【SS】メジロシティのスラム地区、だって？

1◆bEKUwu.vpc24/07/10(水) 19:21:51

　そこはメジロシティの一角に実在するという、スラム街を指します。光が強ければまた闇も濃くなるのがこの世の常というもの。そこでは、トレセン学園内では考えられないようなことが繰り広げられているのです。
　特に、か弱き人間でしかないトレーナーの立場は、よほどの例外を除いて被食者です。
　ほら、耳を澄ませて。聞こえてくるは奴隷商での会話でしょうか。品定めの声がしますよ。

「へえ、良い筋肉ですね。もう少しこう、ポーズを取ってもらえますか？」

　顔を赤くしたトレーナーが、言われるままに体勢を変えていますね。大事なところはしっかり隠れているのは、奴隷商人の最後の情けでしょうか。

「貴方、おいくらかしら？」
「君のレースが見られれば」
「あら、お安いのね」

　おや、こちらは商人相手ではなく、奴隷本人と値段を決めている様子。哀れ、自分の価値を知らぬこのトレーナー。彼は相手の懐もわからず値段を提示し、あっさり快諾され、檻から出されて連れて行かれてしまいました。自分からつけた値札です。もはや文句を言うこともできないでしょう。

2◆bEKUwu.vpc24/07/10(水) 19:22:06

「危なかったね、トレーナー。私がいなかったら、やられてたよ」
「あ、ああ。ありがとう」
「ホントに分かってるかな？　……ねえ、私がいないとやっぱり駄目だよね。手、離しちゃ駄目だよ？」

　こちらは町中で不届き者に絡まれたトレーナーを、間一髪、担当ウマ娘が保護した様子。彼女の一声で、ガラの悪そうなウマ娘たちは待機所に戻っていったようです。彼女が近くにいてよかったですね。

　さて、この町にはスラムを統べるウマ娘、スラムクイーンがいます。このスラムを統べる暴食と飽食の女王。その正体は謎に包まれていますが「今月のスイーツの納入、少し足りませんわね。代わりに貴方ご自身に支払っていただくとしましょう」と、トレーナーを拐かす様子を目撃したとの情報があります。恐ろしいですね。

　このように治安の荒れたスラムですが、しかし希望はいかなる時もそばにあるもの。夜になればこんな会話も聞こえてきます。

「綺麗な星空ですね。周りに明かりが少ないからでしょうか？」
「そうだね。でも、一番眩しい星がすぐそこにあるのを、俺は知ってる。昼間だって見失わないよ」
「まあ……」

　このスラムでも、光は確かに存在するのです。

　さあ、いかがでしょうか。全天型ドーム内のメジロシティスラム地区、トレセン学園まで徒歩５分。
　冷暖房、通信環境完備の新築ボロレンガ造り風アパート。担当と隣接した部屋に住む場合は、一心同体割で３年間賃貸無料です。
　お急ぎを。

3◆bEKUwu.vpc24/07/10(水) 19:22:23

「だってさ、トレーナーさん」
「いや『だってさ』って言われても。色々と大丈夫なのか、これ」
「いいじゃん、テーマパークみたいで面白そうだし。毎日ハロウィンみたいなもんだって。それに、トレーナーさんだってトレセンの近くに住みたいでしょ？　今住んでるとこ電車で１時間かかるし。隣の部屋ならアタシのケアもすぐできていいじゃん」
「それはそうなんだけどさ。隣同士ってこの壁の向こうの部屋だろ？　このアパート、新築の名のとおり、こんな見た目で全体的にしっかりした作りなのは分かるんだけど、部屋のこの壁だけかなり脆そうなんだよな。間違ってウマ娘の脚力で蹴ったらすぐ穴開くぞ、これ」
「蹴らなきゃいいんでしょ？　大丈夫大丈夫。３年間無料のメリットのほうが大きいって。ね！」
「それも怪しいというか、気がかりのポイントなんだけどなぁ……」
「大丈夫だって、あのメジロだよ？　ね！」
「……ああ、わかった。わかったよ。ここにしようか」
「やった、決まりね！」
「じゃ、契約するか。受付は、あっちの奴隷売買所じみたところか。なんか嫌だな」
「……」
「……どうした？　ほら、行こう？」
「嫌」
「え？」
「もっと強引に引っ張っていってくれなきゃ嫌」
「……」
「ねえ、ほら、タイのとこ持って。そうそう、リードみたいに。初めはそれっぽくでいいから。ね？　……あー、良い。じゃなくて、良い３年間にしようね、トレーナー！」

　ここはメジロシティのスラム地区。入居希望者は増えるばかり。