【SS】ホシノ「ただちょっと夢見が悪くてさ……」Part3

  • 1124/07/17(水) 21:44:11

    先生とホシノがキヴォトスを消す話


    もはやSSでは無いと思ったのですが、よくよく考えたら連続性のあるSSを積み重ねた何かなので多分SS……のPart3です。

    もうすぐ走り切ります。最後まで見守ってやってください。

    ※独自解釈多数のため要注意。Part2は>>2にて。

  • 2124/07/17(水) 21:44:22

    ■ざっくりあらすじ

    "それが、15歳の私の終わり"

    "そして私は、最期の夢を見る"


    夢の世界に囚われたホシノ、先生、黒服の三人は、この世界から脱出するべく現実に足掻いた。

    三大校のうち、ミレニアムとゲヘナを消去したものの、先生とホシノの傷は深い。

    そして突き付けられる敵の正体。天秤の両端に乗せられたのはホシノともうひとりの"ホシノ"。


    絶望の中、先生たちは希望をつかみ取ることができるのか――


    【SS】ホシノ「ただちょっと夢見が悪くてさ……」Part2|あにまん掲示板先生とホシノと黒服がキヴォトスを消す話。書き始めて見たら思った以上に長くなってしまったSS(もはやSSって長さじゃないけど…)のPart2です。エタるまでは続くので、走り切れるかどうか見守ってやってく…bbs.animanch.com
  • 3二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:45:11

    立て乙

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 21:49:18

    埋め

  • 5二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 22:07:43

    うめ

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 22:20:35

    うめ

  • 7124/07/17(水) 22:21:44

    >>続きは明日書きます…。本編の曇らせウォォォォ……

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 22:23:29

    ある意味での本編でしょこれ

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 22:31:47

    うめ

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 22:44:07

    うめ

  • 11二次元好きの匿名さん24/07/17(水) 23:41:32

    ホシノ曇らせはゲマトリアも推奨している
    無限の曇らせ方があって飽きが来ない

  • 12二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 07:41:11

    非常に素晴らしいですね!

  • 13二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 07:43:59

    誰よりも希望を持ってみんなを導いている先生が苦悩している状況って最高に美しくて非常に美味ですね!!!

  • 14二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 10:29:29

    何ならこっちはホシノが自我あるからちょっと癒しになってる…

  • 15124/07/18(木) 13:29:54

    車椅子を押して外に出ると、トリニティ総合学園は普段と変わらない様子だった。

    木陰で本を読む者。噴水前で友人たちと談笑する者。
    こんな世界で無ければ平和なひと時、その一幕。

    ふと遠くに、パテル分派の生徒たちを引き連れたミカが歩いているのが見えた。
    彼女と話しているのは、アリウススクワッドの錠前サオリ。
    その雰囲気は親し気で、もしかするとここはミカのクーデターが予定通り成功した世界の再現なのかも知れない。

    「先生、セイアちゃんの場所って分かるの?」
    「うーん、私は分からないけど……多分セイアが分かってる」
    「……そこまで"視"えるものなの?」
    「何となくだけど、そんな気がする」

    セイアの予知夢は制約として眠る必要がある。
    しかし、夢と現実が曖昧になればなるほど制約は薄れて眠らずとも見てしまう。いわゆる暴走状態になる。
    なら、誰も眠らない"夢の世界"であるここではどうなのか。

    「多分だけど、この世界でのセイアの予知夢は現実のものより強くなっていると思う」
    「…………」

    唖然としたように口を開けるホシノ。けれども私には予感があった。
    ヒフミがセイアに導かれて私たちの前に来たのもそうだ。
    ミネがあのタイミングで来たことも、ツルギが私たちの起きたタイミングで来たことも、恐らくセイアによるものだろう。

  • 16二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 13:57:51

    このレスは削除されています

  • 17124/07/18(木) 15:52:26

    その辺りで、ミカが私たちに気が付いた。
    もちろん会話は無い。ただ一瞬目が合っただけですぐにサオリとのお喋りに戻る。
    後ろを歩く生徒たちからは私へ敵愾心に満ちた目を向けられたが、それだけだった。何かするというわけでもなく通り過ぎて行く。

    本当にそれだけだった。
    戦いなんて無かった。戦いなんて、このトリニティのどこにもなかった。

    「……私は、間違えたんだろうか」
    「先生……?」

    私はホシノを帰すためにと言ってミレニアムもゲヘナも消してしまった。
    彼女たちも過ごしていたはずなのだ。変わることが出来ずとも、変わらない日常を送っていたはずだった。
    そこに戦いの火を持ち込んだのは、私では無いのか?
    燎原と成り果てるまで世界を燃やし尽くそうとしたのは、私だったのでは無いか?

    ーーあの時、モモイ達の提案に乗っていたら戦わずに済んだのかもしれない。
    ーーあの時、マコトを通じてもう一人の"ホシノ"と会って、話をしていたら戦わずに済んだのかもしれない。

    本当はもっと多くの道があったんじゃないか?
    その道をちゃんと考えたのか?
    どこかに存在していた道を、未来を、選択という行為で握り潰したのはーー

    「先生!!」
    「ーーっ」

    ホシノが車椅子から立ち上がって私に叫んだ。そして私の服の裾を掴む。

  • 18124/07/18(木) 22:39:51

    「そんな顔しちゃ駄目だよ。あの時の私みたいな、そんなの……」
    「……ホシノ」

    「ごめん」と言って笑うとホシノはただ「うん」と頷いて車椅子に座り直す。
    そして私を慰めるように儚く笑って私を見た。

    「さ、早くセイアちゃんに会いに行こう。未来が見えるなら適当な教室に行けば会えるんじゃないかな~」
    「……そうだね。行こう!」

    たとえ空元気でも、今の私に必要なものだった。
    車椅子を押して校舎に入る。なるべく静かで人気のない教室を探してしばらく歩くと、丁度良さそうな教室がひとつ。
    中を覗くと、窓から差し込む光に照らされて外を眺めるセイアの姿があった。
    セイアは静かに振り返って私たちに視線を向ける。

    「やあ、待っていたよ先生。それにもうひとりの"小鳥遊ホシノ"、君のことも」
    「うへ~。そっちから見たらそうなんだけど、ちょっとややこしいね」
    「ふふ、そうだね。ではホシノ書記と呼ばせてもらおうかな」
    「……それは、どこかで名乗ったっけ?」
    「ネルにそう名乗っていただろう?」
    「ああ……タワーでエレベーター動かしたときの……」

    得心がいったようにホシノは頷く。
    それを見たセイアは改めて、と言わんばかりに口を開いた。

    「さて、とりあえず座って欲しい。ここは教室だ。席なら沢山あるからね」

    私は少しばかり机を動かして車椅子を押す。その隣の席につくと、セイアは教壇の上に立った。
    そしてセイアは教師のように、こほんとわざとらしく咳をする。

  • 19124/07/18(木) 22:40:25

    「まずはここまでお疲れ様。色々な出来事があったようだね」

    切り出されたのはこれまでの私たちのこと。きっと百合園セイアは私たちの全てを見てきたのだろう。

    「そこには多くの痛みと挫折があった。それでも君たちはここまで辿り着いた。それで――次はどこへ向かうんだい」
    「…………」

    私には答えられなかった。その答えはまだ見つかっていない。

    「こうして話すぐらいの時間はあるが、それほど長く時間が残されているわけでもない。そうだろう? 黒服はこの世界から脱出するために準備をしていて、"小鳥遊ホシノ"もまた、君たちを消すために準備をしている」

    時間が流れる以上、いつまでもここでこうしていることは出来ない。

    「ねぇセイアちゃん。先生を追い詰めるつもりなら……」

    鋭い目を向けるホシノ。だが、セイアは一切語気を緩めずに言葉を返す。

    「君も聞くべきだ。先生が今なにを考えて何を口にするのかを。それが"先生"に課せられた"義務"なのだから」
    「義務ってなにさ――!」
    「待ってホシノ」

    私が止めると、ホシノは口を閉ざして再び座る。
    そうだ。これは私に――先生である私に課せられた義務。選択したのなら最後まで選択し続けなくてはならない。

    「決めたよ、セイア。私は――」
    「……私は?」
    「私は…………」

  • 20124/07/18(木) 22:40:52

    口にして、なのに言葉が続かなかった。
    呼吸が浅くなる。頭の中はラグって止まった映像のように何も動いてくれない。

    「私は……………………」

    喉が渇く。心臓が痛いくらいに騒ぎ始める。汗は止まらず、視界がぐらりと揺れていく。

    「私は…………もう、疲れたよ」

    気付けば、"知らない言葉"を私は口にしていた。
    ホシノが息を飲み込む。違う。私はいま"なんて"言った?

    「ちが、違うんだ。そういう意味じゃなくて……」

    慌てて訂正しようとする私を、セイアはじっと見ていた。
    誤魔化そうとして振った手に力が入らなくなる。駄目だ、もう"自分"を誤魔化せない。
    喉が震えた。上手く言葉が出てこない。セイアの瞳が私から決して離れてはくれない。

  • 21124/07/18(木) 22:41:18

    目だ。子供たちの目が私を見ていた。

    私を送り出してくれたノアの目。相反する記憶の中で、それでも私を信じてくれた。
    ――なのに私は彼女を消した。

    震えながらも手を差し伸ばしたユズの目。怖がりなのに勇気を出して敵である私を救おうとした。
    ――それでも私はその手を振り払った。

    頼ってねと言ってくれたアルの目。名刺をくれていざという時は助けるとまで言ってくれた。
    ――その名刺も残っていない。

    ゲヘナの消滅に抗ったマコトの目。ただ万魔殿を、イブキを守りたかっただけだった。
    ――私はそこにミサイルを落とした。

    そして全てが炎に包まれた。
    チアキもサツキもイブキもイロハも、あの場に居た誰一人として"私"が何なのかを理解していなかったのだ。
    マコトの真意も知ることなく、いつも通りマコトの我が儘に付き合っていただけだった。
    ただの日常だった。終わったらいつも通り家に帰ろうとしていた子供たち。そこに私は"ミサイル"を落としたのだ。

    善き者で居続けることを諦めて"ゲマトリアの先生"などと嘯いたあげく、悪しき者ですら私は成れなかった。
    どちらも取れない中途半端な私はいつしか醜悪な"何か"と化していたのだ。
    その結果、ホシノは左腕に深刻な怪我を負って、右顔が潰れてしまった。

    「……ずっと前から擦り切れていたんだ」

  • 22124/07/18(木) 22:41:33

    私のせいだった。全て私のせいだった。

    子供たちを守るために大人が指揮して大人が戦う。当然だ。
    子供たちの身体にも心にも傷がつかないよう命を賭すのは私の使命だ。喜んで戦おう。

    けれど、私が指揮するのは子供たちで、怪我を負うのも子供たちだ。
    私は多くのものに守られている。子供たちを戦わせておきながら、傷ひとつ付いちゃいない。
    そんなもの、許容できるはずがなかった。

    私の指揮でホシノが傷つく。私の指揮で平和だった学校に火の手が上がる。
    私の指揮で子供たちは苦しみ、私の指揮で悲鳴ごと世界が消える。

    「それでも、私は先生だから……。希望を諦めきれなかった……」

    とっくの昔に心なんて砕けていた。
    それでも必死に搔き集めてハリボテの決意を胸に突き進み続けた。

    私は死の前では無力だ。それだけはどうすることも出来ない。
    だからこそ、そこまで行ってしまったらそれはもう、奇跡を願って最期まで足掻くしかない。

  • 23124/07/18(木) 22:41:47

    けれどなんだ、この悪夢は。
    "足掻いたら死が確定する"なんて、そんなもの、一体どうすればいい。
    なりふり構わず走り続けられたらまだ幸せだった。
    けれど私はこのトリニティで休んでしまった。休める場所に"辿り着いて"しまった。

    ここには戦いがない。私が望まない限り、ここにいれば戦うことは無い。
    守るなんて必要も無い。何故なら"私"が望まなければ戦わなくて良いのだから。

    一度安心してしまった私はもう、自らを奮い立たせることすら出来なくなっていた。
    気概も、気力も、覚悟も、決意も、何も無くなっていたことに気付いてしまった。
    気付かないうちに私の魂は、捻じれて歪んで使い物にならなくなっていたのだ。

    「……私はもう、戦えない。戦えないんだ」

    作った笑みが歪んで崩れた。
    言葉にしてしまった。それが自分にトドメを刺す。

    ――もう、何も考えたくない。

    そして私の身体にはもう、何の力も入ってはくれなかった。

    -----

  • 24二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 07:43:52

    念の為、保守。

  • 25124/07/19(金) 12:15:08

    「先生……?」

    私が呼び掛けても先生は何も言ってはくれなかった。
    ただ俯いて、何も答えてくれない――

    「先生……ッ!!」

    立ち上がって叫ぶ。けれども先生はまるで死人のような顔でじっと机を見ていた。
    先生はもう戦えなかった。あれほど大きく見えた先生の背中が、枯れ木のように小さく見えた。

    「――――お前ッ!!」

    セイアを睨む。返す瞳は静寂だった。なにより悲しそうで私は戸惑う。
    事実、先生の心が砕けてしまった。セイアの言葉で砕かれた。――なのに、当の本人に悪意が感じられなかったから。
    百合園セイアは小さく息を吐いて、私に語り掛ける。

  • 26124/07/19(金) 12:15:19

    「車椅子に先生を乗せてあげて欲しい。ここまで先生は自身が最も大切にしてきたものを打ち砕いて来たのだから」
    「…………」
    「君にだって分かるはずだホシノ書記。その自責を、その苦しみを、君も味わってきたのだろう?」
    「……何で?」

    何の目的で、どういう意図で。
    それは短い疑問。主語が抜け落ちた問い掛け。
    それでもセイアちゃんは視えているように外を見た。

    「少し、外を歩こうか」
    「…………」
    「こんなに天気が良いのだから」

    空に浮かぶ太陽。その光に照らされて打ち砕かれた先生の残骸。
    目論みが分からずとも、私は先生を車椅子へと乗せて、先導するセイアちゃんの後を追った。

    -----

  • 27124/07/19(金) 12:15:44

    先生の乗った車椅子を押して校舎を出る。
    小鳥の囀る明るい日常。その景色にセイアちゃんは寂しそうに笑った。

    「繰り返されるこの世界では、私の予知夢はもう予知では無くなっていたんだ。全てが既知で、だからこそ知れたものも多くある」

    例えば、と語るように言葉が紡がれていく。
    それは先生に聞かせるためのようにも見えた。

    「私の暗殺は存在しなかった。故にミカはティーパーティーを一時的に掌握し、『アリウス分校の生徒たちがトリニティに転校しても問題ない』という事実を作り上げることに成功したんだ。魔女は居ない。だから、彼女は"自分が"救われるという状況を理解することは無い。あのお花畑みたいな傲慢さが消えることは無いだろう」
    「……仲悪いの?」

    そう聞くとセイアちゃんは一瞬目を丸くして、再び微笑む。

    「そうだとも。そして私たちが仲直りすることも無い。変化の途絶えたこの世界において、新しい情報や感情が芽生えることは決して無いのだから」

    セイアは歩き始めた。次第に噴水広場が見えてきて、そこは数人の生徒がひとりの生徒の話を聞いていた。

    「ハナコはこのトリニティという世界に失望していた。自分の能力だけを見て擦り寄る生徒に辟易したんだ。彼女を友人だと思う者は多いが、彼女が友人だと思う者はこの世界に誰も居ない。それが変わることは決して無い」

    セイアは歩く。そして読み上げるように語る。トリニティで過ごす多くの生徒たちの事柄を。

    ――コハルは既に持っている高潔な精神を自覚することなく、自分の能力に対する理想と現実に苦しんでいた。
    ――アズサはその役目を果たし、そして道を見失った。進むべきとは思えども、何処が前なのかも分からない。
    ――ナギサは緩やかに均衡が崩れつつあるティーパーティーの中で、ホストとしての責務とミカへの感情に整理がつかないままだ。
    ――ハスミは、マシロは、ハナエは、マリーは……。

    そこには小さな絶望があった。みな誰しも心の何処かに小さな痛みを抱えて生きていた。

  • 28124/07/19(金) 12:16:04

    「けれど、彼女たちは変わらない。痛みは昇華されることなく、しかし痛みが増すことも無い。止まった時間に感情の変化は良くも悪くもならない」

    ここは楽園でも無ければ地獄でもない。ただの煉獄だとセイアちゃんは語る。

    「言ってしまえばここは、エンドロールを迎える直前にフィルムが最初から再生されるキネマトグラフの中なんだ。映画の中の登場人物たちは自分の意志を持たない。フィルムが擦り切れるまでこの世界は上映され続ける」
    「映画の中って……どういう……?」
    「ふふ、ただの例えさ。けれど、正鵠を射た例えだと自負はしているよ」

    そうしてセイアは立ち止まって、私たちへ振り返った。

    「さあ、着いたよ」

    その言葉に前を見ると、そこはトリニティの大聖堂だった。
    古き者の畏敬を示すような荘厳。それは決して華美ではなく、重厚な石造りのこの場所は、きっと救いを願う者たちの手で作られたことが見て取れた。

    扉を開いたセイアは「入ろうか」とだけ言って中へと入っていく。
    その後を追う私。中にはシスターフッドの面々が揃っており、私たちを静かに見ていた。
    高い天井から吊るされたシャンデリアは揺れることなくただそこに在る。
    ステンドガラスは光を吸って鮮やかな燐光を放っていた。光が指し示すのは床に敷かれたカーペット。その先には朗読台が置かれており、後ろにはパイプオルガンが鎮座していた。

    「ここが私たちの世界の中心。トリニティの世界基底はあのパイプオルガンだ」
    「――ッ!」

    先生の肩がびくりと震えた。

  • 29124/07/19(金) 12:16:36

    「セイア、私は――」
    「奇跡なんて起こらない、だったね」

    先生の言葉を遮って、セイアちゃんは口を開く。
    それは違うと、セイアちゃんは先生の絶望を否定する。

    「奇跡なんて、もう起きているじゃないか」
    「……え?」

    困惑した声を発したのは先生か私か、私たちか。
    ウェストミンスターの鐘が鳴った。それは終わりを告げる鐘の音。

    「誰も来るはずの無かったこの世界に、一体何の因果か君たちが来た。誰からも見られず擦り切れるまで回され続けるはずだったフィルムの中に君たちが来たんだ」

    ――君たちからすれば悲劇だっただろう。
    ――けれど、存在するはずの無い存在が、止まったはずの時間を動かした。

    たった三人で学校を相手にする。そんなこと出来るわけが無い。
    なのに君たちはそれを成し遂げてここまで辿り着いた。それを奇跡と呼ばずして何と呼ぼうか。

    ミレニアムで君は見たはずだ。生塩ノアが居る限り、世界から名前が失われることは無い。
    名前がある限り意志の無い存在にはならない。先生、君もそうだったはずだ。

    小さな勇者たちは希望の象徴だ。たとえ敵であっても理解を拒まず手を差し伸べられる彼女たちなら、どんな暗雲が立ち込めようともきっと吹き飛ばしてしまうだろう。

    君たちの存在を観測したリオ会長は答えを得た。千年難題の解明には繋がらずとも、この世界は偽りであるという真理へと辿り着いた。

  • 30124/07/19(金) 12:17:06

    ゲヘナでの戦いは君にとっての警句となるだろう。
    君のいない世界では簡単に世界は蹂躙される。君は生徒を守ると同時に君自身も守らなくてはいけない。
    ミサイルを落とす者が君でなければ、あの場は更に凄惨なものへとなっただろうから。

    それと同時に学んだはずだ。君は悪しき者にはなれない。その魂が善良なのだから、向かないことはやるべきじゃない。

    ――捻じれて歪んだこの物語に君たちが来た。
    ――君たちが歩んできたこれまでに、意味の無いものなんてひとつも無いんだ。
    ――その足跡には、確かに希望の種が蒔かれていたのだからね。

    「そして私は、君たちを通して"未来"を見たんだ」

    ――それは救いを求める"誰か"に辿り着くまでの物語。

    「奇跡は既に起きていた。君は何度も奇跡を起こした。君たちこそが希望なんだよ」
    「――セイア、君は……」
    「誰にとっての希望かなんて、君はもう知っているはずだろう?」

    先生は顔を上げてセイアを見る。

    「私には分からないけれど、ひとつだけ分かっていることがある」

    「だからこれは頑張って来た君たちの開いた未来だ」と、セイアは言った。

    「君たちは笑顔で、この世界から目を覚ます」
    「――ッ」
    「その過程までは、分からないけれどね」

    それは確かな救いだった。

  • 31124/07/19(金) 12:17:24

    ――まだ諦めるべきではない。

    その言葉に中身が宿った。ハリボテすら崩れた後に見えたのは一縷の光。

    「セイア……、ありがとう」

    セイアは頷く。私はホシノの方を見る。

    「ホシノ、これまでごめん。けれどもう、大丈夫」

    ホシノは「うへへ」と笑った。
    私たちの旅路にはきっと、笑顔こそがふさわしい。
    だから今こそ、あの時の答えを私は笑って口にした。

    「決めたよセイア、私はトリニティを越えてもう一度彼女に会いに行く」
    「それがいい。恐らくだが、君たちはそのためにこの世界に来たのだから」
    「……ところでさセイアちゃん。なんでトリニティの子たちは私たちに攻撃して来ないの?」

    ホシノがふとした疑問を投げかける。その答えは単純だった。

    「私が説得して回ったんだ。一日かかったけれどね。らしくないはなかったが、むしろそのおかげだったのかも知れない」

    それは「困っている人がいるから立ち直らせたい」なんて曖昧なもので、それに真っ向から反対するものが居るはずもなかった。「全ての責任は百合園セイア個人が担う」なんて言葉も添えての説得。ただそれだけの話だった。

    私は車椅子から立ち上がる。ホシノと手を繋いでパイプオルガンの前へ。椅子に座って鍵盤に触れた。

  • 32124/07/19(金) 12:17:36

    「先生、なにか弾けるの?」
    「うーん……」

    ここでキリエ・エレイソンを弾ければ何か恰好もついたのかも知れないが、私が弾けるのはもっと簡単な曲だけ。

    「キラキラ星とか?」
    「こんな大きなオルガン使って弾くのがそれなんだ……」
    「ねこふんじゃったよりかは良いかなって……」

    ホシノは笑って同意した。

    「じゃあおじさんが歌ってあげちゃおうかな」
    「うん。そっちは任せたよ」
    「うへへ」

    【トリニティ総合学園をアンインストールしますか?】

    絶望は無い。痛みもいつしか消えていた。
    きっとなんとかなる。その願いを込めて私は告げる。

    「うん。お願い、アロナ」

    そして、聖堂のパイプオルガンから小さな音が生まれた。

    -----

  • 33二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 14:32:29

    トリニティ編はどう終わるのかと思ったら想像の何倍も美しい終わり方した……

  • 34二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 15:35:37

    希望が確約されたのは俺たちにとっても、そして先生たちにとっても素晴らしいことだな

  • 35二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 19:16:34

    ゲヘナが悪魔よりも悪魔的な選択しか残されていなかった結末だとしたらトリニティは天使による赦しというか救いか…

  • 36二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 19:26:20

    某ゲームといい、世界が消滅する時のキラキラ星はなぜこうも儚く美しいのか

  • 37124/07/19(金) 21:26:03

    トリニティ総合学園。
    かつて、異なる派閥だったものたちが集って作られた歴史と伝統の学校。
    そこでは多くの利権と勢力が複雑に絡み合い続け、その水面下で多くの対立を生み出してきた。
    だが、その根底にあるのは平和への切望と祈り。救いを希う者たちの箱庭である。

    その大聖堂には、拙いオルガンの音色と少女の歌声が響いていた。
    きっとそれは大聖堂に似つかわしくないもので、二人を見守るシスターフッドの面々に至っては未だ状況が分からず困惑していた。

    けれど、彼女たちは知っている。
    あの二人は戦いに傷つき救いを願った者であるということを。
    そんな彼らを助けるために、百合園セイアが動いたということを。

    どうやら彼らは立ち直れたらしい。
    そのことを察したシスターフッドの少女たちは、聖歌を唄うその喉を、二人に合わせて震わせ始めた。
    ひとり、ふたり、さんにん……。

    気付けば聖堂には歌声が溢れていた。この世で最も純粋なる歌声が荘厳なる聖堂を包み込んでいく。

    (私は君たちに救われたんだよ)

    百合園セイアは微笑みながら、この光景を眺めていた。

    (未来を切望し未来に絶望した私にとって、君たちの存在がどれだけ救いになったのか……きっと君たちは知らないままだろう)

    だからこれは少しばかりの恩返し。

    ――きらきらひかる おそらのほしよ

    【トリニティ総合学園をアンインストールしました】

  • 38124/07/19(金) 21:26:23

    最後の音が消えて、そして夜が来る。
    月明かりに照らされた砂漠に二人。私とホシノが立っていた。
    遠くからは例によって砂嵐が近づいてくる。

    「それにしても先生。笑って夢から覚めるって言ってたけど、結局どうやったら解決するんだろうね」
    「そうだね。流石にもうひとりのホシノを諦めてたら笑っては帰れないし……」

    そう考えて――いや、この考え方は違う。"順序"が逆なのだ。
    セイアの言葉は希望に至る道があるということの示唆。諦めなくてもいいという解への導き。
    "救えるのだ"と立ち止まっていたままでは、奇跡を掴み取ることなんて出来やしない。

    「……私は何か見落としている?」

    もしも悲劇的な二択しか無いというなら、まずはその前提を疑わなくてはいけない。
    遠くから砂嵐がやってくる。例えばあの砂嵐は飲み込まれるとアビドス分校へ転移させられる。
    本来、空間転移のリソースは尋常なものではない。カードを使っても極めて使い勝手が悪いぐらいで、不可能では無いが容易ではない手段のひとつでもある。

    にも拘らず砂嵐に飲み込まれると転移――それはここが夢の世界で、私たちはもうひとりのホシノが見る夢に出てきた夢の住人であるからこそ、通常のルールの適用外になっているのだろう。

    ――違和感がある。何かがおかしい。

    夢の世界。偽りのキヴォトス。生徒たちのミメシス。ミレニアムのサンクトゥムタワー。
    止まった時間。真昼の太陽。砂漠の月。血に染まった噛み跡。死したユメと死に瀕するホシノ。砂嵐。絶叫。

    これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。砂嵐が近づいてくる。
    残り続ける違和感。"私は何かを見落としている"。砂の中に埋もれた希望がきっとどこかに――

  • 39124/07/19(金) 21:26:43

    「……まさか」
    「先生?」
    「ホシノ、砂嵐から逃げるよ!」
    「え、え!?」

    私が走り出すとホシノも着いてくる。いまホシノの手に武器は無い。
    けれどもアビドス分校に戻ると武装も一緒に戻ってくる。
    そして思い出したのは黒服の言葉だ。

    ――まず、サンクトゥムタワーは全部で四本。それぞれゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、アビドスに存在しています。
    イメージとしては、元の大地があったところに学校および自治区というテクスチャで覆われている、といったところでしょうか? 彼ならばもっと正確に観測できたかも知れませんね、申し訳ございません。

    ――"元の大地があったところに"。

    「アロナ、"ここはどこ"?」
    「ッ!!」

    もしここがトリニティの大地があった場所ならばそもそも前提がいくつもズレる。
    最初、私たちはもうひとりのホシノに何かあった結果に見た、未来の夢だと思っていた。

    けれど実際は違う。ユメが死んで砕けてしまった別世界のホシノの見る夢だ。
    その彼我の差は二年。私たちから見て二年前の夢の世界。更に言えば、ユメが死んで半日経ったホシノの夢だ。
    私たちの世界の歴史から大きく外れていなければ、ミレニアムもゲヘナもトリニティも"砂で覆われているはずがない"――

  • 40124/07/19(金) 21:26:59

    【先生! ここはアビドス砂漠です!】
    【補足します。現在のアビドス砂漠は同心円状に混沌領域が展開されています】
    「混沌領域――」

    ナラム・シンの玉座がそうであったように、それは個々の存在が確定しないことを意味した。
    確定しない存在に世界のルールも曖昧となる。つまるところ――

    【混沌領域の中心地点に生体反応を確認。座標、展開します】
    【先生! 砂嵐が来ています!!】

    追い付かれる――そして、砂嵐が私たちを飲み込んだ。
    けれど、砂嵐が覆い隠し続けた最後のピースはこの手の中に。ここからが私たちの反撃だ。

    さあ、絶望で作られた世界を壊しに行こう。

    --トリニティ編 fin--

  • 41124/07/19(金) 21:49:52

    >>スレ主です。ここまでお付き合いくださり本当に、本当にありがとうございます。

    このSSを始めた時に書きたかった部分をようやく書けました。あまりに内容が嵩み過ぎて一時は無理かと思いましたが、見ていただいた方々のコメントを励みにここまで来られました。本当にありがとうございます。


    やっぱり絶望の中、希望を掴み取るために走り続けるというシチュは最高ですよね。

    世界と共に絶望を打ち砕く最後の戦いです。どうか、最後までお付き合い頂けますと幸いです。

  • 42二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 22:44:15

    ハピエン確定でいいんですね!?

  • 43124/07/19(金) 22:53:57

    完全無欠のハッピーエンドには応えられないかもしれないので今のうちに言っておきます。
    ユメ先輩は生き返りません。これだけはホシノの痛みが虚無になってしまう。たとえ願いが叶っても、それまで受けた痛みが無意味になるのは私が曇る……。
    ですが、再び明日へ向かって歩き出す終わりにはなります。三流以上のハピエンなら確定です!

  • 44二次元好きの匿名さん24/07/19(金) 23:18:42

    このホシノってテラー化の経験あっても描写上差し支えないでしょうか?

  • 45二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 01:47:52

    >>41

    更新楽しみにしてます!


    読み応えのある内容でとっても良かった!


    リオ、マコト、セイア、それぞれの最後の会話も最高でした。

  • 46二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 01:55:07

    流石に身体の半分が消し飛んでる人を生き返らせるのは無理だよなぁ。
    でも今のホシノは見てて辛いしユメ先輩も報われないから、なんとか希望を持てればいいんだが…

  • 47124/07/20(土) 08:04:19

    >>44

    支障あるに決まってんやろがい!!!! あんなん想像できるかーーーー!!!!

    不可逆な出来事だって言われてたから「まぁあっても成りかけるぐらいだよなぁ」とか思ってたら……マジで頼むぞ先生ってか運営!! わしゃもう公式が怖い……。


    それはそれとしてちょっと今日は続きを書く時間が無さそうなので、アビドス編は明日からになります。スマヌ……

  • 48二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 08:08:05

    >>47

    いや戻れたとした場合に決まってるでしょうが

    自分の全部に向き合った上でこの物語に突入するのはアリなんじゃないでしょうか?

  • 49二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 08:28:35

    >>48

    それはそう。流石に「ホシノは戻れなかった」で第三章が終わるケースは無いだろうって信頼はあるのです。

    というかそれやったらもうそれはブルーアーカイブじゃない。プロムンだってやらねぇ……。


    ただ個人的に“成りかけたけど戻った”と“一度成ったけど戻った”の過程の差に重きを置いてしまっていたので、「あれ、自分の妄想よりもこんな状況だったらホシノの覚悟凄まじいよねこれ……」ってなった上での「その覚悟に近づきたい!」というエゴだったりします。


    その上で私が私に赤点つけないぐらいのものは目指したい……。

    本編次回更新の前には終わるはずなので、それまでには折り合いと決着と付けられるよう頑張りたい……!

  • 50二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 09:22:20

    トリニティ編の終わりがめっちゃ綺麗で感動した……

    本当にありがとう……

  • 51二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 17:27:47

    圧倒的感謝
    美しい物語をありがとう
    続きが楽しみでしょうがないです

  • 52二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 19:41:53

    とりまスレほしゅの

  • 53二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 20:01:08

     予想に反してドンパチ賑やかじゃなかったトリニティ編、たとえ「中弛み」と貶されようとも「先生達が再起するために必要なプロセスなんだ!」と声を大にして讃えたい。
     しかも、原作では「どう足掻いても未来は変えられない」と絶望に沈んでいた百合園セイアが、未来を奪還するため足掻き続ける先生達に希望を見出し奮い立たせる、そこがまた良い。
     胸が熱くなる粋な展開をありがとうございました。

  • 54二次元好きの匿名さん24/07/20(土) 23:41:11

    ほしゅの

  • 55二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 08:44:40

    いや本当にすごく良い二次創作小説だ……!

  • 56124/07/21(日) 10:34:43

    偽りと夢、複製と再現で彩られたキネマトグラフは回り続ける。
    コマに映し出された各校の全ては消えてしまって、空白で埋め尽くされたフィルムだけが虚無の中で回り続ける。

    ミレニアム――そこにあったのは調月リオが管理する世界基底。真理への探究を体現した世界。
    ゲヘナ――そこにあったのは羽沼マコトが管理する世界基底。永劫戦線の地獄を体現した世界。
    トリニティ――そこにあったのは百合園セイアが管理する世界基底。希う天界を体現した世界。

    フィルムに残ったのは、煉獄の中で苦しみを叫ぶ少女。切り取られたエンドロール。
    それに挑むはたったの二人。如何なる意志かによって導かれたのは有り得ざる存在。

    そしてその光景を見つめるのは、黒衣を纏ったひとりの存在。

    「なるほど、私の観測からそのような結果を生み出すとは……やはり、あなたは」

    不気味な笑みが虚空の中に木霊する。
    それを聞く者は皆無。ただどこか満足げな笑みを浮かべて背を向けた。

    「期待しておりますよ先生。この先あなたが生み出す奇跡をどうか、どうか私にも見せてください」

    敵でも無く味方でも無く、そして先生と相容れることも無い黒服の囁きが静寂に溶ける。
    全ての事象、全ての願い。理解し得ないその結実を求めた研究者は静かに舞台を降りた。

    誰かの絶叫が反響し続ける月夜の砂漠。そこにもたらされたひとつの願い。
    動き出した秒針。止まった世界で流れ始めた時間。約束された希望の証明。

    なればこそ、ここから先の物語はドラマチックでも何でもない。ただ、ひとりの少女が救われるための道程。

    そして、止まった時間が動き出した――

    -----

  • 57二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 13:01:37

    そういや黒服はトリニティ編だと全く動かなかったな…
    何かを企んでいるのか、それをするだけの体力ももうないのか…

  • 58二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 14:33:30

    黒服は別行動してるんだよね確か

  • 59二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 14:40:20

    どんな結末になるのかね

  • 60124/07/21(日) 21:32:44

    「状況をまとめよう」

    ホシノと共にアビドス分校へと戻った私は、ホワイトボードにマーカーを走らせる。
    まずは最終目標の設定から。ボードに『ゴール』と書いた。

    「私たちがゴールに辿り着くためには、次の二つをこなさなきゃいけない」

    ひとつ、砂漠で死に逝くアビドス生徒会長を生存させること。
    ふたつ、私たちが元の世界に帰ること。
    それぞれボードに『ホシノを死なせない』、『みんなで帰る』と書く。

    「そのために必要なことを上から順に整理して行こうか」

    『ホシノを死なせない』に下線を引くと、ホシノは銃の点検を行いながらボードを見た。

    「生徒会長は現実の世界で致命傷を受けているんだったよね」
    「そうだね。本当なら夢の世界の私たちではどうすることもできないはず……だったんだけど、多分、ある程度なら何とかできるかも知れない」

    タワーを消したときに現れる月下の砂漠。私は最初、あれを"消えた学校の土地"だと誤認していた。そして砂嵐にさらわれてアビドス分校へ転移するものだと。

    けれど実際は違った。タワーが消えると一時的に生徒会長が"夢から覚めかける"のだ。
    夢と現が混ざり合う"小鳥遊ホシノ"の砂漠。そこは"色彩"の影響かどうかはともかく混沌領域と化している。
    実在の証明がされない特異空間。夢の住人である私たちが現実世界の"小鳥遊ホシノ"と接触できる可能性を持った領域。

    その辺りを説明すると、ホシノは思案するように宙へ視線を揺らす。

  • 61124/07/21(日) 21:32:59

    「だから……急いで生徒会長を回収して近くの病院に駆け込めばってこと……?」
    「いや、それは多分"許されていない"」
    「うん?」

    ナラム・シンの玉座がそうであったように、混沌領域から出てしまえば全ての事象が収束してしまう。
    特に今回は最初から混沌領域であると設定された場所ではない。たまたま条件が揃って生まれた場所である可能性が高く、その条件が崩れた瞬間領域そのものが消えてしまってもおかしくないのだ。

    「私たちは本当だったらあの砂漠に存在しないはずなんだ。だから、私たちが存在した痕跡を残さない限りで最善を尽くすのが一番だと思う」

    あくまで全て可能性の話でしかない。楽観的な希望だと笑われるかもしれない。
    けれども、唯一見えた光の糸を昇ることだけが私たちの尽くせる人事。"いつものように"やれる全てをやってみる。

    「それじゃあ……ユメ先輩はどうすることも出来ないのかな」
    「……うん」

    ユメ先輩の死は既に"小鳥遊ホシノ"によって観測されてしまった。
    観測された結末が覆ることは無い。だから残っているのは『"小鳥遊ホシノ"が自身のヘイローを砕こうとして銃を撃ち、結果どうなったか』までとなる。

    「私たちに出来ることは生徒会長に応急処置を行うこと。それから混沌領域内でなるべく発見されやすい場所まで運ぶことまで」

    銃で自分を撃った"小鳥遊ホシノ"は、朦朧とした意識のまま街へ戻ろうとし、力尽きた。
    これが作り上げられるストーリーの限界だろう。治療方法にも制限がかかる上に砂嵐に飲み込まれれば私たちは元の世界に戻ってしまう。
    加えて私たちが消えてから"ホシノ"が死ぬ前に誰かが見つけないと行けない。
    諸悪の根源たる砂嵐との鬼ごっこだ。限界まで逃げ続けながら治療を行い、少しでも"ホシノ"の生存率を上げる必要がある。

    ――時間との勝負になる。

    これまでひとりで生徒会長が戦ってきた相手こそが、私たちの最後の敵だった。

  • 62124/07/21(日) 21:34:06

    「でも先生、治療はどうするのさ。私たちじゃあ多分……」
    「大丈夫だよ。"みんな"がいるから」

    ジャケットの裏にしまわれた"大人のカード"に触れる。
    これまでの戦いではミメシスとは言え子供たちが相手だったからこそ使えなかった再現の奇跡。
    ある瞬間を切り取った彼女たちを呼ぶ。皆と結んだ絆が真実である限り、きっと応えてくれるはず。

    「けれど、夜の砂漠へ行くために解決しなくちゃいけない問題が一つ残っている」

    私はホワイトボードに書かれた『みんなで帰る』に線を引いた。
    ホシノもそれは分かっていたようで頷き、声を上げる。

    「確か、アビドスの世界基底は存在しない……だっけ?」
    「そうなんだ。私たちが生徒会長とあった時に調べたんだけど、世界基底はどこにも無かったんだよ」

    シッテムの箱を使って得られた情報である以上、見落としなどでは無く本当に存在しないのだ。
    人、物体、空間――それが如何なる形をしていても、それが例え目に見えるものでなくとも存在の有無が揺らぐことは無い。

    「ただ、絶対どこかにはあるはずなんだ。そうでなければアビドスの存在証明が為されない」

    これだけは確定事項となる。逆説的に見て『シッテムの箱で調べた"あの瞬間"には存在しなかった』という見方が正解だろう。

    ――じゃあ、いったいどこに?

    「先生。もしかしてさ、夜にならなきゃいけないんじゃない?」

    そうだ。ゲヘナでの戦いが始まる前に起こった事象改変。あの時私たちはアビドス自治区で夜を見た。
    あの異様な太陽が沈んでいく様を。ならば世界基底は――。

    「――月だ。アビドスの世界基底は夜の月だったんだ!」

  • 63124/07/21(日) 21:34:27

    だからあの時探しても見つからなかった。"昼の太陽"が浮かぶ空に"夜の月"は存在しない。
    となると、恐らく直接触れなければ操作できないというのも正確には"触れた"という認識が鍵なのだろう。

    「でもどうする……? それが分かっている以上、生徒会長は決して世界基底を出さないはず……」
    「それなら先生、私だったら何とかできるかもだよ」

    ホシノに目を向けると、ホシノは真っすぐに私を見つめ返した。

    「ミレニアムでネルちゃんと戦ってた時さ、突然エレベーターが動かせるようになったんだよ」
    「頂上に向かうときのことだね」
    「あれさ、ネルちゃんが私のことを"小鳥遊ホシノ"だって認めたときに出来たんだよね」

    同一の名は同一の世界に存在できないのが本来発生し得る世界の法則。
    しかしここは独自の法則が敷かれた夢の世界。だからこそ生じたセキュリティホール。それが意味するのは――

    「"私"に、私も"小鳥遊ホシノ"だって認めさせる。そしたらほら、月にだって手が届くよ」

  • 64124/07/21(日) 21:34:37

    それはミレニアムの再演。既に証明された事象。
    この世界にホシノの存在を認めさせれば、生徒会長の持つ権限を乗っ取れる。
    成功すれば、ホシノ自身の手でアビドスを消すことが出来るのだ。

    ホシノは銃の点検を終えて支度を始めた。
    弾薬は充分。手榴弾も持てるだけ持っていく。拳銃を胸元のホルスターにしまい込み、盾を背負ってショットガンを握りしめる。

    「砂漠の方は力になれなさそうだからさ~。だから私が、先生を砂漠まで連れてってあげる」
    「……ありがとう。行こう!」

    小鳥遊ホシノは立ち上がる。右目の眼帯、左目の月。浮かんだ笑みは柔らかく、普段よく見るホシノの姿がそこにはある。
    見据える先はアビドス本校。捻じれて歪んだひとりの少女の終着点。そこで屹立する自罰の塔に、この手で滅びを齎すために――

    「さ、アビドス攻略。気合入れてこ~!」

    -----

  • 65二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 23:07:31

    ほしゅの

  • 66好き24/07/22(月) 00:13:23

    あー、ヤバイ、好きすぎる
    お前のことがすきだったんだよ…

  • 67二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 02:17:15

    クライマックスまで楽しみにしてます!
    保守。

  • 68二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 07:05:34

    楽しみすぎる…!

  • 69124/07/22(月) 07:40:47

    『違う』

    突如、世界に響いたひとつの声に先生が顔を上げた。
    対策委員会室を出ようとしていた私にも確かに聞こえたその声は、今際の獣の喉から溢れるか細い呼気のようにも思える。

    『違う。違う。違う。違う。違う』

    空が赤くなる。真昼の太陽は端から燃え尽きるように黒く染まりつつ、東の彼方へと墜ちていく。

    『ヒフミちゃんもセイアちゃんもマコトちゃんもリオちゃんも、みんなみんないなくなった――』

    「……先生。多分、やばいよこれ」

    まるで時間に抗うように、西の空から月が夜の軍勢を引き連れて現れる。

    『誰もいない。もうここには"敵"しか居ない――』

    空に昇りゆく月はあまりに現実離れした大きさで――全ての空を覆いつくさんばかりに暁の空を地平の彼方へと追いやった。
    月から徐々に堕ちてくるのは夥しい数の塔。これまで"小鳥遊ホシノ"が観測し続けた無限の平行世界を表す存在。
    硬度も材質もありとあらゆる物理法則も関係なく、空中で溶けるようにもつれ合って一本の塔へと混ぜ込められていく。

    「何でもありじゃん……」

    文字通り悪夢のような光景を前に呆然と立ち尽くしていると、先生は私の手を握った。

    「ホシノ。なんというか……ラストバトルって感じがするね」
    「それ多分いま言うことじゃないよ先生……」

  • 70124/07/22(月) 07:41:06

    地面に塔が突き刺さる。瞬間、塔の触れた地面を起点に融解が始まり、塔はゆっくりと世界の裏側に向かって沈んで行った。
    それはまるで水の張った桶に穴を開けたような光景。崩落した地面が穴へと吸い寄せられ、飲み込まれていく。

    ――あと三分ぐらいでここまでに来るね。

    けれど不思議と私は落ち着いていた。
    今までは変わらない太陽など異世界に似た不気味さがあったが、ここまで来るともはや荒唐無稽が過ぎる。
    理解を超えた光景を前に、もはや現実感も何も無い。隣を見ると先生は何かを考えるようにじっと目を見開いていた。
    きっと何か思い至ることがあったのだろう。軽く手を引くと「ん、ああ」と私を見る。

    「どうかした~?」
    「あ、いや、多分これ、黒服が一枚噛んでる気がしてさ」
    「……あぁ」

    何をどうやったのかは分からないけれど、ただ"黒服がやった"と言われたら納得しそうになるのがズルいところで。
    けど、何かしたのだろう。恐らく"私"に。だったら急いで迎えに行ってあげないと。

    「先生。多分私たちアレに飲み込まれるけど、大丈夫かな?」
    「う~ん。まあ、きっとなんとかなる!」
    「だよね!」

    崩落が近づく。いや、わざわざ待ってやる理由も無い。どうせ飲み込まれるのだ。
    ここまで来たら派手なぐらいが丁度良い。勢い任せで行かないと、曇った空も晴れやしない。

    私は先生を担ぎ上げると、「うわっ!」と驚いたような声が上から聞こえた。

  • 71124/07/22(月) 07:41:18

    「それじゃあ行くよ! 先生!」

    対策委員会室の窓を蹴破って、窓枠に足を乗せる。

    「ちょっと待って! まさかここから!?」
    「もうどうせめちゃくちゃなんだし、これで私たちを殺せるならどうやっても無理でしょ?」
    「そ、それはそうだけど……」
    「それに私と先生を分断するつもりならどう抗っても分断はされる。対策も何も無いって!」
    「けど、流石にこれは怖――」

    窓から飛び出して自由落下。先生の悲鳴に私は笑う。これまでの人生でしたことの無いぐらいの大笑い。
    濁流と化した地面が凄まじい勢いで穴の方へと流れ込む。私たちの眼下も既に地面は無い。

    ――ユメ先輩。見てますか?
    ――今から昔の私を助けに行きます。だから。

    「見守っててくださいね! 先輩!」

    全ての濁流は穴の中へと流れ切った。世界の再編。文字通りの最終決戦。

    ――さあ、クライマックスだ。

    -----

  • 72二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 07:43:47

    来た…!
    ユメ先輩の下り好き

  • 73124/07/22(月) 08:04:49

    目を開けると、そこはやはりと言うべきか、周囲に先生の姿は無かった。
    辺りはミレニアムのサンクトゥムタワーに似た円筒状の塔の中。私が居るのは円状になった底の部分で、見上げるとずっと上まで大穴が空いている。そして見えるのは夜の月。アビドスの世界基底。

    ただ、異なる点も多かった。
    穴の周囲を囲む足場と階段のあった各フロアには、様々な学校の一部分が重なるように突き出ている。
    トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、アビドス。
    四校の建築様式の一部分を継ぎ接ぐように作られたパッチワークがずっと上まで続いていた。

    月に手を伸ばす。
    ここからではまだ届かない。まだ私は"小鳥遊ホシノ"ではない。
    けれども、何故か周りが良く見える。まるで空から見下ろしているかのように、私の左目は周囲の細部まで届いていた。

    「理由なんて何でも良いけどさ。でもちょっとだけ安心かな」

    現実とは違う以上、考えたって仕方がない。

    「じゃあ、始めよっか"ネルちゃん"」

    直後、背後からチェーンが叩きつけられる。前に飛び込んで回避。振り返って盾を展開。銃撃を受けながら更に距離を取る。私を見つめるのはひとつの人影。

    『…………』

    それはC&Cリーダーの美甘ネルだった。
    けれども違うのは、その目に感情は無く、身体も幽霊のように半透明となっていること。
    擦り切れかけたフィルムが投影したその姿に、特段驚くことは無い。劣化を重ねた美甘ネルの"偽物"には丁度いい見た目だからだ。それはネルに対する侮辱のようにも見えて、俄然やる気が出てくる。

  • 74二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 09:01:33

    過去ボスとの再戦とかマジでラスダンっぽいな…

  • 75124/07/22(月) 13:25:48

    ネルちゃんのミメシスはゆっくりと武器を構え直す。
    二つの銃口が私を睨む。けど、あの時と違って威圧感は無い。ただ"似ているだけ"――

    「――ラオ――」

    掠れたノイズのようなものを叫びながらネルちゃんは銃を乱射して私目掛けて突っ込んできた。
    左手のショットガンを持ち直す。右手で盾を構える。防がれた銃弾が火花を散らすがそのまま走る。
    急速に近づく二人の距離。火花が途絶えてネルのリロード。ついで横薙ぎに払われるチェーンで盾ごと右手を弾かれる。いや"弾かせる"。左手のショットガンをリロード中のネルに向けて一発。ネルは真横に飛んで銃弾を避ける。

    ――チェーンもそんなに重くない。
    ――右手側への回避。盾の重量で身体を回転。

    ショットガンの銃口は回避行動を取ったネルの身体を逃さない。
    着地のタイミングに合わせて射撃。ネルに命中。撃った反動と盾の遠心力を相殺させるようにバックステップ。地を這うように両手をついて、アンダースローで盾を一息にぶん投げる――!!

    「――――ッ!!」

    躱そうと飛び上がったところで一気にネル目掛けて疾駆する。盾が壁に突き刺さる。
    空中で身を翻したネルがサブマシンガンを私に向けて斉射。空中のネル。その下を走り抜けるように盾に向かって走り切る。
    追随する弾丸。盾を踏んで一気に"背面"へ宙を返す。いわゆる月面宙返り。飛ぶ先はもちろん地上へ着地寸前のネルの元。
    同時、途切れるネルの銃撃。地上へ着地したネルが体勢を立て直す――その隙をついた頭上からの強襲。ショットガンとネルの目が合う。

    「終わりだよ」

    ショットガンから二連射。のけぞるネルに蹴りを入れながら右手はホルスターへ。引き抜いた拳銃で追撃。ショットガンは捨て置きながら走り出し、トドメのドロップキックがネルの胸部に突き刺さる。吹き飛ばされたネルの身体が壁際まで地面を滑って、そのまま動かなくなった。

    別に私が強くなったんじゃない。掠れたフィルムに力は無い……それだけだった。
    "だから"、私は倒れたネルちゃんの元へと歩いて行く。しゃがんでネルちゃんのミメシスを見る。

  • 76124/07/22(月) 13:26:02

    「"小鳥遊ホシノ"。それが私の名前だよ、"ネル"ちゃん」
    「――カナ――――」
    「名前だけでも覚えておいて。きっとそれが私の力になるから」

    私は立ち上がって走り出す。ショットガンと盾を拾って、壁から突き出た校舎の窓ガラスを銃底で割った。

    「ついておいでよ。みんなが上で待ってるからさ!」
    「――カナシ――ノ」

    窓ガラスを抜けて歪な校舎へ侵入するホシノ。
    それを見るネルはゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
    サブマシンガンを手に取る。視線は破れた窓の向こう。

    「小鳥遊――ノ……」

    一歩、歩き出す。二歩、歩みは早く。三歩、それは走るように。
    薄ぼやけた身体が徐々に色彩を帯びていく。幻想から実体。ホシノを通して戦いの"記録"がその身に充填されていく。

    (追わなきゃならねぇ……)

    思考が生まれて笑みを浮かべる。そうだ、確か今日は――

    「待――ろよ。てめ――絶―――」

    明瞭になりゆく姿を走らせて、握る拳を震わせて、ネルもまた校舎の中へと飛び込んだ。

    -----

  • 77二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 19:57:29

    保守

  • 78二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 20:39:03

    なんて良い文なんだ

  • 79二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 22:21:06

    保守

  • 80二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 01:08:26

    保守
    アビドス編、この話につながりそうな良い終わり方になったわね

  • 81二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 01:44:38

    原作が拾わなかった部分を拾ってる感じでびっくり、1はセクシーフォックスだった…?

  • 82124/07/23(火) 10:15:55

    ほしゅの 今晩から再開します…!

  • 83二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 12:12:13

    やったぜ

  • 84二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 18:44:22

    一応保守

  • 85124/07/23(火) 19:22:27

    濁流のあと、ホシノと分断されてしまった私が最初に目にしたのは、星ひとつ無い漆黒の空だった。

    「起きた?」

    声に気付いて身体を起こすと、そこには片膝を抱えて机に座るホシノの姿――アビドス生徒会長がそこにいた。
    シッテムの箱は取られてしまったようで手元に無かったが、そうなるだろうとは思っていた。

    「ここは……」

    私が居たのは半壊したアビドス高校の教室だった。
    天井は無く、いくつかの瓦礫と乾いて砕けた泥の塊が散乱した空間。教室の外は幾重にも捻じれた線路がどこまでも広がっており、それ以外には砂が積もっているだけで――

    「何も無いよ。ここには」

    ホシノの右目が地平を見つめた。
    金色の瞳にはもう私たちに対する憎悪も敵愾心も無い。錆びついた諦観が滲むように広がっていた。

    「黒服がさ」

    不意にホシノが呟いた。

    「ここは所詮夢で、現実は変わらないって」
    「……うん」
    「気付きたくなかったんだよね。だからここまで目を逸らし続けたんだ」

    その姿はまるで触れれば崩れる砂の城のようで、あまりにも見ていられるものではなかった。

  • 86124/07/23(火) 19:23:06

    「私、何でこんなことして来たんだろ……」
    「……信じたかったからじゃないかな」
    「……何をさ」
    「奇跡を」

    ギリ、と歯を食いしばる音がした。

    「お前が――ッ!!」

    怒りが爆発しかけて――その怒りを吐き潰すように、ホシノは静かに息を吐いた。

    「お前が、軽々しく、奇跡なんて口にするな」
    「私は今でも信じているよ」
    「だから――ッ」

    ホシノが机から飛び降りる。
    大股で歩いて私の胸を掴み上げる。

    「だったら見せてよ奇跡をさぁ! 砂漠に水を湧かせたりできるその力で会わせてよッ!! ねぇ……」

    胸倉を掴む手が緩む。泣き崩れるようにホシノは膝をついた。

  • 87124/07/23(火) 19:23:28

    「会わせてよ……ユメ先輩に……」
    「……それは出来ない」
    「だったら……!」
    「出来ないんだ。それだけは」
    「――――っ」

    顔を上げて私を見たホシノは一瞬、言葉を失った。私は唇を強く噛み締める。
    出来ないのだ。それは生者と死者の時間はあまりに遠くかけ離れてしまっているから。
    どれだけ世界を乗り継いでも、通過した駅には二度と辿り着かない。

    「じゃあ……言わないでよ……」

    ホシノはよろよろと立ち上がり、壁際まで行くと再び膝を抱えて座り込む。
    星なき夜空に浮かんだ小さな月。その冷たい月光だけが私たちに降り注ぐ。

    「でも、君はまだ生きている」
    「もうじき死ぬけどね」
    「死なせない。そのために私たちはここに居る」
    「生きてても仕方ないよ」
    「…………」
    「私のせいでみんないなくなるんだから」

    私はそれを静かに聞いていた。砂に埋もれた言葉をひとつも取りこぼさないように。

  • 88124/07/23(火) 19:24:04

    「……そういえば、私と一緒に居た子は?」

    ホシノが顔を上げる。

    「暁のホルス、だっけ。暴れられても困るから、塔の最下層に送っておいた」
    「じゃあ、しばらくしたら会えるね」
    「……正気? 三大校のミメシスが大量にいる空間で、どうやってここまで上がってくるのさ」
    「うーん、正面突破かな」

    鼻で笑うホシノ。「無理に決まっている」と吐き捨てて、興味を失ったように膝へ顔を埋めた。

    「だったら見てみようよ。何かこう、映像みたいなの出せる?」
    「…………勝手にすれば」

    ホシノは事も無げに手を振ると、泥の塊がひとりでに積み上がってホワイトボードよりもやや大きいぐらいの壁になる。
    そこに映し出されたのはフィルム映画のように掠れたモノクロの映像で、どこからともなく映像に合わせて音が聞こえた。

  • 89124/07/23(火) 19:24:45

    『待てぇ! ホシノォ!!』
    『なんで完全復活してるのさぁ!?』

    聞こえたのはネルたちの声で、ホシノは「え?」と顔を上げる。
    まさに信じられないという様子で目を見開いた。

    「な……なんでネルちゃんが普通に喋ってるの……?」
    「……ここは、ホシノが見る悪夢の世界だけど、私たちが見る夢でもあるからね」

    私は少しだけ笑って、息を吐いた。

    「もう少しだけ見てみよう。きっと楽しい夜になるから」

    映像の中のホシノたちは、斜めになった廊下の坂を駆け上がっていくところだった。

    -----

  • 90124/07/23(火) 22:55:05

    傾斜のついた廊下を走る。想像以上に早く復帰したネルが叫びながら放つ銃撃をすんで躱して廊下の突き当りを左に。
    そんな私のすぐ後ろに滑り込んで来て、鋭い眼光を私に向けて来て――私は叫んだ。

    「こういう時ってさ! 倒した相手が仲間になるとか何とかだって先生が言ってたけど、どうかな!?」
    「知るか! あたしを仲間にしたきゃあたしに勝ってみろっての!!」
    「でも勝てたら勝てたで何度も挑みに来るよね?」
    「当然だぁぁぁああ!!」

    再びサブマシンガンの銃声が鳴り響く。有効射程から逃れるべくひたすら前へと走る私。
    いずれ決着をつけるとしてもここではないことだけはお互いに分かっている。
    視線をネルちゃんから廊下の先へと向けた――その瞬間、廊下の先に誰かが立っていた。
    構えている武器は銃というよりも機械の塊で、確か――

    「―よ――――!」
    「ツ!!」

    思い出すより早く壁際限界まで身体を押し付けると、直後、光の粒子が放たれて私のアーマーをわずかに掠った。
    光の剣:スーパーノヴァの一撃。即ち天童アリス、ミレニアムの勇者たち……!!

    「……あっぶ――」
    「あぶねぇだろアリス! なに黙って撃ってんだ!!」
    「――ネルちゃん?」

    ほんの数メートル後ろでネルちゃんは、私と同じように壁に身体を押し付けて光の奔流から逃れていたようだった。
    その姿に悪戯心が湧いて、私はニヤニヤと笑みを浮かべた。

  • 91124/07/23(火) 22:55:23

    「へぇ、私のは避けないのにあれは流石に避けるんだ~」
    「ああん? 当たる必要のねぇ攻撃ならわざわざ当たってやるわけねぇだろ。てめぇが避けまくるから当たってやっただけだっての」
    「ふ~ん? 嬉しいこと言ってくれるね~」

    なんて、軽口を叩いたところで私は改めて視線を廊下の先へと向ける。

    「それで、どうする? 隘路の先でのビーム砲。だいぶ厄介だけど」
    「……ちっ、そうだな。まずはあれを何とかしなくちゃどうしようもねぇな」

    私とネルちゃんが武器を構えて廊下の先を見る。

    ――距離は大体800メートル。やけに引き延ばされた廊下。
    ――廊下の左右には扉。いや、開けたら壁なんて"こんな場所"じゃあおかしくない。
    ――最大チャージで放たれれば廊下の四分の一以上が光に飲み込まれる。見誤れば直撃は免れない。

    「……よし」
    「何か思いついたのかよ」

    ネルちゃんは訊いてきて、私は手足を一旦ほぐす。廊下の先では今なおチャージされ続けているスーパーノヴァの光。
    私は「うん」と頷いた。

    「全力で走って全力で倒す!」
    「やっぱ、それしかねぇよなぁ!!」

    ネルちゃんが鮫のように笑う。そして放たれる光の剣。私たちは同時に走り出す――

  • 92124/07/23(火) 23:28:52

    ――その様子を映した映像を、"私"と先生は眺めていた。

    「頑張ってるね、二人とも」

    先生がそう言うのを聞いて、私は皮肉気に呟いた。

    「心配じゃないの?」
    「心配じゃないって言ったら嘘になるけど……でも、大丈夫だって信じてるから」
    「……信じるとか、よく分かんないよ」
    「今までいなかったの? 信じれる人とか」

    いない。そんな相手、私にはいなかった。
    きっとユメ先輩のことだって信じてはいなかった。どうせまた訳分からないことを言う。どうせ馬鹿みたいな奇跡の話をし始める。現実を全く見ない馬鹿だって、はっきりとは思っていなかったけど、多分言葉にしたらそんな感情を抱いていたに違いない。

    「いなかったよ。ユメ先輩のことだって、多分そう。だから……」

    ――そんな自分が私は嫌い。

    汚い感情ばかりで積み上げられた私のこれまで。そうだ。きっと私は先輩のことを馬鹿にしていた。
    何も出来ない人だって。私が面倒を"見てやってる"って。きっとどこかでそう思ってたに"違いない"。
    泥のような感情が胸の奥から湧き始める。私は自分の力に過信していたんだろう。その傲慢さが気持ち悪くて仕方がない。

    「それは違うんじゃないかな」

  • 93124/07/23(火) 23:57:28

    いつしか先生は私を見ていた。"醜い"心の奥底を覗き込むように、じっと、私を。

    「ホシノはユメと一緒に居て、楽しくなかったの?」
    「…………」

    楽しかった。ずっと楽しかった。
    思いつきで話すあの顔が大好きで、その思いつきも楽しそうなものばかりで、それは全く知らない感情で。
    私にとっての楽しい時間はいつしか私にとっての当たり前になっていた。いつまでも続くのだと、そう盲信していた。
    本当に失くすまで、それが奇跡のような日々だなんて思いもしなかった。

    「楽しかったって思い出は消えないんだよ。それを別の何かで上書きするなんて、悲しいじゃないか」

    先生は目を瞑って何かを思い出すようにして……それでも言葉を紡ぎ続ける。

    「これは私の想像だけどね、ホシノがユメを暴力から守るように、ユメもホシノを守り続けていたんじゃないかな」

    先生は続ける。きっとそれは私の魂を守っていたのだと。
    私の心。私の想い。私の信ずべき道。目には見えない何か達を守られながら、私は目に見える何かを守っていたのだと。

    「言葉にしていないだけで、していなかっただけで、それでも他人じゃ理解できない深いところで互いを信じあっていたんじゃないかな――なんて、私は思うかな」

  • 94二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 23:57:38

    このレスは削除されています

  • 95124/07/24(水) 08:15:33

    だからこそ、君はこんなにも頑張った。何もかもが擦り切れるまで。
    先生はそう締めくくる。"だからこそ"、そんなユメ先輩を"死なせた"私が罪人であることは間違いなかった。

    「これは私への罰なんだよ、先生」

    そう告げた言葉に、先生は悲しそうに目を伏せる。そして――

    「それは何の罪に対する罰なのかな」

    「え……?」と声を上げると、先生は微笑みながら私に向き合った。

    「罰を受けているなら、何の罪を犯して何の罰を受けているのか考えないと。罪の量に応じた適正な罰なら私も否定しないけど、それは決して多すぎてて良いものでは無いんだよ」

    そして先生は、泥壁に映る映像へと視線を戻す。
    そこには光に向かって突き進む二人の姿があった。

    -----

  • 96124/07/24(水) 08:39:17

    真っすぐ走って地上から攻めるネル。壁を蹴って空中から攻めるホシノ。
    廊下の突き当りで重鈍な主砲を構えるアリス。半透明の身体が実像と成り続け、その瞳に光が灯り始める。
    狙うのはネルか、ホシノか。一瞬、全ての音が消える。そして――

    「――光よ!」

    主砲の先端に収束した光が爆音と共に発射される。

    「なんであたしなんだよ!!」

    ネルが叫びながら壁に張り付くが遅い。すんでのところで右腕が光に飲み込まれて呻き声を上げる。
    その隙をホシノは逃さない。主砲を放った直後のアリス、その頭上を取ってショットガンを構える。
    アリス自身、ホシノが上から来ていること以外まったく分かっておらず、その姿を完全に見失っていた。
    だからこそ、アリスは何も考えず適当に主砲を持ち上げ、自身の頭上へ"振り回した"。

    「ぐっ――!?」

    振るわれた主砲が脇腹に突き刺さってアリスが背にした壁に叩きつけられるホシノ。思わず叫ぶ。

    「その主砲振り回せるの!?」
    「どうだ! うちのアリスはすげぇだろ!!」
    「なんでそんなに自慢げなのさ……」

    ずる、と床へ落ちるホシノ。その卓越した動体視力で周囲を捉えた。

    ――2メートル先に教室の扉、中は見えない。
    ――アリスちゃんは主砲を振り切った状態。すぐには構え直せない。
    ――ネルちゃんが走ってくる。私がアリスちゃんの後ろにいるからすぐには撃って来ないのか。
    ――いや全然そんなことないっぽい……!!

  • 97二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 09:09:06

    やっぱ砲身を振り回せることに関しては最強格といえど驚くのか

  • 98124/07/24(水) 09:10:47

    だん、と床を蹴って教室の扉の方へ退避。直後、ネルのサブマシンガンが無防備なアリスの胴体に命中する。

    「それはそれとしてさっき何であたしを撃ったんだよ!!」
    「―――イ―――怖す―――らです!」
    「誰がチビメイドだァ!!」

    よろめくアリスが蹴り飛ばされて、教室の扉をぶち破る。それに合わせてスタングレネードを教室へ投げ込むホシノ。
    廊下の突き当りからホシノを捉えるネル。二挺のサブマシンガンがホシノに向けられる。

    「邪魔者はいなくなったなぁ!?」
    「その前に目、瞑った方がいいよ~?」
    「ッ!!」

    耳を押さえるホシノの背後で激しく爆ぜるスタングレネード。その光をモロに受けたネルがよろめき、その身体目掛けてショットガンを三発撃ち込む。同時、見えないままにサブマシンガンを乱射された銃撃の何発かがホシノの身体に直撃。弾丸から逃れるように教室へ飛び込むと、そこには目を押さえた四人の姿があった。

    先ほど蹴り飛ばされた天童アリス。才羽姉妹、姉のモモイと妹のミドリ。部長の花岡ユズ。
    ゲーム開発部の面々が待ち構えていたその教室は正方形で、ホシノから見て左奥の角からは傾斜のついた廊下が重なるように突き出ている。

    ――今行くしかない!!
    ――全員がスタングレネードの直撃で動けなくなっている今しか無い!

    ホシノは全力で次の廊下めがけて走り出そうとして――直後、その足にチェーンが絡みつく。ネルだ。

  • 99124/07/24(水) 09:25:34

    「まあそう慌てんなって! もう少し遊んでいこうぜ!」
    「だったらこの子たちと遊んであげなってば! おじさんは間になってるからさぁ!」
    「おじさんってんならそれこそ若いのに付き合ってくれてもいいんじゃねぇ――いてぇ!?」

    突如、モモイがアサルトライフルをネルに発砲していた。チェーンが緩んで足の拘束が解かれる。ホシノは立ち上がって再び走り出す。

    「ありがとうモモ――いったぁ!?」

    その足を撃ち抜くようにミドリの銃撃がホシノを撃ち抜く。

    「む……無差別かぁ」とホシノ。
    「だったら後悔――いつまで撃ってんだモモイぃ!!」とネル。

    銃撃で応戦しながらネルが叫ぶ。

    「こいつら割と自我あるっつーか、なんでさっきからあたしばっか狙われるんだよ!?」
    「日頃――み――!!」
    「ぜってぇ私怨だろ!!」
    「今なら勝てるって思われてるんじゃないかな?」
    「舐めた真似しやがって……全員かかってきやがれ!!」

    その言葉にゲーム開発部が一斉にネルを見る。それが合図だった。
    モモイがアサルトライフルを乱射して面制圧。それを側面に回り込んで回避すると狙いすましたようにミドリの銃撃がネルを捉える。

    「しゃらくせぇ!!」

    飛んできた弾丸を右のサブマシンガンの銃身で叩き落とす。そして左のサブマシンガンで逆袈裟に切り払うように銃撃を行うとミドリは頭を押さえてしゃがんで避ける。
    いや、避けるというより驚いて反射的にしゃがんだら避けられたぐらいのものだ。追撃しようと右手の引き金を引こうとしたとき、視界の端に居たユズがグレネードランチャーを放つ最中だった。
    サブマシンガンの引き金は引かない。右手を放して身体の向きを変える。ユズから放たれるグレネード。振り下ろされるネルの左手。
    しなるチェーン、その先端にくくられた右手のサブマシンガンそのものがグレネードごとユズに直撃。ついで爆発。

  • 100124/07/24(水) 09:45:35

    「まずは一人目ぇ!!」

    歓喜の咆哮を上げるネル。その様子を見ながらホシノはこそこそと教室を移動していた。

    「悪いけど、流石におじさんもずっと戦い続けるわけには行かないからさ~」

    教室を抜け出て廊下側へ。一応後ろを警戒するも、ネルはゲーム開発部の相手に夢中の様子。
    こっそりと立ち上がり走り出す――その瞬間、左手側の壁が爆発した。

    「ッ!?」

    そのまま右手側の壁に叩きつけられるホシノ。そこで理解する。爆発したのではない。誰かが壁を突き破って突進してきたのだと。
    誰かはホシノの右手を掴んで引きずり上げる。ホシノはようやく、それが誰なのか認識した。

    「つ、ツルギちゃん、かぁ……」

    宙ずりの状態で、ホシノはすかさず左手のショットガンをツルギめがけて乱射した。全弾ヒット。にも関わらず微動だにせず、右手を掴む手が緩むことは一切無い。
    ツルギは空いた手に持ったショットガンでホシノの銃を弾き飛ばす。そしてゆっくりとその銃口をホシノの腹部に押し当てる。

    ――やばいやばいやばい……!!

    半ばパニックになりながらも左手でホルスターから拳銃を引き抜く。銃口をツルギの顔に向けて引き金を引き続けるが、何も変わらない。
    蹴る。殴る。それでも一切緩まないツルギの拘束。ホシノの頬に冷や汗が垂れる。そして――

  • 101二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 13:00:33

    これだよやっぱりさ!ミメシスだろうがこういう子たちなんだよ!
    ちょっと未練感じちゃうじゃん、このムーブするツルギは結構怖いけど…

  • 102124/07/24(水) 17:33:25

    「――光よ!」

    全てを遮ったのは天童アリスの光の剣。教室側から放たれた高出力のビーム弾がホシノもろともツルギを派手に吹き飛ばす。
    舞い上がった煙の中、目を凝らしたホシノが見たのは完全に伸びているツルギのミメシスと、今しがた教室の壁に叩きつけられたアリスのミメシス。廊下へとエントリーを果たしたのは、ゲーム開発部との戦闘において勝利を収めたミレニアム最強。

    「よぉ、ツルギ。随分と楽しそうなことしてんじゃねぇか」

    その言葉に応えるように、ツルギは瓦礫の中からゆらりと身体を起こした。
    その姿はもう半透明ではない。それは生徒会長の見る夢にホシノの夢が混ざりつつある証左。
    生徒会長の右目とホシノの左目。双眸で捉えて初めて"再現"は"本物"へと迫っていく。

    故に、両目で捉えられたツルギが「トリニティの戦略兵器」たる側面を発露させるのも当然のことであった。

    「くひゃ……くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

    獰猛に笑いながら睨み合うネルとツルギ。そしてうっかりその間にいるホシノ。

    「あ、あとは若い二人に任せ……」
    「つまらねぇこと言うなって! あたしらの仲だろう? なぁ?」
    「へひ……ひひひひひひ……!!」
    「やるしかないよね~。……ま、お手柔らかに」

    ホシノが盾を展開する。
    ツルギがショットガンを取り出す。
    ネルがサブマシンガンを構える。
    直後、ツルギの背後の廊下の先で爆発が起きる。

    「今度は何だ!?」

  • 103二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 17:34:16

    このレスは削除されています

  • 104124/07/24(水) 17:36:37

    叫んだネルが見たのは粉砕された壁からゆっくりと現れる巨大な影。履帯を回して廊下に現れたのはゲヘナの校章が付いた一台の戦車。

    「あれ……もしかしなくてもさぁ」

    ホシノの呟きに反応するかのように、廊下へその身を現した戦車はきゃりきゃりと履帯を鳴らしてホシノたちの方へと車体を向ける。エンジン音が嘶いた次の瞬間、廊下の壁を破壊しながら三人に向かって走り出す。

    「きええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
    「ツルギちゃん!?」

    同時にツルギがばく進する戦車めがけて特攻を開始する。その姿を見てネルが叫んだ。

    「いや、あいつなら何とかするかも知れねぇな」
    「いやでも戦車と力勝負は流石に無謀じゃあ……」
    「あいつはあれでもトリニティの戦略兵器とか呼ばれてるんだぜ? あいつが戦車をふっとばしたらあたしらも走――」
    「きええええぇぇぇぇ!?!?」
    「逃げるぞ!!」

    撥ね飛ばされたツルギを見てネルは一瞬で退避を選択する。

    「もうこれ事故なんじゃないかなぁ!?」

    遅れてホシノも走り出す。その後を追うのはゲヘナの戦車。主砲に掛けられた看板には「巡回中」の文字。ネルもホシノも流石に「暴走中の間違いでは無いか」と指摘できるほどの余裕は無かった。
    二人が教室へ飛び込むと同時に戦車も教室の壁へと突っ込んで、ようやく戦車はその動きを止める。

    「さっきからなんなんだよこれはよぉ!?」

  • 105二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 18:17:43

    ネルが味方みたいになっとる

  • 106二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 18:57:42

    なにかと聞かれればそうだね、キヴォトスの日常かな?w

  • 107二次元好きの匿名さん24/07/24(水) 22:20:54

    >>99

    >間になってる

     「間に合ってる」の誤字?


    >>100

     × 宙ずり

     ○ 宙吊り


    >>104

     × ばく進

     ○ 驀進

  • 108二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 07:28:08

    ほしゅの

  • 109124/07/25(木) 08:01:48

    そんなネルの叫び声は映像を通じて私たちの元にまで届いていた。
    映像を食い入るように眺めるホシノは「ど、どうなるのこれ……」と固唾を飲んで見守っている。
    その様子が何だか妙に微笑ましくて、私もつい微笑んでしまう。

    「何というか……四大校勢ぞろいって感じだね」

    ツルギ、ネル、ホシノ。そしてイロハの超無敵鉄甲虎丸。
    部屋の隅で気絶したまま積み上げられているゲーム開発部のみんなもいるが、彼女たちの戦いに巻き込まれないか少し心配だった。

    『ここで戦ってもしょうがねぇ! チビ共が巻き込まれる!』
    『きひひ……そうだな……』

    ツルギとネルが同調して廊下の入口に目を向ける。するとそこには既に教室から逃げ出したホシノがひとり走っていた。

    『……おい。あいつずるくねぇか……?』
    『くひ……くひひひひひ………きひゃひゃひゃひゃひゃ!!』

    呆然としている二人を前に、虎丸のハッチが音を立てる。中から出てきたのはイロハ、そして――

    『あ! ツルギお姉ちゃんとネルお姉ちゃんだ!』
    『万魔殿のチビじゃねぇか! なんでそんなもんに乗ってんだ!?』
    『いけませんよイブキ。あの人たちは敵です。マコト先輩の仇を取らないといけませんからね』
    『あれ、そういえばマコト先輩は……?』
    『ああ……廊下の壁に突っ込むまでは車体に乗ってましたね。まぁ、あの人なら大丈夫でしょう』
    『……そっか!』

    ――そこは納得するんだね……。

  • 110124/07/25(木) 08:01:59

    内心そう呟いてホシノに視線を向けると、ホシノはホシノで何かを迷っている様子だった。

    「こ、この後どうなるの……? でも"わた――"……"暁のホルス"がどこに行ったのかも気になる……」

    それは一瞬見せた綻びだった。聡明で、何よりリアリストの彼女だ。
    ホシノはもう気付いている。私たちが誰なのか、どういった存在なのかを。
    きっともう少しだけ時間が掛かる。だから、私から言うことはもう何も無かった。

    「あ、じゃあ"あの子"の方が見たいな!」
    「"暁のホルス"のこと?」
    「そう! ここは『一方その頃……』ってところだよ!」
    「え、えぇ……テンション高いなぁ……」

    ホシノは呆れながらも、ただ少しだけ笑うと映像に映った場面が切り替わる。
    それは映画のカットが変わるように、映像は廊下を駆け上がった"ホシノ"の元へと移って行った。

    -----

  • 111二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 10:36:49

    ちょっと楽しんでる?かわいいな…

  • 112二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 19:22:40

    続き期待してます!
    念のため保守。

  • 113124/07/25(木) 22:12:15

    一方その頃、ショットガンを手に廊下を走るホシノは流石に息が上がって来たのか溜め息を漏らした。

    「結構登った気はするけど……いまどのぐらいなんだろ?」

    ここまでの順路は思いのほか複雑ではなく、むしろほとんど真っすぐ道に沿って登り続けるだけだった。
    おかげでかなりスムーズに進むことが出来たのだが、少しばかりそれが引っかかる。

    ――例えば同じ場所をぐるぐると登らされているとか。
    ――それは無いか。何となくだけど、ちゃんと上に向かっている気がする。

    内部構造すらめちゃくちゃで、湧くようにツルギちゃんやネルちゃんが現れたりする変な塔だけれども、ただちゃんと向かうべきところへ向かっているという確信だけは何故かある。
    ふと歪な廊下に並んだ窓を見ると、外側は教室の壁か何かで目張りされている。映っているのは右目を眼帯で覆った私の姿だけだ。それ以外には外すら見えない。

    ――ああ、そっか。ここは牢獄なんだね。

    私だから分かる。私が"小鳥遊ホシノ"の未来で"私"が"小鳥遊ホシノ"の過去なのだから、分からないはずもなかった。
    これまで見てきた歪な学校は、"私"が捉えた世界の在り様。何度世界を渡っても辿り着けなかった"私"の抱いた微かな切望。

    ショットガンを窓ガラスに向けて引き金を引く。
    派手な音を立てて砕ける窓ガラス。けれども目張りされた壁には傷一つ付くことは無かった。

    「……やっぱり登り切るしかなさそうだね」

    きっと出口はそこにある。出口の無い暗闇だったらそもそもここまで上がって来られるはずが無い。
    "私"が私を待っている。自分を助けてくれるヒーローの存在を、心の何処かで信じている。

  • 114二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 22:21:14

    ヒー…ロー…?これ、あれを意識してるのか?

  • 115124/07/25(木) 22:25:47

    >>元々は”誰か”とか”主役”とかでしたが……つい……(何とは言わない)

  • 116124/07/25(木) 22:29:30

    ふと、視線を前に向けると、そこには先ほどまで無かったはずの引き戸があった。
    近づいて慎重に手をかけるが、鍵がかかっているようで開かない。けれどもここが"私たち"の夢ならば、その先に道があるのは分かっていた。
    軽く足をかける。深呼吸してから少し引き戸から離れて、助走の距離を確保する。

    「だったら、その期待には応えてあげないとね!!」

    そして、一気に走って引き戸を外から蹴破った。
    「よし!」と声を上げてショットガンを構えつつ中へと入る。そこはミレニアムで見た光景に極めて近い。タワー中央の大穴が見える内縁部分だった。
    上を見上げると屋上部分まで大体十階層ぐらいと言ったところで、本当に順調に登って来れたことが分かる。

    ミレニアムのときはあんなに苦労したのに、スムーズに走ることが出来るだけでこんなに違うとは……。
    ただひとつ気がかりなのは、まだネルとツルギとゲーム開発部、あと虎丸にしか遭遇していないことだった。
    充分多いのだが、ではC&Cや正義実現委員会の面々は何処に……?

    そんなことを考えながら階段を目指して歩いていると、欄干に誰かが引っかかっているのが見えた。
    遠間から見たその恰好には覚えがある。あるがそれは……。

    「……まさか、ミネ団長?」

    我が目を疑うとはこのことだったが、小走りで近づいて見てみてもそれはやはりミネ団長で、完全に気を失っていた。
    私自身ミネ団長と直接戦ったことは無いけれど、それでもそう簡単にやられるわけが無い。
    上へ登る階段を見て、少しばかり寒気がした。生唾を飲み込んで、私は階段を登り始める。

  • 117124/07/25(木) 23:04:41

    そうして登って次のフロア。私の足音だけが響いていたはずなのに、頭がフロアの床面を越えた瞬間、激しい戦闘音が耳朶を打つ。
    建物越しの戦闘。それもかなりの激戦。そっと様子を伺うように目を凝らすと、戦闘音は四重に積み上がった体育館と思しき建造物の中で繰り広げられているようだった。

    外観で見える限りでは、一階がゲヘナの体育館。その上にミレニアム、トリニティと積み上がって、最後に巨大なアビドス本校の体育館が乗っている。その様子は崩しかけのだるま落としとでも言うべきか、ただ最上段のアビドスだけがやけに幅広く縦にも大きい。
    目測に過ぎないが、恐らくアビドスを越えれば最上階か、その手前までは行けるはず。

    その時だった。三層目のトリニティから人影が投げ出されて私の方へと落ちてくるのが見えたのは。

    「危ないっ!」

    慌てて抱き留めるとその人物は驚いたような顔して私を見て、それから「くふふっ」と笑った。

    「ホシノちゃんじゃーん! ありがと、キャッチしてくれて!」
    「ムツキちゃん!?」
    「ハルカちゃんも落ちてくると思うから、ついでによろしくね~」
    「えっ――」

    直後、ムツキの言った通りハルカも上から落ちてくる。とりあえず走って見るものの、ムツキを抱きかかえている以上抱き留めようも無く、私もムツキも「むぎゅ」と妙な音を立ててクッションになる他なかった。

    「ハルカちゃん大丈夫~?」
    「あ、あぁ……! すみませんすみませんすみません! し、死んで詫びます!!」
    「死ななくていいよ~。ハルカちゃん、怪我は無い~?」
    「は、はいぃ……」
    「……ちょっと二人とも。おじさんが下敷きになってることは忘れないでね?」
    「あははっ! ちゃんと覚えてるよホシノちゃん。助かったよー?」

    二人が降りてようやく身体を起こして、そして私は体育館に目を向けた。

  • 118124/07/25(木) 23:16:13

    「今さ、どうなってるのここ?」

    それに答えたのはムツキだった。

    「もうすっごいよ! 戦争みたいでね~。三大校バトルロイヤルって感じ!」
    「ど、どうしてそんなことに……?」

    恐る恐る聞くと、ムツキは目を輝かせながら指先を合わせて語り出す。

    「ええ~っと、なんか目が覚めたらよく分からない教室にいるじゃない? それで、出口を見つけようと上へ登るじゃん? そしたらいっぱい人が居て、話すじゃん? 暴れるじゃん?」
    「待って、なんで? なんでそこで暴れちゃうの!?」

    明らかに何かの過程を飛び越えた音がした。ヘルメット団だってもうちょっと流れはある。
    あれ、これは私が単純にキヴォトスを知らないだけなのかな、なんて少し不安になり始める。
    そう思って静かにしていたハルカちゃんを見ると、その両目には暗い炎のようなものを宿して何かを呟いていた。

    「……でもあいつら、アル様を侮辱しました」

    とりあえず下手人は見つかったようだった。

    「あれ、じゃあもしかして下で倒れてたミネ団長も……」
    「……くふふっ」

    下手人がもうひとり居た――というより主犯が恐らく見つかった。それには思わず「うへ~」と目を細める。

  • 119二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 23:16:23

    このレスは削除されています

  • 120124/07/25(木) 23:21:21

    「それでさ、一体中で誰と誰が戦ってるのさ」
    「ん~。C&Cでしょ、正義実現委員会でしょ。それと……」

    指を折るムツキの頭上。アビドス階層の壁が紫紺のレーザーで焼き切られるのを私は目にして、全てが分かってしまった。

    「え、えええぇぇぇ……?」

    視線の先、壁を越えてのアビドス本校体育館三階ギャラリー。上階へと繋がる入口の前に立ち塞がるその人は、溜め息交じりにこう言った。

    「次から次へと……どうして私、戦っているんだろう」

    気だるげな瞳で睥睨するは王者の眼差し。
    何だかよく分からないまま襲って来たり迫ってきたりする生徒たちを撃退するは、ゲヘナ最強の個人戦力。

    「とりあえず……全員倒せばいいよね」

    ひとまず考えることを放棄した無慈悲な存在、空崎ヒナがそこに居た。

    -----

  • 121二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 23:24:29

    出会う事なく消えてしまっていたこの世界のヒナとついに邂逅か

  • 122二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 08:23:13

    >>38

    >>39

    >>60

    前スレから気になってたんですけど、もしや「アビドス分校」って原作における廃校対策委員会の拠点を指しているんですか?

  • 123二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 08:36:12

    このレスは削除されています

  • 124二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 09:55:32

    >>122

    たしかPart1あたりでさらっと書いてしまったんですが、アビドスが衰退しなかった世界線が混ざっているので本来別館と呼ばれていた場所がここでは分校として扱われている設定です。分かりにくくてすまない……


    ちなみに分校を設定した理由ですが、走り始めた当初に各校の最強格を複数ある分校の生徒会メンバーにして鉄拳伝説にホシノが挑戦! 一校倒すとシロコが貰える! みたいなことを考えていたときの残地物です。そんなものは無かった。いいね?

  • 125124/07/26(金) 10:26:46

    「もういい。もう見たく無い」

    私は壁に映った画面ごと、その壁を砕いて潰した。
    こんな分かりきった展開を、決まりきった終わりなんてうんざりするほど私は見てきた。
    だからもうこれ以上、ここにいる先生も、画面の中で戦う私の姿も見たく無い。

    「こんな時間に意味なんてあるの? どうせここまで上がって来て『お疲れ様』とか何とか言って私は死なずに済んで、それでどうなるのさ!」

    そんなこと言われたっても私のこれまでは変わらない。結末だって変わらない。

    死ぬのは怖い。けど、延命された私が歩むのはひとりぼっちのアビドスだ。隣で手を繋いでくれる人はもう何処にも居ないのに、どうしてそこを歩けよう。

    「いい加減にしてよ……。どうしたいのかだって分からないのに、無責任に慰めないでよ……」

    画面の中にいるのが未来の私? そんなことは有り得ない。
    私はあんなに笑えない。私はあんなに強くない。障害を超えられるだけの力なんて私には無い。

    「私は、"小鳥遊ホシノ"には成れない……」

    だから、この物語にエンドロールは訪れない。

  • 126二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 10:39:49

    >>122

    ストーリーで言及されてるけど、原作でも廃校対策委員会がいる学校はアビドスの分校の一つなんだよね、ホシノが入学したときは本校だったらしいけどすぐに別の場所に移って、その後何度か移転したあとにユメ先輩とホシノの生徒会が始まる頃は本編の学校だったよ

  • 127124/07/26(金) 10:52:38

    >>126

    アッ…私そこ読み落としてました…

    助かります! そして私はマジでエアプだったかも知れねぇ…。エンディングやる前にvol.1読み直して来るぜ!

  • 128二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 11:05:32

    >>127

    見落としは誰でもあるし大丈夫

    自分も細かく覚えてるわけではないから、確か第一章でホシノと先生の夜のシーンと第三章のpart1更新で中学ノノミとホシノのシーンで言及されてたかな?

    間違っていたらごめんね、この話めっちゃ楽しませて貰っているから結末までがんばって!

  • 129124/07/26(金) 13:30:41

    「じゃあ……今から迎えに行ってみるのも良いんじゃ無いかな?」
    「え……?」

    先生が不意に発した言葉が上手く理解出来なくて、私はただ呆けてしまっていた。

    「確かに、"ホシノ"だったらここまで上がってくるだろうね。私もそう信じてる。けど、君がここで"あの子"が上がってくるのを待っている必要も無いと思うんだ」
    「……そうしたら、どうなるの?」
    「それは誰にも分からないよ。未来はそう簡単に分かるものじゃないから」

    そう言って先生は笑って肩を竦める。

    「けどね、せっかくの夢が悪夢だなんて勿体無いよ。たとえそこに何も残っていなくても、私はここで待っているから」

    そのあと一緒に二人で話そう。見てきたものを。聞いてきたものを。そう言って先生は締め括る。

    期待なんてしてない。けど、捕まってる癖に"待っててくれる"なんて言うこの変な大人の言うことを、少しぐらいなら信じてみても良い気がした。

    「…………見てくるだけだよ」
    「うん、いってらっしゃい」

    念のため先生が持っていたタブレットを持って、私はゆっくりと立ち上がる。
    その目の前では、捻れた線路を突き破って下へと続く階段が現れた。
    階段の先はあれだけ怖れた夜の闇。月明かりすら届かない階段を、一歩ずつゆっくりと降りていく。

  • 130二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 13:55:52

    このレスは削除されています

  • 131二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 15:24:39

    このレスは削除されています

  • 132二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 19:11:41

    シッテムの箱を渡すなんて、大丈夫なのか…?

  • 133二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 19:51:35

    渡すというか、この状況にされた時に武装解除されたので

  • 134124/07/26(金) 22:11:39

    初めて世界を渡った時、この闇にも光があったはずだった。
    遍く星々の欠片が煌めいて、それを私は奇跡なんだと無邪気に喜んでいた。

    星が落ちて夢から覚める。目覚めた先ではいつも先輩が居てくれた。『大丈夫? ホシノちゃん』なんて柔らかな笑顔が夕陽に照らされて私に向けられるのだ。
    だから、あのとき爆発に巻き込まれた私は「また何かを間違えた」のだと思った。D.U.シラトリ区で起こった事故の原因は今でも私は知らないままで、探しても探してもその理由は見つからなかった。

    最初はまだ希望があった。
    与えられた禁則事項に触れさえしなければ良いのだと。間違えることなくゴールまで辿り着けさえすれば良いのだと。
    ユメ先輩と共に歩んだ日常を取り戻すためにやっていたはずだった。それがいつしか死なせないために手段を選ばなくなっていた。
    それでもユメ先輩は必ず死ぬ。何より恐ろしかったのは先輩の死に慣れ始めていた自分自身であった。

    そこまで至って私はようやく気が付いた。
    あのとき見た黒い光は決して奇跡を起こすようなものでは無いのだと言うことに。
    善意も悪意も何もなく、ただ願ったものを願った通りに叶え続けるだけの存在。ユメ先輩の守護者であった私は、いつしかユメ先輩の死体を積み上げるだけの何かになっていた。

    それが私の望み。
    ユメ先輩を守れなかった私を壊し続ける自罰の願い。

  • 135124/07/26(金) 22:12:02

    私は恐れ続ける。
    先生と未来の私が来たことは、私の願った"何"を叶えるものなのか。
    私に偽りの希望を与えてみせて、まだ見ぬ絶望を与えてみせるものなのか。

    ーー本当に進んで良かったの?

    階段を降りる足がぴたりと止まった。
    いや、先生は何も出来ないはずだ。タブレットは私が持っている。何も脅威では無いはず。

    もう扉まであと少し。なのに足が動かない。
    三階ギャラリーへと通じる両開きのあの扉が、途端に地獄の門の入口に見えた。

    ーーあれは開けて良いものなの?

    私は本当に間違えていないのか。
    これまでがそうだったように、既に取り返しのつかないことをしてしまったのでは無いか?
    疑念が生じて恐怖が生まれる。振り返れば闇。空まで届く階段の全てが私の行いに警鐘を鳴らしているように思えてくる。

    それは禁を破って冥府へと下る罪人への警告か。
    足に力が入らなくなり、私は階段も終わりの間際でへたり込んでしまった。

  • 136二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 00:35:20

    ほしゅのしときます

  • 137二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 07:51:40

    ほしゅ

  • 138二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 08:14:12

    このレスは削除されています

  • 139124/07/27(土) 08:14:59

    立ち上がろうとしても何かに恐ろしいものにでも掴まれているように、私の身体は全然言うことを聞いてさえくれない。
    折られ続けた翼ではもう前に進めない。所詮、私は諦観と恐怖を滲ませながら力なく笑うことしか出来ないのだ。

    「はは……やっぱり無理だよ」
    『何が?』

    不意に扉の向こうから声が聞こえた。空崎ヒナ。ゲヘナが消えるまでアビドスを守ってくれていた防衛部隊長。でも、アビドスはもう無いのに、どうして……。

    「……なんでそこにいるの?」
    『なんでって……あなたが頼んだんじゃない。アビドスを守ってって』
    「……もう無くなっちゃったよ」
    『そうなの?』
    「うん……」

    最期の夢になったとき、確かに私はヒナに"アビドスを守って"とは言った。
    けど、ヒナはゲヘナが消えたときに一緒に消えたはず。まだその時の記憶が残っていることはおかしなことではあったが、そもそも今こうして会話を行っていることすらおかしなことなのだ。いずれにせよ、ヒナがその扉を守っている必要なんてどこにも無いのに――

    『よく分からないけど……私はあなたがいる場所を守り続けるわ』
    「……どうして?」
    『友達でしょう?』
    「…………友達?」

    それはあまりに寝耳に水で、思わず聞き返してしまう。

  • 140二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 08:51:23

    友達、、、ユメ先輩の死体調査したのがヒナだから関係してんのか単純に仲が良いのか気になってきた。

  • 141124/07/27(土) 11:05:08

    だって私はヒナとこの世界では数えるほどしか話していない。そもそも友達という関係性そのものについて今まで考えたことすらなかった。
    そんな私に友達が居るとしたら、それは決して今の私ではない。

    ――きっとそれは未来の私だ。

    「私たちは……、友達に成れるの……?」
    『……違った?』
    「えっ!? い、いやいや、そ、そう……思っててくれてたんだ」
    『うん』

    ひとりで歩く闇が怖かった。歩き続けられる自信なんて全くなかった。
    けど、この先に誰かが待っているのなら――

    「あ~、そっかぁ。そっ…………ぅくっ」

    息が詰まった。分からない。けど、私は両手で顔を押さえていた。
    肩が震えて吐息が漏れる。子供で居られなかった私の中の、何かが崩れる音がした。

    「そっかぁ……。はぁ……ぁっ、そう、ですかぁ……」

    ぼろぼろと、ずっと纏っていた何かがたったそれだけの言葉で消えていった気がした。
    私から何が失われたのかも、いま抱いているこの気持ちが何なのかも私には上手く言葉には出来ない。

  • 142124/07/27(土) 11:05:20

    『……もしかして泣いてる?』
    「……はい、泣いてます」
    『……! 大丈夫?』
    「少しだけ……待っててください」
    『うん。待ってる』

    息を深く吐いて深呼吸。顔を拭うと、足の震えはもう止まっていた。
    私は立ち上がる。今度は何にも掴まれはしなかった。扉に手をかけ、ゆっくりと引く。扉の先から溢れる光が私の闇に差し込んで、静寂だった空間に賑やかな喧騒が流れ込む。

    私は私に会わなきゃいけない。それは強制されたとかでも何となくでも無く、私の意志で会いに行く。
    先のことは分からない。けど今は私が何て言うのか聞いてみたい。聞きたいから、現在から未来を迎えに行く。

    恐怖はいつしか薄れていた。
    そして私は、三階ギャラリーへの第一歩を踏み出した。

    -----

  • 143124/07/27(土) 13:13:16

    アビドス体育館。そこはいま混沌の坩堝と化していた。
    一階ではC&Cや正義実現委員会のみならず三大校の生徒たちが集まりバトルロイヤルを開催しており、二階では美食研究会がフウカをさらって勝手に屋台を展示しており、負傷者たちを集めた救急テントの周辺では美味しそうな匂いと負傷の痛みに悶えている。
    そして三階では丁度いまバトルロイヤルで誰が勝ち残るかのノミ行為を働くモモイがお金を巻き上げに走り回っていた。

    あまりに予想していなかった光景を前に絶句する。その辺りで私に気付いたヒナさんが声をかけてきた。

    「もう大丈夫なのホシ……なんか小さくなってない?」
    「背伸びするのを辞めた……んですけど、いま何が起きてるんです?」
    「説明しましょう!!」
    「コトリちゃん……?」

    物陰で休んでいたらしい豊見コトリがひょこりと顔を出す。
    驚く私を置き去りに、コトリちゃんはこれまでの経緯を話してくれた。

    「私たちもそうですが、ここにいる皆さんは気が付いたらこの塔にいたようでして、さてどうしようかという時にやってきたのがホシノさんでした。そしてこのアビドス体育館へと案内されながら『どうやらここは本当に夢らしい』と気付いた結果、好き勝手に暴れて今に至るのです!」

    説明を聞いて頭が痛くなった。
    そんな、そんな簡単に暴れ始めるものなのか。ヘルメット団ならいざ知らず、普通の学生生活を送っているはずの皆までがそこまで簡単に暴れ始めるものなのか。

    「……ちょっと待ってください。そもそもですけど、ここが夢だって言われてそんな簡単に納得するものなんですか!?」
    「はい!!」
    「力強い――っ!」
    「何故ならこの建築物は構造力学に反しています! すぐに倒壊するはず。にも関わらずここまでの人数を収容してかつびくともしないのであれば、これは夢であると定義する方が正しいでしょう。そしてミレニアムには夢を共有する技術が開発中でして、これは――」
    「ごめん、もう大丈夫。続きは後で聞かせてください」

  • 144二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 13:16:01

    ホシノが敬語…ってことは、今1年生の姿なのかな?

  • 145二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 20:48:01

    このレスは削除されています

  • 146124/07/27(土) 20:49:22

    コトリちゃんは少し落ち込んだ顔をして再び物陰へと引っ込んだ。
    代わりに私はヒナさんの方を見る。

    「ヒナさん、ここにホル――未来の私は来ましたか?」
    「うん、一瞬だけだったけど来たよ」
    「……! いまどこに!?」
    「二階の救急テント。流れ弾に当たったみたい」
    「ッ!!」

    "未来の私"で通じたことに安堵しながらも、"流れ弾に当たってケガをした"という部分に胸が騒めいた。
    数多世界におけるユメ先輩の死因のひとつ。目が覚めたと誤認した世界において、死のハードルは現実のものよりも遥かに低い。ましてや怪我の具合も簡単に悪化し得る。

    「ヒナさん」
    「……?」
    「行って来ます!」
    「うん。いってらっしゃい」

    そして私は走り出した。銃弾が飛び交い爆撃が止まない、私の知らないキヴォトスの日常の中を。
    ギャラリーから階段へ。ミカがアリウススクワッドの面々に「次もあるってー☆」と励ましている。
    二階に降りる。欄干越しに見えたのはC&Cと正義実現委員会が熾烈な戦いを繰り広げている最中だった。その中にはミネ団長や万魔殿の虎丸も混じっており、爆発と共にまた誰かが吹っ飛ばされている。

    二階も二階で安全ではない。何があったかは知らないが、屋台の前でメグが火炎放射器を振り回してジュンコと争っていた。すぐ隣ではパンちゃんを貪るイズミの姿があり、ジュリはせっせとパンちゃんを量産していた。そうして数を増やしたパンちゃんは何故かコユキに群がっており「なんでーー!」と悲鳴を上げている。

    そのうち、一階から上がってくる影を見つけた。それはセナとヒナタが負傷者を搬送する姿だった
    ヒナタに担がれているのはミネ団長に破壊された生徒だろう。救急テントから出迎えたのはセリナとチナツ。学校間を越えて作られたテントでは特に緊張した雰囲気も無く、和気あいあいと談笑に花を咲かせている。

  • 147二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 21:03:43

    キヴォトスの3大学園がぎゅっと圧縮されてるのか…めちゃくちゃだがなんか面白そうだな

  • 148二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 21:13:11

    こんな日常が…あったんだったな…

  • 149124/07/27(土) 21:15:36

    「失礼します!」
    「ホシノ……ちゃん?」

    たまたまテントに居たであろうユウカが私に気付く。ユウカはミドリを抱きかかえており、心なしかぐったりしているようにも見えた。

    「私の記憶違いだったかしら……? ホシノちゃん一年生だったっけ?」
    「ま、まあ、そうですけど……なんですか近づかないでください!!」
    「なんでよ!?」
    「あなたからは身の危険を感じます――!!」
    「ち、ちがっ……!? あのねぇ、別にそういう趣味じゃないから!」

    だったらどうして具体的なことすら言う前なのに何を言っているか理解しているのか。
    それに先ほどからうわ言のように姉に助けを求めるミドリからして状況証拠は既に揃って――本当に何をされたんだろう。
    私は大きめに距離を取ってユウカの挙動を監視すると、ユウカは少しだけ傷ついたような表情でミドリを抱えて去って行った。

    「そんなことより! あの、セリナさん。ここに"私"が運ばれたって聞いたんですけど」
    「あ、ホシノさん。はい、一番奥のベッドに……」
    「ありがとうございます!」

    何か言いかけていたセリナを置いて救急テントの一番奥へと向かって歩き出す。

    先生と見たフィルムの中で戦っていた彼女の姿を思い浮かべる。
    まさに映画の中の主役みたいでカッコよかった未来の私。どんな過程を歩んで辿り着いたのかも分からない物語の主人公。
    怖くないと言えば嘘になる。その姿が今の私と地続きで無いのだとしても、それでも私は私と話がしたい。

    そうして仕切りで囲まれた場所に辿り着き、私は緊張を押さえるように息を吐いてから顔の覗かせて――その先にあった光景に私は絶句した。

  • 150124/07/27(土) 21:56:39

    「ねぇねぇ、ヒヨリちゃん。ちょっとカラコンとか入れてみない? あ、良い身体してるね~? おじさん好きだなこういうの。お金なら出せるよ~?」
    「うわぁん! もうおしまいです! 心も体も弄ばれて都会の闇に消えてしまうんです……」
    「そ……そん、な…………」

    "私"の頭に巻かれた包帯を見て、私は膝から崩れ落ちた。
    きっと良くない当たり方をしたに違いない。だってそこには映像で見たあの面影が微塵もなかったからだ。

    「うへ~。やっぱり大きい方が良いよね~。……ってあれ、生徒会長?」
    「ご、ごめんなさい……。私があのとき塔の最下層に送らなかったら、こんな……」
    「え、ちょ、ど、どうしたの? 大丈夫?」
    「それはこっちの台詞です! しっかりしてください! あなたはこんなうへうへ言いながらユメ先輩にちょっと似ている他人の胸を揉みしだくような人では無かったはずです!!」
    「うわああぁぁぁん! 修羅場に巻き込まれてしまいましたぁ!」
    「…………うっ!」

    不意に、"私"は頭を押さえてゆらりと立ち上がった。
    そしてふらふらと私の前に膝をついて、苦しそうに呻き声を上げる。

    「わ、私は……何を……?」
    「……!! 良かった……!」

    たとえ自分でも、いや自分の姿だからこそあんな姿は見えていられなかった。
    涙ぐみながら"私"を抱きしめると、"私"は目を見開いて、それから口を閉ざす。

  • 151124/07/27(土) 21:56:52

    「あのぅ……私はそろそろ……」
    「ああ、済みません。ご迷惑おかけしました。もう行っていいですよ」
    「はいぃ……あの、振り込みはちゃんとお願いしますね……?」

    ヒヨリを見送り、ベッドの前には私と"私"の二人が残された。
    抱きしめられたままの"私"がぼそりと呟く。

    「あのさ、おじさんちょっと苦しくなってき……」
    「おじさん!? ま、まだ頭が――」
    「違う違う! あのね、良く聞いて生徒会長ちゃん……いや、ホシノちゃん」
    「……?」

    身体を放して顔を見る。極めて気まずそうに頬を掻きながら、"私"は申し訳なさそうに私を見た。

    「確かに砲弾が頭に直撃はしたけれど、別にそれでおかしくなったとかじゃないんだよね」
    「え…………」
    「だからね、ホシノちゃん。君は……あと二年もしたらおじさんになるんだよ」
    「そ……そん、な…………」
    「うへうへ言いながらユメ先輩にちょっと似ている他人の胸を揉みしだいて喜ぶような、そんな三年生に、君はなるんだ」
    「ああああぁ――――ッ!!」

    それはまさしく、今まで見たこともない絶望だった。

    -----

  • 152124/07/27(土) 22:23:51

    茫然自失となった私が"わた――小鳥遊ホシノ"にベッドへ寝かされて暫く。外の様子とは裏腹に気まずい雰囲気だけが漂っていた。
    背を向けて横になる私。そんな空気を払拭しようとしたのか、苦笑いを浮かべながら"小鳥遊ホシノ"が口を開く。

    「いや~、ごめんね。おじ――」
    「おじさんって言わないでください」
    「はい……」

    背中越しからでも感じたくも無い哀愁が漂っているのが分かる。
    私の未来がおじさんなんて、本当に何がどうなってそんなことになってしまったのか。

    「あのね、途中まではちゃんと君と話そうと思ってたんだよ。でもさ、取り繕うより今の私を見てもらう方がいいかな~って思って……」
    「……なんで私が見ているって思ったんですか?」
    「私だったらそうするから」
    「…………」

    どんなに目を逸らしても、視界の端で捉えて続けてしまうのが私だから。
    敵も脅威も良く分からないものも、見たくないものすら視界に映り込み続けてしまうのが私だから、このおじさんモドキの言うことが腑に落ちてしまって嫌になる。

    「あの……ヒナさんと話したんですけど……」
    「ヒナちゃん?」
    「友達だって……」
    「へ、へぇ……!? それは……っ、その、うへへ」

    寝返りを打って"私"を見ると、だらしない笑みを浮かべて頬を掻いていた。

  • 153124/07/27(土) 22:33:12

    「私にも友達が出来るんですね」
    「うん、そうだよ~。友達と一緒に服を買いに行ったりスイーツ食べたり……あとネイルサロンにも挑戦してみたりするんだよ」
    「私が?」
    「びっくりでしょ」

    想像もつかない。私の今までには敵と硝煙しかなかったから。
    だから私にはユメ先輩しか居なかった。敵ではなく、ただ一緒に居られる人としてのあの人しか。

    「友達、何人ぐらい出来るんですか?」
    「うぇ!?」
    「ヒナさんは友達なんですよね? 他には?」
    「え、えーっと……」

    "私"は目を逸らして「うーん」と唸り始める。そして――

    「ヒナちゃんと……ヒナちゃんかな?」
    「ひとり!? 一人だけなんですか!?」
    「い、いやさ、最近出来た初めての友達だからこう……そもそも友達って何したら友達なの!?」
    「三年生にもなって言うことがそれですか!? というか、三年生まで私友達できないんですか!? 今まで何をやっていたんですか本当に!!」
    「うへぇ……。その、アビドスを守ることしか考えてなくてさ」
    「……っ」
    「……ちょっと歩こうか」

    "私"がパイプ椅子から立ちあがって私を見た。淡い夜の輝きを放つ左目が私を見つめる。
    それだけで私は分かってしまった。そこに居たのは確かに私だ。同じ思い出を失った私だった。

  • 154二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 04:52:55

    おじさん……似てるからってヒヨリちゃんをユメ先輩にコスプレさせるのはちょっと……ww

  • 155二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 04:54:11

    なんか、シリアス続きだったから、急におじさんになって大爆笑したwwwwwwwww

  • 156二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 07:22:11

    ダイジョーブだ。先生を信頼したらアビドスオトメオジサンに進化しておじさん口調は抜けるし乙女になるから。

  • 157124/07/28(日) 08:25:24

    救急テントから出て、二階ギャラリーから一階を見下ろす。
    モモイがやけを起こしたように正義実現委員と手を組んでC&Cに襲い掛かっては返り討ちに遭っている。
    端の方ではアズサとマシロとヒヨリが浮いた生徒を狙い撃ち、ちょうどいまエンジニア部がアバンギャルド君を戦場に投入したところであった。

    そんな様子を楽しそうに、けれどどこか寂しそうに見ながら"私"は言う。

    「あの日から、私はずっとアビドスの中に居てね。外に出ることなんてほとんど無かったんだ」

    語られるのはあれからの日々のこと。いや、日々と呼べるほど彩りの無い、灰色の生活だった。
    眠れぬ夜をパトロールで誤魔化し、朝日を迎えて力尽きるように仮眠を取り、そして再び傭兵業と賞金稼ぎで日銭を稼いでカイザーへ返す毎日。
    確かに"私"は強かった。傍から見れば過重労働に他ならずとも、それでも失ったものから目を逸らせないぐらいの余裕があったのかも知れなかった。

    じっと暗闇を見続けて、完全に折れることも出来ず、諦めきることすら出来ないままに過ごす日々。
    耐えられないはずの苦痛に耐えてしまって経過する時間。誰にも気づかれること無く根腐れていって、いつしか自分ですら気が付かないままに取り返しの付かないほどの病に侵されていた。

    「だからきっと、少し前までは今の君とそんなに変わらなかったよ」
    「じゃあ……どうして立ち直れたんですか?」
    「うーん……立ち直れたというか、私がどうこうしたって話じゃないからなぁ……」
    「……?」

    首を傾げる私に"私"が笑いかける。

    「二年生になった時にね、アビドス高校に新入生が入ったんだよ」
    「え……!?」

    その言葉は多分一番驚いたかも知れない。
    正直なところ、アビドス高校に新入生が入ってくるなんて思いもしなかった。
    アビドスの、街そのものの復興は考えていたけれど、それでも漫然と自分が卒業するまでに誰か来てくれるかも怪しいぐらいだったのだ。

  • 158124/07/28(日) 08:25:41

    「もちろん三年生になった時にも増えて……そのとき思ったんだ。私が居なくてもちゃんとアビドスは続くんだなって」
    「……でも、それって」
    「そう、ユメ先輩のいないアビドスは続く。私たちのいたアビドスがそこにあるわけじゃない。だから、借金は無理でもそれ以外は全部持っていこうとしたんだけどね……」

    すっごい怒られた、と"私"は笑う。
    怒ってくれる後輩たちがいるのだと、少し照れ臭そうに"私"は言った。

    「……聞かせてください、その……」
    「みんなのこと?」

    私はこくりと頷いた。未来の自分に未来のことを聞くなんてズルいかも知れないけれど、そっと伺うように"私"を見ると「ま、いっか」と肩を竦めていた。

    「いいんですか?」
    「誰かに駄目って言われたわけでもないし、それによくある"話した結果未来が変わる"なんて話も私たちには当てはまらないでしょ」
    「…………同じ世界じゃないから、ですか」
    「そうだよ。だからこれは私の話。君の未来を確約できるわけじゃないけれど、それでもあのとき感じた絶望よりも苦しいものを、私一人で背負うことは無かったからね。だから知ってても知らなくても、きっと大丈夫だよ」

    階下の戦場では丁度アバンギャルド君が倒されたところだった。
    ボロボロになったツルギとネル。それ以外は全滅していて、もうじき決着がつきそうな匂いがした。
    もうひとりの"私"の視線はその戦場から遠く離れて、かつての思い出を眺めて続けている。今の私よりも大人な"私"は穏やかな顔で口を開く。

  • 159124/07/28(日) 08:26:15

    「じゃあ、ノノミちゃんに会った時のことから……」

    そこから語られたのはこの先あるかも知れない未来の話。
    話す"私"はどこか自慢げで、けれども、ずっと話したかったことを話すように嬉々として自分の歩んだ世界の話を語り継ぐ。

    『ネフティスが何のようだって思ってさ』
    『シロコちゃんを見つけられたのは奇跡だったって思うんだ』
    『セリカちゃんとアヤネちゃんが来てくれたときは本当に嬉しかった』

    それは後輩たちと歩んだアビドスの歴史。
    こっそり物資を調達しつつも限界を迎えたときに来た"変な大人"の話。
    黒服に騙されてアビドスそのものが無くなりかけたけど戻って来られた最初の奇跡。
    頭の中のない交ぜにされながら進んだ列車砲事件。アビドスの守護者を捨てて、ただの"小鳥遊ホシノ"として背負った全部を捨てずに歩くと決意した砂漠の上での再出発。

    「生徒会長っていうのはね、支えてくれる誰かが居ないとなれないんだよ」

    立場や権限の話では無い。ユメ先輩にとっての私であったように、生徒会長を生徒会長たらしめるのはそれを支持する誰かの存在だと"私"は言った。

    「だから、君はアビドスの生徒会長でも副会長でも無いよ! 書記ぐらいがいいんだよ、こういうのはさ」
    「えぇ……随分と降格されてません?」
    「そもそも荷が重いのさ。生徒会長なんて柄じゃないでしょ私たち」
    「それは……まあ、そうですけど……」

    上に立つより支えているぐらいが丁度いい。
    どうやらそれが"私"の出した結論らしく、そのことについては確かに異論はあまりない。

  • 160124/07/28(日) 08:26:36

    「適当に生きて良かったんだよ私は。転校するのも悪くないし、ユメ先輩が死んだ原因を探しても良い。その先に本当の仇が見つかったら復讐しても良いんだよ」
    「……そこは普通、復讐なんて辞めろって言うべき部分じゃないですか?」
    「いいんじゃない? ああ、でもそうだね。復讐するならちゃんと復讐した後のことも考えないと」
    「復讐した後……?」
    「復讐しても人生は続くからね。ちゃんとスッキリするように暴れて、その後はちゃんと幸せにならないと」

    "幸せに"。その言葉に籠った力は如何なるものか、今の私はまだ知らない。

    「私たちはユメ先輩が居たから"生きて"いる。だから幸せになって、先輩に今これだけ幸せなんだって、ちゃんと言わなきゃいけないんだよ」
    「…………」
    「寂しいけれど、ちゃんとさよならって言ってあげないとね。どのみち私たちは生涯抱えて生きていく。だったらせめて、『あのとき先輩が助けてくれたから』って言えるぐらいには笑って生きていかないと。そうじゃないと、本当に無駄になっちゃう」

    痛みは消えない。この苦しみが無かったことには決してならない。きっと辛い道だろう。この痛みを真の意味で理解できる他者は存在しない。私だけの激情。抱えていくにはあまりに重いものだ。
    けれど、それでも心臓が動いているなら、私の命はもはや私だけのものではない。
    失われた左目が死を見つめる。その向こうにあったのは決して戻れぬ過去の思い出。あの日見た笑顔も幸福も、知っているのは私だけ。私だけなのだ。

    「私が忘れなければ、ユメ先輩も残りますかね……?」

  • 161124/07/28(日) 08:30:20

    振り絞るように漏れた言葉が喉を震わせる。
    震える肩を、未来の私がぎゅっと抱いた。

    「無くならないよ。だから――私だから言うね。アビドスじゃなくて君が生きて。生きて、それで、やりたいことをちゃんと選んで。選んで――どうか、幸せに生きて」

    私の言葉に私は頷く。いま私がどんな顔をしているのかなんて分からないけれど、それでも私はやらなきゃいけない。
    少なくともそう言った私はきっとアビドス復興を目指している。その上で言った全ての言葉に私は頷く。

    ――何かに囚われる必要は無い。きっと私たちはどこまでも羽撃ける。

    だから、私は私に言った。ずっと胸の内に抱えていた本当の願いを。
    ここではない遠くの月に――"私の世界の中心"目掛けて言葉を放つ。

    「助けて。まだ、死にたくない」
    「大丈夫。私たちに任せて」

    この願いが高望みだとしても、それでも私は月に向かって手を伸ばした。
    掴んでくれる誰かの存在を、私は信じて。

    【――さようなら。私のアビドス】

    止まる世界にヒビが入る。世界は揺らめき消えていく。
    私の絶望を煮詰めて作った悪夢の世界は滅びを迎える。

    そして私は長い夢から目を覚ます――

    -----

  • 162124/07/28(日) 10:20:54

    アビドス高等学校。そこに打ち立てられたのは梔子ユメへの標であった。
    月下の砂漠が無限に続くアビドス砂漠。その光景を見て、私はホシノがホシノに別れを告げたことを知った。

    ならば、ここから先は大人である私の役目だ。
    彼女たちの間に如何なる会話がされたか、その内容を知らずとも止まった悪夢を棄却するほどのものであるということは分かる。
    だから、私は私の前にいるその存在に声をかけた。

    「ここで会うってことは、ある程度は信じていいのかな。黒服」
    「クックックッ……。ええ、舞台を降りるつもり、だったのですがね」

    遠くから迫り来る砂嵐を捨て置いて黒服は言う。

    「あの砂嵐から逃げながら出来得る限りの治療などと、そのような可能性の低いものにあなたの時間を掛けるのはあまりに無駄が過ぎるというもの。そうは思いませんか」
    「思わないよ。むしろ安いぐらいだね」
    「そう言うと思っておりましたとも、"先生"」

    そして黒服は、あたかも契約書の内容を確かめるように声を発した。

    「梔子ユメは砂嵐を端に発する事故において命を失いました。詰まるところそれは死の原因。"砂嵐"こそがホルスの仇。なればこそ、あれはオシリスの仇たる存在に"相違ない"」

    迫り来る遥けき遠くの砂嵐に雷鳴が混じる。
    変わる存在。それはただ逃げ惑う他なかった事象に枠を設けて、対抗し得るひとつの形を成していく。
    即ちその名はセトの憤怒。かつてこのアビドス砂漠で戦った古より来る者。

  • 163二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 10:21:01

    ほしゅ

  • 164124/07/28(日) 10:21:28

    「――本来ならば、このような形で顕現させるには惜しいものではありますが、それでも無名の事象と比べれば時間は稼げるでしょう」
    「……なら、私はあなたに何を払えばいい?」
    「クックックッ……押し売りなんて致しませんとも。ただ、そうですね。"貸し"をひとつ、ということで」
    「黒服……」

    その辺りで、走って来たホシノが私の元までやってきた。
    手にはシッテムの箱。アロナたちがホシノをここまで導いてくれたのかも知れない。

    「先生! ……と、黒服!?」
    「どうも、ホシノさん。あなたが来るのを待っていたところです。正確にはその手の"箱"の方ですが」

    ホシノは困惑しながらも私にシッテムの箱を渡してくれた。
    私は受け取りながら、ホシノに声をかける。

    「昔のホシノはどうだった?」
    「恥ずかしいぐらい真っすぐだったよ。だけどもう大丈夫!」
    「よし、それじゃあ……」

    私はプラナに希う。ここが夢と現が混じり合う混沌領域であるのなら、あの時の再演が可能なはず――

    【シッテムの箱、製薬解除。プロセス『ペレツ・ウザ』限定稼働開始―ー】

    シッテムの箱を介して十人の生徒が再現されていく。
    迫り来る雷鳴。それに向かって踏み出すごとに、私の後ろに生徒たちが次々と姿を現して私と共に歩み始める。

    「アロナ、"ホシノ"の座標をマークして」
    【補足完了しました! 最短ルートを表示します!】

    救いを求める"ホシノ"の元へ、砂漠に光の道が作り出される。

  • 165124/07/28(日) 10:21:56

    「セリナ、セナ。ホシノと一緒に生存者の救援を」
    「分かりました!」
    「死体にさせないため、ですね」

    ゲヘナの救護車両がどこからともなく現れて私たちの前に着く。ホシノは驚いたような顔をして私に言った。

    「私も戦うって!」
    「ここは大丈夫。だから、手を握ってあげて」
    「…………分かったよ!」

    ホシノとセリナが車両に乗り込み、セナがアクセルを踏んだ。その様子を見た黒服がぽつりと呟く。

    「聖者の行進、ですか」
    「そんな大層なものじゃないよ。私はただ力を借りているだけ。これは私の力じゃない」

    私の後に生徒が続く。
    ヒナが、ノノミが、シロコが、セリカが、銃を構えて私に続く。
    アヤネが雨雲号を飛ばして、アツコ、シグレ、ヨシミの三名が同乗する。

    全てはこの箱に納められたアーカイブの一端。
    私たちが紡ぐ続ける物語の途中の記憶。今持てる全てを以て、私は理不尽な絶望に反旗を翻す。

    「さて、準備は整ったようですね。先生」

    月下に相対する二人の大人。夜闇を切り裂く雷を顕現させる黒服と、生徒を引き連れたシャーレの先生。
    交差する視線に憎悪は無く、ただ己が役割を果たすために立っていた。

    「さあ、黒服。最後の戦いを始めよう」

    -----

  • 166124/07/28(日) 10:26:14

    遠くから稲光と戦いの音が聞こえた。
    きっとあの光の下では先生と黒服が戦っているのだろう。

    先生の示した道の先には確かに"私"と"ユメ先輩"が居た。
    セリナちゃんとセナちゃんが険しい表情を浮かべる。それに私は首を振った。

    「助かる方を助けてあげて」

    半分になったユメ先輩の姿を見るのは辛かったけれど、それでもその表情に苦悶の色は無い。
    薄く微笑んで、光の灯らぬその瞳でずっと空を眺め続けている。

    「謝れなくてごめんなさい。こっちの"ホシノ"ちゃんは助けるから、今はそれで……」

    そっとユメ先輩の瞼を閉ざして安寧の眠りを祈る。
    セリナちゃんとセナちゃんが大急ぎで残った"私"の処置に入って、何も出来ない私はただ"私"の手を握っていた。

    そこから先は特筆すべきことは何も無い。
    流れる時間を止めることなんて誰にも出来ない。月が薄らぎ地平の彼方が暁に染まる。

    明けゆく夜。もうすぐこの夢も終わりを迎える。
    救護に当たっていた二人の姿が消えて、陽の光に照らされつつある私の姿も夢から覚めるように薄らいでいく。

    ……ふと、疑問が残った。
    どうして私たちはこの世界に来たのだろうか、と。
    私と先生と黒服。誰かひとりでも欠けていれば、あるいは違っていればきっとこの決着を迎えることは出来なかった。

  • 167124/07/28(日) 10:27:17

    ――意味、か。

    『私たちがこの世界に零れ落ちてきたことに何か意味があるのか』
    『分からない。けれど、きっとそれは答えがあるようなものではなくて、望んだ希望を探して当てはめるような救いなのかもしれない』

    全ては予測でしかない。けれどそこに意味を、希望を当てはめるなら、私たちの来訪を最も望んでいたのは誰か。
    残された最後の問いかけ。そこに当てはめられる回答。考えてみれば本当に簡単なもので、私は思わず笑ってしまった。

    ――ああ。
    ――そこに居たんですね。

    「まったく……大変だったんですよこっちは」

    突然投げ出されて、生徒に追われて走ったゲヘナの街並み。
    C&Cの襲撃を受けて唐突に始まったミレニアム攻略戦。
    一息ついて再び始まるゲヘナ攻略戦。ボロボロのままで走り出した"私"との対峙。力尽きかけて流れ着いたトリニティ。
    本当に大変だったけど、全て"私"を助けるために必要だった。
    果て無き砂漠で希望を探し続けて、諦めそうにもなったけどようやく見つけてここに来た。

    「……でも、見つけましたよ。あなたが願った未来を」

    私とあなたが再び会うことは無いかも知れません。
    だから改めて言うべきなのは――

    「私たちを連れて来てくれてありがとうございます。ユメ先輩」

    全ては朝日の向こう側へ。
    光の彼方へ溶けゆくように、役目を終えた私たちは微睡みから覚めて私たちへの現実へと還っていった。

    --アビドス編 fin--

  • 168124/07/28(日) 10:38:13

    >>スレ主です。今日完結しますのでもう少しだけお付き合いください。

  • 169二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 12:47:05

    ここまで書いて下さりありがとうございます^_^
    最後まで楽しみにしてます^_^

  • 170二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 15:11:17

    最終決戦編、と言ったところかね…
    スレ主さん、最後まで応援しております

  • 171124/07/28(日) 16:08:45

    >>済まないがエンディングなのだ……。いま頑張って書いてます……。

    セトの憤怒戦は書こうと思いましたが、これ以上の戦いを蛇足にならないように書き上げる力が私には無かった――故にセト△きゃん。

    ヒナとの戦いとか色々書きたいものは多かったけれど、テンポよく書けるだけの文才があれば……力が、力が欲しい……

  • 172二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 16:44:42

    素晴らしいです……本当に……!
    エンディング楽しみです

  • 173124/07/28(日) 18:02:54

    それからの話。
    アビドス砂漠から救出された私は、D.U.シラトリ区の病院に移送された。
    結局私の左目が戻ることは無かったが、医者の話によればそもそも生きていたことが奇跡のようなものとのことで、3週間の入院の末に無事、退院することが出来た。

    他の外傷については夢の中で負ったものだったせいか、最初から無かったかのように跡形も無い。
    それならばきっと、私を助けに来てくれた未来の私も無事だろう。あの右目は夢の中で負った怪我のはずだったから。

    そして、ユメ先輩が死んで私も死にかけたこの事件はクロノススクールでも大きく取り上げられたのだった。
    私たちの名前こそ出なかったものの、死亡1名、重体1名の痛ましい事件であると報じられ、アビドスの状況を知る人にとっては誰が死んだのかなんて自明の理であろう。

    退院してから数日後。その間、あれだけ連絡を取り合っていた黒服は私の前から完全に姿を消していた。
    未来の私が言うには、黒服は最高峰の神性たる私を狙っていたようだったけれど、今の私はどうやらお眼鏡に敵わなかったようだ。欠けた左目が原因なのかそれ以外にあるのかは分からないにせよ、未来で私を嵌める存在であるならば、きっとこの状況は良い方向に繋がっているのだろう。

    そして私は、通院帰りに今後の借金問題の話をするべくカイザー理事の元へと訪れていた。

    「ふむ……それで、その……なんだ。大変だったな」
    「らしくないね。心配でもしてくれているの?」
    「はっ……馬鹿な。私はカイザーPMCの理事だぞ? いち生徒がどうなろうと借金問題に手心をくれてやるつもりは毛頭ないわ!」
    「そ、良かった。じゃあ、これ」

    私は一枚の契約書を取り出して理事の前に置く。
    理事は訝し気な目でそれと受け取って目を通す。

  • 174124/07/28(日) 18:03:10

    「何の契約書だこれは……? ふむ……アビドス高等学校の所有する全ての権利、財産を連邦生徒会に引き渡――なんだこれは!?」
    「なにって、廃校手続きの書類だけど」
    「なん……だと……?」

    愕然とするのも無理は無いだろう。あれだけ執着していたアビドス復興を私は諦めることにしたのだから。

    ……というのも理由は単純で、左目を失った私はもう以前のようには戦えなくなっていたからだ。
    片目が無くなったことで研鑽し続けていた個人戦術の大半のほとんどが使い物にならなくなり、また理由は分からないが以前と比べて全体的な出力が落ちた、と言えば良いのか。今となっては夢から覚める前の三割ほどの力しか残っていない。

    それでも実際戦えなくは無いのだが、カイザーPMCが全戦力をあげて侵攻して来たら流石に対処できない。
    攻め込まれて占拠されるぐらいなら、先んじて廃校手続きを済ませてしまう方が早い。

    「待て――待て、小鳥遊ホシノ。けつっ、決断が早すぎるのではないか!? あんなに頑張っていたでは無いか!!」
    「それ理事が言うの?」
    「そ、そうだが……そもそも何だこの契約書は!! 三年後に引き渡しというのもそうだが、あの連邦生徒会が学校の負債を背負うなどと……」
    「私もびっくりしたよ。駄目元で投げてみたら連邦生徒会長じきじきに即決で決まったからね」

    本当に即決だった。あまりにも連邦生徒会に益の無い――それどころか害にしかならないこの契約を結ぼうとしていることがあらかじめ分かっていたかのように、たった半日で受理されたのだ。
    それだけではない。私たちが病院へ搬送された次の日には連邦生徒会長の権限でアビドス砂漠の一部区画の封鎖が決定され、ユメ先輩を殺した存在を調査するべく調査隊が派遣された。
    あの砂嵐の中に居たあの"人影"が何だったのか、それはまだ分からない。けれど、もし気が向いたら"復讐"しに調査隊へ志願するのも良いだろう。復讐するなら気楽に行う。これだけは守らなくちゃユメ先輩にそれこそ顔向けできない。

  • 175124/07/28(日) 18:03:29

    「まあそんなわけだからさ、三年後にはアビドス高等学校の所有する土地は全部連邦生徒会のものになるよ」
    「そんな契約がまかり通るわけがないだろう!? こんな明らかに不当な取引、例え連邦生徒会と言えど簡単に覆せるわ!!」
    「まあまあ、いいじゃん。だってアビドス高校が所有する土地だよ? そんなもの、もう学校の敷地内だけじゃん」
    「――ッ!? き、気付いていたのか……」
    「ちょっと夢の中でお告げをもらってね。それに、カイザーが本当に欲しかったのはアビドスの街じゃなくって砂漠の方でしょ? 学校を狙っていたのは横やりが入らないよう完全に掌握したかったから。それに学校の定義を満たせば生徒会への発言権も手に入る。カイザーにとってアビドスは金の生る木そのものだからね」
    「お、お前は、どこまで――!」
    「だから、三年。三年間だけはアビドスに手を出さないでください」

    お願いします、と頭を下げると、理事は意表を突かれたように呻いた。

    「……何故、三年なのだ?」
    「後輩が来るかも知れないんです。ひとりはネフティス。もうひとりはこの街で彷徨っているところを保護して……」
    「まるで未来でも見えているような物言いだな?」
    「…………」

    セリカちゃんとアヤネちゃんが来るかまでは分からない。
    もちろん廃校手続きのことは周知させる。けれど少なくとも、シロコちゃんはこの街に来る。それだけは私が保護しないといけない。
    理事は深く溜め息をついて、私に視線を向ける。

    「……我々はカイザーグループで、私はそのPMCの理事を務めている。分かるか? このプロジェクトには多くの金と多くの人員が注ぎ込まれている。企業の前では個人の意志など存在しないも同然なのだよ。故に、三年だろうが何だろうが、我々は全力を以てアビドスの利権を勝ち取り、連邦生徒会との交渉に臨まねばならない。我々が砂漠で何をしていようが、お前がどんな風評をもたらそうが、世論は砂に埋もれた個人よりも我々を支持するだろう」

    それは大人の言葉だった。歴とした事実のみを語る大人の言葉。
    その全てを吐き切って、理事は改めて私を見た。

  • 176124/07/28(日) 18:03:44

    「プレジデントの意向には逆らえん。バレれば私の首が飛ぶ」
    「……アビドスにある希少鉱石の話、耳にしたことあるよね。雇った傭兵の規模と作戦経路を流して。二年後に位置を教える、でどう?」
    「相場を教えろ。現物はいつ持って来られる?」
    「明後日には。誰にもバレなければ跳ね上がるよ」
    「……二年は待ってやろう。約束を違えたときにはカイザーPMCが全戦力を以てアビドスを排除するがな」
    「じゃあ、それで」

    話はそれで終わりだった。私は立ち上がりその場を後にしようとする。

    「小鳥遊ホシノ」

    不意に呼び止められて、私は振り向く。
    カイザー理事は何かを言おうと口を開きかけて、息を吐く。改めて向き直って出てきた言葉は何て事のないものだった。

    「変わったな。まるで別人だ」
    「色々あったからね」
    「色々か」

    理事は目を瞑るように椅子へ深く座り直した。

    「その……なんだ。金に困ったのなら私を訪ねろ。仕事を用意してやる」
    「じゃあアビドスの借金を失くしてくれると嬉しいな」
    「ふっ、減らず口を……」

    そして私はこの場を後にする。カイザー理事とはこれから長い付き合いになるだろう。

    それはきっと理事からすれば一瞬の三年間なのかも知れないが、私にとっては長い三年だ。
    武力を失ったからこそ私は、暴力では無く謀略で時間を作る。未来から教えてもらったこのズルが尽きるまでに、私はこの戦い方を学ばないといけないだろう。
    左目の眼帯をさすりながら、私は帰路についた。

  • 177124/07/28(日) 18:04:38

    それからしばらくして、私は予定された未来と同じ筋書きを辿った。

    例えばノノミちゃん。私の後をつけていたから適当に撒いて、諦めたところで話しかけてみたり。
    例えばシロコちゃん。流石に走って追い付けるほどの体力もなかったから、先んじて逃走経路に回って見たり。

    二年生になった私は、同じくしてアビドス高校へ入学したふたりと色んな日々を送った。
    借金に関しては理事との慎重な話し合いのおかげか、そこまで返済に追われているわけではない。
    流石に講師は雇えなかったけれど、それでも普通に勉強して、バイトして、遊んで。そんな普通の学生生活に近いことは行えている状況だった。
    そしてアビドスに冬が来る。あれから砂嵐は悪化し続け、この別館ですら砂に飲み込まれそうな勢いだ。
    けれども同時に雪が降る。聖夜祭が近づいていた。

    「もうすぐ冬ですね~☆ シロコちゃん、何が欲しいですか?」
    「ん、ホシノ先輩に勝てる力」
    「それはまだ早いかな~? 片目の無い私ぐらいは余裕で勝ってもらわないとね~?」
    「ん! ん!」

    怒ったように頬を膨らませるシロコちゃんを撫でる。頭の耳がぴこんと跳ねて、シロコちゃんは唸りながら耳を垂らす。
    ふと笑って外に目を向けると、早くも外は夕暮れが迫っている。じきに夜が来る。思い出すのはあの砂漠で見た絶望の希望の物語。

    「どうしたの? ホシノ先輩」
    「……ううん、何でも」

    きっと私はあの日々を忘れない。
    絶望の中に浸り続けて、最後の最後で未来から来た私に救われたあの日のことを。
    あんな”出来の悪い”、ご都合主義みたいな奇跡が起こった夢の時間を、私はずっと覚えているだろう。
    少なくとも、笑って過ごすあの未来に追いつくその日までは。

    「ただちょっと、夢見が悪くてね」

    --完--

  • 178二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 18:28:48

    完走おめでとうございます!
    マジで面白かった。

  • 179124/07/28(日) 18:29:44

    >>スレ主です。ここまでお付き合い下り誠にありがとうございます。

    非常に楽しい1か月でした。仕事が忙しくて心が折れそうになったりしましたが、まさかここまで続くとは……。


    そして白状します。私はブルアカのアニメを見てから5月になって始めたばかりの新米先生です。何度も「自分が二次創作などと烏滸がましいのではなかろうか」と思いながら書いてきましたが、全ては以前に書いた「マコトが暁のホルスと呼ばれる何かを調べる」というSSからこれを書こうと思いました。最強ホシノがキヴォトスを蹂躙する話を私なりに書いてみたぜ。多分想像とは違ったと思いますが、これが私の最強ホシノだ。刮目せよ。


    そしてあのとき上げてくださった感想から話の書き方を勉強しました。

    まずは個人的な謝辞を。本当にありがとうございます。起承転結の転の作り方はめちゃくちゃ勉強しました。ポテチの発明ぐらいの熱量で私はこれからも頑張り続けることでしょう。


    そして今回、私は初めて16万と8000文字の文量を書き上げることが出来ました。

    これに関しては完全にコメントを打ってくれた皆様のおかげです。「面倒だな」だの「今日は寝たい」だの思った時に読み返して一体何度奮起できたか……。私ひとりでは絶対に書けませんでした。本当にありがとうございます。


    そして最後に、この前youtubeでPart1が動画になっているのを見ました。

    よくもまぁこんな長いの取り上げてくれましたねぇ!? すっげぇ嬉しかったです。ワカモニキな。思いついたら書きます。Part4完走は無理だろうけど、ちょっと構想は練ってみます。


    ここまで本当にありがとうございました。

    また何か思いついたときには是非ともお付き合いくださいますと幸いです。それでは!!

  • 180二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 18:46:57

    例え新米先生でもこれだけ質と解像度の高いSSを書けた実力は紛れもなく本物です
    書いてくださったことに最大級の賛辞と感謝を

  • 181二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 18:51:00

    天才だよ…
    ここまで上質な作品をありがとう…!

  • 182二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 18:54:16

    この凄まじいクオリティの作品を書いたのが新米先生という事実に震えている
    本当に素晴らしい作品を見せてもらった、ありがとう
    一つだけわがままを言うとするならば、夢から覚めた後の先生側の話も見たいな…なんて…

  • 183二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 19:00:37

    最高の物語をありがとうございました…!

  • 184二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 19:15:06

    完結おめでとうございます!最高のifでした、二人のホシノも先生も黒服も、理事も格好よかった
    連邦生徒会長はちょっとプラン変更とかする必要あっただろうけど、きっと上手くいく
    そしてユメ先輩、ありがとう

  • 185124/07/28(日) 19:23:38

    蛇足の話!!
    ■ホシノ編
    「――先輩! ホシノ先輩!」
    「んん、うぇ?」

    目を覚ますとそこには腰に手を当てて頬を膨らませたセリカちゃんが居た。
    時計を見れば既に10:00。とっくにみんな登校して、それでも起きない私に業を煮やして起こしに来たのだろう。

    「もしかしてまたパトロール!? もう、夜はちゃんと寝るって約束したじゃない!」
    「ご、ごめんって……習慣というか、ちょっと昨日は大物だったっていうか……」
    「アヤネちゃんに言うよ!?」
    「そっ――! それだけは辞めよう!? ね? ね?」

  • 186124/07/28(日) 19:24:12

    これでも私は生徒会長のはずなのに、どうにも地位が低い気がしてならない。
    いや、別に誇示するわけじゃないし……。アヤネちゃんに怒られるのが怖いだけだし……。
    そんなことを思っていると、セリカちゃんは唸りながら私を睨んだ。
    まだ何か!? と身を縮こませると、セリカちゃんはつっけんどんに口を開く。

    「私もアビドス生徒会のメンバーなんだけど?」
    「……んぇ?」
    「だからぁ! パトロールもそうだけど、私も会計なんだから! 先輩いろいろと抱え込み過ぎなんだって!」
    「な、慣れって怖いよね~。おじさんもちょっとずつ――わぷっ」

    セリカちゃんが急に抱きしめてきて、私の言葉は遮られた。

    「もう嫌だからね。あんなホシノ先輩の姿を見るのは、もう」
    「…………大丈夫だよ。セリカちゃんも居てくれたしね」

    そっと背中をさすってあげて、私は椅子から立ち上がる。
    ぽんぽんと肩を叩いて私は言った。

    「またあんなことが起こったら、アイドル衣装で励ましに来てね!」
    「ふんっ!!」
    「あいたっ!?」

    頭突きを食らってよろめいて、セリカちゃんは肩をいからせながら教室を出て行った。
    そんな愛おしい日常を私は今日も歩んでいく。

    「さ、今日もお仕事頑張るぞ~!」

    そして私は、自分を鼓舞するように背伸びして、今日もまた歩き出していった。

    --エンディング1--

  • 187124/07/28(日) 19:24:32

    ■先生&黒服編
    「本当にこんなので良かったの?」

    私がそう言うと、黒服は「クックックッ」と笑って私のグラスにウォッカを注いだ。

    「いやはやまさかまさか。これはただの大人の付き合い。貸しも借りも無いただの飲み会ではございませんか」
    「そんなにお酒が得意なわけじゃないんだけどね……」

    ふぅとアルコールを吹き飛ばすように息を吐く。グラスを開けてたったの三杯目。こんな姿、生徒の誰にも見せられないだろう。

    「とりあえずだけど、まさかあなたが協力してくれるなんて思いもしなかったよ」
    「ククッ……協力、ですか」
    「まあ、あなたはそう思っていないかも知れないけどね」

    出てきた枝豆を摘まみながら私は苦笑いをする。
    黒服は先ほどから何一つ手をつけることなく、酔いにふらつく私を見ていた。

    「食べないの?」
    「意味の無いことですから」
    「そう。じゃあ良いのだけれど」

    グラスを開けて、全身から力を抜くように息を吐く。
    そこで私は、少しばかり気になったことを問いかけた。

    「キヴォトス最高の神秘って結局なんなの?」
    「ホルスの両目を抱く者、数多太陽に連ねる神性――だったのですが、向こうのホシノさんはもはや最高の神秘では有りませんね」
    「片目を失ったから?」
    「ええ。全てには意味があるのですから」
    「そういうものかなぁ……」

  • 188124/07/28(日) 19:24:47

    私はウォッカを煽って息を吐く。
    大人の時間だ。子供が介在できない時間と場所。だから私の言葉も普段より真に近いものかも知れない。

    「意味の無いものでも良いと思うんだよね。きっと私とあなたは相容れない。だから言っておくけど、人は何度だって間違える」
    「ほぅ?」
    「大人になって抱いた傷は癒やせても、子供の頃に負った傷は生涯かけても癒やせない。……私はね、黒服。意味の有る無し関係無しに、ただ子供たちの負う傷を少しでも減らしたいだけなんだよ」
    「……クックックッ。およそ私には理解し得ない思考ですね」
    「だろうね」

    それでも私たちは分かっている。互いに相容れない存在であるということを。理解できないその一点においては理解し合っていることを。

    「ここは私が出しておきますよ先生。もし機会が合えば、また話しましょう」
    「そうだね。じゃあ、どこかで」
    「ええ、どこかで」

    そして私たちは別れを告げた。
    きっと次に会うときは敵だろう。それでも、憎悪以外の彩りを持った敵に対してはこのぐらいまでは良いのかも知れない。

    「黒服。もしもあなたが私の前で生徒を傷付けるのであれば――」

    その時はきっと、私の全身全霊を込めて戦うだろう。
    呟いた言葉は闇に消え、未来に来る黒服との決着に向けて消えていった。

    --エンディング2--

  • 189二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 19:27:06

    完結おめでとうございますー!
    素晴らしい物語でした!

  • 190二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 19:31:29

    完結乙です!素晴らしいお話をありがとうございます!

  • 191二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 20:59:34

    完結乙です!
    色んなものを失ったあっちの'ホシノ'も未来を向いて歩めるようになって安心しました。
    きっと彼女なら大丈夫でしょう!

  • 192二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 21:39:46

    完結乙です!
    今年一番の楽しみでした。
    また何か後日談などがありましたらお書きいただければ幸いです!
    他のSSなどを読むのも楽しみにしてます^_^
    本当にお疲れ様でした!

  • 193二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:29:10

    完結乙です。
    本当に良いものを読ませていただきました。

  • 194二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 23:23:31

    本当に面白かったです!
    素晴らしいお話をありがとうございました!

  • 195>>10724/07/28(日) 23:35:05

    乙!

    タイトル回収を隻眼ホシノが担ったのは「そう来たか!」と膝を打ちましたね。

    あと、これ(*)が貴殿の前作だったとは…


    …ともあれ、pixiv版だかハーメルン版だか(及びそれらに向けた誤字脱字衍字の訂正(*))も心待ちにしております。



    (*)

    マコト「キキキッ。暁のホルス、か……。随分と懐かしい名だな」|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    (*)一例、まだあるかも

    ・(>>143)「二階では美食研究会がフウカをさらって勝手に屋台を展示しており、負傷者たちを集めた救急テントの周辺では美味しそうな匂いと負傷の痛みに悶えている。」→「二階では美食研究会が勝手に開いた屋台でフウカを働かせており、救急テントの周辺では負傷者たちが苦痛と美味しそうな匂いに悶えている。」

    ・(>>159) 「ネフティスが何のようだ」→「ネフティスのご令嬢が何の用だ」、「頭の中のない交ぜにされながら」→「頭の中を綯い交ぜにされながら」

    ・(>>164)「【シッテムの箱、製薬解除。プロセス『ペレツ・ウザ』限定稼働開始―ー】」→「【シッテムの箱、制約解除。プロセス『ペレツ・ウザ』限定稼働開始――】」

    ・(>>166)「誰かひとりでも欠けていれば、あるいは違っていればきっと」→「誰か一人でも欠けていれば、あるいは違っていれば、きっと」

    ・(>>174)「なんだこれは!?」→「何だこれは!?」、「なにって、」→「何って、」

    ・(>>188)「もし機会が合えば、」→「もし機会があれば、」

  • 196二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 23:38:16

    完結お疲れ様です!超大作を楽しませて頂き、
    ありがとうございました!

  • 197二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 23:46:17

    完結おつかれ様

  • 198二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 00:30:38

    読み応えバツグンの大作をありがとうございました...!

  • 199124/07/29(月) 01:11:38

    >>195

    あざます!

    誤字脱字などなど、ほんと上げてから見つかるの何なんでしょう?

    pixivに上げる予定なのですが、諸々直すのに時間がかかりそう…。校正含めていずれやります。大変だぁ……

  • 200二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 01:15:44

    >>200なら隻眼ホシノもより良い未来へ突き進む

オススメ

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