- 1二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:44:57
「オラいつまで寝てンだ!とっとと起きやがれ!」
「うわぁっ!?」
ある日の朝、楽し気な夢の世界にいると、急に現実に引き戻された。どうやら掛け布団を乱暴に剥がされたらしい。
「んぇ…?シャカール…?」
半覚醒の脳をなんとか動かし、目をショボつかせ辺りを見渡すと、目の前には布団を引き剥がした張本人であり、俺の愛妻であるエアシャカールが、腕を組みこちらを睨みつけていた。
「んぇ…じゃねェ、今日レースあンだろうが」
「ああそうだった…起こしてくれてありがとう、シャカール…」
今日は俺が担当するチームのメンバーの一人がレースに出走する日で、一度学園に集合する為いつもより早く起きなければならないのだった。
「ったく、だから昨日早く寝ろっつったンだよ。ギリギリまで調整なンかしやがって…朝飯出来てっから、さっさと顔洗って歯ァ磨いてこい」 - 2二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:45:16
白い半袖のTシャツとスキニージーンズ姿の上にエプロンを着けたシャカール。朝食を作ってくれただけでなく、出勤に間に合う時間に起こしてくれた。腕組みしたまま、指で自身の肘をトントンと叩くシャカールに、恐る恐る要望する。
「あの…シャカール?」
「ア?なンだよ」
「起こしてくれたのは有難いんだけど、もっと優しくというか…例えばその~…おはようの…キス…とか…」
「……キモ。今度から何があっても起こしてやンねェ」
「ご、ごめん!冗談だってぇ!」
俺をもう一睨みし、スタスタと寝室から出ていくシャカールを慌てて追いかけた。 - 3二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:45:32
「オイ、何ニヤニヤしてンだよ」
「うん?だって美味しいから」
食卓にはトーストと目玉焼き、ウィンナー。それからサラダとコーヒーが並ぶ。どれもシャカールが用意してくれたもの、美味しいに決まってる。
「…まぁ不味くはねェだろ。市販の食パンとウィンナー焼いただけだし、目玉焼きは手が込ンだ料理でもねェし」
サラダは市販のカット野菜を皿に盛っただけ、コーヒーはインスタントだからな、これくらい誰でも出来るだろとシャカールは言う。
そんなことは無い!サラダとコーヒーは市販のものだけど、目玉焼きの黄身は俺好みの半熟だし、ウィンナーの綺麗な焼き目は食欲をそそる。食パンには格子状に切れ込みが入っていて、そこにバターがよく染み込む。俺はこんなに上手に焼けないし、食パンに切れ込みを入れておくなんて発想はないよ!と力説する。
「…ハイハイ、ありがとよ…。ベラベラ喋ってねェでさっさと食え、マジで遅刻すンぞ」
シャカールはそんな俺に呆れつつ、トーストをかじっていた。 - 4二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:45:56
「忘れ物はねェな?」
「ああ、全部鞄の中に入ってるよ」
「ンなこと言っといて、いつぞや大事な資料忘れてたじゃねェか。オレにわざわざ学園に持ってこさせやがって。あン時ァお前の担当達に群がられて大変だったンだぜ?」
「あはは...あの時はね…ごめん…。でも今日は本当に大丈夫だぞ?昨日の夜から準備して、何度も確認したし」
朝食を終え、玄関でシャカールの最終チェックを受けていた。すると
「オイ…ネクタイどうなってンだそりゃ?下手クソ過ぎねェか?」
「え?そうかな…」
「ったく仕方ねェな…オイちょっと屈め、見づれえンだよ」
シャカールは俺に近づき、結び目の歪んだネクタイを結び直し始めた。俺の首元を見つめる精悍な目つきに胸が高鳴る。
「お前なンで今日みたいな日に限って失敗してンだよ」
「いや~あはは…面目無い…」
「謝るくらいなら失敗しないようにしろ。ホラよ、出来たぜ」
ポンッと胸元を叩かれた後、棚に置いてある鏡で確認する。綺麗な三角形の結び目に思わず感嘆の声が漏れた。 - 5二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:46:16
「おお…凄く綺麗だ…。ありがとうシャカール!」
「ったく…今日だけだからな」
「…でも奥さんに毎朝ネクタイ結んでもらいたいって男の夢だったりするし、今後も…痛っ!」
「調子に乗ンなバカ」
これからもネクタイを結んでくれないかとお願いしようとしたら、脛を爪先で小突かれてしまった。
「そういや今日走る奴、期待の新人だっけかァ?」
「ああ、ちょっと前にチームに入った娘でね。君みたいに強くなりたい!って志願してきたんだ」
革靴を履きながら、背中越しにシャカールの質問に答える。
シャカールの引退後、俺はチームを受けもっていた。数多くのレースを制したあのエアシャカールの元担当トレーナーということで、チーム結成の話を持ち掛けられたのだ。
しかし、自分にチームのトレーナーが務まるのだろうか…。専属とは違い、複数の娘の担当になる。新たな事に挑戦したい気持ちはあるが、やはり不安がよぎる。 - 6二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:46:44
そのことをシャカールに相談すると、
『オレみたいなのとやってこれたンだ、お前なら大丈夫だろ。まぁもし無理そうなら、オレがサポートしてやるよ』
『あ、勘違いすンなよ?お前の為じゃねェ、お前の教え子の選手生命の為だ。それに現役時代、一応世話ンなったからな。その借りを返すだけ…そンだけだ』
と、背中を押された。昔は彼女を支えたいと必死だったが、今ではすっかり、彼女に支えられている。
「あの娘は脚質が君と同じ追い込みなんだ。特に末脚のキレが君によく似ててさ…」
「…凄ェのか?」
「そう!とにかく凄いんだよ!シャカールに勝るとも劣らない実力で…」
と振り返ると、シャカールがジトッとした目で俺を見ていた。 - 7二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:47:03
「ふーン…オレより強ェのか?ソイツ…」
「そ、そんなことなくて!いや、その娘が大したことないわけじゃなくて、だからほら…君に匹敵するくらい…」
「ククッ…必死過ぎンだろお前。心配しなくても、嫉妬なンかしてねェよ」
あたふたする俺を見て、シャカールは悪戯っぽく笑った。
「…オレが現役の頃より、全体的にレベルが上がってンだ。オレ以上の奴なンて、そのうちゴロゴロでてくる」
それを導いてやンのがお前の仕事だろ?と、腕を組み壁にもたれ掛かったシャカールが小さな笑みを浮かべる。しかしその笑みには、栄枯盛衰の寂しさが含まれているような気がした。 - 8二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:47:23
「仕事…だけじゃない」
「ハァ?」
「使命だよ、あの娘達を導くのは。トレーナーとしての、俺の使命」
シャカールが目を丸くして俺を見ている
「それにこれから先、どんな娘が現れようと」
シャカールの目を見つめ、宣言する。
「今までもこれからも、俺の現実では、最強は君だ」
「選手としても、一人の女性としても…俺にとって、君以上の人はいないよ」
「……ウザ……キモ」
ふい…と視線を外し、悪態を吐くシャカール。しかしその頬は微かに赤みがかっていた。 - 9二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:47:42
「できたら中継見てあげてくれないか?シャカールが見てくれてるって知ったら、あの子やる気出るだろうから」
「ああ。ま、時間がありゃあな」
シャカールは今、在宅勤務という形態で働いている。仕事しながら、空いた時間には家事もこなしてくれている。(勿論、休日は俺が家事担当だ)
その合間を縫って、レース中継を見てくれるよう頼んだ。あの娘に伝えると絶対張り切るだろうな。やる気が空回りしないよう、注意を促しておかないと。
「それじゃあ、行ってきます!」
「おう、気ィつけてな」
元気よく挨拶をし、玄関の扉を開けようとしたその時、
「…待て」
シャカールに呼び止められた。 - 10二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:47:58
「忘れ物だ…」
「えっ?」
(忘れ物…?他に何かあっただろうか…?)
頭の中にはてなを浮かべていると、シャカールがサンダルを履いて近づいてきた。
そしてネクタイを掴み、引っ張ってくる。
「わっ…」
グイッと引っ張られ、身を屈めさせられる。普段は俺の肩くらいの位置にあるシャカールの、端正な顔が間近に迫る。いつ見ても綺麗だな…と思っていたら
「ン…」「…ッ!?」
俺とシャカール、互いの唇の距離はゼロになっていた。 - 11二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:48:16
例えようがないくらい柔らかく、瑞々しい、艶のある唇。その奥からは、フレッシュなミントの香りがした。さっきの朝食に、ミント味のものなんてあったっけ...。
僅か数秒の出来事だったが、とても濃密で甘い時間に感じられた。
「…ッハ」「…はぁ」
名残惜しさを残し、唇が離れる。
「……」
「…ンだよ、何とか言えよ…」
顔を紅潮させ見上げてくるシャカール。その顔の赤さは、決して息苦しさからではない。そんな彼女を見ていると、ある考えが頭に浮かんだ。
「あの、シャカール…」
「あァ?」
「…もう一回…したい…なんて…」
「…~ッ!フザケたこと言ってねェでとっとと行きやがれ!遅刻してもしらねェぞこのバカ!!」
「あ痛ぁ!?」
結果怒鳴られ、玄関から文字通り蹴り出されてしまったのだった。 - 12二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:48:35
「っとにあのバカ…」
アイツを送り出し、玄関の鍵を締めながらオレは独りごちた。
「何が『もう一回』だ、ちょっと甘やかしたらすぐこれだ…」
スリッパに履き替え、リビングに戻る。
時計を見ると仕事の時間までまだ余裕があった。
(掃除でもすっか)
諸々の家事を終らせ、リビングの掃除をしていた時、棚に飾ってある写真立てが目に入った。
「……」
オレとアイツが写った写真。アイツの顔を見た瞬間、今朝言われた言葉を思い出す。
『今までもこれからも、俺の現実では、最強は君だ』『選手としても、一人の女性としても…俺にとって、君以上の人はいないよ』 - 13二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:48:50
「……ッ!」
思わずその場にしゃがみ込むと、ポケットに忍ばせていた、ミントタブレットのケースがカラ…と音を立てた。
(アイツ…相変わらず恥ずかしげもなくあンなこと言いやがって…)
赤くなった顔を隠すように片手で覆う。
手の平にうけるオレの吐息は、火傷しそうなほどに熱かった。
「ア"~…クソッ…」
立ち上がり、もう一度写真を見る。いや、睨み付けた。
黒いタキシードを着て、満面の笑みを浮かべ、隣に並ぶオレを見つめているアイツ。
(バカみてェに幸せそうな顔しやがって…) - 14二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:49:07
(まぁ、オレも人のこと言えねェか…)
装飾の少ない、黒いウエディングドレスを着たオレも、アイツと目を合わせてはいないが、頬が赤くなっていやがった。ここまで過剰にチークを入れた覚えはない。
"愛する人と同じ人生を歩んでいきたい"
こんな気持ちになるなンて昔のオレには…これから先、ずっと一人で生きていくと決めていたあの頃のオレには…想像もつかなかった。それもこれも全部、オレに愛なンてもン教えやがった
「お前のせいだ、バァカ…」
左手の薬指で、写真に写るアイツの顔を軽く弾いた。その指の付け根では、永遠を誓いあった証が輝いていた。 - 15二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 22:50:43
おしまいです。
思ったより長くなっちゃいました。
黒いウエディングドレスには
「あなた以外に染まらない」という意味があるそうです。最近知りました。 - 16二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 05:57:31
黒いウェディングドレスの意味が素晴らしい…朝からいいものを見た…
これで仕事頑張れるありがとうございます - 17二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 12:55:04
- 18二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 13:02:31
- 19二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 18:34:37
自分の変化を肯定的に捉えられるようになったのがすごくすごい良いなって思いました
イチャコラするトレシャカがあってもええじゃないかという強い想いが見て取れるSSであった
天晴れですじゃ - 20二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 19:02:32
愛を教えやがった…の所がね、現役の3年間で踏まえるとやっぱりクるものがありますね…(温泉旅行イベントでも自身の変化について語っていたけれど)
シャカールとシャカトレの馴れ初めを一目見てみたい…ナチュラルに同棲から結婚までしやがってこの野郎 - 21二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 21:49:05