(SS注意)挨拶

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:03:11

    「お兄ちゃん、カレン、ちょーっとお願いしたいことがあるんだけどなー♪」

     それは、URAファイナルズの激戦を勝ち抜いて、しばらく経った後のトレーナー室。
     彼女は、上目遣いで『お願い』をしてきた。
     芦毛のセミショートの髪、耳カバーと一体化した黒いヘアバンド、左耳には赤いリボン。
     担当ウマ娘のカレンチャンは、うるうるとした瞳で、こちらをずっと見つめている
     ……あまりのカワイさに即答しそうになるけれど、そこは鋼の意志で、平静を保った。

    「あっ、ああ、どういう用件かな?」
    「今度の週末なんだけど、カレンと一緒に、行って欲しいところがあるんだ」
    「お出かけ、ってこと? そういえば、最近は忙しくて、そういうこと出来てなかったね」

     URAファイナルズを終えた後、年度代表ウマ娘の発表の場にて。
     カレンはレースだけでなくSNSを通じて界隈を盛り上げたことにより、特別賞を受賞した。

     『CC賞』────『Crown of Cuteness賞』である。

     カワイイの冠、彼女のために新設された、彼女のための賞といっても良い。
     カレンは自らの『カワイイ』を追求し続け、まさに新たな時代を開いたのである。
     そのことで、インタビューなども急増し、ここのところは多忙を極めていた。
     次なる目標である世界進出も迫っている、ここいらで、一息ついておくのも良いだろう。
     温泉旅行券が当たっていればな────そう考えていた矢先、カレンは小さく首を横に振った。

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:03:23

    「うーん、デートとは、少し違うかな?」
    「……そうなのか?」

     一緒に行って欲しい、なんていうものだから、てっきりお出かけの類だと思っていた。
     ……さらりとデート、なんて称された件については、今はコメントを控えておく。
     カレンは立てた右手の人差し指を頬に当てながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。

    「一緒に行って欲しいのはね────カレンの、お・う・ちっ♪」
    「えっ」

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:03:44

     カレンの、おうち。
     それは栗東寮にある自室のこと、というわけではない。
     真っ当に考えれば、それはカレンの実家、というなのことだろう。
     これから日本を出るわけだから、その前に家族の下へと行く、というのは理解出来た。
     理解出来ないのは、何故、俺まで行く必要があるのか、ということだった。

    「えっとね、家族のみんなが、お兄ちゃんにどうしても『ご挨拶』をしたいって」
    「……挨拶?」

     カレンは困ったように苦笑しながら、そう言った。
     
    「ほら、『CC賞』を貰った時のこと、覚えてる?」
    「もちろん、あんなにドキドキさせられたんだから…………あっ」

     CC賞を受け取った時、カレンは喜びを『お兄ちゃん』に向けて呼びかけた。
     トレーナーとしてではなく、家族と同じくらい深く繋がった仲として。
     そしてそれは、全国中継をされているカメラにも、ばっちり映っていたわけで。

    「……そりゃあ兄を名乗る不審人物がいるとすれば、ご両親も不安になるか」
    「あっ、ううん、お兄ちゃんのことは連絡したときに良くお話しているし、みんな感謝してるくらいだよ?」
    「そうなのか?」
    「ふふっ、カレンのだーいすきなお兄ちゃんのことだもん、当然っ♪」
    「そっ、そっか」

     真正面から好意をぶつけられるのには、いつまで経っても慣れない。
     思わず顔を逸らしてしまう俺を、カレンは楽しげに見つめながら、言葉を続ける。

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:03:58

    「あれを見て、カレン達の馴れ初めとか将来の話とかを、ちゃんと聞きたいって言われてて」
    「……なるほど」

     何か引っかかる気もするが、とりあえずは納得はした。
     そもそも、俺は大切な娘さんを預からせていただいている身。
     本来であれば、こちらから挨拶に伺わなければいけなかったくらいである。
     週末には特に予定も入っていない、これは好機、と捉えるべきであろう。

    「そういうことなら、一緒に着いていくよ」
    「ホント!? 良かったあっ!」

     カレンは耳をピンと立てて、安堵の表情を浮かべる。
     ……別に俺が行けなかったとしても、彼女が一人で帰省するだけなのでは。
     どうして、そこまで安心するのかがわからず、俺は首を傾げてしまう。
     俺の様子に気づいたカレンは、悪戯のバレた子どものような顔をした。

    「……実は、お兄ちゃんが来られるかも、って話をしただけなのに、みんなその気になっちゃって」
    「ああ、もうすでに準備が進んでるとか────」
    「親戚一同全員が集まることになってるんだ」
    「なんで!?」

     今、明かされる衝撃の真実。
     有名人が来るわけでもないのに、何故そんなことになってしまうのか。

  • 5二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:04:27

    「カレンの運命の人だからね、実家の方では常にトレンド1位だよ?」
    「そんな会っても面白い人間じゃないと思うけどな……」
    「カレンのこと、いーっぱい愛してくれて、もっとカワイくしてくれた人だもん、皆興味津々なんだから♪」

     少し思わせぶりな表情で、カレンは少し揶揄うように言う。
     彼女はトレセン学園に来る前から、人気ウマスタグラマーの『Curren』であった。
     そして今は、トゥインクルシリーズで活躍し、世界に出ようとするウマ娘の『カレンチャン』でもある。
     そこまで育て上げた担当トレーナーがどういう人物か気になる────というのは、わからなくもない。
     ……まあ実際のところは、俺の手腕なんかより、カレン本人の資質や努力が大きいとは思うのだけれど。
     ともあれ、俺は彼女とともに、カワイイ道を突き進んでいくと決めたのだ。
     このくらいのことで、怯んでいてどうするというのか。
     
    「了解、ご家族も、ご親戚も、カレンのことを大切に想っているんだね」
    「うん、カレンのことが大好きで、カレンロスのあまり学園スタッフの求人に応募するくらいには」
    「そんなに、まあ、それなら少なくとも話は合いそうかな」
    「……!」
    「それじゃあもう準備しておかないと……ってカレン、どうかした?」
    「…………むう、どうもしませーん」

     そう言って、カレンはぷいっと顔を逸らす。
     その顔はわざとらしく膨れていたが、尻尾はぶんぶんと揺れ動いていた。
     急にどうしたんだろう、と思いながら、俺は予定の確認について進めて行くこととした。

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:04:41

    「────手土産は後で用意するとして、日程は日帰りでいいのか?」
    「一泊二日でお願いしまーす♪」
    「土日両方ってことね、じゃあ申請を出して、俺が泊るところも確保しないとな」
    「そこはカレンの方で準備済だから、お兄ちゃんは気にしないで」
    「そうなの?」
    「うん、ちょっと狭いかもしれないけど、とってもカワイイお部屋なんだよ?」
    「……ん?」

     手配する、というよりもすでにある、みたいな言い方が少し引っかかる。
     だがカレンのやることだ、段取りなどについては万に一つも心配はいらないだろう。
     週末の準備は順調に進んでいる。
     だけど何故だろう、帰ってこられない沼に、ずぶずぶと足を踏み入れている気がするのは。

    「……あっ、そうだカレン、俺からも一つだけ注文いいかな」
    「お兄ちゃんからそういうの、珍しいね?」
    「うん、でもこれは大事なことだからさ────ご家族の前で『お兄ちゃん』は無しで」

     三年間ですっかり馴染んでしまった呼称であるが、さすがに家族の前ではまずいだろう。
     カレンは嫌がるかもしれないが、ここはなんとか飲み込んでもらわないといけない。
     相応の反発を覚悟していたのだが、意外なことに、カレンはにんまりとした笑みを浮かべていた。

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:05:01

    「……あはっ、わかってるよ、お兄ちゃん♪」
    「そっ、そっか、それならいいんだけど」
    「ちゃんと別の呼び方を使うから、その代わり、カレンからも一つだけ注文」

     そう言うと、カレンは軽い足取りで俺の隣へと駆け寄ってくる。
     そして少しだけ背伸びをして、耳元で、小さく、そして甘える声色で囁きかけた。

    「しばらくお預けされる分────カレン、『お兄ちゃん』をたっぷり堪能したいなあ♪」

     脳にカワイイが染み入るような感覚に、一瞬くらっとしてしまう。
     けれどそこはなんとか踏みとどまって、俺は口元を緩めて、カレンの頭に手のひらを乗せた。

    「……とりあえず、手土産を一緒に選びに行こうか」
    「はぁい♪」

     カレンは軽快な返事をすると、俺の腕にするりと自らの腕を絡ませた。
     柔らかな感触と暖かな温もり、そしてふわりと漂う清楚で可憐な、フルーティーな香り。
     いつもなら注意をするのだけれど、まあ、今日くらいはいいかな。
     腕を組んだ状態のまま、俺達は街へと繰り出すため、トレーナー室の扉に向けて歩みを進める。
     その時カレンは、聞こえないくらいのささやか声で、ぽつりと呟く。
     にやりと、妖艶な笑みを浮かべながら。

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:05:15

    「………………もうすぐ、お兄ちゃんとは呼べなくなっちゃうかもしれないしね?」

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:06:09

    お わ り
    アイサツは大事 古事記にも書かれている

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:06:37

    立て&乙
    トレカレありがてぇ…

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:10:28

    とても良かった!
    実際この二人の馴れ初めすごくすごいから盛り上がるだろうな...

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 20:21:31


    タイトルとカレンちゃんのスレ画でもう不穏だった

  • 13124/06/25(火) 23:17:24

    >>10

    この二人いいよね・・・

    >>11

    人生がドキュメンタリーすぎる

    >>12

    フラグにしか見えないですよね

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 00:49:18

    読みやすい上に想像しやすい良いSSでした、乙乙

    何とは言わないけど、お兄ちゃんが気が付くのは堀どころか本丸落とされた後になってそうですなぁ(すっとぼけ)

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 06:35:21

    >>14

    きっと一矢報いるべく総大将に突撃くらいは決めてくれるでしょう

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