ここだけダンジョンがある世界の掲示板 イベントスレ 外伝

  • 1彼方の魔族◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:45:18

    このスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです。
    趣旨としては上級昇格試練のSS投稿スレになりますわ。

    元依頼
    まずは〈雛の君の戴冠式〉からだよう
    鵬翼の谷って呼ばれるギルド分類じゃない方の禁足地があるんだあ
    有翼の民シーエ・ウー族の聖地であるここには玉座の道と呼ばれる中でも特別な力を持つルートがあってえ、神鳥ファルサガルダの雛はその奥の玉座岩に到達することで成鳥となる、神聖な儀式の場所なんだあ
    ところがつい2ヶ月前、この場所に神秘喰らいっていう恐ろしい魔物がやってきてえ、それはもう暴れに暴れたんだよう
    そいつは別の冒険者さんに追い払われちゃったんだけどお、聖地の空が裂けたみたいになってしまったんだあ
    だからその時保護されたファルサガルダの雛を玉座岩まで護衛してほしいんだよう
    この依頼が普通の護衛と違うのはあ、本来のファルサガルダは親に玉座岩を整えてもらうんだけどお、この子の親鳥は神秘喰らいに食べられてしまったんだあ
    だからこの場所で獲物を狩って、玉座岩を神鳥が羽ばたくにふさわしい場所にするってのも含まれてるんだよう

  • 2彼方の魔族◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:45:32
  • 3『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:46:08

    小鳥と怪人である。
    険しい崖に囲まれた峡谷を、黒い霧に身を包んだ巨躯の怪物が無数の魔剣を背負いながら────亡者の様な黒一色の腕を背中から生やして剣を握りながら闊歩している。
    奥底の見通せない怪人が片手に霊樹で編まれた籠を大事そうに持つ姿はどうにもアンバランスで、何処か滑稽味を伴っている。尤もの話、怪人の目の前で其れを笑える様な度胸を持つ者は少ないだろうが。
     
    怪人の銘は『ライン』という魔族だ。代名詞の如き角も、自らが誇るとまでは行かなくとも自信を持つ美貌をも闇の奥に封じ込め、欺瞞して、そして進んでいる。
     
     
    カタリ、と籠が揺れた。
     
    「そなた、ここの所ずっと歩いておるだけじゃがいつになったら獲物を狩るのじゃ?」
     
    甲高い声である。童女の声にも、小鳥の啼き声にも聞こえる音色だ。
    それは間違いではない。彼女こそが神鳥ファルサガルダの雛。上級昇格試験として、玉座岩まで護衛する事を任ぜられた対象。
     
    単に護衛する必要があるだけではなく、"神秘喰らい"と綽名される逸脱の怪物によって捕食されてしまった彼女の親鳥の代わりに玉座岩の装飾を整える必要がある。
     
     
    ──────だが、現時点で魔族は何一つとして獲物を狩猟してはいなかった。
     
    「そなたが獲物を狩ってくれなければ、わらわは成長になれんのじゃ!わらわが成長にならなければ母上の愛した空も直せんではないか!」
    「そうだね。」
     
    「そうだね!?」

  • 4『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:46:44

    羽も生え揃えていない雛がピィピィと啼いた。当然であろう、傍目から見れば職務放棄と捉えられても何ら可笑しくはない絵面なのだから仕方ない。
    しかし魔族とてこの愛らしい小鳥を揶揄う為に狩らずに居る訳ではないのだ。上級昇格試験である以上は早めに済ませた方が良いのは分かっているが、気になる事があった。
     
     
    「姫様。少し聞きたいのだが、どうにも今の貴女は到底狩りが出来る歳ではない様に見受けられる──────しかし職員さんから聞いた所に寄ると、元々の神鳥ファルサガルダは得意とする獲物や好きな獲物で姿が決まる事もあるらしい」
    「むぅ、わらわにも分かる様に話せ!そなたの話は回りくどい!」
    「成鳥適齢期に達していないんじゃないか?という話だ」
     
    羽も生え揃えていない幼い小鳥に"得意な獲物"なぞ有る筈もなし。
    だからこそ、その可能性を魔族は疑っていた。

    「まぁ…………うむ。だが神鳥ファルサガルダは凄いのじゃ!儀式さえ終わらせれば成鳥になれるのじゃからな!だから依頼が出されたのじゃ!」
    「だとしても、だ。本来辿るべき過程をスキップする事は決して健全なことではあるまい。だから一先ずは準備期間だ」
     
    植民総督府、という加護を歩きながら幾度も発動している。体力と魔力を消費してレイラインを作成する加護を『鵬翼の谷』の全体に何重にも敷く。
     
    簡潔に言えば、魔族はこの愛らしい小鳥を心配していた。何処か自分と重ね合わせてしまっているからこそ、迅速に依頼を遂行するのではなくもっと時間を割いてもより良い結果に導こうとしているのだ。
     
    "神秘喰らい"によって裂かれた空を見上げる。美しい色彩に満たされている神鳥達の空とは対照的に、単一の色彩で満たされた蒼穹だ。神格級存在の支配領域をも思わせる「場」に亀裂が刻まれている。

  • 5『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:47:01

    成鳥となった神鳥ファルサガルダならばこの「場」を修復可能なのだと言う。だが今も尚、裂かれて覗く蒼穹は修復されていない────其れが意味する所は、全ての成鳥となっていた神鳥ファルサガルダがたった一匹の怪物に貪り喰われたという事実である。
     
    恐るべき怪物は追い払われたのだと聞く。当然だろう。討滅に至るまで戦闘しようとすれば、その被害は想像を絶する結果となるのが魔族にも簡単に分かる。
     
    いつかファドラで見た主戦場─────その最周縁部にも匹敵する地獄となるだろうと見立てた。
     
    「好きな獲物を見つけてくれ。私の依頼は其れまでの間、護衛の仕事に専念する。襲われない限りは何もせずに伴おう」
    「ではわらわはあの獲物が好きじゃ!狩っておくれ!」
     
    甲高い声が、虹の光沢を纏いながら飛翔する甲虫を指し示した。魔族は首を横に振った。
     
     
    「なんでじゃ!」
    「よく見てくれ、後ろに子供が親に付いてきて飛んでいる。本当にアレで良いのか?」
    「うっ……………今のは聞かなかった事にするのじゃ!狩るのはやめるのじゃ!」
    「了解した。姫様の仰せのままに」
     
    優しい娘だ、と魔族は思った。親が殺されたばかりだろうに、気遣える優しさを持っている。だからこそ、彼女が「使命」だけに固執するのは避けたい事態だ。

  • 6『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:47:34

    「ぐぅ………………他の獲物は居ないかの…………」
    「わっ。アリスは驚かせます。」
    「ピィィィィッ!!!!!!!!!」
     
    黒い霧の内側から突如として現れた呪いの人形に小鳥は甲高い悲鳴の声をあげて、魔族は鼓膜を抑えた。劈く音はそれだけで狩りに使えそうだとすら思った。お耳痛い。

    「ごめんなさい。アリスは謝罪します。」
    「なんじゃコイツ!!!!なんじゃコイツ!!!!こわい!」
    「呪いの人形。」
    「こわい!!!!!」
     
    可愛らしい人形である。手縫いにしては縫い目の一つ一つが美しく柄に紛れ込んでいる異様にクオリティの高いゴシックロリータの黒ドレスを着た、小さな人形だ。
    小さいとは言っても、人間基準での小さいなので、小鳥から見れば十二分に大きいのは間違いあるまい。
    そんな物が唐突に同伴者の中から現れたのだ。驚愕と恐怖もむべなるかと言った所である。
     
    「な、どうやって出て来たんじゃ…………?わらわの供はまさか身体の中に呪いの人形を収納可能じゃったのか…………?」
    「そうです。アリスは答えます。」
    「酷い言い掛かりはやめてくれ…………………」
    「そう思うのならもっと使って下さい。アリスは反論します」
    「改造したらちゃんと運用するから。約束は違わない」

  • 7『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:47:56

    魔族は肩を竦めた。『ベランドン・コールギー44番地』、というダンジョン呪いの人形でこそあるもののアリスは至って普通の、随分と可憐で健気ではあるが、使い魔である。
    寧ろ基本的にはご主人様が大好きな所はとても可愛らしい。呪いの人形なんて言っても捨てようとしない限りは従順で、仮に捨てようとしても抵抗をしてくるだけだ。
     
    魔族はファドラの生まれである。即座に此方を殺そうとしない上に猶予がある分、慈悲深いと思っていた。
    しかし何事も口にしなければ伝わらない。小鳥は怯えた。
     
    「じゃ、じゃあどうやって隠していたのじゃ?」
    「あぁ、いや別にこの姿がそのまま本体という訳でも何でもないからな。闇魔法で躰を覆っていて体格の欺瞞をしているんだ。主に戦闘時を想定した形だな」
    「なので、その魔法の内側に潜伏していたのです。アリスは補足説明をします。」
    「何も知らずに近付いたらズバッと剣に裂かれるの、怖すぎではないかのぅ……………………」
     
    魔族はファドラの生まれである。隠密を破ってから実際に攻撃が届く間に猶予があるだけ潜在的なリスクはあると思っていた。
    しかし何も見えない暗闇の奥から絶対的切断の斬撃が放たれたり魔弾が放たれり突然人形が奇襲を仕掛ける事は一般的に恐ろしいのである。

  • 8『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:48:12

    「話題を変えよっか」
    「逃げるでない!もっと自分の怖さに向き合うのじゃ!」
    「そうだそうだ。アリスは同調します。」
    「出逢ったばかりでも連携して精神的ダメージを与えようとしてくるの仲良くなれる将来性を窺えるなぁ」
     
    シクシクと魔族は嘘泣きをした。ついでに上空から奇襲を仕掛けようとしていた怪鳥を、『シャフツの無限紅鎖』────片側が未確認である場合、極めて重い鎖が無限に伸びる魔具────によって死と焔の魔剣を投擲している。
     
    僅かに弾ける様な快音が鳴って、頭蓋の上半分を消し飛ばされた怪鳥は絶命を果たした。色素の濃い飾り羽根は本来撒き散らした一枚一枚を鏡として嵐の様な光属性魔法を実現させる代物であったが、それさえも何の働きもせずに儚く散った。
     
    容易い事だ。機械仕掛けの鳥と蜘蛛の索敵情報を常に握っている。奇襲は通じない。攻撃の前動作に対して確実に殺し得る火力を的確に放っている。
     
    雑談しながら、尾の様にしならせた紅鎖によって墜落する亡骸を《魔法の雑嚢・大》の内側へと収納している。瞬時に殺戮に、小鳥は気付いていない。呪いの人形は後方使い魔面で鷹揚に頷いている。
     
    雑談しながら、片手間に命を奪っている。殺気すらない。何かを殺す事が日常の一部となっている。そういう戦士であった。

  • 9『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:48:30

    「要は、だ。」
     
    そういう戦士でありながら、彼女は神鳥ファルサガルダの雛に対し酷く親切に接していた。同情していた。共感していた。
    『魔王』の王権の証たる貴き王冠の片割れを受け継いだ魔族は、同族の多くが喰われ滅びに瀕す神鳥の姫に誠実だ。
     
     
     ・・・・・・・・・・・
    「好きな事を見つけてくれ」
     
    結論としては其処に収束する。使命の為だけに成鳥になってしまうのは防ぎたいと思っている。
     
     ・・
    「母上が愛した空というだけでは不足だろう。親の為に何かをしようとするのは気高いが、それだけが理由であってはならない。この空の姿を目に留め、この谷の事を知って欲しい」
     
    「わらわは一刻も早く母上の愛した空を元に直す必要があるのじゃ!」
     
    「─────必要が、あるのか?」
     
    コテリ、と魔族は首を傾げた。此方の存在に気付きそうな飛竜が崖の上を飛んでいる。自然な動きで死角である崖の陰へと籠と共に躰を滑らせ隠れながら問答をしている。
     
    雛の君はピィピィと甲高い声で啼いた。

  • 10『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:48:45

    「当たり前じゃろう!」
    「何か多大な時間が必要という訳でもないのだろう?成鳥となった神鳥ファルサガルダの権能としては基本的なものなのだから─────急ぐ必要はないのではないか?」
     
     
    「姫様は使命を果たした後もずっと生き続けるのだぞ」
     
    一度果たせれば良い使命の為だけに、一生に一度となる成鳥となる儀式を疎かにする事が正しいのだろうか?
    魔族は疑問に思っている。単なる仕立て屋の娘としても、或いは王より冠を受け継いだ下級騎士としても、そして傭兵としてもそう思っているのだ。
     
    "母上が愛した空"と彼女は言っていた。彼女はまだ極彩の空を愛せてはいないのだ。その空の為に、自らを捧げようとする事は、魔族にとって非合理的であった。
     
     
    「この空を少しずつでも良いから理解して、姫様の母君が何故愛を抱くに至ったかを知るのも一つの手だろう。想いに任せて駆け過ぎて大切なものを見失ってしまう事も往々にしてあるものだ。」
    「わ、わらわはそんな事などせぬ!」
     
    理解するという行為に対してなのか、或いは見失ってしまうという仮想についてなのか。未だ幼い、愛らしい雛の君はピィピィ啼いた。

  • 11『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:49:16

    「そんな事になる証拠が何処にあるというのじゃ!」
    「私だ。家族が死に絶えてから、そうだった時期がある。自分の気持ちを整理すると良い。何度も言うが、姫様の使命は命を掛ける必要はないのだから。」
     
    僅かに嘆息する様な空を仰いでから、再び魔族は歩を進めた。雛の君は何も言わずに、籠から顔を出して同じ様に空を仰いだ。
     
     
    「では、」
     
    ふと、雛の君が此方を向いた。何気なしに魔族はその瞳を見て、そして後悔した。
    燃え上がる様な使命感があった。怒っていない。悲しんでいない。彼女は現実を受け容れて、魔族の言葉を聞き入れて、その上で先へと進もうとしている。
    あぁ、私はこんなにも気高い神鳥に大口を叩いたのか?
     
    「其れが出来たのなら、わらわをちゃんと助けてくれるのかえ?」
    「当たり前だ。」

  • 12『1.玉座の道』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:49:30

    魔族は微笑んだ。ネツラセクでの日々が思い出される。戦場を駆け巡る魔獣の末裔。流浪の民。無為に命と心を散らしてゆくイガル達にとっての故郷。
    その時の彼女はまだ一介の下級騎士だった。『貴冠』の片割れを担っておらず、唯の戦士であった頃。
    初めて『魔王』に謁見して、それから騎士の位を授けられた後。家族が待つ家に帰って、それから──────。
     
    「約束は必ず守る。成人式には最高の衣装を縫ってやるとも。」
     
    戦火に燃え尽きた感傷だった。

  • 13『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:50:02

    「状況は?」
     
    "統翼のカルオロ"は側に立っていた戦士に問い掛けた。"神秘喰らい"の来襲から既にシーエ・ウー族が立ち直るだけの時間は立っていたものの、その傷痕が全て癒えた訳ではない。
     
    裂かれた『鵬翼の谷』の空より、時折中に棲息している怪物が外に出る事がある。致命的な問題ではない。
    上級冒険者にまで上り詰めた魔術師であるカルオロと、シーエ・ウー族の戦士達。そして"剛翼のバトス"が敷いた防空網にして対空戦術は既に完成されていた。
     
     
    飛翔能力を持たない怪物に対しては射程の暴力と位置の暴力による攻撃で迅速に仕留める。空中数百mから一斉に投げ下ろされる槍の一撃は並大抵の魔物ならば容易く粉砕する。
     
    飛翔能力を持つ敵であっても、外より持ち込んだ無数の兵器とカルオロの魔術で一方的に嬲り殺せる。或いは死角よりバトスが魔剣で奇襲して絶命させる。
     
     
    だが今日は例外であった。この戦術を確立してから、初めて十分以内に終わらぬ戦闘時間が発生している。遠方から機械的に魔術を発動させる事に専念していたカルオロは問題に対処すべく前線に出ていた。
     
     
    「ドラゴンです。」
     
    『鵬翼の谷』に臨む崖上で休息を取っていた戦士は、端的にカルオロに答えた。ドラゴン。飛竜ならざる、竜種の通称。古龍には及ばざるとも巨大な脅威である事に疑いはない。

  • 14『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:50:18

    空を翔び、息吹を吐き、宝を奪う。その爪は鍛え上げた剣よりも鋭く、その鱗は固めた鎧よりも堅牢な種族。一般的な認識ではそうだ。だからこそ奇妙でもある。
     
    強い種族は、滅多に生息地を動こうとしないのが基本だ。何故なら彼らは強いから─────衝合によって餌となる層が失われた、元々の気性が荒い思い付く原因はその程度だ。
     
    何れも当て嵌まりそうにない。『鵬翼の谷』には未だ多くの生命が残存している筈だし、気性が荒いのなら今になって動き始めた理由が分からない。
     
    (いえ、もう一つあったわね)
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・
    より恐ろしい天敵に追い立てられた。

  • 15『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:50:39

    「あの赤い竜は"赫き焱海グレイクトルム"です。あの鮮やか色彩、先ず間違いないかと」
    「アレが、か?"赤"の中でも最上位の個体だろうに。多少獲物が少なくなっても十分他の個体から掠奪が可能な筈……………いや、そもそも我らの『宝』に目を付けた可能性もあるか。最近はずっと使っているからな」
     
    僅かな間、思索に耽っていたカルオロに戦士が再び声を掛ける。
    『鵬翼の谷』に棲息するモンスターは、不思議と鮮やかで飾り羽や角が大きいほど強い。よって多くの個体はその色と鮮やさで何者であるのか特定出来る。
    よって現在交戦中の個体が、『鵬翼の谷』の中に棲息する赤竜の中でも頂点に位置する一柱である事は容易に判明した。
     
    ──────強力で、若いドラゴンだ。気性は荒いだろうがそれ以上に知性と知能が発達している。好奇心か、或いは征服の欲望に駆られて外の世界を望んだのかもしれない。
     
    カルオロは肩を竦めた。
     
     
    「前にモンスターが逃げ出そうとしてからもう二週間も過ぎてるわね。ずっと警邏と巡回だけで躰が鈍ってた所にドラゴンは辛いかしら?」
    「まさか。毎日欠かさずにバトスさんに扱かれてましたからね。あの人はドラゴンよりも余程辛い相手ですよ。」
    「あら、そんなに辛かったの?」
    「ドラゴンの目の前に突っ込むのが何ともないと思えるくらいには。」
     
    緊張状態下で発したカルオロの冗談に、戦士達が笑う。
    ドラゴン。確かに強力であるのは間違いあるまい。息吹を吐いて、空を制して、その生体組織だけで人の編み上げた技術の結晶にすら比肩するモンスターの中のモンスター。

  • 16『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:51:10

    「じゃ、倒しに行きますか。」
    「カッコつけるなよ。俺達が倒す訳でもないんだからさ。」
    「全員が作戦の要よ。気を引き締めなさい」
     
    しかし、シーエ・ウーの戦士団は当代になってから未だ無敗だ。

  • 17『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:51:30

    (高射砲による連続射撃で散弾を撒き散らして包囲している)
     
    "赫き焱海グレイクトルム"は自らの置かれた状況を正しく認識して分析している。
    ドラゴン。息吹を吐いて、空を制して、その生体組織だけで人の編み上げた技術の結晶にすら比肩するモンスターの中のモンスター。
    しかし彼らは野蛮で凶暴なだけの獣とは一線を画す特徴を持つ。
     
    (この攻撃でおれを仕留める気はないな。裂けた空域を狙える位置に設置されている高射砲から発射される炸裂拡散榴弾は弱い同族も仕留める事が出来るだろうが──────あくまで弾幕の範囲を俺を囲む様にして撃っている。本命は別だ)
     
    理性を持ち、秩序的に思考が出来る。原因を考えて対策する事が出来るのだ。
    人は技術と戦術によってより優れたモンスターをも駆逐する事が出来るが、その戦術を覆し得る知性を持つモンスターも存在している。
    そして戦術を見破るだけでなく、その狙いにすらも思考を回せる異常性こそが"赫き焱海グレイクトルム"の真価に他ならない。
     
     
    (散弾はあくまでも囮。おれの航空軌道を制御する為の目眩しに過ぎない。次に奴等が狙うのは、)
     
    つい先程まで、有翼の民によって構成された戦士団と高射砲による攻撃が交互に行われていた。
    今は行われていない。弾幕の隙間に意図的に逃げ道が用意された上で、戦士団は沈黙している。
     
    もしもグレイクトルムが意表を突くべく弾幕の中を強引に突っ切ろうとすれば、翼膜を貫かれて飛行の維持が不可能となる。
    例え地上に在っても猛き赤竜は村落をズタズタにしてしまえる程の暴力を振るえるが、戦士団の投槍に対する対抗策がなくなる。敗北だ。
     
    ─────彼我のスペックを比較して、敗北の可能性を受け入れる事が出来る竜であった。全ての思考は一瞬の内に竜の脳内を巡って、一つの結論へと到達する。

  • 18『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:51:51

    『良いだろう!思惑に乗ってやる、その上で正面から勝利してみせようではないか!おれこそは"赫き焱海グレイクトルム"なのだから!』
     
    意図的に設けられた弾幕の隙間へと全速力で飛翔する。
    口角を歪め、翼を広げて、怪物が空を突き破る。
    智慧持つ竜と精強なる有翼の戦士団の空戦は、117.4秒で決着する事となる。

  • 19『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:52:25

    『【火砕流】』
     
    飛翔しながら、"赫き焱海グレイクトルム"は己の代名詞とも言える灼熱の息吹を放っている。
    放射状に拡散する炎熱と黒煙。触れれば焼かれる焼殺領域。其れを拡大させながら、蒼穹を塗り潰して天翔ける。
    転移の予兆に合わせた攻撃である。確かに幾つもの異物を焼き払った手応えがあった。黒煙の中で落下を始める異物に対して、赤竜は安心せずに次の手を撃っている。
     
    「魔槍構え」
    「魔槍構え……………!一族の威信を見せよ!第一陣、装填完了!」
    「第二陣装填完了!いつでも撃てます!」
    「グレイクトルムが停止しました!座標B247地点です!」
     
    異物は有翼の戦士ではない。予め用意していた岩石であり、一拍遅れて転移した有翼の戦士団が迅速に魔法を発動させながら炎の繭に包まれる赤竜に狙いを定めている。
    "統翼のカルオロ"の指揮下において、シーエ・ウー族の戦士団は一糸乱れぬ戦闘集団として一種の生き物の様な連携を見せる。
    徹底された役割分担。分割された戦闘単位。何よりも命令に対して疑問を挟まずに即座に応える迅速さ。
     
    『恐怖による統制ではなく、信頼による支配か…………!面白い!おれの逆を往くアプローチとは…………!』
    「第一陣、魔槍放て!」
    『小癪!威力があろうとも所詮は人の神経よ!』

  • 20『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:52:44

    魔力によって形成された魔法にして投槍が撃ち放たれる。その一つ一つが竜鱗をも貫く、無名の精鋭達による精密射撃である。
    当たらない。『火砕流』は敵を焼き払うのみの攻撃に非ず、其れは視界を遮り狙いを逸らす為の盾でもある。
     
    無論、それでも黒煙の中に潜む赤竜を撃ち抜くだけの物量はあった。
    黒煙の中に潜んでいればの話である。
     
    「グレイクトルム離脱!急降下を開始して、」
    『目が悪いなぁ……………!』
    「第二陣は下方に構えよ、第一陣は再装填をしていろ」
    『遅い!』
     
    黒煙から下方に離脱してから、即座に急旋回して滞空する有翼の戦士達を見据える。既に魔槍を装填している。一斉に射出されては一溜まりもない。
     
    だが赤竜もまた、黒煙に潜みながら装填を完了していた。機動力で回避される『火砕流』ではない。
    このドラゴンは、ブレスの撃ち分けすら可能である。
     
     
    『【天火塔溢】』
     
    極限まで収束された熱線が全て焼き尽くす鞭となって薙ぎ払った。

  • 21『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:53:06

    「─────あたしの兵は、誰一人として死なせない。」
    『馬鹿な』
     
    炎熱の鞭は空振った。誰一人として裂く事はなかった。
    赤竜は己の思い違いに気付いた。
     
     ・・・・・・・・・・
    『部隊単位での即時転移だと…………!?』
     
    高射砲との連携は、戦士団が散弾の巻き添えになるのを回避しつつ装填時間を戦士団を埋めて、転移に必要な準備時間を用意して攻撃し続けるだけの戦術だと思っていた。違った。準備等一切必要ない。彼女は上級冒険者だ。
     
    ─────Sランク依頼であっても請け負う事の可能な、冒険者ギルドの精鋭。
     
    砲声が轟いている。高射砲だ。無数の炸裂拡散榴弾が撃ち放たれ、同時に有翼の戦士達が魔槍を投擲している。
    そして投擲した瞬間、全ての戦士が赤竜の眼前から消え失せる。転移の業だ。高射砲との連携時のインターパルは、遠方から戦士団の置かれた状況を把握出来ない為の措置である。
     
    "統翼のカルオロ"が前線に出た以上、より優れたタイミングに狙い澄ました転移が可能だ。

  • 22『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:53:29

    『【火砕流】──────ッ!!!!』
     
    上空から迫る無数の攻撃に対して、広域を焼き尽くす息吹に切り替えたグレイクトルムが抵抗する。その行動すら織り込み済みだ。
     
    下方。迫る影が一つ。
     
     
    「絶剣バルザーク」
    『きさっ』
     
    高射砲と魔槍の威力を十分に警戒させ、注意を惹き付けてから動く戦士が居る。敵の死角から迫る単騎。
     
    "剛翼のバトス"だ。もう一人の上級冒険者が動いている。この手に握るのは、魔剣。一撃必殺の魔剣に他ならない。
     
    魔剣が息吹を吐く赤竜の翼を軽く薙いた。終わりだ。その二つ名に恥じない疾さで、戦士が戦場から急速に離脱する。追撃を行おうとした赤竜がその動きを止めた。
     
     
    『が………………ァッ!』
    「地に落ちろ、"赫き焱海グレイクトルム"」
     
    ほんの小さな切り傷は、今やその翼を絶つ斬撃痕となっていた。
    絶剣バルザークは時間経過でその斬撃の威力を"後から"上昇させる魔剣だ。完全なる切断に至るまで威力が上昇し続ける。
     
    その魔剣をシーエ・ウー族最速の戦士が奇襲と同時に振るうのだ。誰も『鵬翼の谷』から外には逃げられない。

  • 23『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:53:48

    『まだ、だッ!』
     
    赤竜は墜落を前に抵抗した。地に墜ちれば無数の魔槍の斉射によって死を迎えるというのならば、事前に敵の数を削げば良い。二百人前後の兵を出来る限り多く殺す。
     
    (線での攻撃は転移によって回避される。面制圧の『火砕流』も此方の攻撃が届かない位置で構えられれば無駄になる────ならば当てようとする必要はない。原因を考えて対策をしろ。当たる位置に敵が来る様に仕組めば良い)
     
    墜落の最中に、"赫き焱海グレイクトルム"は息吹を顎内に充満させる。狙うは有翼の戦士団─────ではなく、崖上に設置された高射砲。
    "神秘喰らい"によって裂けた『鵬翼の谷』の空から這い出る怪物を迎撃する為の要に狙いを付ける。防ぐ為に戦士団が現れたのならば面制圧の息吹を放ち、来ないのであれば焔鞭で高射砲群を薙ぐ。
     
     
    『何方にせよ、道は拓ける…………!』
     
    彼の道ではない。一族の道だ。恐怖による統制を敷いていたとしても、彼は己の種族に誇りと愛情を抱いていた。
     
    ──────風切り音が鳴った。抜刀の音であった。其れは雷を纏っている。
     
    『アルヴァント・チョッパーの万化魔剣』『ガラスの鞘』《ボルテックス・ボルテージ》の三種類の魔具を組み合わせての遠隔自律攻撃。赤竜の胴体が両断されている。息吹の起点となる魔臓諸共に。
     
    何も成せずに"二つ"となった赤竜が墜落する様を、"統翼のカルオロ"は冷徹に観測していた。

  • 24『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:54:09

    「……………成程、上級試験に挑もうとするだけの力量は確かにある様ですね。伝令兵、バトスに尋問に赴けと伝えなさい。彼の翼ならば爪撃からも逃げ切れる。知性ある竜です、手掛かりは残してくれるかもしれません。」
    「はっ!」
    「ついでに誰か兵舎から解体班を呼んで来て下さい。"糸胞"にあの竜の素材でも渡せば此れから先の迎撃がもっと楽になる兵器の整備に役立つでしょう。」
    「自分が行ってきます!」
     
    迅速に指示を下しながら、カルオロは考え込む。此度の赤竜の狂乱は、何処か違和感がある。予感がする。冒険者としての経験だろうか?
     
     
    (─────全てが滅ぶ予感だ。何かも崩れ去る。)
     
    久しく感じた事のない感覚が、昔日の記憶を思い出させた。
     
    ("迷い星")

  • 25『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:54:27

    『おれは………………まだだ………………!まだ、まだなんだ………!』
     
    "赫き焱海グレイクトルム"は解体の魔剣によって半ばまで絶たれて散乱した内臓と血に塗れながら這った。
    乾燥した砂が、内臓の傷を直接に抉り擦る。想像を絶する苦痛だった。そんな苦痛を乗り越える意思の力だった。
     
    赤竜は足掻いている。誇り高き竜としての姿は見る影もない。翼は折れ息吹は喪われ智慧すらも失血によって朦朧としている。
    しかし彼は"赫き焱海グレイクトルム"である。其処だけは変わらない。故に彼はまだ前に進める。
     
    ────潔い、という言葉の対局にあるかの如き醜い抵抗だ。其れだけが彼に残された誇りだった。
     
    「グレイクトルム。」
     
    静かに翼が舞い降りている。"剛翼のバトス"だ。屈強な体格に、厳しい面構え。絶剣バルザークを授けられた、シーエ・ウー族最速の戦士が竜の眼前に立っている。
     
    胴体を両断された今のグレイクトルムでは、例え彼に挑んだとしても一太刀で斬り伏せられるだろう。それだけの力量の差が存在している。
    未だ赤竜が命を保っているのはバトスの側が彼に尋問をしようとしているからというだけの事に過ぎない。

  • 26『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:54:47

    「何故、外を目指した。」
    『お前に、分かるか。おれは強かった。おれは賢かった。他の奴らは、同じ赤竜でも皆おれよりも弱くて鈍いんだ……………』
    「知っている。"赤"を統べた翼よ、僕はお前の事を知っている。」
     
    傲慢な響きも伴っていたが、其れ以上に噛み締める様な形容し難い無数の感情が込められた呻きだった。先程までの生への執着が嘘の様に、命乞いの一つもせずに狂乱したと思われていた赤竜が呟いている。
     
    神鳥ファルサガルダ亡き後の『鵬翼の谷』にて、王にも等しい強大なる権勢を振るった竜であった。
    他の赤竜では及ばぬ、群れの中に在って唯一匹の例外だった。特異個体と言い換えても良い。"神秘喰らい"によって打撃から一早く群れを立て直し、恐怖で統制した暴君にして賢竜であった。
     
    その生を思い返す様に、竜が声を響かせている。流れ出る血と熱は彼に死を実感させた。今や彼は敗北して、倒れ伏している。
     
     
    「単騎では、それこそ僕にも匹敵するだろう竜だ。だからこそ、お前が防空網に突っ込んだ理由が分からない─────何故だ?何故、お前は此度の凶行に臨んだのだ?」
     
    話の通じる相手ではあった。目先の利益のみに捉われず、その上で人の如き知恵を持つ竜である。
    本来ならば数々の高射砲と戦士団に防衛されていると遠目からでも理解の容易い裂けた空の先を目指す筈がない。何か、異変が起こっていた。
     
    この赤竜が、狂乱する様な異変が。

  • 27『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:55:10

    『お前に分かるか。おれは強くて、賢い。同じ赤竜でもおれより強い奴も賢い奴もいなかった……………でも、おれの仲間なんだ。家族だったんだ。おれは守らなきゃいけない………………弟を、妹を。仲間を』
    「何から守るん、」
    『XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!!!!!』
     
    竜は絶叫した。喉をも裂く咆哮だった。戦の怒号-ウォークライ-だ。
    爪を振るおうとする。腕が落ちた。既に切断されていた。
     
    「無駄だ。僕には、届かない。無駄に足掻きでしかない。」
    『無駄じゃないんだ………………お前になんて、届かなくても良い。』
     
     
    咆哮がした。羽搏く音が鳴り響く。裂けた空の内側、『鵬翼の谷』から無数の赤竜が外に出ようとしている音だった。
    戦士団を動かして、数が多い。高射砲を使わなければならない。一族の全てで攻勢を仕掛けたというのか?
    自分が敗北する事すら織り込んで、バトスを一時的にとは言えども戦場から引き剥がして。戦闘の終わったタイミングでウォークライを合図にした。
     
    『家族に届けば良い。ありがとう、疾き翼の戦士。戦士としての終わりを迎えさせてくれて。』
    「グレイクトルム─────ッ!」
     
    魔臓を喪失して、制御出来なくなった魔力を荒れ狂わせている。鱗の奥から、断ち切られた内臓から、強烈な魔力光が周囲に曝露している。
    初めから命を捨ててでも一族の道を拓くつもりであった。最早首を軽く手間さえも惜しい。どうせ死ぬ。全速力で急上昇を成し遂げようとするよりも疾く、突然変異の赤竜の命と共に魔力光が炸裂した。

  • 28『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:55:39

    (………………妹と弟、か。)
     
    直撃を避けながらも、竜の保有していた高濃度の魔力によって朦朧とし始めた頭で忘れられない記憶を思い返している。
     
    "クオリサル地空儀"に"恒炎宙雨"もまだ残っている。万に一つも赤竜の群れが外空に到達する事はない。力しかない自分とは違って、カルオロもまだ残っている。大丈夫だ。
     
    赤竜グレイクトルムが命を捨ててまで叶えようとした願いは、果たされない。彼が守ろうとした妹も弟も死ぬ。
     
    (スルカナル、)
     
     
    一つの名前を思い返している。その時、奇しくもシーエ・ウー族出身の二人の上級冒険者は同じ思い出を想起していた。
     
     
    (ねえさん)
     
    二十一年前の話だ。一人の女性が死んだ。二人の姉であった。

  • 29『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:56:23

    「"転生"って知ってる?」
     
    "灼翼のスルカナル"という女性であった。黒く軋ませる圧壊の捻りと、悍ましく燃え上がる焔の固有魔術を生まれながらに備えた異才である。
    衝合と共に生まれた娘であった。死にながらに生まれ、そして息を吹き返した奇蹟の娘。
     
    「しらない。なにそれ」
    「あたし知ってるよ!中原の宗教の考えでしょ?死んだら別の生き物になるんだって!」
    「それって、生まれ変わったら空を飛べない生き物になるかもしれないってコト?僕は翔べなくなるの嫌だな。」
    「でもそれがどうしたの?ねえさん。」
     
    カルオロは此の頃から賢かったし、バトスは此の頃から誰よりも疾く空を翔ぶ事が喜びだった。
    しかしスルカナルは二人よりも賢かったし強かった。年の差という言葉だけでは説明出来ない程に。才能だろうと大人達は皆んな言っていた。
     
     
    「実は私は航空機の事故で死んだんだ。はっきりと覚えてる。だけど、きっとその時に衝合が起こって……………私と君達のお姉さんが一緒になっちゃったんだろうね。」
     
    魔術とはイメージが肝要であるとされている。
     
    ・・・
    だから、彼女は地獄の様な固有魔術を生まれながらに使えた。転生した事によって、彼女は自身の死因に付き纏われた。
    力強さとは反対に、驚く程に控えめで儚い女性だった。群れの中に自分の居場所を見出さない女性だった。

  • 30『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:56:54

    「ふーん。そうなんだ」
    「じゃあじゃあねえさん!あたしにも何かお話してよ!あたしも、ねえさんみたいに凄い魔術を使える様になりたいの!お揃いでね!」
    「思ったより違う反応来たな…………。」
     
    スルカナルは困った様に笑った。本当はもっと責められるかもしれないと思っていたのだろうか?そんな事は有り得ない。
    生まれた時から"スルカナル"が"スルカナル"だったというのならば、皆が彼女と積み重ねてきた思い出は彼女自身との思い出に他ならない。
    それに、バトスもカルオロもそんな事はどうでも良かったのだ。一緒に遊んでくれて、物知りな優しい姉であった。
     
    至極当然の話なのに、スルカナルは泣きそうな声で感謝した。
     
    「ありがとう。」
    「良いよそんな事。ね、それよりももっと疾く飛べる様になる方法を僕に教えて。」
    「あたしも聞きたい!ねえさんの知ってる"航空機"ってどんなの?」
    「んー……………バトスが疾くなる方法は、風を使うのはどうだろう?魔法で追い風とか自分で作れれば疾くなれると思うよ。身体を今よりも強くするのは遺伝による上限とかもありそうだし。」
    「魔法って勉強しなきゃだからヤダ。僕は自由に、何も考えずに翔べる様になりたいから疾く翔びたいのに。」
    「我が儘バトス!勉強が嫌なんてダメよ!」
    「カルオロは勉強が好きでも僕は楽しくないの!楽しくないとやる気も湧かないよ!」
    「はいはい、喧嘩しないの。航空機の話よね、ちょっと絵を描いてあげよう……………はい、こういう感じの機械でね。びゅーん、ってすごく早く空を飛ぶんだ。」
    「へー…………どれくらい大きいの?僕よりも疾い?」
    「バトスが50人くらいいれば足りるかな?とても疾いよ。」
    「こんなに大きいとすぐにワイバーンに食べられちゃいそう!」
    「あっ、そっか………………この世界にはワイバーンとか居るんだったね。じゃあ実際に見れるかどうかは分からなそうだ。」

  • 31『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:57:16

    スルカナルは笑っていた。競争心を剥き出しにして航空機よりも大きく疾くなろうとしているバトスと、航空機の構造や乗り心地についてあれこれと質問をしてくるカルオロの姿を見て微笑んでいた。
     
     
    「二人はきっと、いつか私なんかよりもずっと凄くなるよ。」
     
    幼い子供の好奇心も向上心も、彼女は見縊らなかった。心の底からそう信じていたのだろうか?自分は少しだけスタートラインが前だっただけだと。きっとカルオロとバトスは彼女を超えると。
     
     
    その二ヶ月後に彼女は死んだ。二人はまだ答えを出せずに居る。

  • 32『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:57:40

    最初に『鵬翼の谷』に行きたいと言い出したのはバトスだった。
    誕生日が近いスルカナルにプレゼントがしたかったからだ。禁足地ではあるが、煌びやかで色鮮やかな美しい羽や角が多く採れる地でもあったのだ。
    カルオロもその時ばかりは反対をしなかった。『鵬翼の谷』は禁足地であるが、神鳥ファルサガルダの巣でもある。心優しい彼らはきっと自分達を助けてくれるだろうと思っていた。
    其れは正しい見解である。"神秘喰らい"によって唯一匹の雛を残して、全滅してしまった神鳥ファルサガルダは自分達を信仰してくれるシーエ・ウー族を愛していた。
     
    その頃はまだ"神秘喰らい"の影も形もなかった頃だ。谷の空も避けてはいなかった。バトスとカルオロは関所に忍び込んで、コッソリと谷の中に侵入した。
     
     
    「ね。落ちてる。沢山落ちてるよ、羽がさ………!」
    「カルオロ。これってもしかして、神鳥様が僕達の為にやってくれたんじゃないか?だって…………こんなに綺麗な羽根が一杯なんだから。」
    「きっとそうだよ!ファルサガルダ様のお陰!ねえさんへの贈り物を、髪飾りだけじゃなくて首飾りやブレスレットにも出来る!」
    「血の洗い方は少し難しいかもしれないね。水に濡らしちゃうと羽根もびちょになっちゃうかも……………」
    「うーん…………………」
     
    異常だった事に気付かなかったのは、そもそも両名が禁足地に踏み入る事がその時が初めてからだったからだ。
    散乱した死体。眼孔から脳髄を垂れ流す骸。赤竜をも含む様々な魔獣が息絶えて墜落している光景。
    神の恩恵だと認識した。
     
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    そうでなければどうすれば良いのか?

  • 33『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:58:03

    「濡らしちゃってもさ。後で乾かしたら良いんじゃないの?そういうの見つければ……………」
    「バトス。カルオロ。」
     
    声がした方を振り向けば、スルカナルが涙を流しながらその翼で二人の元へと飛び込んで来ていた。
    カルオロは叱られる事を恐れて身を竦ませた。バトスは初めて姉が泣く姿を見て驚いた。
    二人が何かを告げようとするより疾く、スルカナルが二人を胸元に抱き締めて覆い被さった。暖かくて、安心する匂い。美しい羽根が二人の躰を包み込んで、"灼翼のスルカナル"は囁いた。
     
    「無事で良かった。姉さんが今から言う事をよく聞いてね。」
    「ねえさん?どうしたの?あたし達を叱らないの…………?」
    「力が強いって。もう僕達はそんな歳じゃ、」
     
    生暖かいナニカが躰に垂れた気がした。鉄臭い匂いがする。暖かった筈のスルカナルの体温が刻一刻と冷たくなってゆく。
    見上げた姉の瞳はどろどろとした壊死細胞になっていて、震える指先が二人の瞼を閉じる。
     
    つい先程までは、こんな事にはなっていなかった。誕生日だった。姉にプレゼントをしたかった。
    神鳥に祈った。良い子にするから、コレからずっと良い子にするから、二度と禁足地に入ったりなんてしないから。どうかお姉ちゃんを助けてと祈った。
     
    掠れた声で、呟く様にしてスルカナルが語り掛ける。視神経から繋がる壊死が脳の奥に染み渡る様にして進んでいる。

  • 34『2.比翼連理』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:58:33

    「私が合図をしたら、何も見ずに関所まで走って。絶対後ろを振り返らないで。そうすればきっと、全部上手く行くから…………。」
    「………………待ってよ、ねえさん。あたしはそんなの」
    「私の言う通りにして。姉さんは死ぬのは初めてじゃないの。だから、安心してね。大丈夫だから…………………。」
     
    初めて命令されていた。姉は何処か遠くを見ている。"ソレ"が目の前の現象を引き起こしているのだろうか?
    許せないと思った。死に行く命に、力強く抱き締められながら。二人は無力だった。
     
    「何で……………僕達が破ったのに、何で姉さんが…………」
    「お姉ちゃんだからね。"迷い星"はもう行ったよ。さあ、早く逃げて。お星様に気付かれてしまわない様に。」
     
    二人は翔び出した。後ろは振り返らなかった。自分が許せなくて、最後の願いだけでも叶えてあげたくて、翔び立った。
     
    二十一年前の話だ。一人の女性が死んだ。二人の姉であった。
     
    『鵬翼の谷』の神鳥達は、"極災光"という名の災厄を封じ込めていた。
    今、彼らは─────

  • 35『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:59:14

    「遅かったですね。バトス殿の療養に時間が必要でしたならそれなりに間を空けても良かったのですが………………。カルオロ殿、俺としてはそう思いますがね。」
     
    「無用の心配だ、"糸胞"。僕は…………あの程度の攻撃なら避けられるんだ。グレイクトルムのせいで、少し昔を思い出して気が滅入っているだけの事に過ぎない」
     
    「あたしの弟ですから。あの程度なら造作もないでしょう。」
     
    「僕の方が兄なんだが???」
     
    シーエ・ウー族の土地は、聖地たる『鵬翼の谷』を中心として山や森に囲まれた一帯だ。
    幾つもの河川を抱え、幾つもの山々を抱える領地は決して小さくない。しかし彼らはその領域の中の何処にでも住んでいる訳ではなく、幾つかの空樹を利用した集落と、それを纏める複数の空樹を連結させた大集落がある。
    その大集落の中心たる煌空院にて、バトスとカルオロは戦士団の代表者として細身で糸目の男性と向かい合っていた。
     
    「ふむ、であれば遠慮なく議題に移れるというものですね。」
     
    "糸胞のバークル"という名の男である。シーエ・ウー族を構成する三つの団体の内の一つ。『商経団』を取り纏める若き俊才にして変態だ。
    オールバックに纏められた鴉の様に黒い髪と、紫と赤の毒々しい色の翼に捻じ曲がった蹴爪。凡そ戦闘には向かない身体付きであるが、その力はカルオロもバトスも認める所である。
     
    外部との貿易を主に管轄する『商経団』の長だ。現在『鵬翼の谷』包囲戦線に設置されている二十基の高射砲も彼の働き掛けによって領外から導入された機械だ。
     
    数年前にはセントラリア王国の大学に学んだ、シーエ・ウー族では比較的少ない外の情勢と知識に関心を払う油断ならない人物でもあった。

  • 36『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 21:59:45

    「赤竜の群れは結局"クオリサル地空儀"によって鎮圧ですか。実に賢明な判断でしょう。"恒炎宙雨"による焼却はより直接的ですが、同時に民に対する影響も大きい。脅威を迫っていた等と誤解されては溜まった物ではありません。」
     
    「…………………保有している魔具の詳細はあたし達戦士団の機密の筈なのですが。どうやって情報を入手したので?」
     
    「些細な手段ですよ。御安心を、三団が互いに相争う事なんて先ず有り得ないのですから。カルオロ殿の部下が裏切った訳ではなく、少し口が軽かったというだけのお話です。」
     
    「話題が逸れているのォ。」
     
    皺がれた声。煌空院の会議室の隅、杖を突いた老爺が不機嫌そうに顔を歪めている。
    "曜傀、アルグレイ"。『巫呪団』を統べる、シーエ・ウー族でも最高齢の呪術師にして死霊術師。外の技術を好むバークルとは対照的な、神鳥信仰の厚き老人だ。
    集落では呪い-まじない-師として医療従事者をも兼ねる『巫呪団』の長として、そして"神秘喰らい"による美しき神鳥達の羽根が消え失せた今となっても絶えずその心を持ち続ける信仰者として彼はこの会議に他の二団の代表者を召集した。
     
     
    「儂らが話すべきは、雛の君の『裳着』をこれ以上延長させても良いかどうかの話じゃ。一族全体の事を考える必要がある、喧嘩をするよりも建設的な意見を出さんかい。」
     
    「俺としては問題ないかと。貴重な赤竜の死体が数多く、且つ加えて傷の少ない状態で確保する事が出来ました。経済的には間違いなくプラスになるでしょう。取引材料としても使う為にも後程アルグレイ老と『巫呪団』に防腐処理をお願いしたい。」
     
    「あたしとしては、現状が続くのは良くないかと。確かに利益が出てるのは認めましょう。その利益によってあの裂けた空から外征する魔獣を駆逐する為の費用が出ているのも。しかしながら…………。」
     
    「戦士団を釘付けにする必要があるのが問題だと、僕達は考えている。脅威は内側だけではない。衝合による突発的な対応のリスクを考えれば予備兵力は必要です。」
     
    「成程のォ………………現状は問題なくとも、将来脅威が来襲した際に対応する力がなくなるかもしれない。それを防ぐ為にも、迅速な解決が望ましいと。バークル殿、意見はお有りですかな?」

  • 37『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:00:11

    「アルグレイ老、確かに戦士団の意見は尤もです。しかし我々にも考えがあるのですよ……………高射砲の威力は俺よりも"双翼"の御二方の方が詳しいでしょう。実際に前線で運用している訳です、購入して性能を流し見しただけの俺よりも断然その効果も運用法も考えられるでしょうね。
    だからこそ、問いたい。あの高射砲をもう二十基増やせばどうなるか?素直な意見をお伺いしたい。」
     
    「………………。そうですね、兵装が増えれば、戦士団が出張らずとも谷の封鎖は可能になるでしょう。それが貴方の目論見ですか?」
     
    「人聞きが悪いですね。俺は唯、戦士団の受ける被害を少なくしたいと純粋に思っているだけでして………………。」
     
    「待て。」
     
    アルグレイが一拍手を打ち鳴らして進行を止め、首を傾げた。
     
    「若者は話が早いのォ。理解が追い付かないわい。議題はあくまでも、外からやってきた冒険者によって神鳥様の成人の儀たる『裳着』を引き延ばすのをどう考えるか、じゃ。
    双方、其処に異論はないのよな?」
     
    「勿論ですとも、アルグレイ老。だからこそこうして引き伸ばした際のメリットについてお話ししている次第です。」
     
    「ではこの老い耄れから少し聞きたい事があるのじゃが、宜しいかな?なあい、難しい事ではない……………。」
     
    "曜傀、アルグレイ"は決して前線に出る事のない呪術師である。だが、それ故に"神秘喰らい"の来襲によって大きく人材を欠いた三団の中でも指折りの経験を持つ先人でもある。
     
     
     ・・・・・・・・・・・・・・・・
    「其れはいつまで続けられるのじゃ?」

  • 38『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:00:38

    「……………………成程。仰る通りです。」
     
    決して常にモンスターが『鵬翼の谷』から溢れる訳ではない。あくまで彼処は聖地であって、無尽蔵にモンスターが湧き出すダンジョンの様な地域ではないのだ。
    其処には生態系が築かれている。モンスターが増える為には生殖が行われている必要があり、十分な価値を持つモンスターは基本的に産まれるスパンが長い。
    素材価値の高いモンスターとは強いモンスターを兼ねる事も多く、自然界では幼体の死亡率と産まれる数は反比例になるのが原則だ。
    ゴブリンは尽きないが、古龍の数は急激に増え続ける訳ではない。
     
    そしてそのモンスター達だって強ければ当然外に出る必要もなく、谷の中の搾取で生き長らえる事が出来る。今回の赤竜の如き事例は寧ろ少数派であるのだ。
     
    「大叔父様……………。」
     
    「カルオロ嬢、今や貴女と私は対等の立場ですぞ。あくまでも一族の先を決める為の会議、私情はお控えなされ。」
     
    「嬢が付くかどうかは怪しくないか?僕としては流石にちょっとアレな歳な気もするが。」
     
    「バトス殿、女性の心理は複雑怪奇なのです。例え本当の事であってもその様な事を言ってはなりませんよ………………えぇ、本当に。俺の様に白衣でボコボコにされたくないのであれば口を謹む事をお薦めします。口は災いの元とも言いますからね。特にカルオロ殿は戦士でもあります。」
     
    「そんなにあたしを怒らせたいのか…………?」
     
    「そんな事はない。」「俺としても是非とも仲良くしたいのですがねぇ。」

  • 39『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:01:03

    「はいはい、話題を本線に戻しますぞ。バークル殿、先程の儂の質問に対するより詳細な答えと意見をお伺いしたい。」
     
    「魔物の氾濫は長くは続かないでしょう。当然ながら弾薬代や整備費も防衛と迎撃だけに使うのならば赤字になるかと。其れは先ず間違いありません。ですが問題はないかと」
     
    「赤竜の群れも撃墜された以上はこれ以上の大きな収益は望めないのにわざわざ引き延ばして、その対処にあたし達が資本を投じるメリットはない様に思うのだけれど。」
     
    「いいえ。」
     
     
    バークルは落ち着き払った様子で強調した。
     
     ・・・・・・・・・・・
    「高射砲は移転が可能です。有用性は先程に確認したばかりです。また俺達が向き合う事になる脅威は内側から端を発するものばかりではないという事も……………空樹、及び集落に移転させれば心強い防衛戦力となるでしょう。」
     
    「ふむ、『引き延ばしの損得利益』から『高射砲配備の有用性』に論点をすり替えようとするのは何故じゃ?仮に高射砲を各集落に配備する事が可能であっても、裂けた空をさっさと修復して移転させれば良いではないかのォ?」
     
    「それでも、です。俺の伝手で更に高射砲を増やせます。戦士団が張り付く必要がなくなり、設備投資は移転によって無駄にならず、弾薬費も迎撃した魔獣の素材で賄える様になればどうでしょう?利益は微々ではありますが損もないのではないでしょうか?」
     
    「あくまで僕の主観だが、バークルさんは兎に角引き延ばしを望んでる様な気がする。何故だ?」
     
    「おやおやおや………………バトス殿、そうですね。」

  • 40『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:01:34

    この会合の初めから、一貫して"糸胞のバークル"は中級冒険者『ライン』による意図的な依頼の引き延ばしに賛成の立場を示していた。
    彼と『ライン』の間に直接的な繋がりはないだろうとバトスもカルオロも思っている。彼はステラハイム学術大学で数年学んでいるが、その間ファドラ大陸から来たというあの魔族はずっと大陸中を駆け回っていたのだ。
     
    接点はない。ならば彼女が依頼を引き延ばす事によって、バークルが何かしらの利益を得ていると考える方が簡単だ。しかし彼がこの事態の中で進めているのは高射砲の普及だけ。
     
    バトスは指揮能力は全て片割れたるカルオロに委任しているが、地頭が悪い訳ではない。寧ろ優れている方だ。彼が求める疾さは単なる速度に
     
    「戦士団の地位を相対的に低くしようとしているのか?武力を持つ団が増えれば、当然ながら権力は分割される。それが狙いならば此方としても問題はないが。」
     
    「俺の事を何だと思っているのでしょうか…………。そんな事は俺からすればどうでも良いですよ。集落内での権力という意味では元々俺の方が優越してますし、そもそもそういった事柄に対する興味は薄いんですよねぇ。何なら高射砲だって『戦士団』の方に回したいくらいで。」
     
    学者肌ですので、とバークルが戯ける。
    ステラハイム学術大学での彼の専攻は生物学であった。多くの生命の形と神秘を学び、その後の異名に繋がる菌糸類や細菌と言った生命の探究を志した。
    そんな彼が、今『商経団』の長を務めているのは元々長を務めていた彼の父が亡くなった結果に他ならない。その持ち前の優秀さは殆ど無関係の分野であっても十二分に通用した。
     
    集落に於いて、医療を行う『巫呪団』や防衛を行う『戦士団』と異なり『商経団』はより広く浸透している。商業活動を円滑にする為の試みの全ては『商経団』が実行し、対外的な貿易も多く管轄している。
     
    純粋な暴力という点では団体の総体としては他の二つに劣りながらも、三団の一つに名を連ねるのはそういった影響力の賜物だ。
    そしてバークルが欲するのはあくまでも自由であった。故に彼は権力に対しても利益のみで判断している。諍いを繰り広げた結果、自由に研究が出来る環境が失われてしまうのは避けたい。

  • 41『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:02:08

    「俺はね……………純粋に、あの女の思想に同調してるんですよ。神鳥様だってまだ雛だ。俺達が支えてあげないと……………。」
     
    「嘘ですよね?」
    「嘘を吐くな。」
    「怪しいのォ。」
     
    「団結が凄いなぁ!フルボッコですよ俺。可哀想だと思いませんか?別に其処まで胡散臭い事してるつもりはないんだけどな……………。」
     
    戦争の蔓延る彼方の大陸から此方の大陸に来訪した異邦人の論理は三人にとって一定の理がある部分ではあるのは間違いない。
    あの恐るべき─────神秘の全てを冒涜するかの如き、数多の成鳥となった神鳥達を事もなげきに皆殺して食い荒らした"神秘喰らい"の被害は悍ましいものであった。
    冒険者が追い払わなければ、有翼の民も滅ぼされていたかもしれない。そして実際に神鳥は雛の君だけを遺して滅ぼされた。その境遇には彼らを信仰対象として崇めるシーエ・ウー族も、否。彼らを信仰対象として崇めるシーエ・ウー族だからこそ憐憫せざるを得ない。
    しかしながら雛の君自身は一早く修復したがっているのだ。ならば異邦人にの意向に従う必要もないのではないか?とも思っている。
     
     
    だがバークルは優秀な男であるが、完全な善意に労力を費やす程の善人ではないと『三団会合』の主達は理解している。
    彼が第一に優先するのは、先ず己の損得利益だ。だから単に思想に同調したなんて理由でペラペラと口先を回すなんて事はしない。
    それは彼が自身の研究以外に対して酷く冷徹であるという負の信頼でもあり、同時に彼がやる事には当然何かしらの道理があるという正の信頼でもある。

  • 42『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:02:46

    コレは『ライン』さんと接触して話し合った結論ですが、とバークルは前置きした。
     
    「俺達からすれば神鳥様が『鵬翼の谷』を管理してくれるのは当たり前ですが当の神鳥様からすればそうではない可能性もあるのではないかと思うのですよ。考えてもみて下さい、雛の君が裂けた空を修復したがる理由は母御の為─────違いますか?」
     
    「ふむ、素晴らしい志ではないかのォ?」
     
    「とんでもない。」
     
    シーエ・ウー族の集落から出た事のないアルグレイや、上級冒険者ではあるものの専門が戦闘である双翼とは異なりバークルは大学の基礎教養学部を修了している。
    セントラリアは多くの民族が暮らす国家だ。街中を歩けば場所によっては魔物であるとすらされる吸血鬼にも出逢う事が出来る。
    だからこそ、バークルは他にも成立に信仰を必要としない上位存在を神と崇める民族についての見識を持っている。
     
     
     ・・・・・・・・
    「俺達の為ではないんですよ?隠し立てしても仕方がありません。俺は今のままでは必ずしも雛の君が俺達に味方してくれるかどうかの確証を抱けないのです。常識的に考えて、いくら賢いとしても未だ幼い孤児が関わりを実感する事が出来ない人々を守る為に頑張ろうと思えますか?俺には到底思えません。」
     
    「…………つまりは、だ。僕からするとバークルさんは神鳥様を信じていないと聞こえたのだけど相違ないか?」
     
    「相違ありませんとも。今までは、俺達シーエ・ウー族は神鳥ファルサガルダを讃える祭祀を多く執り行い数々の貢物を捧げました。彼らとの間には紛れもなく友好関係が築かれており、親鳥から俺達シーエ・ウー族への好意を受け継いだ雛鳥が成鳥となっていました。
    俺達に好意的でない神鳥様が居たとしても、他の神鳥様が『異空層』の修復や維持が出来た……………しかし、今や『異空層』は雛の君の手に委ねられた状況。俺達は備える必要があります。」

  • 43『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:03:14

    「不敬じゃなァ………………じゃが神鳥様に実際に危害を加えている訳でもなし。否。愛着を抱いて貰うのが目的である以上、寧ろ神鳥様とは友好的な関係を築きたいのかのォ?」
     
    「高射砲は迎撃と防衛の為だけではなく、万が一にも『異空層』が機能しなくなった場合に中のモンスターを殲滅する為の攻性兵装の役割をも兼ねているのね………………そう。一理はあるわ。」
     
     
    彼方の魔族は元傭兵である。確かに交渉は不得手ではあるものの、数多の戦争に身を投じて来ている以上は策謀の力をも持っているのは当たり前の話だ。
    リスクに対する予防策とでも言えば良いだろうか?その境遇に憐憫の念を抱きながらも陰謀の手を打とうと思える。人格が分裂しているが如き有様だが、一介の仕立て屋の娘が戦場に身を置く為に編み出した技巧である。
     
    過去に商人に言われた通りに、魔族は商売の才に欠けている。共感性が足枷になる為だ。
    しかしその共感性によって決闘論理『魔剣』を編み上げた様に。共感性をWin-Winの形になる様に作戦行動の上層にまで手を伸ばし、調整する事も可能である。

  • 44『3.三団会合』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:03:35

    「議決を取るかのォ。理由と共に、神鳥様の成人の儀引き延ばしを許容するかどうか言っておくれ。」
     
    「俺は許容したいと思っている。理由は既に挙げた通りだ。加えて言うなら、戦線が裂けた空のみに限定されている今現在の状態の方が中から溢れたモンスターを処理するのが容易だからな…………。最悪の事態になった際に、少しでも楽になるに越した事はあるまい。」
     
    「あたしは………………やっぱり許容出来ないわ。そもそもの話、今の状況って神鳥様の願望に反している訳なんでしょ?そんな状態で好感を抱いて貰うのは難しいと思うわ。コレがあたしとバトスの合意。」
     
    「儂としては賛成かのォ?無闇にシーエ・ウー族に不利益を齎すのなら兎も角として、一定の理も伴っておる。予備兵力という観点じゃと"恒炎宙雨"もまだ残っておるからなァ…………………反対は一、賛成は二で暫定じゃが引き延ばしは許容するという事で良いな。神鳥様からお達しがあるか、或いはあの冒険者が他の行動を起こした際にもう一度決議を取るとしよう。」
     
    "曜傀、アルグレイ"は腰を下ろして椅子から立ち上がって杖を手にその場に居る他の三名に笑顔を見せた。
     
    「さて、長い話し合いで疲れておるじゃろう。"翠の鷺亭"で儂が奢ってやるわい。一杯引っ掛けに行かんかのォ?」
     
    「俺は嫌ですよ。言い負かされそうになって悔しいので。」
     
    「器ちっさ。」
    「しょうもない理由ですわね。」
    「バークル殿が普段どの様に過ごしているか想像するのが怖くなってきたのォ…………………。」
     
    バークルはハブる事にした。この先の戦い-宴会-には着いてこれそうにないもんでな…………………。

  • 45『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:04:11

    「ラインさん!バルグ鴨のハーブステーキ一つ!」「特製オムライスを二つお願いします!」「空泳鮪の刺身一つ入りました!」
     
    「分身したくなる注文量だな…………。分身出来ないからこうして激務に励まざるを得ないのが悲しい所だが。もうちょっとだけでも良いから厨房に入る人増えないかなぁ。」
     
    最優の交渉術とは何か?
    人によって答えは違うだろう。脅迫と答える者が居る。或いは損得利益の一致と答える者も居る。答えは千差万別だ。
    では『ライン』という女にとっては、どうだろうか?シーエ・ウー族の信仰対象を引き連れる異邦人。無数の鉄火場と戦場に身を焦がした戦争の大陸出身の魔族にとって最優の交渉術とは何なのか?
     
    『仲良くなる』事だ。積み重ねた者こそが強いのだから、人間関係とてその例には漏れない。『翠の鷺亭』で、本来ならば働かずとも済む女がわざわざ料理人をしているのはそういう訳だ。
     
    現地人と関わり、共に働く事で仲間意識を芽生えさせる。より多くの人にそう思われるのが望ましいから、出来るだけ多くの人と関わる職種が望ましい。それでいて他人の仕事を奪わない程度に──周囲との軋轢が生じれば本末転倒──人手を欲されている仕事。
     
    その点料理人というのはピッタリだった。『アルヴァント・チョッパーの万化包丁』による知識の流入も活かせる上に、喧騒の中から情報蒐集も可能な職業。
    有翼の民からの評価は上々だ。単なる料理が旨いだけのみならず、汗水を流して一生懸命働いている姿を見せられているからだろう。我ながら良い選択であったと『ライン』は自画自賛した。
     
    ──────腕が良いばかりに仕事を多く任せられているせいで、有翼の民からさえ同情され憐憫されている節もあり。それによって好感度が上がっている側面もあるのだと『ライン』は気付いていない。

  • 46『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:04:41

    「オムライスの方は後二分でオムレツとチキンライスが出来上がる!!刺身はもう切って並べたから先に運んでくれ。ステーキは現在進行形で焼いている途中だ。他に注文はあるか!」
     
    「焼き鳥のつくねをアルグレイさんが追加で五皿注文しました。アリスは報告します。」
     
    「嘘だろあの人もう何歳なんだ!?もう大分作ってる気がするのだけどまだ食べんの!?そろそろ腕の感覚がなくなりそうなんだけど!」
     
    「わらわも焼き鳥を食べたいぞよ!」
     
    「ついでに六皿作っておく!!!」
     
    厨房に面するカウンターの片隅。霊樹の籠に身を潜ませていた雛の君がパッと顔を出して『ライン』に焼き鳥を強請る。当然ながらその代金は魔族の給料から天引きされるが、冒険者としての収入を考えれば問題はない。
    問題はないが──────。

  • 47『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:05:08

    「三皿食べたい!おぬしの作る料理は旨くて止まらなくなるゆえな!」
     
    「料理を美味しいと言われて喜べば良いのか遠慮なく私の給料が天引きされる事に悲しめば良いのか分からない………………。この気持ちは一体……………?」
     
    「ご主人様ご主人様、手が止まっています。このままでは料理の提供が遅れるかと。そもそも別にご主人様なら討伐対象を一つ二つ殺せば十分に賄える金額でしょう。アリスは助言します。」
     
    「もっと私の気持ちにも寄り添って欲しいなぁ………………。」
     
    「むぅ……………ダメ、じゃっか?」
     
    「いやいや、其処ら辺はな。子供というのは沢山食べて大きくなるものだからさ、全然問題はないとも。私だって姫様のお願いなら可能な限りは叶えるつもりで居るし………………何せ『裳着』も遅らせてしまっているからな。これくらいしないと釣り合わない。」
     
    微笑みながら軽口を叩いて、料理を完了させている。黒々とした腕の形をした魔力が背中から溢れて皿を幾つも幾つも持ち上げて、『ライン』は革靴の音を鳴らして厨房から出た。
    本物の腕の様に繊細な動きは不可能だが、単一の動作を実現するだけであれば充分可能だ。それこそ皿を『吸引』する程度の働きは全く以って容易い作業に過ぎぬ。
     
    (人殺しの技術が料理人やらウェイトレスの真似事に役立つ、か。)
     
    「悪くないな。」
     
    少なくとも、人を殺すのに使うよりも余程良い。誰かの笑顔に繋がる事を思えば、命も人生も心も奪い去るよりも余程。
    そしてそんな事を呟けば耳聡く聞き付ける者も居る訳で。
     
    「センチメンタルでしょうか?アリスがポンポンしてあげましょうか?とアリスは生暖かい目でご主人様を見詰めます。」
    「もうちょっとご主人様を気遣って欲しいなあ!?センチメンタルなのは否定出来ないが………………。」
    「むぅ、欲しいならわらわもポンポンしてやるぞよ!美味しいご飯とか作ってくれるからの!わらわはえらいのじゃから、労いも忘れないのじゃ!」
    「くっ……………。純粋な善意であろうと察せるせいで微妙に拒絶するのが難しい……………!助けてくれアリス!」
    「はい。アリスは応答しながら籠を開けて持ち上げます。」
    「感謝するぞ!ポンポン、ポンポン…………どうじゃろうか?」
    「わぁありがとう。でもそれはそれとしてスクロールもそうだが所有物に叛逆されまくってるな私。何でぇ…………?」

  • 48『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:05:29

    何となくポンコツさが滲み出ているからではないのだろうか?雛の君はそう思ったが、それを口にしないだけの優しさを備えてもいた。
    神鳥ファルサガルダは皆賢く穏やかで心優しい。例え親から親族に至るまで鏖殺されていたとしても、雛の君もまたその例に漏れる事はない。
    少なくとも、今までで一番長く一緒に過ごしている『ライン』に配慮をしようとする事は出来た。
     
    とは言え、護衛対象として気を配っている雛の君の挙動を観察していた事によって当然ながらその意図を理解してしまえる魔族は更に落ち込みながらも顔には出さずに皿をテーブルに並べた。
    オムライス、ステーキ。もう深夜と言って差し支えない時間帯まで宴会を続けていたそのテーブルには酒精の香りが色濃く漂っている。
    店で一番強い酒を幾つも空けながら顔を上気させている老人に、魔族はそっと声を掛けた。
     
    「コレでラストオーダーだ、アルグレイ老。私は夜の方が動き易いが御老公はもう少し自分の躰を大事にして欲しいものだな。」
    「カッハハハ………………そうじゃのォ。そろそろバトスもカルオロも眠くなる頃合いじゃなァ。いやいやこんな時間まで付き合わせてしまいすまんのォ。お冷を頂けるかな?」
    「あたしもう食べられないんだけどコレどうするの???」
    「大叔父さん、もう少し自重してくれ……………その歳で僕よりも元気に夜まで酒飲んでるの本当にどうかと思うんだが。もう僕達もアラサーで重いもの食べられなくなってるのに………………。」
    「あたしまで一緒にしないでくれない?ぜーんぜん食べられますけど?あんたより元気でしてよ。」
     
    「此奴ら本当に大丈夫かの?」
    「だ、ダメな大人…………。とアリスは衝撃を受けます。」
    「まあまあ、死線を潜った後に盛大に飲み食いして生を実感するなんて趣味は傭兵でも珍しくないからさ。大目に見てあげな。はいお冷。」

  • 49『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:05:49

    三団の内の二つ。『戦士団』と『巫呪団』の長が夜遅くまで息が酒臭くなるまで延々と飲み続け食べ続けている姿に雛の君は軽く引いていた。
    当たり前だ。良い歳した大人が子供みたいな理由で張り合っている姿とその大人に孫でも可愛がる感覚で食べ切れない様な量の料理を奢る老人だ。
    それでもキチンと料理を無駄にせずに完食している辺りは良識が窺えるものの、それ以上にヤバさへの驚愕が先に来る。もう還暦も過ぎたろうに現役の上級冒険者以上の量を平らげているのだから。
     
    「沢山食べて沢山大きくなるんじゃぞ…………大きいに越した事はないからのォ!基礎能力が高ければそれだけ死ににくいからのォ!ほれ食え食え!」
    「そう言って大叔父さん前に空樹の育成ミスって廃棄する羽目になってなかったか?巨大化し過ぎて移動が困難になったとかで。」
    「あっ、貴女が"ライン"さんね。噂はかねがね。ファドラ大陸から来たらしいけどコッチはどう?あたし達はずっと暮らしてるから問題ないのだけど標高が高いから気温も低くて風も強いじゃない。」
    「お気遣いに感謝する。ありがとう。これくらいなら全然過ごせるから特に問題もないな。丈夫な身体に生んでくれた父母のお陰だ。」
    「待って下さい。一体何処からその缶ビールを取り出したのですか?とアリスは疑惑を抱きながら訊ねます。」
    「普通に購入したに決まってるだろ!流石に店の物を勝手に飲むとか人としてアレじゃないか!?いやまあ確かに傭兵時代は偶にコッチを舐め腐った言動した奴から奪ったりもしたが……………。」
    「わらわ、少し思うんじゃが公衆の面前でそういうの言うのはどうなんじゃ?」
    「賢い。」
    「流石は神鳥ファルサガルダ様じゃ…………。」
    「真理を突いてますわね…………。」
    「めちゃくちゃに全肯定されてると気分は良いがびっくりするの!?」

  • 50『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:06:09

    アルグレイ、バトス、カルオロは魔族が雛の君に対して単純な善意のみならず打算で接しているという事を理解している。
    理解した上で平常と変わらずに接する事が出来る。『これはこれ、それはそれ』だ。平均年齢が高いせいで地味に幼い雛の君を総出で騙す形になってたりなってなかったりする辺りは業が深いが、害意を持っている訳ではないので許して欲しい。
     
    缶ビールの栓を開けながら、アイコンタクトで魔族が双翼に意図を伝達する。酔っている上に身内である双翼の成長を喜んでいるアルグレイを取り敢えず引き離さなければ止まるかどうかも怪しい。
     
    カルオロは指揮官としての能力で、バトスは戦士としての直感で魔族の意を汲み取って頷いた。
    流石に上級冒険者だ。満足に意思伝達を行う事も出来ない──それこそ知性の高い高位の悪魔種や竜種──との戦闘も経験しているのだろう。素直に頼もしいと思える。
     
    「ではアルグレイ老。少し酔い覚ましに夜風にでも当たりに行きませんか?少し今後の打ち合わせもしたいですし、ね。」
    「おお……………おお、分かったぞい。うぅむ、しかしこの歳になってエスコートされるのは新鮮じゃな。何処の方式じゃろうか?」
    「私の故郷の礼儀作法でしてね。お気に召さなかったなら申し訳がないですが──────あぁ、アリス。姫様を少し頼んだ。双翼のお二人が居るのでしたらさしたる危険もないでしょうが、念の為。」
    「カッハハハ、他所様の伝統に文句を付ける様な老人になる気はないのでな!何方にしろ敬意は言い過ぎだろうが此方を尊重してくれているのじゃから此方も相応の対応をしなければ儂の名が落ちるでな。」
    「お任せ下さい!とアリスは意気込みます。」
    「了解した。僕の疾さならコップが傾いても即座に立て直せる。」
    「あんたがそれだけのスピードを発揮したらコップは無事でも店の中がズタズタになるじゃないの。もっと考えて喋りなさいスピード狂。」
    「わらわちょっと不安になってきたのぅ……………。」
     
    「はははは──────では、少し参りましょうか。」

  • 51『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:06:32

    美しく微笑みながら、魔族と老翼は『翠の鷺亭』を出た。
    残されたのは呪いの人形と双翼、そして幼き神鳥の雛の君。
    組み合わせとしては、さしたる問題がある訳ではない。双翼は神鳥の雛の君を崇拝しているが、同時に多くの人々と同じく理性的な信仰者でもある。呪いの人形はその名の恐ろしさに反して元より凶暴性を廃棄の際にしか発揮しない従順な使い魔である。装備が強化されたとしても其れは変わらない。
     
    必然的に、四人の関わりは穏やかな物になる。例えば、皿を片付けようとした人形を竜殺しすら成し遂げられる二人の上級冒険者が手伝う様な一幕だ。
     
    「むむっ、お客様にお手伝いをさせてしまっては…………。とアリスは遠慮します。」
    「良い。僕達の身内のせいだしな。それにその体躯では一度に運べる量にも限りがあるだろ。神鳥様の前でくらいカッコつけさせてくれ。」
    「そうそう、あたし達だって食べ終わって直ぐに休んでたら太っちゃうかもしれないからね。冒険者してるんだからそういうのも避けたいし、コレも手伝いだと思って。」
    「僕は多く飛ぶからそんなに太らないが。」
    「マウントへの速度も疾くないかのぉ!??」
     
    "従騎士"と名付けられた呪いの人形の手から幾つか皿を受け取ってから無表情でありながらも自信満々な男が片割れに茶々を入れる。
    平坦な声であるが、しかし何処となく揶揄う様な雰囲気だ。家族であり同じ目的を持つ同志に対してはシーエ・ウー族最速の翼も冗談を言えるのである。
    逆に言えば、それくらいの関係性でもなければ自身の疾さを強調し執着するだけなので『戦士団』からは図体だけは大きい子供か孫の様に可愛がられているが。
     
    "統翼"は苦笑した。

  • 52『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:06:52

    「そうね。あたしも偶には思いっきり翔んでみた方が健康にも良いかもしれないわ。ずっと転移ばっかり使っているといつの間にか飛び方すら忘れそうになるもの。」
    「………?飛び方を忘れる、というのはどういう事でしょうか?アリスは疑問を口にします。」
    「パフォーマンスを発揮しなければ、必然的にスペックは落ちる。そうなればイメージしている動きと実際の動きに齟齬が生じる事もあれば、純粋にどういった感覚で飛んでいたか忘却してしまう事もある。」
    「むぅ、そう言えばなのじゃが…………。」
     
    一人だけ、籠の中から出たとしても非力で何も出来ないであろう神鳥の雛が囀った。
    彼女は無力だ。戴冠式『裳着』を終えなければ神鳥の名を与えられるに相応しい能力は何も振るえない、唯の弱い小鳥。
    ─────だが、少なくとも、そのままで良いとは考えていない。神鳥ファルサガルダの血筋は賢く、そして雛の君とて魔族に連れられる日々の中で将来統治する事となる『鵬翼の谷』への理解を深める学徒。
    故にこそ、それが言えた。
     
    「わらわはまだ飛べないのじゃが、もしも良ければこの後にでもわらわに教えてはくれんかの?頼り切りの王が即位した所で何の意味があるかわらわにも分からんからの。」
    「あぁ、良いだろう。」
     
    "剛翼のバトス"は即答した。些かの迷いも挟まなかった。
    かつての彼は何よりも翔ぶ事を愛していた。今の彼は誰よりも疾く翔ぶ事に執着していた。だからこそ、信仰対象たる神鳥からの要求に一つの疑問も挟まずに返せた。

  • 53『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:07:14

    「誰かを背負って逃げるにも、誰かに助けを求めるにも、疾さが大事になるからな。僕の様になるな。僕の様になれ。」
    「バトス、少し酔っている様ね。神鳥様。あたしが転移魔法でもし墜落しそうになったら籠の中に戻しますから少し飛行を試してみるのは如何でしょうか?」
    「…………あっ、もしかして転移の術を籠に付与したのは貴女でしょうか?とアリスは気付きます。」
    「えぇ、簡単には編めないけどあたしがやらせて貰ったわ。失敗したら被害が出るなんて重圧、背負わせたくないの。二重の意味でね。自分の運命は自分で決めたいし、あくまで試験でしかない"過程"だから気楽に行って良いのよ。」
     
    後悔が在った。救えなかった後悔が。だから双翼は上り詰めた。高みに上り詰めて、そして後悔を払拭しようとしている。
    悪足掻きだ。それでも手離せない。こうして生きなければ、自らの過ちの事を忘れてしまう気がした。
     
    雛の君は重くなった空気を仕切り直す様に囀った。
     
     
    「ではわらわは練習するぞよ!こっそり飛べる様になって彼奴を驚かせてやる!」
     
    護衛されるだけの無力なお姫様ではない。『鵬翼の谷』を統治する未来の女王として相応しくなるべく、雛の君は気炎を上げた。
     
    「じゃあ先ずは育毛剤だな。」
    「羽毛が必要なのは同意だけど言葉のチョイスが馬鹿じゃないの!?」
    「この人さては天然なのでは?アリスは訝しみましたわ。」

  • 54『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:07:35

    「急に連れ出してしまってすまない。少し話がしたかったものでな。」
    「無問題じゃ。儂も同じ考えであった。おぬしと少し話がしたい。」
     
    "曜傀、アルグレイ"は長い間シーエ・ウー族を牽引する立場であった。当然ながら人心に関する理解も深く、そして魔族の挙動からその思考を見透かす事も可能である。
    一方で『ライン』もまたその共感性と演算能力によって、意識さえしたならば目の前に立つ相手が何を狙っているのか逆算する事も可能な歴戦の傭兵である。
     
    必然的に、二人の交流は互いに互いの意図を考察しての探り合いとなる筈であったが──────アルグレイは違和感に気付いた。目の前の女はそもそも交渉をしようとはしていない。
     
    「バークル殿からおぬしが神鳥様が儂らの里に友好的な関係性を築ける様に引き延ばしていると聞いておった。だからこそ、比較的気安く交流できるであろう彼奴らを置いていったのだが───────おぬしからは、純粋に神鳥様の事を気遣う気持ちしか感じられなかった。喜ばしくはあるが何故じゃ?」
     
    「あぁ、それか。私の案内する先に着けば自ずと分かるだろう。端的に言えば私はそんな事を口にした覚えすらないのだがな。」
     
    「む?だがバークル殿は──────待て。此処は、」
     
    大集落。複数の空樹が組み合わさって浮かぶシーエ・ウー族の中心地の中でも一際目立つ邸宅が目の前に在る。
    空樹そのものに孔を開くツリーハウス形式が主流を占める中で、その家は珍しく鉄筋コンクリートと分厚い金属製の壁で構築されている。
    敷地面積だって一般的な家庭と比較すれば雲泥の差だ。それこそ、冒険者ギルドの支部が丸々一つ収まりかねない大きさの家を所有可能な者は限られている。
     
    『戦士団』『巫呪団』─────そして『商経団』の長。

  • 55『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:07:54

    「バークル殿の屋敷か?」
     
    「御名答だ。失礼する、入るぞ。」
     
    当たり前の様にカードキーを懐から取り出した魔族が複数の認証を超えドアノブを回す。アルグレイ老がインターホンすら挟まない、余りにもシームレスな侵入に驚愕する頃には既に扉が開いている。
    其の機構は外からの侵入を拒むというよりも、寧ろ内側からの漏出こそを防ぐ構造である。
     
     
    「素─────ッ晴らしいですよぉ!!!!!!!!この菌糸構造、誰にも再現など出来はしないでしょう!!!!!!!神秘的合理的究極的な神経構造!!!!!!編み上げられ積み上げられた純美の結晶はどうして俺の胸を此処まで高鳴らせるのだろうか!?!?あぁッ!素晴らし過ぎるッ!!!!」
     
    「おっ早速儂の理解を超えてきたわい。儂の目が正しいのなら彼処で逆立ちしながらキノコにキスしてるのバークル殿なんじゃがおぬしはどう思う?」
     
    「気持ち悪いと思う。ほら立ち上がれ立ち上がれ。お願いしていた品種の意識的改造は上手く行ったのか?甲翅変生-オーバーエボン-の複製サンプルを渡したのは四日前だったが。」
     
    "曜傀、アルグレイ"はドン引きした。深く同意しつつも、魔族は外部の────厳密に言えばステラハイム学術大学とのコネクションによって得られた資料と試料を手に目が何処か遠くに逝って絶叫していた若い男に声を掛けた。
     
    ギュルンッと非人間的な挙動で逆立ちしてながら胞子を舐めていた男が首だけ回転させて魔族の方を見遣る。もうこれ怪異の分類で行っちゃて良いんじゃないかなぁと思いつつ魔族は《魔法の雑嚢》から取り出したフラスコを掲げた。

  • 56『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:08:12

    「えぇ、えぇッ!!!!!『繕理蝕境バルギナス』は想定通りの!!!否ァッ!!!!想定以上の働きをしてくれていますヨォ〜ッ!ご要望の疑似蘇生戦闘続行種も既に“進化”し終えていますッ!!!!賢く強くそして何よりも美しい………………。未完の系統樹!いいえ、系統糸菌とでも呼ぶべきでしょうかねェッ!!!!!兎も角バルギナスは素晴らしいですよッ!!!!!!ささっ、『ライン』さんも是非ともその素晴らしさを舌を媒介として天啓として受け入れて見ては如何でしょうかねェー!?!?」
     
    「遠慮させて頂こう。御理解頂けただろうか?アルグレイ殿。」
     
    「なーんも分からん。「メガネクイッてしそうなクールな商人」が実は奇声を上げながらキノコをぺろぺろする学者だった衝撃が強すぎるんじゃよな。」
     
    「簡単に言えば、協力関係を結んでいた。私の目的を果たす為に元々のコネクションを利用したんだ。とは言え、何か私の知らない私の目的を勝手に作り出されてたのはビックリしたが…………。」
     
    「いやまあ悪い事はしてないというかあくまで捉え方の問題じゃし儂も賛成したからその根回しはええんじゃがもうちょい今の現状についての説明が欲しいんじゃよな。なあにこれ。」
     
    余りにも衝撃的なバークルの姿と錯乱した様な言動で注意を払えていなかったが、よく見れば屋敷の中は迷宮にも似た不気味で悍ましい構造に変化している。
    林立する胞子の柱が大広間を満たして床を地衣類に類似した形状の生体が覆っている。
    不気味に発光する菌糸が折り重なって、魔法陣を思わせる幾何学的紋様を展開しながら無数に繋がり合い、延々と続く形は事実としてバークルの言う様に何処か美しさすら感じさせる造形だ。
    大広間の中央に聳えている、脳の皺が如き凹凸が刻まれている冒涜的に蠕動する巨大な菌糸類が呼吸、或いは鼓動をするかの様に胞子の濃霧を吐き出した。

  • 57『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:08:35

    「人工魔具─────いえ、人工魔統『繕理蝕境バルギナス』ですよ。俺の想像する限界を突き詰め、"先生"からの助力や資材の提供もあって漸く完成に漕ぎ着けた傑作ッ!!!!!菌糸を神経とする構造によって脳の機能を模倣して疑似人格を備えるのみならず魔術回路の構造すらも模倣する事によって理論上は何処までも機能を拡張可能な魔法陣にして魔力タンクの役割すら兼ね備える生態系にして系統樹……………。惚れ惚れしてしまいます、こうして眺めているだけでも胸が無限に高鳴ってしまいますねェッ!!!!!!!」
     
    「知性があるのか?それは初耳だな。バルギナスさんにも感謝しなくては。」
     
    「えぇありがとうございます『ライン』さン!!!!!!!!!ご興味をお持ちですか?そうなのですヨッ!発声器官がないだけで理論上は既に知性が発生しているでしょう!実際に“お願い”にも応えてくれたので系統樹自体が自らの“進化”する方向をある程度誘導出来るのでしょうねェ………………。コレがサンプルになります、体内で増殖して筋繊維の断裂や内臓の破裂が発生した際に自動的に菌糸に置換して戦闘を続行する事が可能になるのですヨ〜!!!!!!生体構造は『腐れ梔子 カルウイム・ペイルウェイン』を参考にしましたが此方は知性を有さない形で置換増殖するので思い通りに動かせるのが特徴でしてねェッ!?」
     
    「……………………。何が、目的じゃ?」
     
    仮に"糸胞のバークル"の説明した通りの性能を誇っているのなら、時間さえ掛ければ都市すら陥落可能な兵器だろう。
    知性を持ち、魔術を使え、そして拡大する。そんな代物が大集落の中で密かに発明されていたという事実が背筋を凍らせる。知らず知らずの内に命を握られていたかもしれないのだ。
     
    屋敷が厳重に封鎖されていた事を考えれば外に出す意図は薄いのだろうが、それが今に限らないという保証もない。
    それこそより凶悪な種を進化させてから解放するまで待っているという可能性もあるのだ。
    義務感に駆られて、アルグレイは勇気を振り絞って問い掛けた。答えは余りにも単純だった。
     
     
    「「……………出来そうだったから?」」

  • 58『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:08:59

    「何だと?」
     
    「私はそれこそ協力関係を結ぶ為にちょっと知り合いの生物学者と連絡が付く様にしただけだしな。どうやら師弟関係だった様だし、それから何か暴走しただけで…………。それで《メモリー・オブ・ブラック》のデメリットを踏み倒せる可能性が出たから出来るかどうか尋ねてみただけだから正直目的は………………納得行く形で今回の依頼を終わらせる事、になるのか?」
     
    「父上が死んでしまったせいで中断せざるを得なかった研究を完成させたかっただけでしてねェ………………完成した時点で俺はもう満足なんですよねェ。あっでも俺の子供みたいなモノだから殺さないで欲しい心はありますがァ〜〜!!!!!!!!」
     
    「あ〜〜〜〜〜〜〜〜こんなにポンコツ共に無駄に警戒してしまって儂恥ずかしいわ!!!!!!!自意識過剰じゃったな!!!!!!申し訳ないがそれはそれとして集落に危害を加えない誓約結べんかのォ?」
     
    「俺は一向に構わないが…………………そうですねェ。せめて週に一度二度は逢わせて貰えませんかねェ〜〜〜〜?推しの成分を摂取したいんですよねェ!!!!!!!吸いたい!!!!!!!」
     
    「私は至ってクールビューティだと思うが………………。」
     
    「クールビューティーを自称するならもうちょい暗躍とか上手くなって欲しいのォ………………。」
     
    寒空の下、頭痛を堪えながらアルグレイは契約を結んだ。
    他愛もない一日であった。
    心穏やかな一日であった。

  • 59『4.翠の鷺亭』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:09:16

    ─────魔族が来たからこそ生まれた交流だった。変化だった。結果だった。其れは偶然が積み重なった奇蹟だった。
     
    雛の君の戴冠式が引き延ばされ、『繕理蝕境バルギナス』が誕生して、『探拓者 アーサー・ハンター』の加護によってレイラインが『鵬翼の谷』に敷かれて、雛の君が『鵬翼の谷』の地形についての理解と学びを深めて、赤竜の群れの死骸が『巫呪団』によって保存され、そして神鳥に至る小鳥は飛ぶ事を覚えた。
     
     
     
    全てが滅び去る。何もかも崩れて壊れる。
    災厄/最悪の夜が来る。

  • 60 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:09:48

    ──────一匹の怪鳥が翔んだ。
    人類種の体躯にすら伍する大きさの翼を二つ広げて、黄昏を過ぎた夜の空を滑空して獲物へと向かう。夜闇を無音で飛翔し爪から分泌する毒で獲物を仕留める怪物だ。
    『哭死鳥ベルザ・ガルナ』の名を与えられた『鵬翼の谷』の中でも上位に位置する捕食者。
    神鳥ファルサガルダの一族によって封じ込められ、禁足地と定められた『鵬翼の谷』の外へは決して出る事のなかった存在。シーエ・ウー族も知らぬ脅威。この様な存在は『鵬翼の谷』では珍しくもない。
    本来は上級冒険者が担当する案件である。未知の怪物の攻勢を凌ぎつつ脆弱な雛を守りながら進む。その様な状況こそを想定されている。
     
    「敵の座標を捕捉。二時の方角、57°から飛翔中。とアリスはサポートします。」
    「あぁ、ありがとう。“魔剣爆撃”」
     
    『シャフツの無限紅鎖』《メモリー・オブ・ブラック》《ボルテックス・ボルテージ》の連鎖起動。音速で投擲された死と焔の魔剣を、死鳥が紙一重で回避する。
    当然だ。魔族も夜目が効くが、死鳥とて夜をこそ狩場とする以上は夜闇を見通す視覚は標準装備である。
    モンスターの中には人類種が持たない能力や、認識出来ない識覚を持つ存在も多い。ベルザ・ガルナの視覚もその一例である。
    当たれば凡ゆる要素を無視しての即死すら有り得る、加えて確実にその身を炎上させる魔剣の一撃を回避してベルザ・ガルナが猛る。
    音速にも迫る速度は脅威的であるが、射線が見れていればどうという事はないと─────魔族は既に剣を下ろしていた。
     
    「“旋回”」
     
    《ボルテックス・ボルテージ》によって制御される死と焔の魔剣の軌道が変動した。
    急旋回した魔剣が背後より死鳥の心臓を抉った。新しい魔具を保有するだけでなく、既存の魔具の組み合わせと発想の変化によって新しい戦術を構築する技能。
    守るべき雛の君にすら気温によってダメージを与える『水晶の雨雫』の行使を封じたとしても、また別の方法と組み合わせで敵を殺せる。蹂躙する事が出来る。
    魔具の性能を吟味し、敵の思考を読み解き、そして殺す。魔族が重ねた技であり業でもあった。

  • 61 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:10:11

    為す術なく落下した死鳥から意識を外して、魔族は手に持った籠に──より正確に言えば籠の中の小鳥に声を掛けた。
     
    「姫様、そろそろ帰りましょうか。多少は羽毛も生えた様ですが夜の谷は寒いでしょう。夜に活動するモンスターについての見識を深めたいのでしたらそれこそ私がハンターズギルドで磨いたスケッチの技能も役に立てられますし。」
     
    「むぅ、正論じゃな。流石にわらわを抱えた儘じゃと動き辛いのは見てても分かるからの……………しかしわらわの伴としてはそれでええのかどうか微妙じゃないかの?わらわが言い出したら事とは言え大丈夫なのか心配になるのじゃ!」
     
    「しかし従者や護衛というのは一般的にご主人様に従うもの…………意を汲んでいるという大義名分があれば良いのでは?とアリスは楽観を口にします。」
     
    「其処ら辺はね。大集落ならそもそも彼処の人達は姫様が信仰対象な人達だから護衛業務の必要性も薄いみたいだし──────あぁ、そうだそうだ。『鵬翼の谷』の地形図とモンスター図鑑は何処まで進んだだろうか?」
     
    《ボルテックス・ボルテージ》によって手元に戻って来る魔剣を《魔法の雑嚢》に収納しつつ、魔族が純粋な好奇心が雛の君に問い掛ける。
    『鵬翼の谷』は禁足地とされていた土地だ。当然ながらマトモな地形図が用意されている訳もない。
    だから将来の統治者としてこの谷の姿と空を知ろうとする雛の君は自らの手──正確には鉤爪になるが──で地形図を描き、谷の状況に細部に至るまで纏めていた。
    一見して雑多な意味不明な記号の組み合わせはセントラリアの言語とは程遠いものの、雛の君にとっては無数の意味を内包する圧縮言語である。
     
    「後は道が三つじゃな!其れが終わればわらわはこの谷の全てが分かる様になるのじゃ!」

  • 62 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:10:35

    「そうか。御母上の意思は理解出来そうか?」
     
    魔族は首を傾げた。呪いの人形は溜め息を吐いた。余りにも単刀直入な質問。全く以ってデリカシーがない……………。
    無論、魔族の側にも言い分はある。彼女は傭兵だ。故に当然、騙される事だって数え切れない程ある。素直に意思を伝えて伝わるのならそれに越した事はないと考えている。
    帰路を辿りながら、雛の君は考え込んだ。理解出来るかどうか、という事になると自信がない。だって、
     
     
    (母上は此奴の様な可笑しな者とも、あの空に浮かぶ木に棲んでいる者達とも関わっておらぬ。)
     
    空を愛する気持ちは、分かる気がしている。
    『鵬翼の谷』の空は美しく、そして荘厳だ。遍く怪物を外に漏らさない絶対の防壁。
    母はこの空を愛した。優しい色の、何もかもを包み込んでくれる様な黒の空。谷を覆って、無数の神鳥が繕い修復し続けた受け継がれる宝なのだと理解している。
    だが"神秘喰らい"によって裂かれてしまった空から覗く蒼穹も、特別でなくとも素晴らしい空であったのだ。
    美味しい物を作ってくれる護衛が居たし、飛び方を教えてくれる変な男も居た。可憐な癖に毒を吐く人形も居れば寂しげな眼差しで若人の姿を眺める老人も居た。
    "神秘喰らい"によって一族が滅ばなければ出逢う事のない人々だった。
    母上が愛した空に、彼らは含まれているのだろうかと思う。
     
    ──────神となったならば、もう彼らには逢えないかもしれない。

  • 63 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:10:54

    「わらわは…………………もう少しだけ、考えたいの。」
     
    「良い事だな。そう思えるのなら、少なくとも私みたいに一つの事だけに執着して希って動くよりも余程────────待て。何だ?一体何が起こっている?」
     
    目を伏せて呟いた雛の君に言い切るよりも疾く、魔族が異変を理解して魔具を構えた。
    先程まで、此処は道であった。危険なモンスターは掃討されていた。
    その刹那を超えた瞬間に、此処は戦場となった。黒霧に『隠匿』されている肌が危機を前に沸騰する様に熱くなる。
    殺意を向けられているかどうかすら定かではないのに、今まで此の大陸で相対した遍く脅威よりも上位に位置するであろう気配だった。
    偉大なる存在が、目醒めている。
     
     
    ゆっくりと、巨岩が身動ぎしている。違う。鱗だ。竜種の鱗だ。
     
    (違う……………………)
     
    数多の戦場を渡り歩いた戦闘勘が其れを否定している。
    "本戦場"に近付いた時に感じた同じ感覚だ。目の前でゆっくりと微睡みから身を起こしつつある竜種は、紛れもなく『英雄』なのだろうと理解させられている。
    其れを定義しているのは固い信念ではない。優れた知性ではない。周囲を魅了するカリスマではない。
     
    『ライン』という傭兵が戦争の只中で定義する『英雄』とは、人殺しの巧さによってのみ決定される。

  • 64 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:11:21

    「──────何者だ。」
     
    黒い霧を貫通して、投射された光が目を侵しているのを知覚している。
    攻撃する意思は感じ取れなかった。視神経を通じて脳へと到達した壊死を齎す光だ。
    『鵬翼の谷』の空の中でも一握りの、"神秘喰らい"によって裂かれた空から流れ込む星と月の輝きだけで息する様に生命を鏖殺する光を無差別に放射し反射している。
     
    『隠匿』から魔法を切り替えている。雛の君が偶然にも目を伏せていて助かった。そうでなければ手遅れになっていた。
    闇によって視界を覆い、『吸引』の特性によって投射される壊死の光に抵抗する。意味を為さない。絶大な出力によって突き破られる。
    蒼い翼が光を浴びて輝く。"神秘喰らい"によって、思考中枢を損傷させられたとしても彼は『英雄』だ。
    美しい蒼の色彩。空よりも蒼い蒼穹の色。目が灼かれる。激痛に苛まれながらもアリスと自身の躰で雛の君に光が当たらない様に盾となる。
     
    十数mの────竜種の尺度で言えば比較的小さな、しかし輝く翼と爪を顕にする竜が口を開いた。
    前肢と一体化した翼によって四足歩行を行うその姿を見て、漸く魔族は彼が飛竜であると認識した。
     
     
    『我は、極災光フェルウォルム。』
     
    自我を削ぎ落とされた虚な声だ。残響の如き音である。
    しかし其れは、極限の災害である。
     
    数の原理に伴い現れる英雄たる個体。
    〈伝説級飛竜-レジェンダリーワイバーン-〉の一柱。
    『スターゲイザー』という飛竜の頂点が立っている。
     
    そして今、虚な儘に蒼穹の彼方へと翔ぼうとしている。

  • 65 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:11:49

    「姫様。」
     
    魔族は言葉を紡いだ。紛れもない、怪物。飛翔するのみで眼下の全てを鏖殺して余りある災害。
    その暴威は例え護られていたとしても容易に感じ取れるだろう。今正に魔族が熔け落ち始めた眼球を垂れ流している様に。
    分散しての防護では魔力が追い付かない。人形であるが故に神経を持たざるアリスが此の場に居たのは幸いだった。そうでなければ完全に詰みになりかねない。
     
     
     ・・・・・・・・・
    「どうしたいですか?」
     
    災害だ。無数の魔具を備え、二十年もの間戦場を渡り歩き、経験と思考を積み重ねた魔族にとっても災害である。
    討伐しようとするなぞ、素人が雪崩や雷に挑むのと同義であろう。
    天と地程の実力差があると理解している。
     
    その上で、雛の君に決断を委ねた。逃げるというのならば全力を以ってこの場から離脱しよう。戦うというのならば全霊を以って眼前の災害に抗おう。
    結局の所、『ライン』という魔族は雇われの戦士だ。この地にとっての部外者に過ぎない。
    独断でその命運には関わる事は、許されない。大国の独断でネツラセクを滅ぼされたイガルとして──────運命を決めるのは当事者でなければならないと考えている。
     
     
    「皆んなを助けるのじゃ。頼めるかえ?」
     
    「約束は必ず守る。奴を最高の衣装にしてやるさ。」
     
    大集落で見た数多の人の営みを想起した雛の君は一瞬の逡巡も挟まずに決断した。
    神鳥ファルサガルダの一族は賢い。一刻を争う事態であると理解して、その上で答えを出せる。何かを背負う重圧に屈さない。
     
    元から彼女は最期の生き残りだ。既に種族の運命を背負っている。
    故に魔族もまた其れに応える様に即答して、軽口を叩いた。私の全霊で以って食い止めると誓った。約束は必ず守ると。

  • 66 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:12:08

    極災光は未だ翼を広げている途上だ。墜落の音が轟く。『鵬翼の谷』に棲息する怪鳥がその輝きを前に失墜している。
    "神秘喰らい"という存在を除けば、彼こそがこの谷にて最強の生命体であった。今も昔も、例え思考が失われてしまってもそれは変わらない。
     
    『鵬翼の谷』の神鳥達は、一段劣る力を数で補って"極災光"という名の災厄を封じ込めていた。
    今、彼らは────────存在しない。唯、一柱。幼き雛が遺されているだけだ。
    魔族は魔剣を抜いた。
     
     
    「『アルヴァント・チョッパーの万化包丁』」
     
    自分自身を解体している。光に侵された眼球の一つを抉り出して、霊樹によって編まれた籠へと自然と誘導している。
    上級冒険者、"統翼のカルオロ"によって構築された魔術の効果は単純にして強力なものだ。
    『雛に触れるほど危険が迫った場合は、即座に鵬翼の谷の入口まで転移させる保護魔法』──────逆に言えば、三回までなら雛の君に触れれば緊急避難させられる。
    籠も対象として転移する関係上、魔剣によって抉り取られて保護魔法を起動させるトリガーとなる魔族の左眼も諸共に転移するであろう。
     
     
    「姫様、私の目はアルグレイ老に渡して解析させ、壊死の光への対策をお願いしてくれ。敵の種族は『スターゲイザー』とバークルに言えば、情報も揃えてくれる。私が知る程度の情報なら、名前さえあればアイツは即座に弾き出す────頼んだぞ。」
     
    「待、」
     
    雛の君が何か言うよりも疾く、籠の中を転がった左眼によって保護魔法が起動した。
    此の一手だけで三つのアドバンテージを獲得している。
    一つ。自身と雛の君の両目に分散させて壊死の光へのレジストが困難となっていた魔法を隻眼に収束させる事による視界の確保。
    二つ。護衛対象である雛の君を退避させた事による魔具の使用制限解除が齎す戦闘能力の上昇。
    三つ。熔け落ちた眼球と"極災光"の情報の提供によってシーエ・ウー族の側で対策を立てた増援が来訪する事への誘導。

  • 67 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:12:34

    「アリス。左眼の視界を代行してくれ。反応を早める為に危機的な予兆を感知したら知らせるだけで良い─────そうでなくては、生き残れないだろうからな。」
     
    「了解しました。有事の際には肩を叩きます。とアリスは緊張を隠せずに伝えます。」
     
    「同感だな。一秒でも長く時間を稼ぐというだけの戦略目標がこんなに遠いのは久しぶりだ………………。」
     
    肩に載ったアリス人形"従騎士"の言葉に、魔族もまた同意を示す。戦争という災禍そのものを前にしているかの如き緊張感と恐怖を、現在進行形で抱えている。
    手持ちの装備を一つずつ想起する。敵の性能を把握する必要がある。何が通じて、何が通じないのか。どの様な攻撃手段を持っているのか。何が有効なのか調べなければならない。
    ふと、極災光フェルウォルムの瞳が魔族を捉えた。
    ヒカリの描く糸の様に細く、彼方の星の様に薄く輝く円周軌道が軌道上に魔族の躰を置いた。全身が悪寒に震える。ヒカリの剣が形の良い胸と引き締まっていながらなだらかな柔らかさを持つ美しい腹をズタズタに切り裂いた。
    鎧すら、意味を為さずに切断されている。
     
     
    「──────カハッッ!!!!!!!!!」
     
    血を吐き出している。遅れた衝撃が内臓を破裂させた。心臓を裂く軌道は紙一重で避けているが、それ以上にそのヒカリの剣の一つ一つが神経を壊死させる魔力を帯びている事こそ致命的であった。
    美しかった躰が、内側から醜い肉の紐を垂れ落とした。間髪容れず魔族は決断を下した。
     
    「《戴冠せよ》………………ッ!」
     
    全速力で後退しながら裂けた空から翔び立とうとする極災光へと銃口を向けている。手に持てる解体の魔剣とその鞘こそ外せたものの、その他の装備は外すだけの時間すら惜しい。
    『回転靴』『アミュレットオブライフ』『注ぎ足す生命の装』────そして『王女の護り』は此処で捨てざるを得ない。
     
    流れ込む『貴冠』の力が装備品を飛躍的に強化する。限られた十秒間の間で、最初に死に者狂いさんから購入した『ファントム・バレット』で自身を撃ち抜いている。
    ─────魔力を苗床として増殖する寄生樹が、歪な形で魔族の身体を蹂躙する。
    其れは即ち、神経を持たない存在が極災光のヒカリの剣の後遺症を取り除いているという事である。

  • 68 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:12:57

    「《ボルテックス・ボルテージ》《メモリー・オブ・ブラック》」
     
    ヒカリの魔力を喰らい尽くしたと同時、飛来した無数の死と焔の魔剣が寄生樹の表層を幾度と刻んで即死させる。次の治療の工程に於いて寄生樹は無用となるからだ。
     
    『アミュレットオブライフ』を連続使用して、アクセサリーとしてではなくアイテムとして使い果たす。
    継続回復では死から逃れられない。例え性能を極大化させたとしても、十秒では回復出来ない損傷を負っている。
    故に五回の連続使用で、辛うじて切り裂かれた胸と腹を修復する。
     
    一度きり使えない『ファントム・バレット』と、極大化した『アミュレットオブライフ』でギリギリ生き残った。戦闘開始から数秒も経たない内に手札の多くを切らされている。
     
    空を見上げる。無数のヒカリの軌道が敷かれ、その軌道上をヒカリの剣が周回する。時間稼ぎも兼ねて寄生樹を除去した後に向かわせていた死と焔の魔剣は軽々と切り裂かれて微塵となっていた。
     
    (動き続けなければ死ぬ。)
     
    先程まで経っていた地点に、ヒカリの剣が殺到している。後ろに下がりながらその景色を分析している。
    癒着していた武器が刻まれた《ボルテックス・ボルテージ》が新たな剣を補充すべく帰還する。此の極限戦闘下で魔剣を複製するのは容易ではない。残弾には限りがある。
    恐るべき斬撃威力であった。凡そ斬れないモノは存在しないと言っても良いであろう出力だ。その剣の数は数えられる限りでも四十二本を超え尚も増えている。

  • 69 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:13:17

    極災光は裂かれた空から『鵬翼の谷』の外へと脱出しようとしている。今、雛の君はまだ谷の入り口だ。門衛がどんなに疾く行動したとしてもまだあの飛竜の射程圏内である。
     
    「『王女の護り』」
     
    無限牢獄50階層にて、魂の一欠片と引き換えに購入した魔具である。
    その忠誠にて恋を撃ち抜き、主人の棺にて眠る事を拒まれた銃だ。
    故に死を望み、武装を破壊する彼方の魔族に惹かれた。既に定まった死を前にして、その魔銃が何を思うのか『ライン』には知る由もない。
    魔弾を番えた。
     
    その本懐を果たさせてやる。
     
    「姫様を護る為に、此処で砕けろ。」
     
    極災光が翼を羽搏かせた。ヒカリの如く上昇する。遅れて音が轟いて、其れで音の速さすらも超越した飛行だと理解した。
    音をも超える疾さで飛翔し、見る者全てを殺し得る魔力を放ち、無数の絶対切断を行使する。そんな怪物を外に出してはならない。
     
    此処で、食い止めなければならない。蒼穹と接続するルートが限られている『鵬翼の谷』での迎撃が最も被害を抑えられる。
    引き金を引く。音よりも疾い飛竜-ワイバーン-だ。あくまでも追尾能力に割り振った『王女の護り』に当たる筈がない。
     
    「舐めるなよ……………ッ!」
     
    二発の魔弾が異常加速した。『貴冠』による性能の強化が魔銃の性能を底上げしたのが要因であろう。しかし魔族は『王女の護り』の思いこそが何よりも不可能を可能にしたのだと思った。
     
    魔弾が、命中する。

  • 70 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:13:37

    『あぁ…………………………』
     
    『誘致魔弾』が絶大なる破壊を齎す。着弾すると同時に展開された魔術式が弾道軌道を虚無に還して、結果として世界の均衡が牙を剥く。
    大気が収斂して炸裂する。ヒカリの剣によって微塵になるまで斬られた砂塵が散弾となる。或いは着弾時に触れた竜鱗が消失する。
     
    ──────極災光フェルウォルムは無傷だ。大気の炸裂も、嵐の様な砂塵も、その生来の頑強さだけで耐えている。遮断している。物理法則に依存した自然現象では彼の鱗を上回る事は不可能だ。
     
    だが、其れは何も無意味という訳ではない。
     
    「私の任務はあくまで時間稼ぎだ……………お前を殺せるなんて、思い上がってはいない。」
     
    『おおぉ……………………ああぁ…………………』
     
    気流が乱れる。大気が変動する。飛翔を維持出来なくなる。極災光が地に墜ちてゆく。
    其の躰を、無数に根を別けた寄生樹が絡み付いている。成長して、魔力を貪欲に吸い上げて、そしてまた成長する。一部の竜種が無自覚に展開している身体強化すら発動不可能とする吸引量だ。
    『王女の護り』によって魔弾は敵に命中するまで止まらない。本来なら原型を留めない程の破壊の嵐すらも突き破る。魔力による攻撃を封じたと、魔族が確信した。
     
     
    ヒカリの剣が寄生樹を切り刻んだ。体内に蓄積した小源では最早何一つとして魔法を発動させられない筈だ。そうであるのに、絶対切断の権能が惜しげなく振るわれている。
     
    (そうだ。)
     
    最初の『誘致魔弾』による影響を受けない位置に滞空していた極災光に再び『誘致魔弾』を乱射する。
    一つとして当たらない。既に十秒が経過してしまった。『王女の護り』は塵に還り、最早その効果を発揮しない。無問題だ。
    広域を破壊する魔弾である。当たらずとも気流を掻き乱すのならば問題ない。狙いをズラして、意図的に最長時間フェルウォルムの飛翔を封鎖する形で撃ち放っている。
     
    (『スターゲイザー』種は本来、太陽の光をプリズムに似た構造の身体を通して、神経を壊死させる魔力を帯びた光に変換して周囲に投射するモンスターだ。)
     
    戦闘開始から、20秒が経過した。幾つもの綱渡りの末に掴み取った値千金の時間であった。
    一つの事実が判明した。

  • 71 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:14:14

    (コイツは裂かれた空から差す月と星の光だけで此の規模の破壊を引き起こせる。)
     
    無数の雷を降らせ、『誘致魔弾』との併用で凄まじい火力を生み出せる雷属性魔法たる『バルバメント』を使わないという直感に任せた判断は正しかった。
    雷と共に"光"をも齎していれば、『鵬翼の谷』という環境自体が微塵になるまで刻まれていても可笑しくはなかった。薄い月明かりと星光だけで操作可能な物量を考慮すればそれでも過小に見積もっている。
     
     
    音速を超える飛翔速度。魔力を必要としない絶対切断と壊死の光。大気の変動と音速を超える速度の砂の散弾すらも無意味と為す鱗。
     
    しかし、今此の瞬間こそが、神鳥ファルサガルダから解放された極災光フェルウォルムの最も弱い時期だ。
     
    (今、奴にとってはあの裂けた空だけが活路だ。奴が翔び立つ為には、彼処を通過する必要がある─────もしも既に外に出られていたならどうしようもなかった。凡ゆる方向に逃走可能になっていた。)
     
    たかが中級冒険者が命を賭ける必要なんてない。
    この災害も、きっと誰かが倒してくれる。
    其れは例えば二桁ランカーなのかもしれないし、或いは名も知らぬ強者なのかもしれない。
     
    だが、其れが果たされるまでの間に生まれる犠牲は一体何れ程になるのか計り知れない。
     
    「『変身』」
     
    魔法少女ステッキを起動する。絶望を解放してはならない。我が身を鎖と為し、我が全霊で以って僅かばかりの時を稼ごう。
    『シャフツの無限紅鎖』を伸長する。保有している無数の魔具の真髄を投じて食い止める必要がある。
    先の見えない未来を前にして、交わした約束を支えにして立ち上がる。
     
    「左から肩を経由して腰を断つ軌道。アリスは報告します」
    「感謝する。助かった─────『水晶の雨雫』」
     
    瞬時に殺到する一撃一撃が魔族を絶命させて余りあるヒカリの剣を回避する。円周軌道を周回する形で運行される以上は軌道が敷かれてから剣が到達するまでにタイムラグがある事を意味している。
    全ての剣を同時に操作可能であるのなら、こんな真似はしない。極災光は事前に自身を中心とした直径と軌道を定めて攻撃を自動化して並列的運用を実現している。

  • 72 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:14:50

    意識を向けられている。ヒカリの剣に切り刻まれた寄生樹は、まだ生存している。神経なく、魔力によって生育する魔弾は例え無数に切り刻まれても再生を果たせる。僅かばかりの効力だろうとも在るに越した事はない。
     
    ヒカリの剣の数が減少している。『水晶の雨雫』を波濤龍としての運用ではなく、広域に雨を降らせる運用で環境を塗り替えている。
    過冷却雨の負荷なぞ、極災光フェルウォルムにとってはさしたる障害にさえならないだろう。
    だから、雲なき雨によって僅かばかりにでも光を掻き乱して飛竜の英雄が浴びて変換する光を削り取る。
    対応不可能な物量で圧殺される事態は防げる────とは言えないが、しかし確実に波濤龍よりも疾い怪物にわざわざ波濤龍を差し向けるよりは効果がある。
     
    『あぁ……………………』
     
    「無我の如き有様だな。"神秘喰らい"に付けられた傷痕は其れ程までに大きかったのか?私は此処だぞ。」
     
    「圧倒的不利な状況なのに煽って大丈夫なのですか………?とアリスは心配します。」
     
    「彼方さんが冷静ならもう十回は殺されてるだろうさ。円周軌道に偽装やミスディレクションが含まれていない、それでも十分に脅威ではあるが─────野生的の勘だけで動いている。」
     
    極災光フェルウォルムは視線を魔族に向けている。其れは処理した筈であるのに向かって来る害虫に困惑しているか厭っているかの様なだ。
    冷静にさせてはならない、と魔族は考えている。タイミングをズラしての詰み手。例えヒカリの剣が減ったとしても魔族が極災光ならそれだけで詰みまで持って行ける。元々は彼にも可能だった筈だ。なのに使わずに困惑している。
     
    "神秘喰らい"によって休眠状態に追いやられ、肉体を再生しても尚その思考中枢を破壊されている。
    逆説的に、そんな状態であっても澱みない魔法の行使が可能である点が元々の彼の隔絶した強さを証明している。

  • 73 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:15:17

    再び翔び立とうとした極災光の後肢を、『シャフツの無限紅鎖』が拘束した。瞬時に閃くヒカリの剣が絶大な質量を内包する筈の紅鎖を容易に切断する。
    切断した上で、魔族と繋がっている方の『シャフツの無限紅鎖』をその後肢で握り締めている。引っ張られる。抵抗しようとしても抵抗が能わない。星の自転に抵抗しようとしているすら錯覚させる怪力。
    互いの距離を、極災光の望む形で操作される。そうなればヒカリの剣を回避する事も出来なくなる。だから即座に対抗策を打つ。
     
     
    「『変身解除』!『変身』!」
     
     
    突如として自身が引き寄せていた鎖が消え、フェルウォルムがその姿勢を崩す。滞空を維持している。飛竜の英雄は未だ地上からでは刃届かぬ高みに位置している。
    しかしその隙に『鵬翼の谷』に敷いていたレイラインと『ファースト・フリート』の効果によって跳ね上がった身体能力を総動員して、魔族は先程まで自身を引き寄せていた力をも利用して距離を詰めている。
     
    真っ当な攻撃ではその鱗を傷付けられない。であれば、真っ当ではない攻撃ならどうだろうか?
     
    「『アルヴァント・チョッパーの万化包丁』《ボルテックス・ボルテージ》────形状変化・薙剣-メタモルフォーゼ・ワイヤーブレード-」
     
    滞空している極災光に通常の刃物では射程が届かない。魔銃が喪われた今、遠距離攻撃を可能とする攻撃手段は限られている。
    魔法は使えない。視神経から侵蝕する壊死を食い止める為に使わざるを得ないからだ。何とか食い止めてこそいるが、緩やかに壊死が進行しているのを感じ取っている。
     
    それでも魔剣を振るった。制御された抜刀の一撃が邪竜を掠る。竜鱗が一枚両断された。解体の魔剣によって鋭く斬り裂かれた頸筋の鱗がその無敵を破られたが、一滴の血も流れていない。
     
    (─────回避された。だけじゃない。鱗で攻撃を遮断したのか?)

  • 74 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:15:41

    「左から全身を引き裂く軌道。アリスは報告します。」
     
    「反射神経までもが逸脱しているのか………………。」
     
    惰性の反撃を全力で回避する。息が上がりそうになる。レイラインからの体力と魔力の継続回復がなければ、既に戦闘を続行するのも困難な程の消耗を強いられている。
    神経を研ぎ澄ませて、一撃が即死に繋がる無数の攻撃群を回避しなくてはならない。単調だ。どうすれば避けられるのか既に見切っている。
    だが全力で回避しなければ命中する速度だ。
     
    脛から指先までの右脚を切断されている。返す刃で切り離して、事前に服用していた菌糸類の作用によって白い菌糸が筋肉と神経の代行をしてくれる。
    自我の侵食を防ぐ為に脳及び脳に直接繋がる神経と生体組織は置換増殖の対象から外れるが、『繕理蝕境バルギナス』の創造した新種は紛れもなく有用であった。
     
    (とは言え、置換し過ぎれば元の生体組織が欠けて治療が困難になるのだろうが。だが最悪ステラハイム学術大学で培養して貰えばまだ大丈夫か………………問題は、目の前の奴だ。)
     
     
    『勝利者たちの轍』による斬撃属性の二重強化を含めれば、解体の魔剣の攻撃は徹る。攻撃を遮断して肉まで届かせない鱗を絶つ事も可能だ。
    だが二つの理由で魔族は極災光にダメージを与える事が出来ない。
     
    一つはその反射神経だ。音速を超える飛翔速度を持つからこそ、極災光の反応速度は常軌を逸している。
    自らの疾さを制御出来ずに衝突する竜種というのも少ないだろう。残念ながら極災光はその多数派に属する竜であった。元より物理的な攻撃の殆どを遮断する鱗を持ちながらもその視界と反応は超絶を誇る。
     
    そして、二つ目の理由は─────

  • 75 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:16:08

    「そりゃあそうだ。私がこうして再生してるんだから、お前も鱗を再生する程度出来なきゃ不公平だものな………………チッ、加減しろ馬鹿がッ!」
     
    「口が悪いですよご主人様。左から首を跳ねる軌道と足首を刈る軌道が積載されてる!とアリスは注意と報告をします。」
     
    「学習して来ているな…………ッ!いや、“思い出して”いるって表現の方が適切か?時間は掛けられない……………。」
     
    足元を刈る円周軌道はヒカリの剣の長さも在って跳躍しなければ回避し切れない。そして跳躍したのならば、当然大きく動けなくなる。其処を狙い澄ましてまた違う軌道で絶対切断が振るわれる。
    物量が多いだけであれば対処は可能だ。思考を読み、次の手を予測し、ギミックを攻略する様に乗り越えられる。攻勢が激しいだけなら魔族にとっては難敵でこそあれ打倒不可能ではない。
     
    だが、攻勢が鋭くなって来ている。徐々に、此方を追い詰めて仕留める動きへとシフトしている。極災光が回避を続ける魔族に対して『対策』を始めているのだ。
    攻撃を通せない。《ボルテックス・ボルテージ》によって制御される死と焔の魔剣ならば鱗を無視して殺す事も可能なのだろうが、振るわれるヒカリの剣を前にいとも容易く破断されている。
    『アルヴァント・チョッパーの万化包丁』としてヒカリの剣に触れたのなら例外なく切断されるだろう。原型を保てているのは魔族がその手で振るい攻撃を回避しているからだ。
     
    しかし、
     
    (打つ手がない。私ではコレに勝てない。)
     
    解体の魔剣では再生し続ける鱗を突破する事が出来ない。
    死と焔の魔剣では滞空している極災光に射程が届かない。
     
    113秒を稼いだ。
    一つの事実が判明した。
     
    (“私一人”ではどうやったって勝利出来ない。)
     
    これ以上続けば、ヒカリの剣が魔族を絶ち斬って殺すだろう。
    或いは、既に彼の飛翔を阻害する魔弾を魔族が使い果たした事を見抜き戦闘を放棄して空の彼方へと翔び去るだろう。
     
    詰みだ。魔族は勝利出来ない。

  • 76 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:16:29

    無数の属性魔力砲撃が、寄生樹に絡め取られた飛竜を直撃した。
    足元まで広がっている苔の様な菌類が振動して声を発した。
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。警戒:基本六属性による魔力砲撃を試行。効果は確認出来ず。上級魔術級の魔力砲撃では損傷を与えられません。」
     
    砲口の様な子実体が無数に極災光を狙い澄ましている。岩と砂塵の乾燥環境であった筈の『鵬翼の谷』は今やその様相を様変わりさせて無数の菌糸類によって覆われた城砦となっている。
    環境を蝕み、理を繕う人造の魔。『繕理蝕境バルギナス』の手によって最早高度に要塞化された戦線にも等しい火力支援が確約されている。
    囁く様な声が響く。系統樹そのものの擬獣化が魔族に語り掛けている。
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。要請:有効であった攻撃についての情報提供。新種の産出を開始します。」
     
    「キャラ被りを感じるのですが!?とアリスは戦慄します。」
     
    「解体の魔剣による攻撃が通じた。単に物理的な攻撃では膨大な出力が要求されるだろうな……………一つ聞きたいが、増援はお前だけか?」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。否定:」
     
    ヒカリの剣が砲口を模した子実体を破壊し尽くした。神経を壊死させる光が指揮系統を侵食する。即座に侵食された指揮系統が切除されて別の神経が繋がれた。
    生命体を多くを殺戮する極災光が、優位を取られている。
    『繕理蝕境バルギナス』は視神経を必要としない。振動だけで敵性存在の位置を把握可能だから。
    『繕理蝕境バルギナス』は神経を侵食されても即座に切り捨てられる。神経であっても容易に再生可能だから。
    そして『繕理蝕境バルギナス』はシーエ・ウー族の管理下に在る人造の魔である。
     
    「シーエ・ウー族全体が本作戦を支援します。197秒後に『戦士団』が到着します。其れまで時間を稼ぐ事が役割。魔力性侵食型神経壊死への対抗策を用意した上で彼らは現れます。」
     
    失敗したら被害が出るなんて重圧を、善意の協力者に背負わせない。
    命を賭けるのは、一人だけではない。一人だけであってはならない。

  • 77 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:17:21

    時は僅かに遡る。大集落、煌空院。
     
    雛の君が『鵬翼の谷』の入り口に転移してから大集落に到着するまで数秒も掛かっていない。
    "統翼のカルオロ"は卓越した転移魔術師にして上級冒険者だ。"糸胞のバークル"によって整備された通信機から連絡を受けると同時に『鵬翼の谷』の関所に転移して現地の人員と雛の君を回収して大集落に到着している。
     
    会議室ではない。全ての『戦士団』が、全ての『巫呪団』が、全ての『商経団』が揃う大広間にて彼らを取り纏める四人が向き合っている。
    ────最初に口を開いたのはバークルであった。『スターゲイザー』種というモンスターに心当たりのあるシーエ・ウー族は彼だけであったから。
     
     
    「ラインさんの眼球を侵蝕している魔力の特性は、紛れもなく『スターゲイザー』種のものでしょう。端的に言えばその姿を見ると死にます。しかも魔力への抵抗値も常人を上回る魔族であるラインさんすら数秒でこの有り様になるのでしたら〈伝説級〉個体になるかと。」
     
    既にセントラリアの冒険者ギルド本部に向けて『商経団』の中で最速の伝令を送っている。金額にして約1,000,000Gを依頼報酬としての緊急依頼を発注する為にだ。
    其れでも間に合うかどうかは未知数だろう。シーエ・ウー族が無事な儘終われる保証は何処にもない。しかし危機を訴えなければ最悪の事態となった際に更に被害が拡大しかねない。
     
    「視認を条件として脳すら熔かす攻撃を永続的に投射しています。数を揃えたとしても殲滅されるだけで終わるでしょうね。俺としては少数の精鋭だけを送る事を提案したい。」
     
    「だが数が多ければ多いだけ勝算も上がるのじゃろう?違うかのォ。」
     
    「アルグレイ老。確かにそうかもしれませんが『戦士団』には避難の際にも動いて貰います。例えあの竜を食い止められなかったならざ結局は全員死ぬ事になるとしても容認は────」
     
    「違うわい。儂ら『巫呪団』が何とかすると言っておるんじゃ。視認が条件であれば「直接見ずとも視界を確保出来る」呪具を作成すれば良いじゃろうが。避難に関しては赤竜の死体をネクロマンスして輸送に充てたい。購入費は如何程じゃ?」
     
    「俺としても人の命が掛かった場面で足元を見る様な真似はしたくありません。全ての赤竜の素材を受け渡します。」

  • 78 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:17:45

    「あたしから質問がある。アルグレイ老、呪具が完成するまでに必要な時間は何分だ?」
     
    「五分。儂ら『巫呪団』の総力を結集する。」
     
    「五分も持たない。僕からも質問がある。あの魔族さんの援助に使える魔具を持っている所はあるか?この際隠していた事に文句を言うつもりもない。」
     
    「えぇ、ありますよともォ!!!!!!!!!!!!!!」
     
    突如として歓喜の表情を浮かべて絶叫した"糸胞のバークル"に大広間に居た全員が驚愕したというか真面目にドン引きした。
    何処かにトリップしてそうな笑顔を浮かべながら叫び出したら当然そうなるだろう。
     
     
    「『繕理蝕境バルギナス』!!!!!!!!!!神経を壊死させられたとしても切除する事によって容易に立ち直る事が可能でッすヨ!!!!俺の屋敷に在る脳の構造を模倣した疑似知性器官も共に投下すれば現地で必要な進化も自発的に理解して行ってくれるでしょう!!!!!!!なんて素────ッ晴らしい!!!!!!何れ全ての人類がその素晴らしさを理解してバルギナスを愛でる様になるでしょうねェェェ!!!!!!!!!」
     
    「何故即座に投下しない?」
     
    「おっと良い質問ですねェ。簡単に言ってしまえば資材の不足でして。進化や増殖、再生の為のエネルギーを此方側で完全に用意するのが困難なのですよ。何らかの手段で現地で補給しようにもそもそも『鵬翼の谷』は禁足地ではありませんか?となると手詰まりなんですよねェッ!!!!!!!残念ッ!!!!!!!」
     
    「わらわ知ってるぞよ、エネルギーを補給するに適した『鵬翼の谷』のスポット。北の道に地下から熱を汲み上げる蟲が居るからの。」
     
    雛の君は、母が愛した『鵬翼の谷』を理解しようと努めた。
    其処に棲まう生命を理解し、環境を理解し、そして応用する事が出来る能力を持っている。
    護られるだけのお姫様じゃない。いずれ『鵬翼の谷』を統治する女王となる君主-ロード-だ。
    人に任せておいて、自分は何もしないなんて耐えられない。全力を此処で尽くす。持ち得る限りの全てを此処で使う。
    例え母の愛した空とは関係がない事だとしてと、彼女はこの蒼穹の下で暮らす人々も守りたい。彼女を信仰するのならば其れは彼女の民であるから。

  • 79 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:18:11

    「しかし、どうする?転移させるだけならあたしにも可能だけど詳細な座標はそもそも目視しなければ確認出来ないでしょう。資材がなければ増殖が不可能なら外す訳には行きませんから。」
     
    五分稼ぐ為には『繕理蝕境バルギナス』を狙った位置に投下しなければならないが、五分経たなければ狙った位置に投下する事は叶わない。
    捨て駒として誰かに命を捧げて貰うとしても辿り着けるかどうか怪しいだろう。寧ろ墜落して全く違う位置に投下されるかもしれない。
    復讐の機会が目の前に在ったとしても、"統翼のカルオロ"は可能な限り冷静に判断する事が出来る。指揮官としての技能で上級冒険者の位階に上り詰めた英雄である。
     
    "糸胞のバークル"は鼻を鳴らした。
    当然、彼もその事実に気付いている。その上で実行可能だと認識して、こうして発案している。
     
    「ドローンを使う。戦闘には使えない程度のスペックだが輸送なら可能だ。」
     
    『鵬翼の谷』から溢れる怪物に対処する為の高射砲をシーエ・ウー族の外から購入したのは彼だ。
    其れは即ち優れた技術を取引可能な伝手を有しているという事に他ならない。魔力によって稼働する機器は悪影響を受けるかもしれないが、彼ならば純粋な科学技術によって構成される輸送機械を用意出来る。
     
     
     
    "積み重ね"こそが強い。

  • 80 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:18:33

    雛の君の戴冠式が引き延ばされ、『繕理蝕境バルギナス』が誕生して、『探拓者 アーサー・ハンター』の加護によってレイラインが『鵬翼の谷』に敷かれて、雛の君が『鵬翼の谷』の地形についての理解と学びを深めて、赤竜の群れの死骸が『巫呪団』によって保存されていた。
     
    戴冠式が終わっていたなら、誰も気付かない内に極災光フェルウォルムによって神鳥ファルサガルダは絶滅して。誰も気付かない内に災害の光が溢れた。
    レイラインを敷いていなければ、魔族は極災光の激しい猛攻を前にして回避出来ずに殺されていた。
    『繕理蝕境バルギナス』が誕生せず、雛の君が『鵬翼の谷』の地形についての理解と学びを深めていなかったならば、手詰まりとなった魔族は塵の様に殺されていた。
    赤竜の群れの死骸が『巫呪団』によって保存されていなかったならば、『戦士団』が増援に駆け付ける事もなかった。
     
     
    紡いだ奇蹟が、極災光を討つべく集いつつある。

  • 81 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:18:56

    そして、今。
     
    「バルギナス。風魔法で奴の飛翔を妨げてくれ。今は私のブラフによる錯覚で惹き付けているが何時まで保つか分からない。魔弾を撃つ為の銃を"使い切って"しまった。」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。了承:単純な魔力砲撃によるダメージを確認出来ない以上は其れが有効策になるでしょう。実行を開始しています。」
     
    「助か、」「足首と頸を刈る軌道で背後からタイミングをズラして軌道が敷かれています!どうにか避けて下さい。とアリスは報告します。」
     
    瞬間的に、殆ど思考を挟まずに前に転がって回避する。刻一刻と極災光はその戦術を研ぎ澄ませている。
    だが未来はまだ絶望に閉ざされていない。確かな希望がある。誰も魔族を見捨てようとも、捨て駒にしようとしていない。
    嬉しかった。命の軽い戦場を無数に渡り歩いた魔族がそう思ったのだ。
     
    だからこそ、此処で頑張らなければならないと思う。彼等の故郷を蹂躙させてはならない。"今度こそ"騎士としての役割を果たさねばならぬ。
     
     
    戸惑う声を、先程まで経っていた地点を覆っていた菌糸類が発した。
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。危惧:機動に繁殖が追い付きません。全体を発声器官にするのは、戦闘能力の低下という観点で不可能。何か手立てはありませんか?」
     
    「神経に特定の命令を打ち込んで発声する器官なんだろう?それならば通信機の様に特定の魔力波やら電波を命令に置換するメカニズムを組み込んだ菌糸類を私に張り付けておけ。後は命令を発する器官があれば無問題だ。」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。完了:"連絡種"チュリラクカッセ・バーマスの産出及び定着を完了。」
     
    「はやっ。」

  • 82 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:19:21

    『あぁ……………………………我は』
     
    つい先程に『ライン』が提案した形質の新種を形成すると同時に風属性魔術の乱打によって極災光を墜落させている。
    今や魔族の周囲の『鵬翼の谷』は一つの生態系によって完全に侵食され塗り替えられていた。
    砲口の様な巨大な子実体が絶えずに魔力を魔術へと加工して空へと撃ち出して、地面を覆う様に無数の茸が傘を広げる。
    崖から無数に、それも垂直に生えた嚢が胞子を無尽蔵に生産し続け周囲を覆い尽くして光を遮ろうとしている。
    ──────『水晶の雨雫』による過冷却環境に、既に適応している。
     
    埒外の処理速度。当たり前だ。『繕理蝕境バルギナス』の知性とは脳の神経網を模倣して形作られた器官。本質的には無数の菌糸類の集合体にして系統樹そのものが一つの意思を備える存在である彼は、十分な栄養さえあれば脳と同等の機能を持つ器官すら複製可能である。
     
    無数の脳を並列に接続して進化する事が可能な人造魔統。進化に使えるリソースこそ限られているが、それ以外の増殖速度と演算速度は環境に依存する形で顕現する。
    星の熱を汲み上げている現在の『繕理蝕境バルギナス』は、最早一つのダンジョンにも等しい生態系だ。
    無数のモンスター/菌糸類を生成する怪物。生命科学によって誕生した異形の存在。
    しかし魔族にとっては頼もしい援軍である。
     
    だが、足りない。時間が足りない。まだ進化が進んでいない。だから、飛竜の英雄を殺すには足りない。
    墜落した飛竜が身を起こしつつある。高所からの落下であっても傷一つない。間髪を容れず放たれた白色の菌糸────鋼よりも硬く、それでいてゴムの様な靱性を持つ拘束を容易く引き裂いて竜が虚な視線を蒼穹に向けた。

  • 83 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:19:46

    『なにを…………………していたんだっけ…………………』
    「ガァ────ッ!!!!!!」
     
    微睡む様に言葉を漏らしながら、何が起きたかすらマトモに認識してはいないのだろう飛竜が軽く爪を薙ぎ払う。
     
    膨大な数の胞子で粘性を帯びた霧がその一撃だけで晴れる。
    絶えず風の魔術を投射していた砲口が沈黙させられる。
    捻じ切る様に唸る鼬風が魔族の腹を横一閃に引き裂いた。
     
    ───視界が白く点滅する。激痛に苛まれながら、何とか起き上がる。
    距離を離していた筈なのに、攻撃の余波だけで死に掛けている。ヒカリの剣はまだ予兆があったから避けられたのだと悟った。
     
    (25mは離れているんだぞ!?!?)
     
    白い菌糸が断裂した筋肉と神経を繋ぎ、破裂した内臓を修復する。
     
    絶対切断を誇るヒカリの剣を振るえずとも、体内に貯蔵する魔力の全てを魔弾から発生した寄生樹に吸われようとも、極災光フェルウォルムは飛竜の英雄だ。
     
    災害である。理不尽である。破滅である。そして何よりも竜である。
    一瞬、魔族は細められた虚な竜瞳と視線を交錯させた。背筋が粟立つ。先程までの単純な排除ではなく、知性の光が宿った眼光────だが、其処に理性はない。本能の赴く儘に暴力を効率的に振るおうとしていると直感した。

  • 84 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:20:04

    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。委託:白兵戦が可能な、或いは極災光を止められる種の産出が完了するまでどうかお願いします────疑問:動悸が激しい様ですが、何か?」
     
    「アリス!アリス!!私の目よりかは機能するだろう!極災光が動こうとした瞬間に合図してくれッ!!!」
     
    解体の魔剣をガラスの鞘に納める。《ボルテックス・ボルテージ》の力で制御された死と焔の魔剣を七重に積載させている。『シャフツの無限紅鎖』を可能な限り伸長させる。
     
    「─────今!とア」
     
    ・・・・・・
    谷が生まれた。
    姿勢を縮め、緊張からの解放で躰を跳ね上げる。その過程を認識出来た者は居ない。唯、魔族は使い魔の合図と共に所有する魔具の防御を囮にして全力で飛び退いただけである。
     
    骨が軋む。空気の爆裂によって喉と肺に絶大な負荷が掛かった。散った砂が肉を削り取る。それさえも幸運であっただろう。
    視界一面を覆っていた『繕理蝕境バルギナス』が大きく抉り取られて、子実体が衝撃だけで千切れ飛んで爆ぜた。崖の一部が消し飛ばされた様に吹き飛ばされ、覗く岩肌が引き裂かれた絵画の如く周囲から乖離した光景を描く。
     
    疲弊した躰に鞭打って、極災光と距離を取る。糸の様にか細い光が円周軌道を描いて、ヒカリの剣が先程まで魔族が居た位置を縦に両断した。
    理解する。果たして何が起きたのか。そして何が起こっているのか。

  • 85 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:20:48

    「………………奴は、」
     
    最初の爪の薙ぎ払いで、反応を伺うと共に霧を晴らして視界と光を確保していた。
    回避をしない『繕理蝕境バルギナス』ではなく、回避する必要があった魔族を狙っていた。
    そして自身の破壊を囮にして、見てからの回避では間に合わないヒカリの剣を用意していた。
     
    或いは最初の爪の薙ぎ払いとて魔力の流れを認識しての攻撃であったのかもしれない。何方にせよ、確実な事実がある。
     
     
     ・・・・・・・・・・・
    「駆け引きを再学習された。」
     
    反応限界を理解されつつある。魔族では最早食い止める事が出来ない。
    『誘致魔弾』についてのブラフも勘付かれるだろう。そうなれば、一つの挙動で『繕理蝕境バルギナス』の魔術行使組織を破壊し切れる極災光は蒼穹の彼方へと翔び立つ。
     
    「バルギナス。私がアレの右翼鱗を裂く。鱗が再生するまでの間に、毒を打ち込んでくれ。」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』へ。応答:"壊死種"レプリカルフェルスを産出しています。破壊を免れる数と子実体の培養が完了するまで10秒必要です。」
     
    「死ぬ気で稼いでやる。『シャフツの無限紅鎖』」
     
    "技"を使う様になった今の極災光に対して、鎖を繋ごうとするのは自殺行為だ。距離を詰めれられれば、それだけで数十回は死んでも可笑しくはないのだから。
    だから攻撃ではなく補助に使う。死と焔の魔剣を先端に括り付けて崖に鎖を突き刺し、巻き取る要領で躰を加速させる。
    骨が軋む。全身の筋肉が緊張する。重なる死線の影響で喉が乾いている事に気付く。先読みされてヒカリの剣が軌道上に置かれる形で円周運動を始めている。全身を発条の様に溜めて地面から跳ねて回避する。
     
    ─────読まれている。目の前に爪が、

  • 86 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:21:09

    「『変身解除』『変身』」
     
    魔法少女ステッキの効果を使う。即死級のダメージを、壊しても問題のないメモリを犠牲にする事で一度だけ耐える。
    『繕理蝕境バルギナス』の身体能力強化魔法の補助がなければそもそもヒカリの剣を避ける事すら叶わなかった。
    虚を突く挙動にも極災光フェルウォルムは動じない。メモリの破損から回数制限のある防御だと理解している。至近距離であれば何度だって爪で以って殺せる。指先の運動だけで魔族を屠って余りある。
    指でなぞるだけの動作が、骨も筋肉も装備をも引き裂いて魔族を微塵にする。その未来が読める。ちっぽけな蟻が大鯨に挑むよりも尚も大きい隔絶が広がっていていると知っている。
     
    知った上で、実行に移した。
     
    「《ボルテックス・ボルテージ》『復讐の雷鳴』」
     
    死と焔の魔剣の操作では無理だ。形ある全てはヒカリの剣によって絶ち斬られる定めにあるから。
    だから自身の身体に仕込む形で魔界の雷を用意している。それでも足りないから、嵐龍の加護によって耐性を下げる。与えられた苦痛と損傷は加護が起動するのに余りある総量であった。
     
    鱗を電撃が貫通する。ダメージを与えられない。だが神経の反応を一時的に無効化させる事は出来た。例え刹那の後に戻るとしても、今此の時は唯の障害物に過ぎない。
     
    空中で固まった爪を足場にして蹴って飛び退く。足首が切り落とされたが菌糸が置換増殖によって補い始めている。
    此の肉薄の間、極災光の意識は此方に向いていた。何故ならばその竜鱗を削ぎ落とす事の出来る解体の魔剣を魔族は握っているから。
    だからこそ、この一手を打たなければならなかった。先程まで己が居た地点を上下左右正面背後から一切にヒカリの剣が絶ち斬る。全くの無策で爪の致死圏に飛び込む訳がないと理解されていた。まだ戦術面で追い付かれていないだけだ。時間が経てばこんな小細工は容易に破られる。

  • 87 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:21:33

    『繕理蝕境バルギナス』が準備を完了した。ガラスの鞘から魔剣を引き抜く。翼と一体化した前肢の爪を振るうのならば、必然的に攻撃と同時に翼も前に出る。
    "斬撃"か"破壊"に特化した魔具でなければ貫通出来ず、その癖して容易に再生する竜鱗によって覆われた極災光からすれば本来デメリットにもならないだろう。
     
    デメリットにする。私の前で隙を晒した事を後悔させてやる。
     
     
    「『鞘離』」
     
    伸長した解体の魔剣が鱗を斬り裂いた。鞘からの抜刀で出力を30倍に跳ね上げている。角度を調整されて、鱗をスケープゴートにして、初見で防がれた。極災光フェルウォルムは今この瞬間にも成長を───否、英雄への回帰を果たしつつある。
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『極災光フェルウォルム』へ。要求:翼を折り、地に墜ちよ。」
     
    剥がれた鱗の僅かな隙間に砲弾染みた毒素が射出される。固体ではなく液体と気体を織り交ぜた毒である。ヒカリの剣でも絶ち斬れない。
    届く。命を賭けて時間を稼いだ魔族に応えて、人造の魔も持てる限りの全力を尽くした。
     
    ─────ヒカリが奔る。
     
    『そうだ…………………戦争だ……………………』
     
    壊死の毒に侵された部分を切除されている。極災光は目の前で自身の光による壊死に対する魔族と魔統のアプローチを見ている。其れすらも糧にして飛躍する。
    魔族が片眼を抉った様に、魔統が患部を切り離した様に、極災光もまた自身の生命力による再生によって侵蝕する壊死を克服出来る。
     
    飛竜は魔族から距離を取った。徐々にその戦術的思考を想起しつつある飛竜にとって、最早先程まで警戒していた魔弾は警戒するに値しない。
    何故ならば真にアレをまだ残しているというのなら、魔族が飛竜の翼を狙う必要はないからだ。
    だから近接戦で決着を付ける必要はないと結論付けた。翼が再生したら飛翔し、空中からヒカリの剣で斬殺する。或いは戦闘自体をやめて蒼穹へと翔び立てば良い。

  • 88 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:21:54

    「そうだ。お前はそう考える。現実的に考えて、其れが一番確実な手段だからだ………………。」
     
    魔族は笑った。翼の傷は既に修復されている。
     
    極災光が、空に─────────
     
     
     ・・・・・・
    「舐めるなよ?私だけがお前の敵じゃない。寧ろオマケだ。お前の本当の敵は、」
     
    「"クオリサル地空儀"」
     
    翔び立てない。『墜落』の概念を内包する魔具が、真実として極災光の飛翔を封じた。
    其れはシーエ・ウー族の『戦士団』が保有する魔具であった。
    "灼翼のスルカナル"が自らの固有魔法の一部を転写した、この世に一つだけの弟妹達に遺した宝だった。
     
    唯一匹の飛竜が空を見上げる。戦士の羽が、蒼穹を塞ぐ空樹の要塞が、恩讐に滾る眼差しが、一つの種族の総力を掻き集めた戦力が蒼穹を守るべく集っている。
     
     
    戦争。

  • 89 『5.極災光』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:22:13

     ・・・・・
    「久しぶりね。あたしの顔は初めて見るかしら?」
     
     
    "曜傀、アルグレイ"がネクロマンスした巨大化し過ぎた空樹が裂けた空を覆って光を遮る。絶対切断を誇るヒカリの剣が閉ざされた。
    『巫呪団』と『商経団』が共同で編み上げたゴーグルは、空樹の要塞に搭載された機器の視界情報を共有すると共に有害な魔力光の壊死を遮断する。
    『戦士団』の戦士は俯瞰視点からであっても自己の位置を認識出来る。動きを制御出来る。彼らは地上には降りない。飛翔を封じられた極災光を圧殺する。
     
     
    「─────殺してやるわ。」
     
    『……………………ファルサガルダ』
     
    狂竜は朧げな夢幻に笑った。
    奇蹟を前にしても、壊れた英雄は止まらない。
    災厄の光は未だ沈まず。亡びの夜は未だ終結せず。
     
    蒼穹戦線が始まる。

  • 90 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:23:05

    「ゴーグルを持って来た。視界を機器と共有して、壊死の光を遮断する機能を持っている。其処の人形に機器を嵌め込めば視界を確保出来る筈だ。」
    「感謝する。自前の魔法で光による影響はカット出来ているが、侵食を続ける光のせいで眼球が熔け始めていてな……………。アリス、頼めるか。」
    「うぅ…………確かにご主人様を助けている気はしますけど自力では何の貢献も出来てないのが歯痒いですわ………。とアリスは嘆きます。」
     
    "統翼のカルオロ"が現着したという事実は『鵬翼の谷』の遍く位置座標が掌握された事を表している。
    激戦区から『鵬翼の谷』の関所に一旦転移させられている。"剛翼のバトス"は相も変わらぬ無表情を浮かべた儘、シーエ・ウー族がその技術を詰め込んだ魔科合一の呪具を魔族に手渡した。
     
    「足止めの働き、感謝する。お陰で間に合わせる事が出来た。」
    「此方も『約束』をしたからな…………それに、有り難い助っ人までも付けてくれた。しかし此れを渡したという事はもう一働きするのを望まれているという理解で良いのか?」
     
    「違う。」
     
    "剛翼のバトス"は珍しく無表情を顰めた。心外という表情を隠そうともしていない。
     
    「僕が恩人に無茶振りをする様な人間に見えるか?此方としてはさっさと療養に入って欲しいんだ。ウチの大集落でも治療法の分からない出力の壊死でもセントラリアの《王都》に行けば何とかなる。」
     
    「だがさっさと転移させずにわざわざこうしているという事は私の考えも理解しているんだろう?何を手伝える。」
     
    「お前は………………」
     
    さっさと使い魔に機器を組み込み、呪具で目を覆う。
    損傷部位を菌糸で繋いだだけの姿は、力任せに千切られた人形が強引に引き裂かれた部分を何とか補修しているが如き有様だ。
    指先から膝までを斬られている。腹を一直線に引き裂かれている。足首が切り落とされて、その先を菌糸で置換している。戦闘機能を維持してこそいるが、並の人類種であれば絶命しても可笑しくない傷を負っても止まろうとしていない。
     
    解体の魔剣。悍ましき執念の染み付いた魔剣を魔族が持ち上げる。

  • 91 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:23:23

    「……………何故戦う?」
     
    「意地だ。」
     
    響く雷鳴が死と焔の魔剣を引き寄せ、七本の魔剣を背に浮かべる。
    魔銃を喪失した今、魔族にとって最も戦闘力を発揮出来る形態である。
    空樹要塞によって光が遮られている。ヒカリの剣によって死と焔の魔剣を破壊しての対処は、最早極災光フェルウォルムには不可能だ。
    音速を凌駕する飛翔も封じられている。機動力による回避も困難。爪で対処するのならば刀身が接触するだけで確率での即死効果が狙える。
     
    ──────命懸けで結果を引き寄せた魔族は笑った。
     
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    「お前達の故郷が掛かっているんだろう?」
     
    此の場に居る誰もが持つ理由だ。
    魔族だけが、その苦痛を真に味わって理解している。だから誰よりも命を賭けて戦える。誰よりも全霊を尽くせる。
     
    「それに、姫様にも約束をしたしな。奴を姫様の『裳着』に使ってやるんだ。」
    「奴の皮を剥ぐのか?良い考えだな。支持しよう。きっと綺麗な"衣"になるだろうさ。」
    「ふっ、私の仕立ての腕を舐めるなよ。誰もが羨む服にしてやるさ。
    じゃあ─────行くか。」
     
    『繕理蝕境バルギナス』が今も無数の毒と魔術によって極災光の暴力に抗っている。
    『アルヴァント・チョッパーの万化魔剣』『メモリー・オブ・ブラック』『絶剣バルザーク』─────極災光フェルウォルムの竜鱗を突破可能な三つの魔剣を所有する二人の戦士が駆けた。

  • 92 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:23:41

    空樹要塞。管理室。
     
    「ふむ、まさか育成を間違えて巨大化し過ぎた空樹をこの様な形で利用する事になろうとはのォ……………………しかし神鳥様、極災光の奴は最早飛翔する事も能わぬでしょうが、それでも最前線に出るのは危険に過ぎるのではないですかな?」
     
    「わらわに出来る事は限られているが、それでもわらわとて力になれる事はあるのじゃ!微々たる力であろうとも、貢献出来るのならそうするべきじゃ……………!」
     
    大柄な有翼人と小鳥である。老いたる命と幼き命である。
    ネクロマンスによって廃棄されていた巨大な空樹を動かして移動させている。
    元々が移動が困難という理由で廃棄された代物だ。建築や居住に耐える耐久を犠牲にして、何とか動かしているのが現状である。
    攻撃には参加出来ない。しかし蒼穹戦線に於いてはこの要塞こそが最も重要と言い換えても良い代物だろう。
    シーエ・ウー族は極災光フェルウォルムの持つ絶対切断のヒカリの剣については知らなかったが、光を変換して攻撃を行うという事は理解していた。
    だから蒼穹を覆う"幕"を用意して、そしてそれは結果として射程も防御も無視して振るわれる一撃一撃が城壁すら裁断する攻撃を予防する結果に繋がっている。
     
    その中で"曜傀、アルグレイ"が任せられた役割はこの空樹の要塞を維持し続ける事だ。
    呪具を幾つも作成し、赤竜の死骸をネクロマンスして避難誘導に充てた上で此れ程までに巨大な植物を操作する。並大抵の技量でも、並大抵の魔力でも不可能な真似だ。
     
    才能を持ち、努力を積み重ねた呪術師たる"曜傀、アルグレイ"には可能である。

  • 93 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:24:02

    「カッハハハ……………そうじゃのォ。自分に出来る事を、というのは儂からしても好ましい思想じゃ。無理に前線に出ずに留まっているのも素晴らしい。」
     
    「今わらわが出ても戦士達に無駄に負担を掛けるだけじゃろうからの!それなら此処で何をすれば良いのか考える方が得策じゃろ?」
     
    「そうじゃなァ。儂らは面と向かってあの怪物と向き合うには余りにも不足が多すぎる……………。」
     
    ずっとそうだ。アルグレイの役割はネクロマンスした自分以外の誰かを使役する事で、後方で必要な呪具を揃える事であった。
    自分の仕事に誇りを持ってはいる。実際、『戦士団』が此れ程疾く駆け付けられたのもアルグレイが其の場で夜の明るさに合わせた必要最低限の機能で作成した呪具のお陰であろう。
     
    しかしやはり甥孫が最前線で命を賭けて戦っている中で後方で守られるだけの役割は、どうにも気が重い。
    合理的ではあるのだろうが、感情は関係ない。可愛がっていた子供達が死ぬかもしれない。それなのに自分は何も動けないのだ。
     
    ────そんな話をした。
     
     
    「────どう、お思いになりますかな?神鳥様。」
     
    「わらわからすると分からんでもない話じゃな!命懸けで戦っておる者が居るのに何も出来ていないのが歯痒い、という話であればわらわにも覚えがあるのじゃ!」
     
    『繕理蝕境バルギナス』の投下が成し遂げられたのは雛の君のお陰ではあるが、彼女からしても其れは彼女の功績ではないと思っている。
    『繕理蝕境バルギナス』と投下用のドローンを用意した"糸胞のバークル"の功績であり、バルギナスが投下されるまで単独で持ち堪えた魔族のお陰であると認識している。
     
    その上で、彼女は思っている。

  • 94 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:24:18

    「不安と戦うのじゃ。わらわ達は、確かにまだ無力かもしれぬ!じゃが何もかも人に任せて諦めてしまうのではなく、何も出来ない不安と戦いながら何か出来る事を探すのじゃ!それこそがわらわ達の役割ではないかの?」
     
    「カッハハハ……………………ハハハハ!!!!そうじゃなァ!わしらも戦わなければならんなァ!!!!」
     
    "統翼のカルオロ"を想った。気の強い所がある自慢の娘-こ-であった。
    冷静に大局を俯瞰する技能に長けていて、そのせいか気も良く回る。
    こんな老い耄れの昔語りにもよく付き合ってくれた。寂しがり屋だった子供がいつの間にか皆んなを率いるリーダーに成長していた。
     
    "剛翼のバトス"を思った。誰よりも疾くなると豪語して、実際に誰よりも疾くなった自慢の子-こ-であった。
    唯一途に一つの事だけに専念する集中力を持っていて、冷たい様で危険な役割を自ら買って出ようとする。
    彼に助けられたから生きている者も多い。それでも取り零してしまった者を数えてしまう翼であった。
     
     
    (…………………死ぬなよ。)
     
    誰に捧げるでもない祈りを念じる。其れが僅かにでも運命を変える事を願っている。
    尊敬する兄が死んだ時も、可愛がっていた甥夫婦が死んだ時も、未来を託すつもりだったスルカナルが死んだ時も、彼は祈っていた。
    今度こそは、どうか救ってくれと祈った。

  • 95 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:24:50

    悍ましく燃え上がる仄蒼い炎が、空を喪った飛竜に絡み付いていた寄生樹諸共にその身を灼いていた。
    『恒炎宙雨』という銘の魔具による攻撃である。『焼殺』の概念を内包したその焔は作成者である"灼翼のスルカナル"の味わった航空機事故を再現する形で効果を発揮する。
    980 ℃に達する温度の炎が延々と死に至るまでその躰を燬き続ける。
    最大で520体まで対象とする事の出来る広域制圧魔具だ。シーエ・ウー族の『戦士団』が保有する魔具の中でも特に凶悪な代物。
     

    ─────極災光フェルウォルムは立っている。
     
    「馬鹿な………………」
     
    呪具で目をって壊死の光への対策を固めながら『鵬翼の谷』北部の様子を窺っていた戦士が呻いた。
    『恒炎宙雨』に晒されながら、死んでいない。燃え尽きていない。
    極災光を灼き続ける蒼焔は単なる炎による攻撃ではない。熱量によって殺すだけでなく、
     
    ・・・・・・・・・・
    酸素を焼き尽くす攻撃でもある。
    一般的的に、人類種が酸素濃度6%以下の空気を吸入した場合、一呼吸で失神・呼吸停止、死亡といった致命的な症状となる。
    今、極災光フェルウォルムは酸素濃度0%の空気に囲まれている。平然としている。
     
    「ど、どれだけ化け物染みている………………!」
     
    初見で攻撃の性質を見極め、その上で一切意に介する事がない。
    事実としてそれだけの性能を持っている。
    正しく災害の具現たる古竜にさえ並ぶ、彼こそが飛竜の英雄である。
     
    「──────第一陣、魔槍を眼前に照準せよ!あたしが転移させる!第二陣は装填用意!だが形成は遅らせろ!」
     
    彼だけが英雄ではない。無敗を保証する転移魔術師にして指揮官が戦士を鼓舞し、指揮する。
    戦士団がその指示に従い、一糸乱れずに魔術を発動する。生成される槍は一つ一つが竜鱗をも貫く無名の精鋭の一撃に他ならない。
    無論、地上に有りても埒外の運動能力を誇る極災光に遠距離からの攻撃は命中しないだろう。瞬く間に谷を突き破って数十mは移動可能な存在だ。着弾する訳がない。

  • 96 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:25:10

    「合図と共に射出しろ!3、2、1────────0」
     
    魔力の炸裂が、フェルウォルムの眼球付近で発生した。
    "統翼のカルオロ"は卓越した転移魔術師である。魔術と指揮能力の組み合わせによって上級冒険者にまで上り詰めた才媛だ。
     
     
    『攻撃の瞬間だけ極至近距離に転移させ、即座に離脱させる』芸当すら可能である。竜鱗をも貫く槍の一撃が、飛竜の眼球に直撃した。
     
     
    『ふ、ふふふ………………………………』
     
    無傷である。飛竜よりも上位に位置する竜種にとってすら有効打となる攻撃を弱点に受けても、傷一つ付けられていない。
    赤い染みが広がっていた。転移の一瞬で四人が殺されている。爆ぜた躰が墜落した為である。
    攻撃の瞬間を読んでいた。遥か上空で構築されていた魔術の威力を完全に理解し、防御ではなく攻撃を選び、射出するまでの一瞬の間に四人を殺した。
     
    カルオロの読みを上回っている。埒外の暴力を持ちながら、それだけの存在ではない。彼もまた全てを"積み重ねた"英雄だ。
    〈伝説〉─────その冠に偽りなく。
     
    「───────ッ」
     
    カルオロが歯噛みする。彼女の部下だ。彼女が育てた戦士が居た。父の代からの戦士が居た。塵の様に殺されて、持ち帰る死体すら消し飛んでしまった。
    彼女の技量が及ばなかった。彼女のミスが彼らを殺した。遺族になんと詫びれば良いのかさえ分からない。
     
    だが立ち止まれない。此処で殺さなければ誰も彼も死ぬ。それだけは何としても防がなければならない。
    彼女を罵る権利を持つ人々が生き残らなければならない。

  • 97 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:25:31

    「あたし達の攻撃じゃ奴には通じない!あたし達は援護に回るわよ!」
     
    声を張り上げる。怖気付いた戦士を鼓舞する。
    寄生樹によって魔力を奪われていたばかりの状態ですら攻撃が通らないのであれば、攻撃をする必要はない。カルオロにはそうやって決断する事が出来た。
     
    即ち、攪乱。
     
    「第二陣!魔槍を闇属性の光を吸引する形質に転換して形成して!こうなったら徹底的に妨害するわよ!適正が合わなくても問題ないわ!目的は目眩しなんだから最低限闇さえ生み出せれば十分!第一陣も同じ様に準備して!バルギナス!」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『カルオロ』へ。応答:何でしょうか?残念ながら極災光に通用する攻撃は生み出せませんが。」
     
    「地上から強襲するバトス───と多分『ライン』さんにナビゲートをして!あたし達も闇で見えなくなるけど、あんたなら振動で奴の位置は把握出来るんでしょ!」
     
    「『繕理蝕境バルギナス』より『カルオロ』へ。了解:しかし、アリスさんと同じ事をするとは……………。提案:極災光は魔力を識別する能力も備えていると思われます。待機している『バトス』及び『ライン』の為に高濃度魔力の散布を開始したいと思っておりますが、如何でしょうか?」
     
    「良いと思うわ。そうして頂戴。バトスならあたしが指図するよりも良いタイミングで自分で勝手に見つけてくれるだろうから。」
     
     
    ──────細い何かが視界を遮った。痛み。腕が墜落している。誰の腕だ?あたしだ。
     
    咄嗟に転移魔術を発動させて『戦士団』の総員を転移させる。激痛の中であっても、大人数を対象として転移魔術を成功させられる。再度先程までの位置を掠める影がある。
    その影で、漸く攻撃の正体を掴めた。

  • 98 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:25:52

    「"鎖"ですって……………!?」
     
    極災光が振るう、細い鎖はその長さ故に最早斬撃に転化していた。
    遠距離攻撃を持たないという前提が崩れる。何処までも伸びていく鎖は空樹要塞にすら届きかねないと思わせる。
    そうなれば詰みだ。戦術によって振るわれる壊死の光によって此の場の全員が死を迎える。
     
    互いの勝利条件は決して均等ではない。
    知性を取り戻しつつある極災光フェルウォルムは、僅かな光を得られる事さえ叶えば勝利出来る。
    シーエ・ウー族と『ライン』はフェルウォルムを凌駕して切り札を届かせなければ勝てない。
     
    「……………第二陣、魔槍射出!脅威的な威力と速度だけど攻撃範囲は狭い!視界を攪乱しなさい!あたしも常に転移させ続けるわ!」

  • 99 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:26:37

    「マジか。」
     
    魔族は絶句した。心当たりのある魔具だ。間違いなく『シャフツの無限紅鎖』であろう。
    単独で戦闘している際に、後肢を囚える為に使った。すぐに切断されたが、確かに切断されて極災光の後肢に残されている部分があった筈だ。
    しかし魔族を責めるのも酷であろう。
     
    1m程伸長させるだけでも常人の手首を捥ぎ取り断裂させる代物だ。
    常人離れした筋力を持つ『ライン』であっても魔法少女にならなければ使えない質量を誇るのである。
    その鎖を空を翔ぶシーエ・ウー族の『戦士団』を射程範囲に収めるまで伸ばすなぞ到底考えられない荒業だ。
    想像を絶する膂力。呼吸を封じられながらも、そんな質量を振り回す事が可能なのか?
     
    「……………現実問題として、可能なんだろうな。全く、巫山戯た怪力をしている………………。」
    「鎖を斬れば良いのか?」
    「幾らでも伸ばせる代物だ。四肢を切断した方が効果的だが、わざわざそれをするくらいなら頸を斬った方が良い………………鎖は私が責任を取る。元はと言えば私の物だしな。私を囮にして奴を殺してくれ。」
     
    「責任を感じる必要はない。何度も言うが、最初の時間を稼いでくれていなければ戦闘に持ち込む事すら困難だった。だが任された依頼は成し遂げるとも。───────全力を尽くす。」
     
    『繕理蝕境バルギナス』によって撒き散らされた魔力の嵐の向こう側。狂笑を浮かべながら無限紅鎖を振るっている極災光フェルウォルムの姿が伝えられる。
    アリス人形は何も言わなかった。強く、強く握り締められる感覚だけが彼女の存在を伝えてくれる。彼女を捨てようとしていると思われているのだろうか?
     
    此処で死ぬつもりはないと否定したかったが、果たせるかどうか分からない約束を交わすのは憚られた。代わりに撫でて、努めて安心させようとした。
    今や狂竜は立ち塞がる全ての敵を殺そうとするまでに成り果てた。
     
    此の災害を、誰かが倒さなければならない。
    戦える者が戦えば良いとずっと思っていた。
    誰かに強制されるでなく、戦う力の有無ではなく、戦おうとする意思が決定するのだと。
     
    『ライン』は戦える。血族でもない種族の故郷の為に戦える。
    自分が冷血なだけの傭兵ではない気がした。嬉しかった。
    勝利する。

  • 100 『6.蒼穹戦線』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:26:58

    『は、はははは…………………あぁ、ああぁぁ』
     
    「行くぞ。」
     
    繋がれた奇蹟と、繋がれぬ災害。
    正気と狂気。
    故郷を守る為に戦う戦士達と、故郷すら忘却し果てた英雄。
     
    決戦の刻だ。

  • 101『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:27:42

    「《戴冠せよ》」
     
    声がした。鎖を薙ぎ払っている。寸分違わず、鎖が魔族の首を跳ねた。
    既に伸長した鎖が薙ぎ払われた余波で幾つもの崖が横に切り裂かれ、谷が平地になる。意識するまでもない事だ。たかが岩程度に極災光フェルウォルムの鱗は負けない。
     
    翼が見えている。誰かが文字通り翔び込んで来ている。
    音速を超える速度の飛翔。その疾さを前にして思わず目で追ってしまう─────逆に言えば、目で追えている。
    当然だ。極災光フェルウォルムもまた音速での飛翔を可能とする生命体なのだから。音速で過ぎ去る景色を読み切って、衝突しないだけの反応速度を備えている。
     
    頸を狙われている。此方に攻撃を通す自信があるのだろう。
    接触させてはならない。鮮やかな翼を迎撃するべく翼と一体化した前肢の爪を地面に沈み込ませる。
     
    「《戴冠・過剰負荷-ウェポンキラー・オーバーロード-》」
     
    魔族を殺せていない。魔法少女ステッキによる疑似的な蘇生。『貴冠』によって、十秒の間に彼女に触れた武器は超絶強化の代償として十秒後に自壊する。
    装備を惜しんではいられない。魔法少女ステッキを犠牲に、自身を切断したフェルウォルムの持つ『シャフツの無限紅鎖』を自壊させている。
    《ボルテックス・ボルテージ》によって制御された《メモリー・オブ・ブラック》が殺到する。
    死と焔の魔剣。その刀身に触れるだけで絶命させられる魔剣。ヒカリの剣を喪ったフェルウォルムは其れを迎撃する事は出来ない。
    爪でも、尾でも、鱗でも触れれば即死する危険性がある。
     
    『シャフツの無限紅鎖』は魔族が破壊した。今のフェルウォルムには身一つしかない。音速の飛翔で『絶剣バルザーク』を携えた戦士がその懐に飛び込んでいる。
     
    まだ足りない。全ての死と焔の魔剣を回避して、飛び込んで来た戦士を土砂で圧し潰せる。其れが可能な超絶の膂力と速度、反応速度を持っている。

  • 102『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:28:22

    「『繕理蝕境バルギナス』より『ライン』『カルオロ』『バトス』へ。報告:白兵戦で何とか一瞬抑えられる数と種の産出に成功しました。」
     
    『はは…………………………そうだ。』
     
    地面から湧き出た、二階建ての家屋よりも大きい六つの腕を持つ菌糸の怪物が狂竜の手足を抑える。
    十数mにもなるフェルウォルムからすれば小人の様な大きさであり、力とて遥かに劣るが数の暴力と捨て身の肉薄でほんの一瞬だけ動きを止められている。
    全てを投じなければ止まらないのならば、絶好の好機で使わなければ無意味だとバルギナスは理解している。フェルウォルムも理解していた。絶好の好機であっても無意味だ。
     
    妨害によって短縮させられた果ての、一秒にも満たない猶予の間に菌糸の怪物をクッションとして飛来した死と焔の魔剣を逸らしている。
    単一の方向ではなく、狙う部位も入射角もその深さすらも異なる七方向からの攻撃を同時に捌いた。
     
    頸を狙う絶剣の一撃を翼を盾として防いでいる。刃渡りが足りない。頸には届いていない。無敵の鱗を削って、それだけ
     
    ──────ではない。『絶剣バルザーク』の効果は『斬撃の多重化』である。持続的に、『斬り』続ける魔剣。掠り傷であっても致命傷へと至らしめる一撃だ。
    削れた竜鱗に発生した斬撃痕が、鱗が再生するよりも疾く肉を絶つ。
    空を翔ぶ為の翼が落ちた。斬撃痕は切断に至った後も続く。再生する事は能わない。
     
    極災光フェルウォルムが、『鵬翼の谷』から出る事は二度と叶わない。
    "剛翼のバトス"は"灼翼のスルカナル"の仇を取れた。
    殺す事は出来なかったが、しかし極災光は此れ以上の被害を広げる事は出来ない。
     
    極至近距離に飛び込み、斬撃を見舞ったとしても、バトスは離脱出来ると確信している。音よりも疾く動ける。子供の頃、この疾さがあったのなら姉を抱えて翔んで、助ける事も出来たのだろうか?
     
    極災光フェルウォルムは顎門を開いていた。間違いを悟った。彼は此処で死ぬ。
    敵は狡猾だ。闇属性に転換した魔槍を使う事を心得ていた。情報を伝えられない。間違ってしまった事を、既に手遅れである事を伝える事は彼には出来ない。

  • 103『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:28:50

    (──────違う。まだだ。まだ、僕の役割は終わっていない。)
     
    『絶剣バルザーク』を投げ捨てる。フェルウォルムの竜鱗を貫通して、真に命まで届く希少な魔具であった。
    だからこそ此処で失う訳には行かない。
     
    (カルオロも、きっと分かる。僕よりも賢いから。あの時の事も、僕達はずっと覚えているから。)
     
    最大の武器を投げ捨てても、懐から短剣を取り出して抵抗を試みた。翼を羽搏かせてその顎門の内に形成される暴虐に抗おうとした。
    狂竜の顎門から一筋の光が奔った。
    後悔を払拭せんとした英雄の翼は、光に燃え尽きて消えた。
     
     
     
    『恒炎宙雨』は仄蒼い焔で炎上させる魔具であった。其れは魔力を吸い上げる寄生樹諸共に極災光を灼いた。
     
    ・・
    蒼いとはつまり、光を発しているという事であった。
    フェルウォルムは体外から取り込んだ光を転換するだけで、絶対切断のヒカリの剣を振るえた。
    其れは体内に魔力を、光を溜め込まないと同義ではない。切り札を欺瞞していた。最大の脅威に初見殺しを直撃させた。英雄たる個体は闇雲に性能を振るうだけではない。効率的に全てを殺す。

  • 104『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:29:11

    「『繕理蝕境バルギナス』より『カルオロ』へ。報告:」
     
     
    『はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
     
     
    『鵬翼の谷』北部である。最初に『繕理蝕境バルギナス』の疑似知性を司る模倣脳神経が投下された地点にフェルウォルムが突っ込むまで数秒も掛からない。
    魔力の流れを知覚可能である。星の熱を汲み上げ、変換している座標も容易に分かる。
    壊死の光は切除によって対処される。壊死の光を使うまでもない。単純な身体能力による暴力で完膚なきまでに砕き、機能不能な状態に人造の魔を追い込める。
     
    「敵は、光線を─────」
     
    『ファルサガルダは何処だろう』
     
    猶予を残している。慈悲の為ではない。より効率の良い殺戮の為にだ。
    その隙に『繕理蝕境バルギナス』は報告を行い、全ての菌糸に高濃度の魔力と胞子を撒き散らす指令を下している。
    ちっぽけな蟲が人に踏み潰される様に、『鵬翼の谷』の半分を覆い尽くしていた魔が潰えた。

  • 105『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:29:32

    "統翼のカルオロ"が『恒炎宙雨』を停止させる。呼吸が戻る。壊死の光に対する対処の為に、あの"鳥"達はきっと転移によって光線を回避するのだろう。
    露骨な見せ札だけではなく、時には隠し札も必要だ。敵が如何なる手を打ったとしても勝てる様に整える必要がある。
    あの菌糸類を純粋な暴力で蹂躙したが、其れを伝えるよりも先に殺したのだから届きはしない。狂竜はそう確信している。だからこそ刺さる。
     
    巨体が沈み込む。跳躍の為ではない。息を深く吸う。絶大な身体能力を誇るフェルウォルムにとっても"少し"大変な技であるから。
    岩盤に亀裂が入る。其れを知覚しているのはフェルウォルムだけだ。
     
    敵が何たるかさえ解らずとも、絶え間ない思考の力で勝利へと突き進む事が出来る。出来てしまう。
    理性を失っても尚、知性だけが残ってしまった。狂気の為にその知性が振るわれた。
     
    壊れた英雄は止まらない。全てが滅び去る夜は未だ終わらない。

  • 106『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:29:58

    「………………………………死んだのか?バトスも、カルオロも。」
     
    "曜傀、アルグレイ"は膝を突いた。破られた管理室の床から冷たい風が流れ込んで来ている。老人も既に片腕を失い、頭蓋も半分程吹き飛んでいた。雛の君を庇った結果だった。
     
    例えカルオロの掛けた保護魔法によって攻撃に対して自動的に回避する事が可能であったとしても、老人は自然とそう動いていた。
    何かをしたかった。
     
     
    「あ、ああああぁ……………………………………」
     
    息が漏れる。岩盤そのものを投擲する面攻撃は、光線を想定して転移を発動させていた"統翼のカルオロ"と『戦士団』を押し潰した。
    死体も残らない。蒼穹戦線は一柱の竜を前にして壊滅した。
     
    老人だけが生き残っている。命を賭けなかった老人だけが。
    声にならない呻めきが漏れる。此れで全員だ。アルグレイの家族は全員が戦士として死を迎えた。戦士になれなかったアルグレイを置き去りにして。
     
    フェルウォルムは、関所に向かっている。『鵬翼の谷』は神鳥ファルサガルダによって外界と隔離されているが、裂けた空を除けば其処こそが最も古い外界と繋がる場所だ。
     
    聖地が暴走する狂竜によって破壊されてゆく。空樹要塞に攻撃しようとする素振りも見せない。
    関所から外に出れば、フェルウォルムはまたヒカリの剣を振るえる。故に当然、空樹要塞を今落とす必要もない。無価値だ。無意味だ。無為な存在こそが老人であったのだと今更気付いた。
     
    今になって、最早何が出来るだろう?

  • 107『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:30:17

    「後は任せたぞ!わらわは下に降りる!」
     
    礫によって破られた空樹要塞の穴の淵に立って、幼き神鳥が老人に声を掛けた。使命感に燃える、熱の籠った声であった。
    老人にはない輝きが、希望が在った。
     
    呆然と呟く。
     
    「何になるんじゃ?全員死んだじゃろう。最早あの竜を止める手立ては何処にもない……………………」
     
    「わらわはそうは思わんぞ!皆、最善を尽くそうとしておった!だからまだ希望は残っておる!わらわはそう信じておるのじゃ!誰も彼もが精一杯を頑張ったのじゃから、終わる筈がないのじゃ!」
     
    「其れは…………………」
     
    唯の楽観に過ぎない。現実はもっと残酷だ。そんな言葉を続けるつもりだった。
    小鳥は既に飛び降りていた。老人は甥孫が雛に飛び方を教えたと聞いた記憶を思い出した。彼女は、戦おうとしている。賭ける必要のない命を賭けようとしている。
     
    必要なんて概念は最初からなかった。
     
    "誰も彼もが精一杯を頑張ったじゃから、終わる筈がないのじゃ"
     
     
    「そうだ……………………わ、儂を舐めるなよ…………ッ!儂とて最善を尽くす!貴様を此処で殺してやるぞッ!フェルウォルムッ!!!!」
     
    勇気の灯火が燃え上がる。呪術を編む。今の自分に出来る全力を尽くすと決めたからには、何を惜しむつもりもない。
    命を捧げてでも成し遂げてみせる。

  • 108『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:30:42

    巻き上げられた土砂によって墜落しつつある空樹要塞を、関所の前で女は見ている。
    攻撃の予兆を感じ取って要塞を落とした狂竜は此方に向かって直進して来ている。
     
    『繕理蝕境バルギナス』が撒き散らした胞子と高濃度の魔力によって、"統翼のカルオロ"によって魔族が転移したという事実を未だフェルウォルムは知らない。
     
    ──────誰も彼も最善を尽くした。その結実として、『ライン』は此処に立っている。
    託された希望を剣として、全てを背負っている。
     
     
    「《戴冠せよ》」
     
    極まった殺意と使命感に従い、黒焔を武器に流し込む。
    魔術回路を内包する自身の腕そのものを砲として定義する。
    存在そのものが魔具に等しい『繕理蝕境バルギナス』から着想を得た技である。冷たい鋼の黒に双腕が染まる。
    尋常ならざる回転率で魔力が生成される。複雑な魔術式で制御するには膨大に過ぎる魔力だ。だから制御を放棄する。自爆する事を前提として大まかな指向性だけを与える。
     
     
    (私が勝利しなければ、全ての犠牲が無駄になる。だから、勝たなければならない。私は負けない。絶対に負けてはならない。)
     
    此処で逃げれば命は長らえる。だが此処で逃げてしまっては二度と想いを懐けなくなる。
     
    自己の種族を再興させる為に、他の種族の為に死ぬ事は許されない。
    だがそもそもネツラセクが滅ぼされたのも、自分達の国の事だけを第一に考える様な奴らのせいだったのではないか?
    イガルは違う。違う事を証明しなくてはならない。
     
    だから、此処で勝利する。

  • 109『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:31:04

    「さっきぶりだな、フェルウォルム。」
     
    耀しき蒼き翼が、霧の向こうから姿を表す。
    美しい竜だった。初めてそう思った。
    月光を浴びて輝く鱗は透き通る様な蒼で、その身体は戦う為だけに神が彫ったかの如き機能美の集積であった。
     
    翼の片割れが欠落しようとも、其れは英雄だった。
    単騎で軍を滅ぼしてしまえる存在。戦争を覆す怪物。
    一切を鏖殺しようとしている。直進しながら顎門を開いている。光。
     
     
    「死んでくれ。」
     
    破壊という概念を煮詰めた黒焔が暴れ狂った。全身の皮膚が燬かれる。極光と混淆し、弾かれる。極限の破壊は相殺された。
    風が剥き出しになった神経を撫ぜる痛みすら意に介さずに、魔族はもう一つの武器を取った。
    『絶剣バルザーク』だ。"剛翼のバトス"が遺した勝利の為の魔剣。黒焔によって強化されている。
     
    極災光フェルウォルムが、一足早く爪を振るっている。
    『ライン』の思考は間違いなく極災光フェルウォルムを上回っていた。
    互いの攻撃が相殺される事を撃ち放つ瞬間に理解し、最短最速の動きで魔剣を取っていた。
    最善を尽くしていた。
     
    なのに、一手。幾度と瀕死の重傷を受け、疲弊した躰で英雄たる飛竜に肉薄した。届かない。託された希望は、

  • 110『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:32:03

    「わらわの事を忘れるでないッ!!!!」
     
    "曜傀、アルグレイ"の抵抗が呼び寄せた破壊が、雛の君に触れた。
    "統翼のカルオロ"が施した保護魔法が雛の君を谷の入り口へと転移させた。
    "剛翼のバトス"に翔び方を教えられていた。
     
    一手が埋まる。魔剣が届く。
     
    "失敗したら被害が出るなんて重圧、背負わせたくないの"
     
     
    ───────極災光フェルウォルムは、沈黙した。
    狂える飛竜は、全てを一匹だけで覆す英雄は、その孤独故に静寂に還った。

  • 111『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:32:21

    腕が崩れる。魔剣が崩れる。飛び寄ってきた小鳥に、魔族は微笑んだ。
     
    「『約束』を果たしに行こうか。最高の衣装を仕立ててやる。」

  • 112『7.英雄』◆o4H3Dx3iss24/07/13(土) 22:35:15

    『断章:蒼穹極彩光』

    『1.玉座の道』3
    『2.比翼連理』13
    『3.三団会合』35
    『4.翠の鷺亭』45
    『5.極災光』60
    『6.蒼穹戦線』90
    『7.英雄』101

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