【閲注/ss】THE GIRLS (WERE) DRUNK AFTERNOON

  • 1124/07/21(日) 18:17:43

    「もー、暑すぎるよこっちはー……これでそろそろ夏も終わりって……冗談だよね?」

    刺すような日差しを伴って、今は正に晩夏。お昼ごはんを食べに行こうと、都会の喧騒の中を歩く私は、暴力的な『夏』という記号に襲われていた。
    旧校舎からシャーレまで遠路遥々やって来た私に、こんな仕打ちはいかがなものかと、少々うんざりする。当番で先生と会えるのは嬉しいけれど、代償としてはいささか重い。恨めしそうに見ていたノドカの呪いかなぁなんて、ちょっと思ったりもしてみるくらいには、この暑さを半ば(悪)夢のような心地で過ごしていた。

  • 2124/07/21(日) 18:18:42

    「雪山が生息地の少女にはきついよー。私もこれがなかったら……っぷは、干からびるところだよ。ま、こんな暑かったら発酵しちゃうのもしょうがないよね」

    誰にするでもない言い訳を並べながら、スキットルを傾ける。アイスバーグ宜しく、発酵した謎の液体に氷を入れたこの飲み物は、私をぎらぎらのふわふわにするには十分だった。
    この液体は不思議なもので、飲んだ直後には脳天を貫く冷気があるものの、段々とカラダの底からあたたかーくなってくるという性質を持つ。全くもって原因不明のこの現象だが、身体があたたかくなってくると、今度はもう一度飲みたくなってくる。ほてった身体に冷たい飲み物はよく沁みるから、当然のことだろう。
    どぼう、と、液体はもう一度身体に入り込む。こうなってくると、熱力学第一、及び第二法則は意味を失う。教科書に出てきたおじさん達も、案外大したことないようだ。

  • 3124/07/21(日) 18:19:08

    スキットルの残量が1/4を切った時、私は初めて、地面のゆらめきが、酩酊によるものではないことを知る。それは話によるところの、陽炎というものらしい。レッドウィンターでは言葉だけの存在。
    私は「度数間違った時の方が揺れるなー」と思いながら、しかし現前する知らない季節に、どこか感動を覚えていた。

    この街には、知らないものが多い。例えば、アスファルトの匂い。なんだかカビ臭いような、変な匂い。それを私は知らない。例えば、蝉の声。耳を塞ぎたくなるような、生の音。それも私は知らない。もちろん、青に色めく街路樹とか、店頭に並ぶ半袖も、私が知るわけがない。

  • 4124/07/21(日) 18:19:29

    暑さに苦笑いしながら、冷えた金属片手に、ずんずん歩く。極彩の季節に塗りつぶされないように、ずんずん、ふらふら、よろめきながら、歩く。でもこんなにしっかりした道だから、やっぱりしっかり歩いてしまう。ビルに反射する光が眩しいとか、初体験をいっぱいしながら、そのひとつひとつが、とっても違和感。
    吹き抜けるビル風に、髪をたなびかせる少女を見て、1秒とかからず、私がその少女になる。それは中々爽快で、すかっとする。それも私の知らないこと。風の吹くまま、通りすぎていく少女は、なんだかすっごく楽しそうだった。

  • 5124/07/21(日) 18:19:53

    「これが都会の夏かあ」

    そんなことを言いながら、もう二度と関係することのないだろう少女に振り返る。
    再び風が吹き抜けて、髪が私の視界を覆い隠した後、少女の姿はもうどこにもなかった。
    そんなことより私は、空の青さが気になって、少女のことなんて、数秒後にはすっかり忘れてしまっていた。
    青空への感傷も、数分後には気にならなくなって、結局そこには、ただ歩き続ける私がいるだけだった。

  • 6124/07/21(日) 18:20:23

    「──いや、やっぱり暑いね。暑いものは暑い」

    感傷的になった私の頭を、一気に引き戻す殺人的な熱気。斜め75°くらいから射す太陽光線は、どう考えても故郷に注いでいたものと同じではない。残暑見舞いなどという文化があるのも頷ける。
    私は二本目に手にかける。切れたガソリンを入れ直し、それでもやっぱり活動限界がきているようで、身体は悲鳴をあげている。ガンガン鳴る頭は何が原因なのかわからないが、取り敢えず噂に聞く『ねっちゅうしょー』のせいということにして、日陰に入ることを決定する。

  • 7124/07/21(日) 18:21:07

    「もうその辺の路地でいいよー……げんかい〜……」

    私が選んだのは、ビルとビルの隙間の(今思うと路地とすら言えないような)暗がり。幸い危惧していた排気口のようなものはなく、ため息と共に安堵する。今ここであの熱気なんて浴びた日には、直ちに液状化してしまう。
    壁に体重を預けながら、景気付けに一口……景気付けなのかな?基本的に飲む理由は後付けなのでよくわからない。飲んだ後に論理の組み立てなんて出来るわけがないんだから。

    「ここで少し休憩していこう。無理だよこの暑さはー」

    壁に体重を預けて、向かいのビルを見上げる。高い建物というだけで私にとっては珍しいのに、このビルはなんだ。一階二階三階四階……とにかく高い。そりゃあ日も届かない筈だ。
    見上げきった先には、変わらぬ青空と、入道雲の子どもがいる。叶うなら、その白い顔色のまんまで、もっともくもく育てばいいのに。遠慮しないでさ。

  • 8124/07/21(日) 18:21:41

    少し落ち着いて、三本目を首元に当てながら、沢山持ってきてよかったと過去の自分に感謝していた時。
    私の耳は、ある物音を捉えた。

    それは頭上に飛ぶ航空機のエンジン音ではなく、スキットルの氷の音でなく、なんだかよくわからない、規則的な音。
    色んな音が混じり合っていて、その一つ一つを聴き分けることはできないけれど、それは明らかに、この路地の奥から聴こえてきていた。

    「……こんなところから?」

    正直言って、私は最初、冗談めかしで呟いたのだ。自分の感覚が一切信用できないことは重々わかっていたから。
    けれど、その音が遅くなったり、早くなったりしながら、段々と大きくなっていくのを聴いていると、そんな考えすら信じられなくなってくる。
    念の為頭にも当てておくかと、四本目を取り出した時、一際大きな音が私に届く。

  • 9124/07/21(日) 18:22:05

    「うあっ……」

    それは少女の声だった。
    私の逡巡を、嘲笑うかのようだった。

  • 10124/07/21(日) 18:22:35

    道を一本入るだけで、街の喧騒は心なしか遠ざかってゆく。足を一歩踏み出すだけで、独特の生温かさが、私の肌を撫でていく。まるで空間そのものが澱んでいるような、そんな感覚。私はシャツのベタつきをもはや気にせず、好奇心と恐怖がないまぜになった身体で、慎重に進んでゆく。
    路地は最初に感じた通り、それほど大きくない。いかんせん奥に行けば行くほど暗くなっていくが、それでももう数歩の内に姿が見えたっておかしくはない。

  • 11124/07/21(日) 18:23:41

    「……ん」

    近づくごとに、あのカビ臭い匂いとは別の、鼻につんとくるような匂いがする。下水かとも思ったけど、腐敗臭じゃない。むしろ逆。
    生の匂い。その匂いは、あまりに生きている。
    それと一緒に、音の仔細も段々とわかってくる。一つは水音。そんなに大きくない水の塊が、一定の間隔でぴちゃり、ぴちゃりと落ちている。そんな音。一つは肉音。ひき肉を掻き混ぜてるような、音。一つは人の声。さっき聞こえた少女の声。
    その全てが、等間隔で鳴っている。私の短く狭い人生経験では、聞いたことのないハーモニーを奏でている。私を司る整脈も、いつしか同じリズムを刻んでいた。

    壁をつたって進んだ先で、積み上げられた粗大ゴミが、私の行く手を塞ぐ。不穏なセッションは、この向こうから聞こえてきているらしい。
    その空間は、なんだか妙に熱っぽい。得体の知れない匂いと混ざって、私の頭をくらくら揺らす。
    それでも、何故だろう。濡れたシャツのせいだろうか。
    私の身体は時々、切り付けられるような冷たさを感じていた。

  • 12124/07/21(日) 18:24:14

    さて、意識の外に置いていかれた私の耳は、やっぱりずっと、人の声を捉えていた。それは確かに少女の声だった。悲鳴にしてはやけに色があるけれど、ともかくそれは少女の声だった。
    私の耳は、何を叫んでいるのかわからない。

  • 13124/07/21(日) 18:24:30

    結局それがわかったのは、私がその正体を、瓦礫の隙から垣間見た時。

    『もう一人、男の声がする』とわかったのは、その時だった。

  • 14124/07/21(日) 18:24:57

    異様な光景だった。
    そこには、手と足と腰が融合した、元は二つだったであろう裸体が、出来損ないのオブジェのように立てかかっていたのであった。
    くっついたり離れたり、同じ動作を数百、数千、数万回繰り返し続け、馬鹿になってしまった蛇口からは、排水口が詰まってしまうほど、大量の液体が漏れ出ていた。
    指揮棒に合わせて、肉塊は様々な部分から音を奏でる。特に接合部からは、風船から空気を抜いているような、なんだか間抜けな音がしていた。
    浅黒い肉と、真っ白けな肉は全く馴染んでおらず、いつばらばらになってもおかしくないのに、それらはいつまでもひっつくことをやめない。
    白い方の肉は、何か紙切れを大事そうに掴んでいて、それがこの二つをくっつけているみたいだった。

  • 15124/07/21(日) 18:25:31

    「……あ」

    総括すると、それはなんてことのない、都会の日常風景だった。

  • 16124/07/21(日) 18:26:14

    私はしばし愕然としていた。口元から伝わる呟きとも言えない吐息は、すぐに行為の音にかき消されて、二度と聞こえることはない。
    あまりに生々しい光景は、その場にしゃがみ込んだ私に嫌悪感を抱かせながら、レッドウィンターのプロパガンダ映画より、圧倒的に私を惹きつけた。
    身近な熊の交尾さえ見たことのない私には、それが正しいカタチなのかすらわからない。
    それでも私は直感的に、ケモノみたいだと感じていた。

    男は筋肉質で毛深く、きっと獣人なのだと思う。一方女は華奢で、私の知らない制服を着ている。男を煽るような声で鳴きながら、意識の証明は壊れかけの蛍光灯のよう。床に転がっている煙草はどちらのものか、もはや見当もつかない。

  • 17124/07/21(日) 18:26:58

    そんな二人はどこか、薄笑いで、嘘笑い。
    彼らは酒の一杯を飲まずして、酩酊していた。
    酩酊したがっていた。
    都会に、呑まれたがっていた。

    握っている金属の入れ物は、私を冷静にしてくれる。
    私が三本目に口をつけて、浴びるようにかっくらって、飲み干してみると、いつの間にか熱はひいていて。
    ドランケネスシンドロームな私は、何故だか死ぬほど冴え渡っていた。

    確かに、もうそんな季節だ。夏すら終わりそうな、こんな季節。
    『過ぎ去っていった春なんて、売り払ってでも酩酊したい』
    ……なんて。

  • 18124/07/21(日) 18:27:32

    ……なぁんだ先生。
    みんな、私とおんなじなんだね。

  • 19124/07/21(日) 18:28:03

    四本目を床に置く。私はそのまま立ち上がって、来た道を引き返す。ここはちょっと、冷たい。
    一通り区切りのついたと思われる二人は、一旦演奏をやめたかと思うと、
    「お金あるなら、もう一回、いいよ」
    なんて声に合わせて、また狂ったようにセッションを始めた。
    その行為には熱がない。この場所は、レッドウィンターよりずっと冷たい。
    私は盛んな二人に苦笑いで、街を歩いていた時とおんなじような歩調で、さっさとその場を後にした。

  • 20124/07/21(日) 18:28:41

    大通りとの境目では、まだ傾く気配のない日光が、光と影をくっきり見せた。振り返ってみると、路地はもう一寸先すら見えず、代わりに足を踏み外しそうになる熱気と、押し付けがましい太陽が、待ってましたとばかりに出迎えた。通りはさっきよりもざわざわしているようで、それがなんだか不思議だった。

  • 21124/07/21(日) 18:30:15

    「やっぱりあついねー……」

    私はやけに大きな声で一人ごちる。誰でもいいから、話かけてきてほしかった。
    今見たことを、私の気持ちを、言葉にならないままに、意志の疎通を計りたい。きっと私は、餌を待ち望む鯉のように、口をぱくぱくと開閉するだけ。それでも。

    ノドカなら届くかな。先生なら伝わるかな。

    私の『これまで』と私の『今』がぶつかってできる、私の『これから』に、ならない部分。そんな感覚。

    わかるかな。

  • 22124/07/21(日) 18:30:44

    「わかんないだろうな〜」


    私は、スキットルに手をかけながら、そう呟いた。

  • 23124/07/21(日) 18:31:16

    都会の真っ昼間、酩酊。
    午前1時、私今5杯目。
    街は風と、草木と共鳴して、ざわざわしてる。遠くから犬の鳴き声がする。自転車が、私を追い越していく。

    街には、色んな少女達がいる。
    自動販売機の当たりに戸惑って、飲んだこともない種類を頼む少女がいる。
    部活帰りの友人に、ベランダから大きな声で呼びかける少女がいる。
    川の縁に腰掛けながら、センテグジュペリの『星の王子さま』を読む少女がいる。
    話しかけるでも、笑いかけるでもなく、ただ私の前を通り過ぎる、関係のない少女がいる。

    私の3km後ろでは、団地の6階から飛ぶ少女がいる。
    それを目撃する少女がいる。
    憧憬と、自己否定と、強烈な性的興奮をまぜこぜにして、殺人的に笑う少女がいる。
    軋轢の末、撹拌に耐えきれず、こんな時間からねんごろになってる少女がいる。

    そして、そんなことを殆ど全く知らない私が、今ここにいる。

    誰も彼も、今を全力で、精一杯生きている。

  • 24124/07/21(日) 18:32:24

    自分自身と周りのモノが、あっという間に変わっていく。
    そんな、季節の変わり目の、風景。

  • 25124/07/21(日) 18:32:47

    「……さて」

    「ラーメンでも食べに行こうかな」

  • 26124/07/21(日) 18:33:26

    きっと今日って日は、十年後の私に、何の影響も及ぼさないんだろうなぁ。なんて思いながら、
    私は、人混みに紛れて消えていった。

  • 27124/07/21(日) 18:38:01

    終了です。久しぶりにss書いたので大分苦労しましたが、なんとか完成までこぎつけられました。
    シグレの絆ストーリーと、ブルアカのあまりの透明さから、この作品が出来上がってしまいました。
    モチーフはナンバーガールの「DRUNK AFTERNOON」という曲です。
    残りのスレは好きに使って下さい!(感想もあったら嬉しすぎて私がひっくりかえります)

  • 28二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 18:40:44

    ナンバーガールってことは、イロハやバンドカズサのSSも書いてた方?
    相変わらず文才が凄まじい…

  • 29二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 18:41:52

    文才がすげえ

  • 30二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 18:42:34

    SSじゃなくて文学小説読んでる気分になったわ
    なぜシグレはこんな配役が似合うのか
    自分が慕う二人に揺れ動く心が夏の陽炎のよう
    陳腐な感想だけどすごくベネ

  • 31124/07/21(日) 18:50:30
  • 32二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 18:59:43

    >>31

    やはりあなただったか…いつも素晴らしい作品をありがとう

  • 33二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 19:14:48

    良すぎる……好き……

  • 34二次元好きの匿名さん24/07/21(日) 20:56:18

    うおおお何という文才と表現力…シグレの雰囲気があまりにも合致しすぎている。明日も知れず交わる少女も、自販機の前の少女も、ベランダから呼びかける少女も、川の縁で本を読む少女も、通りすがる少女も、飛び降りて果てる少女も、それを見た少女も、そしてシグレという名の少女も、見た世界すら全部夏の色彩と熱波に溶け混ざり、全てを意味もない過去へ置き去りにしてゆく…何といえばいいのだろうか、何故か海のにおいを思い出す良い小説でした。ありがとう

  • 35124/07/21(日) 22:45:44

    生放送見てて忘れてたけど原曲です

    いやあ、今年の夏も暑くなりそうですね


  • 36二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 10:49:09

    イイ…

  • 37二次元好きの匿名さん24/07/22(月) 16:10:09

    散文的に感じた
    夏の喧騒に合致した開放的な情景が良いです

  • 38二次元好きの匿名さん24/07/23(火) 02:13:46

    もっと評価されるべき

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