『瀕死のプロデューサー』 作者:アーサー・コトネ・ドイル

  • 1アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:11:17

    有村麻央――彼女は初星寮の寮長であるが、辛抱強い先輩である。
    寮の周辺には四六時中、おかしな、しかも大抵は歓迎できない不審者がうろつくばかりでなく、その居住者ときたら4時起きだったりバイトで朝帰りだったりと生活が突飛で不規則で、これにはさすがの彼女もあきれ顔だったろう。
    麻央先輩はあたしのプロデューサーに畏敬の念を抱いており、なす事がいかに常識に反していても、一言も口を挟もうとしなかった。
    女性に対して非常に優しく、礼節を持って接したからだ。
    あたしのプロデューサーは一般に言う「女」を嫌い、信用しなかったが、それは常に対等なアイドルとして見て、プロデューサーたらんとしたからだ。
    彼女があたしのプロデューサーを慕う心は本物であると知っていたので、あたしの元を訪れてまで話す彼女の言葉に、あたしは耳を傾けたのであった。

  • 2アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:14:03

    「彼は今にも死にそうなんだ、ことね!」と麻央先輩は言った。
    「この三日というもの、やつれる一方で、今日一日生きられるかどうか。それなのに医者は呼ぶなと。
    今朝などは頬がこけて、目をぎょろつかせるものだから、居ても立ってもいられなくなって。
    『もう我慢ならない、この足で医者を呼びに行ってくる!』とボクは言ったんだ。すると『ならば藤田さんを。』と言うものだから。」
    驚いた。今まで病気など一度もなかったプロデューサーのことだ。何も言わずお気に入りのパーカーをひっかけ、あたしは道中、事情を教えてくれと頼んだ。
    「ボクも詳しくは知らないんだ。ちょうど倉本家のお茶会に誘われて、帰ってきてから寝たきりなんだ。
    どこかで流行り病でももらってきたのか…この三日間は、何も食べてすらいないんだよ。」
    「どうして今まで医者を呼ばなかったの!?」
    「止めるんだよ。あの人、強情でしょ?ボクも年下だから押し切れなくて。」

  • 3アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:17:44

    確かに本人は、見るも無惨な有様だった。霧深い十一月の日の薄明かりだ、病室は陰気な所となり、さらに寝台からあたしへ向けられた憔悴の顔が、あたしの肝を冷やす。
    熱のために目に力が入りすぎ、両頬には消耗性紅潮が見られ、唇は変色した瘡蓋が。布団の上で、手は絶えず痙攣し、声も枯れて途切れ途切れだ。
    あたしが入室したとき、ぴくりともしなかったが、姿を見るや目が反応したので、気づいてはいるらしい。
    「やあ、藤田さん、どうも災難だ。」声は力無いが、いつも通りの気の置けない口ぶりだった。
    「まったく、何してるんですかプロデューサー!!」とあたしは近づきながら叫ぶ。
    「来るな! 下がれ!」緊迫感のあるその鋭い声が、あたしの心に「危篤」の二文字を思い起こさせる。
    「近寄るなら、藤田さん、君にここから出ていってもらう。」
    「どうしてですか!?」
    「俺が嫌なんだ、それでいいだろう?」
    なるほど、麻央先輩の言う通りだった。いつも以上に強情だ。とはいえ、その窶れたさまは見るも気の毒だ。
    「プロデューサーを助けたいだけなんです!」とあたしは言う。
    「ならば俺の言う通りにしてくれると何よりも助かる。」
    「わかりました、プロデューサー…」
    するとプロデューサーも気を緩める。

  • 4アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:21:00

    「気を悪くしないでくれ。」と息も切れ切れに言った。
    気の毒に、こんな有様で伏せる相手に、どうして怒ったりできよう。
    「君自身のためだ、藤田さん。」と声をしぼる。
    「あたしのため?」
    「自分の身に起こった事態は把握している。初星の爆死病だ――プロデューサーに顕著な病だが、それでもいまだに不明なことが多い。
    だがこれだけは確かだ。致死率が極めて高く、人に伝染しやすい。」
    プロデューサーはまさに熱にうなされつつも、言葉を吐き、長い手をふるわせながらあたしに下がれと合図をする。
    「接触感染するんだ、藤田さん――接触なんだ、近寄らなければ心配ない。」
    「まったく、プロデューサー! あたしがそんなことを気にするとでも本気で思ってるんですか!?」
    前へ踏み出そうとすると、鬼の形相ではねつける。
    「じっとするなら話をする!できなければ部屋を出てくれ!」

  • 5アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:25:10

    「じゃあどうすればいいんですか!?」
    「そこで待ってくれ、藤田さん。ありがとう、布団は自分で何とかする。そこから近寄らないでくれ。
    藤田さん、ひとつ希望の条件がある。医者の代わりに、ある人物を呼んでほしい。」
    「わかりました、いったい誰なんです?」
    「君が部屋へ入るや言ったあの言葉、わかっているね、藤田さん。
    そこに本があるだろう。少し疲れた。年下の女性に姉になってくれと頼む気持ちとは、こんな感じだろうか。
    六時だ、藤田さん、そのときまた話す。」
    プロデューサーは譫言を言いながら目を閉じたので、あたしも渋々待つことにした。
    だがその時刻よりもずいぶん早く話すことになった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 20:29:12

    確認だけど、瀕死の探偵でいんだよな……?
    ポジション的には麻央先輩はハドソン夫人か

  • 7アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:30:51

    あたしはしばらくのあいだ寝台にじっと横たわっている病人を見てたたずんでいた。顔はほとんど寝具で覆われ、眠り込んでいるように見えた。
    座って読書をする気にもなれず、室内を歩き回り、四方の壁に掛けられた有名なプロアイドルたちの写真を見物していた。
    あてもなくうろつき、やがて事務机のところへ来た。
    眼鏡、スマホ、初星文集、あたしの宣材写真、ファンからの贈り物、その他がらくたがその上に散らかっていた。
    それらの真ん中に、すべり蓋のついた白黒で象牙の小箱があった。しゃれた小物で、詳しく見ようとあたしが手を伸ばすと――
    ものすごい叫び声が上がった――外の通りにまで聞こえそうなわめき声だ。そのすさまじさに全身がぞくりとして髪が逆立つ。
    振り返ると目の前に、引きつった顔と色を失った目が現れる。手に小箱を持ったまま、あたしはその場に立ちすくんだ。
    「下に置くんだ! 置け、今すぐ、藤田さん――すぐ置くんだ!」

  • 8アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:34:50

    あたしが箱を炉棚に戻すや、プロデューサーは頭を枕に沈め、ほっとして深く息を吐く。
    「自分のものには触れられたくない。藤田さん、俺のことはよく知っているだろう。我慢の限界を超えている。座ってくれ、俺を休ませてくれ!」
    この出来事はあたしの心の中に気まずいものを残した。
    こんな乱暴で理不尽な苛立ちを突っ慳貪にぶつけられても、普段の落ち着きとはほど遠いので、心がひどく乱れていると思わざるを得ない。
    およそ崩壊の中でも、高潔な心の壊れるほど嘆かわしいものはない。あたしは憂鬱な気分でじっと約束の時間まで座っていた。
    あたしと同じくプロデューサーも時計を気にしていたようだった。六時になるかならないかというとき、先ほどと同じ勢いで話し始めたのだ。

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 20:35:17

    なんでことねPが麻央と同棲してるんだ…?

  • 10アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:38:35

    「さて、藤田さん。」とプロデューサー。「懐にレッスンノートはあるか?」
    「うん。」
    「ロジックノートは?」
    「それなりに。」
    「ベテランノートは。」
    「5枚。」
    「少ない! 少なすぎる! 残念だ、藤田さん!だがその量ならポケットにも入る。
    残りのノートをみんな腰の左に入れるんだ。ありがとう。これで前よりも釣り合いが取れた。」
    分別のない譫言だ。プロデューサーは身を震わせ、再び咳とも嗚咽ともつかない音を出す。
    「では蝋燭をつけてほしい。藤田さん、気をつけてくれ、ちょっとでも半分以上の明るさになると困る。本当に注意してくれ。ありがとう、結構だ!
    今度はすまないが、この机の上に、手が届くよう200%スマイルと本番前夜を頼む。ありがとう。
    今度は冷蔵庫から初星水を少々。結構だ、藤田さん!
    そこに角砂糖鋏がある。すまないがそいつであの象牙の小箱を持ち上げてくれ。その紙のあたりに置くんだ。よろしい!
    では、十王星南を連れてきてくれ。初星学園の生徒会室だ。」

  • 11アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:44:19

    実を言うと、医者を連れてくる気はやや薄らいでいた。気の毒なプロデューサーの口からは譫言しかでないので、残していくのは危ういと思えたからだ。
    とはいえ、今となっては先に拒んだときと同じくらい、意外な人物の診察を受けたがりはじめた。
    「な、なんで会長なんですか。」とあたしは真っ青な顔で言った。
    「おそらくそうだろう、藤田さん。聞いて驚くだろうが、この病にこの世で最も熟知している人物は、医者ではなく会長なんだ。
    十王会長はアイドルでありながらプロデューサーでもあり、プロデューサーのかかる病気についても十二分に研究している。初星学園では第一人者といっても過言じゃない。
    彼女は実に規則正しい人物だから、六時以降に行ってほしかった。そのときなら生徒会室にいるとわかっているからだ。
    藤田さんが彼女とできるだけ関わりたくないのは痛いほど承知だが、何とか藤田さんが会長を説得して連れてきてほしい。
    会長だけが持つこの病の知識の恩恵を受けられれば、俺は助かるに相違ない。」

  • 12アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:48:47

    あたしはプロデューサーの発言を前後まとまったものとして書き、そのあいだに挟まれるあえぎ声や、頻りに動く手などを、彼の受けている苦しみとして描き出すつもりはない。
    プロデューサーの様子は一緒にいたわずか二、三時間のうちに、いっそう悪くなっている。
    消耗熱の発疹も顕著になり、両目も以前より深くくぼみ、いっそうぎらぎらしている上に、冷や汗さえ額に認められる。
    とはいえ、それでも口調はいつもの通り。息を引き取るまでずっと負けず嫌いでありたいのだ。
    「彼女には、俺がどんな様なのか正確に伝えるんだ。」とプロデューサーは言う。
    「思ったそのままの印象を伝えたまえ。なるほど、わからない。なぜ初星学園出身のアイドルは姉で埋め尽くされないのか、あれほどはみ出したい生物なのに。
    ああ、何を言っているのだ、俺は!不思議だ、年上の男が姉になってくれと頼み込むなんて! 俺は何の話をしていた、藤田さん?」
    「会長にあたしが何を言うか…」
    「ああ、そうだった。俺の命はそれ次第だ。よろしく頼んでくれ、藤田さん。
    互いに相手をよく思っていない。会長は藤田さんをストーキングしていると俺は疑っていて、それとなく悟らせたんだ。
    それ以来犬猿の仲でね。会長は俺を憎悪している。だが藤田さんの頼みなら間違いなく聞いてくれる。何とかしてここへ呼んでくれ。俺を救えるのは――会長だけなんだ!」

  • 13アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:51:46

    「どうしても連れてきてほしいなら、タクシーで一緒に連れてきますけど。」
    「説得して一人で来てもらうんだ。藤田さんは先に帰ってくるんだ。この後手毬に呼ばれてる、とか何か口実を作って。絶対に一緒に来てはだめだ。
    忘れるな、藤田さん。へまはせぬように。今までも一度としてなかったが。間違いない、真姉の偽姉呼ばわりを妨げる自然の弟がいるのだ。
    君と俺は、藤田さん、自分の本分を果たしている。だから、プロデューサーをアイドルなどにはみ出させてたまるか。いやいや、恐ろしい! 君は思うところをみんな伝えるんだ。」
    立派なプロデューサーが一つ覚えの子どものようにわめき立てる姿に胸を詰まらせつつ、あたしは彼のもとを後にした。
    プロデューサーはあたしに鍵を手渡したので、安心して持ってゆくことにした。これで中から閉ざされても平気だ。
    階段へ向かう途中、プロデューサーの高くか細い声で、譫言のような歌が聞こえてくる。下でタクシーを呼んで待っていると、ひとりの女性が靄のなかから近づいてきた。
    「プロデューサーくんの容態は?」と女性は訊いてきた。あさり先生だった。「重態です。」とあたしは答えた。
    先生いささか妙な顔であたしを見つめた。「そんな話らしいですね。」と先生は言う。
    タクシーがやってきたので、あたしはお暇した。

  • 14アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:55:29

    全く気が乗らない気持ちで、それでもプロデューサーのためと思って生徒会室まで来ると、ノックをする前に扉が開いた。怖い。
    「ことね!よく来てくれたわね、歓迎するわ。私のプロデュースを受ける気になったのかしら?それとも単に会いたくなっただけ?それでもいいのよ、恥ずかしがらないで。」
    まくしたてるのを聞き流しながら要件を伝える。プロデューサーが重篤な病気にかかっていて、会長との面会を希望している旨、彼の前後の行動と今の状態。
    最初は興味なさげに聞いていた会長も、次第に顔つきが真剣になり、あたしの話に聞き入っていた。
    「なるほど、確かにことねのプロデューサーとは仲違いしていたけれど、一時のことよ。他ならぬことねの頼みなら、喜んで力になるわ。」
    会長は執拗にあたしと一緒に行こうとしたが、プロデューサーの指示もあったのであたしは何とか全力で断った。
    たった十数分でライブ三回分くらいの体力を失った気持ちだが、それでもプロデューサーのためなら苦ではなかった。

  • 15アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 20:59:45

    あたしは不安いっぱいでプロデューサーの部屋に戻った。万一のことが留守中に起こっているかもしれない。
    一安心できたのは、そのあいだにずいぶん快方へ向かっていたからだ。
    顔は依然と同じく青ざめていたが、うなされた気配もなく、確かに声は弱々しかったが、普段以上に口調はてきぱきとしていた。
    「では、会ったのだね、藤田さん?」
    「うん、すぐに来ますよ。」
    「でかした、藤田さん! でかした! 君は世界一かわいいアイドルだ!」
    「一緒に来たいってしつこかったんですから!治ったら何かおごってくださいね!」
    「何の病かは訊かれたか?」
    「倉本さんのところでお茶をしたって話をしました。」
    「絶妙だ! いや、藤田さん、君は担当アイドルとしてできることをすべてやり遂げた。会長が来る前にここを離れたほうがいい。」
    「あたしも一緒に聞きますよ、プロデューサー。」
    「無論聞くべきだ。だが、俺はこう推理する。会長の話は、奴にふたりきりと思わせた方が、より率直で価値のあるものになるはずだ。
    この寝台の頭側の陰にちょうど隙間があるんだ、藤田さん。この隙間は身を隠すのに適当でないし、それなりに疑われるかもしれない。でもそこしか、藤田さん、場所がない。」

  • 16二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 21:03:14

    会長のストーカー行為を疑う段階にいるのは慧眼なのか愚鈍なのか…

  • 17アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:03:56

    突然、プロデューサーは窶れた顔に緊張の色を見せて起き直った。
    「黒塗りの高級車の音だ、藤田さん、急げ、ほら、俺が大事なら! 身動きしないこと、何が起ころうと――何が起こったとしてもだ、いいかい? 口を閉じて! じっとしている! 聞き耳を立てるんだ。」
    すると、その刹那、急に発作の勢いが抜けて、要領を得た命令口調が、するすると錯乱気味の低くて聞きづらいぼやきに変わった。
    あたしは物陰に素早く身を隠すと、階段から足音が聞こえ、寝室の戸が開け閉めされる。すると驚いたことに、しばらく何の声もしない。
    ただ病人の重苦しそうな息づかいと喘ぎとが聞こえるだけだ。気配はある。人が寝台の脇に立ち、病人を見下ろしている。とうとう不気味な沈黙が破られた。
    「プロデューサー」と声をあげる。「プロデューサー」眠りを揺さぶるような強い調子だ。
    「声は聞こえるかしら?プロデューサー?」そして、病人の肩をつかんで手荒く揺さぶっているのか、布ずれの音。
    「君は、星南会長か?」プロデューサーの小さな声。「来ないものと思っていた。」
    会長は声を立てて笑った。
    「私も夢にも思わなかったわ。でも、ご覧の通り、ここにいる。怨みに徳をよ、プロデューサー」
    「素晴らしい人だ――人徳者だ。わざわざおいでいただいて恐縮です。」

  • 18二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 21:06:25

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  • 19アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:08:13

    訪問者はクスクスと笑った。
    「そうね。あなたは幸運にも、初星学園でそれが理解できる唯一の人物よ。自分の身に何が起きたか分かっている?」
    「ああ。」プロデューサーが言った。
    「病状が分かっているのね?」
    「悲しいくらいにな。」
    「安心なさい、死にはしないわ。ことねのプロデューサーを続けるのは難しくなるでしょうけどね。」
    「あなたが藤田さんにやったことは分かっていた」
    「そうね、でもあなたはそれを証明できなかった。
    しかしあなたならどんな気がすると思う?
    ひどい噂を流されて、その後、自分が困ったことになった時、頼ってきたりすればどう?
    冗談もほどほどにしてほしい、 ―― そう思わない?」

  • 20アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:09:56

    病人が必死に息をするぜえぜえという音が聞こえた。「水をくれ!」彼はあえいだ。
    「尊大ね。まあでもどうせ捨てる初星水くらいはあげましょう。私の言うことがわかる?」
    プロデューサーはうめいた。
    「できる事をやってくれ。過去のことは過去のこととして」彼はつぶやいた。「俺はあの言葉を忘れる、 ―― 忘れると約束する。治してくれさえすれば、あれは忘れる」
    「何を忘れるというの?」
    「藤田さんのストーカーのことだ。たった今君がやったと認めたも同然だ。俺はそれを忘れる」
    「忘れようが覚えていようが、好きにしたらいいわ。もう証言台の上で会うことはないもの。あなたの脳に何が起きたかご存じかしら?」
    「考えられない。判断力が無くなった。お願いだから俺を助けてくれ!」

  • 21アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:11:30

    「ええ、助けてあげるわ。どこでどのようにその病気にかかったかを理解する手助けをしてあげる。どうせなら脳が正常なうちに知っておいて欲しいから。」
    「この痛みを和らげてくれ!」
    「よし、とにかく私の言うことは分かるでしょう。聞きなさい!何かあなたの生活で普段とは違う出来事がなかったか思い出せる?この病状が現れる頃に」
    「いや、いや、何もない」
    「もう一度考えてみなさい」
    「気分が悪くて考えられない」
    「手助けをしてあげるわ。ことね宛のファンレターで何か来なかった?」
    「ファンレターで?」
    「例えば箱のような…?」
    「気が遠くなる、・・・・死にそうだ!」

  • 22アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:14:14

    「聞きなさい、プロデューサー!」あたかも会長が死に掛けの男を揺さぶっているような音がした。
    あたしは隠れた場所で息を潜めている事しか出来なかった。
    「私の話を聞きなさい。箱を覚えているかしら ―― 象牙の箱、学マ水曜日に届いた。あなたはそれを開けた、 ―― 思い出した?」
    「ああ、ああ、俺はそれを開けた。中には鋭いバネが入っていた。何かの冗談・・・」
    「冗談ではないわ、あなたが対価を支払う点についてはね。
    当然の報いよ。誰が私のやることにお節介をしろと頼んだの?
    私はあなたにことねを盗られたことは恨んではいなかった、本当よ。
    でも私のファンとしてのほんのささやかな活動まで邪魔するのであれば、流石に我慢がならないわ。
    もし私を放っておけば、苦しい目に合わずにすんだのに。」

  • 23アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:17:39

    「思い出した」プロデューサーがあえいだ。「バネだ!血が出た。この箱、 ―― テーブルの上のこの箱だ」
    「まさにそれよ。好都合ね、これはポケットに入れて、この部屋から持ち出してしまいましょう。
    これでわずかに残った最後の証拠が消えるわ。しかしこれで真実が分かったでしょう、プロデューサー。
    あのバネには初星学園で最も狂ったプロデューサーから採取した体液を塗っておいたのよ。
    今に頭が存在しない記憶に埋め尽くされ、ことねのことなんて忘れて年下の姉のことしか考えられなくなるわ。
    さあ、ここに座ってあなたの最後を見届けてあげるわ」
    プロデューサーの声はほとんど音にならないつぶやきになっていた。「何?」会長が言った。
    「電気を明るくしてくれ?意識が遠のいて目が見えなくなってきたのかしら?いいわ、明るくしてあげる。そうすれば私もあなたがよく見えるから」
    足音が聞こえ、突然部屋が明るくなった。「何か他にして欲しいことがあれば言ってちょうだい、出来ることならやってあげる」

  • 24アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:20:33

    「眼鏡とログインボーナスのジュエルをくれ」
    あたしは喜びと驚きでほとんど叫びだしそうになった。彼は自然な声で話していた、 ―― ちょっと弱々しかったかもしれないが、聞きなじみのあるプロデューサーの声だった。
    長い沈黙があった。あたしは星南会長が呆然として、プロデューサーを見下ろしているのを感じた。
    「これはどういうこと!?」ついに、会長が乾いた耳障りな声で言うのが聞こえた。
    「いい演技をする一番のコツは、役になりきることだ」プロデューサーは言った。
    「実を言うと、三日間俺は飲まず食わずだった。君がご親切にも初星水を飲ませてくれるまでな。
    しかし一番イライラしたのが眼鏡だ。どうもこれがないと落ち着かない。これで生き返ったよ。おや!おや!あれは先生の足音かな?」
    外側で足音がし、扉が開き、あさり先生が連れてきた警官隊が現れた。
    「すべて計画通りで、犯人はこの女だ」プロデューサーが言った。

  • 25アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:24:13

    警官はおきまりの警告を与えた。
    「藤田ことねへのストーカー容疑でお前を逮捕する」彼はこう締めくくった。
    「俺への傷害未遂を付け加えてもいいかな」プロデューサーは微笑しながら言った。
    「あさり先生、会長は親切にも、病人に手間をかけさせないように電気をつけて合図をしてくれた。
    ああそうだ、会長のスカートの右側のポケットに小さな箱が入っている。取り出しておいたほうがいいだろう。ありがとう。
    もし俺が先生ならそれは慎重に扱うよ。ここに置いてくれ。裁判で役に立つだろうな。」
    突然、駆け出す足音と格闘の音がした。その後に鉄が当たる音と苦痛の叫びが続いた。
    「痛い目にあうだけだぞ!」警官が言った。「じっとしていろ、いいな?」手錠をかけるカチリという音がした。

  • 26アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:27:49

    「これ以上ひもじい思いをしたことはない」プロデューサーは身支度の間に烏龍茶で元気を取り戻し、言った。
    「しかし、藤田さんも知っての通り、俺の生活は不規則で、普通の人間よりもこういう事はこたえない。
    有村さんに俺が大変な状態になったという印象を与える事は、非常に重要だった。
    彼女が藤田さんを連れて来て、その後藤田さんが会長を連れてくる計画だったからだ。
    気を悪くしないでほしい、藤田さん。君には宇宙一かわいいという才能があるが、嘘をつくというのは苦手だろう。
    俺の秘密を知っていれば、君には決して会長に絶対にここに来るべきだという印象を与えることができなかった、会長が君の顔色や声色のわずかな違和感を見抜けないわけがないからね。
    ここがこの計画全体の急所だったのだ。俺は、彼女の慎重な性格を知っていたので、自分の小細工の結果を確認しにやってくるだろうと確信していた」

  • 27二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 21:28:36

    ストーカー規制法で逮捕されがちなあにまん会長に悲しき現在…

  • 28アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:31:15

    「でもプロデューサー、その風貌は?それに真っ青な顔色はどうやったんです?」
    「藤田さん、三日間も完全に絶食すれば見栄えが良くなるはずはない。
    それ以外の点については、スポンジで綺麗に落とせないものはない。額にワセリンを塗り、目にベラドンナを入れ、頬骨に紅をつける。
    そして蜜蝋のかさぶたを唇につければ、非常に満足できる効果が得られる。プロデューサー科で習うメイクの技術とはこういうことにも活かせる。
    時々、年下の姉、存在しない記憶、それから他の関係ないことを話せば、誰だって幻覚を見ていると思い込んでくれる。」
    「だったらなんであたしを遠ざけたんですか~!実際には病気なんかじゃなかったのに!」
    「藤田さんは俺をよく見ているから、いくら演技したところで、間近で見て触れれば仮病だとすぐに気付くでしょう?
    あれだけ離れていたから、なんとか藤田さんをごまかすことができたんです。
    もし藤田さんを騙せなかったら、誰が会長を俺の手の中に連れてこれただろう?
    会長がストーカーを続けていたのは藤田さんも知っての通りだ。しかし十王家の権力もあり、警察も決定的な証拠を押さえられなかった。
    どうにかして行いを自ら告白させて、確実に檻に入れる必要があった。そこで俺は敢えて強い言葉で彼女を煽り、その結果彼女はあの箱を送り付けてきた。
    俺はあの箱に触らなかった。横から見れば、開けたときに毒蛇の牙のようなバネが飛び出す所がすぐに分かる。
    しかし藤田さんも知っての通り、アイドルへのファンレターは時に妙なものが混ざっているときもある。一度も注意を怠ったことはない。
    特に会長のものは見慣れていたから、筆跡を誤魔化しても見抜くのは造作でもなかった。
    しかし陰謀が実際に成功したと思わせれば、間違いなく本人から自白を引き出せそうだった。
    俺は真のプロデューサーの完璧さであの演技をやり遂げたんだ。
    さあ藤田さん、警察署での仕事が終わったら、何かいい料理でも食べに行きましょう。」

    (True End)

  • 29アーサー・コトネ・ドイル24/07/06(土) 21:38:12

    >>6

    その通りです、Pが寮に住んでるわけないんだけどこのポジションできるのが麻央先輩くらいしかいなかったので

    あと初星文学では麻央先輩まだ出番が無かったのもあって引っ張ってきました

    受けムーブの常識人の出番が少ないのは文学ではよくあること

  • 30二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 21:39:09

    >>27

    まあ本物会長も割とギリギリのラインで生きてるし…

  • 31二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 21:55:49

    埋もれるにはあまりに惜しい名作

  • 32二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 22:04:07

    モリアーティ役は決まったな

  • 33二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 22:34:21

    副業感覚で手を出した小説が売れに売れて困惑することね?

  • 34二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 22:49:18

    りなみPの血が強力な幻覚剤だった件について

  • 35二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 22:58:06

    これもう初星学園図書室に置くべきだろ

  • 36二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 22:59:00

    まあ年下にお姉さんキャラで行くのを勧めるのはまだしも自分を弟と思ってくださいとか言うやつの血にそういう効能が無いとは思えんし…

  • 37二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 00:06:06

    バリツを嗜む麻央先輩

オススメ

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