- 1◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:22:17
思うに、ハードボイルドなどというものは虚勢なのだ。
大切なものを守るためだったり、途方もない夢を叶えるためだったり。そうした事を成す過程で、素直さを重荷と思ってしまう者の言い訳なのだ。
もちろん、中にはそれを重荷と思わずに成し遂げられる者もいるのだろう。だけど、実際には残酷な現実に折れて捨ててしまう者が大半のはずだ。
インクが白紙を染めるが如きその過程で、そうせざるを得なかった意味すら忘れ、屈折してしまう者もいるのだろう。
それほど素直さというのは価値あるモノなのだ。それこそ、染まってしまった者から見れば殊更に。
それを愛しいと思うべきか、懐かしいと思うべきか。
だからこそなのか。
見知らぬウマ娘に場所を譲り渡してくれたその優しさが。
共通の話題があるだけで身の上を話してくれた素直さが。
とても眩しくて暖かくて、『いい子だな』だなんて、思ってしまって―――。 - 2◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:22:47
あれはただの偶然だった。
だけど、その偶然が続くだなんて思ってもいなかった。
彼の素直さと優しさはそのままで、あの日に感じた眩しさと温かさはそのままで。
私の夢を叶えるには、彼は必須と言ってもいい人材だ。
素直で、優しくて、誠実で。旅の準備をさせるにはうってつけだ。
是が非でも確保したい。
状況を理解してからの根回しの算段は、今まで通り素早く組み立てることが出来た。
このプランであれば彼ならば絶対に断らない。いや、断れない。 - 3◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:23:01
予想外の遭遇にコバエの駆除。
いくらプランを練ったとしても想定外の事態は起こるものだ。
だが、まさか彼に露見するとは思わなかった。しかもその彼が私にカマをかけてくるとは。
とは言え、全て許容範囲内。この程度の誤差であれば軌道修正は容易い。
そう、貴方は素直で、優しくて、誠実で。
だからこそ貴方は断れない。私の張り巡らせたプランを断ることが出来ない。
そう、そして貴方は、私と鉄の契約を自ら交わすことになる。
これで貴方は逃れられない。
全て許容範囲内。多少のリスクを孕みはしたが、全ては当初の想定通り。
なのに。
何故、契約書を返した時に鼓動が激しくなったのか。
何故、彼の言葉が心に重くのしかかってしまうのか。 - 4◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:23:13
旅の準備は万端だった。
ここからアネゴが執った航路を辿り、果てへと至る。
アネゴのフォロワーとして、同じ志を持つ彼と一緒に。あの日感じた畏れと憧れの本質を確かめに。
しかしながら、その彼の言葉は想定外だった。
マスコミがアネゴの本質を理解していないのは私も同意見だった。
だが、もっと私を見てほしかった、とは……想定外だった。
いや、旅とは元来そういうモノなのだろう。百聞は一見に如かずとは正しくこれだ。
オープンレースでのパドックも、ゴールを駆け抜けた後に感じた風も、私の想像以上だったのだから。
結局、彼の言葉に乗ることにした。
この旅路が良いものになることを確信したからだ。 - 5◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:23:29
二度目の新年。私達の旅路はまだ続いている。
クラシックでは数多の嵐に打ち勝ちも、阻まれもした。
想定外の事態も多々あった。例えば、私の心境の変化も、このお茶の味も。
もっとも、オルの質問は想定内だった。オルならば恐らくはそうしてくれるだろうと。
だけど、それに対する彼の返答は……、どちらなのだろうか。
想定内でもあり、想定外でもあり……。
ただ、彼の言葉は心強くて嬉しかった。
だから、その後に私の口が滑ってしまうのも仕方ないのだ。 - 6◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:23:42
私を理解しようとする彼の姿勢が好ましい。
素直で、優しくて、誠実で、勤勉で、努力家で……。
あの日のまま変わらない、いつもの彼なのだが、最近は特に顕著だ。
だから、きちんと想いを込めてチョコレートを渡してもいいだろう。
もっとも、貴方はそれに―――それらに気づかない。
だから『一緒に食べよう』だなんて言えるのだ。
とは言え、それも想定内。
それは、とてもとても甘いチョコレート。私には不向きな、優しい貴方にぴったりの甘いチョコレート。
なのに、私が飲む苦いエスプレッソとあわせてみようだなんて。
当然、無意識なのだろうが。―――貴方は、かわいい人ですね。 - 7◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:23:58
我ながら随分と心境が変化したものだと実感する。
そこに『旅って、そういうものじゃないか?』などと発言する彼。
確かにその通りだろう。
今まで私は旅路の嵐とアネゴの航路を意識していた。
だが、旅の景色、出会った人々、実感を伴う経験……。
様々なものが影響し、積み重なったものが旅路の足跡であり、それを作ったのが私だと。
一番影響したモノは何だと思っているのだろうか、彼は。
その癖、ここぞという時に私の心境を見透かしてくる。『満足していないように、見える』だなんて。
やはり、貴方は素晴らしい。貴方は変わらず、あの日のまま―――。 - 8◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:24:11
まったく。
前言撤回をしなくてはならない。
あえて言うなら、後ろめたさになるのだろうか。
そう思ったからこそ、貴方は変わらずそのままでいて欲しいからこそ、コバエがたからないようにしていたのに。
私の匂いが染み付かないように、大事にしていたのに。
なのに『分からせてやろう、君の実力』などと。全く貴方らしくない、穏やかではない物言い。
「誰に影響を受けたのやら―――」
苦笑しながら踵を返した。そう見せた。
苦笑のそれではない上がる口角を、貴方から隠したかったら。 - 9◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:24:25
そこには私の全てがあった。私が愛する全てがあった。
用意したのは彼だ。
そんな事をされたら、忘れてしまう。白紙をインクで染めたことを。
香りを身にまとい、気を引き締める。なのに彼はその香りですら『ああ、好きだな』だなんて。
彼に眼を瞑り手を出すように伝えて、反応を凝視する。勘違いではないことを確認するために。
そこには私の望むものがあった。絶対の信頼があった。これ以上の我慢はできなかった。
「……いい子だ」
私の香りを貴方に移す。
これで、貴方は―――。 - 10◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:24:38
今日で私の旅は区切りを迎える。
だが、終わりではない。ここからが本当の旅と言っても良い。
私は彼を―――。いや、彼はどうするのか。
確信はないが、予感がある。その予感は何よりも信じられる。
しかし、やはり私は私だ。
「―――貴方はどうしますか?」
「どこまでもついていくよ」
やっぱり。
今ここに、決して破棄できない、誰にも侵せない契約が成った。
他でもない彼自身が、自ら望んで。 - 11◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:24:57
レース場に割れんばかりの歓声が響いている。
その全てが私の名を呼んでいる。
「……夢のような景色だ」
「ええ。……本当に。皆さんの夢が……とても眩しく……愛おしく感じる……」
アネゴ。
これが黄金なのですね。
この勝利と歓声だけではない。今まで見てきた全ての変化が、一筋の黄金なのですね。
そう、彼と共に歩んできたこの旅路こそが―――。
「君も眩しいよ」
「貴方のそういうところだけは、変わらない―――」
まったく。
素直で単純というのも困りものかも知れない。
でも、そんな貴方だからこそ、私は貴方と共にこの旅路を歩むことが出来た。
そんな貴方だからこそ、私は貴方を愛おしく感じる。
「そうでもないさ」
「……と、言いますと?」
「ジャーニーってさ、かわいい所あるよね」
「なっ―――」
突然何を!?
「これからは言われる前に伝えていくつもりだよ」
「―――」
……なるほど。
気づく程度には分析力をあげたと言いたいようだ。
確かに私を理解しようとするその姿勢は好ましいと思っていた。
ですが、そういう所は別に気づかなくてもいいんですよ。
「……ナマイキな子だ」
まったく。
誰に影響を受けたのやら―――。 - 12◆BAPV5D72zs24/06/30(日) 10:25:44
完走した感想ですが途中ガバもありましたがこれが一番早いと思います。
- 13二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 10:47:26
乙でした
シナリオ内のドリジャまさしくこんな感じですわ… - 14二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 10:48:59
とても良きでした
- 15二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 17:06:30
思っていることを声に出すのが多分一番早いと思うんだよなぁ