【SS】君に、胸キュン

  • 1二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:07:26

    「トレーナーさん!愛してるゲームしましょう!」
    「どうした急に。」
     ある日のトレーナー室、私は戸を開けるなりそう叫んでいた。私からの突然の提案にトレーナーさんは目を白黒させている。うん、そうですよね。いきなり言われてもなんのことかわからないですよね。トレーナーさんの反応を見て、私はそれほど時間を置かずに説明を始めた。
    「クラスの子がやってたゲームなんですけど、一対一でお互いに「愛してる」って言い合って、先に照れたら負けってルールで…なんだか面白そうだし、トレーナーさんとやってみたいなぁって思って!」
    「それでそのためにここに来たわけね…」
     はい、と大きく相槌を打ってみたはいいものの、少し考えるとそのためだけに忙しいトレーナーさんの手を煩わせていることに罪悪感が湧いてきた。思わず不安が漏れる。
    「もしかして、迷惑でしたか?」
    「いや、全然そんなことないんだけど…」
     トレーナーさんの言葉にホッと息をつく。こちらが安心しているとトレーナーさんが言葉を紡ぎ始めた。
    「ところで、なんでそのゲームを俺に?トプロには他にもたくさん友達いるだろ?」
    「え?」
     言われてみればどうしてだろう。私は思わず首を傾げていた。確かにアヤベさんとか、クラスの子とか、オペラオーちゃんとかドトウちゃんとか、あるいはポッケちゃんとか、この手のゲームを一緒に試す相手はトレーナーさんの他にもたくさんいたはずだ。それにもかかわらず私の足は初めからトレーナーさんの方へ向いていた。ただ、不思議ではあるけど不可解ではない。こういう誰かとの信頼関係を前提とするゲームの相手に、頂点への道を一緒に歩んでいるトレーナーさんを選ぶのは自然なことだろう。
    「なんていうか、どうせやるんだったらトレーナーさんとがいいなって。」
    「そ、そうか…」

  • 2二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:08:04

     言葉ではいまいち自分の気持ちを表現することはできなかったが、一応トレーナーさんは納得してくれたようだった。しかし、その様子に少しだけ違和感を感じた。さっきからトレーナーさんがしきりに私から目を逸らそうとしているのだ。トレーナーさんがいつも誰かと話す時は相手の目をしっかりと見つめる。その誠実さや実直さが何よりの彼の長所だし、そのおかげで今私たちは健全な関係性を築けているのである。しかし今、そんなトレーナーさんの目線は私ではなくあさっての方向に向いている。おまけに右手が彼の口を覆って表情を読み取れにくくしていた。いつもは喜怒哀楽を分かりやすく示してくれているトレーナーさんが、今はつとめて感情抑制をしようとしているようにも見える。そんなトレーナーさんの様子に、違和感は一つの結論へと思考を導いた。それは考えるだけでぞっとするような、私にとって限りなく望ましくない恐ろしい考えだった。その考えを否定したくて、思わず涙を浮かべながら震える口を開く。
    「もしかして、トレーナーさんは私とするの、イヤですか?」
    「…!そんなわけない!」
     トレーナーさんが大きな声を上げる。大声には少しびっくりしたけど、トレーナーさんの言動自体には大して驚かなかった。いつもと同じだ。普段は素直で少し不器用なトレーナーさん。それ故に私たちは自分たちの感情を完全に伝え合うことができているわけではないけれど、私が不安を感じた時にはいつもそれを察して、慰めてくれる。コーチの下で出会った時から変わらない彼の優しさに、さっきまでの不安が嘘のように霧散していた。思わず笑みが漏れる。
    「そっかぁ、よかったあ…」
    「よ、よしトプロ!やるか!愛してるゲーム!」
    「はい!」
     トレーナーさんの言葉にふやけた笑顔からは打って変わって、しゃっきりと表情が引き締まる。どんな場面であれ、トレーナーさんの「やるか」に気持ちが引き締まって背筋が伸びるのは彼の担当ウマ娘としての性だ。トレーナーさんは折り畳み椅子を引っ張り出して、ソファと向き合うように置く。それに応じて何となく私もソファへと腰掛けていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:08:45

    「たぶんこういう感じだよな?やったことないけど。」
    「はい!二人で向き合いながらやるみたいです。…そういえばコレって誰が勝ち負けを決めるんですかね?」
    「普通は審判がいるんだろうけど…まぁお遊びだからあんまり気にしなくていいと思うよ。」
    「そうですね!じゃあまず私からでいいですか?」
     トレーナーさんが首を縦に振る。流れるように先攻になったわけだが、いざ言うとなると途端に猛烈に恥ずかしさが襲いかかってきた。いくらお遊びとはいえ、トレーナーさんに愛の告白めいたことを言うのである。それに、私が彼に抱いている感情は幼なじみであり担当トレーナーである彼に対する親愛の情であって、決して男女間の浮ついたものではないはずである。トレーナーさんにとってもそれは同じだろう。そんな私たちの関係に不釣り合いなことを言わなければならないことに戸惑いや照れが生じるのは当然のことだった。言葉を溜めているうちにみるみる顔が熱を帯びてくる。
    「…顔真っ赤だぞ?」
    「まっ、まだ何も言ってないからノーカンです!」
    「そっかあ…」
     危うく不戦敗になりそうなところを勢いで軌道修正する。ここでやめてしまってはゲームを楽しめたものではない。そうだ。こういうのは中途半端にやるから照れてしまうのだ。たとえ遊びでもやるからには本気で挑まなければなるまい。大きく深呼吸して目を静かに閉じる。まっさらになった頭に今までのトレーナーさんとの思い出が去来してきた。初めて会ったとき。一緒にコーチから教わったこと。手を繋いで歩いた帰り道。学園で再会したとき。レースで負けてしまった私の頭を撫でてくれた手の温かさ。菊花賞で勝ったとき…美しい思い出にはいつもあの人の笑顔があった。今ここでそれに対するお返しができるかもしれない。伝えるんだ。私の気持ちを。私はゆっくりと目を開いて、あの人の綺麗な眼をまっすぐ見つめた。そして、意を決して口を開く。
    「トレーナーさん、初めて会ったあの日から私のことを見守ってくれて、本当にありがとうございます。私、トレーナーさんのことを心から愛しています。」
     言えた。何の曇りもない私の本心。そこには照れなど微塵もなく、晴れやかな心は多幸感で満ちていた。トレーナーさんは私の気持ちをどう受け止めてくれるだろう。ふとトレーナーさんに意識を向けると、さっきまでの清らかな喜びはどこへやら、思わずギョッとしてしまう。

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:09:23

     私の言葉を聞いたトレーナーさんは一体どんな反応を示したか。それをわざわざ言葉で表現するよりも実際に見てもらった方がはるかに説得力があるのだが、そうもいかないのでこうするしかない。トレーナーさんの顔色はもう真っ赤だった。それもほんのり頬が染まっているとかその程度の話ではなく、顔全体がもうりんごのように赤く染まっているのだ。当然ながらそんな顔をむざむざ晒せるわけもなく、トレーナーさんは右手で顔を覆いながらあさっての方向を向いていた。そんなことで真っ赤に染まった顔を隠せるはずはないのだが、そうせずにはいられないのだ。おまけにうわごとのように何かを呟いている。誰がどう見ても私の言葉に照れまくっていることは明らかだった。愛してるゲームとしては私の完勝であろう。しかし、その時の私はとても勝利を高らかに宣言する気にはなれなかった。それどころか私まで心臓が猛稼働して血液が頭部に送りこまれている。側から見たら私の顔色もトレーナーさんと似たようなものだっただろう。猛烈な恥ずかしさに息まで上がってくる。そうしてとうとう堪えきれなくなって声を上げた。
    「あーっ!!そういえばすごくすごい用事があったんでした!!すごくすごい急がなきゃ!!それじゃトレーナーさん失礼しましたーっ!!」
     素っ頓狂にそう叫んで、勢いよくトレーナー室を出る。トレーナーさんはそんな私に声をかけるわけでもなく、ただ呆然と見送っていた。トレーナー室から廊下に出ると、どこに向かうともなく無我夢中で走り出した。まるで菊花賞の最終直線のように、いやそれ以上必死になって足を運び続ける。私の頭の中ではさっき受信した情報が処理しきれずにぐるぐると巡っている。

  • 5二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:09:57

     トレーナーさんのあんな表情は初めて見た。何で?いつもと違う。だっていつもはもっとかっこよくて、余裕があって。でもさっきはリンゴみたいに顔が赤くて。どうして?余裕がなかったから?なんで?私の言葉を本気で受け止めた?いつもみたいな余裕がない。「愛してる」を本気で?それで照れた?トレーナーさんは私のことが好き?違う違う。でも好きじゃなかったらあんなに照れない。そんなことない。じゃあなんで照れたの?わからない。私はトレーナーさんを見てどう思った?可愛かった。それだけじゃない。嬉しかった。なんで?気持ちが伝わったから。それだけじゃない。トレーナーさんが意識してくれたから。なんでそれで嬉しいの?何で?何で?
     しばらく走っていると、まぜこぜになった思考の中から一つの事実が浮かび上がってきた。それを受け止めるように、ゆっくりと立ち止まる。気づけば私はひとり黄昏時の川沿いの道に立っていた。靴もいつの間にか外履きになっている。橙色の西陽が私を照らし出すように降り注いでいた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:10:19

    ああ、そっか。
    私、トレーナーさんのことが好きなんだ。

  • 7二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:10:54

     私はいつの間にか心から納得できる結論に辿り着いていた。いつからかは分からないけど、私はトレーナーさんのことを異性としてみていたのだ。それこそ「愛してる」という言葉で表すことができる感情を抱いていた。しかし、幼い私はそれと年上の幼なじみ、あるいは夢を共に追い続けるトレーナーに対する親愛の情と区別ができていなかった。けれど、さっきのふざけた遊びでようやくはっきりした。トレーナーさんはおそらく私を一人前の「女性」として意識している。そして私も同じように彼を異性として意識していたのだ。
     ふと、胸に手を当てる。心臓がどくん、どくんと大きく跳ねている。それでも全く息苦しくはない。むしろ胸から発した甘い痺れが全身をめぐって、体全体を言いようのない快感で包んでいた。いや、快感とは違う。もっと大きく豊かな、確かな幸せがそこにあるのだ。初めて味わう恋の味は甘く、温かで、それでいて少し切ないすてきなものだった。
     帰らなくちゃ。トレセンへ。彼の元へ。踵を返して私は軽い足取りを刻み始める。彼は今どうしているだろう。まだぼうっとしているのかな。流石に目が覚めて仕事をしているのかな。どっちにしても私のことを考えてくれているんだろうな。そう考えているとさっきの甘い痺れがまた身体を走る。とても満ち足りて幸せな気分だった。
     ふと柔らかい風が頬を撫でる。なんて事のないその風が、私を優しく包み込んでいるようだった。

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:13:22
  • 9二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:51:31

    いいぞ^~これ
    応援スレに推薦しておいたゾ

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:52:14

    >>9

    ありがとナス!

  • 11二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 19:01:29

    浮気な夏が ぼくの肩に 手をかけて

  • 12二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 19:17:37

    お気に入り入れた

  • 13二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 19:18:19

    >>12

    ありがとナス!

  • 14二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 21:45:30

オススメ

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