『ああああああ!そんなことよりっ、ポケットの中にクジャクヤママユいたよ!』 作:秦谷ン・ヘッセ

  • 1秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:13:07

    客は夕方の散歩から帰って、私の書斎で私のそばに腰かけていた。
    昼間の明るさは消えうせようとしていた。窓の外には、色あせた湖が、丘の多い岸に鋭く縁取られて、遠くかなたまで広がっていた。
    ちょうど、私の末の男の子が、おやすみを言ったところだったので、私たちは子どもや幼い日の思い出について話し合った。
    「子どもができてから、自分の幼年時代のいろいろの習慣や楽しみごとがまたよみがえってきたわ。それどころか、一年前から、私はまた、アイドル活動をやっているの。見せてあげる!」と私は言った。
    彼女が見せてほしいと言ったので、私は宣材の入っている軽い厚紙の箱を取りに行った。
    最初の箱を開けてみて、初めて、もうすっかり暗くなっているのに気づき、私はランプを取ってマッチを擦った。
    すると、たちまち外の景色は闇に沈んでしまい、窓いっぱいに不透明な青い夜色に閉ざされてしまった。

  • 2秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:14:48

    私の衣装は、明るいランプの光を受けて、箱の中から、きらびやかに光り輝いた。
    私たちはその上に体をかがめて、美しい形や濃いみごとな色を眺め、衣装の名前を言った。
    「これはBoomBoomPowで、ラテン名はらんぱんぱらぷんぷんぱ。ここらではごく珍しいやつよ。」と私は言った。
    友人は一つの宣材を、箱の中から用心深く取り出し、写真の裏側を見た。
    「妙なものね。アイドルを見るくらい、幼年時代の思い出を強くそそられるものはない。私も小さい少女の頃、熱情的なアイドル志望だったんだ。」と彼女は言った。
    そして宣材をまたもとの場所に戻し、箱の蓋を閉じて、「まあ、過ぎたことはいいよ。」と言った。
    その思い出が不愉快ででもあるかのように、彼女は口早にそう言った。

  • 3秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:17:37

    その直後、私が箱をしまって戻ってくると、彼女は微笑して、カツ丼を私に求めた。
    「悪く思ったら、殺すから。」と、それから彼女は言った。
    「咲季の宣材をよく見なかったけれど。私も子どもの時、むろん、アイドル活動をしていたのだけど、残念ながら、自分でその思い出を汚してしまった。実際話すのも恥ずかしいことだけど、まあ、過ぎたことはいいよ。」
    彼女はランプのほやの上でカツ丼に箸をつけ、緑色の蓋をランプに載せた。
    すると、私たちの顔は、快い薄暗がりの中に沈んだ。
    彼女が開いた窓の縁に腰かけると、彼女の姿は、外の闇からほとんど見分けがつかなかった。
    私は初星ホエイプロテインを飲んだ。外では、妹が遠くからかん高く、闇一面に鳴いていた。友人はその間に次のように語った。

  • 4秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:22:50

    私は、八つか九つの時、アイドル活動を始めた。
    初めは特別熱心でもなく、ただ流行りだったので、やっていたまでだった。
    ところが、十歳ぐらいになった二度めの夏には、私は全くこの遊戯のとりこになり、ひどく心を打ち込んでしまい、そのため他のことはすっかりすっぽかしてしまったので、
    美鈴は何度も、私にそれをやめさせなければなるまい、と考えたほどだった。
    レッスンを始めると、学校の時間だろうが、お昼ご飯だろうが、もう塔の時計が鳴るのなんか、耳に入らなかった。
    休暇になると、パンを百きれ胴乱に入れて、朝早くから夜まで、食事になんか帰らないで、レッスンすることがたびたびあった。
    今でも美しいステージを見ると、折々あの熱情が身にしみて感じられる。
    そういう場合、私はしばしの間、子どもだけが感じることのできる(今でも感じられるけど)、あのなんともいえぬ、貪るような、うっとりした感じに襲われる。
    少女の頃、初めてライブを見た、あの時味わった気持ちだ。

  • 5秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:26:26

    私の両親は立派な道具なんかくれなかったから、私は自分の衣装を、古い潰れたボール紙の箱にしまっておかねばならなかった。
    こうした箱の潰れた壁の間に、私は自分の宝物をしまっていた。
    初めのうち、私は自分のアイドル活動を喜んでたびたび仲間に見せたが、他の者は完凸SSRサポカや、S評価虹メモリーや、その他ぜいたくなものを持っていたので、自分の幼稚な構成を自慢することなんかできなかった。
    それどころか、重大で、評判になるようなライブがあっても、ないしょにし、自分のユニットメンバーたちだけに見せる習慣になった。

  • 6秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:32:26

    ある時、私は、私らのところでは珍しい青いアイヴイを歌うことになった。
    得意のあまり、せめて隣の子どもにだけは見せよう、という気になった。
    それは、中庭の向こうに住んでいる倉本家のご令嬢だった。
    この少女は、非のうちどころしかないという美徳をもっていた。それは子どもとしては二倍もままならない性質だった。
    この少女にアイヴイを見せた。彼女はファンらしくそれを称賛し、それが珍しいことを認め、3万円ぐらいの現金の値打ちはある、と値踏みした。
    しかしそれから、彼女は難癖をつけ始め、恒常ガチャに入ってないとか、ピースが有償石で買えないとか、すり抜けでしか狙えないとか言い、そのうえ、石の配布が欠けているという、もっともな欠陥を発見した。
    私はその欠点をたいしたものとは考えなかったが、こっぴどい批評のため、自分の衣装に対する喜びはかなり傷つけられた。それで私は二度と彼女にライブを見せなかった。

  • 7秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:38:31

    二年たって、私たちは、もう大きな少女になっていたが、私の熱情はまだ絶頂にあった。
    その頃、あの倉本エーミールがシノサワガガンボをユニットメンバーに迎えたという噂が広まった。
    今日、私の知人の一人が、BoomBoomPowを完凸したとか、すり抜けで佑芽を引いたとかいうことを聞いたとしても、その時ほど私は興奮しないだろう。
    一人の友達は私にこう語った。
    「鳥の子色のこのガガンボが、教室に止まっているところを、ダンストレーナーや他のトレーナーがレッスンしようとすると、ガガンボは骨のような足を見せるだけだが、その細さは非常に脆そうな外観を呈するので、トレーナーは恐れをなして、手出しをやめてしまう。本人はレッスンしてほしいのにままならないね。」と。
    倉本エーミールがこの不思議なガガンボをユニットに入れているということを聞くと、私はすっかり興奮してしまって、それがデビューする時の来るのが待ちきれなくなった。
    食後、外出ができるようになると、すぐ私は中庭を越えて、隣の家の四階に上っていった。そこに例の先生の令嬢は、小さいながら自分だけの部屋を持っていた。

  • 8秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:45:58

    それが私にはどのくらい羨ましかったかわからない。途中で私は、誰にも会わなかった。上にたどり着いて、部屋の戸をノックしたが、返事がなかった。
    倉本エーミールはいなかったのだ。ドアのハンドルを回してみると、入り口は開いていることがわかった。
    せめて例のガガンボを見たいと、私は中に入った。そしてすぐに、倉本エーミールが衣装をしまっている二つの大きな箱を手に取った。
    どちらの箱にも見つからなかったが、やがて、そのガガンボはまだレッスン室に残っているかもしれないと思いついた。はたしてそこに倒れていた。
    あいにく、あの有名な細い足だけは見られなかった。細長いタオルの下になっていたのだ。
    胸をどきどきさせながら、私はタオルを取りのけたい誘惑に負けて、タオルをずらした。
    すると、二つの小さな不思議な足が、挿絵のよりはずっと細く、ずっとすばらしく、私を見つめた。

  • 9秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:53:34

    それを見ると、この宝を手に入れたいという逆らいがたい欲望を感じて、私は生まれて何度目かの盗みを犯した。
    私はガガンボをそっと引っぱった。レッスンはもう終わっていたので、形は崩れなかった。
    私はその手を引っ張って、倉本エーミールの部屋から持ち出した。
    その時、さしずめ私は、大きな満足感のほか何も感じていなかった。
    ガガンボを身体の陰に隠して、私は階段を下りた。その時だ。下の方から誰か私の方に上がってくるのが聞こえた。
    その瞬間に私の良心は目覚めた。私は突然、自分は盗みをした、下劣なやつだということを悟った。
    同時に、見つかりはしないかという恐ろしい不安に襲われて、私は本能的に、獲物を隠していた手を、上着のポケットに突っ込んだ。

  • 10秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 20:59:32

    すぐに私は、このガガンボとユニットを組むことはできない、もとに返して、できるならなにごともなかったようにしておかねばならない、と悟った。
    そこで、人に出くわして見つかりはしないか、ということを極度に恐れながらも、急いで引き返し、階段を駆け上がり、一分の後にはまた倉本エーミールの部屋の中に立っていた。
    私はポケットから手を出し、ガガンボをレッスン室に置いた。それをよく見ないうちに、私はもうどんな不幸が起こったかということを知った。そして泣かんばかりだった。
    ガガンボは潰れてしまったのだ。体力と元気がなくなっていた。
    ハートの合図を打とうとしても、体力不足で、もう思いもよらなかった。
    盗みをしたという気持ちより、自分が潰してしまった美しい珍しいガガンボを見ているほうが、私の心を苦しめた。
    それをすっかりもとどおりにすることができたら、私はどんな初星水でもポーズの基本でも、喜んで投げ出したろう。

  • 11秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 21:05:22

    かれこれ夜になってしまった。それで私は出かけていき、倉本エーミールは、と尋ねた。
    彼女は出てきて、すぐに、誰かがガガンボをだいなしにしてしまった。悪いやつがやったのか、あるいは大型犬がやったのかわからない、と語った。
    私はそのガガンボを見せてくれと頼んだ。二人は上に上がっていった。彼女はろうそくをつけた。
    私はだいなしになったガガンボが保健室のベッドの上に載っているのを見た。
    そこで、それは私がやったのだと言い、詳しく話し、説明しようと試みた。

  • 12秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 21:12:27

    すると、倉本エーミールは激したり、私をどなりつけたりなどはしないで、しばらくじっと私を見つめていたが、それから
    「そうですか、そうですか、つまり月村さんは噂通りそんな方だったんですね。」と言った。
    私は彼に、私のサポカをみんなやると言った。
    しかし彼女は、「けっこうですわ。私は月村さんの集めたサポカは全部持っていますわ。そのうえ、今日また、月村さんがユニットメンバーをどんなに取り扱っているか、ということを見ることができたのですわ。」と言った。
    その瞬間、私はすんでのところであいつの喉笛に飛びかかるところだった。もうどうにもしようがなかった。
    私は悪女だということに決まってしまい、倉本エーミールはまるで世界のおきてを代表でもするかのように、冷然と、正義をたてに、悲しそうに、私の前に立っていた。
    彼女は罵りさえしなかった。ただ私を眺めて、失望していた。

  • 13秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 21:16:54

    その時初めて私は、一度起きたことは、もう償いのできないものだということを悟った。
    私は立ち去った。私は寮に帰った。
    私にとってはもう遅い時刻だった。
    だが、その前に私は、そっと食堂に行って、カツ丼を食べた。
    そしてまあ過ぎたことはいいと思ったので、いつも通り布団に入り、ことねで暖をとって寝た。

    (D End)

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 21:32:44

    もっと反省しろ!

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 21:37:26

    これだけ話して結論は過ぎたことはいいなのかよw

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 21:48:07

    タイトルからもう笑いが堪えられなかった

  • 17二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 21:49:39

    しれっと寝る前にカツ丼食うな

  • 18二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 21:55:14

    また太ったんですか。手毬さん

  • 19二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 22:01:46

    変な学名だな!

  • 20二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 22:55:13

    最悪すぎて最悪!

  • 21二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 22:55:38

    なんかもう全てがダメなやつ!

  • 22秦谷ン・ヘッセ24/06/21(金) 22:59:55

    手毬はこういう役回りでものすごく扱いやすいから助かる
    あと改めて読みなおして構成整えてる時に、アラフォー子持ちアイドル花海咲季概念の方に心が揺れたのは秘密だ

  • 23二次元好きの匿名さん24/06/21(金) 23:34:22

    クジャクヤママユ要素本文にかけらもなくて草

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています