(SS注意)癒し

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:54:37

    「さぁさぁ、トレーナーさん、こちらへどうぞぉ~♪」
    「あっ、ああ」

     彼女は柔和な笑みを浮かべて、俺に向けてそう告げた。
     鹿毛のふんわりとしたポニーテール、ピンク色の可愛らしい耳カバー、おっとりとした雰囲気。
     担当ウマ娘のダンツフレームは、部屋の床に女の子座りをして、自らの脚をぽんぽんと触れる。
     制服のスカートから伸びた、とても柔らかそうな、丸みのある太腿。
     彼女はそこを手でそっと撫でながら、言葉を続ける。

    「遠慮なく、ここに頭を乗せてくださいね?」

     ダンツは、さも当然のように俺のことを自らの膝の上に誘う。
     そのぱっちりとした瞳に、純粋な厚意のみを湛えながら。
     彼女のあまりに魅力的な提案に、足がいつの間にか、一歩、また一歩と進んでしまう。
     しかし、担当にそこまでさせていいのか、という今更な疑問が、その歩みを止める。
     
    「……トレーナーさん? あの、やっぱり、迷惑でしたか?」

     こてんと小首を傾げて、しゅんとした様子で俯いてしまうダンツ。
     ────理性の歯止めとは、なんと脆く、儚いものなのだろう。
     悲し気な顔が目に入った瞬間、俺の足は再び動き出してしまったのだから。
     気が付けば彼女の隣へと辿り着き、腰を落として、口を開いていた。

    「そんなことないよ、キミの気持ちは、とても嬉しい」
    「……っ! ふふっ、良かったぁ……それじゃあ、どうぞ、いっぱい準備をしてきましたから」
    「……うん」

     再びぱあっと花開くダンツの笑顔に、俺は頷いて見せる他なかった。
     そもそも、この状況になった原因は、俺自身にあるのだから。

  • 2二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:54:52

    「……──さん、トレーナーさんっ!」

     慌てたような呼び声に、意識が浮かび上がり、瞼の幕が上がる。
     目の前には、心配そうな表情でじっとこちらを見つめる、ダンツの顔があった。
     ぼーっとした思考のまま、今日初めて顔を合わせた相手にする行動を、条件反射で実施する。

    「……おはよ、ダンツ」

     右手を上げて、朝の挨拶、まあ、今は昼過ぎだけれど。
     声に出した直後、理性が舞い戻り、我ながらなんとも間抜けだなと自嘲してしまいそうになる。
     けれどそれは、安堵のため息をつくダンツによって、遮られるのであった。

    「よっ、よかったぁ……! もう、倒れちゃったのかと思いましたよ……っ!」
    「そんな大袈裟な、ちょっと居眠りをしていただけだって────ってうわあ」

     心配するダンツに弁明しようとする矢先、俺は周囲の状況に気づいた。
     デスクに突っ伏す形で眠っていたのだが、周囲には紙の資料が散乱し、床にまで落ちている。
     それどこか缶コーヒーが倒れ、転がっていり、中身が零れてしまっていた。
     …………うん、これは誤解されても仕方がないな。
     俺は苦笑いを浮かべながら、周囲の片付けを始める。

    「あっ、あはは、またやっちゃったよ、驚かせてごめんね?」
    「……また?」

     ダンツの耳がぴくりと反応し、口元が引き吊る。
     つい、余計な一言を付け足してしまったようだ。
     最近は仕事に追われていて、こうして寝落ちしてしまうことが多かった。
     無論、トレーニング中はそんなことないのだが、どちらにせよあまり良いことではない。
     もっと眠気覚ましに効く飲み物を買おうかな、そう考えながら、俺は笑顔を作る。
     こちらの事情で、担当に余計な心配をかけてはいけない。

  • 3二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:55:07

    「まあ、ひと休みして大分すっきりしたから、もう大丈夫だよ」
    「…………ひと休み?」

     刹那、ぎゅっとダンツの耳が絞られる。
     顔を俯かせて、ぷるぷると全身を震わせて、尻尾はピンと立ったまま。
     どうしたのだろうと思い、声をかけようとした直前、ばっと彼女の顔が持ち上がる。
     そこには、穏やかな彼女には似つかわしくない────怒りの表情が浮かんでいた。

    「トレーナーさん! ちゃんとに! 休んでくださいッ!」
    「えっ、あっ、はい!」

     響き渡る、ダンツの怒号。
     それは契約してから一度も聞いたこともない声であり、俺は思わず背筋を伸ばしてしまう。
     眉を吊り上げながら、じっと俺を射抜く彼女の瞳には、じんわりとした潤みが混じっていた。

    「わたし、本当に心配したんですよ!? あなたに何かあったらって、不安で不安でっ!」
    「……ごめん」
    「ぐす……そしたら初めてじゃないって言われて、あの有様で休んだとか言われてぇ……!」
    「…………すいません」

     ダンツは目から涙を溢れさせ、感情を吐露する。
     とても、心に来た。
     心優しい彼女のことだ、あんな状態で眠っていた俺を見れば、そりゃあ心配もするだろう。
     そんな彼女に対しての俺の行動は、あまりにも無神経なものだったと言わざるを得ない。
     一切の反論の余地はなく、ただただ、彼女の言葉に打ちのめされる他なかった。
     やがて彼女は、目元の雫を指先でぬぐいながら、少し言葉のトーンを落とす。

  • 4二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:55:31

    「『毎日ひと休み』は、とても大事なんですから……これはミラ子先輩の受け売りなんですけど」
    「……悪かった、今後は、ちゃんと気を付けるから」

     俺は、謝罪の言葉を口にする。
     トレーナー失格と言われても仕方のない大失態だ。
     二度とこんなことがないように、今後は少なくとも────。

    「────わたしの前ではちゃんとしないと、なんて考えてませんか?」

     ダンツの言葉が、鋭く飛んでくる。
     考えていたことをそのものを言い当てられて、思わず息が止まってしまう。
     そんな俺の様子を見て、彼女は呆れたように、大きなため息をついた。
     
    「……本当は明日、お出かけに連れて行ってもらおうと思ったんですけど、気が変わりました」
    「……えっ?」
    「トレーナーさん、明日は一日お家に居てください」
    「あっ、いや、キミが行きたいところがあるなら、そっちを────」
    「……いいですね?」
    「…………はい、トレーナー、家にいます」
    「…………まったくもー」

     じろりと睨まれて、俺は小さくなってしまう。
     それを見て、ダンツは少し困ったように、微笑むのであった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:55:46

     そして翌日。
     この日は学園とトレーニングもお休みの日。 
     起きて仕事、とも考えたが、昨日のダンツの顔が浮かんで、思いとどまった。
     彼女もゆっくり休め、という意味で家に居ろと言ってくれたのだ。
     今日はしっかり休んで、また来週に備えよう。
     そう考えて布団にくるまった────その瞬間、ぴんぽん、とインターホンが鳴る。
     
    「……? 誰だろう?」

     トレーナー寮に勧誘はまず来ないし、荷物が届く予定もない。
     俺は首を傾げながら最低限の着替えをして、リビングへと向かう。
     そして備え付けられているテレビ付きインターホンのスイッチを押し、目を見開くこととなった。

    「ダッ、ダンツ?」
    『……あっ、ちゃんと言う通りに、家に居てくれましたね?』

     そこには、ダンツが手を小さく振る姿が写し出されていた。
     様々な疑問が浮かんでは消えるが、それどころではない。
     
    「ちょっ、ちょっと待っててね!」
    『えっ? あっ、はい』

     一旦インターホンのスイッチを切ってから、まずは最低限の身嗜みを整える。
     次に部屋の片づけ、あまりダンツを待たせるわけにもいかないので、そこそこで済ませた。
     そしてそのまま慌てて玄関先に行き、扉を開ける。

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:56:00

    「おっ、お待たせ……!」
    「こっ、こんにちは、なんか、変なタイミングで来ちゃいましたか?」
    「何もしてなかったから大丈夫……ごめんね、来ると思ってなかったから」
    「……わたし、昨日行きますって言ってませんでしたっけ?」
    「……いや、家に居て欲しいとは言われたけど」
    「…………それは、そうなんですけどぉ」

     ダンツは少し困ったような表情で、こめかみに手を当てる。
     彼女はオフだというのに学園の制服に身を包み、荷物の入ったトートバックを手にぶら下げていた。
     そして、意を決したようにこちらに視線を合わせて、はにかんだ笑顔で口を開く。

    「今日、わたしは────トレーナーさんを癒しに来たんですよ?」

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:56:10

    「……」
    「……」

     リビングにて、俺とダンツはテーブルを挟んで、何故か正座で向き合っていた。
     彼女は表情を硬くし、耳と尻尾をぴょこぴょこ忙しなく動かし、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
     ……まあ、俺も似たようなものだろう。
     沈黙が少し辛くなってきたので、俺はとりあえず思ったことを問いかけることとした。

    「えっと、なんで今日制服なの?」
    「……お恥ずかしいのですが、その、男の人の家に行った経験がなくて」
    「そっ、そうなんだ」
    「何を着て行けば良いかわからず、散々迷った挙句、制服になってしまって」

     照れたようにダンツは頬をかいて、苦笑いを浮かべる。
     彼女の私服姿は、彼女らしさが良く表現したとても愛らしいものである。
     しかし、この特異な状況下ではいつもの制服の方が落ち着き、正直助かっていた。
     一つの疑問が解決して、次の疑問に移る。
     それこそが、最大の謎といっても良かった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:56:22

    「……それで、俺を癒す、とは?」
    「……ちなみに、昨日の夜とか、今日の朝とかはお仕事はしてないですよね?」
    「…………してないよ」
    「…………なんで間があったんですか?」
    「いや、本当にしてない、しそうにはなったけど、君の顔が浮かんで思いとどまったんだ」
    「そっ、そう、ですか」

     ダンツからのジトっとした追及に耐えられず、正直に白状をしてしまう。
     呆れられるかな、と思ったが、彼女は何故か少し頬を染め、ふっと目を逸らすだけだった。
     そして彼女は、小さな声で言葉を紡ぐ。

    「……多分、わたしが来なかったら、トレーナーさんは家で寝ているだけだったと思います」
    「まあ、それはそうかも」
    「だから、もっと良いお休みを過ごして欲しいと思って、色々と準備してきたんです」

     そう言って、ダンツは傍らに置いていたトートバックの中身を取り出す。
     筒状の機会、紅茶のパックのようなもの、何かのオイルなど種類は多種多様だ。
     そして彼女は、柔らかな笑みを浮かべて、俺に言い放つのであった。

    「だから、今日はたーっぷり、癒されてくださいね?」

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:56:35

    「……ふぅ、ハーブティーって初めて飲んだよ」
    「あたしもミラ子先輩に教えてもらったんです、美味しいですよね~」
    「ああ、それになんというか、落ち着く匂いというか」
    「ハーブティーは匂いを嗅ぐだけでもリラックス出来て、種類によって様々な効能があるそうです」
    「ちなみに、これは何のハーブなの?」
    「アイブライトっていって、目の疲れに効果があるらしくて」
    「へえ、このクッキーもすごい美味しいけど、これもなんか癒し効果が?」
    「それは……そのぉ……わたしが、作ってきたやつです、えへへ」

     嬉しそうに、ダンツは笑みを零す。
     あの後、即座に朝食を摂っていないことを見抜かれたため、食事がてらのティーパーティとなった。
     朝食として適切かどうかはともかく、ハーブティーも、お手製のクッキーも絶品。
     彼女と他愛もない話を交えながら、あっという間に食べ尽くしてしまった。

    「ご馳走様でした」
    「はい、お粗末様でした、ふふっ、それじゃあここからが本番ですよー?」
    「……もう十分すぎるくらいだけど」
    「いえいえ、ミラ子先輩直伝の癒しコースはまだ半分にも達してませんから!」
    「そんなに」

     そう言いながら、ダンツはいそいそと準備を進めて行った。
     筒状の機械にボトルのようなものを入れて、電源を入れる。
     すると機械の天辺から、白い蒸気のようなものが立ち昇っていく。
     部屋の中には、ほのかではあるが、まろやかでミルキーな甘い香りが広がっていった。

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:56:50

    「……良い匂いだけど、これは?」
    「アロマディフューザーです、借り物なんですけど……この香り、大丈夫そうですか?」
    「ああ、少し落ち着くというか、なんというか、俺は好きだよ」
    「わたしもお気に入りのものなんです、トレーナーさんが気に入ってくれて、嬉しいです」

     ダンツの尻尾が、楽しげにゆらりと揺れる。
     アロマなどにあまり興味はなかったが、なるほど、これは悪くないのかもしれない。

    「じゃあ、今度はマッサージをしていきますね?」
    「……マッサージ?」
    「はい、あまり本格的ではないですか、顔や目元、耳なんかをしっかりほぐすんです」
    「…………ええと、そこまでしてもらうのは」
    「今日はこれをしに来たようなものですから、無理矢理でもやらせてもらいますからっ!」

     そう言って、ダンツはぎゅっと手を握る。
     彼女は、頼まれると断れないくらい押しに弱いタイプだが、その実、本人の押しは割と強い。
     自分自身がこうと決めたら、その道を曲げない強さがある。
     そのことは、今まで隣で彼女を見て来たことで、俺は良く知っていた。
     ……多分、断ろうものなら、押さえつけてでも実行しようとすることも。

    「……じゃあ、ちょっとだけ」
    「はいっ♪ それじゃあ、わたしの膝の上に頭を乗せてくださいねっ!」
    「わかったよ、ダンツ……………………いやごめんちょっとまって」

     今、俺はなんと言われたのだろうか。
     さすがに勘違いだろうと思いながら、ダンツへ視線を向ける。
     彼女は床にぺたんと座り込み、手招きしていた。
     軽く、自らの太腿を撫でながら。
     
    「さぁさぁ、トレーナーさん、こちらへどうぞぉ~♪」

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:57:15

     ────そして、冒頭の状況になったわけである。

    「天井を見るよう、仰向けで横になってくださいね?」

     言われるまま、俺はまずダンツに背を向ける形で腰を落とす。
     ここまで来ても、本当に良いのかという思いが拭えず、さりとて抗うことも出来なかった。
     彼女の思いやりを、無下にはしたくないという気持ち。
     そして、彼女の膝枕があまりに魅力的で、堪能してみたいという正直な気持ち。
     その二つの想いが、俺の身体をゆっくりと、動かし続けていた。

    「……はい、そのまま、ごろーんとしてくださいね?」

     ダンツの優し気な声が、鼓膜を揺らす。
     その響きはまるで魔法のように俺の脳に染み渡り、身体をゆっくりと傾けさせた。
     とても長く感じる一秒間を経て、俺の頭は、彼女の太腿へと着陸する。

     ぷにっと────と柔らかくてハリのある感触が、後頭部を包み込んだ

     奥からは鍛えあげられた筋肉を感じるが、表面はもちもちで、ふわふわ。
     じんわりとした暖かな彼女の体温が、優しい温もりとなって、身体を温めてくれる。
     漂う、アロマより甘ったるい匂いと、微かに混ざる汗の匂い。
     視界には天井ではなく、覗き込んでくる、慈しむようなダンツの顔があった。

    「あはっ、どうですか? ミラ子先輩やポッケちゃんお墨付きの、わたしの膝枕は?」

     何やらとんでもない情報が明かされたが、兎にも角にも心地良い。
     しかし、どうにも緊張してしまい、身体には力が入ってしまう。
     そんな様子を目にして、ダンツは困り顔で眉を歪ませた。

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:57:29

    「うーん、もう少し、リラックスして欲しいんですけど……ちょっとずつ、慣れてくださいね」

     そう言いながら、ダンツの手が俺の目元に触れて、ぴたりと止まる。
     そのまま、彼女の柔らかな指先は、目の下をすりすりと撫で始めた。
     少しだけこそばゆいけれど、どこか、安心する触り方。

    「……ここの隈、昨日よりは良くなってますね」

     ダンツは目の下の辺りを、を指の関節を使ってぎゅっと押し込まれる。
     目頭、こめかみとともにプッシュされると、強張っていた顔の筋肉から力が抜けて言った。
     しばらくの間、そのままじっくりと、目の周りをほぐされていく。
     彼女の手つきは繊細にして丁寧、それでいて力加減も絶妙だった。
     なるほど、これなら同室や同世代の彼女達がお墨付きを与えるのも、わかるというものだ。

    「うん、すこーし目つきが、いつもの優しいトレーナーさんに戻ってきましたね?」

     安心したような声色で、ダンツはそう言った。
     ……そんなに、険しい目つきをしていたのだろうか。
     俺は素直にそう問いかけると、彼女は少し迷ってから、こくりと頷いた。

    「……はい、ずっと厳しい顔つきで、ちょっと怖いくらい」

     ────だから、元のトレーナーさんに、戻って欲しかったんです。
     ダンツはそう言いながら、耳のすぐ上辺りの、側頭部に手を伸ばす。
     そして、まるで叱りつけるように、ぐりぐりと弧を描くようにして揉み込んできた。
     少しばかりの痛みと、それを上回る気持ち良さ。
     思わず、ほっと息をついてしまうほどだった。

  • 13二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:57:45

    「あまり、無理はしないでくださいね、わたしはもっと一緒に、あなたと走りたいですから」

     寂しげな目つきで、俺を見下ろすダンツの瞳。
     それを正面から受け止めて、俺は小さな声で、ごめんと呟いていた。
     彼女の耳がぴんと立ち上がって、嬉しそうに、ほころんでいく。

    「…………約束、ですからね?」

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:57:59

     じっくりとマッサージされて、少し頭がふわふわとしてた最中。
     ダンツの暖かな手が、そっと離れる。
     汗ばんでいるせいか、彼女の手や太腿はしっとりとし始め、また別の感触がした。
     それと、汗の匂いと、彼女自身の香りも強くなって、くらくらとしそうになるほど。
     ……アロマディフューザー、もう少し近くに置いてもらえば良かったかな。

    「目のマッサージはこれくらいで良いとして、それじゃあ次は耳の…………あっ」

     ダンツが目を丸くし、ぽかんと口を開け、魔の抜けた声を出す。
     何事かと思ってみていると、耳をぴこぴこと動かしながら、顎に手を当てて考え込んでしまった。

    「ミラ子先輩やポッケちゃんにはしてあげたけど、ヒトの耳のマッサージは初体験、ですね」

     するとダンツは悪戯っぽく笑いながら、顔を近づけて来る。
     彼女の暖かな息吹が顔にかかるくらいの距離で、囁くように言葉を伝えて来た。

    「……優しくしますけど、痛かったら、すぐに言ってくださいね?」

     俺が肯定の返事をすると、ダンツは満足そうに頷いて、顔を離す。
     直後、とくとくと、何かが零れるような音が聞こえて来た。
     顔を動かしてその音の方を見てみれば、彼女が手のひらに油のようなもの出しているところだった。

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:58:20

    「オイルを使っていきますね、ちょっとヒヤッとしますよー?」

     オイルを馴染ませたダンツの両手が、そっと耳全体を包んだ。
     最初は冷たくてびくりとしたが、少しずつ彼女の体温に紛れていく。
     耳を塞がれて、音が遮られて、聞こえて来るのは、微かに聞こえる彼女の息遣いと、彼女の音。
     何故か、妙に落ち着く。

    「これ、気に入りました? ふふっ、ウマ娘の耳じゃ難しいのでトレーナーさん専用ですね」

     ────また、後でやってあげますから。
     そう言って、彼女は手を外し、今度は人差し指と中指で、耳を挟み込む。
     少し粘度の高い音を響かせながら、耳全体を上下にほぐしていく。
     彼女の指先はにゅるにゅると擦れて、それが何だか、妙に恥ずかしい。
     けれど、気持ちが良いのは事実で、血流が良くなったせいか、耳がじんわりと熱くなっていく。

    「じゃあ、今度は耳たぶを揉みまーす……おおっ、ぷるぷるしてて、すっごい柔らか……っ!」

     ダンツは耳たぶを摘まんで、驚きつつ、嬉しそうな声を上げた。
     そんな面白いものではないと思うが、彼女が楽しんでいるみたいだし、それも良いかな。
     耳たぶを指先でこすったり、揉み込んだり、ちょっと引っ張ったりと、彼女はいじり続ける。
     目をきらきらと輝かせて、夢中になってしまっているから────気づかない。
     のめり込むあまり身体が前に傾いて、頭頂部に彼女のお腹が触れてしまっていることに。
     これまた、ぷにっとした彼女のお腹の感触が、伝わっていることに。

    「~~~~♪」

     …………まあ、彼女が楽しんでいるみたいだし、それも良いかな。

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:58:37

    「はっ!? ごっ、ごめんなさい、耳たぶに時間をかけ過ぎちゃいました……っ!」

     十分後、ダンツは慌てた様子で背筋を伸ばし、謝罪を告げる。
     まあ、耳たぶマッサージも気持ち良かったし、尻尾がぶんぶん動いているのも見てて楽しかった。
     だから、大丈夫だよと俺は伝えた。
     それ以外のことは、何も伝えない。

    「…………はぁい、じゃあ、次は耳の中をちょっと指先で触りますね?」

     ダンツは、どこか含みのありそうな表情で返事をする。
     けれどそれ以上は何も言わずに、耳たぶを揉んでいた彼女の人差し指が、そっと耳の中に入った。
     
     刹那────背筋に甘い痺れが走り、身体がびくんと震えてしまう。

     彼女も驚いて手を離して、きょとんとした目でこちらを見つめる。
     俺自身も何が起きたか理解出来ず、ただ少し恥ずかしくなって、思わず目を逸らしてしまう。

    「へえ~?」

     揶揄うような声色。
     ちらりとダンツの顔色を窺うと、彼女はにやりとした笑みを浮かべていた。

  • 17二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:58:53

    「トレーナーさん、耳の中をかりかりされるのに、弱いんですね?」

     にまにまと微笑みながら、ダンツは耳の外側を指先でくるくるとくすぐる。
     それすらも、声を抑えるだけで背いっぱいにさせるには、十分過ぎた。
     口を手で塞ぐ俺に対して、彼女は心底愉しそうに目尻を下げる。

    「……そういえば、おしおきをしなくちゃ、いけませんでしたね?」

     ダンツの指先が、再び、耳の中に侵入する。
     まだくすぐったりはせず、とんとんと軽く叩くだけ。

    「わたしを、とっても心配させたこと」

     そして、ダンツの顔がぐいっと、近づいて来た。
     前傾姿勢になったことにより、頭頂部に再び、柔らかなお腹の感触が乗る。
     微かに熱っぽい目と、どこか妖艶さすら感じさせる、艶やかな笑み。
     彼女は耳の中に響くような囁き声で、そっと呟いた。

    「────こっそり、わたしのお腹を、楽しんでいたこと♪」

     かりかり、こしょこしょ、すりすり。
     ダンツの言葉とともに、彼女の人差し指は音を立てて、俺の両耳の中を蹂躙し始める。
     それから十分ほど、俺はじっくりと苛められて、甘い地獄の時間を過ごすのであった。

  • 18二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:59:07

    「すいません…………トレーナーさんがあまりにも可愛らしい反応をするので、つい」

     ダンツは、目を逸らしながら、頬を掻いて苦笑いを浮かべていた。
     ……俺が、どのような醜態を晒したのかは、墓場まで持って行く所存。
     結果として残っているのは、息を切らして、汗をびっしょりの、自分の姿であった。
     まあ、身から出た錆びだし、そもそも、そこまで嫌というわけでも、なかったし。
     なんとか呼吸を整えて、ちょっとしか気にしてないよ、と彼女に伝える。

    「ちょっとは気にしてるんですね……じゃあお詫びというか、約束通りといいますか」

     ふと、両耳が、柔い温もりに包まれる。
     それはダンツの手のひらが、俺の耳全体を包み込んでくれたからであった。
     雑音が取り除かれ、ごおーっと、彼女の音が聞こえてくる。
     静かで、暖かで、優しくて、穏やかで。
     お互いの小さな呼吸音が部屋に響き、ただただ、心地良い時間が過ぎていく。
     そして、俺の瞼が、鉛のように重くなっていった。

    「トレーナーさん、眠っても良いですよ」

     ダンツの、子守歌のような、甘い声。
     耳から手が離れて、左手で俺をお腹をとんとんと叩き、右手でさらさらと頭を撫でる。
     まるで子どもを寝かしつけるようにしながら、彼女は耳元でそっと囁いた。

    「……それでまた、一緒に頑張りましょう? ね?」

  • 19二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:59:22

     意識が、覚醒する。
     目を覚ました俺は、むくりと起き上がる。
     周りを見れば布団の中、恐らくは寝てしまった後、ダンツが運んでくれたのだろう。
     時刻はお昼過ぎ、さすがにもう帰ってしまっただろうか。
     俺が寝室を出ると、キッチンの方から、じゅーっと何がの焼ける音。
     まさかと思い、キッチンへ向かえば、そこには制服の上にエプロンを付けた、ダンツの姿があった。

    「あっ、おはようございまーす、お昼ごはん、もうすぐ出来上がりますから、座っていてください」
    「……はい」

     まあ今更、遠慮などしても仕方ないだろう。
     せめて飲み物などは準備しつつ、俺はリビングのテーブルで待機する。
     思えば、頭も身体も、妙に軽い。
     間違いなく、それはダンツの癒しの成果であった。
     ……何故か、全身に甘い香りが沁みついている気がするけれど、多分気のせいだろう。
     やがて、彼女は大きなお皿を二つ持って現れた。

    「お待たせしましたー、今日は、あの麺料理にしてみましたよー♪」

     ダンツは、妙に家庭的な姿が似合う。
     将来は良いお嫁さんになるんだろうなあ、と年寄りみたいなことを考えながら、口元が緩んでします。
     彼女はそんな俺を不思議そうに見つめながら、料理をテーブルに置き、席に着いた。
     テーブルに置かれた麺料理、それは当然。

    「はい、ミーグローブですっ!」
    「なにそれ」

  • 20二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 17:59:59

    お わ り
    ダンツフレームに耳掃除される話を書こうとしてはずなのだけれど・・・

  • 21二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 18:06:10

    ひょわ〜甘い空気に香りに感触に脳が溶ける〜
    神SS大感謝〜

  • 22二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 18:43:37

    何かと思ったらビーフンの堅焼きソバ…そういうのもあるのか!

  • 23124/06/29(土) 21:53:13

    >>21

    ダンツは絶対いい匂いがする

    >>22

    最初はパッタイでしたけどメジャーだな・・・ってなって変えました

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