(SS注意)お披露目

  • 1二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:07:25

    「わあ……っ!」

     自室の、ベッドの上に広げた一組の衣装。
     それを見て、私は思わず、目を輝かせた子どものような声を上げてしまう。
     直後我に返り、慌てて口元を押さえると、手のひらにはすっかり緩み切った唇の感触。
     
    「……こほん」

     誤魔化すように、咳払いを一つ。
     うん、ハシャいじゃダメだタルマエ、これは大事なライブの衣装でもあるんだから。

     今、私の目の前にあるのは、今日到着したばかりの────私専用の、衣装であった。

     正確にいえば水着兼ライブ衣装兼勝負服というよくばりセットなのだが、それはさておき。
     学園から要請を受けた『真夏の砂浜ダートフェス』。
     そのイベントのために、デザイナーさんとも話し合って作り上げた、私だけの一着。
     アイドルらしく王道カワイイ系水着でありながら、苫小牧の夏のイメージもたっぷり詰め込んだ。
     そんな私が描いていた、理想そのままの衣装が、目の前に存在している。
     ……正直、テンションを上げるなという方が無理な相談だと思う。
     でもお仕事はお仕事、頬をぱちんと軽く叩いて、気合を入れ直した。

  • 2二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:07:38

    「えっと、まずはサイズに問題がないか調べて、合いそうな小物とかも考えないと」

     リッキーやアキュートさん、ファル子さんやフラッシュさんにも相談しよう。
     ヴィルシーナーさんにも聞いてみようかな、私達とはまた違う視点でのアドバイスをしてくれそう。
     後は────と考えていた最中、ポンとスマホの通知音が鳴り響く。
     見れば、それはLANEの新規メッセージ通知。

    『衣装、ちゃんと届いた?』

     トレーナーさんからの、確認のメッセージだった。
     ……あれ、今日来るって話、トレーナーさんにしてたっけ?
     私は不思議に思いながらも、スマホを操作して、返信をする。

    『ちゃんと届いていますよ。発送スケジュール、ご存知だったんですね?』
    『いや、なんかタルマエが妙にそわそわしてたり、水着の話を頻繁にするから、そろそろかなって』

     私は反射的にスマホの画面を消して、情報を遮断して、天を見上げる。
     そして、大きく息を吐いてから────枕を手に取って、顔を思いきり埋めた。

     私の、ばかばか! 何が、ハシャいじゃダメ、だ!
     衣装が来る前から、ずうっと、ハシャぎっぱなしじゃない……っ!
     しかも、予定を把握されるくらい、段階的にっ!

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:07:52

    「…………返信、しないと」

     顔から火が吹き出して、穴があったら入りたい気分だけど、既読スルーだけはしたくない。
     私は枕を口元までズラして、スマホを視界に収めると、改めてトレーナーさんとのトーク画面を開く。
     すると、そこには新しいメッセージが追加されていた。

    『タルマエがすごい楽しみにしてるみたいだから、俺も楽しみになっちゃっててさ』

     それを見て、私の思考は再び、停止してしまう。
     難しくない文章なのに、咀嚼するのに妙に時間がかかってしまって。
     ようやく理解した後、今までの遅れを取り戻すかのように、私の頭の中はぐるんぐるんと回り出した。

     トレーナーさんが、楽しみにしている。
     私の新しい衣装を、私の水着姿を、見たいと思ってくれている。
     アドバイスをもらう相手は多い方が良いが、まだ秘密の衣装なので、相手は選ばなくてはいけない。
     信用できる相手、という意味ではトレーナーさんはこれ以上ない相手であり、男の人の視点だって必要だ。
     だから、ロコドル的に考えて、トレーナーさんに見せる理由は、十二分にある。
     別の意味なんて、これっぽっちも、全くもって、存在していない。
     
    「……喜んで、くれるかな」

     ぽろりと零れ落ちた、自らの呟き。
     私はそれに気づかないまま、気づかない振りをしたまま、スマホを操作し始めた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:08:07

     数日後、トレーナー室。
     私はトレーナーさんと事前に時間を合わせて、今日、新しい衣装を見てもらうことにしていた。
     1時間前からここに入って、着替えて、何度も何度も、鏡の前で自らの姿確認をしている。

     髪型を少し変えて、サイドポニーにしてみた。
     いつものベレー帽は外して、片耳に麦わら帽子をつけて夏をイメージ。
     ……普段と違うせいか、位置の調整にmすごい時間がかかっちゃったけど。
     ところどころに取り入れたハナショウブの色合いは、やっぱり良いアクセントになっている。
     オーバーオールの肩紐を片方外して、少し攻めた、大人のカジュアル感を演出して。

     うん、何度見ても、私が想像していた通りの姿
     それでも何故か不安と緊張と、ちょっぴりの期待で、ドキドキしてしまっていて。
     ……おかしいな、新しい服のお披露目なんて、何度も何度も、やったことがあるはずなのに。
     水着だからだろうか。
     それとも、これが勝負服でもあるから、だろうか。
     あるいは、見せる相手がトレーナーさんだから、だろうか。
     
     刹那、こんこんと、控えめなノックの音が聞こえて来た。

    「タルマエ、入っても大丈夫?」

     慣れ親しんでいるはずの、トレーナーさんの声。
     にもかかわらず、心臓はどくんと、大きく跳ね上がってしまう。
     時計に目を向ければ、待ち合わせの時間、ほぼぴったり。
     準備と確認に夢中になっていて、いつの間にか、そんな時間になっていた。
     もう少しだけ待ってもらおうかな、と一瞬考えたが、自分の中で、即座に却下する。
     これ以上時間をかけても、ほぼ何も変わらないことは、理解していたから。

  • 5二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:08:22

    「……はい、大丈夫ですよ、どうぞ」

     何とか平静を装いながら、私はトレーナーさんを招き入れた。
     ドアノブが回って、扉がゆっくりと開かれて、トレーナーさんの姿が少しずつ見えて来る。
     それは、ほんの一秒程度の時間経過。
     けれど、トクトクと早鐘を鳴らす心臓とは反対に、その光景はスローモーションのように見えていた。
     無限にも感じる時間を経て、トレーナーさんの相貌が、私に姿をぴたりと収める。
     
    『夏だ! バカンスだ! 苫小牧だ~っ! 爽やかでカワイイ衣装だべ☆』

     ロコドルモードで、勢い良く見せてしまおうと、台詞を考えて来た。
     頭の中で何度もシミュレーションして、鏡の前でのリハーサルも、十分こなしたはずだった。
     
    「えっと……あの……その……」

     でも、言葉が出てこない。
     口がパクパクするだけで、練習したはずの言葉は、顔すら出してくれない。
     パタンと扉が閉じて、トレーナーさんが目の前にいて、心臓の音はさらに大きくなって。
     顔が熱くなって来て、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
     私は、思わずきゅっと目を閉じて、彼へ、何とか声を絞り出した。

  • 6二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:08:46

    「…………どう、ですか?」

     飾り気も、可愛げも、捻りもない。
     ただ率直に、感想を求めているだけの、言葉。
     両手を軽く広げて、自らの姿を、トレーナーさんの前へとさらけ出す。
     そして私は静寂の中、じっと彼の反応を待って、すぐに待ち切れなくなって。
     ちらりと、薄めで彼の反応を、窺う。
     ────トレーナーさんは、柔らかな微笑みを浮かべてくれていた。

    「うん、とても似合っている、良い意味で印象が変わってびっくりしたよ」
    「……本当、ですか?」
    「もちろん、夏らしさが良く出ていて、それでいて、キミらしい可愛らしさも出ている」
    「…………ふむ、他には?」
    「小物類も……えっ、サーモンといくら? あっ、うん、苫小牧のアピールも忘れてないのもポイント高いよ」
    「………………今、一瞬バカにしました?」
    「してないしてない! 本当に、タルマエの『好き』が詰まってるんだなって、思っただけでさ!」
    「ふふっ、冗談ですよ…………そっか、そうですか、トレーナーさんは、そう思ってくれているんですね」

     いやはや、やっぱり、心というのは単純なものである。
     こういうのが好きなのでしょう、というものを見せられると、コロっと気分が良くなってしまう。

  • 7二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:09:06

     ちょうど、今の、私のように。
     
     トレーナーさんは、きれいな瞳で、真っ直ぐに、私のことを見てくれていた。
     そして、語彙はあんまりだったけど、心からの言葉を、ちゃんと伝えてくれていた。
     ただそれだけのことなのに────さっきまでの不安も、心配も、きれいさっぱり消えてなくなっていた。
     …………単純だなあ、私って。
     心の中で自嘲気味に微笑みながら、私はくるりとその場でターンをしてみせた。

    「さあ、トレーナーさん、後ろまでしっかりとこだわった一着なので。ちゃーんと見てくださいね」
    「あっ、ああ、わかった」
    「それと、実は、この衣装には隠れ苫小牧があるんですよ?」
    「……隠れ苫小牧?」
    「正解者には…………ハスカップのプレゼントだべ☆」
    「家にメッチャあるんだけど、まあ、ハスカップを出されたら頑張るしかないよな」
    「……えへへ」

     トレーナーさんは苦笑いを浮かべながら、私のことをぐるりと見回してくれる。
     照れくさくて、ちょっぴり恥ずかしいけれど、それ以上に、嬉しい気持ちになってしまう。
     私は尻尾を揺らめかせながら、彼の視線を、その身で、その肌で、独り占めし続けるのであった。
     ……正解のスカートのポケットの柄をじっくり凝視されて、理不尽に怒ってしまったのは、反省点かな。

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:09:59

    お わ り
    隠れ苫小牧云々は本当かどうかは知りません

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 22:11:52

    かわいくて最高のSS
    ありがとう!

  • 10124/07/29(月) 23:03:57

    >>9

    感想ありがとうございます

    そう言って貰えると嬉しいです

  • 11二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 23:15:45

    尊い

  • 12二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 23:23:48

    ありがたいありがたい、タルマエが基本ロコドルメインだから女の子になってる時が滅茶苦茶可愛いんだよねぇ

オススメ

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