【SS】あなた達に、感謝の一杯を

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:21:00

     校舎の外れ。雑多で不思議な物ばかり置かれたその部屋に訪れる機会はそこまで多いわけじゃない。月に1回、くらいだろうか。
     最近はその頻度がじわじわと増えていっているのは自分でも気づいていた。そのことが別に嫌というわけでもないけれど。

     ただ、訪れる機会が増えるということは面倒な人物の面倒な事態に遭遇する可能性も増えるということで。私は警戒を怠ることはない。
     最近妙に周りが騒がしいのだ。これ以上騒がしくなってたまるものですか──。
     そう断固として思っているはずなのに、自然と口角が緩むのは……気のせいだと思う。

    「……」
     その部屋に至る廊下の手前で、しっかりとウマ耳を澄ませる。
     面倒な部屋の主……二人いるうちの一人は、この日時にはいないともう一人の主から聞いてはいたもののもちろん油断はできない。超光速の粒子がどこに出現するかなんてわからないのだから。
     幸い、その厄介な気配は感じない。今は。
     それを十二分に確認してから私はスタスタと部屋に歩み寄った。

     ノックを二回。
    「……はい、いますよ……」
     小さな、綺麗な声を聞いてから私は部屋のドアをそっと開ける。

    「こんにちは、カフェさん」
    「……こんにちは、アヤベさん。……こちら、準備してありますので……」
     私の目当ての人物は小さくほほえみながら、手前にある机の上を指さした。
     大人しく佇む、よく使い込まれたコーヒーミルを。

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:21:11

     マンハッタンカフェさんからコーヒーの教わるようになったのは偶然。
     なにかの催しの中、彼女がカフェテリアで振る舞っているコーヒーを口にして、その美味しさに感動して。
     どんな豆を使っているのか教えて欲しいと聞いたのがきっかけだった。

    「……夜。静かな、暗い空の下……星だけに集中したい。天体観測に向いたコーヒー、ですか」
    「ごめんなさい。曖昧で変な注文をしてしまって」
    「……いえ、そういったシチュエーションに合うものを考えるのも、楽しいですから……」
     初めて訪れた旧理科準備室。そこで彼女は長い漆黒の髪の下で笑みを浮かべて、戸棚からいくつかコーヒーの袋を取り出してくれた。

     ”あの子”の気配に触れるために、星空の下で夜を過ごす時間。
     それをできるだけ長くするために私はカフェインの含まれているものを口にすることがしばしばあった。紅茶とか、コーヒーとか。
     別になんでも良かった。あの子をできるだけ近く、長く感じられるのならなんでも。

     それにこだわり始めたのはいつからだろうか。
     あの子にも飲ませてあげたいと思い、自分とさらにもう一杯を用意するようになったのはいつからだったか。しっかりと覚えていない。
     でも、それならちょっとくらい良いものを一緒に飲みたいわよね。あの子が喜んでくれるくらいのものを。と思った気持ちは忘れていない。もちろん今だって。
     その意味合いは、ほんの少しだけ変わってしまったけれど──。

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:21:24

    「!……美味しい。酸味もコクも程よくスッキリしていて……邪魔されない、そんな感じがするわ」
    「……口にあったようで、よかったです……」
     そう言ってカフェさんは笑みを浮かべて。その直後、真顔に戻ってから私を覗き込んできた。
     私の奥、あるいは隣。あるいは……その中に居てくれるものを黄色い瞳で捉えるように。

    「な、なに?」
    「………いえ……このコーヒーですが、少し持っていかれますか?」
    「ありがとう、いただくわ。あと、これの銘柄も教えてもらえないかしら?」
    「……はい。もちろん……でも、これは豆でしか売っていないと思います」
    「そう……」
     私は口に手を当てて考える。店で挽いてもらったらそこまで長くは保たないということは彼女から聞いていた。
     キャンプ用具としてドリッパーは持っていても、コーヒーミルまでは持っていない。先月はシューズと蹄鉄を新調した。これ以上懐に余裕はない。でも……。

    「……こちらに持ってきていただければ、いつでも挽かせていただきますよ。……コーヒーミルはここにありますので……」
    「いいの?」
    「はい」
    「わかったわ。じゃあ──」

     ──これがこの時間の。彼女との一時の始まりだった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:21:36

     カフェさんの選んでくれた豆。それを彼女は手回しのミルでゆっくりと挽いていく。
     挽き方一つで味が変わることもカフェさんから教わったことだ。

    「……寂しくは、ありませんか?」
     ふいに彼女が気遣うように私に問いかける。その努めて優しげな言葉にウマ耳が揺れてしまう。
     彼女の視線は私の中にあるものを捉えようとして……焦点が定まらないまま瞳を反らした。それがもういないことを察しているかのように。

     そう。あの子はもうここにはいない。星空の彼方に旅立ってしまった。私の運命と一緒に。
     夜空の下で星を眺めても、遠く、遠く感じるくらいの遙か先に。

    「……そう、ね。正直言うと、寂しいわ。でも」
     私は唇を少し湿らせる。
    「でも?」
    「いつか会えるから。それまでにもっと……その、いろんなことを頑張らないといけないのよ、私は。だから寂しく思う暇なんてない」
    「……そう、ですね。……いつか必ず会えます」
     私のほんの少し胸を張ってみせた言葉を耳にして、彼女の瞳から心配する色が消えるのがわかった。

    「カフェさんは……追いかけるのは、大変ね」
     私も試しに聞いてみる。彼女が追い続ける”あの子”について。
    「……はい。でも、いつか私も追いついてみせますから……大変と思うこともありません」
    「そういうものよね」
    「そういう、ものです」
     そして二人して笑みを浮かべて見せる。

     そこにいない、あるいはいる人を相手に。

  • 5二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:21:51

    「ところでカフェさん。……新しいコーヒーを選んで、というか教えてもらってもいいかしら」
    「はい………どういったものを?」
     私は少し躊躇う。そして恐る恐るそれを口にした。

    「……キャンプで。みんなと、楽しめるものを」

     まっすぐ私を照らしてくれた彼女が、「すごい、すごくおいしいです、アヤベさん! なんていうか、わ~、え~と、すっごくおいしいです!」と語彙を失くして喜んでくれるくらいの。

     いつも騒がしくて仕方がないあの子が、「ふっ……実にボクにふさわしい味と言えるかな!」くらいの美辞麗句で留まる、言葉数を減らしてしまうような美味なものを。

     苦いものが苦手らしいあの子がミルクと砂糖を入れて「わぁ~、美味しいですぅ~」と楽しめるくらいの。

     「じゃあ、みんなで写真撮りましょ~❤ ウマスタにアップしちゃっていもいいですよね?」といつもいつもカワイく見守ってくれるあの子が、ハイテンションになるほどの。

     そして、ずっと私を支え導いてくれたあの人が、いつもと変わらない「ありがとう」の言葉とともに喜んでくれるものを。

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:22:02

     そんな万能ですべてを満たすような味はないとわかっているけれど。
     それでも……私を寂しさからすくい上げてくれたあの人達に、感謝の気持ちを伝えられるようなものを。
     この気持ちを持ったまま、いつか”あの子”に会いに行けるようなものを。

     それから。
     いつもお世話になっているカフェさんも、一緒に飲んで楽しめるものを。

     気持ちがいっぱいになって結局口からは何も出なかった。でも。
    「……わかりました……」
     彼女はコクリと頷いて。少し考えてから戸棚へと向かう。

    「もうしばらくすると、ユキノさんもいらっしゃる予定なんです。飲みやすく、場の和むを出すつもりなのですが……もしよければ、一緒にいかがでしょう……」
    「ええ。ありがとう。いただくわ」

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:22:13

     そして再び、ゴリリ、ゴリリと音を立ててミルが回る。
     その音に混じって遠くから優しい足音が聞こえてくる。
     厄介なこの部屋のもう一人の主の足音も。
     「アヤベさんも、こちらに来られているんですよね?」と真面目そうに問いかける声までも。

    「にぎやかになりそうね」
    「……はい……」
    「困ったものね」
    「……そう、ですね。……でも、たまにならそういう時間も悪くない、と思います」
    「そうね。わたしもそう思うわ。たまになら、だけど」

     そして私達は揃って笑みの多めな苦笑を見せあい。
     大切な人たちを迎え入れる場所を整え始めた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:23:09

    おしまい

    劇場版ウマ娘にて、アヤベさんがカフェのスペースにいるのが感慨深くて書いてしまいました。

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:26:04

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  • 10二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:26:27

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  • 11二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:26:52

    波長は合いそうよなこの2人
    いいぞ~これ

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:27:08

    暖かい物語だなぁ……
    妹さんが行ってしまった後の成長したアヤベさんを感じられて良きかな……

  • 13二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:27:13

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  • 14二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:27:56

    カフェのコーヒーミルってどこのメーカーなんやろか

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:28:07

    良いなぁ……もっとこういう話頂戴

    あとスレ主さん
    例のインコが沸いてるから削除で対応した方が良いよ

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:28:43

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  • 17二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:30:12

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  • 18二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:30:43

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  • 19二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:30:56

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  • 20二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:31:18

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  • 21二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:32:46

    >>15

    >>18

    喧しいのは分かるけどインコ呼びなのはどっかから広まったのか?

    いやまあ無闇矢鱈にきつい言葉を使うあたりセンスってものが無さそうな奴ではありそうだけどさ

  • 22二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:33:19

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  • 23二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:35:34

    >>21

    ウィンディちゃんの相談スレからやね

    喚くだけで相槌打ってるように見えるからインコ


    それはそうと良SSいいぞ^~これ

  • 24二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:36:34

    >>21

    スレチになるけどSS相談スレで荒らしてた時にインコみたいなもんだから放っておけが始まりかと

    同じような荒らし方だし


    それはそれとしてカフェとアヤベさんのコンビという良い話と概念を聞かせてもらったわ

  • 25二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 22:38:13

    >>23

    ありがとう

    インコにしては育った環境が悪そうだな

    そのまま声が嗄れて欲しいもんだけど


    それはそれとして俺はこの手の文章を書くやつは偉いと思うんでこれに懲りず書いてくれよスレ主

    鳴き声なんぞに負けずにさ

オススメ

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