【SS】女帝の杖

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 06:23:30

    『休む時はキッチリ休むんだよ、ここの掃除なんて考えなくていいから!俺いるから自分でやるし』

     週末の休養日、昼前のトレーナー室。女帝エアグルーヴは呆れた様子でその男を見下ろしていた。
     大股を開いてソファに沈み込み、ベルトを外して緩めたスラックス。そこからお別れしたシャツの下は腹部が丸出しで、幾筋かの掻き跡が残って見える。
     数日前に掃除と整頓をしたばかりの室内も、既に散らかり始めていて――

    (よくも自分でやるなどと、どの口で言ったのやら。それにクーラーを入れっぱなしでこの格好……いくら夏でも風邪をひくぞ、全く)

     近くに畳んだままのタオルケットを見つけ、掛けてやろうとしたその時。規則的に上下する肌に目を奪われる。

    (……こんな所、あまり見る機会も無かったな。私達はともかく大人の体は……しかし、これが普通の男なのだろうか)

     太ってはいないのだろうが、自分達のように鍛えている時間もないはず。さりとて他の誰かと比較できる程に成人男性を見てもいないため、彼女はトレーナーの肉体を評価しかねていた。
     ほんの知的好奇心から、晒された部分にゆっくりと手が伸びてゆき――そして触れる直前。ヴィン、と小さな音と振動に不意打ちを受ける。

    「ひゃ」

     音の主はソファの端に置かれたスマホだった。通知のランプがチカチカと点滅している。どうやらLANEか何かの着信らしい。

    「驚いた。……?」

     普段トレーナーは野良猫の尻だの、変な形の雲だのを撮っては待受画面に設定しているのだが、今回は様子が違う。
     真夏の陽光が燦々と降り注ぐ海水浴場で、若い男女数人の集合写真。その中の一人は間違いなく彼だった。

    「今より少し若い……大学のサークル、とかだろうか。しかしなんだこの、一人だけブーメランみたいな水着は……お調子者め。
     !?」

     再びタオルケットを手に取ろうとしたエアグルーヴは、写真の中の隆起に思わず二度見した。
     と言ってもブーメランの中身ではない。今見えている箇所が明らかに別物である。

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 06:24:36

     キレている、と言うのだろうか、腹筋がクッキリと分かれている。腕や脚も今より太く、筋肉がガッチリと感じられた。
     ある程度納得はできる。この男、筋トレに一度ハマったら際限なく鍛えそうではあるからだ。
     しかしそれならば――どうして、今は鳴りを潜めてしまっているのか。エアグルーヴは今度は速やかに、知的好奇心を満たすべく動いた。

    「腹は……ふむ、腕は……脚は……」

     眠っているとは言え、写真の中の肉体からは想像のつかない感触である。もう少し硬そうなものだが。

    「少し油断し過ぎではないか?あれだけ鍛えた筋肉が数年でこの状態とは、いささか勿体な……」

     そこまで言ってから、数年の間に何があったのか、その正体に思い至った。

    「私……か」

     契約を交わして以降、彼は陰に日向にエアグルーヴを支え続けて来た。夜を徹して机に向かう事も、三食をおざなりにする事も珍しくはない。
     そのたび小言を繰り返し――つまり、それはずっと続いていたのだ。その結果が今ここに出ている。

    「このたわけめ……。いつも無理をしおって。私のために倒れたりしてみろ、許さんからな」

     緩やかにトレーナーを撫でるその手つき、その眼差しは、やや険のある言葉に反して愛しげでさえある。

    「無理って程でもないさ」
    「うわあぁ!?」

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 06:25:24

    「う~ん……よく寝た」
    「ち、違うぞ?これは、その……」

     ゆったり伸びをするトレーナーに対し、日頃の物腰からはかけ離れた狼狽ぶり。

    「それ、掛けてくれようとしてたのか。ありがとう」
    「……そ、そうだ。暑いからと言ってだな、そんな調子では風邪をひくだろう。大人として、トレーナーとしてだな……」
    「……別に良いのに」
    「良い訳があるか!」
    「そうじゃなくて……ファ~、君だって健康な女の子なんだからさ。男の体に興味があるのは自然な事だからね、そんな必死で隠さなくても……ね……?」

     エアグルーヴの顔が見る見る紅潮し、その目にうっすらと涙が滲む。

    「た、たわけぇ!」

     ばっちん、と気の抜けた音がトレーナー室に響く。

    「……俺、悪くなくない?」
    「そうかもしれんが……!いや、起きているなら!早く言わんかっ!」

     気の抜けた音が、もう一つ。
     エアグルーヴが落ち着きを取り戻し、トレーナーに謝り倒すまで、まだ幾らかの時を要する。

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 06:26:13
  • 5二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 06:30:44

    慌てる女帝は鬱病に聞くからな

    尊いSS感謝

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 07:25:12
  • 7二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 07:56:46

    おつ
    たわけは鍛えなおしたりするのかな?マッスルメモリーがあるから割とすぐ筋肉復活するかも

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 08:05:43

    >>7

    感想ありがとうございます!

    若い時に運動してると衰えにくいそうなので期待しちゃいますね

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 08:17:06

    道化なたわけ好き

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 09:40:52

    姉ジャラッシュの今、初期勢の供給はありがてぇ…

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 16:25:58

    やっぱり女帝はかわいいな

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 21:02:40

    感想ありがとうございます!

    >>9

    たまに見せる隙、みたいなのが良いですよね

    >>10

    姉ジャいっぱいで追い切れてません…

    >>11

    とても わかる

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