- 1二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:10:02
酒の楽しみ方は人それぞれ。大勢でビールを乾杯するのが好きな人もいれば、一人静かに燗を一献、という人も居る。
そして、酔うとどうなるかについても、これまた人それぞれだ。
「ちょっとアンタ、聞いてんの!?」
「聞いてる、聞いてるから少し声を抑えて……な?」
「なによ、ちょっとアタシの事どう思ってるか聞いただけでしょ!」
まさか、つんと口を尖らせながら向けてくる紅潮した頬の色で"緋色の女王"の異名を思い出すことになるとは思わなかった。
自身にとって初めての担当ウマ娘を卒業式で送り出し、早数年。折角お酒が飲める年になったのだから、と久しぶりのLANEに呼び出された先に居た彼女は、当時の面影を残しつつもすっかり大人の魅力を纏っていた。
取り敢えずのビールと共にお互いの近況話に花を咲かせていたら、あっという間に彼女のグラスは空っぽ。
思えば、お酒が飲める年になってまだそう時間が経ってないのに、強い方なのかと早合点して追加の飲み物を勧めたのが間違いだった。
今後、トレーナーとして長く勤める以上、こういった機会も増えていくだろう。酒の席ではもっと慎重に頭を働かせなくては、と自省する。
「ねーぇ、聞いてるの!?」
「ああ、勿論聞いてるよ」
「じゃあ答えて。アタシのこと、好き?」
頬は桜色、それも少し色の濃い山桜の色。これが居酒屋でなく二人きりでの桜の下ならどれ程良いだろうかと思う。 - 2二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:10:42
すっかり出来上がった周囲の客が揃いも揃って微笑ましいカップルを見つめるような視線を向けてくるのが恥ずかしくて仕方がない。店の主人と店員までその瞬間への期待で目を輝かせるこの状況、一刻も早く逃げ出したいというのが本音だ。
とは言え────。
「ねえってば……!」
こうして腕を絡ませ全力で身体を押し付けて来られては、逃げようにも逃げられない。この圧の強さと、決して意思を曲げない力強い瞳。間違い無く、俺が惚れた"最初の担当ウマ娘"で"世界で一番のウマ娘"だ。
そうと自覚している以上、俺も腹を括るほかない。絡めてくる彼女の腕にそっと触れ、一度身体を離すよう促す。
そして、淡い想いを湛えて煌めく緋色の瞳にしっかりと向き合った。
「そこまで言うなら、ハッキリ言わせてもらおう。俺は君が好きだ、スカーレット。後の担当がどれだけ活躍しても、俺にとっての"一番のウマ娘"は君だ」
主に後半部分に比重を置いて力強く言い切ったその瞬間、周囲の蟒蛇達から喝采が上がる。酒の勢いにしても流石にクサい台詞が過ぎると思ったが、この場においては申し分ないだろう。
後はもう、この居酒屋の空気とこれから空になるジョッキとグラス達が何とかしてくれる事を祈るほかあるまい。
そう腹を括って彼女の表情を見ると、まるで鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとこちらを見つめていた。
刹那、彼女はふわりと表情を崩す。それは"緋色の女王"がターフで人差し指を空に突き付けて見せた力強い笑みではなく、一人の少女の嬉しそうな笑顔。
「知ってるわよ、ばーか」
「お、おい、スカーレット……!?」
彼女はそう答えると同時、ふらりとこちらへ身体を預けた。漢の見せ場に太鼓判を貰ったと思ったのか、相も変わらず喝采と指笛で囃し立てる蟒蛇たちを他所に、彼女は寝息を立て始める。 - 3二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:10:56
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- 4二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:11:26
「やれやれ……」
力無く寄りかかってくる彼女を自身の手と身体とでそっと支える。空いた方の手は、すっかり顔なじみになったいつものタクシー会社に一台手配の申込。
今、自身に身体を預けて眠る初めての担当ウマ娘との三年間で実に様々なモノを得た、と今更ながらに思う。
例えば、日常生活のバランス。トレーニングと休養、時にはメンタル面の管理も兼ねて二人でちょっとそこまで。
そして、担当ウマ娘が見事トゥインクル・シリーズで活躍して見せた時の、お偉方との会食やパーティの招待状の扱い方と、会場での対応の仕方に至るまで。
少なくとも、社会人としてのアレやコレはそれなりに身に付けていると自負していたが、それでも当時は(一応)優等生のスカーレットのおかげで何度も危ない場面を乗り越えたのも、懐かしい思い出だ。
ふと、横目に彼女を見つめてみる。幸せそうに眠る彼女を瞳に映した瞬間、春風が頭の中に仕舞っていたアルバムを桜の香りと共に捲っていった。
二人で歩んだ決して色褪せない青春の日々が、記憶の奥底に刻まれた芝の匂いと共に蘇る。俺はもう、思わずこぼれた笑みを恥ずかしそうに取り繕う事はしなかった。
「……どんなに時間が経っても、どんなに凄いウマ娘を何人担当しても、俺には君がずっと"一番"だよ。トレーナーとしても……それ以外でも」
眠る彼女を支えながら、そっと正直な想いを言葉にしてみる。
彼女は、変わらず幸せそうな寝顔をこちらへ向けていた。しかしそうかと思えば、器用に耳を動かしてペチン、と俺の頬を叩いてくる。
その不思議な寝相がなんだか面白くて、また一つ笑みがこぼれたのだった。 - 5二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:11:30
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- 6二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:12:11
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- 7二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:12:15
*
「今日はありがと……その、悪かったわね。酔って絡んじゃって」
「良いんだ、俺も少し不注意だった。また一緒に、今度はゆっくり飲もう」
そう言うと、彼女は安心したように笑みを浮かべる。タクシーの中で目を覚ました時より酔いも覚めたようだ。この分なら、部屋の前まで付き添う必要もないだろう。
それに、この調子ならそこまで酒に弱い訳でもなさそうだ。次はきっと、今日よりも美味しい酒を楽しめるだろう。
「じゃあ、お休み。俺もまた連絡するよ」
「ええ、それじゃ……あ、そうだ」
その時、不意に去りかけた彼女が戻ってくる。俺がどうしたと聞くより早く腕を取りそっと身体を寄せると、そのまま耳元に口を近づけた。
「……知ってるわよ、ばーか♪」
先程よりもずっと優しく、かつ嬉しそうな声色でそう言うと、彼女は笑顔でお休み、と残してその場を後にした。一瞬、頭の中に?がいくつも浮かぶ。
確か、居酒屋で同じことを言われたと思ったが、あれは俺の言ったことに応えたものだったハズ。その後何か言ったか────。
そこまで思い至り、俺はスカーレットの言葉の意味を悟った。同時に、顔が熱くなる感覚が一気に胸からせり上がってくる。
「やられた……」
あの時、耳を器用に動かして俺の頬をペチンと叩いたのは、どうやらウマ娘特有の寝相ではなかったらしい。思わず熱の籠もった頬を掌で覆う。
また今度、とさっきは言ったが、"緋色の女王"ダイワスカーレットに恥ずかしげもなく二度も真摯な想いを伝え、かつそれが好意的に受け止められたとあっては、次の席ではどんな表情と言葉でこちらへ迫ってくるのかと思うと気が気でない。 - 8二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:12:56
無論、いずれもウソを付いたかと問われればそれは否、断じて否だ。
だが、酒の勢いを使って、しかも相手が油断した隙を潜り抜けて気付かれないよう恋文を置いたと思ったら相手は仁王立ちで待ち構えていたのだから、男としては形無しも良い所である。
一人タクシーに揺られて帰る間、悶々とした想いが溢れて止まらなかった。
「それにしてもお客さま、お連れさまとずいぶんお熱いですね。こちらのハートもぽかぽかです。もしや今夜、勝負に出られたので?」
「あ、いえ、とんでもない。まだ、そんな……」
「おやおや『まだ』ときましたか。即ち心は既に決まっておいでのご様子。ふふふん、ご安心を。間違いなくお連れさまも同じお気持ちなのです。ファイトファイトです」
「え、ええ……そうですね……」
話し好きの運転手に当たるとこうなるのが常だ。普段なら悪い気持ちはしない。スカーレットの家に着くまでは静かに運転してくれた心配りも助かる。
しかし、今日に限っては正直自分のやらかしを益々自覚させられているようでどうにもムズムズする。
「お誂え向きのロマンティックプレイスならばいつでもご用命を。街でも、海でも、最高の夜景がお楽しみいただけるところまでスプリンターより素早くお連れ致しますので。ヴァージンロードのレコードも更新間違いなしです。ぶいぶい」
そう言って、ウマ娘の運転手が楽し気に身体を揺らすと、フロントガラスの小さなマスコット人形も街灯りに揺れる。
思ったよりずっと饒舌な上、スカーレットの親友に話し方がそっくりなのもあって少しやりづらいのだが、正直今はそれどころではなかった。
今夜か明日には送られてくるであろうLANEへの返事と、次にスカーレットに飲みに誘われたとき、どんな顔で何を話せば良いのか。そして、今日以上の攻勢を仕掛けてくるスカーレットにどう対応すべきか。
それらを酒で湯だった頭で必死に考えながら、夜の街を往くタクシーに揺られて帰路に就くのだった。 - 9二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:13:13
酒とイチャイチャ……俺にはたまらん文章だ
支援 - 10二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:13:19
以上です。ありがとうございました。
先日、酔って絡んできたウマ娘を上手にあしらうには、という話題が出ていたのを拝見し、卒業後ウマ娘と合わせて酔って絡みつつ攻勢を仕掛けてくるダスカというのを閃いたので取り急ぎ形に致しました。
ダストレも結構強い人ですが、大人ダスカの攻撃力にタジタジになったりしても美味しいと思います。 - 11二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:14:39
乙!
ダスカの誘惑大人バージョンを、酒入りの身で避けられる自信なんかねぇわ… - 12二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:14:44
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- 13二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:17:50
おつおつ!
- 14二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:18:41
>> 頬は桜色、それも少し色の濃い山桜の色。これが居酒屋でなく二人きりでの桜の下ならどれ程良いだろうかと思う。
自分もSS書いたらこういう言い回し(ここまで上手くはないけど)するので、シンパシーを感じて嬉しいような文才に嫉妬しそうな………のだ
- 15二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:29:43
小気味の良いモノローグと台詞回しがお洒落で好きです
- 16二次元好きの匿名さん24/07/16(火) 22:43:54
やっぱこういう時のも強いのがダスカよな
そしてこの運転手……一体誰トン何ーチャンなんだ…… - 17二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:07:38
SSの感想とはズレてて申し訳ないけどウマ娘をDLしてスカーレットを初めて育成したり、温泉行くために何十回もスカーレット育成した時の気持ちを思い出して、最近アプリ触ってなかったけどまたやろうと思えた。ありがとう
- 18124/07/17(水) 00:25:21
皆様、お読み頂きありがとうございます。
お酒とイチャイチャの組み合わせは色んなシチュを想像出来る上栄養価が高いのでオススメです。
支援ありがとうございます。
耐えられるのは恐らくダストレだけでしょう。それでも押し切られるのは時間の問題だと思います。
ありがとうございます。乙!
一瞬見せる魅力的な表情や姿を自然のモノに例えるのが好きなので、私も同志に会えて嬉しく思います。
お褒めの言葉、ありがとうございます。そう言って頂けると励みになります。
これからも好きと言って貰えるよう精進致します。
ダスカはどんな時もトレーナーに対して強いと良いと思います。勿論、ダストレも強いと尚良きです。
ダスカの親友にそっくりな話し方のウマ娘運転手……一体何処の誰トンマーチャンなんだ……。
実装ウマ娘が100人を越えても、全てのウマ娘プレイヤーが初めの一歩をダスカと踏み出したと思うと感慨深いですね。
私のお話でもう一度ウマ娘に会いに行きたいと思って頂けたのなら何よりでございます。嬉しいお言葉、ありがとうございました。
- 19二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:26:20
ありがとう……ありがとう……
- 20二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:27:20
うーん素晴らしい
- 21二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:30:22
なんで耐えようと考えてるのよ
はやいとこ堕ちちゃいなさいよ - 22二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 00:33:02
したたかダスカもだがトレのセリフも大概だな!
つよい×つよい=とてもつよい ということだ
ところでこのタクシーすげえ高級車じゃない?いったい何トン何ーティンなんだ - 23二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 08:42:25
シンプルに強いダスカは朝の活力になる
- 24二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 11:31:18
(多分)運転手がダスカの親友本人だと知った時のダストレの情緒やいかに
- 25二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 11:56:06
いやさあ
やっぱダイワスカーレットだよなって思ったわ - 26124/07/17(水) 21:10:24
こちらこそ、読んで頂きありがとうございます。
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
また素晴らしいと言って頂けるお話を目指して参ります。
ダスカに身を委ねれば楽になれるのに……。
個人的にですが、シナリオ見る限りダストレはダスカを担当しただけあって滅茶苦茶つよい側のトレーナーだと思います。
タクシーは車全体に某ウルトラスーパーマスコットウマ娘のラッピングが施された超目を引く仕様の何トン何ーティンとなっております。
単純明快で高栄養なので夏の疲れにも素早く届く。
次の日に元ウオトレと元マートレの二人にお前告ったんだって!?と盛大に煽られている事でしょう。
やはりダイワスカーレットが最強か……。