【トレウマSS】日傘のような

  • 124/07/31(水) 16:01:27

    焼きごてを当てられているかのような猛暑日、百貨店の中で涼みがてら、フロアマップ周辺が見える位置に立つ。
    現在時刻は14時32分、待ち合わせの時刻まで28分の余裕がある。
    尤も、気遣い屋のあの人のことだ、私を待たせないように2本ほど早い電車に乗って来るのだろう。

    「よし、ジャーニーはまだ来てないな」

    トレーナーさんがフロアマップ周辺に着いた。駅から直通のはずだが、少し汗を掻いている。
    時間的余裕があるにも関わらず、電車を降りてからここまで早歩きで来たのだろうな。まったく、もっとゆっくり来てくださって良いのに……
    ここの空調温度なら火照った体が冷めるまで2分ほど。その間に本日の目的の再確認と彼の行動の予測を立てておく。

  • 224/07/31(水) 16:01:51

    目的はトレーナーさんに日傘を渡す事……厳密に言うと、日傘の話題をキッカケに日焼けに対する意識の低さを是正する事だ。
    彼は仕事として簡単な日焼け対策は行うが、プライベートにおける肌ケアの知識が無い。仕事柄多少の日焼けは仕方ないが、無駄に痛めつけてしまうのは少々歯痒く思う。
    私達はまだメイクデビュ―を終えたばかりの関係性、これから長い旅路を往く為に万全の体制で臨む必要があり、トレーニング以外の話ができる休日も最大限に活用したい。
    ここ最近は特に気温が高く、旅の敵である積乱雲が発生しやすい。日光を遮るだけでなく急な雨にも対応できるので、日傘は男女関係無く夏に必須と言える。幸いにも近年は日傘男子なる言葉も流行り、素直なあの人なら少し話すだけで聞き入れてくれるだろう。

    次に行動の予測。私の持っている日傘が一つだけなので、最初は渡しても断られるだろう。
    かといって予めトレーナーさん用の日傘を買ってしまうと余計な気を遣わせてしまう。あくまで今、初めて気付いたかのように話題を振り、元々の予定を変更して日傘や肌ケア用品を買いに行く必要がある。
    その時も元の用事を優先しようとするだろうが、この炎天下ならば説得は容易い。
    大した用事でもなし、また付き合ってもらうよう誘導すればいいだけだ。次回はいつにしようかな?

    おっと、少し脱線してしまった。トレーナーさんが着いてから3分過ぎ、このくらいでいいだろう。

  • 324/07/31(水) 16:02:19

    「トレーナーさん、お待たせいたしました」
    「俺も今来た所だよ。それじゃ行こうか」
    「はい」

    百貨店から外に出ると、日光に当たった肌が悲鳴を上げるようにジリジリと焼け付けられる。
    今この瞬間にも無垢なあの人の肌が紫外線によって侵されているなど許せない事だが、目的を達成するには好条件だ。

    「あぁ……来る時も思ったけど、日差し強いなぁ」
    「ええ、憎らしいくらいに。こちら、よろしければお使いください」
    「日傘? いいよ、君のだろう」
    「そうですが……いえ、仰る通りですね。ニュースに煽られて不安になっていたようです」

    思った通りトレーナーさんの方から話題が提示され、すぐさま日傘を主題に置く。
    この時期ならどれだけ情報に疎い者でも熱中症の話は嫌でも聞かされる。まして、日課としてニュース番組を見ながら朝食を済ませる彼がアスリートの体調に深く関わる情報は見逃さない。

    「ニュース……そっか、熱中症は怖いよね」
    「熱中症による死亡率は男性の方が高いとも聞きますので、つい」
    「ありがとう、飲み物はちゃんと持ち歩いてるし大丈夫だよ。まだ若いしね」
    「それは良かった。ところで杞憂ながらもう一つ、帽子などは被らないので?」
    「帽子かぁ、仕事以外で考えた事なかったな。髪が日光から守ってくれるっていうし」

    やはり意識が薄い、正しい知識を持たないばかりに簡単に倒れてしまう事例は数多い。
    先程のように、律儀なこの人は待ち合わせ時間より早く到着し、相手が来るまではその場を動かないのだ。
    これが屋外だったらと思うと怖気が走る。私が誘う時ならともかく、それ以外の付き合いで外の集合は珍しくないだろう。

  • 424/07/31(水) 16:02:42

    「なるほど……あの、トレーナーさんは髪も日焼けをするという事はご存知でしょうか?」
    「えっ、髪が?」
    「紫外線によって髪の栄養や水分が失われ、薄毛の原因に繋がるんだとか。その様子ですと、帽子も日焼け止めも使っていませんよね」
    「いつもならちょっと外に出るくらいだから……おじいちゃんになる頃には後悔しそうだな」
    「付け加えると、今日のような猛暑の場合、単純な気温の高さから髪だけでは頭皮を守れないそうですよ」
    「そうなの!?」

    仰天し、冷や汗を掻く。そんな彼から見て分からないように、綻んだ口元を指で抑える。
    いけないな、心配している表情を見せないといけないのに。あまりにも素直に受け入れてくれるものだから、つい笑みが零れてしまう。
    次に日傘を渡し、行き先の変更を伝える。これで今日の目的は完遂だ。

    「はい、ですから、しっかりとした対策を立てておかないと若くとも油断ならないのです」
    「そっか、なら日陰に……って街中歩くんじゃ探しても意味無いな」
    「なら、こちらどうぞ。私達ウマ娘は日頃から日焼け対策は行っていますので、お気になさらず」
    「ありがとう、使わせてもらうよ。じゃあ入って」

    ────

    「──……はい?」
    「対策してても紫外線は浴びないに越した事はないからさ。一緒に入ろう」

    ああ。
    そうか、失念していた。

  • 524/07/31(水) 16:03:02

    「……そうですね。しかし、この大きさでは二人分は厳しいかと。今日は予定を変更して、トレーナーさん用の日傘を買いに行きませんか?」
    「いいよ、今日はジャーニーの用事のために集まったんだし」
    「後日でも構いませんよ。それより、折角お貸しした傘なのに、私のために貴方の右腕を犠牲にしては意味がありません」
    「あっ……」
    「くすくす、今日はお互い気を遣いすぎてしまっていますね?」
    「ははは、そうだね。日傘買いに行こうか」

    概ね予想通り、この後は外部からの干渉によるイレギュラーが起きなければ何事も無く終わるだろう。
    予想以上の収穫を得て目的は完遂された。
    鉛のような雨雲が空を覆っていたあの日も、観戦場所を探していた私に場所を譲り、自分の持っていた折り畳み傘を私に差した。
    今と同じように、自身の肩が濡れるのも厭わずに。
    自分の事にはまるで無頓着で、しかし、その分だけ誰かの身を案じては、誰かの為に行動せずにはいられない。
    それはまるで、照り付ける日差しや流れ打つ雨風から身を挺して護る……日傘のような、お人好しな人。

    蒸した熱気に混じって、僅かな冷たさを纏う透き通った臭いが鼻孔をくすぐる。
    いつの間にか積乱雲が発生していたのだろう。近い内に夕立が降る。
    早速イレギュラーが起きたが……焦る必要は無い。

    『俺は君自身の走りに、夢を見たんだ』

    目指す先は見えていて、これ以上ないパートナーがいる。
    多少雨に濡れようと、日に焼けようと、それしきの事で傷つくような縁ではないのだ。
    一歩ずつ、確実に、二人で歩を進めよう。

  • 624/07/31(水) 16:03:44
  • 7二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 17:37:49

    いいトレジャニ書けてるじゃねぇかチクショウ!

  • 8二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 18:03:10

    計算高い、と言うよりいじらしい、って感想の方が先に来る
    かわいいなあチクショウ!

  • 9二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 19:00:29

    乙!良き作品だった

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 20:25:57

    応援スレに推薦しておいたゾ

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 01:24:06

    かわいい

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 01:46:04

    お互い相手を思って譲り合うみたいなのすき

  • 1324/08/01(木) 03:32:08

    ウワー!なんかすごいいいイラスト描かれてるー!?

    コメントもありがとうございます!


    >>12見てよくよく考えたらこの二人性格全然違うのに他人のためだったら行動力の化身になる所だけ同じな事に気付いてエモい

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