- 1二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:07:42
ぐう。
授業の終わりを告げるチャイムと共に、お腹が小さく鳴き声を上げた。
慌ててお腹を押さえて、周囲を見回すけれど、誰も僕を気にしている様子はない。
多分、喧騒に紛れて聞こえなかったのだろう。
ほっと、安堵のため息をつく。
「ちょっと、お腹空いちゃったな」
ちらりと教室の時計を見やる。
お昼休みまでは、授業をもう一つ乗り越えなくてはいけない。
走って購買に行くことも出来るけど、食べ物を前にしたら、いっぱい食べてしまいそう。
体重管理のこともあり、派手な間食は出来る限り避けておきたかった。
けれど、このままでは授業にも集中出来ない。
……それじゃあ、アレの出番かな
そう考えて、僕は鞄の中から小さな袋を取り出した。
可愛らしい模様の透明な袋、その中には彩り豊かな、小さいおかきの数々。
僕は袋を開けて、黒い海苔に包まれた一粒を口の中に放る。
さくさくと小気味よい歯応えと共に、お醤油の旨味と海苔の風味が広がっていく。
それは季節外れのお菓子────ひなあられであった。 - 2二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:08:03
数か月前、姉妹でお出かけをした時、僕のために二人が用意してくれたもの。
僕がちらりと気にしていたのを、姉さんが見ていてくれて。
僕が好きそうな味を、ヴィブロスがチョイスしてくれた。
昔は、少し苦手意識を持っていたけど、今はそうでもない。
それどころか、当時の反動もあるのか、最近はちょっとしたマイブームになっていた。
個包装のものをいくつか持ち歩いて、ちょっとお腹が空いた時には良くつまんでいる。
同じ『ひなあられ』なのに、個性豊かで、多種多様。
一粒一粒味わうのはもちろん、色んな組み合わせで一緒に食べてみるのも面白い。
まるでトレセン学園のみんなみたいだな、と思わず、口元が緩んでしまう。
だとすれば、緑色のアオサのおかきは、クラウンさんだろうか。
海老の練り込まれた桃色のおかきは、僕の周りなら、シオンさんかな。
最初に食べた黒いおかきは────。
「……ん?」
僕はふと、視線を感じた。
苦手だけど嫌いではない、そんな印象を受ける視線を。
反射的に、その方向へ目を向けると、机の端から一人のウマ娘の顔が生えていた。
鹿毛のツーサイドアップ、花菱の髪留め、前髪から斜めに走る流星。
キタサンブラックは、尻尾を大きく揺らめかせ、鮮やかな赤い瞳をきらきらと輝かせていた。
彼女の視線は僕、ではなくて、ひなあられに向けられている。
「……キッ、キタさん?」
「……はっ!?」
僕が声をかけた瞬間、キタさんの耳と尻尾がピンと立ち上がる。
そして彼女は、少し照れたように頬かきながら、はにかんだ笑みを浮かべた。 - 3二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:08:17
「あははっ、食べているところを邪魔しちゃって、ごめんね?」
「それは、その、構わないけど、どうかした?」
「シュヴァルちゃんが食べているお菓子がきれいだったから、つい……それ、なんてお菓子なの?」
「…………ひなあられ、だけど?」
キタさんの問いかけに答えながら、僕は首を傾げてしまう。
彼女が和菓子や砂糖菓子を好んでいることは、良く知っている。
そんな彼女が、ひなあられを知らない、なんてことがあり得るのだろうか。
「……ひなあられって、ポン菓子みたいなやつだよね?」
こてんと、キタさんは首を傾げる。
しばらくの間、静寂が流れて────僕らは同時に、逆方向へ首を傾げてしまうのであった。 - 4二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:08:32
「……ひなあられって、一種類じゃないんだね」
「あっ、これこれ、あたしが知っているのは関東風のひなあられだったんだ」
キタさんが横から顔を出して、僕の操作するスマホの画面を覗き込む。
どうやら、二人で想像する『ひなあられ』が別の種類のお菓子だったようだ。
……そういえば、ヴィブロスが用意してくれたのは、それらが混じっていたやつだったな。
僕はその時のことを思い出しながら、言葉にする。
「キタさんが言っているやつは、甘い味付けのやつだよね?」
「そう! ひな祭りになると父さんやお弟子さん達が良くくれたんだ……これは、甘くないの?」
「こっちはおかきだから」
「そうなんだ、へえ、おかきかあ、そっか……!」
僕と話をしながらも、キタさんはちらちらとひなあられを気にしていた。
どこか物欲しそうに見つめていて、尻尾の勢いも少しずつ増して、なんなら僕の背中に当たっている。
……ちょっと前にヴィブロスに見せられた動画の、待てをしている大型犬みたい。
そんな失礼極まりないことを考えてしまいながら、僕は彼女に言った。
「……食べてみる?」
「いいの!?」
「ちょっ、ちょっと、顔が近いから……っ!」
「あっ……えへへ、シュヴァルちゃんがいいなら、ちょっとだけ食べてみたいな」
いきなり顔を寄せて来たキタさんは、恥ずかしそうに距離をとってくれる。
彼女の距離感の近さは前からだけど、未だに慣れることはない。
少しだけドキドキとしている心臓を押さえながら、僕は彼女へと答えた。 - 5二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:08:46
「うっ、うん、それは大丈夫だけど」
「ありがとー! それじゃあ、遠慮なくいただきます! あーん!」
「あーん……じゃっ、じゃなくて! ちゃんと別の袋あるから……っ!」
一粒摘まんで、キタさんの大きく開かれた口に放りそうになる直前で、我に返る。
……危ないところだった、ヴィブロスに接する時のノリであーんしてしまいそうだった。
鞄の中から、別の個包装のひなあられを取り出して、彼女へと手渡す。
受け取った彼女は、少しだけ残念そうな表情を浮かべるも、中身を見て、すぐに目を輝かせる。
「間近で見ると、思っていた以上にたくさんの色があってきれい……!」
「うん、見た目も華やかだよね」
「緑はダイヤちゃんにクラちゃん、桃色はバクシンオーさん、これは、シュヴァルちゃんかな?」
キタさんは袋を開けて、白いおかきを一粒取り出した。
そして、しばらく楽しげにそれを見つめた後、ぱくりと自らの口の中に放り込んだ。
……他意はないのだろうけど、なんとも言えない気分になる。
次の瞬間────彼女は目を大きく見開き、耳をぴこぴこさせながら、顔をほころばせた。
「美味しいっ! すごいよシュヴァルちゃん! これはわっしょいわっしょいわっしょいだよっ!」
「そんな星三つみたいに言われても……でも、うん、喜んでくれて、良かった」
自分が好きなものを褒めて貰えるのは、お菓子でも嬉しい。
次々と食べ進めていくキタさんを見て、僕は思わず、笑みを浮かべてしまった。
それにしても、彼女は本当に、美味しそうに食べてくれる。
気が付けば、僕も一緒に摘まんでて、あっという間にお互いを袋の中身がからっぽになった。
彼女は少しだけ名残惜しそうにしながらも、ぽんと両手を合わせる。 - 6二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:09:02
「ご馳走様でした、美味しかったなぁ……そういえば、ひなあられっていつでも売ってるの?」
「スーパーとかにはないけど、オールシーズンで取り扱ってくれているところを見つけたんだ」
「なんてお店? あたしも買いたいから、良かったら教えて欲しいな!」
「駅の近くのデパートの近くにあって、あの、エスカレーター降りてすぐのとこで、その、えっと」
……何度も買いに行っているはずなのに、お店の名前が出てこない。
僕が言葉に詰まっていると、キタさんは何かを察したように、苦笑いを浮かべた。
「わかる、お店の名前ってなかなか覚えられないよね、ダイヤちゃんは全然忘れないんだけど」
「……そうなんだよ、姉さんやヴィブロスは一目みただけでも覚えているんだけど」
「ふふっ、それじゃあ────」
その時、予鈴が鳴り響き、クラスメイトが続々と教室に戻って来た。
その中には、キタさんの幼馴染である、サトノダイヤモンドの姿も混じっている。
キタさんはちらりとそれを見て、内緒話でもするように、僕の耳元でそっと囁いた。
「────似た者同士、今度二人で買いに行こう?」
心臓がドキリと高鳴る。
見れば、満面の笑みを浮かべている、キタさんの顔。
その瞳は、期待に満ち溢れていて、じっと僕のことを射抜いている。
僕はその視線から逃れるように帽子を深く被りながら、こくりと、小さく頷くのであった。 - 7二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:10:16
お わ り
うまむすめしの新刊良かったね・・・ - 8二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 00:13:13
キタシュヴァ助かる…
- 9124/07/09(火) 06:11:32