【SS】ホシノ「ただちょっと夢見が悪くてさ……」Part2

  • 1124/07/08(月) 20:31:20

    先生とホシノと黒服がキヴォトスを消す話。


    書き始めて見たら思った以上に長くなってしまったSS(もはやSSって長さじゃないけど…)のPart2です。

    エタるまでは続くので、走り切れるかどうか見守ってやってくれると嬉しいです。

    ※独自解釈多数のため要注意。Part1は>>2にて。

  • 2124/07/08(月) 20:31:45

    ■ざっくりあらすじ

    "ここは楽園じゃない。真実なんてここには無い"

    "……我々は望む。ジェリコの嘆きを"


    夢の世界に囚われたホシノ、先生、黒服の三人は、元の世界へ戻るべく、偽りのキヴォトスを滅ぼすために動き出す。

    そして、夢の世界の管理者たる生徒会長、もうひとりの小鳥遊ホシノもまた、世界の侵略者に抗うべく奔走する。


    先生の前に立ちはだかるのは生徒たちのミメシス。

    多くの嘆き、多くの切望。その先にキヴォトス最高の神秘たる小鳥遊ホシノが掴んだものは――


    https://bbs.animanch.com/board/3527419/?res=191

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 20:34:07

    盾乙 楽しみにしています

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 20:34:34

    楽しみ!
    埋め

  • 5124/07/08(月) 20:40:46

    人目を避け、合間合間に休憩を取りながらも、およそ4時間ほど費やしてようやく私たちはゲヘナ自治区へと辿り着いた。
    仮眠は取れたが正直なところ、あまり寝た気はしなかった。そう言うと膝の上のホシノは「うへへ」と小さく笑う。

    「夢の中で寝た気がしないっていうのも何だか変だね。……それよりさ、重くない?」
    「ホシノが?」
    「流石におじさんもさ、ずっと膝の上っていうのも悪いかな~って……」

    やや照れながらはにかむホシノ。答える代わりにホシノの頭へ顔を埋めると、ホシノはまんざらでも無さそうに「うへ~」と鳴いた。

    「ちょっと……腑抜けすぎじゃない? あなたたち……」

    呆れたように私たちを見るアルだったが、実際便利屋68の普段と変わらない様子に救われたのが大きかった。
    だが、タワーが減れば減るほど動ける範囲も減ってくる。
    移動範囲が減ると言うことはつまり、私たちが隠れられる場所も減っていくということ。
    物理的に物資の補給も難しくなるだろうし、そこを黒服に補ってもらうにはあまりに代償が釣り合わない。
    そう考えれば、これが最後の補給になっても何ら不思議では無いのだ。

    そして、ゲヘナの大通りの近くまで行ったところで車が止まった。
    車を降りると、アルは私たちの方を向く。

    「さて、私たちはここまでね。クライアントはその先のアーケードにいるわ」
    「よしてよ、礼だなんて。私たちはあくまで依頼を遂行しただけ」
    「それでも、ありがとう」

    改めて礼を言うと、「まったく」と笑う。そして懐から名刺を取り出した。

    「何かあったら連絡して頂戴。仕事はいつでも大歓迎よ」
    「ははは……助かるよ。何かあったら必ず連絡する」

    名刺を受け取り懐へ入れる。

  • 6124/07/08(月) 20:44:26

    「それじゃあアル。また」
    「そうね、また会える日を楽しみにしておくわ」

    そうしてアルたちの乗っていた車が走り出す。遠くからムツキが「ばいば~い」と手を振っていたのを見送って、私たちは前を見る。

    「行こうか、ホシノ」
    「はいよ~。クライアントってのが私たちに協力してくれると良いんだけどね~」

    私とホシノは誰も居ない路地を曲がってアーケードの中へと進んで行く。
    誰も居ないのはクライアントとやらが人払いをしたせいか。
    しばらくアーケードを進んで行くと目抜き通りにぶつかる。ゲヘナ生には見つかりたくないところ……。
    通りを伺おうと顔を出して――その瞬間、一瞬視界が白に染まった。

    「ッ!!」
    「おっ、良い顔ですね~。もう一枚撮りますよ~」

    再度焚かれるフラッシュに、ホシノが前へ出て銃を構えた。
    アーケードの続く目抜き通り。そこにはずらりと八台の軍用トラックが並んでいた。
    トラックの前には引っ張り出してきたような置き方をされている六人掛けの円卓と椅子。そして――

    「キキッ! チアキよ、続きは話し合いが終わってからにしようではないか」
    「は~い!」

    円卓に座っていたのはゲヘナ学園の生徒会――万魔殿の三人。
    即ち、京極サツキ、元宮チアキ、そして議長の羽沼マコト。

    「クライアントは……マコトだったんだね」
    「この偉大なるマコト様の名を知っているとは、我が名声も随分と広まったものだ」

  • 7二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 20:51:35

    立て乙埋めです。

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 21:00:23

    読めない奴が来たな……

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 21:18:15

    立て乙埋め

  • 10124/07/08(月) 21:29:54

    軍用トラックの周囲には万魔殿の生徒たちがボルトアクションライフルを手に立っている。
    気付けば私たちの後ろからもトラックが計八台。合計十六台に囲まれたところでマコトは口を開く。

    「我々は会話を行える。そうだろう? そのためには銃を下ろすところから始めなくてはなぁ?」
    「……ホシノ」

    ホシノの肩に手を置くと、彼女は「気を付けて」とだけ言って銃を下ろす。
    その様子にマコトは満足そうに頷く。そして「そう立っていては疲れるだろう」と椅子へと促され、私たちは椅子に座る。

    「さて、三人だと聞いていたのだが……もうひとりはどうした?」
    「少し、ね……。それより、わざわざ私たちをここまで連れてきた理由を教えてくれないかな」
    「そう急くな、と言いたいところだが……そうだな」

    マコトは私たちを値踏みするように見て、そしてにやりと笑みを浮かべた。

    「単刀直入に聞こう。先生、我々ゲヘナと手を組まないか?」
    「…………」

    隣のホシノが「えっ……?」と困惑した表情を浮かべる。
    私にしてみても元の世界でマコトから言われた数は少なくはなく、そしてそういった提案は大抵マコトの独断で発せられる。
    そう思いマコトの隣に座るサツキとチアキを見るが、にこにこした様子でこちらを見るばかり。……どうやら今回は事前に伝えていたらしい。"それが"不気味だった。

    「ちなみになんだけど、どうして?」
    「キキッ、目障りなのだよ。あのアビドスの生徒会長が。そしてかの生徒会長様は随分とお前たちを警戒していた。そしたらどうだ。お前たちは何とたった三人でミレニアムを蹂躙せしめたのだぞ? 敵に回すよりも味方に引き込んだほうが良かろう?」

    そう語るマコトはやはり、どう見てもいつものマコトではなかった。何かがおかしい。
    思い出すのは黒服の言っていた言葉――『どこかの世界で有り得た神秘の姿』。少しだけ胸騒ぎがした。

  • 11124/07/08(月) 22:27:19

    「それで手を組もう、と?」
    「そうだ。互いに不要な出血は抑えるべきだろう? それに、見るが良い」

    マコトが合図を出すと軍用トラックが動き出す。
    目抜き通りからまっすぐに見えるのはゲヘナ学園とサンクトゥムタワー。
    そしてゲヘナ学園の校門前にはずらりと戦車大隊が並んでいた。

    「学園内部にも戦力は未だ在中。そこを突破するなど不可能だろうが……まあ仮に出来たとしても痛手を負うのは必至。いくら個々の戦力や能力が高くとも、数の前ではいずれ磨り潰される」
    「こうしてみると圧巻ですねぇ。イロハちゃんすっごい扱いていたからなぁ」
    「そうだな。イロハもよく働いてくれた。だがチアキ、いま大事な話をしているところだから少し静かにしてくれ」
    「はぁい……」

    しょんぼりして静かになるチアキ。「んん!」とマコトは咳払いをした。
    ん……? なんだか雲行きが……。

    「それで……そうだったな。お前たちは所詮は単騎。物資も心もとないだろう? だが、我々ならば補給線を敷くことも出来る」
    「……そうだね。けれど、それは私たちがゲヘナもトリニティも落とせない場合に限るよね」
    「ほう? ゲヘナを前にしてトリニティを落とせるかどうかまで考えているのか。随分舐められたものだなぁ?」

    そこでホシノが挑発的な目線を向けて口を挟む。

    「そもそも、今のゲヘナってヒナちゃんいないんでしょ? だったら、おじさんの敵じゃないよね?」
    「お前は小鳥遊ホシノ……だったか。アビドス生徒会長の名を騙るとは実に愉快なやつよ。ああいや、こう呼ぶべきだったか、暁のホルスと」
    「どっちでも良いよ。どっちも私なのは確かなんだからさ」
    「ならば暁のホルス……美甘ネルとの傷は癒えたか? その足も左腕も、まだ痛むのだろう?」
    「…………」
    「なら無理はしないことだ。それに、我々と組む間はひとつの停戦協定にもなり得るのだぞ? なに、私はお前たちの裏切りも考慮した上で話しているのだ」

  • 12124/07/08(月) 22:27:38

    私たちがゲヘナに付けばアビドスの攻略は楽になるどころではない。兵力を得た上でゲヘナとの戦いをスキップすることが出来る。
    もし後でゲヘナ、トリニティの双方を攻略しなくてはいけない状況に陥ったとしても、"ゲヘナとトリニティ"なのだ。ミレニアムではない。各校同士の乱戦に持ち込むことを"私は出来る"と考えていた。
    相手の欲するものを知り、相手の利益を与えようとすることで己の利益を得ようとする。それはまさに交渉術と呼べるものだろう。

    ――だからこそ分からない。
    ――そこでマコトが得られる利益は何だ?

    「クク……悩む、か。存分に悩むが良い。そして気が付くだろう。最良の選択が一体何なのかをな」
    「待って、マコトちゃん」

    声を発したのはサツキだった。立ち上がり、胸元に手を入れて何かを取り出そうとして、それを見たホシノが拳銃に手をかけた。

    「待てサツキ。"それ"はまだ使う必要は無い」
    「"それ"……?」

    ホシノが呟く……が、正直私には分かってしまった。

    「あの……もしかしてなんだけど……」
    「言うな先生!」

    マコトが叫ぶ。「言うな……言わないでくれ」と続く言葉に覇気は無い。
    これは……なんだ? 先ほどからもうマコトをどういう目で見たらいいのか分からない。

    「とりあえず、先生。分かるだろう? もうそろそろ分かって来たのではないか? 我々と組もう。嫌だと言うならその理由を言ってくれないか?」
    「いや……嫌というほどではないけれど……」
    「おお、そうか! いや何、そう言うだろうと思っていたとも。このマコト様の慧眼は海山を越えるとも言われているからなぁ!」

    マコトは立ち上がって手を差し出す。そして私も立ち上がる。

  • 13124/07/08(月) 22:43:34

    それは裏切りを前提にした歪な和平。私はマコトの手を――

    "――取らなかった"

    ――おかしい。
    ――何かがおかしい。

    いま目の前にいるマコトは、私の知っているマコトと比べて明らかに違う点が二つある。

    一つ目は、マコトは確かに予測が甘い。けれど、決して愚かではないということだ。そして道化を演じることもない。
    万魔殿の議長として相手にへりくだるような素振りは見せない。それをするのはただ一つの例外、イブキに対してのみだ。
    混沌と無秩序の学園のトップたる羽沼マコトという生徒が、果たして相手におもねるような素振りを見せるか?

    二つ目は私の知るマコトと比べて語る言葉が理路整然としていることだ。相手の益を伝え、自らの利を伝える。"私の知っている羽沼マコト"は大望を抱いたときこそ相手と自分との格差を見落とす。それは立場であったり情報であったりするが、少なくとも舌戦で戦える相手ではない。

    詐称も偽称も、その根幹にあるのは"自分は相手の知らない何かを持っている"ということから始まる。
    疑い過ぎるぐらいが丁度良い。何故なら私たちは前提として弱者なのだから。
    ホシノの方をちらりと見ると、ホシノは「うん」と頷いた。だから私は口にした。

    「マコト。やっぱり辞めておくよ」
    「……なに?」
    「私たちは帰ると決めた。決めた以上ゲヘナもトリニティもアビドスも、その全てと戦う。いずれ戦うのなら、仲間のフリなんて出来ないよ」
    「何故だ?」

    マコトの問いかけに閉口する。そして考える。

  • 14124/07/08(月) 22:45:16

    私はホシノを元の世界に返さなくてはならない。
    そのために私はこの世界で"生きる"生徒を滅ぼす。そう決めたのだ。
    それは私自身自覚していること――私が情で攻められてはならない。
    行動を共にすれば理解が生まれる。妥協が生まれる。罪悪感が芽生える。
    けれどもそれは、"私のやるべきこと"にとって障害にしかなり得ない。
    何故なら私は、今の私は"シャーレの先生"と名乗れないからだ。
    "己が目的のために子供を苦しめる存在"を何と呼ぶか、私は知っている。何故なら――

    「何故なら、私は"ゲマトリアの先生"だからね」
    「ッ!!」

    ホシノの息を呑む音が聞こえた。

    "だから私はマコトの提案には乗れない"

    感情を切り離し、選択をする。

    "この世界は楽園ではないのだから"

    「クク……キキキ……キヒャヒャヒャヒャ!」

    その選択をマコトは嗤った。

    「そうか、そうだな。そうだろうなぁ"ゲマトリアの先生"!」

    そして私は見た。道化が自らヴェールを脱ぎ捨てる瞬間を――

    「ならば交渉は決裂だ。私としては穏便に行きたかったのだよ。出血は少ない方が良い。そのためにも先生、"お前は私に絆されて欲しかった"――!!」

  • 15124/07/08(月) 23:11:00

    マコトが合図をするかのように手を上げた瞬間、遠くに見えるサンクトゥムタワーの外壁が爆発し、そこに大穴を開ける。

    「――ッ!!」

    そうだ、と黒服の言葉が再度蘇る。
    『本来のサンクトゥムタワーは物理破壊が不可能なもの』
    だが、この世界のサンクトゥムタワーは破壊できるのだ――
    ならば破壊するとどうなる? ゲヘナは消えるのか? それとも消えずに残るのか?
    分かっているのは世界基底に触れなければサンクトゥムタワーを"消せない"という事実。

    私はマコトを見た。瞬間凍り付いた。どうなるのか、マコトですら"分かっていない"――!?

    「な、何をしているのか分かっているの――!?」
    「確か、ゲヘナが消える……だったか。だが、ゲヘナとはこの万魔殿リーダー、羽沼マコト様が踏んだこの場所のことよ! 決してあの不気味なタワーなどではない!!」

    「先生……!!」ホシノが叫ぶ。
    動くべきか動かざるべきか、その判断は私に委ねられている。

    ――どうする……ッ!?
    ――前に進むべきなのか……!?

    私の迷いを遮るように、マコトは高笑いを上げながら言葉を続けた。

    「"物理的な破壊によってゲヘナが消える保障"があるのか? どうせお前たちと敵対すれば消えるかも知れない。ならば、先に壊して"消えない可能性"にかけて見ても結果は変わらないだろう!!」

    爆破は続く。サンクトゥムタワーの一階から順に各外壁がゆっくりと爆破されていく。
    どうすれば――

  • 16124/07/08(月) 23:11:36

    「ホシノ――!」

    私は叫んだ。

    "タワーに向かって。私が指揮をするから!!"

    「う、うん――任せるよ!」

    シッテムの箱に映ったのはホシノの周辺を表した映像。それを見て――

    "私は椅子に座った"

    「おや、行かないのか先生?」
    「私が行っても足手まといになるからね。それに――ホシノが向かったのなら"私が"どこにいても関係ない」

    だから手始めに最初の嘘。マコト議長は「ほぅ?」を一言で受け流す。

    「それに、私は誰も傷つけられないけれど、みんなも私を傷付けられない」

    直後に飛ぶ銃声。何発か鳴ってすぐに止んだ。

    「どうやら本当のことのようだな、先生」
    「――だから、ここから先は部隊を指揮する"リーダー"としての勝負だね」
    「キキッ、面白い。乗ってやろうではないか」

    円卓を挟んで私と万魔殿が対峙する。
    互いの駒は、既に盤面へと並べられていた。

    -----

  • 17124/07/08(月) 23:36:33

    混沌、狂乱――。
    爆発され解体されつつあるゲヘナのサンクトゥムタワーの姿がそこにはあった。

    タワーへ向かうホシノはひとり、傷を負いながらも走り続ける。
    その全てを嘲わらうように椅子に座る万魔殿のマコト議長。

    ――情報が足りない。

    敵は誰だ。何を倒せば私たちは前へ進める……?

    胸のうちに残るのは形容しがたい小さな違和感。
    議長の言動、その場の状況、そこから決して見過ごせない違和感が何処かにあったはずだ――

  • 18124/07/08(月) 23:36:43

    ――探せ。

    目を見開いて探し続けろ。

    ――真実は奥深くに隠されている。

    武器を調達しに行方を眩ませた黒服。未だ姿を見せない戦車長イロハ。
    風紀委員の立ち位置。空崎ヒナの介入の有無。アウトローたちへの連絡先。

    ――見逃したのなら使えばいい。私には最後の切り札が残っている。

    強力な武器には代価が伴う。ならば私の切るべき時はいつだ。

    全てが混乱の渦に飲み込まれる中、私は探し当てなければならない。
    秘された扉のその向こう。伏せられた願いと想い、その一切を暴いて滅ぼす。

    「始めるよ、ホシノ」

    タブレット越しに聞こえたのは了承の意を向けるホシノの声。
    そして私は叫んだ――

    「これより、ゲヘナ学園を攻略する――!!」

    -----

  • 19二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 03:01:21

    保守

  • 20二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 07:26:46

    ここまでマコトを恐ろしく感じる時が来るとは…
    底の見えなさも立ち振る舞いもまさしく大物だ…

  • 21124/07/09(火) 12:57:26

    アーケードから飛び出した瞬間、私は目抜き通りを嫌って路地へと走り込んだ。
    刹那に見えたのは戦車大隊が中隊編成で散開を始めていたことだった。
    ここから更に小隊編成に分かれてゲヘナ学園までの道を塞いでいくのだろう。

    「うへ~、戦車ねぇ……」

    正直なところ、別に一両や二両来たところで問題は無い。
    そもそも戦車の主砲は人を捉えるためのものではなく、対近接の散弾にしたってショットガンを構えた生徒が並んでいる方が厄介だった。
    そんな戦車を相手取るのに私が避けたいのは、バリケードとして道を塞がれることと戦車攻略で弾薬を使わせられることだ。
    道を塞がれても飛び越えればいい、ではない。飛び越え"させられる"のは明確な隙になる。

    『ホシノ、ストップ。ゲヘナ生が四人、すぐ近くにいるから弾薬を使わないで制圧できる?』
    「りょ~かい」

    立ち止まると丁度建物の影から四人のゲヘナ生が現れて、「あっ! いた!」と指を差す。
    けれど数は問題ない。先頭にいた一人目の足元に滑り込み、腹部目掛けて蹴りぬいた。

    ――まずは一人目。

    蹴り飛ばされたゲヘナ生が生垣に突っ込んでワンダウン。それに驚く二人目が銃を構える。その銃を左手で叩いて銃口を上へ。右手で持ったショットガン、そのグリップを直接相手の頭に叩きつける。ツーダウン。

  • 22124/07/09(火) 12:58:12

    「なんだよこいつッ!!」

    動揺している三人目に至ってはまだ銃に手をかけてすらいない。一息に近づいて腕を掴んだその時、少し離れた場所にいた四人目が手榴弾を投擲していた。

    ――って、味方ごと!?

    咄嗟に三人目の腕を捻って動きを押さえながら投げ放たれた手榴弾の盾にする――その時、炸裂する寸前の手榴弾、その形状を私は正しく認識した。

    投げ放たれた手榴弾。それはサーモバリック手榴弾という名称で知られるもの――

    「ヤバっ――!?」

    直後、閃光が満ちて暴力的な熱波が三人目ごと私を焼き飛ばした。
    散らばる火の玉。ごろごろと転がる三人目は「ひど、い……」と言いながら気絶。私はすぐに体勢を立て直すも、残った四人目はわたわたと銃を構える。

    「く、くらえー!!」
    「っ――」

    下手に下がってまた投げられるよりも撃たれた方が傷は浅い――銃弾を無視して私は一気に突っ込んだ。

    だが、その考えは間違っていた。

    「痛ッ!?」

    想像以上の痛みが胸元を叩いた。それでも止まらず斜め前方へと滑り込み、相手の左膝の裏をショットガンで殴る。態勢が崩れたところで後頭部へ回し蹴り。フォーダウン。すぐさま先生へと通信を入れる。

  • 23124/07/09(火) 12:59:17

    「倒したけど相手の武器がおかしい!」
    『なんだって!?』

    連絡を受けた先生が目の前のマコトを見ると、「キキッ」と不敵な笑みで返される。

    「言い忘れていたが先生よ。ゲヘナの弾薬はその全てが万魔殿特製の特別仕様だ。対人火力は大幅に上げてあるぞ?」
    「どうして……」

    それは明らかに戦争を意識した行動だった。
    ゲヘナの弱みは統制が取れていないこと。軍隊的な行動は取れないことだ。
    それは同時に頭を叩いても止まらないことを意味する。ならば脅威に立ち向かう方法はひとつしかない。
    ゲヘナ学園全生徒に日用品感覚で強力な武器を配れるほどの軍備拡張――

    「違法だなんだとは言ってくれるなよ先生。ゲヘナの法はゲヘナが決める。そしてゲヘナとはこの偉大なるマコト様のことよ!!」
    「くっ……!」

    私は認識を改めた。この羽沼マコトは危険であると。
    何が彼女をそうさせた? ゲヘナの支配者となるために商店街へと繰り出していた彼女はどこに行った?

    マコトは通信機を手に取り、そして叫んだ。

    「さあ、ゲヘナ全生徒よ――待ち望んだ祝祭だ! 派手に! 盛大に! 侵入者を歓迎してやれ!!」

    -----

  • 24二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 17:37:42

    ゲヘナって3大校なだけあって人数多いからな…
    それが一斉に襲いかかってくると考えると…

  • 25二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 21:06:47

    統率のとれたゲヘナか
    脅威以外の何者でもないなこれ

  • 26124/07/09(火) 21:48:28

    角を曲がる。走る。狭い路地――戦車、引き返して回り道。
    走りながら三角巾をバンテージ代わりに左腕へ巻き付ける。

    「先生! 次はどっちに!?」
    『ビルを抜けて裏口から大通りへ!』
    「分かっ――」

    答えようとした瞬間「いた! こっちにいたよ!」とゲヘナ生の声。私は足を止めずにビルへと走る。
    私を追いかける全員が違法改造された銃器を持っていた。弾もホローポイント弾や劣化ウラン弾と、少なくとも元の世界ではブラックマーケットを漁らないと手に入らないようなものばかり。
    当たったからと言ってすぐ戦えなくなるわけじゃないけど、食らい続けるのは本当にマズい。何より数が、敵の数が多すぎる――!

    「先生、地上からは大通りは抜けられない! 上から行けるルートは!?」
    『じゃあそのビルだ! ホシノなら最上階から大通りを挟んだビルまで飛べるはず!』
    「それしかないよ、ねッ!」

    ガラスを体当たりで"ぶち破って"転がりながらビルの中へ。
    エレベーター……いや閉じ込められたら終わりだ――非常階段へと向かって防火扉を開けて飛び込む。
    三歩で各階の踊り場を駆け抜けながら上へ、上へ。

    ビル全体へ断続的に揺れが走って――私は気付いた。
    このための戦車だったのだ。私を撃つのではない。車体はバリケード。主砲は私の入った建造物を壊すため。
    そうならばこうして私が屋上伝いに進もうとしていることは――

    「まっずい……ッ!!」

  • 27124/07/09(火) 21:48:46

    三歩から二歩間隔で階段の踊り場を駆け抜ける。
    最上階への扉が見えて防火扉を押し開ける。廊下に出た瞬間、地面が揺れた。いや、傾き始めた。ビルが崩れる――

    「ぅ、ぁあああああ!!」

    走る。目の前のガラスまで十数メートル。左腕を支えにショットガンを構えてガラスに発射。息を深く吐き切る。そして、そのままの勢いでガラス目掛けて飛び込んだ。

    「――――ッ!!」

    瞬間、ガラスを突き破ったホシノの身体は空中にあった。
    眼下の大通りにはゲヘナ生が35人。遠くからは四輌の戦車が先ほどまでいたビル目掛けて砲撃中。正面には隣のビルの屋上。ショットガンは胸元に。五点着地の体勢を整える。重力がホシノの身体を掴む。

    「――っ」

    足裏が屋上に触れた瞬間、全身を使って転がるように着地に成功。どこか痛めた場所も無い。

    「っ――はぁ……!! はぁ……!」

    大きく息を吸い直す。ここからならゲヘナ学園まで大通りを抜けずに進める――そう思って私はふと、空を見上げた。

    「…………なに、これ」

  • 28二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 21:49:13

    このレスは削除されています

  • 29二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 21:49:24

    このレスは削除されています

  • 30124/07/09(火) 21:50:51

    見えたのは三隻の飛行船だった。

    ――だって、まだこの世界に来てから一日も経っていないのに……。

    飛行船に映し出されているのは、私の顔が映った画像。

    ――ミレニアムからは半日も経っていないのに……っ!

    そして明らかに浮いているポップ体でこう書かれていた。

    《キヴォトス最強を捕まえよう! 鷹狩祭り開催!》

    ……あれさー、鷹狩って"鷹を狩る"んだっけ? "鷹で狩る"んだっけ?
    ……どっちだっけ? ま、楽しそうじゃん!

    大通りのゲヘナ生の声が聞こえた。

    明らかに準備されていたとしか思えないこの状況。
    手を組もうだなんて、この光景の後にはどう考えても嘘でしかない。

  • 31124/07/09(火) 21:51:50

    アーケードからそれを見た先生は絶句した。
    全ては最初から、いや、始まる前から用意されていた。
    私たちが来ることを事前に知ってでも無ければ、こんな――

    「ど、どうやって……」
    「クク……言っただろう? そちらが最高の戦力で来るのなら、こちらは最多の戦力で磨り潰すとな」
    「マコト、君は――」

    どの世界から再現されたマコトなの? そう聞こうとして飲み込む。聞き方が違う。こう聞くべきだ。

    「君は――"私たちがしてきたことをどこまで知っているの"?」
    「全てだよ。教えてやろうか? 私が見てきた全てを」

    マコトの瞳に仄暗い怒りが揺らめく。そして彼女は語り始めた。

    -----

  • 32二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 21:55:05

    ノアの時みたいに別の世界の記憶が混入してる…?

  • 33124/07/09(火) 23:11:04

    ――「シャーレの■■」が重体になってから、75日が経過しました。

    クロノスの報道を聞いたイブキは泣きそうな顔をしていた。

    「そんな顔をするなイブキ」
    「でも……」
    「大丈夫だ。何故なら■■はこの偉大なるマコト様が見つけた逸材! イブキを泣かせた責任を取って……そうだな、万魔殿の顧問となってもらう他あるまい! だから、大丈夫だイブキよ」

    その言葉にイブキは「……うん」と頷いた。

    ……シャーレが爆発してから色々あった。
    あれだけ目の敵にしていた■■■■は行方をくらまし、トリニティでも不可解な事件が起きているという。
    今まであった世界がゆっくりと、姿の見えない何かへと変わっていくのを感じた。
    思い返せば、もう既にこの世界はおかしくなっていたのだろう。

    ――「■■」の意識が戻らなくなってから、100日が経過した本日……。

    ■■の延命治療が打ち切られた。
    みな、酷い顔をしていた。空の色が何色なのかも分からなくなっていた。

    「……葬儀を上げよう。非公式でも。■■だったらそう言ったはずだ」

    私の言葉に万魔殿の皆は頷いた。
    ■■■■を失った風紀委員たちも呼んだ。風紀委員を呼ぶなど、それは初めての心境だったのかもしれない。
    けれども、私が統治したかったゲヘナは今のゲヘナではない。為政者として、万魔殿の議長として、それを行えるのは私だけだった。

    例え慰めにしか成らずとも、皆が再び前を向いて歩き出せるのなら。そう思っていた。

  • 34124/07/09(火) 23:11:25

    ――だが、どうやらこの世界は私が思っていたよりも壊れ切っていた。

    『マコト議長……■■■■に、誰も居ません』

    情報部から伝えられたその言葉はあまりに理解の出来ないものだった。
    どれだけ廃れた■■■■高校だって、いや、■■■■自治区であろうとも、たった数時間で誰も居なくなるなど有り得ない。
    調査に向かわせた情報部員はそのまま失踪。連絡も取れない。

    ――何かが起こっている。

    どこから聞きつけたのか、風紀委員たちもまた調査に向かおうとしていた。
    制止しても「■■■■がいるかも知れない」の一点張りで突き進んでいく。そして全員消えた。

    ――何かがいる。

    その手がかりを掴めたのは、情報部が唯一掴めたひとつの言葉だった。

    『誰か居ます! なんでこんなところにひとりで――』
    『敵です! 敵はひと――』

    通信機越しに聞こえた言葉を最後に多くの者が消えていった。
    唯一取れた映像は見知らぬ存在――いや、と、類似する生徒を思い出す。

    ――■■■■■、なのか……?

    ■■■■高校に通っていた■■■■■。私は敵の画像に彼女を見出す。
    確証は取れない。だが、もし本当に■■■■■ならば……?

    「情報部は全員ゲヘナへ戻れ!」

  • 35124/07/09(火) 23:11:48

    私の出した号令を果たせたのは、各校へ潜り込んだ情報部の三割程度。あとは全員消された。
    そのうちのひとりが語る。「■■■■■もやられたようです」と。

    ――敵は単騎。相手は恐らく■■■■■。だが、なんだ。どうやって消している。

    敵がいるのは分かっている。
    だがその対抗策は? ■■■■■のようにこのゲヘナも消されてしまうのではないか?
    万魔殿も、何より、イブキも――

    「……戦争の準備を始めよう」

    そう発した瞬間、きょとんとした顔で私を見る万魔殿の仲間たち。

    「どうしたんです? 急に」とイロハ。
    「どうしたの? マコト先輩」とイブキ。
    「わ、私は何もしてないわよ!?」とサツキ。
    「……号外、『万魔殿議長、開戦する』ってやつです?」とチアキ。

    「敵だ。敵が来る。このキヴォトスを侵略せんとする敵が、な」

    イロハは「よく分かりませんけど……?」と首を傾げる。

    「イロハ。戦車部隊に対個人戦の訓練をさせるのだ」
    「対個人って……そもそも戦車使うより良い方法があるのでは?」
    「違う。敵がどれだけ屈強で素早くとも捕捉できるだけの訓練だ」
    「はぁ……」

    そして私は指示を出す。キヴォトスを滅ぼさんとする史上最大の個人に対する対策を練るために。
    いつの間にか存在していた"不気味な塔"が何なのかも分からない。
    だが、"■■■■の生徒会長"が言うにはこの塔こそが私たちを守る最後の壁なのだと。

  • 36124/07/09(火) 23:12:00

    ――気色が悪い。これを失くせば我々が消えるだと?

    気味が悪かった。我々の命はこの"不気味な塔"に握られているのだと。
    いまなお世界を侵略し人々を消すあの"不可解な存在"と同様に!!

    そしてそれらは現れた。
    "不気味な塔"が示す異常値。不可解な三人組。そのうちの一人が"暁のホルス"と呼ばれていることを知って、それが最大の戦力だと知ってようやく合点がいった。

    "■■■■■"とは"暁のホルス"である。
    "暁のホルス"が世界を滅ぼす。ゲヘナのみならず、万魔殿も、イブキも、その全てを。

    ならばこれは戦争だ。
    世界を消し去る最大の個人とゲヘナとの全面戦争だ。

    「故に先生、いや、"ゲマトリアの先生"よ。私は守る。お前たちから、ゲヘナだけでも――!!」

    それが羽沼マコトの宣言であった。
    彼女は再現された存在――異常事態の只中を呼び"移された"万魔殿の議長。
    マコトの戦争は終わらない。前も後も無いこの世界において、どれだけ"侵略者"を討ち倒そうとも、倒した後の世界は存在し得ない。羽沼マコトに平穏は決して訪れない。

    「お前たちはここで終わりだ。そして私の地獄もここで終わらせる――!!」

    それが、羽沼マコトの叫びであった。

    -----

  • 37二次元好きの匿名さん24/07/10(水) 06:30:46

    どれだけマコトが手を尽くそうとも、その先の世界はない…
    哀しい存在だな…

  • 38124/07/10(水) 10:34:57

    どことも知れぬその場所で、戦車大隊を指揮するイロハは思わず呟く。

    「はぁ……面倒ですね」

    モニターに映るのは目標の少女、暁のホルスの姿。
    屋上から屋上へと駆けるその姿は、確かに鷹と呼んでも良いかもしれない。

    (高機動の対個人戦だなんて、まさか本当に使う羽目になるとは思いませんでしたよ)

    マコトが突拍子もないことを言うのはいつものこと。
    初めはそのぐらいに流していたのだが、どうやら本当におかしくなってしまったのだとじきに気付いた。

    (サツキ先輩は何もしていないと言ってましたし、また何か変なものでも食べたんですかね……)

    戦争の準備を、だなんて、普段なら絶対に言わないようなことを言うマコトの気味の悪さと言ったらなかった。
    イブキとチアキはノリノリだったが、私もサツキ先輩もあれは流石にちょっと引く。
    だからこそ、さっさと満足していつものマコトに戻って欲しかった。
    万魔殿に必要なのは馬鹿で間抜けな羽沼マコトであり、様子のおかしい今のマコトでは決してない。

    と、その辺りでモニターに映る少女が人気の少ない通りに出た。

    (今ですかね)

    「第一中隊、E5へ向けて高角砲発射。第二、第三は引き続き黒服を探してください」

    通信機を介して発せられる指揮が中隊長に伝わり、小隊の牽引する高角砲が指定されたポイントへと向けられる。
    中隊長から小隊長へ号令。小隊長から各隊へ伝達。そして――

    「撃て!!」

  • 39124/07/10(水) 10:35:10

    号令と共に高角砲から砲弾が放たれる。区画を走るホシノが見たのは、空中で爆発する"クラスター爆弾"――

    「はは……」

    辛うじて出たのは乾いた笑いだった。
    世界を敵に回すこと。その意味から、私も、先生も、ずっと目を逸らしていたのだ。

    ――だってこんなの、勝てるわけがないでしょ。

    あんなものを食らってただで済むわけがない。
    耐え切れたとしても確実に意識は失う。そうなれば私を"狩り"に来るゲヘナ生たちから逃げられない。

    ――もう無理だよ、先生。勝つとか負けるとか。そもそもそういう話じゃなかったんだ。

    暴虐の雨が迫る。

    『ホシノッ!!』

    通信機越しに先生の声が聞こえた。
    この世界に奇跡は無い。けど――

    「先生。頑張ってみるけど、死んじゃったらごめんね」
    『――ッ!!』

    次々に壊れていく建造物。砕ける道路。破壊の雨が迫り、火と鉄がホシノの全身を飲み込んだ。そして――

    跡に残されたのは破壊され尽くした通りとヘイローが消失した少女の姿。
    シッテムの箱から、ホシノの反応はロストした。

    -----

  • 40二次元好きの匿名さん24/07/10(水) 10:37:34

    流石に無茶だったか…
    もしかして先生がアレを使うことになるんだろうか

  • 41二次元好きの匿名さん24/07/10(水) 10:41:13

    ほしゅの

  • 42124/07/10(水) 12:38:31

    「……サンクトゥムタワーを解体するまでもなかったな。"暁のホルス"は死んだそうだ」

    目の前の羽沼マコトは、通信を切って呟いた。
    世界を守るべく、侵略者である私たちを"殺す"という決意を固めた戦争の体現者は、何の感慨も無しに私を見る。

    「奇跡など存在せんよ。ここにあるのは人の意志と選択だけだ」

    彼女の戦争に終戦は存在しない。全ての侵略者を殺しつくしても、戦いに向けて未来永劫備え続ける地獄そのもの。
    それがこのゲヘナという悲劇の舞台であった。

    「お前は選択を間違えたのだ。あの時、"暁のホルス"を送り出すという選択さえしなければ……もし他の選択をしていたのなら、きっと誰も死ななかったのになぁ?」

    嘲るように笑うマコトが、"私自身"が、私の選択を責め立てる。

    「おー、遂に倒したんですね! 流石ですマコト先輩!」
    「イブキちゃんにも言ってあげないとね」

    チアキとサツキは無邪気に笑う。
    彼女たちの常識に死が存在しないからこそ、殺人を行うマコトという存在がいないからこそ何も変わらない。
    マコトの世界と彼女たちの世界が交わることは決して無い。

    奇跡とは、今を積み重ねた先にある未来で起こるもの。そうである以上、未来に到達し得ないこの世界では奇跡なんて起こらない。

    ――ホシノが死んだ。
    ――死者は決して蘇らない。

  • 43124/07/10(水) 12:38:45

    それは万能に見える大人のカードですらも覆せない絶対の法則。
    遠くで今なお爆発するサンクトゥムタワーを、朦朧とする意識の中で眺める。そこには絶望しか無かった。

    「顔色が悪いようだな先生よ。1時間くれてやる。少し休んで考え直せ。今度は選択を間違えないようにな」

    そして羽沼マコトは席から立ちあがった。

    「チアキよ。そこの茶屋で横になれる場所があっただろう。先生を連れて行って差し上げろ」
    「は~い! 先生、こっちこっち!」

    力なく項垂れる私の手をチアキが引いた。
    抗う気力すら既になく、私は茶屋の方へと引っ張られていく。

    ――もう、疲れてしまったよ。

    そして、鷹狩祭りは――私たちの戦いは終わりを迎えた。

    -----

  • 44124/07/10(水) 12:45:10

    ――違う。

    茶屋で横たわりながら、私の内から声が上がった。

    ――こんな終わり、あっていいはずがない。

    20分。30分。時間ばかりが過ぎていく。

    ――何か見落としているはずだ。まだ何も終わっていない。

    40分。50分。この時間に意味はあるのか?

    ――本当にホシノは死んだのか?

    不意に過ぎったのはひとつの言葉だった。

  • 45124/07/10(水) 12:45:34

    『マコトの世界と彼女たちの世界が交わることは決して無い』

    マコトは殺人を肯定するまでに追い詰められた世界の再現。
    対して他の面々はどうだ? チアキやサツキを見る限り、そのような様子は無い。普段の万魔殿だ。
    彼女たちは殺人を肯定する? そんなこと絶対に有り得ない――!

    「……まさか」

    私は身体を起こして、私を監視するチアキを見た。

    「あ、もう大丈夫で――」
    「誰が報告したの!?」
    「えっ……!? な、何が――」
    「誰がホシノの死体を確認したの!?」

    その答えを聞いて確信した。
    まだ何も終わっていない。ホシノはいま、"救急医学部"にいる――!!

    -----

  • 46二次元好きの匿名さん24/07/10(水) 17:27:49

    もしかしてセナの口癖を勘違いしたのか…?

  • 47124/07/10(水) 20:46:15

    ――ここは……。

    目を覚ますとそこは救護室のようで、どうやら生き残れたらしい。

    「――タワーは……ぐッ!」

    不意に起き上がろうとして全身に鈍い痛みが走った。
    それでも、あの爆撃を受けてこの程度なら充分良い方だ。

    「目が覚めましたか」

    ベッドの横に看護服を着た女の子がやってきた。
    その特徴から先生の言葉を思い出す。確か――

    「救急医学部の氷室セナです」
    「セナちゃん、ね。ここは……ゲヘナ学園の中?」
    「はい。あの怪我から1時間で目を覚ますなんて、流石ですね」

    ふと自分の身体を見ると、首から下は殆ど包帯が巻かれていて、顔や首などには湿布が貼られていた。
    服装も制服ではなく患者衣で、よほど怪我が酷かったらしい。
    それで思い出した。ゲヘナ特製の軟膏は効きが良いって先生も言ってたっけ。

    「とはいえ、まだ動かないでください。あくまで痛み止めが効いているだけです。本来ならば二、三日は入院するべき怪我でしたので」
    「……タワーは?」
    「タワー?」

    セナちゃんは首を傾げて「ああ……あれですか」と合点が言ったように頷いた。

  • 48124/07/10(水) 20:47:08

    「祭りで壊すあの塔ですか。あなたが捕まったので解体が中止になったらしいですね」
    「ほんと……!?」
    「ええ、直に爆弾の撤去作業も始まるそうです」
    「……良かった」

    そう考えればこの怪我も悪くは無かった。ちゃんと意味があったのなら――

    「……そういえば、私の銃は?」
    「ベッドの下にまとめてありますよ」

    その時、セナの携帯に着信が入った。

    「おや、少し失礼します」

    電話の相手は議長だった。

    『医学部長よ。暁のホルスの死体は今どうなっている――!?』
    「死体……いえ、負傷者はちょうどいま目が覚めたところです」
    『な、なにィ――!? 死体を収容したと言っていただろう!!』
    「……済みません。よく聞こえませんでした」
    『おま――』

    突如、通話が途絶えた。
    音の消えた電話を、マコトは憎々し気に投げ捨てる。

    「何故だ――何故分からん! そいつはゲヘナの侵略者なのだぞ――!?」

    円卓を叩いたマコト。私は席へと戻って来た。
    私に着いてきたチアキと、席に着いているサツキが困惑した様子でマコトを見ている。

  • 49124/07/10(水) 20:47:31

    「マコト、君の世界でのセナはきっと、死体と負傷者を言い間違えなかったんだね」
    「――っ」

    ――だってマコトの戦場では本物の死が存在したから。そこのセナは正しく"死体"と"負傷者"を区別したんだ。

    「君の叫びも絶望も、このゲヘナには届かない。だって誰も知らないんだ。平和な今しか知らない。君の見てきた地獄を知らない」

    ――ゲヘナにおいて、マコトが突拍子も無いことを言うのは日常茶飯事なのだ。視座が異なる以上、そこに言葉は通わない。今がずっと続く以上、羽沼マコトの真の理解者はゲヘナのどこにも存在しない。

    「ホシノを倒して勝利したはずの君が、どうして1時間も私に時間をくれたのか不思議だったんだ。ようやく分かったよ。君は私たち以上に追い詰められていたんだ」

    ――だから彼女は1時間を使って"説得"を試みた。相手はもちろん、万魔殿も風紀委員も含むゲヘナの全生徒。

    「君は、祭りの体裁を保たなきゃゲヘナ生たちを動かせなかったんだ。だってまだ黒服は見つかっていないのだから。ホシノで終わらせるわけには行かなかったんだ」

    ――体裁あってようやく動くゲヘナ生。きっとミレニアムじゃそうはならない。圧倒的存在として君臨していた彼女であれば、命令ひとつで全員動かすのも容易だろう。

    ――けれど、羽沼マコトは違う。ゲヘナの生徒会、万魔殿議長の羽沼マコトにだけはその法則が当てはまらない。
    だって君は、圧政を敷く暴君では無かったから。思いつきで間違えて、それでもちゃんとするべきところは話を通す。馬鹿で間抜けと言われても、皆に辟易とされながらもゲヘナで民主的にトップへ躍り出られる優しい君主なのだから。

    その時、私の携帯に通話が入った。知らない番号。
    だが、私はそれが誰なのか分かっていた。

  • 50124/07/10(水) 20:47:42

    「ホシノ……ごめん」
    『大丈夫だよ先生。私はまだ、諦めてないからね』
    「……うん。あと少しだけ、お願い」

    マコトは決死の形相で私を見る。
    それを私は、真正面から受け止めた。

    「さあ、席に着こう。万魔殿議長、羽沼マコト。私たちはまだ、終わっていない――!!」
    「き、貴様ぁ――!!」

    そして、第二ラウンドが始まった。

    -----

  • 51not >>124/07/11(木) 01:20:16
  • 52二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 06:37:18

    ここからどうやってゲヘナ攻略していくんだろ…

  • 53124/07/11(木) 08:02:15

    >>51

    有り難き…!

    「コピペすればいいはず!」と焦りながら立てた結果ガバったので助かります…!

  • 54124/07/11(木) 11:29:13

    「……ごめんね」

    セナを気絶させたホシノは、制服を着直してショットガンを手に取った。
    傷より深いどこかが痛むが、振り払うように頭を振った。

    ピストルを手に持ってチャンバーチェック。各種弾数も確認し、腰に四つのスモークを付け直す。
    左手を軽く握って開いて、感覚を確かめる。「よし――」例の軟膏のおかげか、左手も銃身を支えられるぐらいには力が戻ってきていた。
    問題は全身に受けたダメージが酷いこと。歩くだけでも痛みが走る。連続10分以上の戦闘は避けたいところで、逃げ続けるのも正直厳しい。

    サンクトゥムタワーの解体を止める、まずはそこから始めないとどうすることもできない。

    ホシノの視線、その先にあるタワーには今、温泉開発部たちの姿があった。
    温泉開発部部長、鬼怒川カスミは携帯越しに議長と話す。

    「いやぁーー! 悪いね、やはりここに私の求める源泉は無いようだ!」
    『何を言っている! 良いから今すぐ爆破するのだ!!』
    「とは言ってもだなぁ……。まだ部員たちがいるんだ。どうしてそんなに急いでいる。人生にはゆとりが必要だろう?」
    『ぐっ――ふ、ふざけているのか!?』
    「まさか! 大真面目さ。まぁ待て。いずれ爆破するからゆったりと紅茶でも飲んで――いやコーヒー派か? どちらでもいいな! ハーッハッハッハッハ!」

    「くそォッ!! どいつもこいつも何なんだ!!」

  • 55124/07/11(木) 11:29:30

    マコトが円卓を叩いたのは何度目になるか。
    事態を理解していないチアキとサツキは呆れたように「うわぁ……」と声を漏らす。

    誰も理解していないのだ。サンクトゥムタワーのことも、世界基底のことも。
    当たり前のように物が壊れるゲヘナにおいて、一体誰がタワーについて気に掛けることか。
    羽沼マコトの言葉が誰にも届いていない以上、ただでさえ言うことを聞かないもの達に言って聞かせることなど不可能。

    「イロハぁ!! 今すぐ全隊を学園に引き戻して砲撃しろ!!」
    『嫌ですよ。学校まで撃ったら掃除が面倒じゃないですか。そもそも黒服捜索ですぐに戻って来られません』
    「だったら風紀委員だ! "暁のホルス"を捕まえろ!!」
    『はぁ……。とのことです。アコ風紀委員長』

    「まぁ、そのぐらいなら仕方ありませんね……。救急医学部に話すぐらいはしましょう」

    ヒナの抜けた風紀委員本部で、アコは携帯を手に取った。
    相手は救急医学部の部長、氷室セナ。だが――

    「繋がりませんね……」

    いまの時間に彼女が看護室にいることは分かっていた。
    にも関わらず繋がらない電話。普段であればすぐ出るはずなのにどうして……。

    「イオリ、ちょっと見てきてもらってもいいですか?」
    「えっ……いまお湯注いじゃったんだけど……」
    「あなたの足なら五分も掛からずに戻って来られるでしょ?」
    「五分は無理だから! アコちゃん、委員長になってから人使い荒くなったんじゃ……なな、何でもない! すぐ行ってくる!」

  • 56124/07/11(木) 11:29:44

    そしてイオリは走り出した。向かうは救急医学部。
    一方、準備を終えたホシノは外の様子を伺う。通信機を付けると先生の声が聞こえた。

    『マコトがタワーの爆破依頼を出し直した。ホシノにはタワー内にいるはずのカスミを倒してほしい』
    「温泉開発部の部長だっけ? 確か――」
    『うん、絶対にカスミの話は聞かないで。会話もしない。見つけ次第すぐに撃って無力化しよう』
    「先生は?」
    『完全に便利屋頼りだね……。いま近くで待機してもらってるから、状況を見てそっちに向かうよ』
    「それじゃあ……行くよ!」

    そして私は救急医学部の扉を開けて――

    「…………あ」

    扉の先には、息を切らせたイオリが立っていた。

    -----

  • 57二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 14:04:21

    イオリもなかなか強者側の人間だから戦闘長引きそうだな…

  • 58124/07/11(木) 18:50:08

    ――なんでここにイオリちゃん!?
    ――倒す? 逃げる? 目的は?

    ばったりと遭遇した瞬間に脳裏を過ぎる疑問と選択肢。
    大した目的も無く来たのなら戦う必要は無い。そのまま逃げればいい。
    ただ目的が私である場合、誰かを呼ばれる前にここで倒し切らないとマズい――!

    「あんた――」
    「丁度良いねぇ~! 風紀委員の人でしょ?」

    イオリが口を開いた直後、私が咄嗟に遮る。イオリは首を傾げる。

    「突然襲撃されて、セナちゃんが……」
    「襲撃!?」

    道を開けるとイオリの視界には床で倒れているセナが映る。
    「一体誰に――」そう再び私に目を向けた瞬間、イオリの顔面に突き付けられたのはショットガンの銃口。

    「な――!?」

    銃声が鳴り、イオリが吹き飛ぶ。廊下を滑るイオリの身体を追いかけるように銃口を向けた。

    ――倒す。その後どこかに隠せばそれでいい。

    そして追撃――だが、

    「いったいなぁ!! 急になにすんだ、よぉッ!!」
    「……!?」

    イオリが飛び起きてカウンターショット。ショットガンの弾は床を抉り、ライフルの弾が私の耳についた通信機を破壊した。

  • 59124/07/11(木) 18:50:37

    ――なんで普通に動けてるのさ!?

    動揺も露わにしつつもイオリに詰め寄る。再びショットガンで射撃するが、イオリは半身をずらして銃口を躱し、すれ違い様に私の腹部へ鋭い蹴り――

    「ぐっ――!」

    救護室の中へと蹴り飛ばされて、私は気付いた。
    いまの自分が到底戦えるような身体では無いことに。

    この世界に来て、調査のためにゲヘナを歩いて六時間。
    アビドス分校へ向かっている最中に先生たちが捕まって。
    アビドス自治区からミレニアムまで走り続けて行ったネルとの死闘。
    五時間気絶して、そこから目が覚めて一時間ほど休憩。そして再び夜間移動。
    便利屋と共に四時間の移動を行ってから今度はゲヘナで悪夢みたいな鬼ごっこ。
    クラスター爆弾で爆撃されて気絶して、治療があったとは言えまだ一時間しか経っていない。

    当然だった。そもそも動けているのが皮肉にも奇跡のようなもので、むしろこれまでよく戦ってこられたものだ。
    そのことを意識した瞬間、全身の痛みが酷くなった気がした。

    ――気がしたんじゃなくて多分、ハイになってて分からなくなってるだけなんだよね。

    思わず苦笑いを浮かべると、こちらに迫るイオリは不愉快そうに銃を構えた。

    「救護してもらっておいて襲うとか、どんだけ恩知らずなんだよ!」
    「……こっちにだって事情があったんだよ」
    「事情なら檻で聞く! まともな扱いは期待するなよ!」
    「はは……うん。そうだよね」

    直後、私はベッドを区切る衝立を引き寄せて自分の姿を遮った。放たれるイオリのライフル弾が衝立に穴を開ける。ベッド側へと退避しながら丸椅子を掴んでぶん投げた――!

  • 60124/07/11(木) 18:50:53

    「あぶなっ!!」

    躱すイオリ。迫る私。ショットガンの銃先を掴んでイオリの胴体を殴りつけようとするが、イオリはライフルで受け止める。即座に左手がホルスターにかかる。引き抜く拳銃。イオリに連射――全弾命中。けれどもやはり威力は落ちてる。

    たたらを踏むにとどまったのを見て身を引くように真後ろへ飛びながら、銃口をイオリへと向ける。
    同時にイオリも後ろへ飛んだ。互いに離される距離――ショットガンの有効射程から外れ、装填を終えたライフルが私に向けられた。

    「射程距離に入った……行くぞ!」
    「――っ!」

    即座に盾を展開――間に合わない! 右肩を撃たれバランスを崩しながらも銃口をイオリへ向ける。いや、イオリは既に私の右手へと滑るように走りながらボルトアクションを完了させていた。そして私に向けられる銃口。避けることすらもう――

    「ぁあああッ!」

    盾を振り回すように身を捻って射線を遮る。ライフルから放たれる銃弾はすんでのところで盾に弾かれる。
    身体が半回転し、イオリに背中を見せてしまう。直前に見えたのは前に詰めながら装填完了したイオリの姿。盾も銃も手放して頭をカバー。全力で真横に飛び込んで回避する。私の身体は薬品保管棚へと突っ込んだ。

    「ちっ、素早いやつめ」

    それはこっちの台詞だよ――!

    そう言おうとして激しくむせる。
    素早い動きで的確に対象へ弾丸を叩きこむ風紀委員会の切り込み隊長、それが銀鏡イオリという生徒だった。

    ――つまり最悪ってことだよ。

    よろよろと立ち上がると、既にイオリはライフルに弾を込め終わっている。私の手元には拳銃が一丁とスモークが四つ。
    肝心のショットガンはイオリの方だ。あれで無ければイオリは倒せない。

  • 61二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 19:24:59

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  • 62124/07/11(木) 19:25:29

    「イオリちゃんさ、投降するから銃下ろしてくれない?」
    「順序が逆だろ! それに投降していいぞ。武装解除したら撃って気絶させるからな」
    「うへ~、もうちょっと手心とか無かったっけ?」
    「うるさい! こっちにはカップ麺の恨みがあるんだよ!」
    「カップ麺……? まあ、食べ物の恨みじゃあしょうがないよね」

    横目に窓の外のタワーを見る。
    まだ爆破されていないということはきっとカスミちゃんは中に居る。
    外に出してはならない。出会いがしらに銃弾を叩きこんで起爆スイッチを奪取する必要がある。
    そのためにも、ここでこれ以上時間をかけるわけには行かない――

    その時、ふとくだらないことを思い出した。
    前にシャーレのオフィスへ行ったときのこと。先生に貸してもらった漫画の内容だ。

    「……こういう、追い詰められたときにさ。一発逆転を狙って全力を出すキャラが居たんだよ」
    「……何の話だ?」
    「そういうキャラってこんなとき、大体こういうこと言うんだよね」

    息を整えて、ゆっくりと吐く。深く、静かに。ただ倒すべき敵だけを見る。そして――

  • 63124/07/11(木) 19:25:41

    「もってくれよ、私の身体!!」

    即座にスモークグレネードをアンダースローで投げ放つ。回転して周囲が煙に包まれる。
    同時、イオリがライフルで射撃。私の足を撃ち抜く――が、そのまま踏み込む!
    そしてショットガンのある方、とは逆方向へ私は飛んだ。

    「くっ――どこだ!」

    イオリはいまショットガンの方へと身体を向けている。つまり私から見れば背中がガラ空き――瞬間、拳銃に粘着弾を装填してイオリの背中目掛けて連射した。ヒット。後ろから撃たれたことに驚いたイオリが振り返る。粘着弾についた爆弾が爆発。私はショットガン目掛けて飛び込み――その手に掴んだ。

    全身がバラバラになりそうだと叫んでいる。今すぐにでも手を離してしまうのではないかというほどに激痛が走る。
    その全てを噛み殺して、私は瞳を――銃口を、イオリへと向けた。

    「終わりだよ、イオリちゃん」
    「ッ!!」

    ショットガンから放たれたのは、もはや爆撃そのものだった。
    そしてイオリの意識もろとも、その身体を壁へと叩きつける。

    「はぁ……はぁ……」

    後に残ったのは、ぐらつく私の荒い息だけだった。

    -----

  • 64124/07/11(木) 19:48:17

    「ぅ、――げぇ、かはっ……」

    限界なんてとっくの昔に過ぎていた。
    空っぽの胃の中身を出そうと、私の身体は痙攣する。膝をつく。

    「はぁ……はぁ……。……はは」

    ――きっと負けたら楽になるんだろうな。

    敗北すれば全てが終わる。その時生きているか死んでいるかは別にせよ、それでも戦う必要は無くなる。
    けれど、負ければ確実に先生は殺される。先生が居る限り、この世界は壊されかねないから。
    そして私も、いつ終わるか分からないこの世界に閉じ込められる。もうみんなに会えなくなる。

    「そ、れは……嫌だなぁ……」

    ――私が帰らないとみんなが悲しむから。ああ……あと、アヤネちゃんがすっごい怒る。

    「怒ると怖いんだぁ……アヤネちゃん」

    ショットガンを杖代わりに立ち上がる。
    私はイオリちゃんに勝った。まだ戦いは終わっていない。

    「またみんなと水族館、行きたいなぁ……」

    盾を背負い直してよろよろと救護室を出る。

  • 65124/07/11(木) 19:48:34

    校庭では暇を持て余した、それとも喧嘩をしたのか、ゲヘナ生たちが銃を撃ったり爆弾を投げたりしていた。

    その中を私はふらつきながら歩く。サンクトゥムタワーは噴水広場の中心にあった。
    タワーからは温泉開発部の面々が慌てて出ていくのが見えて、恐らくもうじき爆破するのだろう。
    かすんだ両目を眇めて深く息を吐く。――そうだ。もう少し。あともう少しなんだ。

    ふらつく足取りが歩みに変わり、徐々に走りへと転じていく。

    「行くよ――これで最後だから」

    これで最終局面、ホシノはタワーに向かって駆け出した。

    -----

  • 66二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 20:39:29

    ホシノかなり満身創痍だけど、これでゲヘナを攻略してもまだトリニティとアビドスが残ってるんだよな…
    恐ろしすぎる…

  • 67124/07/11(木) 21:00:41

    (タワーを壊せだの壊すなだのやっぱり壊せだの、随分と愉快なことになっているんじゃあないかこれは)

    温泉開発部部長の鬼怒川カスミは、満面の笑みを浮かべながらサンクトゥムタワーをひとり降りていた。

    (壊すことで得られるメリットとリスク、その天秤が議長にとって拮抗しているのか、それとも――)

    少なくともこのタワーには"壊すべきタイミングがある"ということだ。
    議長には言ったが、きっとこのタワーを壊せば最高の源泉に巡り合えるかも知れない。
    この塔の下には如何なる水脈が眠っているのか、それを考えただけで背筋が震える。

    「ふーん、ふーん、ふーん……お?」

    タワーの一階へと降り立ちそのまま出ようとしたとき、誰かがカスミの前へと滑り込んでくるのが見えた。
    手にはショットガン。物騒な出で立ち。ボロ雑巾のようになりながらも枯れかけの激情を振り絞る両目。これは――

    「っ……!!」
    「撃つと爆発するぞー!」
    「っ!?」

    銃口が向けられると同時に叫ぶと、その人物は顔を引きつらせて止まった。その顔は確か――

    「"暁のホルス"と呼ばれていた子だね。つまり我々の仲間だな! マコト議長と相容れない我が友よ!」

    仮称"暁のホルス"は驚き、戸惑いながらもカスミを見る。

    ――おやおや、随分と私を警戒しているようじゃあないか。

    そう思ったカスミは安心させるようにタワーの入口へと座った。
    相手は怪訝そうな顔をしてカスミを見る。

  • 68124/07/11(木) 21:01:04

    「そう警戒するなよ同志。あのタヌキ――いや、羽沼マコトに無茶を言われてね。一泡吹かせてやりたいと思っているのだよ」
    「……起爆装置を渡せ」
    「いま渡したら爆発するぞ? 私も君も、それに巻き込まれる」
    「――ッ!」

    いくつか確定したことがある。
    議長とこの子は敵対関係にあり、この子は塔の爆破を止めたいらしい。
    だが議長にとっても、この塔はいつでも爆破したいものというわけでもない。

    「君もここまで随分頑張ってきたようじゃないか。誰かに追われているのか? 風紀委員か? そうか風紀委員か!」

    "暁のホルス"の視線が僅かに揺れる。なるほど、そうか、とカスミが頷く。

    ここで重要なのは適当なタイミングでこの塔を爆破されることへのリスクは、いま目の前にいるこの子よりも遥かに低いということか。
    爆破中止の連絡よりも爆破再開の方が語気を強く感じた。うーむ、この線は確定ではなく推察だな。

    「我々は風紀委員の敵対者ということだな。つまり我々がここで出会えたのは必然――運命だと言っても良いだろう」

    爆破すべきタイミングとするべきではないタイミングがある。
    それは誰が望んで誰が決め、誰が望まず誰が阻むか。
    その答えを得ることが、私の望む景色へと繋がるはずだ――

    だから鬼怒川カスミは自身が持つ解体道具、即ち"言葉"を使った。

    「君は塔の内部に用があるのだろう? なら、温泉開発部がここを死守する。もちろん、君からじゃない。君はタワーを登れば良い」

  • 69124/07/11(木) 21:26:55

    「…………え?」

    その"言葉"に、ホシノはただただ困惑した。
    理解が出来なかった。ここで味方に付くなどという第三者がいるとは想定していなかったからだ。

    「……どうして?」
    「どうしてもこうしても簡単なことじゃないか。君は塔に用がある。議長は君の目的を阻止したがっている。そして議長に振り回された私は議長に一泡吹かせてやりたい。敵は同じなのさ。仲間は助け合うものだろう?」
    「私とお前は仲間じゃない――」
    「どうしてだい? 同じ言葉を交わして同じ敵を見る、我々に敵対する意味も理由も存在し得ない。そうだろう?」
    「…………」
    「そうか、信用か。信頼でも良いが、確かに我々はまだ出会ったばかり。そう簡単に"信頼"できるわけないものな」

    そしてカスミはポケットに手を入れようとする。
    「動くな!」と刺すようにホシノが叫んだ。

    「そう怖い顔をするなよ。耳の通信機、壊れているぞ。連絡手段が必要だろう。私のことが"信頼"できずとも、君には"信頼"できるものがいるのでは無いかな?」
    「……手を挙げて」
    「良いことだ。窮地に判断を仰げる仲間が居ると言うのは」

    鬼怒川カスミは立ち上がり、ホシノの元へ一歩踏み出す。

    「手を上げて。携帯と、起爆装置を渡して」
    「分かった分かった。渡すから撃つなよ? 絶対に撃つなよ? 撃ったらタワーが吹っ飛ぶぞ?」

    カスミは横に逸れて両手を上にあげた。
    左手には携帯、そして右手には起爆装置が――

    「ッ!!」

    目視した瞬間、ショットガンが火を吹いた。ばら撒かれた散弾は余すことなくカスミの身体目掛けて放たれ、カスミはタワーの外壁に叩きつけられる。その右手から落ちる起爆装置。ホシノは地面に落ちるすんでのところでそれを掴んだ。

  • 70124/07/11(木) 21:27:17

    「ま、間に合っ――」

    その言葉は突如自身の身を襲った爆風によって掻き消される。
    吹き飛ばされる直前、ホシノの耳に届いたのはカスミの声だった。

    ――言ったろ、撃ったら爆発するって。
    ――起爆装置から手を離したら爆発するのさ。

    一階、二階、三階層崩落。
    四階層から五十階層まで爆発。追って爆破の波は最上階目掛けて走り続けていく。
    降り注ぐ瓦礫。崩れ落ちる希望の塔。その姿をアーケードから見る二人の姿。

    「そん、な……」

    先生は呟く。その姿をマコトは見ている。
    高く土煙が立ち上り、そして跡には瓦礫だけ。サンクトゥムタワーの影も形も、そこにはなかった。
    それ以外は変わらない。ゲヘナ学園も、ゲヘナ自治区も、依然としてそこにはあった。

    先生は力なくへたり込む。ただ茫然と、目の前の光景だけを眺め続けている。
    その姿を見て、ゲヘナの守護者、羽沼マコトはゆっくりを笑みを浮かべた。

    「クク……キキキ……、キヒャヒャヒャヒャヒャ!! "勝った"!! 勝ったぞ!! 私は"賭け"に勝ったぞ先生ェ!!」

    次の手などもう無かった。策を弄ずる以前の話だ。
    サンクトゥムタワーはもう無い。世界基底は失われた。そしてゲヘナは未だ健在。

    「さあ、先生。敗北を認めろ。お前たちの負けだ」

    囁くマコト。だが、それに返せる言葉を私は持っていない。
    マコトは通信機を使ってゲヘナ自治区全土へ勝利宣言を行った。

  • 71124/07/11(木) 21:27:31

    「聞こえるか、"暁のホルス"よ。サンクトゥムタワーは崩壊した。ゲヘナはまだ残っている」

    それが、どうしようもない現実だった。
    希望は失われ、ホシノが戦ってきたこれまでの過程が無意味に消える。

    「これが現実だ、"暁のホルス"――いや、"小鳥遊ホシノ"よ。現実を受け入れて抵抗を中止しろ。現に先生は屈した。もうお前に、未来は訪れない」
    「…………それは違う」

    私の言葉にマコトは振り返る。一切の感情を示さない警戒心が見て取れる。

    「……ほう? 先生よ。まだ何かあるのか?」

    ホシノの未来はここでは終わらない。"彼女"の未来は続く。
    言ってしまえば接ぎ木に等しい。私には最後の手段が残っているのだから。

    ――"カード"を使って世界基底か、それに準ずる楔を見つけ出して破壊する。
    ――その代価に必要な未来を、皆と過ごす日々を、私は必要とあればみんなに差し出す。

    その時だった。誰かからの着信。

    "私は着信に出た"

    -----

  • 72124/07/11(木) 22:06:15

    「現実を見ろとか、受け入れろとか、そんなこと、今まで散々言われたよ」

    瓦礫の中、私は這い上がるように腕を突き出す。
    右手で掴んだショットガンだけがこの手の中にあるものだった。

    「でもさ、辛いときってついつい目が逸れちゃうものなんだよね」

    身体を起こす。周囲には何もない。塔も、何も――

    「現実から目を逸らして、惰性で抵抗し続けて、うん。そりゃ、誰だって馬鹿だって言うよ」

    ふと、遠くに同じく瓦礫から這い上がれた鬼怒川カスミの姿があった。
    私はショットガンを片手に近づく。鬼怒川カスミが私に気が付く。

    「私は馬鹿だった。けど、馬鹿だったからノノミちゃんに会えた。シロコちゃんに会えた。セリカちゃんにも、アヤネちゃんにも、みんなと出会えた」

    鬼怒川カスミは逃げもせず、ただ私を見ていた。
    何か眩いものを見るように、私をじっと見ていた。

    「そしてあの時……先生が来たんだ」

    私の罪はユメ先輩を死なせたことじゃない。アビドスを、ユメ先輩との思い出の場所を呪いにしてしまったことだ。
    私がアビドスを牢屋に変えてしまった。自分を縛り付ける鳥籠にしてしまった。アビドスに関わった皆を自分と同じ籠に閉じ込める看守に、私自身がなってしまった。

    「確かに現実を見捨てて留まっていたよ? ……けど、だから私は、みんなと出会えたんだ」

    最初から前提が間違っていたんだ。
    アビドスは鳥籠なんかじゃ決してない。ちょっとだけ疲れちゃった私の止まり木だと、そうするべきだった。

  • 73124/07/11(木) 22:06:47

    それは例えば、歩き疲れた道の途中にあるベンチみたいなもので。
    それは例えば、雨の降る中での軒先みたいなもので。

    「だから私は、未来に希望を託すんだ」

    例えこの世界が止まった時間を繰り返しても、私と先生ともうひとりの私の時間は止まることなく流れ続けている。
    ここは永遠の世界じゃない。いつかは崩れ往く砂上の楼閣。その中で私は奇跡を求めて抗い続ける。

    9億の借金も、砂漠化問題も、今と比べれば同じぐらいの悪環境に過ぎない。
    一度飛び立てたのなら、この先きっと何度でも飛び立てる。

    ――そうか。そうだね。このことを、教えてあげなきゃいけないんだね。

    そして"アビドス生徒会書記"小鳥遊ホシノは、"アビドス生徒会長"小鳥遊ホシノへと伝えるべき言葉を見つけた。

    ――私は何度だって飛び立てる。希望を信じて一度救われた。そんな奇跡、"二度と起こるはずがない"なんて思わなくていい。
    ――未来が続く限り、この心臓が動いている限り、きっと何度でも奇跡は起こる。

    絶望を前に枯れかけの激情は底を尽いて、最後に残ったそれは、底から湧きだしたのは一切の不純なき希望であった。

    「……素晴らしい。ここにあったのか」

    銃口を向けられたカスミが呟く。
    その手には携帯。先生に言いたいことがたくさんあった。
    ――少なくとも。

    「私はまだ、諦めるつもりは無いよ」

    そして、一発の銃声が響いた。
    -----

  • 74124/07/11(木) 22:16:06

    『先生。屈するとかなんとかって聞いたけど~?』
    「ホシノ……!!」

    携帯越しに聞こえる声に私は叫んだ。

    『うへへ……おじさんも結構頑張ったんだけどなぁ?』

    その声は決して悲観したものでは無かった。
    そして私は今更ながらに思い出す。ホシノは"あの"アビドスを守り続けた元副会長なのだと。

    『撤退する? それともここで時間稼ぎした方がいい?』
    「いや、一度撤退しよう。ホシノ、戻って来られる?」
    『頑張るよ。だから、先生も負けないでね』
    「もちろん。私は"先生"だからね」

    そして通信を切って、私は前を見た。
    まだ私の生徒は諦めていない。抗おうとしている。なら、私が先に抗うわけには行かない――

    「マコト。まだ何かあるのかって、そう言ったよね」

    警戒心を剥き出しにしたマコトの表情。それを見て私は――

    "目を開いた"

  • 75二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 22:31:19

    このレスは削除されています

  • 76124/07/11(木) 22:31:52

    ―――――おかしい。

    この戦いは、ずっと何かがおかしかった。
    それは突然冷や水をかけられたかのような不気味な感覚。胸の内で巡り続ける奇妙な違和感。

    「……そこにいる万魔殿の部員の子。彼女はトリニティの正義実現委員会の子と仲が良かったんだ」

    不意について出た言葉にマコトが眉を顰める。『壊れたか』と、彼女はそう言う。

    「けれども、そのことは誰にも言っていない。むしろ嫌いだって言ってたね」

    万魔殿の議長は気味の悪そうな目で私を見た。
    そして――私は悟った。

    ――私は生徒を通して世界を見る。

    全ての答えに繋がる道をその目に見た。

    ――例えその道が地獄へと舗装された道だとしても。

    私は歩み続ける。立ち止まるわけにはいかない。

    「万魔殿議長、羽沼マコト。これが私の答えだ」

    偽りと混沌、その全てを内包したこのゲヘナに、私は終焉を下す。
    この戦いの結実は、地獄でのみ決着する。そして私は、悍ましき最後に向かって歩き出した。

    -----

  • 77二次元好きの匿名さん24/07/11(木) 23:50:36

    ほしゅの

  • 78二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 08:49:14

  • 79124/07/12(金) 08:55:48

    「マコト。私はかつて反省すべきことがあったんだ。もし生徒の言った言葉と行った行動が食い違ったのなら、その理由を探し続けなくちゃいけないって」

    ――それはエデン条約とアリウスに纏わるあの事件の時。望み願うからこそ、本音と建て前と願いの歪んだ偽りがそこに残る。そして、それは永劫戦線の羽沼マコトも同じであったのだ。

    「この世界に奇跡は無い。あるのは人の意志と選択だけ。じゃあマコト。君はどんな意志を持って何の選択をしたの?
    君は一体何の"賭け"に"勝った"の?」

    そう、最初から羽沼マコトにとってはホシノを殺すだのなんだのと言うのは最初から二の次だったのだ。
    必要なのは"私が諦めること"。戦う理由を剥奪し、全てを諦めさせること。そのために"わざわざ"便利屋68を使って私たちを呼び集め、"私たち"の目の前でサンクトゥムタワーを爆破した。

    そして、それを行うためには最たる前提と食い違う。言動がリスクに伴わない。

    「普段のマコトなら有り得たかもしれない。けれど、奇跡を捨てて絶望に備える君だったからこそ、タワーの爆破は絶対に行うわけが無い」

    ――賭けに負ければ"イブキ"が消える。そんなふざけたリールに支払うチップを、君は一枚たりとも持っているはずが無い。

    「ホシノが死んだと思った時もそうだ。もしタワーに世界基底があるなら、発破解体をすぐにでも止めなきゃ行けなかった。なのに君がしたのは私への勝利宣言だったね。……そう、君は最初から"私たちがゲヘナを侵略する目的"を破壊することに注力し続けたんだ」

    ――何故なら、今の君がイブキを危険に晒すことなんてあり得ないんだから。
    ――どこもかしこも戦場になり得た場所に、君が丹花イブキを置き去りにするなんて有り得ないのだから。

    「世界基底もイブキも、どちらも等しく絶対に傷付けるわけには行かないもの。そうであるなら、わざわざ二か所に分けて守る必要なんてどこにもない」

    アビドス自治区で"夜"を見た時、私たちはそれを生徒会長からの"攻撃"だと思った。
    しかし違ったんだ。あれはきっと、世界基底に関する何らかのルールを書き換えた。

  • 80124/07/12(金) 08:56:13

    「それでマコト。いま"イブキ"はどこにいるの?」
    「――ッ!!」

    そこまでして守ろうとしたイブキはいまどこにいるのか。
    答えは簡単だ。ただの一度も戦場にならず、マコトが一番安心できる場所――即ち。

    私は天を、自分の直上を指さした。
    全員の目が空を向く。そして――

    「黒服、"ミサイルをここに落として"」
    『承知いたしました』

    アーケード越しに見える空に、異物がひとつ混ざって落ちる。
    それは災厄を示すひとつのラッパ。こことは違う別の世界にてエデン条約を粉砕した最古の兵器――

    「貴様……貴様ァ!!」

    マコトがトラックのひとつに向かって走る。
    サツキがチアキを庇おうとして地面へ押し倒す。
    万魔殿の部員たちが逃げようと背中を向ける。

    「イロハぁ!! イブキをまも――」

    突如、閃光。
    爆炎が、爆風が、その場にいる全てを吹き飛ばした。

    土煙が上がる中を、先生はゆっくりと立ち上がる。
    衝撃の全てを消しきれずふらつき、それでもまだ、生きている。

    「マコト、もし君が普段のマコトで、あんなタワーの管理なんてと風紀委員に任せていたら結果は変わっていたのかも知れない」

  • 81124/07/12(金) 08:56:42

    その時はヒナと戦うことになっていただろう。
    だけど、君が戦うと選択したから、そんな道にはならなかった。ただそれだけだった。

    私は一台の車両に近づく。扉を開ける。
    そこには頭から血を流して意識を失うイロハと、彼女に庇われて気絶したイブキが居た。
    私はイブキをそっと抱き上げる。

    ――ああ、やっぱり。
    ――世界基底は君だったんだ、イブキ。

    【ゲヘナ学園をアンインストールしますか?】

    「ああ、たの――」
    「待ってくれ!!」

    振り返るとそこにはマコトが居た。
    起き上がることも出来ないまま、それでも私を見ていた。

  • 82124/07/12(金) 08:56:54

    「頼む――イブキは、万魔殿だけは消さないでくれ……!!」
    「…………」
    「イブキをひとりにしたくない。悲しませたく無いんだ……!!」

    懇願するマコトの声。その声に、イブキが目を覚ます。

    「あ、あれ……なにが……?」
    「イブキぃ!!」
    「マコト……せんぱ……ひっ――」

    イブキの目が私の方に向けられた。
    その小さな喉から悲鳴が漏れる。

    周囲には火が燻っていて、吹き飛ばされたみんなの呻く声が聞こえた。
    それを見て、私は――

    「……頼む、アロナ。全部、全部消してくれ」
    「やめろぉおおおおお!!」

    マコトの絶叫が響き渡った。

    -----

  • 83124/07/12(金) 08:57:23

    ゲヘナ学園。
    それは自由と混沌を校風とする、無秩序を形にしたような学校である。
    好き勝手に暴れて、捕まって、それでも懲りずに暴れまわる問題児ばかりが集う場所。
    けれども、そこに悲劇は無い。明るく楽しく適当に、好き勝手に生きていける場所でもあった。

    そこでは――子供たちが泣いていた。

    吹き飛ばされ、瓦礫から這い上がろうとして力尽きる万魔殿の部員。
    チアキを庇ったサツキは意識を失っており、目を覚ましたチアキが必死に揺すって呼び掛けている。
    イロハが助けを求めて手を伸ばす。

    ――ああ。

    焼け飛んだ車のタイヤから異臭が漂う。
    マコトが何かを懇願している。
    イブキは私から逃れようとして、泣きじゃくりながら私の手に噛み付いた。

    子供たちが助けを求めていた。
    けれどそこには炎と異臭と瓦礫の山しか無い。
    その光景を、私はただ見ていた。

    ――私はいま、何をやっているんだ?

    悪い夢としか思えない。
    こんなものが現実なのだと、私は認めたくない。

    【ゲヘナ学園をアンインストールしました】

  • 84124/07/12(金) 08:58:04

    それは夢から覚めるように、私は夜の砂漠にひとり佇んでいた。
    イブキもマコトも、みんな消えてしまった。

    ふと、腕を見る。
    残ったのは噛み千切ろうとしたイブキの歯型。血の玉が浮かんでぽたりと砂漠に垂れ落ちる。

    「――――ぁ」

    膝から崩れ落ちた。足に力が入らない。

    「ぁ、あぁ……」

    私の手が、砂漠の砂に触れた。
    掴むように握りしめる。砂が手の間から零れて落ちた。

    「ああああああ!!」

    違う、彼女たちは私の生徒ではない。
    ミメシスなのだ。悲しむ必要なんてどこにもない。

    ――同じ顔をして、同じ声を発し、同じ言葉で語り掛けてくる。
    ――本物と偽物に、一体どれだけの差があるの?

  • 85124/07/12(金) 08:58:20

    「それでも! それでも私は立ち止まるわけには行かないんだ!」

    ――どこかにあるはずなんだ。救いが、希望が。

    「ここで立ち止まってしまえば全てが無為になる! だってまだ誰も諦めちゃいない!!」

    ――そうでなくては、私たちの苦しみに一体何の意味があるのか。

    夜の月と、どこまでも続く砂の世界。
    そして、砂嵐がやってきて全ての声をさらっていった。

    --ゲヘナ編 fin--

  • 86二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 09:48:02

    どんなに辛くても、苦しくても、現実を虚しいユメにさせないために
    そもそも、誰よりもこの世界のホシノが苦しんでるからこんな悪夢は終わらせる必要がある

  • 87二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 11:10:12

    先生だってそりゃ辛いはずだよな…
    目の前で生徒と同じ姿、声をした存在を苦しませて挙句の果てに自分の手で消すんだから…

  • 88124/07/12(金) 11:45:45

    >スレ主です。ここまでお付き合いくださり誠にありがとうございます。

    そして好き勝手に書いてたら何だかどんどん文量が嵩んでいきます。「もう小説サイトでやれよ」と言われても至極当然なのですが、見切り発車でうっかりここまで来てしまったので最後までお付き合いくださいますと幸いです。


    ホシノと先生が露骨にイチャイチャし始めたのは、苦しむ描写を考え続けていた私が曇りまくったからです。

    ホシノと先生が一体何をしたって言うんだ……。何したらこんな地獄に叩き落とされるんだよぉ……。


    この先どれだけ続くかは分かりませんが、残るはトリニティとアビドスです。

    数とか増えないのでちゃんと終わりには向かっています。いつ終わるか分かりませんが、ちゃんと終わることだけは約束します。エタらせません。ハッピーエンドを迎えるまでは!


    なので、もう少しだけ見守ってていただけると嬉しいです……!

  • 89二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 12:49:21

    この物語がハッピーエンドを迎えることを信じて、最後まで見届けさせていただきます
    とりあえずかなり焦燥してそうな先生はホシノとイチャイチャして心を癒してくれ…

  • 90二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 14:26:19

    ホシノ、先生に甘えるんだ。すぐだ。今すぐに!

  • 91二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 17:47:48

    大丈夫?全部終わったあと生徒見る度にそのこと思い出してホシノと一緒に依存しない?

  • 92二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 18:13:08

    万魔殿がイブキを溺愛してることがわかるからこそのこの絶望感
    やってくれたなスレ主ィ!!(いいぞもっとやれ)

  • 93二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 19:15:17

    マコトにとってはイブキが世界の全てみたいなものだもんな…世界基底もそこにあっても何もおかしくないわけだ

  • 94124/07/12(金) 22:21:11

    それは、ミレニアムが消えた後のこと。ゲヘナのマコト議長から連絡があった。

    『キキッ、生徒会長よ。ミレニアムが消えたらしいな』
    「……うん。私のせいだね」
    『そうなのか? ま、まさかお前は侵略者に情報を流していたのか!?』
    「い、いや違うって! そんなわけないでしょ!?」
    『む……そうだな。お前がこの世界を守ろうとしていること、この偉大なるマコト様は真の意味で理解しているぞ!』

    一瞬で疑われた気がしたけれど、そこは見ないことにした。
    それにわざわざ"私のせい"だなんて口にして、慰めてもらおうとでも思ったのだろうか。そんな自分に嫌気が差す。

    「それで、何か用?」
    『うむ、今後の対策について話しておきたくてな。トリニティからの協力は得られたのか?』
    「……ごめん」
    『クク……やはりな。戦力が増えぬことは残念だが、そもそも戦いを望まぬものに武器を持たせたところで無駄な犠牲が出るだけよ』
    「え? ミカちゃんとか結構やる気だった気がするけど……」
    『ハッ――あんなもの、ただゲヘナに稚気な対抗心を燃やしていただけではないか! 生徒会長よ、お前はもう少し人を見た方が良い』
    「ごめん……」

    それは確かに事実だった。
    思わず謝ると電話越しのマコト議長は「キキッ!」と笑う。

    「なに、この偉大なるマコト様とて初めは凡夫……優れた、凡夫?よ! まあつまりだな、未来に期待せよ! ということだ」
    『未来、ね』

    嫌な言葉だ。けれど、だからこそ気になった。マコト議長ならなんて答えるのか。
    そして聞いてみると、あまりに雑な答えが返って来た。

  • 95124/07/12(金) 22:21:29

    『未来とは今日の次の日のことだ』
    「そりゃあ……そうだよねぇ……?」
    『違う、全く違うぞ生徒会長よ』
    「うん……?」
    『"今日"迫りくるゲヘナの脅威を討ち倒した後にやって来る"次の日"だ。そしてそれはゲヘナの救世主としてこの偉大なるマコト様に尊敬の念が一身に降り注ぐ日のことでもある。クク……最高ではないか!!』

    その言葉を聞いて、私の胸がじくりを疼いた。
    苛立ちが沸々と湧き上がってくる。だから意地悪な質問をした。

    「でもさ、負けたらお終いでしょ?」
    『そうだな。諦めるつもりは一切無いが、終わりが来るのならば仕方があるまい』
    「じゃあ、もし何度も挑戦できたら?」
    『それは……何度でも戦う他あるまいな?』
    「じゃあ――何回も何回も繰り返して、それでも何度も負け続けてさ。ねえマコト、イブキちゃんのこと大切なんだよねぇ? 貴女が負ける度にイブキちゃんが目の前で死んで、それでも貴女は何度でも繰り返すの!? 絶対に来ない未来のためにイブキちゃんを何度も殺すの!?」
    『生徒会長よ。それは私が諦める理由になるのか?』
    「――っ!!」

    言葉が詰まった。それは貴女が知らないからと、そう言えたはずなのに言えなかった。

    『仮に、だ。もし仮に昨日を繰り返すことが出来たとしよう。そして私は知っているわけだ。明日敵が来ると言うことを。なあ生徒会長。このゲヘナを統べる万魔殿の議長が、たった今日一日で満足できると思うか? 私はイブキが笑える明日のためならば何でもする。そうでなければ満足できんからなぁ!!』
    「…………」

    本当にそうなんだろうか、と、そこは少々疑念を抱くほかなかった。
    どうだろう。実際マコト議長なら外敵に対して心が折れることは無いのかも知れない。

    ――私と違って。

  • 96124/07/12(金) 22:21:45

    『知っているか生徒会長。人の一生とは、幸せになるためにあるのだぞ?』
    「幸せって……どうやってなれって言うのさ」
    『もちろん私は考えたとも。人が幸せになるためにはどうするべきか、何を行うべきか。私は考えた。考え続けた……』
    「……それで?」
    『うむ……全然分からん』
    「なんだったのこの流れ!?」

    時間の無駄でしかなかった。何故こんな浅い人生観を語られているのかも分からない。
    いや、私が口火を切ったのが原因か。そこは流石に内省する。

    『ただ少なくとも、今私にできることは戦うことだけだな。丁度いま、便利屋68が侵略者と接触した』
    「……次はゲヘナなんだね」
    『おや、心配でもしているのか? あまり見くびるなよアビドス生徒会長。我々ゲヘナがこれまで行ってきた準備を忘れたわけではあるまいな? それに今回はタワーを守る戦いではない。お前のおかげだ、生徒会長』
    「……当然だよ」
    『ならば良い。そろそろ時間だ。未来で会おう』

    そして通話が切れる。
    そして、ゲヘナが消えた。

  • 97124/07/12(金) 22:21:55

    私が出来たことは他にあったのか、他にどんな道があったのかなんて、考えても分からなかった。
    ……違うな。考えないようにしている。見つけてしまったら望んでしまうから。その望みは決して届かないものだと知っていても。

    それに――マコト議長は戦いに勝っても未来には行けない。
    私がこの地を、このキヴォトスを呪いに変えてしまった。
    誰も出られない牢獄に作り変えてしまったのだ。

    ――私はその報いを受けなくちゃいけない。
    ――これは私への罰なのだから。

    願い想うその度に、アビドスのサンクトゥムタワーが軋みを上げる。
    ぱらぱらと外壁が剥がれ落ち、内側から古い壁がせり上がる。
    徐々に歪な形へと変わっていくたびに世界へ響く不協和音。

    物悲しく聞こえるその音は、きっと悲鳴に似ていた。

    -----

  • 98二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 22:45:01

    >>88

    とても面白いので続けて下さい

  • 99二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 03:59:37

    ほしゅ

    例えすべてが砂に消えるサダメだとしても
    マコト、本当に格好良かったぞ……

  • 100二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 08:49:22

    先生の心理描写が最高にすごい(小並感)
    こんなすげー小説を書く作者様に感謝

  • 101124/07/13(土) 10:01:03

    「お、おお~。本当にワープするんだ……」

    ゲヘナのタワーが壊れて少しして、夜の砂漠に変わったかと思えば砂嵐に巻き込まれて……そして気が付いたら私は、夕陽の差し込むアビドス分校の中にいた。

    あの後何があったのかなんて分からない。けど、先生が何とかしてくれたことだけは分かった。
    そのことに安堵しながら対策委員会室へ向かおうと一歩踏み出したその時――私はうっかり転んでしまった。

    「いてて……」

    窓枠にしがみ付くように立ち上がる。窓に私の顔が映る。
    それを見て「あぁ……そうだよね」と私は頷いた。

    「流石に戦うのは無理だね、これは……」

    適当な空き教室に寄ってカーテンを一枚引き剥がすと、それを全身に覆って包んだ。
    「ふぅ」と一旦、一呼吸。のろのろと壁に手をつきながら、お化けみたいな恰好で対策委員会室へと向かう。

    対策委員会室前の廊下で、遠くから黒服が歩いてくるのが見えた。
    「生きてたんだ」と皮肉気に挨拶してみると、「おかげさまで」といつもの調子で返される。

    「流石の貴女も、この戦いは厳しいご様子で」
    「流石にね~。それで、中に入らないの?」
    「クックックッ……私も野暮ではございません。先生に話があるのでしょう?」

    相変わらず胸の内でも見透かしたような言葉にげんなりした。

    「どうしたのさ。黒服にしては気が利くじゃん」
    「おやおや、これは悲しいことを。先生が貴女の衣服を脱がせているときも席を外していたというのに」
    「そっ……それは治療のためでしょ!!」

  • 102124/07/13(土) 10:01:23

    布地の下で火照る顔。先生だって別にやましい目的で脱がせたわけじゃ……。

    「ですので、"治療が終わったら"お声がけください。クックックッ……」
    「だからそういうのじゃ無いって!!」

    不愉快な笑い声を上げながら、黒服はそのまま私を通り越してどこかへと歩いて行った。
    まったくなんだったのだ。今のは――

    そして対策委員会室の扉を開けると、ソファに座る先生の姿があった。
    その姿を見て、一瞬だけぎょっとした。身体中傷だらけで項垂れるように座る姿が死体に見えたから。

    けれどすぐに思い違いだと分かった。私を見ていつもみたいに先生は微笑む。

    「ああ、ホシノ――って、どうしたの、それ?」
    「お化けだよ先生。驚かそうと思ったんだけど……驚いた?」
    「……うん、驚いたよ」

    他愛もなく下らない応酬でも、それは必要なことだった。
    ロクに休めず戦い続けて、私も先生も疲れ切ってしまっていた。

    私はそのまま先生の隣に座る。
    今にして思えばミレニアムからずっと距離が近くなった気がする。

    ――シロコちゃんに怒られちゃうかな。

    一瞬そんな考えが脳裏を過ぎって「うへへ……」と思わず笑ってしまう。

    「どうしたの?」
    「シロコちゃんが怒るかなーって」
    「シロコが? なんで?」

  • 103124/07/13(土) 10:01:52

    本当に不思議そうな顔をする先生の腕に、む、と私は頬を膨らませる。
    どうしてこうも気に掛けないのかと憤慨し、頭をぐりぐりを押し付ける。

    「言っておくけど、シロコちゃんには『なんで?』なんて聞いちゃダメだよ~? ちゃんと自分で考えてね」
    「分からないけど……分かったよ」

    そう言って先生は私の頭を撫でてくれる。
    その手の温もりと優しい感触が私の頬をくすぐる度に、ちゃんと先生はここに居るってことを実感させてくれる。
    目を瞑ってしまったら先生も消えてしまうんじゃないかなんて、考えすぎなのは分かっていた。
    それでも、どうやら私もだいぶ疲れてしまっているようだ。シロコちゃんには悪いけど、今だけは甘えてしまってもバチは当たらないだろう。

    そう思った時、"それ"が見えたのは本当に偶然だった。
    ゴミ箱に入っていたのは何枚もの血塗れになったガーゼ。そして先生の片手に巻かれた包帯。それは――

    「ああ、これ? ちょっと、イブキに噛まれちゃってね?」
    「噛ま、れる……? ま、待ってよ……、何があったらそんなに深く噛まれるのさ……!」
    「ああ……言ってなかったね。世界基底はサンクトゥムタワーに無かったんだ。イブキだったんだよ」
    「そ、それ……って……!!」
    「最初に私たちが居たアーケードにさ、トラックが集まったよね。その中にイブキが居たんだ。ホシノが頑張ってくれたからどこに居たのか分かったんだ。だからありが――」
    「そうじゃないでしょ!?」

    先生の首元に私は抱き着いた。
    だって分かってしまった。全然気のせいじゃなかった。
    何があったかなんて全部は分からないけど、"世界基底"に触り続けていないと"学校"を消せないことを――私は知っている。

    「そうじゃないよ……」

    嫌な予感は確かにあった。先生が自分のことを"ゲマトリアの先生"なんて言った時から。
    なのに私は見て見ぬふりをした。先生なら大丈夫だろうって、そう思い込んで……。

  • 104124/07/13(土) 10:02:33

    「先生、駄目だよ。怪物なんかになったりしちゃ……」

    そうでなければ、たとえ帰って来れても先生の魂はこの世界に囚われ続ける。
    それは帰れたとは言わない。そんなもの、私は望んでいない。

    「一緒に帰ろうよ、先生」
    「…………。うん、そうだね」

    そう言って先生は頷いた。それでも胸のざわめきは収まらない。
    悍ましい終わりが脳裏を掠める。そこで先生は口を開いた。

    「ところでホシノ。ホシノも、言いたいことがあるんじゃないの?」
    「待って――!!」

    先生は私の被ったカーテンに手をかける。ぞっと背筋が凍って身を逸らす。

    「ホシノ……」
    「駄目、待って……駄目だよ……」

    見せるわけには行かない。これ以上先生を追い詰めるわけには行かない。
    カーテンの布地の端を掴んで、私は先生に背を向ける。

    「……怪我をしたんだね。それも、見せられないぐらい」
    「……うん」

    静寂が訪れる。先生は私の背中を優しく撫でた。

  • 105124/07/13(土) 10:03:15

    「どれぐらいの怪我なのか、見せて欲しいな。この後の作戦も考えたいから」
    「…………」
    「見せてくれないと、黒服への頼み事が増えるかもなー」
    「そっ……! それはずるいと思うなぁ……」

    そこまで言われてしまったのならもう仕方なかった。
    本当に大人ってずるい。諦めて私は先生に向き直る。

    「驚かないでね」
    「ああ……」

    そして私は布地から顔を出した。

    「――ッ」

    先生の顔が悲痛に歪んだ。
    ああ、だから嫌だったのに、と私は思う。
    先生は泣きそうな顔を浮かべて、"笑う"。

    「ホシノっ……ごめ――」
    「先生のせいじゃないよ」

  • 106二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 10:03:29

    このレスは削除されています

  • 107124/07/13(土) 10:06:24

    私の右顔は潰れてしまっていた。
    正確には右頬骨から右眉にかけて。タワーの爆発と振り落ちる瓦礫に巻き込まれて、もう私の右目は何も映してくれなかった。

    それはもう戦うとか戦わないとか、そういう選択以前の話で――右目がどうこう以前の話で、私の身体はもう戦闘行為に耐え切れない。

    「まあ、戦えないよね。正直身体もまともに動かないし、右目もこんなだし。でもさ、まだ諦めてないよ」
    「――っ」
    「先生、黒服を呼んで。次のことで話があるの」

    先生は固く目を瞑った。
    その姿はまるで、自身を罰して茨を巻き続ける、いつかの私のようにも見えた――

    -----

  • 108二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 10:46:11

    >>101

    アビドス分校?

  • 109124/07/13(土) 13:33:37

    「ふむ、説得ですか……」

    対策委員会室。そこには私と先生、それから黒服が集まっていた。
    これからのことについてどうするか、その話し合いを始めたのだ。

    「確かに、貴女が戦えない以上トリニティ攻略はもうひとりのホルス――アビドス生徒会長の協力を得る必要があるのは理解致しました」

    「というよりもそれしか無いと思うんだよね」と私が相槌を打つ。
    私の右顔には、黒服が用意した眼帯で覆われていた。奇妙な紋様が織り込まれた不可思議な眼帯――それは黒服が用意したもので、先生は訝しむようにそれを眺める。

    「先生、そればかりはあなたが危ぶむようなものではございませんよ。気休めのようなものです」

    というのも、だ。
    この眼帯はかつてのゲマトリアが残した遺物らしいのだが、オーパーツというよりもアンティークで、黒服が言うには特殊な技術を用いて作られただけの布であることには違いないらしい。
    強いて言うなら決して破けず汚れないもの。それ以上のものではなく、何かこう、突然光を発して力がみなぎる等ということも無いらしい。

    それはそれで残念だったが、先生はそれ以上に"黒服"が用意した無害な物という部分に酷く警戒しているようだった。

    「大丈夫でしょ。私としてはビームぐらい出て貰ってもいいんだけどさ~」
    「まあ、それは……そうかも」
    「でしょ~?」

    おどけるように言ってみると、先生は僅かに笑みを浮かべた。
    私自身、目が見えないこと自体はそうショックでも無かった。なるべくようにしてなったと言うべきか。
    もしこの夢の世界から目が覚めたときでも見えないままだったら、何かの拍子でショックを受けたりするのかな――などと考えたりしたものの、ううん。多分そうは思わない。その時は必ず先生も一緒に戻っているからだ。まさに名誉の負傷であることは間違いない。

  • 110124/07/13(土) 13:33:56

    そこで水を差すのが黒服だった。

    「しかし、ホシノさんの"右目"が失われたことには大きな意味を持ちます」

    「どういうこと?」と先生。だが、私はその理由を知っていた。

    「ホシノさん。貴女がもし"全力で敵を倒そう"としたとき、右目を瞑っても同じことが行えますか?」
    「ううん。無理だね」

    即答。先生は言葉を噤む。

    例えば救急医学部で戦ったイオリちゃん。私が全力で勝負を終わらせに行ったけれど、あれは右目で捉えなきゃ出来ない。
    それは右利きの人が左手でも同じことが出来るのかって話に近くって、左目で捉えようとすると身体の軸も銃身を支える手の位置も、その全てが逆になってしまう。

    そもそも利き目を潰されることは痛手どころの話ではない――戦闘不能だ。たとえ身体が万全でも、二度と元のようには戦えない。
    だからこそ、銃を使わない先生は分からなくて当然だった。

    「とはいえ、ホシノさん。私は貴女の"左目"が残ったことには何らかの意味があると思うのです」
    「意味……?」
    「そうです。貴女はキヴォトス最高の神秘。だからこそ、起こる事象、起こった事象、そこに意味が付与されることは充分にあるのではないかと」
    「……そんな大層なものかなぁ」

    占い程度の話をここでされても……と流石に眉を潜める。
    ともかく――ともかくだ。

    「先生、トリニティより先にアビドスに行こうよ。それで、何としてでも"私"を仲間に付けよう」

  • 111124/07/13(土) 13:34:10

    トリニティの牙城はもう崩せない。それだけは分かっていた。
    どう考えても私ひとりで崩すことなんて出来ない。それは万全の状態であるかどうか以前の問題。

    ティーパーティー現ホスト、フィリウス派代表、桐藤ナギサ。
    トリニティで実権を握るというのは決して並大抵のことでは無いと先生から聞いて分かった。

    ゲヘナ攻略戦での羽沼マコトは真の意味で統率を取れなかったのとは逆に、桐藤ナギサを倒さない限りトリニティは全戦力を以て私に襲い掛かってくる。

    数の暴力、その恐ろしさを私は知っている。
    知っているからこそ、必要なのは"桐藤ナギサ"を襲撃できるもうひとつの武力――即ちもうひとりの私だ。

    加えて敵には予知夢で未来を読んでくる百合園セイア、単騎のツルギに匹敵する聖園ミカが居る。
    そして聖園ミカはティーパーティー所属のパテル派代表。何をしたって桐藤ナギサから離れることは無いだろう。
    そうである以上、ティーパーティーホストの襲撃は不可能。どう考えても総力戦にしかなり得ない。

    戦力が足りない。トリニティを倒すための戦力が。

    「何としてでも"私"を味方に付ける。そうすればサンクトゥムタワーを操作できるのが先生と"私"の二人になるよね」

    それに――と、私は口に出さずとも先生へ目を向けた。
    ゲヘナが消えたということはアビドス防衛部隊も消えた。機を逃したらトリニティから防衛隊が派遣されるかもしれない。
    攻めるなら今しか無い。応援が来る前にアビドス生徒会長を寝返らせる。

  • 112124/07/13(土) 13:34:23

    「ってことなんだけど……どうかな」

    そう聞くと先生は頷いた。

    「そうだね。私もそれしか無いと思う」

    先生は周囲を――黒服を、私を見渡す。
    覚悟は決まった。先生は息を深く吐いて、ただ告げる。

    「"アビドス生徒会長"、小鳥遊ホシノの"説得"を行う――!」

    それは大いなる過程の物語。
    トリニティを倒す、そのために必要だった旅路のひとつ。

    だからこれは、痛みと悲しみで終わる話。
    "小鳥遊ホシノ"に救いなんて無かった。この世界に奇跡は決して起こらない。

    その意味を――"あの子"の絶望を、私は直に知るなんて思いもせずに。

    -----

  • 113二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 13:38:29

    終わった世界に希望なんて残ってるわけがない

  • 114二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 18:06:26

    ホシノ、先生が心身ともに重症…これなかなかきついぞ…

  • 115124/07/13(土) 22:07:02

    アビドス高等学校。
    かつてキヴォトス全土において最大最強と謳われた学校であったが、その栄華は過去のものとなってしまった。
    数十年前から突如としてどこからともなく発生した砂嵐は、徐々にアビドス自治区を砂で飲み込んで行った。
    砂に埋もれ往く自治区を守ろうと、多くの者たちが抗い、戦って、そして――アビドスは世界から見放された。

    「自然現象って言ってたけど、本当にそうなのかな」

    私を背負った先生がそう呟くが、その答えは私も知らない。
    何の気なしに黒服へ目を向けると、黒服は「クックックッ……」と笑みを浮かべた。

    「ええ、ホシノさん。何者かの作為の存在しない現象と定義づけるならばそうでしょう」
    「……黒服。何か知ってるの?」
    「ふむ、私自身"何故砂嵐が起きたか"よりも"砂の下に何があるのか"の方に興味がございましたから、あくまで推察になりますよ」

    「話して」と促すと、黒服は「分かりました」と一言。

    「"名も無き神々"という存在に心当たりは?」
    「なにそれ?」
    「かつて"ゲマトリア"が研究していた神話の物語です。キヴォトスにはかつて"名も無き神々"と呼ばれた存在があり、彼らを崇める司祭たちが居りました。しかし彼らは"忘れられた神々"との戦いに敗北し、このキヴォトスから追放されたのです。以来今日に至るまで、司祭たちは"忘れられた神々"からこのキヴォトスを取り返すべく、動いているのだとか」
    「……それって、その司祭たちが砂嵐を起こしてるってこと?」

    遠くに見えた砂嵐を憎々し気に見つめる。

    「いえ、先ほども言いましたが、あの砂嵐自体はあくまで自然現象です。……そうですね、雨が降るのは誰かの意志に依るものか否か、答えは否。そしてそれは、あの砂嵐も同様です」

    「まあ、そうだよね」と私。
    むしろ誰かが意図して引き起こし続けているのなら、それを突き止めることが出来なかった後悔が生まれるだろう。
    だからこそ、起こり得なかった過去に固執せずに済んでいるとも言える。

  • 116124/07/13(土) 22:07:18

    「さて、話を戻しましょう。そういった自然現象は名前を持たない神によって発生するものだったのです。しかし、名前を持たないが故に存在を確立できない。存在できないから意志を持たない。故に"自然現象"、"名も無き神々"、人の手ではどうすることの出来ない者たち」
    「ふ~ん」

    神話――そう聞いて少なくとも私じゃどうすることも出来ないという事実は確認できた。
    雨が降るのも風が吹くのも自然現象なのだから、そこに理由を考えても仕方がない。

    「……ん? ちょっと待って、じゃあ司祭って……」
    「私の推察は以上ですよ、ホシノさん」
    「……うん。ありがとう」

    砂嵐が遠くへ消えていく。
    それを目で追ってから、私は周囲を見る。

    いま、アビドス自治区に人はいない。
    私たちから離れた場所までは分からないけれど、少なくとも最初、あれだけ居た人たちは消えてしまった。
    元の世界のアビドスも生徒は私たち五人だけで、一応他にもカタカタヘルメット団とかはアビドス自治区を縄張りにしてはいたけれどアビドス生ではない。そのためか、彼女たちもこの街には存在しなかった。

    そして大人たちが誰も居ない以上、本当に終わった世界の街を連想してしまう。

    ――もし、ユメ先輩がいなくなった後に残ったのが、本当に誰も居ないこんな街だったら。

    考えるのはよそう。
    少しだけ怖くなった私は先生の首元に顔を埋めた。

  • 117二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 23:24:16

    ほしゅの

  • 118二次元好きの匿名さん24/07/14(日) 03:05:29

    ゲヘナがアンインストールされたけど、単身アビドス防衛に就いていたヒナもやはり消えてしまったのだろうか

  • 119二次元好きの匿名さん24/07/14(日) 07:41:02

    >>118

    ヒナってまだ籍はゲヘナ生なのかな?

    だったら消えてそうなもんだが‥

  • 120124/07/14(日) 12:11:13

    「ホシノ?」
    「うへ、なんでもない」

    「何でもないよ」と言って目を瞑る。
    その時、私の耳に私たち以外の足音が聞こえた。目を瞑ったまま先生に伝える。

    「先生、そこのお店、誰か居る。数はひとり」
    「……敵?」
    「分かんない。けど、多分違う」

    一定の間隔で鳴る音は、どちらかというと椅子に座って足を鳴らすような、そういう緊張感の無い音。
    敵だとしたらアスナちゃんとかあの辺りのタイプだろう。そうだとしても、いきなり撃ってくることは無いはずだ。

    ――少なくとも、"私"では無いことだけは確実。

    先生が警戒したような目で私の示した方向にある空きテナントへと視線を向けた。

    「先生、後ろから狙われても怖いし――」
    「そうだね、見に行ってみよう」

  • 121124/07/14(日) 12:11:55

    後ろの黒服も頷く。
    空きテナントへと近づいて、物陰からこっそりとガラスウィンドウを覗き込む。
    そこには――

    「あっ、本当に……」

    聞き覚えのある声がした。

    「皆さんを待ってたんです。……って、いきなり言われても困っちゃいますよね、あはは……」

    そして彼女はペロロ様の人形を胸に抱いて立ち上がった。

    「アビドス生徒会副会長の阿慈谷ヒフミです。とりあえず、中へどうぞ!」

    -----

  • 122二次元好きの匿名さん24/07/14(日) 13:49:18

    最初からずっとホシノのそばにいたからトリニティ所属じゃないのかと思ってたが…副会長か…

  • 123二次元好きの匿名さん24/07/14(日) 19:08:04

    保守

  • 124124/07/14(日) 22:51:34

    空きテナントの中に置かれたのは雑多な椅子――もしくはそれ未満の"座れる場所"。
    流石に先生に背負われたままというのも恰好が付かないので、私、先生、黒服はそれぞれ腰かけられそうな場所へと落ち着いた。
    対面するアビドス生徒会副会長、阿慈谷ヒフミ――ヒフミちゃんは、それぞれ座った私たちを見て口火を切った。

    「お話があります。その、ヒナさんがいなくなってしまった原因を皆さんが知っていると伺いまして……」
    「…………」

    私の顔はきっと引き攣っていた。それが罪悪感に依るものなんて分かり切っている。
    あまりにも痛かった。消した後のことを、その後に残った人の言葉というものは。私の視線が落ちた時、隣の先生は答える。

    「そうだね。決して"無関係じゃない"から。それで――ヒフミ。私たちがここに来ることはセイアから聞いたの?」

    思わぬ言葉に私は「え……?」と先生を見る。それに同意するように頷くヒフミちゃん。

    「はい……ヒナさんのことについてセイア様に尋ねたら……その、ここで待っていれば教えてくれる人が来る、と……」

    その言葉を聞いて、私は百合園セイアという存在への警戒心が足りなかったことを自覚した。
    きっとどこまでも読まれかねない未来視の怪物。先手を打たれては勝てないことを体験させられた私たちにとって、それは完全なる脅威――既に私たちは見られているということの証左であった。

  • 125124/07/14(日) 23:40:02

    そんな怪物に尖兵に対して先生はどう答えるのか。
    気になって先生を伺った私は後悔した。

    「――うん、私たちも探しているんだ。どうしてみんなが消えなくちゃいけなかったのかをね」

    そこにあったのはいつもの笑顔。何気なく、緊張感の無い微笑み。塗り固めたような"完璧"な表情――

    ぞっとした。胸の底から叫びたくなった。
    少し前まであんなに泣きそうな顔をして、どうして何でも無いような顔が出来るの? それが大人なの?

    「先生……!!」

    私は先生の手を掴む。先生は私を見て「大丈夫だよ」と微笑む。ヒフミちゃんが私を見る。だから私は先生に頷くほか無かった。

    「ねぇヒフミ、アビドスには他に誰かいないの?」
    「いえ……もう私とホシノさん――ホシノ生徒会長しか居ません」
    「そっか……生徒会長の様子は?」
    「もうすっかり憔悴してしまって……今は救護室で休んでもらってます」
    「……ヒフミは、私たちについて何か聞いてる?」
    「え……?」

    ヒフミちゃんは首を傾げた。
    それを見て私は気付く。ああ、確かに"私"だったら言わないな、と。
    もうひとりの私から見た学校消滅現象については、各校のトップぐらいにしか共有していないのだろう。
    ヒフミちゃんが知っている必要は無い――と、そこで今更ながらに思い至ったことがあった。

  • 126124/07/14(日) 23:40:44

    「ね、ねぇ、ヒフミちゃん。シロコちゃんとかは今どうしているの?」
    「シロコさん……ですか? あの、済みません。どなたでしょう?」
    「――――」

    ――シロコちゃんを知らない?

    「ま、待ってよヒフミちゃん……ノノミちゃんは? セリカちゃんは? アヤネちゃんは? 覆面水着団のことも? 本当に知らないの――っ!?」
    「……済みません。私は知らないです……」
    「――――そっか」

    その可能性をちゃんと考えていたつもりだった。
    最初にこの世界に迷い込んだとき、黒服が指摘してきた時に受け止める準備はしていたはずだった。
    それでも――そうだと肯定されるのは想像するのと全く違っていた。

    だって、じゃあ、私は――もうひとりの"私"はこんな場所でずっと独りで居たんだ。
    私にはいま先生が居る。けれど、"私"には誰も居ない。――その時だった。

    突如、通りに面したガラスウィンドウが爆ぜるように割れる音。
    慌てて振り返る。そこには――

    「ようやく見つけた……"暁のホルス"」

    硝子の破片を踏み潰しながら、ゆらりと気怠そうにショットガンを引きずりこちらへ近づいてくる。
    俯いた顔は逆光のせいでよく見えない。ただ、燃え盛るような右目だけが私たちを捉えていた。
    この世全ての怒りを体現するかの如く、燻り狂う熱だけを帯びた殺意の炎。

    ――ああ、やっぱり。
    ――やっぱり"私"なんだね。

  • 127124/07/14(日) 23:41:21

    「……アビドスの生徒会長、かぁ」

    そして"私"が空きテナントの中の私たちへと近づく。
    逆光は遮られて、影になったその顔がようやく見えた。

    「――え?」

    私は思わず目を疑った。
    先生は顔を歪ませる。
    黒服が「まさか……」と口を開く。

    「失われた神性とは、ウジャ――」
    「うるさい」

    放たれたショットガン。銃弾が黒服の身体が吹き飛んで、壁に激突。土煙が上がる――

    「黒服!!」

    叫んだ先生に銃口が向く。盾を展開――先生との間に割り込んで銃弾の弾かれる音がした。

    「ね、ねぇ……生徒会長……」

    私は震える声で"私"に向かって問いかける。
    "私"は怒りに燃える右目を私に向けた。

    「ノノミちゃんのこと、"知ってる"……?」
    「……誰のこと?」
    「じゃ、じゃあ……"ユメ先輩"は……?」
    「――ッ、どうしてお前がユメ先輩のことを知っている――ッ!!」

  • 128124/07/14(日) 23:54:55

    ショットガンを向ける"私"。けれども、私は盾もショットガンも床に置いた。
    その銃口の前に身体を晒す。そして、私は口を開いた。

    「ねぇ……何があったの……? 教えてよ。そうじゃないと、戦えない――」
    「…………」
    「どうしたの……"それ"。だって、そんな"自分"で撃とうとしなくちゃそんな傷にはならないでしょ……!!」

    アビドス生徒会長の、憔悴しきった瞳が揺れた。
    けれどもそれは右目だけ。何故なら、彼女の左目はショットガンで粉砕されていたから――

    「じゃあ、言ったら私のために死んでくれるの?」

    そこに居たのは今にも泣き出してしまいそうな、ただの女の子だった。

    「私に未来なんて無い。もうここしか無いのに……ねぇ。なんでよ。何でこんなことするの――!?」

    そして私は分かってしまった。目の前にいるのが誰なのか。もうひとりの小鳥遊ホシノとは一体何だったのか。

    「だって私は、もう……!! 夢が覚めたら、私は――」

    アビドス生徒会長、小鳥遊ホシノ。
    その正体は、ユメ先輩を失ったことに耐え切れず"自らのヘイローを破壊した"、もうひとりの私だった。

    だからこの世界は、死に逝く”私”が見る最期の夢。
    今際に残された最後の願い。この世界が終われば時間が進む。

    だから、もうひとりの私が口にしたのはきっと――
    止められない時間に対する懺悔、だったのかも知れなかった。

    -----

  • 129二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 00:35:42

    わァ......ぁ.........

  • 130二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 00:41:26

    ウジャトの権能とそれの本来たどるべき経緯を鑑みればまぁ…
    ホシノは全部諦めて終わる事すら許されないんだね

  • 131二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 07:18:49

    「アビドス生徒会長」は左目、「暁のホルス」は右目を失って、鏡合わせになってるんだな

  • 132二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 08:27:13

    このレスは削除されています

  • 133124/07/15(月) 15:59:15

    掠れた記憶が叫び声を上げる。

    『アビドス砂祭り――?』

    黒くぼやけた"大切な人"の言葉に、私は苛立ちを隠すことなく怒りを叫ぶ。

    『奇跡なんて起こりませんよ』
    『いつまでもふわふわと、あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!?』
    『その肩に乗った責任を自覚してください!!』

    そして私はポスターに手をかけて、引き裂く。
    びりと音を立てて裂ける私の時間――けれど……。

    「……済みません。頭に血が上っていたようです」

    10cmほど裂いて、私は"冷静さを取り戻した"。
    怒りに身を任せて、それでどうなる?
    中途半端に裂かれたポスターを机に置いて、これ以上先輩に当たらないようにと生徒会室から身を翻す。

    その時、先輩がどんな顔をしていたかなんて見ることもせずに。

    「…………はぁ」

    分かっていたことだった。
    あんなユメ先輩だったから私はここにいる。
    たまたまだ。ちょっと虫の居所が悪くって、それで腹が立ってしまった。本当にそれだけだ。

    「明日、ちゃんと謝りにいこ……」

    きっとユメ先輩は許してくれる。だからこそ、私は自己嫌悪に苛まれる。

  • 134124/07/15(月) 15:59:42

    ――あとにして思う。
    ――あれはきっとなんてことのない学生生活の一幕。すれ違いですらない、他愛のない日常のひとつ。

    翌日、先輩は学校にいなかった。
    修繕されたポスターを見て、私は少しだけ安堵して、どうしてあんなに怒ってしまったのだろうと後悔した。
    一刻も早く謝りたかった。この胸のつかえを取りたいがために、また今までと同じ今日を歩けるように。

    「……もしかして」

    アビドス砂漠へと向かう。遠くに人影が見えた。

    「ユメ先輩!」
    「あれ、どうしたのホシノちゃん?」
    「どうしたのじゃないですよ! なんでこんなところにいるんで――」

    いや、違う。私の言いたかったのはこんな言葉じゃない。

    「――済みません」
    「え?」
    「昨日、その……」
    「……ふふ、いいんだよホシノちゃん。私の方こそ、ごめんね?」

    喧嘩……ですらなかったけど、謝って元通り。それで終わり。そのはずだったんだ。

    「せっかくですし、もう少し遠くの方行ってみましょうよ。この前言ってたあの場所まで」

    あの時、素直に帰っておけば良かったんだ。ううん、そもそも、私はあの時謝りに行くべきじゃなかった。

    「なんですかこいつ――!!」
    「ホシノちゃん!!」

  • 135124/07/15(月) 16:00:04

    遠くに見えた砂嵐が不意に私たちの方へと向かってきた。
    砂嵐の中に何かが居た。戦おうとして私は物陰から飛び出た。

    私はあの時の全てを後悔し続ける。

    ――あの時戦おうとしなければ。
    ――あの時探索を続けようとしなければ。
    ――あの時謝りに行かなければ。
    ――あの時八つ当たりなんかしなければ。

    「ユメ……せんぱい……?」

    ヘイローの砕けたユメ先輩の身体は半分しか残っていなかった。
    私を庇った結果がこれだ。"ユメ先輩は私の目の前で死んだ"。

    「あ……あぁ……」

    砂嵐が遠ざかる。真昼の太陽の下で、悪夢みたいな現実が私の前に横たわる。

    「これは……ううん。こんなの、夢に決まってる」

    そして私は現実を受け入れられなかった。
    半分だけになった先輩の隣で横になり、まだ体温の残っている先輩の手を握る。
    自分の頬に手繰り寄せて、目を瞑る。「少しだけ眠りますね」と、そう言って。

    それで終わってくれれば良かった。けれど、現実は何も変わらない。奇跡なんて起こらない。
    とっぷり日の暮れた夜の砂漠で目覚めた私は、隣を見る。
    何も変わらない。そこには当たり前のように死体があるだけ。"目が覚めたらアビドス別館に居て"なんて、夢は覚めてくれなかった。

  • 136124/07/15(月) 16:00:30

    誰のせいでこんなことになった?
    誰がユメ先輩の仇なんだ?

    「……私だ」

    ――私は私を赦さない。
    ――私が笑うことも楽しそうにすることも、私は決して赦さない。
    ――私が何かを大事にすることだって赦さない。
    ――私が抱えたもの全て、何もかも壊してやる。

    全てがスローモーションになる。
    ショットガンを持つ。銃口と目が合った。

    ――絶対に逃がしたりなんてしない。
    ――どこまでも追いかけ続けやる。私に安寧なんて訪れない。
    ――私を一生苦しませ続ける。楽になるなんて思うな。

    私さえいなければこんなことにはならなかった。
    ユメ先輩を殺した仇。それは全て、私だった。

    「いま、仇を討ちます。ユメ先輩」

    空を仰いで引き絞られる引き金。爆ぜる弾薬。
    仇を殺すのに必要なのは、最初から殺意だけで良かったのだ。
    道具はあくまで手段でしかない。殺意があれば、人は殺せる。

    散弾の小さな弾丸ひとつひとつがゆっくりと私に向かってくる。
    全てがスローモーションになる。私の瞳に映る景色は、徐々に速度を落としていく。
    それは極限状態に見える錯覚に過ぎない。時間は止まることなく流れ続ける。

  • 137124/07/15(月) 16:00:51

    その時だった。迫りゆく弾丸の向こう、空に浮かんでいたものに気が付いたのは。

    ――なんだ……あれ……。

    黒い太陽か、それとも月食か。ただ、夜の闇より昏い何かが天辺に居た。
    私の左目がそれを捉える。そして私の周りに"何か"が居た。

    『「色彩」が天空神と接触した――』
    『だが、これはなんだ? この過程は我々に何を齎す?』

    止まりゆく時間。迫る弾丸。
    私を取り囲む"何か"は口々に意味の分からないことを囁き始める。

    『だが結果は変わらない。全ての"忘れられた神々"は追放される』
    『我々と同じ末路を辿る。名が無いために呼ばれず、呼ばれない故に存在しない"名も無き神"のように、お前たちも同じ結末へと向かうだろう』

    ――ふざけるな。

    『!!』

    周囲の"何か"たちが動揺したように揺れた。

    ――追放なんてさせない。誰もここから出ていかせはしない。

    『何故だ?』
    『有り得ない』

    弾丸が左目を突き破らんと僅かに触れる。
    そのとき、私の眼前には数多の世界が広がっていた。

  • 138124/07/15(月) 16:01:10

    それは道理を超えた理解し得ない現象。
    "色彩"に触れた私の左目が刹那に捉えた数多の可能性。
    理解できない物を理解できないままに探る。どこかにあるはずだ。ユメ先輩が死なない世界が。

    ――それは例えばミレニアム。アビドス高校から転校して、セミナーへ編入した世界。
    ――それは例えばゲヘナ学園。アビドス高校から転校して、万魔殿へ編入した世界。
    ――それは例えばトリニティ。アビドス高校から転校して、スイーツ部へ編入した世界。
    ――それは例えば砂嵐が発生しなかったアビドス。全盛期の学校で友人たちと過ごした世界。

    探す。探し続ける。このキヴォトスでユメ先輩と過ごす日々を。ユメ先輩が生きている可能性を。
    世界が回り、私の世界に塔が立つ。日が沈んでまた昇る度に、私たちの歩んだ場所に塔が立つ。

    けれど、ユメ先輩が卒業できる世界はどこにもなかった。
    死ぬ度に棄却される世界線。ユメ先輩の死体を置いて別の世界へ飛ぶ度に、私はこの夜の砂漠に引き戻される。

    棄却する。時間が進む。弾丸が左目を突き破る。
    棄却する。時間が進む。眼底に弾丸が到達する。
    棄却する。時間が進む。頬骨が砕けてこめかみが粉砕される。

    "色彩"がこの現象を引き起こし続ける度に、私の時間は引き延ばされ続ける。
    でも、それは決して無限じゃない。"色彩"が捉えたのは私を左目。
    私を完全に書き換える前に、私の左目は破壊される。このロスタイムには終わりがある。

    気付けば私は、死ぬことに恐怖を覚えていた。
    あれだけ死を望んでいたはずなのに。引き延ばされ続けた時間が私に執着を与えてしまった。

  • 139二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 16:01:28

    このレスは削除されています

  • 140124/07/15(月) 16:08:41

    ――死にたくない。

    世界を始める。無数のユメ先輩の死体の山で気付かれた塔が世界を埋めつくす。

    ――死にたくない。

    願って走り続けたその先にあったのは、どん詰まりの袋小路。
    夜の砂漠の下の私は左目を失った。ロスタイムは尽きてしまった。
    誰も来ないこの砂漠で私はひとり。ユメ先輩の死体の隣に並ぶのは私の死体だろう。

    ――死にたくない!!

    「……ぁ、だ……」

    誰か助けて。

    それが、15歳の私の終わり。
    そして私は、最期の夢を見る。

    「だから、もうこれ以上この世界を壊さないで」

  • 141124/07/15(月) 16:24:54

    生徒会長がショットガンをホシノへと向ける。
    ホシノはただ茫然と、立ち尽くしたままだった。

    「ホシノ――ッ!!」

    私の声にホシノが振り向く。右目を覆った眼帯の向こうにあったのは、泣き崩れそうな笑顔だった。

    「先生、ごめん。私、この子と戦えないや……」

    そして、弾丸がホシノの全身に突き刺さる。
    吹き飛ばされたホシノを受け止めるべく走り出す。

    もう彼女は戦えなかった。身体だけではない。心も全て。
    意識を失ったホシノ。吹き飛ばされた黒服。残った私の見るのは、全ての絶望を背負った"小鳥遊ホシノ"。

    ――どうしてだ。
    ――"ホシノ"が一体なにをしたというんだ。

    初めから私たちが戦ってきたのは世界なんかじゃなかった。
    ホシノを救うために砂漠で死に逝く"ホシノ"を殺す。最初から救いなんてどこにもなかった。

  • 142二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 16:25:07

    このレスは削除されています

  • 143124/07/15(月) 16:26:17

    ジャケットに入れた手が"カード"に触れる。
    だからこんなもの、もはや選択でも何でもない。
    私はもう立ち止まれない。選択から目を逸らし、いま降りかかる窮地を脱するそのためだけに、私は"時間"を消費する。

    "……我々は望む、ジェリコの嘆きを"

    世界基底を探して砕く。絶望した少女ごと、このアビドスに破滅をもたらす。
    正解なんて分からない。けれどもう、私にできることはこれしかなかった。

    "……我々は覚えている、七つの古則を"

    そして、シッテムの箱は開かれた――

    -----

  • 144二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 16:44:09

    そっちの言葉なんだ…そっか…

  • 145二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 16:49:59

    このレスは削除されています

  • 146二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 17:15:21

    この世界の破壊できるサンクトゥムタワーって数多に繰り返し積み上げられたユメ先輩の○体でできてるってこと……?
    痛まし過ぎる……おえ……

  • 147二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 18:25:59

    このレスは削除されています

  • 148二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 21:22:40

    ほしゅの

  • 149124/07/15(月) 22:53:29

    ほしゅの

  • 150二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 23:42:16

    ゆっくりでもいいんで続き期待してます!
    ほしゅの

  • 151二次元好きの匿名さん24/07/15(月) 23:57:06

    つらい…

  • 152二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 07:26:59

    今読んだ。惨いや…

  • 153124/07/16(火) 10:01:08

    「ッ!?」

    生徒会長は即座に目の前の先生と、先生が腕に抱く"暁のホルス"から距離を取った。

    ――何か、いる。

    それは漠然とした感覚。けれど、生徒会長は自身の右目が囁く敵を確かに捉えた。
    人影がひとつ。何かは分からない。けれど、"傘を持った"その少女は――

    「シッテムの箱、メインOS。プラナ、顕在化します」

    それは明らかなる異物だった。
    つい先ほどまでこの場に存在しなかった存在。それは私たちとも、ましてや目の前の先生とも違う――人なのかも分からない。
    そして異常はもうひとつ。先生の雰囲気がまるで違う。
    産毛が逆立つ。"あれ"は逆らったり抗ったりして良いものでは決してない。なんだ……あれは……。

    「くっ――!!」

    呆然とする感情を理性で塗りつぶす。生徒会長は即座にショットガンを構え、引き金に指を――

    「プラナ、場所を変える」
    「はい。テクスチャMODインストール――適用開始」

    直後、砂漠から水が溢れ出し、氾濫した水が空きテナントに流れ込む。
    部屋の隅で固まっていたヒフミが外へと押し流された。生徒会長は飛び上がって家具の上へ退避。だが、辛うじて残っていた家具も何も、全てが外へと押し流される。この場に留まるために飛び移る。書類棚からデスク、デスクから椅子、椅子から再び別の棚。気付けばそこは先ほどまで居た空きテナントではない。太陽の光が降り注ぐどこかのビーチへと変わっていた。

    ――なんだ、何が起こっている……!?

  • 154124/07/16(火) 10:02:17

    それは理解し得ない現象。階層の違う事象の発生。
    文字通り"次元が違う存在"――そこに強いとか弱いとか、そんな単純な二元論は役に立たない。
    そして"先生"は絶対の詔を唱える。

    「プラナ、アビドスから世界基底を検索」
    「――検索開始」

    それはまさしく全能の神に匹敵する理不尽。最初から勝ち目なんてなかった――
    けれどそれはあくまでアビドス生徒会長"小鳥遊ホシノ"から見た景色。先生から見た景色はまるで違った。

    ――息が出来ない。

    心臓が半分になったかのように縮み上がる。激痛が全身を襲う。脳に酸素が回らない。
    それは全能の――神の力を奮うが代償。人の身で創造神の領域に触れようなどと、人の身ではあまりに烏滸がましき所業。
    シッテムの箱に唱えられたのは"正しきパスワード"。神へと触れる小径――そこに辿り着くべき言葉なればこそ、世界に災いを齎す杖を顕現させる。

    ――駄目だ。ここで"使い切るわけにはいかない"……!!

    代価を支払って得たものは、世界に対する強制干渉。法則を無視した事象を起こし、ひとつの世界を掌握する。
    だが、"時間"が有限である以上、ここで全てを使い切るわけには行かない。
    最低最小限の"時間"を使って最大の効果を出さなければならない。それが人の身に課せられた制約。払いきれない代価は"世界"から徴収される。それだけは避けなくてはならない。

    ――アビドスを消す。ただそのためだけに、最短ルートを探し出す……!!

    だが――

  • 155124/07/16(火) 10:02:54

    「アビドス高等学校を掌握。世界基底を検索――検索結果、0件」
    「――ッ!?」
    「アビドスの世界基底は存在しません。そのため、干渉できません」
    「そんな……馬鹿な……!!」

    存在しないものは消せない。"アビドス"は消せない。
    消せないのなら戻れない。死に逝く"ホシノ"を殺す以前に、そもそも最初から何も出来ることなんて"存在"しなかった――

    ――だったら、私たちの戦いに一体何の意味が。
    ――私たちは何のために戦ってきた……?

    「プラナ!! 撤退を!」

    ほとんど無意識の指揮。プラナは頷き、演算を開始する。

    ――ごめん、アロナ。もう少しだけ時間を頂戴。
    【……はい、先生】

    アロナの悲しそうな声が頭の中に響く。
    魂が灼け崩れる臭いがした。それでもなお、私たちはここで止まるわけには行かない――!!

    ショットガンが撃たれる。天から降り注ぐ光が弾丸を叩き落とす。
    賭けたるは世界を滅ぼす私たちの未来と、死に逝く"ホシノ"の残り時間。

    ――じゃあ、この戦いの結実は。私たちの戦いの先にあるのは。

  • 156124/07/16(火) 10:04:56

    絶望が忍び寄る。この戦いが終わる時、それはいずれにせよ、"小鳥遊ホシノ"の未来を殺す。
    私の生徒の"小鳥遊ホシノ"がひとり死ぬ。"それでも私は"立ち止まるわけには行かない――

    「演算完了。アビドスから脱出します」

    そして、私たちの姿は揺らいで消えた。
    アビドス――砂に埋まった絶望からの脱出。
    だが、脱出した先に私たちの未来はあるのか。私たちに希望はあるのか――

    「たとえ無くとも、それでも、私は――!!」

    私たちの姿は消えた。このアビドスから脱出を果たした。
    気付けば場所はアビドス自治区とトリニティ自治区の境。誰も居ない廃屋に私たちは居た。

    残ったものは痛みと切望。
    どうか――どうか"子供たち"が救われる未来を――。

    その声はどこにも届くこともない。
    どこまでも広がる地獄だけが、私の前に広がっていた。

    -----

  • 157二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 14:37:03

    この絶望にどうやって抗うのか、楽しみ。

  • 158二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 18:27:33

    ホシノだけでなく黒服も重症だが、どうなるんだろう…

  • 159124/07/16(火) 19:11:40

    崩れた廃屋へ差し込む光が、私たちに陰を落とす。
    ホシノはまだ目を覚まさない。果たして目を覚ますことが良いことなのか、今の私はそんなことすら分からなくなっていた。

    「……まだだ」

    憑りつかれたように、私の唇が微かに震えた。
    だが一体何が「まだ」なのか、薄ぼやけた頭はひたすらに理解を拒み始めている。

    「……もう、良いではありませんか」

    それまで黙して力なく壁にもたれかかっていた黒服が口を開いた。
    項垂れた私は黒服へ目を向ける。なんだ、何が言いたい――そう言おうとして、私は口を閉じる。

    「本件の概要を理解致しましたが、これは私の領域と呼んでも良いでしょう」
    「……ここから出る方法が見つかったのか?」
    「ええ、元より色彩への対抗策を研究するのが我々ゲマトリア。そしてこの現象は色彩に依るもの。ホシノさんが失った神性も先ほど判明いたしましたので」
    「神性……」

    私の呟いた言葉に黒服は満足げな笑みを浮かべた。
    そして、まるで教師が生徒に対して行うように説明を始める。

    「ホルスの左目はウジャトの目。失われしものを再生し、安寧をもたらす夜の象徴。しかし、ホシノさん――アビドス生徒会長からはそれが失われてしまった。残ったものは死と殺戮を振りまくセクメトの化身。ならばこそ、彼女は真なるホルスとは呼べない」

    ですから、と続けて黒服は言葉を紡ぐ。

    「私が黒服である以上、私に締結できない契約はございませんとも。特に、我を忘れ、不備のある書類を握りしめた子供であるなら尚のこと……。ここから先は私が巻き取り、この世界に"終焉"をもたらしましょう」
    「ッ――!!」

  • 160124/07/16(火) 19:12:25

    拳を握りしめて立ち上がる。
    振りかざしはしない。けれども、それだけは許せるはずもなかった。
    そんな私を黒服は嘲笑う。

    「一体何が違うと言うのですか。あなたが行うか、私が行うか。いずれにせよこの世界は消える。消さなくてはならないのですよ先生。私と先生と、何よりそこで眠り続けるホシノさんのために」
    「……っ」
    「ならばもう、良いではありませんか。もうこれ以上、戦わなくとも良いではありませんか」

    何故なら我々は大人なのだから。無駄でくだらないことにわざわざ血を流す必要は無い。
    そう締めくくられた言葉は絶望の淵で流し込まれる甘い毒。諦める理由ならそれこそいくらでもあった。

    ここまで頑張った。でも駄目だった。けどホシノは救えた。
    "もうひとりのホシノは死んじゃったけど"、しょうがなかった。
    頑張ってみたけど、もうどうやったって救える状況ではなかった。

    『トロッコ問題なのよ』

    いつの日かのミレニアムで聞いた彼女の言葉が耳の奥で残響した。
    どちらを選ぶか。何を犠牲にするか。その決断を私は他人に任せるのか?

    「違う!!」

    そうであったとしても、それは"私"の役目だ。"私"がやらなくてはならない。

    「たとえ私の歩む先に痛みしかなくとも、苦しみしかなくとも――」

    世界の与える苦しみは、世界の責任者が負うべきだ。
    "私"が選んで負うべきだ。それが大人の責任なのだから――

  • 161124/07/16(火) 19:12:46

    「私が選ぶ。私が決める。全ての責は私にある」
    「その先に絶望しかないとしても?」
    「そうだ」

    数刻、静けさが訪れる。答えは最初から決まっていた。

    「私はその絶望とやらに用があるんだ」

    それが"先生"をやると決めたときに抱いた私の覚悟だった。

    「……ならば、これ以上引き留める理由はありませんね」

    私は"カード"に触れる。この世全てを裏返す最強の"切り札"。その代価は世界の時間。
    だとしても、だとしてもだ――私の"選択"は変わらない。眠るホシノを抱きかかえると、ホシノは「ん……」と声を漏らす。

    ――まだ生きている。心臓はまだ止まっちゃいない。

    息が詰まる。私の身体は代価を払って呼吸の全てが浅くなる。
    だが、"立ち止まってはいけない"。寒い。息を吐く――

    「トリニティから全ての天使を放逐する。そこに絶望しか残らずとも」

  • 162二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 19:12:59

    このレスは削除されています

  • 163124/07/16(火) 19:14:11

    シッテムの箱を使えば不可能ではない。――ならばやるべきだ。
    たとえアビドスの世界基底が見つからずとも、私はここに変化をもたらす。やるべきことを、やれるべきことの全てを行う。

    「さようなら、黒服。きっと私は居ないだろうけど、生徒たちに手を出すことだけは許さない」
    「クックックッ……。そうですね……寂しくはなります、先生。どうか――」

    ホシノを抱きかかえる。小さな身体だ。こんな小さな体躯の全てに、世界は有り余るほどの絶望を与え続けてきた。
    答えはまだ見つからない。けれども、"黒服の案に乗る"ことだけは間違っている――!

    私はホシノを抱きかかえてトニリティへと歩を進める。
    もはや魂の燻りだけが私の足を動かし続ける。
    そこに意志があるのか、それすら私には分からない。

    『どうかあなたに、良き終わりのあらんことを』

    私の脳内に残響したのは、見送る黒服の言葉だけだった。

    -----

  • 164二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 19:29:03

    黒服、ドクター真木みたいなこと言い出したな…

  • 165二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 19:29:53

    先生、覚悟が凄まじい…
    どうか、先生とホシノにできる限り良いエンディングが訪れますように

  • 166124/07/16(火) 22:59:39

    眠るホシノを抱きかかえながら、トリニティ総合学園目指して私は歩き続ける。
    ショットガンはベルトに挟んで盾は背負っているのだが、どうにも武装の重量は中々に辛いものがある。

    「けれど、流石に置いて行くわけにも行かないからね……ッ」

    誰に何を言うわけでは無い。ただ、声を出していないと正気に戻ってしまいそうだった。
    たった一日だ。まだたったの24時間しか経っていないというのに、胸が張り裂けそうな出来事の多くを見つめ過ぎた。

    「大丈夫だよホシノ……。また、みんなで水族館に行こう……」

    腕の中から伝わる微かな心音だけが私の進む理由だった。
    この音が止まってしまったら、もう私は立ち上がれないと知っている。

    ――寒い。目がかすむ。

    「……先生?」

    気付けば、ホシノは目を覚ましていた。
    良かった、と私は安堵する。

    「おはよう、ホシノ」
    「ここ、どこ?」
    「トリニティ自治区だよ」
    「……誰もいないみたいだね」
    「うん、多分セイアが引かせたのかな。余計な戦いが起きないように」
    「そっか……」

    短い言葉の応酬。少し無言が続いて、ホシノが口を開いた。

  • 167124/07/16(火) 22:59:58

    「先生、ちょっと休も」
    「大丈夫。あともうす――」
    「駄目。ちゃんと休むよ」

    ホシノは言葉を遮って私の顔を両手で挟み込んだ。
    少し怒ったような表情のホシノ。その左目が私を覗く。

    「ごめん、そうする」
    「うん。ちょっと座ろ」

    道端に腰を下ろし、ホシノと並んで一息つく。
    隣に座ったホシノが私の手をきゅっと握った。
    しばらく二人で空を見上げた。狂った真昼の太陽を照らしている。
    道の先にも後にも私たち以外誰も居ない。風も無く、ただ静けさだけがそこにはあった。

    「……先生。おじさん、頑張ったよね?」
    「うん。ホシノはたくさん頑張ってくれたね。本当にありがとう」
    「じゃ、じゃあさっ……その、ご褒美ぐらいくれてもいいんじゃないかな~?」
    「ん?」

    急にまごつきだしたホシノは立ち上がると、私の足の間に座り直した。ホシノの後頭部が私の胸にすとん、と倒れる。

    「うへへ……」

    私が腕をホシノのお腹に回すと、ホシノは私の指をいじいじと触り始める。

    「ご褒美なのこれ?」
    「ま、まあ……ねぇ~?」

    そう呟く顔は見えない。ただ、ホシノの呼吸音だけが静寂に響いた。

  • 168124/07/16(火) 23:00:14

    「ねぇ、先生」
    「なに?」
    「私ね、もう良いかなって思うんだ」
    「…………」
    「確かにみんなに会えないのは寂しいけど、でも、こっちの"私"は誰にも会えなかったんだ。このまま死んじゃうなんてさ、そんなの駄目だよ。今の私には先生が居たけど、こっちの"私"には誰も居ない。それはね、流石に見過ごせないよ」
    「…………」

    私はただ静かに、ホシノの話を聞いていた。
    彼女の心音が私の胸を通じて微かに伝わる。

    「黒服は何をしてでも元の世界に戻るよね。だったらいっそ、"私"と先生で黒服を倒すのもありなんじゃないかな」
    「ホシノ……?」

    妙なニュアンスだった気がした。ホシノは話し続ける。

    「"私"には先生みたいな大人が必要だったんだよ」
    「――ッ!!」

    ホシノのヘイローにひびが入る。
    限界を超えて酷使され続けた肉体を精神だけで保っていた。その拮抗が崩れてしまった。

    「私はたくさんもらったからさ。その少しでも"あの子"に分けてあげないと。多分それが、先生たちを巻き込んじゃったんだ意味なんだよ」
    「……待ってくれ」
    「だから、もうひとりの"私"をお願いね」
    「待って!! ホシノ――!」

    ホシノのヘイローが消失する。慌てて胸に耳を当てる。大丈夫、まだ生きてる――けれど。
    けれどもう、駄目なのかもしれない。

  • 169124/07/16(火) 23:00:33

    「あ……あぁ……」

    ホシノの身体に縋りつく。魂が抜け落ちることを防ごうとでもするように、強く、強く、抱き留める。
    私は治療することなんて出来ない。もう私ではホシノを助けられない。

    「あああああぁ……」

    もう駄目だ。一歩だって歩けやしない。
    目の前がぼやける。進むべき道だって見えやしない。

    「…………っ」

    その時、トリニティからこちらに向かってくる車の音がひとつ。
    私たちの前で止まり、誰かがドアを開けて私たちの方へと向かってきた。

    その姿を見て、私は縋るように嗚咽を漏らした。

    「私は……君たちの敵だ。君たちを、トリニティを消すためにここまでやってきた……」

    膝を折って頭を地面にこすりつける。

    「私は君たちには何も返せない。返せるものは一つも無いんだ……ッ」

    私が返せるのは仇だけ。私にはもう、何も残っちゃいない。

    「都合の良い話だとは分かっている……! けれどどうか、この子だけでも! この子だけでも治療を――!!」

  • 170124/07/16(火) 23:00:44

    「私の前に敵はいませんよ。いるのは救護対象だけです」
    「――ッ!」

    私を起こすように両肩へ手をかけられる。
    そこにあったのはどこであっても変わらない、青き翼を持つ天使の姿――

    「"救護が必要な場所に救護を"。それが我々救護騎士団のモットーなのですから」
    「ミネ……っ!!」
    「これより怪我人二名を搬送します! 担架急いでください!」

    トリニティ救護騎士団団長、蒼森ミネ。
    救護が必要な場所に救護を届けるその信念は、私たちの元にも届けられる。

    それは最初の希望だった。
    絶望で止まりつつあった私たちの時間がひとつ、動き出した。

    -----

  • 171二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 23:21:39

    心が辛いが気になりすぎて夜しか眠れない……うへ〜……

  • 172二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 23:32:22

    アビドス生徒会長も救護対象ではあったんだろうなぁ

  • 173二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:32:33

    団長…!
    ありがとう、団長…!!

  • 174二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 07:18:53

    このレスは削除されています

  • 175124/07/17(水) 10:56:22

    私は夢を見る。
    そこは身も凍るほどに冷たい夜だった。
    どこまでも続く砂の世界。月が見据えるのは荒涼たる砂漠。

    誰かの絶叫が聞こえた。
    横たわる人の影と、自らに銃口を向けて叫び続けるもうひとりの"私"。
    無限に引き延ばされた刻の中、迫り来る死に恐怖して泣き叫ぶ女の子がそこにいた。

    ――ごめんね。私じゃ助けられない。

    あまりにも直視に堪えない光景に目を背けて立ち上がる。

    ――私には、あなたの時間が少しでも続くことを祈ることしか出来ない。

    そして私は背を向けて歩き出す。その時、誰かが私の手を引いた。
    驚いて振り向こうとした時、聞こえたのは祈るような誰かの声。

    『お願い』
    「――っ」

    本日いったい何度目になるのか、私は目を覚ました。
    こうも短い時間の中で気絶したり覚醒したりを繰り返すと、流石に身体も耐え切れない。
    流石にもう駄目だと思ったけれど、何とか一命は取り留めたようだ。

    「はぁ…………」

    ここは何処かの……というより、トリニティの救護室だろう。
    私のすぐ脇にはベッドが寄せられており、そこには手当された先生が私の手を掴んで眠っている。

  • 176124/07/17(水) 10:56:40

    そしてベッドの向こうでは濡れ布巾の準備をしている誰か――が私に気付いた。

    「目が覚めたんですね!」
    「ああ、うん。えっと……」
    「救護騎士団の朝顔ハナエです! 団長が済みません……」
    「団長?」

    確か……救護騎士団の団長、蒼森ミネだっただろうか。
    "ミネが壊して騎士団が治す"と言われるほどの武闘派で、兎にも角にも制圧第一だとか何とか……。

    「流石にやりすぎだってセリナちゃんが本気で怒ってて、いま団長には説教しているので……」
    「え、ま、待ってハナエちゃん。この傷はミネ団長にやられたんじゃなくって元々で……」
    「……え?」

    目を丸くするハナエちゃん。そして慌てた様子でおろおろし始める。
    何となく毒気が抜かれてしまって、私は思わず微笑んでしまった。

    「私たちは大丈夫だから、行ってあげて」
    「ありがとうございます! あ、何かありましたら呼んでくださいね。それじゃあ!」

    ぱたぱたと走るハナエちゃんを見送って、ふと時計を見た。
    時刻は10時頃。大体4時間ほど眠っていたのか。先生もちゃんと手当されていて、どうやら今のところは安全らしい。
    そう思うと急に眠気が戻って来た。もう少しだけ休もう――そう思って、ふと先生を見る。

  • 177124/07/17(水) 10:56:50

    「…………」

    手を繋いだまま、先生を起こさないように起き上がって、先生の掛布団をそっと捲る。
    そして先生のベッドへと潜り込んで、先生の腕の中にすっぽりと収まった。

    「しょ、しょうがないよね……」

    何かに言い訳するように言葉を漏らす。
    いったい何が"しょうがない"のか、どちらかというと"しょうもない"が正しい気もするけど、これは"しょうがない"のだ。

    「が、頑張った生徒にはご褒美くれるんだもんね……」

    掛布団を戻して頭まで被る。息を吸う。先生の匂いがした。
    そこではたと気が付いたのは、これまで全力で戦ってそれなりに汗もかいたし土や泥も……まあ拭いてくれたみたいだけど、今の私は臭いのでは? ということ。

    「…………」

    うりうりと頭を先生にこすりつける。
    どうせシャワーなんて浴びれないのだ。だからこれも、しょうがない。
    ぎゅっと先生を抱きしめると、先生の心音が聞こえた。

    ――今だけ。今だけだからさ。

    「……うへへ」

    目を閉じる。たとえ少しでも、今だけはぐっすりと眠れそうだった。

    -----

  • 178二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 10:58:09

    先ホシイチャイチャだ!!!!!!
    ヤッタァ!!!!!

  • 179二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 14:05:49

    イチャイチャチャチャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!fooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

  • 180二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 20:11:34

    結婚式場「呼んだ?」

  • 181124/07/17(水) 20:39:32

    それから更に2時間後、腕にかかった重みで私は目を覚ます。
    隣には頭まで布団を被って私の腕を枕にしているホシノの姿があった。
    寝ている? と思ったがどうやら起きているようで、それでも私に抱き着いたまま微動だにしない。

    ――心細くもなるよね……。

    これから何をするべきなのか、どうするべきなのか。進むのか、止まるのか。
    その一切を棚上げにして惰眠を貪るのが今の私だ。情けない姿を見せてしまった。
    こんな私を見て不安に思うのも当然のことだが、それでも今だけは何も考えたくなかった。

    そっとホシノの頭を撫でる。さらさらとした髪が指の間をすり抜けて心地良い。
    びくりとホシノが震えた。私を掴む手に力が入って、ホシノは更に強く私の胸元へと顔を押し付ける。
    背中を擦ると「――くゅっ」とホシノが妙な声を出す。もしかして泣いているのだろうか……。

    「先生、もうやめ――」
    「大丈夫だよホシノ」
    「――!?」

    ホシノを抱き寄せる。この子はまだ生きている。
    もうひとりの"ホシノ"の時間を引き延ばすために黒服を止めるにせよ、ホシノを帰すために偽りのキヴォトスを消すにせよ、私にはまだ選択しなくてはいけないことが残っている。

    私は弱い。ただの人間だ。それでも何の幸運か、私は先生になった。
    せめて終わり方だけは決めなくてはならない。それが私の責任だから。

    ホシノを強く抱きしめる。彼女の首元で息を吐く。ホシノの震えが一層大きくなる。

  • 182二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 20:40:59

    イエェェェェェイ!!!!!!

    新鮮な先ホシのイチャイチャだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!

  • 183二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 20:41:04

    (本編と合わせて2倍お労しい)

  • 184124/07/17(水) 20:41:24

    「大丈夫。私は先生だからね」
    「――――っ!!」

    私は身体を起こす。身体にはまだ倦怠感が残るものの、眠ったおかげか、胸の痛みも少しばかりは持ち直せたようだ。

    「ホシノ、起きれる?」
    「う……う、うん。起きるよ? 起きるからちょっと待ってて」

    布団がもぞもぞと動いてホシノが顔を出す。顔は赤く、息も荒い。
    けれども、ホシノは左目を拭って私を見る。
    そこには既に、苦しみに耐える子供の姿はもう無い。私は安堵の溜め息を漏らした。

    「ホシノは凄いね」
    「え……、い、いやいや、先生も凄いよ……」
    「そうかな?」

    ホシノはコクリと頷いた。するとその時、救護室の扉が開く。

  • 185124/07/17(水) 21:04:50

    「入るぞ……」

    入ってきたのはトリニティの治安維持装置たる正義実現委員会の委員長、剣先ツルギ。
    何故か、誰も乗っていない車椅子を押しての登場だ。

    「先生と……"小鳥遊ホシノ"、で合っているか……?」
    「そっ……そうだよ」

    少し驚いたように息を呑むホシノ。
    この世界において"小鳥遊ホシノ"とはアビドスの生徒会長を指す。
    その名前を認知して生徒会書記であるホシノを呼ぶことは決して普通ではない。

    そんなホシノの様子にツルギは「そうか……」とだけ言って押し黙ってしまう。

    「ツルギ、何か用があったの?」

    助け船を出すと、ツルギは頷いて口を開く。

    「百合園セイアがあなたたちを呼んでいる。身体は大丈夫……?」
    「うん、ありがとう。心配してくれて」
    「――――!!」

    ツルギは照れた様子だったが、ホシノは警戒したように身体を強張らせる。
    そこに敵意などは特に見受けられず、私はふと気になってツルギに聞いた。

    「私たちを倒そう、って感じじゃないよね」
    「……あなたたちは悪い人では無さそうだと、そう見えた」
    「…………」
    「もし暴れるのなら容赦はしないけど……」
    「……そうだね」

  • 186124/07/17(水) 21:21:27

    悪も正義も分からない、そんな今の私に語る言葉は無い。
    私たちは誰の敵で、誰と戦っていたのか。
    少なくとも、私の前に居た皆は私と同じく大切なものを守ろうとした子供たちだった。
    するとツルギは何かを察したようにぽつりと言葉を漏らした。

    「私は、よく怖がられる。けれど、そうだったから実現できたものもあった」
    「……うん」
    「あなたたちもそうだったら良いと思う……。あなたたちがここに来たことに、何か意味があったのかも……」
    「意味、か……」

    私たちがこの世界に零れ落ちてきたことに何か意味があるのか。
    分からない。けれど、きっとそれは答えがあるようなものではなくて、望んだ希望を探して当てはめるような救いなのかもしれない。

    「そ、それに……」
    「うん?」

    見るとツルギの顔は真っ赤になっていた。
    もっと言うなら、目を輝かせる少女のように顔を赤くしていた。

    「ひ、ひとりの生徒を助けるために学校を敵に回すとか…………きぇぇぇぇぇ!!」
    「ッ!!」

    ツルギは突然叫び声をあげ、救護室の壁を破壊してどこかへと走り去ってしまった。
    あとに残されたのは私とホシノと、ツルギが持って来た車椅子ひとつ。

  • 187二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:21:38

    このレスは削除されています

  • 188124/07/17(水) 21:23:43

    「……いっちゃったね~」
    「そうだね」

    恐らくツルギは帰って来ない。何かの琴線に触れてしまったのだろう。

    「とりあえず……ホシノ」

    車椅子を掴んでホシノの方へと向けると、ホシノは少しだけ嫌そうな顔をした。

    「大丈夫だよこのぐら――」
    「駄目。ちゃんと休んで」

    それは少し前にホシノから言われた言葉。きょとんとするホシノと目が合って、どちらが先かも分からないまま二人で笑った。

    「最悪でもすぐに戦うことは無さそうだけど、銃は持っていく?」

    そう聞くと、ホシノは首を振った。

    「ううん、いいや。このまま行こうよ」
    「よし、じゃあとりあえず――」

    百合園セイアに会いに行く。
    彼女は私たちを待っている。そこにどんな意図が、何の思惑があるか分からないにせよ。
    少なくとも、私たちと現在は戦うつもりもなさそうなのだから。

    -----

  • 189二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:25:35

    本編もエグいしこっちもエグい

  • 190124/07/17(水) 21:45:31
  • 191二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:47:54

    >>189

    本編が容赦なく皮の鞭で殴られ続ける絶望なら、こっちは真綿でジワジワと首を絞め続けられるような絶望

  • 192二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:48:07

    立て乙

  • 193124/07/17(水) 21:52:14

    もうスレ終わりなんで自我出しますが、褒めてくれていっぱいうれしい……。
    自分でもPart3まで行くとか思ってなかったけれど、次が最後です。がんばるぜー!

  • 194二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:13:23

    >>193

    がんばえー

  • 195二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:54:22

    建て乙ですー
    先生と少女達(と黒服)の未来や如何に。そしてスレ主さんが本編最新章を見て何を思ったかも気になるところ

  • 196124/07/18(木) 08:10:17

    >>195

    ネタバレはなるべく伏せますが、本編Part4は妄想していた戦闘シーンがお出しされて最高でしたね…!

    私はもっと盾を信頼すべきだった…。ダクソの盾ぐらいにしか思ってなかったけれど、アニメであったSSバリアがちゃんと存在してたのはもっとそこに目を向けるべきでした。猛省…っ!!


    ただホシノ……あれ、どうなるんだ一体……。急所を突くならここだろうで解釈一致と苦しみましたがまさかああなるとは。解決策が見えないのはつらい…。


    これまでの第三章は地下ちゃんのゲームだったせいか駒のように各人物が消費され続けていました、が、恐らくはここから先生が物語を握るはず。頼んだぞ先生…!

  • 197二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 19:38:38

    うむ!

  • 198二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 23:09:06

    埋め

  • 199二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 23:38:52

    埋め&感想乙です。先生も生徒達もみんな頑張って……!!


    >駒のように各人物が消費され続けていました、が、恐らくはここから先生が物語を握るはず

    別作品で悪いけど、ここ新約禁書目録4巻の「接続過程」の〆を思い浮かべた

    これまでの冷たい法則はもう通用しない。起きてしまった悲劇は修復できなくても、死んでしまった人はもう生き返らなくても。ここから先は―――― ってやつ

  • 200二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 23:47:43

    >>200なら夢から覚めるのと同時に怪我も欠損も無かった事になる

オススメ

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