(SS注意)おめかし

  • 1二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:00:36

     メガドリームサポーター。
     サトノグループが開発した、ウマ娘とトレーナ―向けのVRソフト。
     それはとある奇跡によって、本来想定されなかった可能性を生み出した。
     遠い過去からもたらされた叡智は、ウマ娘を輝かしい希望の未来へと導くことになるだろう。
     …………それはそれとして、このVRソフトは学園関係者であれば自由に利用することが出来る。
     未だ、担当ウマ娘のいない、新米トレーナーである俺でも。

    「……また、契約出来なかった」

     VR上の学園を歩きながら、大きくため息をつく。
     今日もスカウトかけていたウマ娘から断られてしまった。
     理由は、他のトレーナーと契約することとなったから、とのこと。

     ────断られる理由のほとんどが、それであった。

     話をしている時や、指導している時の印象も悪くはなかった。
     しかし、最終的には、これ以上ないくらい相性の良さそうな人と出会った、的なことを言われてしまう。
     実際、彼女達はすぐ他のトレーナーと契約し、大なり小なり結果は出しているので、嘘ではない、はず。
     彼女らがより良い相手と出会えたのは喜ぶべきことだが、何が悪いのかわからないのは、困りものである。
     とはいえ、あまりくよくよ考え過ぎるのも、良くはない。
     だから、こういう時はいつもここに来ていた。

    「相変わらず、仮想空間とは思えないほど精巧だよな」

     歩きながら、周囲を見回す。
     毎日のように通っているトレセン学園を再現した、VR空間。
     なんの代わり映えもない、いつもの光景のはずなのに、どこか感じる『異質』な雰囲気。
     そんな────特別感を感じるこの場所が、俺は好きだった。
     それと、ここでしか得られない、出会いもまた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:00:49

    「あっ、こんにちは」
    「あら、あなたは……ふふっ、こんにちは、今日はお散歩かしら?」
    「まあ、そんなところです」

     中庭の木陰、一人のウマ娘が猫と戯れていた。
     ふんわりとした青い長髪、優しげに細められた目、母性を感じさせる雰囲気。
     それは、メガドリームサポーターに変革をもたらせた『三女神』を名乗るサポートAI。
     『愛情』という思考のAIが具現化した存在────ゴドルフィンバルブ、その人であった。
     ……とまあ仰々しく説明したものの、実際に会ってみると割と気さくだ。
     所々で底知れなさを感じさせるが、妙に人間臭く、感情豊かで、話しやすい。
     特にゴドルフィンさんは、学園に来たばかりの俺にも、良く声をかけてくれていた。
     彼女はじっと俺のことを見つめると、頬に手を当てて、少しだけ悲しそうに眉を垂らす。

    「……その様子だと、まただったみたいね?」
    「やっぱりバレちゃいますか、ははっ、実はそうなんですよ」

     さすがというべきか、なんというべきか、ゴドルフィンバルブはとても鋭い。
     何も言わずとも、ぱっと見ただけで、俺の心配事や事情などを汲み取ってしまう。
     以前から、彼女には『きっといつか、あなたにも良き出会いがあるわ』良く励まされていた。
     ……もしかしたら、今日も心のどこかで期待していたのかもしれない。
     彼女は、柔らかく、優しく、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。

    「大丈夫よ────トレーナーさんにも、もうすぐ良き出会いがあるわ」
    「貴女にそう言ってもらえると安心しますよ、ところで」
    「何かしら?」
    「失礼ですけど、今日何か良いことでもありました? なんかいつもより機嫌良さそうに見えて」

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:01:04

     ほんの僅かではあるが、耳や尻尾の動きが活発であるような気がした。
     見間違いかもしれないけれど、いつもよりも表情が柔らかいと思った。
     だから、率直に聞いてみると────ゴドルフィンさんは、きょとんと、目を大きく開く。
     そしてすぐに、彼女はくすくすと楽しそうな笑みを零した。

    「ふふっ、そうなのよ、今度この学園にわたしと縁の深い子が来ることになってね」
    「それはおめでとうございます! へえ、貴女と縁の深い……子……?」

     お祝いの言葉を述べてから、すぐに俺は首を傾げてしまう。
     ゴドルフィンバルブは、あまりそうは見えないけれど、れっきとしたAIである。
     故に生身の肉体はなく、基本的には、学園関係者としか接点を持つことはない。
     だから、外部に知り合いがいるとは、考えづらいのだけれど。
     彼女は、俺の言葉を期知恵、少し困ったような表情を浮かべた。

    「少し、あなたの『視点』では説明がしづらくて」
    「……視点?」
    「もうすでにその子はいるというか、いることなったというか……ごめんなさい、これ以上は言えないの」
    「いっ、いえいえ! とにかく、喜ばしいことなら、良かったです!」

     俺は慌てて弁明をした。
     ゴドルフィンバルブを、困らせたいわけではなかった。
     余計なことを聞いてしまったな────そう思いながら、俺は言葉を続ける。
     そうしていると、彼女は顔を綻ばせて、じっと俺を見つめて、口を開いた。

    「ええ、きっとあなたにとっても、喜ばしいことになるはずよ」

     大きくはない声なのに、妙の耳に残る声。
     その碧の瞳は、ここにいない誰かと俺を重ねているようにも感じられた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:01:19

    「そうだわ、トレーナーさんに一つ、手伝って欲しいことがあるの」
    「俺に、ですか? 俺なんかで力になれることでしたら良いですけど」

     しばらく、他愛のない話をした後。
     ゴドルフィンバルフはふと、思い出したように両手を合わせた。
     彼女にはお世話になっているので、二つ返事で了解を示す。

    「『彼女』を迎えるにあたって、少しおめかしをしようと思うの」
    「…………えっ?」

     思わぬ言葉に、俺は間の抜けた声を漏らしてしまう。
     ゴドルフィンバルブの言う『彼女』とは、恐らく、先ほど話題に出した縁のある人物のことだろう。
     しかしながら、おめかしだなんて言葉が、彼女から出ると思わなかった。
     というか、そもそも。

    「……容姿とか、変えられるんですか?」
    「全く違う姿、とまではいかないけれど、服を変えるくらいは出来るわ」
    「そうだったんですね」
    「もっとも、この服はわたしにとって特別だから」

     そう言って、ゴドルフィンバルブは身に纏う服を、そっと手で撫でた。
     青地に白のラインが入った、水の流れのように爽やかで落ち着いた印象をもたらす、彼女らしい服装。
     レースもこれで走ることを考えれば、いわば勝負服のようなものなのだろう。
     勝負服とは、ウマ娘達が特別な想いを込めた衣装。
     管理の問題もあって、学園のウマ娘達はいくらお気に入りでも、普段着にすることは出来ない。
     けれどAIである彼女達であれば、消耗などの問題とは無縁であり、常に着ていることが出来る。
     故に、普段は服を変える必要性はないのだろう。
     それでも着替えたいというのだから、それだけ『彼女』が特別なのだということだ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:01:35

    「それで、どんな服が良いのか、あなたにも考えて欲しくて」
    「……それは構いませんけど、他の女神や学園のウマ娘の方が良いんじゃないですか?」

     俺にはファッションなどの知識はない。
     そんな俺に聞くよりは、同じウマ娘に聞く方が良い気はする。
     確か、ファッション知識にとても秀でたウマ娘がいる、という話を聞いたことがあった。
     そういう子達に聞いた方が、遥かに適切なアドバイスを得られるであろう。
     しかし、ゴドルフィンバルブは首をゆっくりと左右に振り、答える。

    「いいえ、あなたの『視点』がとても大事なの」
    「俺の、『視点』?」
    「ええ、素直で真っ直ぐな、あなの『視点』がね」

     ゴドルフィンバルブは、どこか思わせ振りな笑みを浮かべて、そう言う。
     良くはわからないが、俺に正直な意見を言って欲しい、ということなのだろう。
     ……建設的な意見を述べられるかは微妙だが、彼女が求めているなら是非もない。

    「わかりました! やってみましょう!」
    「ありがとう…………じゃあ、早速着替えるわね?」
    「えっ?」

     そう言いながら、ゴドルフィンバルブは自らの服にそっと触れた。
     いや着替えだったら更衣室で、そう言葉にしようとした、その時である。

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:01:50

     ────彼女の服が、一瞬にして切り替わった。

     ……まあ、うん、ここはVRでAIだもんな、そりゃあそうだよな。
     『着替え』を終えた彼女は、自らの身体を確認する。
     やがて、俺の視線に気づいたのか、ちらりとこちらを見て、少し揶揄うように笑った。

    「ごめんなさい、期待させてしまったかしら?」
    「んな!?」
    「ふふっ、冗談よ……これは『彼女』に親しみを持ってもらいたいと、選んでみたの」

     ゴドルフィンバルブは見せびらかすように、その場でくるりとステップを踏む。
     そうすると、白地に紫のラインが入ったスカートが、ふわりと柔らかく翻った。
     胸元と腰の辺りに付けられた大きなリボンが、ちいさく風に揺られる。
     すらりと眩しい白い肌。
     それは、トレセン学園の夏用の制服であった。
     やがて彼女は、どこか不安気に、そして少し期待したような視線をこちらに向ける

    「以前から、素敵なデザインだと思っていたの……どう、でしょう?」
    「……きれいだし、とてもお似合いだと思います、ただ」
    「ただ?」
    「あー、その、大人びて見え過ぎるというか、色気があるというか、ギャップがすごいというか」

     実際、似合ってはいると思っている。
     ただ、ゴドルフィンバルブは見た目も立ち振る舞いも、大人の女性、むしろ母親くらいの印象だ。
     それゆえに、少女の象徴である学園の制服を着ると、妙なアンバランスさが発生してしまう。
     ……さすがにこれは口に出してはいえないが、その、そういうお店感がすごい。
     俺の言葉を聞いた彼女は、わざとらしく、残念そうな表情を浮かべた。

  • 7二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:02:33

    「あら、残念、若作りだと、『彼女』も困ってしまうかもしれないものね」

     微かによぎる違和感。
     けれどその正体を見抜くことはできず、気づかなかったふりをして、俺は弁明をする。

    「いっ、いや、本当に可愛らしいとは思っているんですが……っ!」
    「気にしなくて良いわ、わたしは、あなたの率直な意見を聞きたいのだから、ねえ?」
    「はっ、はあ……」
    「そうね、わたしのイメージが母親というなら、こういうのはどうかしら」

     再び、ゴドルフィンバルブは自らの服にそっと触れる。
     ……というか、さらっと考えていることを見抜かれていた、この場で隠し事は不可能なのだろう。
     そして、すぐに服装が切り替わった。
     可愛らしいピンクのリボンのついた、清楚な白いブラウス。
     そして、膝丈のロングスカート。
     全体的に落ち着いた雰囲気でありながら、どこか少女趣味を感じさせる服装。
     彼女は楽しげな笑顔を近づけて、そっと甘い声で囁いた。

    「ふふっ、トレーナーさん、ゴドルフィンママでちゅよー? なーんて」
    「────!」
    「…………ごっ、ごめんなさい、ちょっと悪ふざけが過ぎたわね」
    「あっ、いえ! ちょっと色々衝撃的過ぎただけで、その、とてもお似合いだと思います!」

     珍しく赤面して、もじもじと指を揉むゴドルフィンバルブに、俺は慌てて感想を伝える。
     あまりの衝撃に、思わず言葉を失ってしまったのだ。
     この服は、彼女の母性と愛情にあふれた雰囲気と、とても良くマッチしている。
     先ほどの言葉も相まって、思わず甘えてしまいたくなるようなほどであった。
     ……とても良いと思うのは間違いないのだが、何故か、妙な違和感も覚えていた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:02:46

    「当然ね、この服は本来、母性に憧れる少女……『彼女』も、それを求めてはいないでしょう」

     鋭くそう言うと、ゴドルフィンバルブは服装を元のものに戻してしまう。
     ……あまり切り替えが早すぎる、ウソ泣きならぬ、ウソ赤面だったようである。
     そして、彼女は俺の方に身体を向けると、両腕を大きく広げて、揶揄うように言葉を紡いだ。

    「トレーナーさんが甘えたければ、わたしに甘えても良いのよ?」
    「……結構です」

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:03:00

     それからしばらく、ゴドルフィンバルブは様々な服に着替えた。
     スーツなどのフォーマルなものや、デニムを併せたカジュアルなもの、少し目のやり場に困るようなものまで
     俺にはその全てを着こなしているように見えたが、どうにも彼女自身が納得できていないようだった。

    「ふう……わたし達の集合知をもってしても、『彼女』が求めるであろう服、わからないなんて」

     ゴドルフィンバルブは、困ったように息をつく。
     その言葉を聞いて────俺はようやく、違和感の正体に気づいた。
     なるほど、そもそもの前提が間違っているとすれば、結論が出ることはないだろう。
     おこがましいと思いながらも、俺は彼女に対して、一つの指摘を伝える。

    「少し、違うんじゃないですか?」
    「……えっ?」
    「さっきから貴女は、『彼女』がどう思うかを気にしていますけど、大事なのは貴女がどういう自分を『彼女』に見せたいか、だと思います」
    「……!」

     ゴドルフィンバルブの目が、大きくぱっちりと見開かれる。
     その瞳には、初めての景色を見ているような、新鮮な驚きが混ざっていた。
     俺は妙に言動が偉そうになってしまったのが気になって、誤魔化すように付け足す。

    「あー、もしかしたら、また試していたのかもしれませんが」
    「いえ、盲点だったわ」
    「……そうなんですか?」
    「わたしは、わたし達は、三女神としてあるべき姿を、望まれる姿を、求められてきたから」

     そういった『視点』が抜けていたのかもしれないわ────と、ゴドルフィンバルブは話す。
     古くから、神様とはそういうものかもしれない。
     その時代の流れによって人々の需要が変わり、それに合わせて神様は自らの存在を変革させ、人々へと供給される。
     だからこそ、自らどうありたい、という発想が少しばかり希薄なのかもしれない。

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:03:16

    「やはり『彼女』には『あなた』ね────ちょっと、惜しい気持ちもあるけれど」

     ゴドルフィンバルブは安心したように、そして少しだけ寂しそうに、小さな声で呟いた。
     そして、俺の頬にそっと触れる。
     それは仮想空間における機械的な刺激でしかないはずなのに、妙に温もりを感じた。
     彼女は、愛しい我が子を託すような、願いと覚悟を含ませた眼差しで俺を見つめる。

    「その偏見に囚われない、素直て、真っ直ぐな眼で『彼女』を見守ってあげてね?」

     とっても速い子だから見失わないように。
     ゴドルフィンバルブは冗談混じりの声色て、そう付け足す。
     その瞳は真剣で、彼女は本気で言っているなのだと俺は感じた。
     『彼女』とは会ったことはないし、これから会うかもわからない。
     だけど、もし巡り会えたなら、本気で向き合おうと心に誓うのであった。

  • 11二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:03:37

    「服に関しては、もう一度考えてみて、それからまた相談所するわね」
    「はい、またいつでも呼んでください」

     どうせ暇なので、とはさすがに口には出さなかった。
     もっと焦るべきではないかとも思うが、こればかりは一人で息巻いたところで仕方がない。

    「大丈夫よ、心配せずともあなたにも良き出会いが迫って来ているわ…………猪突猛進に」
    「出会いってそんな勢い任せなものなんですか?」

     俺の疑問に、ゴドルフィンバルブはくすりとした微笑みで答える。
     まあ、彼女が言うなら、そうなのだろう。
     その日に備えて、吹き飛ばされてしまわないように、研鑽していかないとな。

    「ああ、大事なこと忘れていたわ」

     ゴドルフィンバルブは、突然思い出したように言う。
      AIも忘れることなんてあるんだな、と思いつつ、どうしましたかと声をかけた。
     すると彼女は目をきらりと輝かせる。

    「あなたは、どの服が一番好みだったのかしら?」
    「……その視点は不要なのでは?」
    「『彼女』に会う上では、でね? でも、わたしと『彼女』にとっては必要なこと」

     そして、ゴドルフィンバルブは目の前まで近づいてくる。
     上目遣いで見つめながら悪戯っぽく微笑み、言葉を紡いだ。

    「さあ、あなたの好みを教えてくれる?」

  • 12二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:03:55

    お わ り
    三女神って服装変えられるのかな・・・

  • 13二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 15:30:04

    ゴドルフィンママ好きだから久々の良SS助かる


    >いるというか、いることなったというか

    ここすき

    こういうあとからキャラが増える作品においてメタ的な『視点』を持っててもおかしくない存在なの、やっぱり強すぎるって三女神


    ようやくの直系登場おめでとう、ゴッさん

  • 14二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 19:02:43

    未来のカルトレである

  • 15124/07/02(火) 21:13:12

    >>13

    三女神はメタ視点を持ってそうな凄みがありますね

    彼女のシナリオで出番があるかは気になるところ イベントで短距離の走り方の話してるんですよね

    >>14

    最初から目を付けててキープしてた説

オススメ

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