- 1二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:36:50
「ふん、ふふん……♪」
「ご機嫌そうだね、ゼファー」
夜の公園で聞こえて来る、鳥の囀りのような鼻歌。
ちらりと横目を向けてみれば、そこにはぴょこぴょこと楽しそうに揺れ動く大きな耳。
二つ結びにした鹿毛の長髪、前髪の大きな流星、右耳には赤いリボン。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、俺の言葉を聞いて、柔らかく微笑んでみせた。
「このところは夜風が吹く頃にはすっかり深更で、つり眉さんにも会えずじまいでしたから」
「森まではダメだからね?」
「ふふっ、存じておりますよ、夜の森はしばらく動画で我慢します」
「夏合宿が始まったら、また付き合うからさ」
「……約束ですよ? 風待ちしちゃいますからね?」
ゼファーはちらりと、期待するような目で聞いて来る。
もちろん、と俺が頷きながら答えると、彼女は殊更嬉しそうに顔を緩め、尻尾を揺らした。
────夏が迫り、日が長くなった。
18時頃でも昼のように明るいことも多く、日が落ちる頃には大分遅い時間になってしまう。
それもあって、ゼファーは最近、夜の風を浴びれない日が続いていた。
真夜中に公園など、人気の少ない場所に行こうとするのを、周囲から止められていたらしい。
そのことをなんとも複雑そうな顔で話していたため、俺が夜の散歩に付き合うことを提案したのだった。
……絶対に、勝手に離れたりしないこと、という条件付きで。 - 2二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:37:07
「あら、パタパタさん」
「ゼファー」
「……おっと、久しぶりに友人たちと会えて、飛絮になってしまいそうですね」
一瞬、ふらふらと歩いていきそうになったゼファーに、声をかける。
彼女はぴくんと耳と尻尾を立ち上がらせると、苦笑いをしながら戻って来た。
うーん、相も変わらず、油断ならない。
とはいえ、この風のように自由なところも、彼女らしさといえば彼女らしさ。
それを凪ぐようなこともしたくないので、とりあえず目を離さないように、気を付けることとした。
踊るような軽い足取りで、くるくると周囲を見回す彼女に、じっと視線を向ける。
その時、ぴゅうっと、少し強めの風が吹き抜けた。
さらさらと、彼女の長く柔らかな髪を、風が撫でて、梳いていく。
「んっ、ひかたですね……夏の暑さは厳しいですが、それだけに風や自然の恵みを感じられます」
「川とか海とか、近くにいくだけにも涼しげで楽しいもんね」
「はい、そうなんです……あっ、トレーナーさん、モサモサさんですよ、この辺りにもいらっしゃるんですね?」
「えっ、たぬき? 俺も見たいな、どこにいるの?」
「もう隠れてしまいました、通り風だったか、恥ずかしがり屋さんだったのかもしれませんね」
「……そっか、惜しいことをしたかも、キミしか見ていなかったからなあ」
「……っ!」
突然、ゼファーの言葉が止まった。
今さっきまで、なんやかんやでずっと話してくれていたので、何事かと思い、様子を窺う。
彼女は両頬に手を添えて、耳をぴこぴこ忙しなく動かしながら、顔を伏せていた。
少しだけ、顔が赤いような気もする。
まさか熱中症だろうか────そんな不安が過ぎり、慌てて声をかけた。 - 3二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:37:22
「ゼファー、大丈夫? 調子が悪いとか? 飲み物買ってこようか?」
「いっ、いえ、大丈夫です、体調は、問題ありませんから」
「そっ、そうか、それなら良かったけど……急に黙っちゃったらか、どうかしたのかと」
「ご心配かけてすいません…………ただ、私もモサモサさんと一緒だな、って思ってしまっただけで」
ゼファーはそう言って、はにかんだ笑みを浮かべた。 - 4二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:37:36
しばらく公園を共に歩き、ふと時計を見やる。
思ったよりも時間は進んでいて、そろそろ寮へ戻らなければいけない時間。
ゼファーはそれに気づかず、まだまだ楽しそうに風を堪能していた。
心苦しいところだけど、ここは心を鬼にしなくてはいけないな。
後30分したら帰るよ、そう声をかけようとした、刹那。
ガサッ、と近くの茂みから大きな音が鳴り響き、何かが飛び出して来た。
「うわあ!?」
「……! トレーナーさん!?」
悲鳴にも近い声をあげてしまった俺に、ゼファーが慌てたようで振り返る。
あまりの驚きに尻餅をつきそうになるが、何とか堪えて、俺は恐る恐る『何か』に視線を向けた。
ずんぐりとした茶色い塊、ところどころに黒色が混じって、どこかもさもさとしていて。
それは、きょとんとした顔で、こちらを見つめていた。
そして、その後ろにいるゼファーもまた、同じような顔で、俺を見つめていた。 - 5二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:37:52
「モサモサさん、ですね?」
「……そだね」
そこにいたのは、一匹のたぬきであった。
たぬきは俺達の視線に気づいたのか、再び駆け出していき、すぐに見えなくなってしまう。
その場には俺達二人が残されて、なんともいえない静寂に包まれる。
不思議そうな顔で俺をじっと見つめるゼファーは────やがてにやりと、悪戯っぽく笑った。
「ふふっ、私達に気を遣って、便風となってくださったみたいですね?」
「……そう、なのかな」
「トレーナーさんにとっては、仇の風だったかもしれませんけど」
「そっ、そんなことはないよ?」
言い繕うものの、心臓がバクバクと鳴りっぱなしである。
正直、大いにビビってしまっていたのは、何の言い訳も出来ない事実だった。
ゼファーはそのことを察しつつ、それ以上は追及しない。
ただその顔は、にまにまと、今までとは違った意味で愉しそうな笑みを浮かべていた。 - 6二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:38:06
「……さて、そろそろ良き時つ風が流れてきましたし、家戸風となりましょうか?」
「あっ、ああ、そうしようか」
「では────どうぞ、トレーナーさん♪」
そう言って、ゼファーは右手を差し出して来た。
小さくて、柔らかそうで、白い手のひらを、俺に向けて広げている。
尻尾をぶんぶんと左右に振って、両耳をふんわりと倒して、ほんのり頬を赤く染めて。
「私と手を繋いでいれば、宵闇も、凄風も、野分だってへっちゃらですから、ね?」 - 7二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:38:30
お わ り
うまさんぽどこ……? - 8二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:40:40
季節もののSSは栄養価が高くて良き…
- 9二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:54:20
最後の手を差し出すゼファー好き
ニコニコなんだろうなって想像しちゃう - 10二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:57:11
夜中に読むと雰囲気バッチリな作品だ、好き
たまにはクーラーじゃなくて夜風に当たるのも良いかもなぁ…… - 11二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 00:58:58
見事に風語を織り込んでおる
- 12二次元好きの匿名さん24/07/18(木) 01:01:01
ゼファー関連のお話は風にまつわる言葉沢山知ってるなと感心してしまう
- 13124/07/18(木) 12:19:36