめき"とは、きっとこういうモノを言うのだろう。ヴィルシーナの胸に、そんな想いが過ぎった。
単純な言葉では言い表せないような、胸を打ち、剰え夢中にさせるような感覚。こんなにも、心を暖かく包み込んでくれるものなのだろうか。さっき試食したショートブレッドの甘い残り香が、なんだか少し、くすぐったく感じる。
「ヴィルシーナさん、貴方、顔がにやけていてよ」
「貴方こそ。そんな可愛らしい笑顔が出来たなんて、驚きですわ」
いつしか二人は、自然に上がる口角を抑えられなくなっていた。頬を押さえ、嬉しそうに笑みを浮かべるヴィルシーナに、同じ表情のジェンティルドンナが声を掛ける。
「……提案があるのだけれど、後で図書館でお菓子の本を探してみるのは如何かしら」
「奇遇ですわね。私もそうしようと思っていた所です」
そんな話をしつつ、二人は揃って自身の教室へと脚を動かした。優しいレシピを語らう二人の表情は、まるで太陽を浴びる向日葵のように明るく美しい笑顔であった。
二人のクラスメイト達は、普段はあまり見られない二人の表情を珍しく感じつつも、良い事があった様子の二人をそれぞれ微笑ましく見つめていたという。
その後しばらく、調理室でフラワーと一緒にお菓子を焼き、それらを試食と称して配るヴィルシーナとジェンティルドンナの姿が見られるようになった。
すると、事情を聞いた料理自慢のウマ娘達もその輪に加わり始め、フラワーの立ち上げた企画は俄に盛り上がっていった。
そうして完成したトレーニング用のお菓子の数々は後に噂を耳にした理事長の尽力もあって正式に購買部やカフェテリアに置かれるようになり、レースやトレーニングに望む大勢の生徒達の助けになったという。 - 6二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:23:57
以上です、ありがとうございました。
推しと推しと推しを組み合わせてお話を作りたいなぁ……と思ったらフラワーの作るお菓子に行き着き、そうして完成したのがこのお話です。
ジェンヴィルが実装された時、何かのイベントで絡んでくれると個人的にはとても嬉しいですね。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/20(木) 23:38:10
フラワーが間に入ることで角が全く立たずに和気藹々として……
いつもこんな風に出来ると良いですねえ - 8二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 00:15:13
お菓子が取り持つ縁、良き……このジェンヴィルはどこかのタイミングでめっちゃフラワーの頭撫でてそう
- 9二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 00:55:56
乙、良質な可愛さが寝る前の身体に染みるぜ
- 10二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 06:34:59
和やかな雰囲気のジェンヴィルも良いね
- 11二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 11:55:38
お顔が緩みまくってる貴婦人とお姉ちゃんかわいい
フラワーを間に挟む事による和やか効果すごいな…… - 12124/06/21(金) 22:44:53
皆様、読んで頂きありがとうございます。
ジェンヴィルにフラワーを挟む事で生まれる和み空間からしか摂取出来ない栄養素がある。
個人的に、(時間軸云々は置いといて)ティアラを目指した先達の一人として敬意を持ってたりすると良いなと思うなどします。
二人ともフラワーの事すごくすごい可愛がってると良いですよね。
フラワーの純粋な可愛さはいつか疲労回復だけでなく病気にも効くようになる。
たまにはバチバチせず年の離れた友人としての一面も見せて良いのよ?とも思ったり。
笑顔は笑顔でも普段絶対見られないような可愛い笑顔してると思います。
フラワーの和やか効果は対ナリタでも実証済みです(育成隠しイベントより)