- 1二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:35:33
現在、時刻は午後5時40分程。
強めの雨が降る中、傘を差し帰路につく。
今日は日曜日、午後から買い物に出ており、本当ならもっと早く帰るつもりだったが、ふらりと立ち寄った本屋でトレーニングの教本などを吟味していると、気が付けばこんな時間になってしまった。
俺は中央トレセン学園でトレーナーをしている。
俺が担当しているウマ娘は正直、トレーナー要らないのでは?と言われる程優秀なのだが、俺は少しでも彼女の力になりたいとトレーナー業の傍ら、勉強しているのだ。
(ん...?)
暫く歩いていると、シャッターの下りた店の前、その軒下に見覚えのある人影を見つけた。
紫のパーカーとその上に羽織ったカラフルなジャケット、フードから飛び出た、先がギザギザとした黒い耳。
苛立たし気に揺れる濡れ羽色の尻尾。
間違いない。
俺の担当ウマ娘、エアシャカールだった。
「シャカール!」
呼び掛けながら近づくと彼女はこちらを見て
「…おう」と答えた。 - 2二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:36:01
「こんな所で、どうしたんだ?」
「見りゃ分かンだろ、雨宿りしてンだ」
聞けば、彼女はネカフェで作業中、天気予報でこれから雨が降るのを知り、降る前に帰るつもりがその途中で降りだしてしまい、ここで雨が止むのを待っているのだという。
「ネカフェに戻ろうかとも思ったが、若干距離があるしな。無駄に走りたくもねェし」
「けどまぁ丁度良かった。お前、その辺で傘買って来てくンね?金は返すからよ」
彼女の提案はもっともだった。けれど、
「それも良いんだけど…」
「アァ?」
「…もし良かったら入る?俺の傘に」
正直、この案はどうかと思った。
だがどうしても彼女には、一刻も早く寮に帰り、体を休めて欲しかった。
先程彼女は「帰る途中に雨に降られた」と言っていた。
現に彼女の服は所々色が変わって、まるで水玉模様のようになっていた。
更に、耳の先からはポタポタと水が滴り落ちており、体は少し震えている。
近くのコンビニで傘を買って来るという僅かな時間だが、そんな時間すら惜しいと思える程、俺は今の彼女の姿を見て、胸を痛めた。 - 3二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:36:23
しかし彼女がこの案を受けてくれるのか?
不安でいっぱいになりながら返事を待つ。
彼女が目を丸くしていたのも束の間。「ハァ?」
意味が分からないと言わんばかりに眉を顰めた。
「だよね…ゴメン、変なこと言って…」
当然だ。いや、『キモ…警察呼ぶぞ、マジで』とか言われなかっただけ良かったのか?
雨に叩かれた傘がバラバラと音を立てる。
心なしか、雨足が強くなったような気がする…。
「じゃあ、傘買って来るから。俺の荷物見ていて」
シャカールの足元へ鞄を置こうとしたその時
「オイ、ちょっと待て」
「え?」
「……」
シャカールは俺を呼び止め、そのまま顎に手を当て考え出した。
どうしたのかと見ていると、
「まあ…それもアリか」
「………へ?」
彼女の予想外の言葉に、俺の口から、それはそれは間抜けな声が漏れた。 - 4二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:37:01
先程より雨も弱まり、雨音が小さくなった。
黒い無地の、無愛想な傘の下で俺とシャカールは並んで歩いていた。
同じ傘に入って帰るという提案を、シャカールは受けてくれた。
(まさか応じてくれるとは…)
内心驚いているが、彼女も早く帰りたかったのだろうし、こうすれば傘代も浮く。
途中まで帰り道が同じならその方が良い。
彼女の言葉を借りるならば、ロジカルに考えた結果なのだろう。
並んで歩いているが、俺達の間に会話は無い。
だがこれは珍しいことでもない。
シャカールは必要以上の会話は求めない。
初めはこの距離感が分からず、必要以上に近寄った為に怒らせてしまったこともある。
「なァ…」
「…ッ!ん、なに?どうかした?」
突然、シャカールが沈黙を破ったことに驚き、声が裏返りそうになりながらも返事をする。
「?いや、お前さァ…」
俺の様子を少し不思議がりながら、シャカールが続ける。
「服とか…買わねェの?」
「服…?」
何とも意外なことを聞いてきた。
「お前の鞄の中、日用品以外に本しか入ってねェじゃねェか。もっとファッションとかさ、興味ねェのかよ?」
どうやらさっき鞄を置こうとした際、中身が見えていたらしい。
「あー…まあ本当は、今日そのつもりで出掛けてたんだけどね」
「じゃあなンで買ってねェんだよ」
「どうしようかな~って悩んでて、ふらふらっと本屋に入ったら良さそうな教本を何冊か見つけてね。それで気付いたらこんな時間になっちゃってて…」
でもそのお陰で良い買い物出来たんだ、と付け加えると、シャカールは心底呆れた様子を見せた。 - 5二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:37:34
「…マジ意味わかンねェ、お前の金だろ?お前の為に使えよ。なンでトレーニングの本なンか…」
理解出来ない、と彼女は語った。けど…
「勿論、俺の為の買い物だよ」
「…ハァ?」
「君の役に立ちたい、君を支えたい、それが俺の願いだから。それを叶える為に買ったんだ、俺の為に使ってるだろ?」
担当ウマ娘の勝利の為に、それはトレーナーとして本望だった。
「…ハッ、それが役に立つかも分かンねェのに?…ダメだったらどうすンだ。金をドブに捨てるようなモンだろうが…」
理解出来ない俺の言動にイライラしているのか、少し怒気を含んだような声。
彼女の苛立ちに呼応するように、雨足が強まった。
もしかしたら雷が落ちるかも知れない。
けれど、言わずにはいられなかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:38:11
「役に立つか分からないけど、役に立たないとも、まだ分からないだろ?拾える物は拾って、使えるかどうか試さなくちゃ。拾い集めるのは俺、取捨選択はシャカール」
「君が少しでも楽になるのなら、俺は何だってするよ。君のトレーナーだから」
嘘偽りなんてない、正真正銘、俺の本心を伝えた。
土砂降りの雨に負けないように、力強く。
「…ハァ~……」
「ウザ…やっぱお前、マジでロジカルじゃねェわ…」
大きく息を吐いた後、シャカールは呆れながらそう言った。
「分かった分かった…もう好きにしろ…」
そっぽを向き、突き放すように言ったシャカール。
けれどその声にはさっきのような怒気は感じられない。
むしろ少し柔らかいような…?なんて言ったら、今度こそシャカールの雷が落ちるだろうから余計な事は言わないようにした。
「うん、そうするよ。君のお荷物にならないように」
決意を新たにシャカールにそう告げる。
「────なンて─────ね─よ─バ──」
「え?」
シャカールが何か言ったようだが、その時丁度車が横を通った為、よく聞き取れなかった。
「シャカール?何て言ったの?」
「…二度も言わねェ」
それ以降シャカールは、寮に着くまで黙ってしまった。
結局何て言ったのか教えてくれなかった。
雨足が弱くなった今なら聞き取れるかもしれないのに。 - 7二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:38:33
「小雨になって良かったね」
「ン…」
学生寮の正門前に着く頃には、もう傘も要らないくらい雨は治まっていた。
「ンじゃあな…ありがとよ...」
「ああ」
傘から出て、玄関へ小走りで向かうシャカール。
「シャカール!」
玄関に着いた彼女に呼び掛ける。
「しっかり温まって、休んでね!また明日!」
「………」
彼女は振り返らなかったが、左手を挙げ、ひらひらと振りながら玄関の奥へ消えた。
「………よし、俺も帰っ…ふぇ…へ…」
「へっくしょいッ!!」
「っ…帰って温まろ…」
シャカールを雨に濡らすまいと傘の位置を気にしていたら、左肩辺りがすっかりびしょ濡れになってしまった…ついでにズボンも…。
これで風邪なんてひけば彼女に申し訳が立たない。
自分の部屋に急いで帰ったのだった。 - 8二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:38:53
現在、時刻は午前0時をまわった頃。
キーボードを控えめに叩く音と、ドトウの穏やかな寝息、そして外からは、夕方よりまた少し強くなった雨音が聞こえる。
風も吹いてンのだろうか、時折パラパラと、窓に雨が当たる音もする。
スタンド照明とPCの明かりがオレの顔を照らす。
「……」
データ整理の続きをと思ったが、オレは今日の出来事を思い出していた。
ネカフェから帰る途中、急な土砂降りの雨に、適当な店の軒下に避難した。
しかし、雨は一向に弱まる気配すらもみせず途方に暮れていたところ、トレーナーと出くわした。
「傘を買って来てくれ」と頼むと、アイツは遠慮がちに「自分の傘に入らないか?」と提案してきた。
何言ってンだ?と思ったが、正直さっさと帰りたかったし、帰る方向が同じならアリかと承諾した。 - 9二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:39:14
一つ傘の下、会話もなく並んで歩く。
ふと、気が付いた。
さして大きくない、一人用の傘に二人で入っている割にオレが傘の中心近くに収まっている。
ちらりとトレーナーを見ると、案の定、アイツの左肩は雨で濡れていた。
「……」
あの時、「服が濡れている」ということを、何故率直に伝えられなかったのか。
『服とか…買わねェの?』
「…遠回し過ぎンだろ…アホか…」
自嘲するように呟く。
「フゥー…」
背もたれに体重を預け、天を仰ぐ。
ダメだ、どうにも集中出来ねェ。
「……寝るか…」
音を立てねェようにそっとベッドに移動し、寝転んだ。 - 10二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:39:45
ぼうっと天井を眺めていると、トレーナーの言葉が浮かんでくる。
『君の役に立ちたい』『それが俺の願いだから』
『俺は何だってするよ』『君のトレーナーだから』
私物を買いに出掛けたはずが、トレーニングの教本を何冊も買い込む。
帰り道だって、オレを雨に濡らさないようにと意識し過ぎた結果、びしょ濡れになっていやがった。
いつもオレを優先して、自分のことは二の次。
自分で稼いだ金、自分の為に使やいい。
雨天でもレースは行われるのだから、今さら雨に濡れることなンて慣れてる。
(それなのに、アイツは…)
オレは理解出来なくて苛ついていた。けど、忘れてた。
(前にもあったな似たような事…)
高地トレーニングで遭難しかけた時、オレが好きかも分からねェ蛍を、必死こいて探していた時、
『君を守りたかったから』
『ただ、君が大切だから』
怪我しながら、寝る間も惜しみながら、もっと効率的な方法だってあるのに、ただオレの為に行動する。
そして、そこには一切の打算や表裏も無い。
あるのは、唯一つの信念。
(大切な君の力になりたい、君を守りたい)
それが、オレのトレーナー…。 - 11二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:40:25
それにしても、よくもあンなキザッたらしい、歯の浮くようなキモい台詞をさらっと言いやがるもンだ。
「……」
そういやアイツ、当然のように車道側を歩いていたな…。
そのせいで足元もずぶ濡れになってたが。
…意外と慣れてンのか…?そういうことに…
「はッ…あるわけねェ…アイツに限ってそンな…」
意図せず声が漏れ、はっとする。
慌ててドトウの方を見るが、寝息に合わせたゆったりとしたリズムで、胸元が上下していた。
起きてはいないようだが…
「…ッ」
布団を頭から被り体を丸める。
さっさと眠ろうとギュッと目を瞑るが、トレーナーの言葉が、オレの意思に反して頭ン中で次々と浮かぶ。
「マジでキモい…アイツ...マジで…」
いつもの様に悪態を声に出す。
しかし、聞こえてくるオレの声は、その内容とは裏腹に、柔らかい声色だった…。
(オレ…こンな声、出せンのかよ…)
(なンでだよ...キモいはずなのに...なンでオレは…うれし…な…って…。)
布団の中でかぶりを振る。
(あぁクソッ…あンな奴知らねェ、肝心な時にオレの言葉を聞き逃す、あのバカのことなンか…)
『君のお荷物にならないように』
『お荷物だなンて思ったことねェよ、バァカ…』
やっぱりアイツのことは、理解出来ない。
今のオレの、暖かな気持ちも。
荒れ狂うオレの思考とは裏腹に、雨風はとうに治まっていた。 - 12二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:43:12
やっぱ梅雨なので雨、そして相合傘ネタを
相合傘もっと活かしたかったな… - 13二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 19:57:35
めっっっちゃ甘酸っぱいシャーたんとシャカトレの関係……いい…。ベッドの中で得体の知れない感情に苛まれて悶々としてる彼女からしか得られない栄養はあるし、奥手というかぶっきらぼうなのもまた……。
- 14二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:03:30
シャカールの大切なものキャパシティが広がっていく様は大変健康によく、人心を育みます。
- 15二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:08:07
応援スレに推薦しておいたゾ
- 16二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 06:15:34
ウワーッ 朝からめちゃくちゃ良いものを見た
これで今日も健康に生きれる - 17二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 07:21:41
トレーナーの愚直さと優しさがシャカールを少しずつ、柔らかく変えていくのを見るのは万病に効く
- 18二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 07:35:30
朝からいいものを読んだ
心の栄養