- 1二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:57:02
「トップロードに貰ったアロマオイル、昨日寝る時に早速、使ってみたよ」
早朝、寮から学園へと続く道の途中。
私はたまたまトレーナーさんと出会って、ともに向かうこととなった。
今日は朝から幸運ですね、なんて考えながら、彼の歩調に合わせてゆったりと歩く。
そして、彼が最初に口に出した話題が、それであった。
「わあっ、使っていただけたんですね! ……それで、その、どうでしたか?」
まず、私からのプレゼントを使ってくれたのが、嬉しかった。
調香師である母が、私のために作ってくれたアロマオイル。
毎晩のように枕元に置いているそれを、先日、トレーナーさんにお裾分けしたのだった。
すぐに使ってくれたことが嬉しくて、喜んで────そして、少しだけ不安になる。
食べ物の好き嫌いがあるように、香りにだって当然、好き嫌いはある。
私が好きな香りを、トレーナーさんが好きだとは限らない。
……もちろん、好きであって欲しいとは、思うけど。
心臓をドキドキと鳴らして、尻尾と耳をそわそわさせながら、彼の言葉を待つ。
彼は、柔らかく微笑んで、口を開いた。
「なんだか落ち着ける匂いで、とても良く眠れたよ、ありがとうね」
「……っ! はいっ! それは、ほんとーに、とっても、すごく、良かったですっ!」
トレーナーさんの言葉を聞いて、ぱあっと、花咲くように胸が暖かくなる。
良く見れば、普段は薄く刻まれている目の下の隈が、今日はきれいさっぱりなくなっていた。
きっと、お世辞などではなく、本当に、良い香りなんだと思ってくれたのだろう。
そのことが、とても嬉しく感じる。
そして、彼はとても感心したような表情を浮かべた。 - 2二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:57:17
「匂い一つで寝付きがあんなに変わるなんて思わなかったな」
「えへへ、トレーナーさんも調香に興味が湧きましたか?」
「うん、ああいうのって、どこで買ったりするんだ?」
「あー……昨日差し上げたものは、母に作ってもらったものなので」
「そういえば調香師だって言ってたっけ…………そんな大事なもの、貰って良かったのか?」
「いえいえ! たくさんありますし、母だってトレーナーさんの感想を聞けば、きっと喜びます!」
「……そっか、素敵なお母さんなんだね」
「はい、自慢の家族ですからっ! えへへ、母の作る香りはですね────」
家族を褒めてもらえたのが嬉しくて、ついつい、私は母の話を始めてしまった。
……母からも、トレーナーさんの話題になった瞬間、トレーナーさんのことばかりに喋る、なんて言われたっけ。
もう、私にとって彼は家族みたいな存在だから、同じように話をしてしまっているみたい。
だから、だろう。
ぽろっと、余計なことまで話をしてしまったのは。
「────あのアロマの香りは、私もなかなか再現できなくて」
「……ん? つまり、トップロードもああいうのを作ったりするの?」
「あっ」
別に、秘密にしていたわけじゃない。
同室のポッケちゃんはその様子を見ているし、アヤベさんやミラ子ちゃんにも話したことがある。
でも、トレーナーさんには、話していなかった。
もう少し上手く出来るようになってからにしようと、なんとなく、思っていたから。
だから、別に知られたからって、どうってことはない────はずなのだけれど。 - 3二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:57:38
「えっと、そのですね、今のはですね、違うというか、違くないといいますか……っ!」
何故か、私は慌てふためいて、誤魔化そうとしていた。
手をあちらこちらと動かして、視線をぐるぐると彷徨わせて、尻尾や耳もてんやわんや。
トレーナーさんはそんな私のことを、ぽかんとした顔で、じっと見つめている。
……色々と限界が来て、私は俯き、顔を熱くしながら、ぽそりと言葉を零した。
「…………私も、作ったりしています」
「そうなんだ! すごいじゃないか!」
トレーナーさんの、誇らしげな、嬉しそうな声が、響き渡る。
ああダメだ、この流れは、とても、とても、良くなくて、すごく、ダメだ。
もう、トレーナーさんとは、それなりの付き合いになる。
お互い、共通の人物のお世話になったこともあり、私と彼の嗜好や考え方は、割と似通っていた。
だから、次の彼の反応が、手に取るようにわかってしまう。
ちらりと、私は彼に視線を向ける。
トレーナーさんは、その瞳を子どものようにきらきらと輝かせて、私を見ていた。
「トップロードの作る香りも、気になるなあ」
やっぱり、そういうことを、言う。
期待に満ち溢れた目を、希望を込めた言葉を、私に伝えて来る。
トレーナーさんからそんなことをされると────期待に、応えたくなっちゃうじゃないですか。 - 4二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:57:55
「それで……気合を入れすぎてしまいまして……ふあ……」
「……なんか、ごめんね」
次の日、私は眠たい目をこすりながら、トレーナー室の長椅子に腰かけていた。
ついつい、夜遅くまで調香に励んでしまったのである。
たまたまポッケちゃんが遠征で不在だったのが、逆に良くなかった。
遠慮をする必要がない分、集中して、のめり込んでしまって、この有様。
クラスの皆さんにも、たくさん心配をかけてしまった。
……もちろん、隣に座っている、トレーナーさんも心配そうな顔をしている。
「まあ、今日は元々トレーニングはお休みの予定だから……それで、これが?」
「……はい、これが、私が作ったアロマオイルです」
私の手のひらには、ちょこんと小さなガラス瓶が乗っている。
トレーナーさんのことを夜通し考えて、何度も何度も作り直して、ようやく出来たもの。
彼はその小瓶を、わくわくとした様子で、とても興味深そうに眺めている。
新品のおもちゃを貰った小さな子みたいで、ちょっと可愛らしい。 - 5二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:58:12
「トップロード、早速試してみても良いかな?」
「……もちろんです」
そわそわとしながら、問いかけて来るトレーナーさん。
私は、少しだけ間を置いてから、こくりと頷く。
実をいうと、納得のいく出来にはならなかった。
本当は、母のように、落ち着いて、安らげるような香りを作りたかった。
昨日、トレーナーさんが見せてくれた微笑みを、私の手で見たかった。
でも、やっぱり母みたいにはいかなくて、理想とは違う香りになってしまったのである。
トレーナーさんの期待には、応えられないかもしれない。
トレーナーさんを、がっかりさせてしまうかもしれない。
なのに────なんで、私はこれを持ってきてしまったんだろう。
私の中に、ふとした疑問が浮かぶ。
しかしそれは、瓶の蓋を開く音によって、吹き飛んでしまった。
「……っ!」
緊張で、背筋がピンとする。
トレーナーさんはリードスティックを取り出して、挿し込んだ。
そして彼は目を閉じて、静かに、じっくりと、香りを感じようとしてくれる。 - 6二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:58:32
ドクンドクンと、私自身の心臓の激しく動き始める。
手のひらが汗ばんでいるような気がして、ついつい、制服の裾で拭ってしまう。
感想を聞こうと口を開いてみるけれど、喉がカラカラで、上手く言葉を出すことが出来ない。
時計の音が妙にゆっくり、大きく鳴り響き、時間の経過がもどかしく感じるほど。
トレーナーさんは、私の作った香りを、どんな風に感じているのだろうか。
私は、私が作った香りを、トレーナーさんにどんな風に想って欲しいのか。
「────うん、俺はトップロードの匂い、好きだな」
「えっ? ええっ!?」
トレーナーさんの突然の言葉に、頬がかあっと熱くなる。
なっ、なんで急に私の匂いの感想を?
いえ、それも、ちょっとすごく嬉しくはありますけども!?
頭の中が真っ白になって、ただただ口をパクパクとさせてしまって。
そんな私を尻目に、彼は言葉を続けた。
「確かにお母さんの匂いとは違うけど、キミらしい匂いだと思う」
「………………えっ?」
母の、匂い?
おかしい、トレーナーさんは母とは顔を合わせたこともないはず。
母の匂いなんて一体どこから────と、その時、私は自分自身の勘違いに気づいた、気づいてしまった。 - 7二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:58:46
「…………トレーナーさん、出来れば『匂い』ではなく『香り』と呼んでください」
「あっ、うん、そういうものなのかな?」
トレーナーさんは、不思議そうな顔をしながらも頷いてくれる。
私は、なんだか猛烈に恥ずかしくなってしまって、座ったまま小さくなってしまうのだった。 - 8二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:59:12
「まあ寝る時には適さないかもしれないけど、仕事中とかに使いたくなる香りだよね」
「そっ、そうですか?」
「爽やかで、優しくて、元気を貰えるような……ははっ、本当にトップロードらしい香りだと思う」
「…………えへへ」
ああ、ダメだ。
顔がどうしても、にやけてしまう、嬉しくて、嬉しくて、たまらない。
緩みきった頬を両手で隠して、私はほっと、安堵のため息をつく。
次の瞬間、ふらりと、世界が傾いた。
重心がズレて、バランスが保てず、椅子に座っていられなくなる。
悲鳴を上げる間もなく、そのまま倒れてしまう────前に、強く肩を掴まれ、寄せられた。
大きくてごつごつした手、意外とがっちりしている身体、とても暖かな体温。
倒れかけた私を支えてくれたトレーナーさんは、心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。
「……大丈夫?」
「すっ、すいません、トレーナーさんに喜んでもらえたら、力が抜けちゃって」
「一気に眠気が来たのかな……少し、ここで仮眠を取ったらどう?」
心配ありません、と返したかったけれど、瞼がとてつもなく重い。
頭の中がぼんやりとしてしまって、身体に上手く力を入れることが出来ない。
……情けないけど、トレーナーさんの言う通りにするべきみたい。 - 9二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:59:30
「なんだか……とても眠くて…………そうさせてもらっても、いいですか?」
「もちろん……アロマオイルありがとう、どちらも大切に使わせてもらうから」
「……はい」
「それでさ、悪いんだけど、一旦離してもらっていいかな、その方が寝やすいと思うし」
少し照れたように頬をかくトレーナーさん。
離すとはなんのことだろうと思って、私は自分の手に目をやる。
その手は、まるで赤ちゃんのように、彼の服をぎゅっと握り締めていた。
…………ああ、これじゃあトレーナーさんが困っちゃいますね
離さないと、とは思っているのに、手は全然動いてくれない。
むしろ、より力強く握って、顔を彼に埋めるように寄せてしまって。 - 10二次元好きの匿名さん24/07/12(金) 23:59:45
「トレーナーさん」
「ん?」
「私は、このままが、良いです」
「…………仕方ないな」
トレーナーさんは、困ったように言いながらも、優しく微笑んでくれた。
それを見て私は目を閉じて、彼に身体を預けて、力を抜く。
やがて、鼻先を二つの香りがくすぐった。
一つは、私にとって慣れ親しんだ、穏やかで、落ち着いた、柔らかい香り。
母の調香した、アロマオイル。
きっと、トレーナーさんが気を遣ってくれたのだろう。
私が好きな香り、トレーナーさんが好きと言ってくれた香り、私達が好きな香り。
そして、もう一つ。
爽やかで、優しくて、元気が貰えて、少しドキドキして、でも、とても安心する香り。
……トレーナーさんが言ってくれた感想と、殆ど同じになっちゃったな。
でも、彼のように、ちゃんと伝えないと。
今にも飛びだってしまいそうな意識の中、私は小さな声で、言葉を紡いだ。
「私も……この『匂い』…………すごく、すごい…………好きですよ?」 - 11二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 00:00:14
お わ り
そういえば - 12二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 00:30:15
なぁやっぱ香り付けるのってエッチなんじゃないか?
- 13二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 00:42:55
突然の誤解ゲノム!
すっごい自然に長椅子で隣り合って座ってらっしゃいますねぇ…
基本しっかりしてるけど脱臼しても頑張り続けちゃうし、けっこう1人にさせられない子だよねトプロ - 14二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 01:38:36
公式で香りお揃いしてる奴らは一味違うぜ
- 15124/07/13(土) 06:55:41
- 16二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 07:42:57
ヒソヒソ……また覇王世代よ……直前に「『匂い』ではなく『香り』」と言っておいて……爛れてるわ……
- 17124/07/13(土) 08:50:36
覇王世代はさも当然と言わんばかりの表情で惚気て来るから困る
- 18二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 09:00:04
すごくすごい良いSS
トプロ可愛いよね - 19二次元好きの匿名さん24/07/13(土) 09:27:26
すごくすごい良かったです
この二人は自然といちゃつくのが似合う