(SS注意)土用の丑の日

  • 1二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:33:17

    「ニホンのétéは、どういうものですか?」

     それは、突然の問いかけだった。
     視線を向ければ純粋無垢な蒼い瞳が、じっと俺のことを見つめている。
     愛らしい美しく整った顔立ち、栗毛の柔らかそうな髪、右耳には赤いリボン。
     ヴェニュスパークは、興味深そうに尻尾を大きく揺らしていた。
     彼女ほどの美人となると、そうやって質問する姿だけでも、とても絵になる。

     ────Tシャツ短パン姿で、ベッドの上に寝転がってなければ、だが。

    「ここと同じくらいには暑いよ、ほら、パークも起きて手伝って、自分の部屋なんだから」
    「D’accord……起こす、してください」
    「自分で起きられるでしょ」
    「むー」

     パークは不満気な表情を浮かべながら、手をぱたぱたと動かす。
     仲良くなってから気づいたけど、意外と甘えん坊なところあるよな、この子。
     苦笑を浮かべつつ、俺は彼女に向けて手を差し出す。

    「えへへ……ありがと、です」

     手が、柔らかくて暖かいパークの手に、ぎゅっと包まれる。
     彼女は嬉しそうな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと起き上がるのであった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:33:31

     現在、俺は担当の海外遠征のため、フランスに来ていた。
     フランス遠征自体は、もはや年一回の恒例行事となっていて、手慣れたもの。
     それは俺達だけではなく、出迎える方にもいえること。
     気が付けば、モンジューやヴェニュスパークとも、すっかり打ち解け合っていた。
     そして、来る度にモンジューから頼まれることがあって。

    「貴方が私の家に来ると、été、とびっきり感じちゃいますね」
    「俺自身が風物詩と化しちゃったか……だったら、少しは、部屋を片付けておいて欲しいんだけど」
    「………………『そうすると、一緒に居られる時間が減るじゃないですか』」
    「うん? 何か言った?」

     キッチンに立つ俺に対して、パークは流暢なフランス語でぽつりと呟いた。
     調理中だったこともあって、何を言っていたか良く聞こえず、俺は聞き返してしまう。

    「…………貴方が来てくれて、とっても助かるしてます、って言いました」
    「ははっ、これじゃあ薬になんてならないなあ」

     ────パークの家にアポなしで訪問して欲しい、責任は私がとる、あのお姫様には良い薬だろう。

     それが、モンジューからの頼み事であった。
     パークは容姿端麗で礼儀正しいウマ娘ではあるが、私生活は割とズボラだ。
     今日のように自分の家ではTシャツ短パン姿でいること多いし、部屋を基本的に散らかっている。
     走りに関してはトップクラスで申し分ないのだが、とさしものモンジューも頭を悩ませていた。
     そこで、出会ったばかりの頃、用事にかこつけて俺にパークの家へと訪問させたことがある。

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:33:46

    『ありがとうございます、師匠! それにしても随分と時間がかか……り……』

     相手を勘違いし、ダルダルの格好で俺を出迎えたパークの姿は、一生忘れられないと思う。
     その頃は、慌てふためく姿を見せてくれていたが────いまや、すっかりと慣れてしまっていた。
     当然のように家の中へと招き入れて、肌着なども転がる部屋を掃除させるなど、やりたい放題である。
     もはや意味がない、とはモンジューにも伝えているのだが、どこか含みのある笑みを浮かべるだけ。
     まあ、俺も、嫌なわけじゃないけども。
     そんなことを考えながら、俺は盛り付けを終えたお皿を、キッチンからテーブルへと運んだ。
     
    「お待たせ、お昼ご飯出来たよ、お望み通りの日本の食べ物、まあ、かなり簡単なものだけど」
    「……パスタ、ですか? でもソース、ないですね?」
    「これは『素麺』といってね、ソースではなくこのつゆ……スープにつけて食べるんだ」

     盛りつけられた、糸のように細い白麺。
     それは彼女の要望に応えて、日本から持ち込んだ乾麺であった。
     パークはそれを興味深そうな目つきで見つめ、そして俺の言葉にこてんと首を傾げる。

    「つける……tremper?」
    「ちょっと意味合いが違うかな、こんな感じで食べるんだよ、いただきますっと」

     俺は箸を持ち、麺を掴むと、それは薄めたつゆの中にさっとつける。
     そしてそのまま、ずずっと、勢い良く啜った。
     うん、茹で加減も、つゆの塩梅も丁度良い、我ながらなかなかの出来栄えである。
     そんな風に満足している俺を、パークはきょとんとした顔で見つめていた。
     ……そういや音を立てて麺を啜るのはマナー違反だったっけ。

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:34:04

    「ごめん、いつものクセが出ちゃって」
    「Ce n'est pas grave、なるほど、そういうもの、ですね?」
    「食べ方としてはね、勿論、キミはフォークで食べてもらって構わないから」
    「わかりました、では、イタダキマスット」

     パークは俺の物真似をしながら、フォークでくるくると麺を巻き付ける。
     たどたどしい手つきのまま、それをつゆにつけると、意を決してぱくりと食べた。
     直後、耳をぴょんと立てて、ゆらゆらと楽しげに揺らし始める。

    「おいし、です! 冷たいしていて、さらりと食べられますっ!」
    「そっか、気に入ってくれて良かったよ」

     とりあえず、パークのお気に召したようで一安心。
     素麺そのものはかなりの量を用意していたが、そこはウマ娘。
     十分後にはお皿は空っぽとなり、彼女も満足気にお腹をさすりながら、目を細めていた。

    「Merci pour votre plat、ゴチソウサマデシタ」
    「はい、お粗末様でした」
    「暑い日にぴったりしてますね、ニホンでは良く食べるですか?」
    「この時期には結構食べるかな、日本の夏は暑さもそうだけど湿気がひどくてね、季節ならではの食べ物も結構あるよ」

     フランスの夏は日本と同じくらいの暑さではあるが、比較的カラっとしている。
     そのため、多少なりとも過ごしやすく感じる気候ではあった。
     パークは俺の話を聞いて、目を輝かせながら、身を乗り出して来た。

  • 5二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:34:20

    「他に、どんな食べ物が? 気になります!」
    「んー、そうだな、色々とあるけれど…………あっ、そういえば、ちょっと失礼」

     ふと、あることを思い出して、それを確かめるためスマホを取り出す。
     ……うん、やっぱりそうだった、日本にいないとすっかり忘れそうになってしまう。

    「やっぱりか、日本では今日が、土用の丑の日だね」
    「……ドヨーのウシ? Vache? Samedi?」
    「半分正解で半分間違い、だけど、これはなかなか説明が難しくてね」

     俺も含めて、日本に住んでいてもしっかりと理解している人は、恐らく少数派だろう。
     なので細かい説明に関しては、最初から諦めることにした。

    「まあそういう日があって、日本では『う』のつくものを食べる日になってるんだ」
    「『ウ』? えっと、ハネのことですか? Volaille?」
    「いや、名前そのものに『う』がつく食べ物、うどんとか、瓜、それでその代表的なのが『鰻』なんだ」
    「ウドン、ウリ、ウナギ……Ça s’explique! 今日食べた『ソウメン』も、ですね?」
    「うん、その通り」

     さすが、というべきかなんというか、パークはやはり頭の回転が速い。
     彼女にとっては馴染みの薄いであろう単語群でも、あっさりと共通点を見抜き、理解してみせた。
     きっとこの辺りのセンスが、あの見惚れるような美しい走りにも、表れているのだろう。
     などと感心していると、彼女は突然にやりとした笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:35:00

    「それならもう一つある、ですよ? ささっ、こっちへ来てください」

     パークは尻尾をブンブンと振り回しながら、軽い足取りでリビングへ向かう。
     なんなのだろう、と不思議に思いつつも俺は彼女に従って、追いかける。
     そして、リビングに辿り着くやいなや、ぴょんと、大きなソファーへと飛び込んだ。

    「……パーク?」
    「『ウ』のつく、dessert、タベゴロですよ?」

     ソファーの上、パークはころりと寝転がって、身体の正面をこちらへと向けた。
     雑に飛び込んだせいか、Tシャツの裾が大きく捲り上がっている。

    「『ウ』マ娘、それと、『ヴ』ェニュスパークも」

     ────パークはズボラなところはあるが、怠惰ではない。

     故に、その身体には無駄が一切なく、芸術品のように完成されている。
     白磁のように透き通った白い肌、美しい曲線を描くくびれ、小さいくも艶やかに存在を主張するお臍。
     柔らかそうでありながら引き締まった太腿、強いハリのある形が良い脹脛。
     そして、彼女は煽るように、ゴムの伸びたシャツの襟ぐりとくいっと引っぱり、豊かな胸元を晒す。

    「…………スエゼン、ドウゾ?」

     ほんのり頬を赤らめて、潤んだ瞳で、熱っぽい息を吐きながら、パークはそう囁くように言った。
     ため息一つ。
     俺は表情を引き締めると、無言のまま、つかつかと彼女へと歩み寄る。
     すると彼女はびくんと小さく震えて、ぎゅっと目を閉じ、ぴょこぴょこと忙しなく耳や尻尾を働かせ始めた。
     意外な行動と思われたのか、あるいは期待されていたのか。
     俺はソファーの前に立ち、まな板の鯉のようになっている彼女を見下ろすと、ゆっくり手を伸ばした。
     そして────その綺麗なおでこに、デコピンをかます。

  • 7二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:35:17

    「Aïe!?」
    「……大人を揶揄わない」
    「…………むう、イケズです、男の恥、違いますか?」
    「据え膳といいどこでそういう日本語覚えて来るんだ……?」
    「貴方の担当が教える、してくれました」
    「身内の恥だったか……」

     帰ったら説教することを心に誓いつつ、ぷくっと頬を膨らませるパークへと手を差し出した。
     それを見て、彼女は少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、両手で掴んで、起き上がる。

    「まあ、良いです、まだまだ機会はありますね?」
    「……勘弁して」
    「フフッ、それはどうでしょう────それと、フランスにもウナギ、あるですよ?」
    「えっ、そうなの? ああ、そういやイギリスには鰻のゼリー」
    「『あれと一緒にしないでください』」
    「あっはい」
    「Matelote d’anguille、Lamproie a la bordelaise、美味しい料理、いっぱいあります」
    「へえ」

     パークはきらきらと目を輝かせながら、聞いたこともない料理の名前を口にする。
     名前だけではどんなものか想像もつかないが、きっと美味しいのだろうと思わせる表情で。
     そして彼女はこちらをちらりと見やり、くすりと悪戯っぽい笑みを浮かべた

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:35:31

    「……クイシンボーの顔、してるです」
    「……実はさ、うなぎ結構好きなんだよ」
    「あはっ、良いレストラン知っています、片付けとソウメンのお礼もしたいので」

     パークは柔らかく微笑む。
     そして大切そう、掴んだ手を握りしめながら、言葉を紡いだ。

    「ドヨーのウシの日、一緒にタンノーしましょう♪」

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:35:57

    お わ り
    土用の丑の日は昨日ですがフランスには時差があるからセーフ

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:45:44

    フランスウマ娘ってすごい

  • 11二次元好きの匿名さん24/07/25(木) 08:51:05

    久々にこの世界線のパークちゃん見た気がする
    相変わらず強かやなぁ
    いっしょにうな重を頬張りたい、絶対かわいい

  • 12124/07/25(木) 19:19:39

    >>10

    フランスの乙女は実際強い

    >>11

    いっぱい食べる姿が似合いそうです

  • 13二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 04:06:55

    出会ってから数年経っているということはその分成長もしているわけで…
    トレーナーもう逃げられなくなってない?

  • 14二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 04:11:12

    パークにパークパクされるということだな

  • 15二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 04:26:17

    ラークが中心じゃなくなってから凱旋門賞組の供給だいぶ減ったからありがたい

  • 16124/07/26(金) 07:13:42

    >>13

    師匠公認の仲ですから

    >>14

    据え膳とか言ってる割には実際は逆という

    >>15

    最近だとうまむすめしくらいでしたからねえ

  • 17二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 07:29:38

    可愛らしさと妖艶さの見事な使い分け
    ちゃんと「ある」んだよねこの子…
    誘うような表情はあどけなさが残るもののそれすら魅力的なんだろうな 末恐ろしいぜ

    本当に色んな能力が高い
    好きになっちまう なってる

  • 18124/07/26(金) 19:15:03

    >>17

    子供っぽさと大人びた感じが絶妙に調和していると思います

  • 19二次元好きの匿名さん24/07/26(金) 20:33:05

    子供っぽい体型のヴェニュスパークが背伸びして大人にアタックする
    しっとりとした夏の夜に合う良いSSだ

  • 20124/07/27(土) 06:41:10

    そう言っていただけると幸いです

  • 21二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 11:12:53

    前作は届け物のとバレンタインのやつでしたっけ?

  • 22二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 19:35:02
  • 23二次元好きの匿名さん24/07/27(土) 23:41:21

    食べるだけでスタミナがつくなんて都合良すぎるよね

  • 24二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 00:14:08

    >>22

    知らなかったのも面白くてヤバイ。

    フランスウマ娘強い・・・!!!!

  • 25二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 09:57:07

    >>22

    こんなにあったんですか

    知らなかった

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