【SS】マコト「雷帝を討て、空崎ヒナよ」

  • 1124/07/31(水) 20:18:23

    「む……少々時間が空いてしまったな」

    いつものように事務処理を終えて時計を見ると、時刻は15時を示していた。
    先生が来るまであと3時間。手持ち無沙汰になってしまった……。

    (そもそも事務仕事自体、ほとんどイロハに振ってしまっているからなぁ)

    自分が行うのはせいぜいが私主導で行っている案件のものだった。
    それは商店街で行う"マコト様大感謝セール"の催しや万魔殿グッズの販売経路の確保などで、前々から検討していたペロロ様グッズのライセンス契約についてはチアキに任せている。
    経費や予算案などの生徒会運営については全てイロハに任せているが、あのイロハだ。抱えきれない分に関しては適当に誰かへ仕事を回しているだろう。

    「……ふむ、散歩でもするか」

    そうと決まれば早速立ち上がり執務室の扉を開く。するとそこには――

    「あっ! マコト先輩!」
    「イブキぃ~~~~!!」

    屈んでわしゃわしゃと頭を撫で繰り回すと、イブキは嬉しそうに「きゃ~~」と笑った。

    「マコト先輩、どこかにお出かけするの?」
    「うむ、少し暇でな。イブキも来るか?」
    「行く!」

    よしよしと乱した髪を整えるように撫でる。金色の髪がふわりと揺れる。

    「ああ、そうだ。このあと先生が来るから、それまでには帰るぞ」
    「先生!? ほんと!! 先生と遊びたい!」

  • 2124/07/31(水) 20:18:39

    無垢な笑顔に少しだけ心が疼く。
    シェマタの一件を終えたこのタイミングでアポイントメントを取ってきたのだ。それも万魔殿やゲヘナでは無く私個人に向けて。
    私の想像が正しければ、話す内容なんて"あの人物"のほかあるまい。そこにイブキを――いや、万魔殿のメンバーを同席させるわけには行かないのだ。

    「済まんなイブキよ。私と先生の話が終わるまでは外で待っていて欲しいのだ」
    「……!! どうして……? 私が悪いことしたから……?」
    「――それは違う」

    不意に出た語気にハッと口を押える。イブキが驚いた様子で私を見た。
    寸瞬、脳裏を過ぎるあの事件。2年前の光景が私の魂をあの日の地獄へと落としかける。

    「違うぞ。違うのだ。イブキは何も悪くは無い」
    「マコト先輩……?」
    「大丈夫、大丈夫だイブキ。悪い者など、このゲヘナの何処にもいないのだ」
    「……?」

    不思議そうな目を向けるイブキを抱き抱えて私は歩き出す。
    イブキは賢い子だ。私の不手際で不安にさせてしまったが、それでもこれ以上私に何か聞くことは無かった。

    この重みこそがあのとき私たちが掴んだもの。イブキを幸せにすると誓ったことは、何年経とうが忘れない。
    そして数時間後には先生が来る。時が来たのだ。ゲヘナが、私が、空崎ヒナが握り潰そうとしてきたあの日を語る時が。

    語らねばならない。万魔殿の始まりと雷帝の終わりを。そして、丹花イブキの正体を。

    -----

  • 3二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 20:28:49

    マコトのヒナへの執着の理由も!?

  • 4124/07/31(水) 20:49:02

    「主席入学者、羽沼マコトさん。檀上へ」
    「分かった」

    私が入学した頃のゲヘナ学園は、トリニティに比肩するのでは無いかというまでに統制の取れた学校であったかのように思う。少なくとも主席といった概念は残っており、学校内での重要なポストに就けることが確約されていたからだ。

    学生たちも上から下まで幅広く、それでいて強固な治安維持機構のおかげか、今のように真面目に勉学へ取り組みたい生徒が襲撃されることも無い。外から見れば多少羽目を外すことがあるぐらいの平和な学校に見えていただろう。

    私が入学の挨拶を行うと、壇上から見える反応は大まかに分けて二つ。
    憧れと嫉妬、尊敬の眼差しで見る上澄みと、唾棄するように鼻で笑う澱んだその他。

    とは言え、そんなものが見えたところでどうでも良かったのは事実である。
    結局のところ、"主席で入学"の時点で私の自尊心は既に満たされていた。後はその立ち位置を維持するだけで私は満足。ゴールテープはこの時点で切られていたのだ。

    「――――以上です」

    そう言って檀上から降りようとしたところで、私の前を遮ったのは一人の人物。

    「素晴らしい祝辞でした! マコトさん、私の元に来ませんか?」

    その言葉を遮るように別の誰かが声を上げる。

  • 5124/07/31(水) 20:51:56

    「丹花代表……! 勧誘は後にしてください……!!」
    「あっ、その……ごめんなさい」

    目に映ったのは金色に光るロングヘアー。それ以外は何の変哲も無い学生。
    だが、私たちは――ゲヘナ学園に通う生徒は知っていた。その"普通"の学生こそがゲヘナを掌握する人物であると。

    「丹花代表……だったか」

    私は"愚かにも"ゲヘナの代表へと言葉を交わした。

    「情報部――だったか。私ならば成果を上げられるぞ。この場で勧誘ならばOKだ。是非とも勧誘してくれ」
    「――だって!!」
    「代表――!!」

    ゲヘナの代表は無邪気に笑い、私の傲慢を素直に受け入れた。
    それが私の地獄の始まり――いや、悲痛と叫びの始まりだとも知らずに。

    -----

  • 6124/07/31(水) 21:46:33

    入学式の直後、私は早速様々な部活動から声を掛けられた。
    それは他愛のない部活動、別にゲヘナで無くてもありそうな部活動だったが故に、その全てに謝辞を返して歩き続けた。
    その先に会ったのが情報部、ゲヘナのみならず他学園でさえも飲み込むゲヘナの諜報機関である。

    真に有能な者であるならば辿り着ける真理への門扉。その扉を私は叩いた。

    「羽沼マコトだ! 代表は居るか?」

    私の声に慌てて出来たのは代表の配下たるゲヘナの先輩だった。

    「ああ――。ええっと、羽沼さんでしたね。代表がお待ちです。こちらへ」
    「う、うむ……」

    下級生とは言え随分と尊重したような礼であった。
    私が聞いたゲヘナ学園は上下の立場も一切ない実力主義の学校だったはず。
    主席入学者だからと言ってここまで慮られるものかと思い、少しばかり違和感と居心地の悪さを感じる。
    そうして案内された先は静寂に包まれたひとつの部屋だった。
    豪奢な部屋に質素で実用的な家具の数々。言ってしまえばちぐはぐで、部屋を用意した者と家具を使う者の乖離が見られる場所である。

    そこに佇んでいたのは丹花代表であった。

    「ごめんなさい、マコトさん。一人きりになれる場所なんて、ここしか思いつかなくて……」
    「それは良いが……何というか、その……」
    「"変"でしょ、この部屋。用意してくれたから使っているけど、どうにも肌に合わなくって……あはは」
    「代表でもそう思うのだな」
    「そうだよー。なんで私が代表になっちゃったんだろうねぇ?」

    呆れたように、諦めたように笑う"代表"はどこまでも普通の人に見えた。

  • 7124/07/31(水) 21:55:18

    そんな彼女が何故"代表"と呼ばれているのか、その理由は部屋に片隅に置かれた機械にあった。

    「あー、あれ? まだ試作機なんだけどね~」
    「試作機……とは?」
    「未来を観測する機械だよ。作ってみようとしたけど失敗しちゃって……」
    「未来、だと……!?」
    「そう。観測可能なデータを全て集められたら未来を演算することが可能かなって思ったんだけど……」

    それはこれまで存在していたはずの常識が覆るような発言だった。
    理屈は分かる。だが、机上の空論だからこそ意味の無い問いで終わっていたはずのもの。

    それがもし手の届く半径にあるのであれば――?

    私は"有り得ない"とは思えども"期待"を口にしていた。

    「せ、精度は……?」
    「精度? 6割から7割だからまだ駄目だね~。せめて8割は超えないと」
    「そ――そうか」

    私はその時、初めて"天才"と呼ばれる存在をその目に見たのかも知れなかった。
    そして私に対して恭しかったように思えた先輩方の態度にも納得が行く。主席入学者"程度"、代表と比べればなんてことないのだ。

    ミレニアムですら欲しがるであろうこの天才がゲヘナにいる。
    そうであるなら"代表"と召し上げられてもおかしくは無かった。
    その事実に眩暈がしながらも様子を伺うと、代表は私に微笑みかけた。

  • 8124/07/31(水) 22:09:07

    「とりあえずは、入学おめでとう。それでここに来てくれたってことは……」
    「ああ、誘いを受けに来た。聞けばゲヘナの情報部はキヴォトス全土の内情を把握しているらしいでは無いか」
    「全土って言うにはまだまだだけど、ある程度ではあるかな。例えば今日の朝、登校中のマコトさんがコンビニエンスストアでサンドイッチを買ったこととか」
    「……!?」
    「まあ、情報はあればあるほどいいからね。変数が見えれば未来も見えるんだし」

    それは言葉通りの怪物性であった。
    ゲヘナの情報部なら今日履く下着の色ですら捉えてくるとは如何なる例えか。私は思わず冷や汗を垂らす。

    「それほど分かっているならば、私の履いている下着の色すら分かっているのだろう?」
    「え、虹色とか?」
    「そんなわけ無いだろう!? なんだ虹色の下着とは!?」

    ゲーミングか!? と突っ込みかけると、代表は「ふふ」と笑って話を進める。

    「流石にそこまででは無いけれど、それでも大体のことなら調査済みだよ。私はみんなが笑って平和に暮らせる世界が欲しいから」
    「平和?」
    「そう、平和」

    代表はまるで恋する乙女のように語り出す。夢想するように、その目に映るは遥か彼方の景色であろう。

    「私はね、誰であっても平穏で幸せに生きられる世界が欲しいんだ。差別も争いも無くって、それでいて皆が笑って過ごせる場所がね。私は皆が笑顔で居られる場所こそ必要だと思うんだよ」

    それは極めて難しい問題でもあった。学校が違えば交流は断絶される。断絶した世界には偏見が生まれる。
    生まれた偏見は"校交"を断絶し、争いの歴史は何度も繰り返す。そこに世界平和を願う"代表"が依りにも依ってゲヘナに居るという面白み。私は笑みを浮かべた。

  • 9124/07/31(水) 22:09:36

    保守

  • 10二次元好きの匿名さん24/07/31(水) 22:12:58

    >>7

    アスナの直感って実はこれなんじゃないかと思ってる

    人力でラプラスの悪魔やってるから時々オーバーヒートする

  • 11124/07/31(水) 22:15:05

    保守

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 07:22:37

    保守

  • 13124/08/01(木) 08:10:47

    「キキ……! 私の見込んだ以上の逸材だな代表よ! まさかまさかトリニティではなくこのゲヘナにおいて平和を謳い、ミレニアムではなくこのゲヘナにてその才覚を示すとは尋常ならざる人物のようだ」
    「そ、それは持ち上げ過ぎじゃ……」
    「いいやそんなことはあるまい。是非ともその夢の実現に協力させてくれ」

    そうして手を差し出すと、代表は笑って私の手を取った。

    「嬉しい……! よろしくねマコトさん」
    「……して、代表よ。情報部とは具体的にどのような活動を行っているのだ?」
    「うん! 紹介するから着いて来て!」

    そしてぱたぱたと駆け出す代表に手を引かれ、ゲヘナ学園の案内が始まった。

    -----

  • 14124/08/01(木) 09:08:50

    「まずここが情報部! あ、さっきの部屋は私の私室だね」
    「うむ!」

    先ほど代表が居た部屋は私室のようで、家にも寮にも帰らない代表が情報部内に作ってしまったそうな。
    そして情報部は広いフロアにいくつもの壁で仕切ってそれぞれ担当を分けているのだという。

    「あそこがトリニティ関連の情報を受け持つトリニティチームで、あっちがミレニアムチーム。ああっと、こっちはアビドスチームで……」

    とまあ、手を引かれながらふんわりとした案内をする代表の様子は、大きな子供がはしゃいでいるようにも見えなくは無かったが……それぞれ学校ごとにチームを設けていることは分かった。
    各チームの構成単位は20名から30名。それが学校の数だけあるのだから相当な規模であることは確かである。

    「ちなみにゲヘナチームは別の建物に分けてあるんだよ~」
    「ふむ、なるほど。自分たちの学校だからこそよりセキュリティの高い場所へ隔離しているのだな」
    「そうなんだよ! マコトさんはゲヘナチームに入ってもらうつもりだからよろしくね!」
    「ああ、任せるがいい」

    情報部の集めた情報は代表から見て重要度の低いものであれば、電子データにてまとめられいつでも確認できるとのことだった。
    逆に重要度の高い記録や文書はファイルにまとめられて資料室にて保管され、セキュリティ・クリアランスにて閲覧できる人物が決められているそうな。

  • 15124/08/01(木) 09:09:02

    「ところで代表。ゲヘナ学園には生徒会が無いと聞いたのだが?」
    「うん、ないよ。だから私ひとりが代表なんだよね~」
    「それは……何か意図があるのか?」
    「まあ……私ひとりで何とかなるし……、それに、みんなには生徒会の業務みたいなことよりやりたいことをやって欲しいんだよね。みんなが笑ってくれると嬉しいから!」
    「ほう、確かに代表ほど能力が高ければ学校運営もひとりで事足りるのか……」
    「だからそんなに持ち上げないでよーっ! 普通の女子高生だよ私!? たまたま出来たってだけで……」

    実際、学校の運営が具体的にどういう業務を指すのか全てを理解しているわけでもないが、それでも学校の様子を見れば分かる。
    少々荒っぽい連中も残ってはいるが秩序が敷かれており、喧嘩のひとつもそうそう見かけない。もっと荒れていたはずのこの学校も、代表が来てから随分と変わったようだった。
    ならば私も、その大役の一助となりたい。素直にそう思った。

    「キキキ! そう謙遜するな。しかし分かった。その重責、私も共に抱えてやろう! なに心配するな、私は代表が思っている数十倍は……いや数倍は優秀だ。これから私の手腕を見せつけてくれよう!」
    「おおー、カッコいい……!」

    目を輝かせて拍手をする代表。私も高笑いをあげて応えると、代表は「そうだ!」と手を打った。

    「ゲヘナチームのところに行く前にさ、ちょっとお昼にしない? 実はまだ今日ご飯食べてなくて……」
    「うむ、給食部だな!」

    ゲヘナ生の大半はゲヘナ学園の給食部で昼食を摂ることが多い。
    このマンモス校の食糧事情を一手に担う給食部の人員も、他の学校とは比べ物にならないほど多いと聞く。

  • 16124/08/01(木) 09:20:52

    そうして連れられた食堂は確かに規模が違い過ぎていた。

    「流石に山海経ほどでは無いけど、でも量ならゲヘナが一番だって胸を張れるね!」
    「確かにこれは……圧巻だな……」

    三階建ての建物で中央は吹き抜けになっており、一見すればどこかのデパートのようにも見える。
    各階では料理が作られ、テーブルに設置された端末から料理の注文が出来るとのことだった。

    代表が中に入ると、その姿を見た生徒たちは一様に「代表!」と礼をする。そのうちのひとりが代表に駆け寄ると、目を輝かせながら深く頭を下げた。

    「代表! この前はありがとうございます! おかげで地質調査の精度が上がりまして……」
    「いいんだよ~。また何か困ったことがあったら教えてね。協力するよ」
    「はい!」

    代表は手を振って先へ進む。その後を追いながら「随分慕われているのだな?」と訊くと、代表は気恥ずかしそうに頬を掻いた。

    「大したことはしてないんだけどね~。でも、みんなが笑ってくれるなら嬉しいね!」

    三階まで上がりテーブルに着く。眼下に見えるのは穏やかに食事を摂るゲヘナの生徒たち。

    「ねぇねぇ、何食べる?」
    「む、そうだな……ではパンケーキにしよう」
    「いいね! 甘いのとしょっぱいのにしよう! 交互に食べるといくらでも食べられるんだって!」

    代表が端末を操作してから少しして、私たちのテーブルにはパンケーキがふたつ並ぶ。
    ひとつはプレーンでアイスが乗せられており、隣にはメープルシロップが添えられている。
    もうひとつには塩で味付けされた炒り卵が乗っており、ケチャップとマヨネーズが小皿に入って並んでいる。

  • 17124/08/01(木) 09:40:09

    「では頂くとしよう」

    フォークとナイフを手に取ってそれぞれ食べやすい大きさに切り分ける。
    メープルシロップは適量を垂らして代表の皿へと乗せる。私も炒り卵の乗ったパンケーキを自分の更に取り寄せて一口食べると、なるほど。絶品と言うほどでは無いが、給食として考えれば充分しっかりとした味付けだ。悪くは無い。

    「なかなか良いではないか。思っていた以上にゲヘナの食糧事情は良かったのだな」
    「あー、人工食料の開発が上手く行ったからね~。フードテックって知ってる?」
    「フードテック……ってまさか!」
    「そう、いま食べてるその卵もパンケーキも、全部培養されて作られた人工物なの。地下で作っててね、ゲヘナ学園以外が焼け野原になってもゲヘナ学園さえ残っていれば大丈夫!」
    「それは……アーコロジー化に成功したということか……?」
    「そうだよ。まずは第一歩ってところだけどね」
    「第一歩……?」

    代表は「うん」と笑って外を見た。その目に映っているのは何処なのか、私からではまだ見えない。

    「私は全ての学校が学校内で完結できるようになったら良いなって思ってるんだぁ。そうしたら"敵"が来ても大丈夫でしょ?」
    「敵……? 敵とは何だ?」
    「うーん、世界を滅ぼす者、かな。いや、"モノ"かな?」
    「…………?」

    代表の言葉が不穏なものになる。何を見ているのかさっぱり分からない。
    突然目の前の存在が別の何かになったように感じて一瞬怖気が走ったが、代表はすぐに調子を戻して「食べよ!」と笑いかける。

    私も「うむ」とだけ頷いてフォークを手に取る。
    少しだけ食欲が薄れていたのは気のせいに違いなかった。

    -----

  • 18二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 13:29:32

    面白い

  • 19二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 17:01:00

    >>16

    >>15

    >>17

    マコトの育ちはよさそう感

  • 20二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 17:46:43

    こういうの好き
    続いてほしい

  • 21124/08/01(木) 21:36:03

    食事のあと、私たちは学校の敷地内の片隅に建てられた平屋の校舎までやってきていた。
    特に使われていない旧校舎のようだったが、その外観を見て私は「ここが……」と呟く。代表は私を見て胸を張った。

    「そう! ここがゲヘナチームの拠点なのです!」
    「確かに、行こうと思わなければ気にも留めないなここは……」

    華美で豪奢な本校舎と比べて寂れてはいるが、別に寂れすぎても居ない。その様相は昼の居住区にも似ていた。
    素行の悪い生徒がたむろするにしたってこんな"普通"な場所は選ばない。そんな絶妙な塩梅で設計されていることが見て取れる。
    意識させないことに重きを置いた建築学の極北。これはもはや芸術品の類いに違いなかった。

    「本当に何でも出来るのだな……」
    「"普通"だよ~。マコトさんだって勉強すれば出来るって!」

    そんな普通があってたまるか、などとは早くも思わなくなっていた。
    たった半日以下の僅かな時間で驚かされ過ぎて、出会ってから間もないにも関わらず"いつものことか"と納得すらしつつある。

    そう、代表は無邪気なだけなのだ。
    無邪気で人々が喜ぶのを幸福に感じるただの人。普通で無いのはその異様に高い能力だけで、それ以外は特に特筆することのない"普通の人"であった。

    「……難儀なものだな」
    「え?」
    「もしあなたに出来ないことがもっと多くあったのなら、何も考えずに友人たちとケーキを食べる姿もあったろうに」
    「うーん?」

    首を傾げる代表に思わず笑ってしまった。
    一陣の風が吹き抜けて、私たちの髪をさらっていく。
    穏やかな昼下がりだ。私は一歩踏み出して振り返る。

    「さあ、ゲヘナチームの活動内容について教えてくれ。早急に仕事へ取り掛かろう」
    「おっ、やる気だね~! もちろん!」

  • 22124/08/01(木) 22:15:33

    そうして旧校舎――もとい情報部ゲヘナチームの拠点へと入ると、代表は迷うことなく奥へ奥へと進んで行く。
    通り過ぎる教室は使われていないながらに清掃は行き届いており、『ちょうど今の時間使っていないだけ』なんて言われたら信じてしまいそうなほどに偽装されている。

    その先にあったのは階段で、階段を下りて再び廊下へ。多目的室を通り過ぎてその先の階段を上がると今度は扉があった。

    「ん? 代表、それでは一階に戻ってしまうのでないか?」
    「ふっふっふ……まあ見てて」

    鍵を開けて扉を開く。その先の光景に私は呆然とした。
    先ほどまでと比べてやや低い天井が続くフロアには多くの生徒たちが居た。20や30では利かない。今見える範囲だけでも50人は常駐しているようだった。
    私は目を剥いて代表を見る。そこにあったのは満足げな微笑で……。

    「……まさか、ここは地上と地下の間か?」
    「おお! そこに気付くなんて流石だね~。大体の人は『なんで!?』って言うのに」
    「魔法でも無ければそれしかあるまい。それに下り階段が長く感じた……というのは後付けだな」
    「ふふっ、やっぱりマコトさんは情報部に向いてるね」
    「そうか? ならば良かった」

    褒められたせいか、私は素直に笑みを浮かべる。
    どうにも、"この人"が褒めてくれるのならそこに忖度も何も無いのだろうとすら感じてしまっていた。
    全てにおいて規格外な存在から認められるというのは、反発するしない以前の問題だ。そんな規格外で普通の人は案内を続ける。

    「さっきも言った通り、ゲヘナチームはゲヘナ内部で起こる事件や情報を収集するチームでね。他のチームもそうだけど、活動に応じていくつか特例が認められるの」
    「特例?」

  • 23124/08/01(木) 22:26:59

    代表は歩きながら説明を始める。内容はこうだ。

    一つ、情報部は集めた情報に応じてポイントが付与される。
    例えば生徒たちの購入履歴などであれば1日分で1ポイント。会話の内容など難易度が上がれば20ポイント。諍い含め今後に発展しそうなものであれば100ポイントなどだ。

    二つ、集めたポイントで特権や特例が与えられる。
    他チームへの異動やセキュリティ・クリアランスの権限拡大。中には代表の時間まで引き換え可能で、一番人気はその時間購入とのことだ。

    本人いわく「なんでだろうね?」などと言っていたが、学園の叡智が個人に時間を割いてくれると聞けば誰だって欲しいだろう。実際、先のランチで地質調査の礼をしてきたゲヘナ生も友人に情報部が居て――の流れだったらしい。
    何でも開くスケルトンキーが手に入るならば、それは確かに人気であるに違いない。

    そして三つ。ポイントは現金に交換できる。
    面白みも無いことだが、そんな面白みの無いことこそが誰でも欲するものである。レートも決して安くは無い。
    目に見える実益があるからこそモチベーションが上がり、情報部の集める情報も増えていくのだろう。

    「……ん? いや、代表。それでは虚偽の成果も挙げられるのではないか?」

    そう聞くと代表は困ったような笑みを浮かべてこう返した。

    「たまにあるけど……、最終的に"私"が見るから大丈夫!」

    それには苦笑せざるを得まい、と結論付ける。

    「それじゃあまずは……」

  • 24二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 22:38:53

    ヒナとの邂逅が楽しみ

  • 25二次元好きの匿名さん24/08/01(木) 23:22:01

    こういうの好き

  • 26二次元好きの匿名さん24/08/02(金) 06:00:48

    保守

  • 27124/08/02(金) 10:22:44

    代表が辺りを見渡す。その時だった。
    ひとりのゲヘナ生が代表に走り寄ってきて叫んだ。

    「代表! 失礼します」
    「どうしたの?」
    「中学生を乗せたバスを風紀部が止めているようでして……」
    「風紀部か……」

    思案するように目を閉じる代表へ私は声を投げかけた。

    「すまない。風紀部とはゲヘナの治安維持機構のことだろうか?」
    「うん、小学校から高校までの治安維持を任せているんだけど……たまに張り切り過ぎちゃう子がいるんだよねぇ」
    「そういうときは誰が止めるのだ?」
    「私かな、やっぱり。風紀部の部長でもあるからね。けど……うん、ここはマコトさんにお願いしようか!」
    「なにっ!?」

    思わぬ角度から飛んできたボールに驚くが、代表は「そうしよう!」と私の肩を叩く。

    「初仕事だよ! どういう理由で揉めているのか、風紀部の子がどういう子なのか。まずは現場に行って話を聞いてその場を治めて調査して、後でレポートにまとめて提出してね」

    そして有無を言わせる間もなく手渡される情報部のタブレット。画面には問題が発生している場所と風紀部の生徒のプロフィールが表示される。
    ……初日から荷が勝ちすぎているのではないか? とも思ったが、情報部の中でも選りすぐりのエリートが集まるゲヘナチームだ。そのぐらい出来て当然なのだろうと納得した。

    「……そうだな。私に任せるが良い! その期待に応えようでは無いか!」
    「頑張ってね!」

    そして私は身を翻し、早速問題の場所へと向かって行った。

    -----

  • 28二次元好きの匿名さん24/08/02(金) 17:15:09

    気長に待つ

  • 29二次元好きの匿名さん24/08/02(金) 20:42:08

  • 30124/08/02(金) 21:56:53

    タブレットの表示に従い向かった先は商業区の細い路地と大通りの合流地点だった。
    一台の送迎バスが止まっており、運転手と風紀部が何やら揉めている様子である。

    ひとまず様子を伺おうと近づくと、こんな声が聞こえてきた。

    「だぁかぁらぁ! 全員の持ち物を確認させろって!」
    「正当な理由と手続きを頂かなければこちらとしても承服致しかねます……!」
    「手榴弾投げ込む方がヤバいだろ!」
    「ですから! それはあなたの勘違いです! こちらの皆さんは投げ込んでおりません!」
    「運転中だから気付かなかっただけだろって!! ああもう! 話にならないなぁ!!」

    繰り広げられる押し問答に進展は無さそうだったが、少なくとも要点は掴めた。
    そろそろ割って入ろうかと動き出したその時、風紀部と運転手の間に割って入るひとりの人物。

    「ねぇ、あなたの見間違いよ。私も見ていないし……」
    「あぁ!?」

    屹然とした目で風紀部を見上げるのはバスに乗車していた中学生だった。
    手にはアサルトライフル。まさかやり合うつもりか……?

    「もういい? 早く帰りたいんだけど」
    「随分と舐めた口聞くじゃねぇか……!!」

    風紀部が銃に手をかける。中学生もアサルトライフルを構えようとして――

    「ちょっと待った! 待て! いきなり撃ち合うものではないぞ!?」
    「……?」
    「ああ? ……って、お前は羽沼マコト!」
    「む? どこかで会ったか?」

  • 31124/08/02(金) 22:18:30

    はて、と首を傾げると、風紀部は呆れたように溜め息を吐く。

    「そりゃ入学式であれだけ目立てばなぁ……。代表のお気に入りの顔は流石に一発で覚えるっての。情報部か?」
    「そうだ。代表に代わって状況の確認に来たのだ」

    そう言うと風紀部はうんざりした様子で口を開いた。

    「確認も何も、こいつらがバスの中から路上に手榴弾投げ込んだんだよ」
    「だから投げてないって……!」
    「済まないが順番に、な。この羽沼マコト、一方を見て盲信するほど蒙昧な瞳は持ち合わせておらぬからなぁ!!」

    派手に高笑いをかますと中学生は怪しむような目を向けてきたが、大人しく口を閉じた。

    「さて、続きといこう。爆発があったのは何処だ?」
    「あの細い通りの中でだ。一方通行の一車線。周りに誰もいなかったのに爆発するなんておかしいだろ?」
    「見たところ高い建物に囲まれているようだが……二階から投げ込まれた可能性は?」

    そう聞いてからはたと思い出す。単純に監視カメラを調べれば良かった。
    爆発した時刻を聞いてからタブレットを操作する。重要度の低い情報なら閲覧できるとのことだったが、何せあまりに膨大だ。何を調べるのかの意図を持たなくてはマトモに拾い出すことも困難だろう。

    時刻を打ち込み通りの監視カメラを確認する。
    映された画面を見るが、どうにも爆発した場所は確認できるものの画角があまりに絶妙だった。
    ゴミ箱に設置されたカメラではバスの向こう側で爆発が起こっているし、街灯のカメラでは何故か通りが映っておらず、通りの二階部分だけを映している。当然爆発のあった場所の直上二階は閉まりっぱなしだ。

    「なんか……やけに映している位置が悪くは無いか?」
    「整備不良だろ? そんなことよりも二階から投げ込まれたわけじゃないんだ。だったら後はバスだけだろう!」
    「なるほど……」

    理屈は通っているようで、確かにここだけ聞けばその通りだと納得できる。

  • 32124/08/02(金) 22:33:14

    だが、と中学生の方を見る。無言で私を見続けていた。

    「だが、お前にとっては違うのだな?」

    そう訊くと中学生はこくりと頷いた。

    「私たちの中に手榴弾を持っていた人は誰も居ない。手榴弾の携帯許可が必要になったのもそうだけど、そもそも私たちは持ち歩いていないもの」
    「ふむ……まあ必要なければわざわざ持ち歩かないな」

    ゲヘナ自治区では今月から手榴弾の携帯には許可証の発行が必要になっている。
    布告自体は半年前から行われており、それまでに代表が随分と手を回していたことは誰でも知っていた。

    「それに私、バスの中を見ていたもの。そんな動きする人は居なかった」
    「うーむ……」

    この中学生が見ていた証拠も無いが、見ていなかった証拠も無い。そこでふと気が付いた。

    「そういえば二人とも。爆発の瞬間を見たのはどのタイミングだ?」

    そう訊くと風紀部は頭を掻いてこう言った。

    「あたしは直接見てないな。たまたま巡回してたら爆発音が聞こえてさ、バスが止まっていたから監視カメラをチェックしたんだ」
    「私は見たけど。バスが止まって動き出した後すぐだった」
    「バスが止まった? 一方通行の道だぞ?」
    「猫が居たのよ。それで一旦止まったんだけど、すぐ退いたみたいだから本当に少しの間だったけど」
    「爆発したのは動き出してからどのぐらいか覚えているか?」
    「流石に数えてないけど……でも2、3秒とかじゃないかな」
    「随分と早いな……」

    情報は出揃ったようだが、どちらかの勘違いというのも難しそうだ。

  • 33二次元好きの匿名さん24/08/03(土) 05:55:38

    保守

  • 34124/08/03(土) 08:00:59

    爆発。止まるバス。猫の進路妨害。爆発のタイミング。締められた二階。いくつか要素を並べてみるが、正直何にも思いつかない。

    「くっ――!!」
    「ど、どうしたの?」
    「私は、名探偵では無かったようだ――!!」
    「それは……そうみたいね……」

    呆れながら言う中学生と、それに釣られて溜め息を吐く風紀部。

    「もういいか? さっさと検査させてくれ。まあ何も出なくても嘘吐きを探すために尋問はするけどな」
    「だから私たちじゃないって――」
    「どうせ理由も無く何かの憂さ晴らしにやったんだろ? えぇ?」
    「待て」

    理由。その単語がやけに引っかかった。

    「いま理由と言ったな?」
    「そ、そうだけど……何だよ」
    「おかしくは無いか? 仮に車内から投げたとしよう。では投げたのはいつだ?」
    「え、……っと、動き出してから数秒後ってんなら止まった時じゃないか」
    「爆発した場所はバスからどれぐらい離れていた?」
    「すぐ後ろ。止まっていたら巻き込まれていたわ」
    「猫なんて不確定要素がある以上、バスがすぐ動くことを予測して自分が巻き込まれるかもしれない手榴弾を投げる方がおかしいのではないか?」
    「それっ……は、そうだけどぉ……」

    狼狽える風紀部。だが、別にこれは責めるような話では無い。

    「違うぞ。止めたのは恐らく正解だ。お前がすぐに納得していたら今の会話すら起こり得なかった。重要なのはそこではない」
    「手榴弾が爆発したのは事実。じゃあ"誰がどんな理由で"ってことね」
    「キキッ、そうだ。追加するなら"どうやって"も、だな」

  • 35124/08/03(土) 08:02:29

    二階の窓は開いていない。上から落とすのは不可能。自爆覚悟でバスから投げたなんて考えづらい。
    では手榴弾はどこから出てきた?

    「先輩よ。私はまだこの学校に来たばかりで分からないことも多いのだが……」
    「な、なんだよ急に……」

    私はそう前置く。あくまで私は入学初日だ。であるならば、知ってるであろう者に聞くのが早い。

    「テロ活動を行っている者は居ないか? 例えば代表への牽制に中学生を巻き込むような輩を」
    「……曙同盟なんてのが居たな。最近は活動してないみたいだけどよ」

    曙同盟、すぐさまタブレットで検索にかけると"欲しかった情報"が出てきた。
    代表が治める現在のゲヘナ学園の体勢を疑問視するテロリスト。陰謀論を掲げてロビー活動を行っていたが、成果が無いと分かるや否や武力行使に出始めてきたらしい。
    要求は代表の永久追放。過去の事例では商店街襲撃や中学校に爆発物を撃ち込むなど多岐に渡る。
    まあその程度で派手に怪我をすることは無いだろうが、重要なのは目的の為ならか弱い者であろうとも対象にするという部分だろう。
    そして二件、今回の事件に対して双方の意見を崩さずに実行し得る事例が存在した。

    「……車両を狙った爆発事件が存在するな。使われたのは時限信管の作動が長い旧式のものだ。バスの上へと乗せるように投げ込めば開く窓は爆発現場の上である必要は無い」

    ――それに、監視カメラも気付いていれば向きを変えられる。
    ――となれば曙同盟は自分たちの犯行だと気付かれたくなかった? いや違う、冤罪事件を起こすつもりだったのだろう。

    「先輩よ。私の推測だが、これは中学生たちを狙ったテロ活動だ」
    「マ……ジか……?」
    「分からん。が、どちらも勘違いで無いのならその可能性が高い。調べ直す必要は充分にあるはずだ。一度ここは持ち帰って精査した方が良いだろう」

    そう言うと風紀部は「わぁーったよ」と頭を掻いた。

    「とりあえず報告はしておくよ。あんたの言う通りだったら手柄になるしな!」
    「その時にはこの羽沼マコト様の名を連ねると良い。何せあの代表のお気に入りらしいのだからな!!」

  • 36124/08/03(土) 08:03:36

    そう言うと風紀部は笑ってその場を去っていった。
    残ったのは私と件の中学生だ。

    「……とりあえずは、何とかなったようだな」

    そう言うと中学生は「そうみたいね」とだけ呟く。

    「キキッ、それにしてもあのように高校生と大人の間に割って入るなど、なかなか肝が据わっているでは無いか!」
    「そう? 勝てる相手だったから出て来ただけ」
    「ほう……?」
    「勝てない相手だったらきっと黙っていた。面倒だもの」

    静かにそう言い放つその中学生を私は見る。
    小柄だが、確かにそう言い切れるだけの自信と相手を見るだけの目があるのだろう。だとしても、だ。

    「そう簡単に出来ることでは無い。この羽沼マコトでなくとも、それを行える者は少ないからなぁ!」
    「…………」
    「だから誇ると良い。もし本当に件のテロリストの仕業だと判明すれば、それはお前の手柄でもあるのだから」
    「……そう」

  • 37124/08/03(土) 08:03:47

    中学生はそれだけ言って踵を返した。
    私はそれを見送って、その姿をこの目に焼き付ける。
    白髪と紫紺の瞳。小柄な背丈の少女は最後に振り返って己が名の名乗った。

    「空崎ヒナ。進展があったら教えて。疑われたままって言うのも気分は良くないし……」

    そう言ってアサルトライフルを担ぎ直すと、バスの中へと戻っていった。
    運転手から礼を言われて、その後すぐにバスは走り去る。残った私は周囲を眺めながら独り言ちた。

    「さて、あとは情報収集とレポート作成だったか」

    この事件の顛末含めて調査し、情報を残すのが情報部の職務なればこそ、ここからが始まりなのだろう。
    私はレポートにまとめ上げられるだけの情報を求めてゲヘナの街を走り始めたのであった。

    -----

  • 38二次元好きの匿名さん24/08/03(土) 12:09:34

  • 39124/08/03(土) 21:27:09

    ゲヘナ学園に戻ったのは日の暮れた夜のことだった。
    あれから張り切って情報収集を続けたのだが、成果のほどは芳しくない。

    「曙同盟……」

    あてがわれた自室にて唸りながらも思考を巡らす。

    かの組織が表に出始めたのは丹花代表が高校に入学してから半年後のこと。つまりは今から一年と半年前。
    その名前もロビー活動をしていた時期に名乗られていたものであり、その後発生したテロリストがロビー活動自体のメンバーだったことから同一視されている、ということだ。

    活動も突発的なものでは無くきちんと組織的な動きが見られる。だが、その集会現場を押さえられたことなく、明らかに風紀部の巡回経路などが流出しているとしか思えない。

    ――風紀部にスパイが紛れている?

    試しに二年生以上の経歴を探ってみたが目星も付かない。

    同じく分かったことは、情報部の存在自体が新しいものであるということ。
    風紀部の一部を分離して作られたのが情報部のようで、もしかするとスパイを警戒して組織を二つに分けたのだろうか。

    「ふむ……まるで分からん!」

    レポートには「現在調査中」のタグをつけて一旦提出する。
    そこでふと思い出すのはあの時の中学生のことだ。

    「空崎ヒナ、か……」

    レポートからは省いたが、調べてみて驚いたのは教養から何に至るまでが規格外の逸材であるということだった。
    勉強に限らず身体能力など全てが卓越している生徒。趣味は無く、暇な時間は勉強か習い事をしているらしい。
    ただ、覇気があるわけでは無い。典型的な無趣味の努力家。それ以上でもそれ以下でも無かった。

  • 40124/08/03(土) 21:27:19

    「惜しいものだな、本当に」

    もしあの者が全力で何かを行ったら一体どこまで行けるのだろうか。
    決して彼女は天才ではない。それは代表のような存在のために在る言葉だ。なればこそ、敬意を込めて秀才と呼ぶべきだろう。

    そう思い至ったところで私の携帯に通知が来た。
    何だろうと画面を見ると、それは代表からのモモトークであった。


    【お疲れ様! レポート読んだよ!】

    「早いな。代表も忙しいだろうに……」

    【曙同盟については時間かかるかも……。2か月ぐらいかけて調べる感じで!】

    「そんなにか!? まあ、これまで尻尾を見せなかったのだから難しいか」

    【とりあえず一週間、成果は出なくても良いから調査方法と活動内容についてはなるべく被りがないように。色んな方法を試してみよ~!】

    「相変わらず丸投げだな……。まあ良い、今のうちに試行錯誤しておけということだな!」

    私は【了解した! 任せるが良い!】と返信して画面を切る。
    まずは慣れなくては。学校にも部活動にも。

    そうして私の一日目が終了した。

    -----

  • 41二次元好きの匿名さん24/08/03(土) 21:39:38

    有能なユメ先輩みたいな子だ…少なくとも今のところは

  • 42124/08/03(土) 21:55:59

    さて、それからの一週間は特に特筆するべきことは無かった。
    朝起きてからBDでさっさと勉強し、面倒なテストの類いを片付けてからタブレットで生徒のプロフィールを頭に入れる。
    その時間に三日ほど費やして4か月分の自由時間を確保してから四日目に調査を開始し始めた。

    ゲヘナ生徒が利用する店舗と移動経路をまとめてみたり、自治区内で起こっている犯罪件数の規模と位置をまとめてみたり。
    思いつくものの大体は他のゲヘナチームが先んじて調査していたが、まあサンプル数が増えるのも益であろうと特に気にせずレポートを上げ続ける。
    ひとりでせっせと調査を続けるのも悪くは無かった。調べたデータは決して無駄にはならない。見えれば見えるほどやりたいことが増えてくるのもあって、確かに情報部は天職なのだろうと実感もした。

    そしてあっという間に一週間は通り過ぎる。
    代表に呼び出された私は、あのちぐはぐな部屋へと呼び出されて、その扉に軽く二回ノックした。
    中から「は~い!」と声が聞こえたので扉を開く。そこには代表と、小学生ぐらいの子供がいた。

    「む、その子は?」

    私がそう訊くと、その子は溢れんばかりの笑顔を私に向ける。

    「イブキだよ! ええっと……あなたがマコト先輩?」
    「うむ! 私が羽沼マコトだ。初めましてだな、イブキよ!」

    屈んで握手を求めると、イブキは「わぁ~っ!」と走り寄ってきて私の手に抱き着いて頬ずりした。

    「……っ!!」

    ――なんだこの愛くるしい存在は!?

    胸に衝撃が走った。空いた手で頭を撫でると「むふぅ」と満足げに瞳を閉じる。
    もう駄目だ。辛抱できずに私はイブキを抱きしめた。

    「うちの子になりなさい」
    「やった~!」

  • 43二次元好きの匿名さん24/08/03(土) 22:02:03

    イブキちゃんと雷帝別人だったのか…じゃあ妹か?

  • 44124/08/03(土) 22:17:14

    「ふふっ、面白いことしてるね~」

    代表が笑いながらそう言うと、続きを説明し始めた。

    「丹花イブキ。今日からこの子の世話をよろしくね?」
    「世話……? というより、丹花とは……代表の妹君か?」
    「イブキね~。ゲヘナチームの一員なんだよ~!」
    「む、しかしまだ小学生では……」

    そう言いかけたところで、代表は「それはね」と口を開く。

    「飛び級制度を使ってね。今は高校一年生なんだ~」
    「なんと……では同級生ではないか?」
    「そこは年齢的なとこかな。ほら、一応10歳だし」

    まあ高校二年生でも良かったけれど、などと呟いた言葉に私は言葉を失った。
    やはり家系は侮れない。天才の妹もまた天才か。何より愛くるしい。

    「もちろんゲヘナチームの一員だからね。同じ情報部として一緒に過ごして、色んなことを教えてあげて」

    たおやかに笑いながら言う代表。
    ふとそこで私は疑念が浮かんだ。

    「聞いて良いかも分からないが、その……何故私なのだ? 他にも部員は居るだろう?」
    「うーん……答えるのは簡単なんだけど……」

    少しばかり思案するように遠くを見る代表。そして――

    「私たちは情報部、でしょ? だからこそ、その"何で"は調べてレポートにしてみよう! 私は言わないけど、別に口止めもしていないから私以外から調べて調査してみてね!」
    「キキッ……。なるほど、挑戦状というわけか……」

  • 45124/08/03(土) 22:17:57

    ならば確かに直接聞くというのも野暮というもの。
    私は威勢よく高笑いをして宣言した。

    「ならば! 見事この謎を解き明かし代表の望む回答をくれてやろう!!」
    「あ、それはそれとしてちゃんと部活動はお願いね」
    「なにィーーーーッ!!」

    膝から崩れ落ちる、が、それもそうかと納得する。
    あくまで部活動優先。曙同盟の件に続いてまた宿題が増えてしまったが……いやむしろテストを終わらせている私には4か月の自由時間がある。
    正直後回しにしなくて正解だったのでは? と確信しているが、それはそれ。これはこれ。
    とにかく活動は行いながらもじっくりと時間をかけていこう。

    そう決意すると代表は「それじゃあ、よろしくね!」と私を送り出した。
    扉が締められて、私とイブキはドアの前。とりあえず手を繋いで立ち尽くす。

    「……とりあえずイブキよ」
    「なにー?」
    「昼食を摂ろう。何が食べたい?」

    イブキは「えーっと……」と迷ってから私に言った。

    「パンケーキ!」

    その回答に笑って私は頷く。

    「では、食堂へ行こうか」
    「うん!!」

    そんなやりとりがあった末に、私たちは食堂へ訪れていた。

  • 46124/08/03(土) 22:49:04

    「大きいね~!」
    「そうだな。イブキは食堂を使ったのは初めてなのか?」
    「うん! 昨日はずっとお部屋に居たから!」
    「そうか~。 ところで、パンケーキは甘い方で良いか?」
    「うん! イブキ甘いの好き!」
    「そうか~~~~!!」

    あまりに無邪気で私は頬を綻ばせながらも端末を操作する。
    メープルシロップの付いたパンケーキを注文しながら、私はサンドイッチを注文する。
    この一週間で分かったことだが、培養された食物は本物に迫るほど質の良いものであった。

    例えば肉類。ペースト状に織り交ぜてひき肉として出すならともかく、豚や牛のステーキだって真に迫るように筋のあるものから霜降りまで取り揃えてある。
    凄まじい技術力だ。言ってしまえば無限食料の提供に近い。"ひとりの天才が世界を変える"だなんて有り触れた慣用句ではあるが、こうまで見せつけられると本当にそうなのでは無いかと思ってしまう。

    そうして運ばれてきたパンケーキを前に、イブキはその目を輝かせた。

    「好きなように食べると良い。ああ、だがかけ過ぎは良くないぞ。ひたひたにしてしまったらパンケーキの触感が消えてしまう」
    「じゃあマコト先輩、どのぐらいが丁度良いの?」
    「ふむ、そうだな……」

    フォークとナイフを手に取ってパンケーキを切り分ける。
    私自身特にこだわりがあるわけでは無かったが、とりあえず表面2割に染み渡るようにメープルシロップを掛けまわしてからイブキに渡す。
    イブキはどこか未知のモンスターへと挑むように真剣な眼差しをパンケーキへと向けてフォークを突き立てる。そして一口――

    「――おいしい!!」

    ぱあっと花開くような笑顔を見せるイブキに安堵しながら、私もサンドイッチを口にした。うむ、やはり手軽で良い、と頷くが、今日の食事は今までよりも美味しく感じた。

  • 47124/08/03(土) 22:54:55

    「イブキよ。難しければ今の気持ちを基準にするといい。シロップの量、今日の焼き上がり具合、その全てに意味がある。そして最高の美食へと上り詰めるのだ!!」
    「うん!!」

    元気よく頷くイブキを見て、私もどこか元気を貰えたような気がした。
    そこでふと思う。代表によって食料の完全供給が為されているのなら、代表以前の第一次生産者はどうなったのかと。

    「キキ……」

    含むように笑みを浮かべると、イブキは口いっぱいにパンケーキを頬張りながら首を傾げた。
    その口を拭ってやりながら私は言った。

    「食農体験だイブキよ。ゲヘナ自治区の第一次産業に触れてみようでは無いか!」

    もぐもぐと頬張ったパンケーキを飲み込んでから、イブキは力強く頷いた。
    時刻は昼過ぎ。今日中にとは言わないが、新たな調査対象がここで生まれた。
    ゲヘナ自治区における第一次産業の推移。流石にこれを調べているものは居ない。なればこそ――

    ――これこそが最初の手柄だ代表よ。

    見るが良い。私はこのレッドオーシャンを泳ぎ切ろう。
    そう決意した私は、早速イブキと共に着手することにしたのであった。

    -----

  • 48124/08/04(日) 07:33:55

    ほしゅ

  • 49二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 16:10:06

    現在でマコト18歳イブキ11歳なのに、マコトが一年生の時点でイブキが10歳ってことは…


    イブキは2月29日生まれってことだな!

  • 50二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 21:13:14

    念のため保守

  • 51124/08/04(日) 22:47:33

    昼食を摂り終えた私たちは、手始めにゲヘナ自治区の郊外へと赴いていた。
    まっすぐ続く通りを見たイブキがパタパタと走り出そうとして、私はすぐにその手を掴んだ。

    「危ないぞ。転んでしまうでは無いか」
    「大丈夫だよ!」
    「ふむ……よし、肩車をしてやろう」
    「ほんと!」

    私は屈んでイブキに肩車をすると、イブキは歓声を上げた。その愛くるしさに頬が緩む。

    「ねぇねぇマコト先輩! どこ行くの?」
    「キキッ、よくぞ聞いてくれたイブキよ。食とは需要があってこそ。作られるのならそれを販売する店が必ず存在するわけだ」

    大規模生産しているような農家を当たるのも悪くないが、そういった大手は他校の学区内にも輸出することを前提として生産している。
    そしていま知りたいのはあくまでもゲヘナ自治区内の動きだ。大規模では無く個人。地元コミュニティの動向というのは決して数字だけでは見えてこないものである。

    「つまり、地域のみんなとなかよし計画、だ!」
    「なかよし!!」

    おー! と手を挙げたイブキだったが、すぐに私の頭をぽすぽす叩いて声を上げた。

    「ねぇマコト先輩。向こうに何かあるよ?」
    「む? あれは……」

    道路の向こうにあったのは簡素な棚の上に屋根だけがついた小さな建物だった。
    看板には「おいしいやさい!」と書いてあり、棚にはいくつかの野菜が置かれている。
    だが、近くには誰も立っていない。いわゆる直売所に似ているが……。

  • 52124/08/04(日) 23:03:46

    「直売所型のトラップだな」
    「トラップ?」
    「そうだ。昔は度々作られていたらしいのだが、商品を盗もうとして近づく生徒を捕えるためのものだ」

    ゲヘナは今でこそ治安は良いものの、以前はもっと混沌としていたらしい。
    そのため、各住民などが自衛のためにと設置を始めたのが直売所型の餌というわけだった。
    近づいた瞬間に付近の倉庫からガトリングが出てきて撃たれるというのもあったらしい。

    「危ないから少し遠回りしていこう」
    「じゃあ……あの人大丈夫かなぁ……」
    「あの人……?」

    イブキの示す先に目を向けると、周囲を伺うように直売所モドキに近づくひとりの生徒の姿があった。
    中学生ぐらいだろうか? その生徒は私たちに気が付くと優雅に礼をする。そして、一気に直売所へと走って行って、直後「きゃあ!!」と悲鳴を上げながら落とし穴へと落ちていった。

    「マコト先輩、助ける?」
    「うーむ……」

    見てしまったしなぁ、という気持ちが芽生えたが、そうだ。今ここにいるのは私だけではない。イブキもいるのだ。
    ならば先輩として何をするべきか率先して見せる必要があるだろう。

    「キキッ! 良いかイブキよ。この辺りをうろつく中学生などそうそうおらん。だからこそ、飢えた退学者であろうが地域住民の皆さんだろうが一度話を聞いてみても損は無い。即ち、引っ張り上げて話を聞くべきだと私は考えた!」

    そして私は穴に落ちた中学生を助けるべく一歩を踏み出した。道路が抜けた。

    「ぬわーーーーっ!!」
    「マコト先輩ーー!!」

    -----

  • 53124/08/05(月) 00:31:38

    「はぁ……はぁ……」

    あのあと何とか這い上がった私は、荒く息を吐きながら道路の上に両手をついていた。

    「マコト先輩大丈夫……?」
    「ああ……、大丈夫だ。問題ない……。それより、お前は大丈夫か?」

    私は目の前の中学生に聞くと、「ええ、助かりましたわ」と涼しい表情で言う。
    黒舘ハルナ。美味しいもの探しが趣味の中学三年生だ。

    「そもそも、何故あのような明らかに罠でしかない直売所へ向かったのだ……」
    「ふふ、それは真の美食を求めて、ですわ!」
    「お前は何を言っているのだ……?」

    困惑するとハルナはこちらが何か聞く前に滔々と話し始めた。

    「最近の学校での食事が均一的な味しかしないのが悪いのです。ただ機械的に調理されるなんて食に対する冒涜そのもの。聞けば食材だって人工的に作られたものらしいではありませんか。そんなのはいけません。ですからこの大地で富育み作られた最高の食材を探していたところ、どうやらこの辺りで同じく学校の食事に疑念を抱く者たちが購入しているという食材があると聞くではありませんか。ですので私もこうして同志を求めてやって来たのです。あなた方もそうなのでしょう?」
    「待て待て待て。長いわ!!」
    「あら、失礼しました」

    一旦整理しよう。
    まず、このハルナとやらは学校で出てくる食事に不満があると。……給食に一体何を求めているのか。むしろかくあるべきだろう?
    そして最高の食材を追い求めている。これは……。

    「お前は料理も出来るのか?」
    「いえ、さっぱりです」
    「何なんだ本当に!!」

  • 54124/08/05(月) 00:59:37

    いちいち突っ込んでいては気がおかしくなる。
    次が学校の食事に疑念を抱く者。スルーだ。というか給食に多くを求めすぎだろう!!
    そして我々はお前のような同志などでは決してない。断じてだ!

    こいつを助けようとしたのは間違いだったのやも知れない。
    そんな後悔が後から立ちつつあるところでふと、イブキが私の裾を引っ張った。

    「どうしたイブキよ」
    「人工的に作った食材ってどういうの?」
    「む、それは代表の……」

    そう言いかけてふと湧く疑問。
    頭の中で整理する前に私はハルナの方を向く。

    「……いや待てハルナよ。お前はどこでそれを聞いた!?」
    「それ、とは……?」
    「人工食料のことだ!」

    私だって代表から聞くまで知らなかったことを何故ハルナが知っている?
    その答えはまるで呆気ないことのように語られた。

    「ああ、そのことなら"曙同盟"の方から聞いたのです」
    「――ッ!!」

    曙同盟。つい一週間前に起こった手榴弾事件の容疑者組織。
    まさかここで繋がるとは――

    「キキッ……! キハハ……キヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

    私はどうやらツイているようだ。ここでまさか曙同盟の接触を受けた者と出会えるとは……!!

  • 55124/08/05(月) 01:14:42

    「どうやら、我々がここで出会うのはひとつの運命だったようだな、ハルナよ」
    「……!! やはりあなたも美食の求道者なのですか!?」
    「キキッ、そうだ。……そうなのか? まあそうだろう。私もまたお前たちの歩む道を追い求める者。して、その曙同盟とやらに――」
    「でしたら!」

    私の言葉を遮って、ハルナは私の手を掴んだ。
    期待に満ちた眼差しを受けて、私の本能が「厄介事だぞ早く逃げろ」と叫んでいる。いるのだが、振り返って見るイブキの瞳もどことなくやる気に満ちたように見える。ここで逃げるわけには行かない……というよりも、逃げ場が何処にも存在しない。

    「分かった良いだろう!!」
    「なんと……まだ何も言っておりませんのに」
    「い、一応聞いておくが犯罪では無かろう? であればこの羽沼マコト、聞いても聞かなくとも了承するに決まっておろう!」

    もはや破れかぶれにそう宣言すると、ハルナは目を潤ませて嘆息する。

    「流石です。これが高校生の度量と言うものなのですね」
    「ふっ、そうだ」
    「では、ゲヘナアップルパイ品評会への参加、ともに頑張りましょう!」
    「ああ、ゲヘナアップル……なんだって?」

    情報部を以てしても聞いたことの無い。なんだその会は。
    ハルナは赤らめた頬に手を当てながら、宙に視線を向ける。

    「ゲヘナ自治区内で作られるリンゴを使ったアップルパイの品評会ですわ。互いに作ったアップルパイを持ち寄って、最も美味なものを探ってはその製法などについて話し合う会。ええ、きっと最高の美食が待っているに違いありません……」
    「……ひとつ聞くが、いやさっきも聞いたが、お前はアップルパイを作れるのか?」
    「いいえ、全く」
    「頭がおかしいのかお前は!?」

  • 56124/08/05(月) 01:14:52

    私は叫ぶがハルナの顔はどこ吹く風のように穏やかで……いや本当に何故なんだ!?
    曙同盟の話は聞かねばなるまい。だがそのためには信用してもらう必要がある。だから私はアップルパイ品評会などという謎の会に出席する。
    ……よし、納得は出来た。その上で、聞かねばならないことがある。

    「ハルナよ、そのゲヘナアップルパイ品評会とやらは開催まであと何日なのだ?」
    「明後日の12時から開催です!」
    「よく頼めたな私にお前はーーっ!!」

    現在昼の15時。開催まで残り45時間。
    この場にいるのはアップルパイの作り方すら知らない生徒が三名。材料も何も手配出来ていない。
    品評会という以上、下手に素人丸出しのものを作って出して赤っ恥を書くことなどおよそ認められるものでは無い。

    「……分かった。残り45時間しか無いが、それでもまだやれることはあるはずだ――ッ!!」

    もはや情報部も何も関係ないような気がしたが、そこは無視する。
    いま必要なのは今出来る最善を尽くすことのみ――

    「これより私が指揮を執る! 全ては最高のアップルパイを作り上げるために!!」
    「おおー!!」
    「是非とも!」

    イブキとハルナが呼応する。
    どうしてこんなことになったのか。深く考えることについては、私は既に辞めていた。

    -----

  • 57二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 01:33:50

    やっぱマコトが振り回されてるの面白いな
    それはそれとしてかなり優秀さも感じる、これはタヌキ呼ばわりされるわ

  • 58二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 01:43:47

    なんかすごいssに出会った

  • 59二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 03:22:32

    追いついた! 想像以上にクオリティ高いSSをお出しされてびっくりだ!
    もうあらゆるものが不穏すぎてそりゃマコトもイブキのこと溺愛するわ…って結末しか見えない!
    一人の超人によって完璧に統制された社会は一見平和に見えるけど、その超人を失った時に容易く瓦解してしまうってのはブルアカ本編にも通じる問題ではあるのよね…

  • 60二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 08:42:46

    続き待機

  • 61二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 10:39:38

  • 62二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 11:01:23

    このスレの確認が日課になりつつある

  • 63124/08/05(月) 13:21:48

    ゲヘナ情報部には諜報活動のためにいくつかの道具が渡される。
    報告と閲覧が可能なタブレットのほか、手で隠せるほどに小型化された発信機と通信機、自走可能な盗聴器なども存在する。
    私はイブキとハルナに通信機を渡して各自やることの整理を行った。

    「まずハルナよ。お前には私の副官となって働いてもらうぞ」
    「ええ、何だかわくわくしてきましたわ!」
    「そうだ! 逆境のときこそ笑うべき……なのだがお前はもう少し緊張感を持った方が良いな!!」
    「それで、私は何を? 食材を分けてもらいに農家へ行けばよろしいでしょうか?」

    食材にもこだわる必要があるだろう。
    だが、こんな弾丸みたいな中学生を農家に送り込むなど一種のテロだ。

    「いや、それよりも……いま携帯にデータを送った。開いてくれ」
    「これは……専門店ですか?」
    「そうだ」

    ハルナに送ったのはアップルパイ専門店の位置と評価をまとめたリストだった。

    「ちょうど生徒がよく利用する店舗の情報をまとめていてな。キキキッ、人生なにが幸いするか分からんものよ!」
    「マコト先輩すごーい!!」
    「そう褒めるなイブキよ。この羽沼マコトが如何に優れているかなど周知の事実であるからなぁ!」

    そう高笑いしかけて、いかんいかん。話を戻そう。

    「ハルナよ。お前には品評会に参加するメンバーを調べて欲しい。そして今送ったリストに無い店が参加していたら名前を押さえておくのだ」

    そうすることで品評会全体のレベルが分かるはず。
    また、参加しない店舗が分かれば裏で根回ししてレシピと現物を手に入れる。
    そこまで出来れば後はハッタリでどうとでもなるだろう。

  • 64二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 20:34:30

    わくわく

  • 65二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 21:02:07

  • 66124/08/05(月) 22:37:30

    「分かりました。ではすぐ行ってまいります」

    ハルナはそう言って直ちに行動を開始した。

    「ねぇねぇイブキは~?」
    「うむ、我々は一旦学園に戻ろう。まずは実際に作ってみないことには何も分からん!」

    根回しに失敗したときのためのセカンドプラン。通称"諦めて自分たちで作る作戦"だ。
    ……まあ作戦と言ったがそこまで行きついたらそれしか無いのだが、奇策の後詰は正攻法しかあるまいて。
    というよりそもそも、別に我々は品評会で何か賞をもらいたいわけでは無い。ハルナが美味いアップルパイを食べたいだけなのだ。

    さっと持ち込んでさっさと食べさせ、さささっとバレないように帰ればそれでいい。

    イブキを肩車して私たちは学園へと戻りながら今の時間で空いている調理室を検索。何件かヒットしたためそのうちの一室の予約を取った。
    同時に被服部が校内販売している商品をタブレットで検索。料理をするならエプロンは必須。これは常識。

    「イブキよ。調理実習はしたことあるか?」
    「無いよ!」
    「うむ。では、この中からお前が身に纏うに相応しいエプロンを選ぶと良い」

    そう言いながら肩車したイブキにタブレットを渡すと、「良いの!?」と花が開くような声を上げた。

    「良いとも。私からのプレゼントだ。代わりと言っては何だが、私に似合う物も選んでくれ」
    「イブキに任せて!」

    そうしてしばらくし、「選んだよ!」とイブキがタブレットを渡してきたため受け取ると、カートには星が散りばめられたエプロンと花柄のエプロンが入っていた。

    「お花がイブキで~、マコト先輩がお星さまだよ!」
    「キシシッ、良いセンスだ」

  • 67124/08/05(月) 23:03:31

    購入画面を開いて支払いを済ませる。実際のところ情報部の活動費として申請するつもりなので特に懐は痛くない。
    まあ痛んでも成果を上げてボーナスを貰えば良いのだから問題は無いだろう。

    商品を受け取るために被服部の販売所へと向かいながら、今度は材料のチェックだ。

    「イブキよ。これより作戦に入る。まずはアップルパイの材料を検索するのだ!」
    「わかっ……はい!」

    イブキが緊張混じりに、だが気迫は充分に応答してタブレットを操作する。

    「ええーっと……アップルパイの材料は……。マコト先輩! アップルパイを作るためにはパイシートを作んなきゃいけないんだって!」
    「そうか! ではパイシートの材料を読み上げてくれるか?」
    「うん! ……じゃなくて、はい!」

    そうしてイブキが材料を読み上げていく。
    薄力粉、強力粉、無塩バター、塩、水……。

    「ねぇねぇマコト先輩。中力粉とかで代用しちゃダメなのかなぁ。さんすうだったらおんなじになるよ?」
    「ふむ、確かにそう言う考え方もあるな……。だがイブキよ。料理は算数よりも化学では無いか?」
    「化学……?」

  • 68124/08/05(月) 23:03:45

    不思議そうに首を傾げているであろうイブキを直接見られないのは残念だが、私はせかせかと歩きながら言葉を続ける。

    「その手順を踏むことに依って起きる変化。省いてしまっては得られない反応などもあるかも知れん。私自身料理をすることは無いから分からんが、わざわざ省かないのであればきっとそこに意味があるのではなかろうか?」
    「う~ん、むずかしいよぉ……」
    「つまるところ、とりあえず何も分からんのだから先達の教えには素直に従え、ということだな!」

    とりあえずやってみる。やったこともないことを。
    どうせ失敗するのだろうから、その後に何故失敗したのか考える方が簡単だろう。
    その経験が、記憶が、その全てが無くならなければ、私たちは躓きながらも前へ進むのだから。

    そう言うとイブキは「はい!」と元気よく返事を返す。

    「さあ! 材料の続きを読み上げるのだ! 楽しい調理実習の始まりだぞ~!!」
    「わ~い!」

    そして私たちは材料の手配を行いながらもエプロンを購入し、調理室へと辿り着いた。

    -----

  • 69二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 23:16:24

    なんとほほえましい…
    でもわかってるぞ。これいわゆる「上げて」のパートだろ!!!

  • 70二次元好きの匿名さん24/08/05(月) 23:22:03

    超人先輩がこの後どうなるのか・・・
    場合によってはマコトの青が澄んでしまうが・・・

  • 71124/08/05(月) 23:56:58

    花柄のエプロンを身に着けたイブキと、星が散りばめられたエプロンを着た私はいま、調理室にて立っていた。もちろん三角巾もマスクも装着済みである。
    そして目の前には搔き集めた材料の数々。代表の食糧供給システムで作られたものと、ゲヘナ自治区内で作られたものが並んでいる。

    かなりの急場ではあったがまずは試し。
    人工食料とゲヘナのスーパーから購入し配達してもらった材料群にどれほどの違いがあるのか、その検証も兼ねてのことだった。

    「ではまずイブキ書記よ。これよりパイシートなる物の製作に取り掛かろう」
    「はい!」

    ボウルの上に薄力粉と強力粉を1対1の割合で入れたあと、クッキングペーパーの上へと"ふるい"にかける。
    イブキが行うと力加減を間違えたのか、ばふばふと粉が舞って目を瞑っていた。

    「けほっ、けほっ……」
    「もう少し優しくやろう。キキッ、顔が白くなっているぞ」

    携帯で写真を取ってイブキに見せると、イブキは「まっしろになっちゃった!」と笑っていた。

    続けてバターをサイコロ状に切っていく。包丁を握るのは初めてのようだったが、たどたどしくも行うその隣で私はあらかじめ冷やしておいた水に塩を混ぜて撹拌させておく。さあ、ここからが生地の作成だ。

    「よくぞ切り終えた! 今度は小麦粉をボウルへ戻してバターを入れて……良い感じに混ぜるらしいぞ!」
    「良い感じ?」
    「実のところ一体何が良い感じなのか分からんが……まあやらねば分かるまい! とりあえず混ぜるのだ!」
    「はい!」

    イブキは元気よく言葉を返して「うんしょ、うんしょ」と小麦粉とバターを混ぜ始める。
    私はとりあえずオーブンのスイッチを入れて温めておく。どうせ私もイブキも分からんのだ。やってから考えれば良いのだと、雰囲気に任せて作ってみる。

    「できたー!」
    「よくやったぞイブキよ! えーと、次は……」

  • 72二次元好きの匿名さん24/08/06(火) 08:22:42

    待機

  • 73二次元好きの匿名さん24/08/06(火) 13:17:06

    このレスは削除されています

  • 74124/08/06(火) 13:18:42

    タブレットに目を向けると、そこには"2時間生地を寝かせる"の文言があった。

    「な、何ィーーーーッ!?」

    開催まで残り43時間といったこの状況で突然発生する2時間のタイムロス。
    イブキが「どうしたの?」と声を掛けてくるが、私は10歳のイブキよりも大人なのだ。ここは冷静に、高校生の貫禄を見せつけてやるほかあるまい。

    「ここからは冷やさねばならん。その間の時間、イブキよ。お前ならばどうする?」
    「ええーっと……勉強?」
    「イブキは偉いな~~!」

    では無く! 一瞬緩みかけたがそうではない!

    「今度はゲヘナ学園内部では無い材料を使って同じものを作るのだ。やり方はもう分かるだろう?」
    「うん! 任せて!」

    一度やったおかげか、今度はつつがなく作業を終えることが出来た。
    トレーに置いて冷蔵庫へ。忘れないようトレーには「人工」、「天然」とラベルを貼っておく。

    「理科みたーい!」
    「そうだな……。はっ! まさか理科とは料理科の略称なのでは!?」
    「違うよー?」
    「っ……。そ、そうだな」

    梯子を外されながらもひとまず待機……と言ったところで、調理室の扉を開いた。

    「楽しそうなことしてるじゃない」
    「む……お前は……」
    「京極サツキよ。主席ちゃん」

  • 75二次元好きの匿名さん24/08/06(火) 19:01:49

    長編だけど読み応えある
    良き
    続き待ってます

  • 76124/08/06(火) 21:25:42

    名前を聞いて思い出した。
    ゲヘナ学園一年、京極サツキ。成績優秀者のリストに名前が挙がっており、現在は情報部のミレニアムチームに配属されたはずだった。

    「主席と呼ぶでない。代表と比べてたら何てこともないだろう」
    「そう? じゃあ、マコトちゃん」
    「ま、まあ、良いか。……それで、何か用か?」
    「見学に来たのよ。獅子奮迅の活躍を見せる"あの"マコトちゃんが正体不明の女の子と歩いているって、そりゃもう話題なんだから」
    「……そうなのか?」

    そんな話題になっているなど初耳だった。
    首を傾げる私にサツキは肩を竦める。

    「気付かないのも無理ないわよ。だってあなた、入学式は代表に付きっ切りかと思えばどこかに行っちゃうし。その後だってずっと自室に籠っていたかと思ったら今度はずっと部活動漬けでしょ?」
    「た、確かにそうだったな……。というかそこまで知れ渡っているのか!?」
    「そりゃあもう」

    目立つこと自体については別に悪い気はしないものの、自己評価と他者評価の乖離には少しばかりむずがゆいものを感じる。
    そう考えると少しだけ代表の気持ちも理解できなくは無い。いや、あの人はあまりにも我が身を振り返らなさ過ぎているが。

    「ククク……そうか。まさに灯台下暗し。他人のことを調べていたつもりではあったが、よもや自分自身についてを分かっていなかったようだ。認めよう! 私こそがゲヘナの明星! 真に優秀たる情報部員であるということをなぁ!!」
    「イブキもー!」
    「イブキもだぞぉ!!」
    「やったー!」
    「想像以上に面白いのねマコトちゃんと……イブキちゃん?」
    「うん! イブキだよー!」

    サツキが屈んでイブキに目線を合わすと、イブキは溢れんばかりの笑顔を向ける。
    その可愛さの前では誰もが無力。サツキは「う……」と心臓を押さえていた。

  • 77124/08/06(火) 21:47:38

    「そ、それで……、イブキちゃんたちは今なにをしてるのかしら?」
    「いまねー。アップルパイを作っているの!!」
    「アップルパイ?」

    首を傾げるサツキに私はこれまでの経緯を話した。
    ゲヘナを騒がすテロリスト集団の曙同盟のこと。その鍵を握っていそうなハルナとの邂逅を。

    「そして私たちは曙同盟のことを聞くためにアップルパイ品評会へと出ることにしたのだ」
    「ちょっと待って、突然分からなくなったんだけど!?」
    「む、どうした? おかしなことしかあるまい?」
    「あ、そこは自覚しているのね……」

    それは、そう。

    「まあ、食べたいというのだから無下にする必要もあるまい。これも縁なのだよ。それにゲヘナ自治区内で作られている食品とゲヘナ学園で作られている食品の差を調べるという理由も出来たしな」

    繋がった縁は大事にしていきたい。
    今日会ったばかりのイブキもハルナも、きっと今日のような経験が後に生きてくる気がするのだ。

    「それに、私もな」
    「マコトちゃんも?」
    「そうだ。このアップルパイ作りにしたって今まで経験したことの無いものだ。知らずに後悔することはあっても知って後悔することはあるまい? だからこそ、何でも楽しむに限ると言うことだ!」
    「あら……」

    と、サツキは口を押えて私を見る。

    「マコトちゃん、カッコいいじゃない」
    「キキキッ!! もっとこの羽沼マコトを讃えるが良い!」
    「マコト先輩カッコいい~!」
    「そうか! イブキも可愛いぞ~!」

  • 78124/08/06(火) 21:47:48

    イブキをわしゃわしゃと撫でてやると、イブキはくすぐったそうに目を瞑った。
    その辺りでサツキが口を開く。

    「私もアップルパイ作り、手伝っていいかしら?」
    「む、良いのか?」
    「ええ、楽しそうだし。私も仲間に入れて頂戴」

    サツキは私たちに手を差し出した。
    私とイブキは目を見合わせて、互いに頷きその手を取った。

    「歓迎しよう、京極サツキよ! お前も今日からアップルパイ・ソサエティの一員だ!」
    「一員だ!」
    「そんな名前だったの!? まあ、良いけどね」

    こうして私たちはサツキを仲間に加えて、アップルパイ作りを開始する。
    焦がしたり、生焼けだったりと結局この日は上手く行かないままに一旦解散することに。
    時刻は20時になろうとしていた……。

    -----

  • 79124/08/06(火) 22:23:34

    サツキと別れた後、私はイブキの手を引きながら情報部へと向かっていた。

    『マコトさん、リストの内容は如何でしょうか?』

    通信機越しに聞こえるハルナの声。送られたデータの内容は的確で、いくつか補足も付け加えられていた。

    「流石だな。いや、熱意故に、か。助かったぞハルナよ」

    品評会に参加しているのは一流の専門店や地元の製菓店までと並んでおり、共通するのはいずれも昔からゲヘナに店を構える者たちであるということ。

    「割と内輪向けのようだな。情報部の捜査網から外れていたのはそれが原因か」
    『そのようですわね。だからこそ、そこでしか味わえない美食があるのでしょう』

    いわゆる外で売るようなものでもない採算度外視のものも出てくるかも知れない。
    そう考えると、ハルナの美食に対する嗅覚は本物なのかも知れない。

    「ふむ……そうだな。ならばやはり我々の手で作ったアップルパイを持っていった方が良いだろう」
    『と言いますと?』
    「考えても見ろ。恐らくだがこれは同好の士が集う会だ。そこに例え絶品であろうとも自分で作ったのか怪しいものを持ってきたら、それこそ冒涜かゴマすりだと思われかねん。例え……はぁ……。例え下手でも持っていくほかあるまい」

    私にだって見栄を張りたい気持ちが無いわけでは無い。
    だが、今日作って思ったのがここから先、どう頑張っても手作り感あふれるギリギリ普通が出てくるのが精いっぱいだろう。
    そう言うとハルナは『いいえ』と言葉を繋いだ。

    『確かに味も大事ですが、最も大事なのは食にかける想いです』
    「想い?」
    『ええ、誠実で決して傲慢にならず謙虚な姿勢を保ったまま、食材と向き合って料理を作ること。それが出来ない料理人と出来ないままに提供するような店なんて、消し炭にしてもまだ足りませんわ』

    ――思想が強すぎる!!

  • 80124/08/06(火) 22:48:58

    何だかヤバイやつの手伝いをしているのでは? と思いかけたが、そこからは一旦目を逸らす。

    「と、ともかく、だ。今日はもう休むが良い。お前には我が副官として協力してほしいことがあるからなぁ!」
    『と、言いますと?』
    「明日の10時にゲヘナ学園へ来るが良い。お前にも参加してもらうぞ。アップルパイ作り」
    『試食もあるのですね!』

    声から伝わる弾む息遣いに私は頷く。むしろそっちが本命だからだ。
    私もサツキも食に対する執着は並程度。マズくさえなければ良いのが平時だ。それが自分たちの作る物であれば尚のことハードルは下がり続ける。
    こういうのは概ね、こだわる者に合わせようとしてから現実を見て全体的にダウングレードさせる方が良い。

    「美食というからには味にはうるさいのだろう? なればこそ、お前の舌を私は信じるぞ」
    『ええ、お任せください。美食への探究者としてその味、見させていただきましょう』

    そうして通信は切れた。
    舵取りは必要だが、これでハルナが酷い味音痴だったらそれはもう前提から間違っていたとするほかあるまい。

    「おわったー?」
    「ああ、終わったぞ」

    イブキへ頷く私は、情報部の近くへと来ていた。

    「……そういえばイブキよ。お前の部屋はどこにあるのだ?」
    「部屋?」
    「そうだ。私は情報部の寮を使っているが……」

    ある程度規模の大きい部では、それぞれ部が管轄する寮が存在する。
    代表は情報部本部に住んではいるが、ならばイブキはどこに住んでいるのか、ふと気になった。

    「お姉ちゃんと一緒にいるよー!」

  • 81124/08/06(火) 22:49:38

    そうなのか、と納得すると、イブキは足を止めて私を見上げた。

    「マコト先輩はひとりで寂しくないの?」
    「寂しい?」
    「うん、部屋ってひとりぼっちの場所でしょ……?」
    「うーん……そうだな。寂しさを覚えないかと言ったら違うかも知れんなぁ」

    パッと思い当たるのは幼少期の頃だ。それでも今のイブキよりもずっと幼い日々のこと。

    「だが、人はいつかひとりになる時が必ず来る。そのための予習として、ひとりでも寂しくなくなる方法を探すのかも知れないな」
    「うーん?」
    「キキッ、練習なのだイブキよ。それにひとり部屋も悪くは無い。思い出を飾り日常を積み重ねて出来上がったそれは、いつか訪れるであろう苦難のときの支えとなる」

    いつの日かの秘密基地が年を重ねたいずれの自分を支えるように、私はこの世に意味の無いものなど一片たりとも存在しないと信じたい。

    「まあ、だから、お前も一人前になれるよう自分だけの部屋を持つのも悪くは無いかもな」

    そう言うとイブキは考え込むように「うーん……」と唸っていた。そして顔を上げる。

    「じゃあ、イブキも部屋ほしい!」
    「急だな? 怖くないか?」
    「怖くないよ! ……でも怖くなったら、マコト先輩呼んでも良い?」
    「キキッ……クク、ははっ……!!」

    言い淀むイブキの姿が愛おしくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
    イブキとは今日会ったばかりだ。なのに、ずっと前から知り合っていたようにすら思える。

    「良いぞ! 何度でも呼ぶが良い! 例えその身が一人であろうとも、心の奥底では通じ合っているのだと約束しよう! この名に誓おう丹花イブキよ。この羽沼マコト、何があってもお前をひとりにはさせないとなぁ!!」

    その言葉にイブキは花が開くような笑顔を浮かべた。

  • 82124/08/06(火) 23:23:16

    「うん!!」
    「よし、せっかくだから代表にも話してみよう。イブキに部屋をあてがってくれとな」
    「大丈夫かな……反対されないかなぁ……」
    「案ずることは無い。私がいるのだぞ? 何ならポイントもいくつか溜まっているしな。反対されても寮の借受権ぐらいならば取ってきてやろう」
    「ほんとに!?」
    「本当だとも。この羽沼マコト、約束は決して破らん。例え命に代えても、お前と交わした約束は決して破らんと誓おうでは無いか」
    「じゃあ……指切りげんまん!」
    「ククッ、良いだろう」

    小指と小指を重ねて行う小さな約束。
    だがこの約束は何よりも重い。私とて、針千本飲まされることだけは勘弁願いたい。

    「ゆーび切った!」
    「……では、行くとしよう。代表の元に、な」
    「うん!」

    -----

  • 83124/08/06(火) 23:23:40

    とは言えど、代表からの返答は実に呆気ないものに終わった。

    「イブキの部屋が欲しい?」
    「ああ、そうだ。出来れば私の部屋のなるべく近くに用意してほしいのだが……」
    「いいよ!」

    なんとふたつ返事だ。代表はこう続けた。

    「マコトさんはそうしたいんでしょ? だったらするべきだよ! 反対なんてしないって!」
    「む、そうか……てっきり何か理由があるのかと」
    「理由? ないよ?」

    代表は無邪気に笑って答える。
    単にこれまでそういう主張が無かっただけなのか。そう考えると言わない限りは何もしなさそうだなと思わなくもない。

    「じゃあとりあえず……あれ、隣は埋まっているんだ。退いてもらうように――」
    「い、いや! そこまではしなくていい! 空いている部屋の中で一番近い場所で良いぞ代表よ!」
    「そうなの? じゃあここだね」

    代表がディスプレイに映し出したのは私の部屋の真下の部屋だった。
    近いと言えば近いのだが、よもや物理的直線を引かれるとは……。
    とはいえ、サツキの部屋も近い。特に異論は無かった。「ではそこで」と言うと、代表は私に視線を投げかけていた。

    「どうした代表よ」
    「ううん何でも。ただ、疲れてそうだなーって」
    「疲れ、か。まあ、アップルパイを作るのに少々手間取っていてな」
    「アップルパイ?」

    そう訊く代表に事の経緯を説明すると、代表は面白そうに笑顔を見せた。

  • 84124/08/06(火) 23:33:09

    「なんだか面白いことになってるね~」
    「ま、まあ、想定外の事態は続いているが、問題は無いぞ。代表も気になるだろう。天然と人工。その差異が分かるかも知れんのだから!」
    「確かに。言われてみればそうかも……」

    半ば代表の作った食料供給に対する反駁にも近い言論を、代表は怒ることも無く「うん」とだけ頷いた。

    「天然と培養物に差があるなんて、これは見過ごせないね! レポート、期待してるよ!」
    「う、うむ。任された! 待っているが良い!」

    私は見得を切って、それから他愛もない話をした。
    イブキの部屋は明日中には設置されるらしい。何とも早い話だ。
    ひとまずイブキに手を振ると「また明日!」と元気よくイブキは応じて寝ぼけ眼を擦って代表の部屋へと戻る。

  • 85124/08/06(火) 23:33:21

    私も部屋へと戻り、自室をふと眺めた。
    味気ない部屋だ。そう言えば入学してから部屋を用意されてまだ9日目。10日も経っていない。

    (濃密な日々だな。これは)

    ベッドに寝転がりながらふと思う。
    新しい環境に身を浸して過ごす最初の一週間は極めて濃ゆく、繰り返すうちに慣れてきては薄くなっていくのだろうと。

    (日記でも書くか?)

    一瞬だけそう思ったが、いや、それは流石にしなくて良いだろう。
    全て私の脳裏に刻み込む。きっと今だけだ。思い出深い日常は。

    「ああ、そうだ。シャワーを浴びなくては」

    私は立ち上がって服を脱ぎながら備え付けへのシャワー室へと向かって行く。
    この部屋が汚部屋にならんぐらいの気遣いは持ち続けなけばな。

    そうして、ゲヘナ学園での9日目の夜を過ごしたのであった。

    -----

  • 86二次元好きの匿名さん24/08/07(水) 01:15:40

    サツキって学年と年齢がまだ判明してないんだ

  • 87二次元好きの匿名さん24/08/07(水) 01:26:55

    タイトルのせいでずうっと背後に不穏がいる

  • 88二次元好きの匿名さん24/08/07(水) 09:19:00

    まってる

  • 89二次元好きの匿名さん24/08/07(水) 13:53:54

    ほしゅ

  • 90二次元好きの匿名さん24/08/07(水) 13:57:27

    このレスは削除されています

  • 91124/08/07(水) 22:44:08

    保守。ホスト制限までに間に合ったら更新入ります……

  • 92124/08/07(水) 23:49:50

    10日目、8時、ゲヘナ学園。
    イブキを迎えに代表の部屋へと向かうと、昨夜よりも若干散らかった部屋に代表とイブキがいた。

    「マコト先輩おはよー!」
    「うむ、おはようだイブキ! ……ところで代表。まさか昨日からずっと仕事していたのか?」
    「あ、うん……。つい夢中になっちゃって……」

    代表は気まずそうに目を逸らす。この様子ではきっと常態化しているのだろう。

    「あまり関心はせんが……何か手伝えることはあるか?」
    「ふふ、マコトさんはマコトさんがやりたいことをやって。私は大丈夫だから」

    そう笑う代表の顔色は悪くない。いつも通りだ。
    ならば、と私はイブキに手を差し出して、手を繋ぐ。

    「まあ、私に手伝えることがあるかは分からんが……もし何かあったら呼んでくれ。では」
    「行って来まーす!」
    「頑張ってね~」

    代表に見送られながら今度は調理室へ向かう。そこではサツキが待っていた。

    「おはよう、マコトちゃん」
    「おはよう、サツキ。……さて、早速だが、ハルナが来る前にパイシートの作成を始めようでは無いか」
    「おー!」

    イブキの声と共に始める作業。実のところ、ハルナが人工食料と天然食料の違いにすら気付かないのであれば良いという一つの賭けでもあった。
    奴には二種類の食材を使ったアップルパイを食わせる。気付かなければ手に入りやすいゲヘナ学園産の食材を使った料理を振る舞うという寸法だ。

  • 93二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 07:24:11

    保守してやろうではないか……キキキッ!

  • 94124/08/08(木) 09:30:43

    と言うのも、私たちでは分からなかったのだ。どちらが人工でどちらが天然などと。
    代表の生み出した食料はあまりに真に迫っていた。何なら学園産の方が美味しく感じるほどのもので、正直なところわざわざ自治区の農家で作られた食材を使う理由が分からない。
    だからこそ、ここはハルナに教えず双方の食べ比べをしてもらい、どちらもさほど変わらないということを証明してやるチャンスでもあった。

    ――人工だから害などと、そのような偏見は無い方が良いのだから。

    イブキも随分と手慣れたもので、ただの一度も手順を違うことなく粉を振るって生地を作った。
    寝かせて2時間。空いた時間はサツキとイブキとで手遊びにじゃれ合って見たりと、他愛もない時間を過ごす。
    そして、ハルナと約束した10時が訪れた。
     
    「うむ、ではハルナを迎えに行ってくる。お前たちは最高のアップルパイを作る準備をしておくと良い」

    サツキとイブキは互いに「は~い」と声を合わせる。
    随分と仲が良くなったものだ。そのことに安堵しながら私はゲヘナ学園の校門へと向かう。

    そして、校門には私を待つハルナの姿があった。

    「お待ちしておりました、マコトさん」
    「来たなハルナよ。我々の作った至高のアップルパイ、とくと食らうが良い」

    頷くハルナ。用意していた入館証を提示しながら学園内へ入り、しばらく歩く。
    するとハルナはおもむろに口を開いた。

    「ここが、来年私の通う高校なのですね」
    「キキッ、怖気づいたか?」
    「いえまさか。でも、想像とはだいぶ違うようで」

    ハルナが言っているのは恐らく代表が来る前のゲヘナ学園だった。
    自由を謳い、校則らしい校則もない学校生活。それを思えば確かに違うだろう。

  • 95124/08/08(木) 09:31:12

    秩序を保つために敷かれたルールが現在のゲヘナを支配している。爆発物の取り扱いおよび資格証の交付など最たる例であろう。
    自由を潰して安寧を謳うからこその乖離。そこに関しては仕様があるまい。

    「まあ、そういうこともあろう。それが大人になるということなのだろうからな」
    「そう……ですか」

    ハルナはいまいち納得の出来ない様子で、それでもなお頷いた。
    そして私たちは調理室へと踏み入れる。中ではサツキとイブキがオーブンをじっと見つめていた。

    「焼き上がりをじっと待つの。焦っちゃ駄目よ」
    「うん――!!」

    爆弾解体にも匹敵するほどの緊張感。私は口を噤んだ。
    しばらくして、オーブンの扉が開く。

    「おおーっ!」

    誰となく声を漏らした。
    鉄板の上に乗ったのは二つのアップルパイ。途中経過を知らない私もハルナも分からないが、どちらかが人工食料、どちらかが天然食料で作ったものなのだろう。事前に材料を分けると知っている私ですら区別は付かない。

    「では実食ということだな!!」
    「待って頂戴マコトちゃん」
    「本番はこれから、なんだよ~!」

    私の言葉を遮ったサツキとイブキはバーナーを取り出した。そしてもう一方の手には溶かしたキャラメル。

    「ま、まさか――!!」
    「そう。これからこのキャラメルを塗って――」
    「焼いたら完成!! すごいでしょ~!!」
    「なん、だと――ッ!!」

  • 96124/08/08(木) 09:31:55

    まさに天才の所業であると私が驚愕すると、ふたりは楽しそうに笑う。釣られてハルナも笑った。
    イブキがキャラメルを塗ってサツキがバーナーで表面を炙る。
    そうして出来上がったのがふたつのアップルパイであった。

    「ではハルナ――いや、ハルナ審査委員長よ。食して批評するが良い」

    ハルナは「ええ」とだけ言って審査員席――もといその辺にあった席へと着く。
    目の前には二つのアップルパイ。そのひとつにフォークを突き立て口へと運んだ。

    「……なるほど、なるほど」

    固唾を飲んで見守るイブキにサツキ。ついでに私。
    ハルナは評価を下すべく咀嚼し飲み込んでから口を開いた。

    「まず、カスタードの部分の歯触りが良くありませんね」
    「うっ――!!」

    サツキが胸を押さえて膝をついた。何か思い当たる部分があったのだろうか。
    次いでハルナは切り裂くように口を開く。

    「それに甘味が強すぎます。キャラメルとリンゴ本来の甘味を潰すような砂糖の入れよう。アップルパイとは甘ければ甘いほど良いというわけでは無いのです」
    「うぅ……イブキ、間違えちゃった……? イブキは悪い子だから……?」
    「そ、そんなことは無いぞイブキよ!!」

    慌ててフォローに入るが、イブキは涙ぐんでいる。

    「ハルナ――っ!」

    私は振り返ってイブキを傷付けたことについて糾弾するべく振り向いたが、対するハルナの表情は――。

  • 97124/08/08(木) 09:55:47

    「――ですが、未熟ながらも行える全霊を尽くしたことは分かる一品でもありました」
    「……ふぇ?」

    イブキが不思議そうに声を挙げる。
    ハルナは柔らかな笑みを浮かべてイブキを見つめていた。

    「確かに稚拙ではありましたが、一生懸命作ったことの分かる味わい。その気持ちは伝わる最高の一品でした」
    「……そうなの?」
    「ええ、そうですよ。確かに料理には巧拙が生まれるものではありますが、それでも"想い"に至っては技術以上に求められる美食なのです。それだけは嘘を吐きません」
    「ほんとに?」
    「ええ、本当です。なので、合格です」

    ハルナは静かに微笑みながら両手を前に合わせてアップルパイのひとつを完食した。
    残ったもう一方を見て、ハルナは尋ねる。

    「それで、こちらは?」
    「材料をね! 変えてみたの~」
    「なるほど、食べ比べというわけですね。では……」

    そしてハルナは、先ほどと同じようにフォークで刺して一口食べた。

    「――なんです。これ?」

    突然の冷たい声に驚くと、ハルナの表情は消えていた。
    突如アップルパイに突き立てられるフォーク。びくりとイブキが硬直する。私はサツキに近寄って耳打ちした。

    「お、おい、何を入れた?」
    「何って、普通に学園産の人工食料を使っただけよ! 味見もしたし、むしろ美味しかったと思うのだけど……」

    サツキは困惑したように言うが、ハルナはごそごその懐を探って溜め息を吐いた。

  • 98124/08/08(木) 10:21:30

    「ああ、爆薬を持っておりませんでしたわ。携帯許可など本当に忌々しい。例え努力し作った料理とは言え、腐った果実を使ってしまえばそれは食すに値しないゴミも同然。このようなものを食べるぐらいならドブ水の方が幾分はマシというもの。一体何を使ったのです? 何故この産業廃棄物を私に食べさせたのですか?」

    完全に怒り狂っているハルナに私は慌てて弁解する。

    「ち、違うぞハルナよ! この食材は……そう、いま代替食料の開発をしていてな。それを使ってみたのだ! だがお前の反応を見る限りまだ未熟のようだな。よし、この件はまだ改善の余地があると分かった!」
    「本当なのですか……?」
    「ああそうだとも! 良かったぞ、お前が居なければこのままこの食材が出回っていたかもしれんなぁ!!」

    早口で捲し立てるとハルナは「そうでしたか」と納得したように怒りの矛を収めた。

    ――こいつには一体なにが見えているのだ……。

    安堵しつつもそっとフォークが突き立てられたアップルパイを回収しハルナの視界から隠す。
    これは後で我々で食べておこう。これが学園産のものだと気付かれた日には、学園に殴り込んで捕まる姿がありありと思い浮かぶ。

    「さ、さて、しかし方向性は決まったな! 諸君、食材の調達を行おう!」

    おー!と手を挙げる皆。
    その後は特に問題も無く食材を買いに出て、仕込みを行ったりしながらもこの日は解散した。品評会は明日の12時だ。

    -----

  • 99124/08/08(木) 11:30:04

    なんて、今日を終えるその前に。
    自室へと戻ろうとすると情報部から連絡が来た。内容はイブキの部屋が用意できたとの報せだ。

    「イブキよ! ついにお前も一人前だな!」
    「うん!」

    笑顔で応えるイブキと共にその用意された部屋の扉を開ける。
    ところが……。

    「……何も無いな」
    「からっぽだ~!」

    ベッドも棚も机も無い殺風景な部屋が広がっていた。
    イブキは「わぁ~!」と中へ入っていくが、備え付けの家具ぐらいはあると思っていただけに少し驚いた。

    「今日からここに居ていいの?」
    「いやいや、ベッドすら無いではないか」
    「イブキ大丈夫だよ?」

    はしゃぐイブキであったが、流石にフローリングの上で寝るのは許容できない。

    「仕方あるまい。少し待っていろ」
    「……?」

    首を傾げるイブキを置いて私は自室へと戻り、抱えられるだけのタオルケットなどをイブキの部屋へと持っていく。

    「私もイブキの部屋に泊まっても良いか? パジャマパーティーだぞ!」
    「わ~い! じゃあじゃあ、サツキ先輩も呼んでいい?」
    「サツキも? キキッ、良いぞ。聞いてみようか!」

  • 100124/08/08(木) 11:30:19

    その後はなんてこともなく。
    少々困惑しながらも事情を理解したサツキが合流し、私たちはイブキの部屋でパジャマパーティーを行った。
    タオルケットにくるまって川の字で横になる。

    「電気消すわよ?」
    「は~い!」

    サツキが電気を消すと、部屋を照らすのは窓から零れる月明かりだけ。

    「そうだ、カーテンも買わないとな」

    ベッドや家具も揃えてやらねば、とは思うものの、流石に明日は品評会もある。
    まあ、しばらくは家具を集めながら私かサツキの部屋で寝てもらうとしよう。

    やることは相変わらず増えていくが、悪くはない。

    「おやすみ、イブキ」
    「あら、マコトちゃん。私は?」
    「あー、そうだな。早く寝ろサツキよ」
    「アハッ、おやすみマコトちゃん。それにイブキちゃんも」
    「おやすみなさ~い」

    こうして夜も更けていった。

    -----

  • 101二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 19:16:07

    不穏だぁ…

  • 102二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 21:43:51

    このレスは削除されています

  • 103124/08/08(木) 21:54:24

    品評会当日。ゲヘナ学園、11時。調理室。
    アップルパイの準備は完了。満足いく仕上がりでは無いが、出来る全力は尽くした。

    「あとは会場に行くだけだね!」

    イブキが覚悟を決めたように神妙な面持ちで拳を握る。

    「私が監修したのです。きっと大丈夫ですわ」

    ハルナが髪をさらりとかき上げる。

    「向かうまでに何も無ければいいわね」
    「不吉なことを言うなサツキ。ただ会場へ向かうだけでは無いか。会場までは30分。バスに乗って行くだけなのだから道に迷うことすら無い。そうであ……そう、だよな……?」

    言葉にしていて不安になって来た。
    ははは、そんなまさか。まさか、なぁ?

    「よ、よし、アップルパイは持ったな!? 行くぞ!」
    「おー!!」

    そして私たちはアップルパイを手にゲヘナ学園から出ているバスへと乗り込んだ。そして――

    「このバスはぁ!! 私たち曙同盟がジャックした!! 痛い目に遭いたくなければ抵抗はするなよ!?」
    「サツキィ!! バスがジャックされてるぞぉぉぉ!!」
    「そこ! 静かにしろ!」

    曙同盟のテロリストが銃を構える。
    銃口は私、ではなく私たちが持っているアップルパイの箱へと向けられた。

    「随分と大切そうに抱えてるな? 大事な物なんだろう? 壊されたくなかったら大人しくしろ!」

  • 104二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 22:20:55

    めっちゃホノボノしてて青春してるのに今のこと考えると不穏しゅぎる

  • 105124/08/08(木) 22:26:42

    テロリストは全員で二人。ひとりは運転手を、もうひとりが目の前のこいつ。そしてどちらも銃と手榴弾を持っている。
    下手に戦えばアップルパイを守り切ることは出来ないだろう。どうする――

    「……何が目的なのだ。曙同盟よ」

    試しに対話を試みると、テロリストは私を見た。いけるか……?

    「お前たちには目的があるのだろう? クク、聞いているぞ? ゲヘナ学園――いや、ゲヘナ学園の代表に対して言いたいことがあるのだとな。お前たちの気持ちも分かるぞ? 何せ通っているのだから、当然何も思わないわけが無い」
    「おお、そうか! だったら話は早いな! 私たちと一緒に代表の悪行を食い止めよう!」

    ――食いついた!

    会話が出来るのなら丸め込める可能性もあるということ。
    内心ほくそ笑みながら私は調子を合わせる。

    「キキッ! そうだな、筆舌に尽くしがたい蛮行よ。許せぬよなぁ? 例え代表であろうとも、あのようなことをするなど……」
    「そうだ! 私たちは訴え続けなくちゃいけない! そして怪電波を止めて皆を洗脳から解き放つんだ!」
    「ああ! ……あぁ? 怪電波……?」

    突然怪しくなる雲行きに眉を顰める。
    隣のサツキを見るとサツキも首を捻っている。

    「その、なんだ。いま怪電波と言ったか?」

    改めて確認し直す。するとテロリストは「ああ!」と力強く言葉を返してこう続けた。

  • 106二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 22:28:34

    あ、アルミホイル…

  • 107124/08/08(木) 23:09:02

    「マイクロチップを乗せて飛ばされている怪電波さ! うっかり聞くと耳から脳に入って洗脳される恐ろしい兵器! こんなものの稼働を止めないと来月には全身でBluetoothを受信できるようになるんだ!」
    「な、何ィーーーーっ!!」
    「マコトちゃんしっかりして! そんなものあるわけ無いでしょう」

    思わず勢いに流されかけたが、何だその陰謀論欲張りセットみたいな未成年の主張は!?

    「それはそうだが何だそれは!? というかお前たちは電波のことをいったい何だと思ってるのだ!?」
    「なにって、色んなものを乗せてくるやつでしょ?」
    「電波に乗るのは誰かの想いぐらいだ! 物理的に何かを乗せているわけではない!」
    「あら、マコトちゃんってばロマンチックじゃな~い」
    「突然刺すでないサツキよ!」
    「マイクロチップも人の想いさ!」
    「じゃあ受け入れろよ!!」

    叫んでそれから頭を抱えた。本当に何なんだ一体!
    現在11時20分。バスが動き出せば約20分で会場に辿り着くのだから、あと20分以内にテロリストを何とかしなければ品評会には間に合わない。

    ――だが、この程度のことで諦める私ではない!

    「よし、分かった。その、仮にそのマイクロチップを乗せたBluetooth接続電波が飛んでいるとしよう。それで、だ。お前たちは実害を受けているわけだな?」

    ゆっくりと、慎重に尋ねる。
    まあ出ているわけも無かろうが、話の導入だ。ここから切り口を作り出せばいい。

  • 108124/08/08(木) 23:13:16

    そう、思っていたのだが――

    「ああ……そうなんだ。仲間も随分と減っちゃってさ。みんな電波にやられたんだ」
    「実害が……出ているのか?」

    やられた、とはおかしな話だった。
    いや、怪電波が存在しないのは大前提だ。存在しないものなのだから、その部分についてはこいつらが何を言おうと決して覆らない。
    ただ、少しだけ妙に感じた。

    「詳しく聞いても良いか?」

    するとそのテロリストはこくりと頷いた。

    「最初は確かにただ代表が気に食わなかっただけだったんだ。ゲヘナの校風はどこに行ったんだって。それで何となくみんなで集まったりしてさ。例の爆発物の条例だって従う気なんか無かった。けど……」

    その時だった。バスに何かが撃ち込まれて車体がゆっくりと傾き横転した。
    最近めっきり聞かなくなった爆発音。ひっくり返る車内にイブキが驚いて悲鳴を上げる。

    「サツキ!」
    「大丈夫! イブキちゃんもアップルパイも無事よ!」

    煙るバスの中、ハルナが立ち上がって割れた窓から首を出して周囲を見渡した。

    「マコトさん、誰かが来たようですわ。腕に『風紀』の腕章が付けてありますわね」
    「……! 風紀部か――!!」

  • 109124/08/08(木) 23:13:34

    私は急いでテロリストの方へと向かって肩を掴んだ。

    「それで、それでお前たちに何があったのだ!?」
    「え、でも……」
    「話せ! お前たちはもう逃げられないだろう。だが、お前たちの言葉なら私が聞く! 早く言え!」

    違和感を残したままではいけない。これは聞かなくてはいけないことだと何故かそう思った。
    テロリストは私を信じたのか頷いて、続きを託す。

    「同盟の総長たちが捕まったんだ。それで連れていかれて……」
    「行方を晦ましたのか?」
    「ううん。学校に居た。でも、なんか目が覚めたとか言ってさ。突然だよ? 総長だけじゃない、捕まったみんながそう言って……おかしいよ。私たちのことなんか忘れちゃったみたいにさ」

    そのテロリストは――いや、曙同盟の生徒は涙ぐみながら私に話した。

    「ねえ、いまこの学校で何が起きてるのかなぁ……。何も分からないのが、どうしようもなく怖いんだよ……」

    そう言って、曙同盟は縋るように私の腕を掴んだ。

    ――なんだこれは。ただのテロリストでは無いのか?

    「風紀部だ! 乗客もテロリストも全員動くな!」
    「目標を確認。今から捕らえるよ」

    到着した風紀部が私たちに鋭く警告を発した。
    そして私たちの前に風紀部のうちのひとりがやってきて、曙同盟の生徒の肩に手を置く。

  • 110124/08/08(木) 23:13:54

    「抵抗はしないで。もう、無理だから」
    「うん、分かったよ。カヨコ」

    風紀部員の名を呼んで頷く曙同盟。そして彼女たちは連れていかれた。
    何かを騙っているようには見えないあの表情。そして顔に張り付いた恐怖。あれは一体……。

    撤収していく風紀部の後ろ姿を見ながら思案すると、サツキが私の肩を叩いた。

    「ちょっと! 何ぼーっとしてるのマコトちゃん! バス壊れちゃったんだから走らないと!」
    「あ、ああ、そうだな」

    それは白い画用紙に垂れ落ちた一滴の墨のように、私の心に不穏の影を落とした。
    本来ならば起こるべきではないことが起こり、聞くべきことでは無い情報を得てしまったかのような、そんな不安の種が蒔かれた気がした。

    ――いや、今はそんなことよりも品評会だ。

    そうして私は首を振る。
    アップルパイを手に走って向かって、途中タクシーを拾ってぎりぎり11時58分。
    私たちは品評会の会場へと辿り着いたのであった。

    -----

  • 111二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 23:43:12

    思ってたよりヤバい…洗脳とかで済んでるならまだ有情な方かも…

  • 112二次元好きの匿名さん24/08/09(金) 07:50:55

    保守る

  • 113二次元好きの匿名さん24/08/09(金) 11:13:24

    風紀委員カヨコすき

  • 114二次元好きの匿名さん24/08/09(金) 17:13:56

    盛り上がってきたあああ!

  • 115124/08/09(金) 17:53:10

    品評会はゲヘナ自治区の一角に存在する少しばかり大き目の邸宅の中で開催されていた。

    門扉には林檎を象った像がふたつ並んでいる。
    というのも、ここはかつて林檎の生産によって一財を為した一族の邸宅……その跡地だからだ。

    ゲヘナ産の林檎の中でフォビドゥンレッドと銘打たれた品種がある。
    それはルビーのように赤く、一口食べるだけでも別格に甘い。何より煮詰めると脳を焼くほどの甘さになるのが特徴だ。
    フォビドゥンレッドのジャムは溶岩に例えられるほどで、そのあまりに特徴的過ぎる林檎をキヴォトス中のシェフたちはこぞって欲しがった。

    幾らでも金は積めると金の暴力に訴えて卸の優先権を勝ち取る者もいれば、実力行使で奪い合う者まで出始める。
    そうなれば当然価格は高騰。生産数を増やせば増やすだけ全てが売れ続けるバブルが到来したのだ。

    だが、ブームというのはあくまで一過性。欲を出し過ぎた者の末路は語るべくも無いだろう。
    かくして残ったのは豪奢な邸宅と売れ残った大量のフォビドゥンレッド。
    その全てを遥かに安い価格で売り払って没落した一族はどこかへと消えていったのだという。

    「我々は忘れてはなりません。ひたすら残った林檎を何とかしようとしたあの時の想いを」

    品評会主催はそう締めくくると、参加者たちは拍手をしながら涙ぐむ。

    「食っても食っても林檎が無くならないんだ……」
    「でも、あの時林檎を何とかしようとレシピ開発に取り組んだから、今の私たちがあるんだよな……っ」
    「うう……うぅぅぅぅ!!」
    「そんな皆さんの努力が実を結んで今があるのですね……」

    戦後みたいな空気の中でハルナが涙ぐみながら頷くと、「分かってくれるかお嬢ちゃん!」と料理人と思しき人物がおんおん泣いていた。
    その光景に私は苦笑いを浮かべる。

    「こ、これは品評会というより被害者の会か何かでは無いのか……?」
    「定期的に初心とトラウマを思い出す会って感じね……」

  • 116124/08/09(金) 17:53:32

    サツキと顔を見合わせていると、イブキは私たちが作ったアップルパイを取り出した。そして参加者たちに向かって口を開く。

    「かなしい時はね、いっぱい食べると元気になるよ~!」
    「これは……お嬢ちゃんが作ったのかい?」

    先ほどの料理人が尋ねると、イブキは元気いっぱいに答えた。

    「うん! イブキと、マコト先輩と、サツキ先輩と、三人で作ったの!! ハルナ先輩が味見したんだ~。えへへ!」

    そして笑うイブキ。料理人も誰も、皆がイブキに心を掴まれているのが良く分かる。

    「では早速ですが、品評会もといアップルパイパーティーを始めましょう!」

    主催の言葉と共に品評会は始まる。
    様々なテーブルに並べられたアップルパイ。口直しにコーヒーや紅茶が置いてあり、参加者たちは皿を片手にそれぞれ切り分けて盛り付けていく立食形式だ。

    私はその様子を眺めながら壁際の椅子へと座る。
    昨日から甘ったるい林檎ばかり食べているのだ。流石にこれ以上食べる気にはなれなかった。

    (まあ、イブキもハルナも楽しそうでは無いか)

    ならば良い。そう思いながらしばらく過ごすと、私の前に農家と思しき老人が現れた。

    「隣、よろしいかな?」
    「ああ、いいぞ」

    答えると老人は私の隣の椅子に座る。何か用でもあるのだろうか?

    「ゲヘナ学園の学生さんじゃろ?」
    「そうだ。ゲヘナ学園一年、羽沼マコト。ところで、身内寄りのパーティーであるように見えるが、飛び込み参加可なのか何か理由があるのか?」

  • 117124/08/09(金) 17:53:43

    その割には特に宣伝をしている様子も無い。そこが少しだけ引っかかった。
    すると老人は笑って答える。

    「なに、単純なことじゃよ。元はただの同好会みたいなものでな。みな好きに集まって林檎を美味しく食べる会だったんじゃが、長く続きすぎた。有名レストランのシェフやら何やら肩書ばかりが増えて行って、それに擦り寄るだけの者が参加し始めてなぁ」
    「それで敢えて大々的に開催の告知はしなかったのか」

    老人は頷く。

    「外からの参加者が来たのは久しぶりじゃったな。林檎以前に料理が好きというわけでも無いのにわざわざ作ってくるなど、いやはや」
    「……キキッ。そうだな。確かに目的あっての参加だったが、それは私の話だ」
    「そうじゃろうな。あの顔を見れば分かる。きっとこれも何かの縁じゃろう」

    老人の視線の先には舌鼓を打つハルナとイブキの姿があった。サツキはふたりの面倒を見ており、忙しそうだったが楽しそうでもあった。

    「……少しだけ、頼みを聞いてはくれんか?」
    「む?」
    「林檎に限らずなんじゃが、実はいまゲヘナ学園を顧客にしていた者たちが買い手が困っていてな」
    「……人工食料か」
    「そうじゃ」

    そして老人は語り始めた。
    現在、代表の生み出した人工食料の供給によって、ゲヘナ学園はわざわざ外から食品の買い付けを行わなくても良い状態になっている。
    結果、生産者たちは最大の卸先を失ってしまい路頭に迷うものも出てきているのだという。
    最初は抗議に行った者もいたのだが、すぐに鎮静化して何も変わることは無かったらしい。

    「お前さんに頼むようなことでは無いとは分かっている。ただ、もし良ければ伝えてはくれんか? それ以上を望まんよ」
    「……分かった。何も変わらないかも知れんが、それでも伝えるだけ伝えてみよう。誠心誠意な」
    「恩に着る」

  • 118124/08/09(金) 22:04:52

    路頭に迷う生産者たちの存在。また新たな問題に首を突っ込んでしまった気もするが、聞いてしまった以上代表に伝えないわけには行くまい。
    その上で代表が「仕方ないから諦めて」と言うのであればそれから考えれば良い。……そんなことを言う代表の姿なんて想像も付かないが。

    品評会は無事に終わり、私たちは帰路に就く。

    「ハルナよ。満足できたか? お前に聞きたいことがあるのだが……」
    「ええ、大変満足いたしましたわ。ですので、聞きましょう」
    「曙同盟について知っていることを教えて欲しい。なるべく詳細にな」
    「……そうですね。アップルパイを食させて頂いたお礼もございますし。帰宅次第データを送らせて頂きますわ」
    「ああ、分かった」

    ハルナと別れて、ゲヘナ学園へと戻った。時刻は15時。
    代表への報告などやるべきことは残っている。兎にも角にもレポートを作らなければ。

    サツキにイブキを任せて、私はここまでの情報をまとめていくのであった。

    -----

  • 119124/08/09(金) 22:26:22

    自室に戻ると適当なノートを取り出す。
    こういう作業はレポートにまとめる前に、一度書き出しておくと整理がつきやすいものだ。
    まず私は"曙同盟"と書き記した。

    最初に曙同盟の名の聞いたのは手榴弾事件のとき。
    風紀部の先輩と空崎ヒナの意見を両立させるためには、手榴弾をバスに投げ込んだ犯人の存在が必要だった。そこで上がったのが曙同盟なる反学園テロリスト集団だった。

    ――そういえばあの事件、結局犯人は存在したのか?

    ふと気になってタブレットから手榴弾事件のレポートを確認すると、追記があった。
    犯人は居た。というか、今日私たちのバスをジャックしたあの二人だった。

    ――となれば、私の推測は当たっていたのか。

    空崎ヒナに犯人が捕まったことについてメッセージを送ってみると、【そう、ありがとう】と極めて簡素な返事が来た。
    ヒナとの約束も達成したことで、一旦この手榴弾事件についてはケースクローズで片が付いた。

    空崎ヒナ。来年ゲヘナ学園に進学してくる人材。

    「クク……やつを私の部下にするのは検討しても良いな」

    根回しや計略の類いは元来私の性に合っている。
    今のうちに手を回しておくのも良いだろう。そう思いノートに"空崎ヒナ"と書いておく。どのようなアプローチを取るか決まったらメモしておこう。

    そして次に"黒舘ハルナ"と書く。
    曙同盟に接触されていた中学生。こいつも同じく来年ゲヘナへ進学する……と考えると、曙同盟の活動で確認されているのは次のふたつ。
    ひとつはゲヘナ学園へ主義主張を通すために武力へ訴えかける方面。もうひとつは人材確保のために青田買いをしようとする方面。そのどちらも中学生をターゲットにしていることから恐らく意志の共有が為されていないと考えられる。
    攻撃と補充。その対象が同一であるなど不合理極まりないないのだから。

  • 120124/08/09(金) 22:42:57

    ――そういえば総長含め捕まったとか言っていたな。

    ならば放っておいても直に瓦解するだろう。だが、そこで引っかかるのが捕まる直前のテロリストが言った言葉だった。

    『ううん。学校に居た。でも、なんか目が覚めたとか言ってさ。突然だよ? 総長だけじゃない、捕まったみんながそう言って……おかしいよ。私たちのことなんか忘れちゃったみたいにさ』

    馬鹿げた陰謀論を言っていた割にはしっかりと実害が出ている。
    もちろん謎電波なんて存在しないし我々の身体はBluetoothに接続されたりしていない。
    あの口振りからして仲間が洗脳されたとでも言いたげだったが、正直そこは信じようにも微妙なラインである。

    「……そもそも、あの代表が洗脳ないし派閥を作って引き込むだの何だのやるだろうか」

    答えはノーだ。
    というか、代表は舌戦が強いわけじゃない。露悪的に言うのであれば、異常なほどに能力が高すぎるだけのお花畑人間だ。嘘や誤魔化しをするという発想があるのかすら怪しい。

    人間性だけで見れば底が浅いとすら言ってしまっても良い。
    それに、嘘や誤魔化しが必要なときは往々にして能力が足りなかった時に使われるもの。
    だからこそこの羽沼マコトの両目がよほど節穴で無い限り、代表が我々を騙していることは無い。つまり、決して無いということだ。

    それに、と品評会の老人が言っていた言葉を思い出す。

    ――ゲヘナ学園へ商品を卸していた生産者たちの抗議はすぐに鎮静化した。

    これは曙同盟の総長らと同じパターンだろう。
    とはいえ、洗脳なんて荒唐無稽な陰謀論に手を出さずとも不可能ではない。
    全ての策は、相手が何を欲しているかを知ることから始まるもの。そして代表はどんな宝の位置だって知っているであろう稀代の天才。交渉材料なんて幾らでも用意できるし作り出せるだろう。

    そこで気になるのが先に挙げた代表の性質だ。
    代表はどちらかというと「全部私がやってあげる!」といった感じの話し方をよく行う。これでは交渉にならない。
    私だったら相手の主張の着地点を捻じ曲げて無理やり繋ぐようなやり方になるだろうが、恣意的に相手の言葉と感情の矛先を曲げるなど、代表は恐らく出来ない。

  • 121124/08/09(金) 22:54:26

    代表ならば自身の持てる全力を以て双方の最大公約を導き出す。だからこそ、素数と素数のように決して交わらない存在であろう存在には成す術が無いはずだ。

    ならば、誰がそんな抗議活動を行うものたちを黙らせたか。

    「優秀なブレーン。いや、側近か」

    別に代表自ら行う必要は無い。ただ、代表に囁いて宝物を用意させ、敵対者を懐柔させるような第三者が居ればこの方程式は成り立つ。
    話術に長けたものが居て、相手の欲しいものを聞き出し、代表に用意させ、味方に引き込む軍師の存在。

    「そんな人物が居れば良いのだが……」

    ノートに"軍師?"と書き記す。かの外交担当が見つかれば話は随分と整理しやすくなる。
    曙同盟や生産者たちを黙らせられるだけの存在とは如何なるものか。改めて生徒名簿を探っていく必要があるだろう。

    「あとは……人工食料問題だな」

    供給が需要に追い付いたが故に排斥された生産者たち。
    如何にゲヘナ学園がアーコロジー化に成功したとはいえ、それでもアポカリプスは起きていない。学園の外にも世界は広がっている以上、彼らの存在の無視するなどと愚策中の愚策。
    あくまで代表あってのゲヘナ学園だ。代表がいなくなれば途端に崩壊するだろう。それだけは看過できない。

    トップが消えた程度で揺らぐ組織に一体何の意味があろうか。
    同じ時間を繰り返すならともかく、この問題については急ぎ報告する必要があるだろう。

    私は学内生産における供給バランスと一線から退いた生産者たちのリストをまとめてから席を立つ。
    時刻は夕暮れを過ぎていた。サツキたちが帰ってくる前に報告だけでも済ませてしまおう。
    そして私は、代表の部屋へと歩き出した。

    -----

  • 122二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 07:52:20

    ほしゅ

  • 123124/08/10(土) 08:40:28

    「羽沼マコトだ。代表、失礼するぞ」

    代表の部屋にノックをすると、中から「いいよ~」と気の抜けた返事が返ってくる。
    その言葉を待って扉を開けると、中には今朝と同じような姿勢のまま机の上の端末に向かう代表の姿があった。

    「……まさかと思うのだが、もしやずっと仕事していたのか?」

    そう訊くと代表は驚いて時計を見る。それから「あはは……」と笑った。

    「つ、つい夢中になっちゃって……」
    「はぁ……。まあ私から言うことは無いが……それより代表、ひとつ――」
    「あ、林檎のことだけど私も作ってみたよ!」
    「……む?」

    代表は私に林檎を見せた。真っ赤に熟したように見える林檎を見て、私は苦笑いを浮かべる。

    「い、いや、もう甘いのは……」
    「ふっふっふ……大丈夫。食べてみて!」

    突き出すように渡された林檎をまじまじと見つめて私は眉を潜める。
    とはいえ、代表はわくわくしたような目で私を見ているしで無視するわけには行かない。
    溜め息を吐きながら一口齧る。すると――

    「――甘くない……?」
    「でしょ~! アップルパイの話を聞いて思い出してね。それで試しに作ってみたんだ~」

    それは甘さがかなり抑えられた――言ってしまえばサラダの類いになるであろう人工林檎だった。

  • 124124/08/10(土) 08:41:10

    「やろうとすれば蟹とか海老の味がする林檎も作れるよ! これなら色んなアップルパイも作れるんじゃないかな!?」
    「た、確かにそうだが、すまん代表よ……。アップルパイは作らん。品評会は終わったのだからな」
    「え、そうなの!?」

    目を見開く代表。その姿を見て私はやはりと思う。
    この代表に人を騙せるような感性は無いのだと。無垢で純粋な善意の塊でしかないと。

    「とはいえ、だ。このぐらいの味ならば毎日食べても飽きはしないな」
    「本当!? じゃあ毎日差し入れしてあげるよ!」
    「い、いや、まあ毎日でも問題なかろうが、そこは適度にな……」
    「適度? 三日に一回とか?」
    「あー、そのぐらいなら、うむ」
    「分かった!」

    代表は笑顔で頷く。その辺りで私は話を切り出した。

    「今日の品評会でな、職を追われた生産者たちの話を聞いたのだ」
    「職を……?」

    首を傾げる代表に私は話した。
    ゲヘナ学園が食料の買い取りを行わなくなった結果、生産者たちが困窮に瀕しているということを。
    路頭に迷うものまで現れ、学園を除いた自治区内の生産数が急激に落ちていること。

    すると代表は「うーん」と唸って頬に手を当てた。

    「だったら、"クラナハ"のリース契約で解消できそうだね」
    「"クラナハ"?」

  • 125124/08/10(土) 08:42:29

    聞きなれない単語に聞き返すと、代表は簡単に説明を始めた。

    「有機物培養システム"クラナハ"。私たちが食べるものにフォーカスを当てたものでね。簡単に言うと食べるものなら何でも作る機械なんだよ。"クラフトチェンバー"には負けるけどね」
    「…………済まない。私の理解が追い付かないようだ。つまり?」
    「食べられるものなら何でも作れる機械を貸して、そこから生み出されたものをゲヘナが買う! これなら問題ないでしょ?」
    「いや待て代表よ。言うが私は……はっきりと言うが私はな? 代表が言う"普通に使える"の類いは一切信用していないぞ!? その上でその"クラナハ"とやらは本当に誰でも扱える装置なのか!?」

    代表の言う"普通"を最大母数に当てはめるのならば、キヴォトス全土で世界を変え得る天才が当たり前のようにいることになってしまう。
    私はそれを懸念して反駁するが、代表は代表であっけらかんとした表情を浮かべていた。

    「大丈夫だよ? ちゃんとゲヘナ学園の学力テスト中央値の皆にも手伝ってもらったし」
    「なら、まあ……そうか?」

    特化型がある以上単純に学力と比べるのは無体な気もしたが、とはいえゲヘナ学園だ。上も下も乖離が激しいのだから一周回って良いのかも知れない。

    「その上で仕事を辞めるんだったら私主導で新しい仕事を斡旋する。もちろん最後までちゃんと残れるような仕事を。これならみんな幸せだよね!」
    「そう……だな」
    「なんだったらクラナハは自動生産も出来るし! ちゃんと分かれば働かなくても良いんだよ。そしたらほら、皆がやりたいことだけをやれる幸せな世界が出来る思うんだ!」

  • 126124/08/10(土) 08:43:00

    それは楽園への入口でもあった。
    皆が好きなことを好きなように出来る、そんな楽園。
    きっとこの代表であれば作り上げてしまうのだろう。私は「キキッ」と喉を鳴らした。

    「ゲヘナが楽園とは、何たる皮肉か。だが、私は支持するぞ代表よ。この地を治めようとする者よ」

    そして私は身を翻す。やはり信ずるべきは代表なれど、妙な陰謀では無いのだと確信して。

    ――何かあるならそれは代表を嘲る何者か。ならば私は真たる平和を待ちわびよう。

    そして私は、代表に見送られながらその部屋を去って行ったのであった。

    -----

  • 127二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 15:02:08

    保守

  • 128二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 16:44:28

    はてさて、ユートピアとディストピアは紙一重

  • 129二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 16:47:47

    ここまで「雷帝」って名前すら出てきてないけど…何があってああなった?

  • 130二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 16:53:02

    最終的に雷帝が討たれることを知ってるから善性しか見えない雷帝が凄い不気味に感じる

  • 131124/08/10(土) 17:37:11

    代表の部屋を出て情報部の寮へと戻ると、そこには台車を引くサツキとその他情報部たちの姿があった。
    台車の上には家具とイブキが乗っており、私に気付いたイブキが「マコトせんぱーい!」と手を振っている。

    「また凄い人数だなサツキよ。イブキの家具か?」
    「そうよ。買ったのだけど運ぶのが大変だったからミレニアムチームのみんなに手伝ってもらっているの」

    台車を押す情報部員たちは「イブキちゃんのために!」と団結している様子だった。
    一瞬イブキをアイドルの道に進ませたらと考えたが、いや、辞めておこう。イブキの笑顔は私たちで保護しなくては。簡単にはくれてやらん。

    「よし、私も手伝おう」

    私も台車を押して寮の中へ。ベッドと机、それからカーテンや棚などをイブキの部屋に入れると、倉庫然とした部屋がようやくまともな部屋へと変わっていった。

    「よかったなぁイブキ! さ、手伝ってくれた皆にはちゃんとお礼を言うのだぞ」
    「うん! ありがとう! ……そうだ、ちょっと待ってて~」

    そう言うとイブキは鞄からごそごそと何かを取り出した。
    それは12色のクレヨンだった。

    「クレヨン?」

    私が聞くと、イブキは「うん!」と頷いた。

    「あのねー、品評会のときにお爺ちゃんからもらったの!」
    「お爺ちゃん……ああ、あの老人か」
    「だからね~、手伝ってくれたみんなの絵を描くよ! 描いたらあげるね!」
    「では、せっかくだ。食堂で書こう。今日はこの羽沼マコトがお前たちの夕飯も出してやるぞ!」

    そう言うと情報部員たちは大いに喜んでくれた。
    少々財布に響くだろうが、ここは仕方あるまい。また明日から頑張って補填すれば良いだけのこと。

  • 132124/08/10(土) 17:39:50

    「よ~し! みんな、しゅっぱーつ!」
    「……いや、待つのだイブキよ」
    「うん?」

    ふと気になってイブキを止める。

    「イブキ、クレヨンがあるのは良いのだが、画用紙はちゃんと持っているか?」
    「一枚あるよ!」
    「それでは足りなく無いか?」
    「そうかなぁ……」
    「ああ、せっかく色彩豊かなクレヨンであるのに、一枚に無理やり納めるなんてもったいないでは無いか。どんな色でも重ね過ぎれば黒くなってしまうものだしな。行きがけにスケッチブックでも買っていこう」
    「うん!」

    それから私たちは、賑やかな夕食を取りながらイブキに似顔絵を描いてもらった。
    途中、私の携帯にハルナからのメッセージがあったが、見ると曙同盟の次の会合の予定と場所が記されていた。
    次回は来月のようで、それまでは曙同盟についての調査も休ませて良いだろう。

    入学式から始まる一連の騒動も、これでひとまず一区切り。
    その後もこれと言って急務に追われることもなく、調査と報告のサイクルを繰り返すだけの日々となった。
    こうして、ゲヘナ学園で過ごす最初の一か月は幕を閉じる。

    ――この時の私はまだ知らなかった。
    入学してから三か月で終わる私の学園生活のことを。不穏の種が芽吹き始める二か月目が、今まさに始まろうとしていることを。

    --マコト編・前編 完--

  • 133二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 17:44:24


    すごいなこのSS…いやもはやショートって呼んでいいのか?
    続きも楽しみにお待ちしてます

  • 134124/08/10(土) 17:55:27

    かつて悪魔は天使であった。
    主の言葉を絶対のものとし、楽園を築き上げ世界を完成へと近づけるべくその身を粉にした。

    しかし、その言葉を疑う者が居た。
    主への反逆者、その者はこう語る。

    「楽園への道は天使の屍で築かれている」

    反旗を翻すも多勢に無勢。大きな力を前に膝を折り、かくして反逆者は堕天する。

    ああ、お前は天から落ちた。明けの明星、曙の子よ。
    お前は陰府へと投げ落とされたのだ。墓穴の底に。

    全ての星は失墜し、無垢な朝日が昇り始める。
    エデン条約が締結されるまで、残り13か月。

    ■マコト編・後編-----

  • 135124/08/10(土) 18:06:40

    >>スレ主です。済みません、最初は「最悪ショートストーリー程度で収まるだろう!」ぐらいの気持ちでスレ立てしたのですが、書いてるうちにガバガバのプロットが埋まった結果、多分いま1/3ぐらいです……。


    曇らせをやるなら晴れるところ含めて本気でやらないとって思ったら、どんどん伸びていきます……。

    スレを落とさないためにも毎日書くというのが案外大き目なモチベになっているので、申し訳ないのですが今後も長々と失礼致します。


    マコト編・後編、頑張ります!

  • 136124/08/10(土) 18:40:44

    『マコトちゃん! そっちに行った型番、調べてくれるかしら?』
    「ええい少し待て!! えーと、S000A10、後継機だな。全部で10体!」
    『あ、いまそっちに爆撃機が向かったわ! 気を付けて頂戴!』
    「何ィーーーーっ!!」

    ゲヘナ学園へ入学してから一か月が経った二か月目のこと。
    私はミレニアムサイエンススクールで暴走するドローンなどの調査に向かっていた。

    というのも、サツキが所属する情報部ミレニアムチームの調査協力が我々ゲヘナチームへと求められたからであった。
    チーム内の人員だけでは足りないとき、情報部ではチームを越えて応援要請を行う体制が築かれている。
    その場合、大抵は二年生以上が駆り出されるのだが、ゲヘナチームの先輩たちは少々違ったようだった。

    「仕方ないな。マコト、君も来て」
    「む、何故私なのだ?」
    「優秀な人材を持て余すには惜しいってコト。見てる? 情報部内のポイントランキング」
    「そんなものがあったのか……。というとつまり……」
    「そ、ランキング10位。一年生じゃあ初だよ? わざわざ寝かせておくわけには行かないでしょ」
    「キキッ……そうであったか」

    イブキの部屋を作るためにひたすらポイントを稼いでいたのだが、まさかここまでこの羽沼マコトの名が通ってしまっているとは、などと少しばかりの優越感。

    「ならば仕方あるまい! この羽沼マコトが如何に優秀かつ秀才であることが知れ渡ってしまったのならなぁ!!」

  • 137124/08/10(土) 18:40:55

    なんて意気込んで応援要請に応じてみたものの、状況は最悪だった。

    「何故こうも執拗に爆撃されにゃならんのだ!?」
    『何故ってそれは……ここが戦場だからじゃない?』
    「くぅーーーーッ!!」

    ミレニアムで起こった大規模なクラッキングおよび自動防衛機構の暴走。
    セミナー会長の私兵たる人造ロボットとの交戦の地へと赴いた私たちは、このように出陣している人造兵たちの型番を確認し続ける作業に駆り出されていた。

    「おい! あのヘリは何だサツキ!」
    『あれは……クロノスね。見つからないように隠れて!』
    「次から次へと何なのだ一体!!」

    物陰に隠れてやり過ごして、去ったと思えば続いて爆撃。
    そう、情報部とはこのような地道な活動あってのもの。だが――

    「サツキぃ! これが終わったら食事のひとつは奢ってもらうからな!?」
    『あら、ちゃんとこの活動もゲヘナチームの活動として認められるでしょう?』
    「それとは別だ! というか爆撃機が多すぎだろう!? やってられるかぁーーーーっ!!」
    『冗談よ。後でご飯奢ってあげるから頑張って頂戴』
    「くそーーーーっ!!」

    空から定期的に落ち続けるエレクトロン焼夷弾の炎の手から逃れながら、私はもう動かない人造兵の型番を報告し続けるのであった。

    -----

  • 138124/08/10(土) 21:03:25

    「はぁ……、本当に死ぬかと思ったぞ今回ばかりは」

    ゲヘナ学園の食堂にて、私はサンドイッチに齧りつきながら目の前のサツキを睨んでいた。
    サツキはサツキで肩を竦めて笑うばかり。全く、人を何だと思っているのか。

    「まぁまぁマコトちゃん。それよりも、イブキちゃんの方、どうだった?」
    「ん? ああ、そう言えばお前がゲヘナに戻ってくるのも久しぶりだったか」

    長期に渡って各校へ潜伏するような活動があった際には中々戻れないのが情報部である。
    私はゲヘナチームであるから特に変わりは無いが、サツキはここ何日かゲヘナから離れて活動していたのもあって、イブキの様子を知る由もなかった。

    「特に変わらん。ただ、最近絵を壁に貼り始めたな。思い出をスケッチブックに残しては壁に貼っているのだ。ククッ……可愛らしかろう?」
    「そうねぇ。あーあ、私もイブキちゃんに癒されたいわ~」
    「だったら今晩向かうと良かろう。今は弾道計算をしている頃だろうからな」
    「弾道計算?」

    首を捻るサツキに私は答えた。

    「実はな、緊急時にゲヘナからキヴォトスの各地へすぐさま物資を送る計画が挙がっているのだ。陸路を使わずミサイルにて打ち上げ届ける緊急輸送経路とでも言うべきか。その開発にイブキも参加していてな」
    「凄いじゃない! でも、そんな緊急なんて来るのかしら?」
    「さあ? ただ、保険というのはいつだってそう言うものであろう。それにイブキが情報部として活躍している。この事実こそが真に喜ぶべきことよ」
    「そうね、飛び級って言うのも伊達じゃないわね」

    サツキは紅茶を飲みながらそう答えた。
    実際イブキはあの年にしてゲヘナチームに配属されているぐらいには優秀なのだ。例え言動が幼くとも、その頭脳は遥かに賢い。それは忘れてはならないだろう。

    「そんなマコトちゃんにひとつ提案」
    「なんだ? 急に改まって」
    「来週末に流星群が流れるんですって。イブキちゃんと一緒にみんなで見に行かない?」
    「来週末? 確か……」

  • 139二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 22:41:48

    今追いついたけどめちゃくちゃ面白い
    でもこの先の展開が怖ぇー!

  • 140二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 00:28:50

    謎が多くてワクワクする

  • 141二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 10:02:24

    保守

  • 142二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 17:30:27

    続きに期待

  • 143二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 21:40:08

    一応保守

  • 144124/08/11(日) 22:50:24

    そうだ。来週末の昼過ぎ――15時から曙同盟の会合がある。
    まあ会合に潜り込んだ後に天体観測と洒落込むこと自体には問題ないだろう。

    「ふむ、問題ないな。せっかくだ、ハルナの奴も呼んでみるか」
    「アップルパイソサエティ? の再集合ね」
    「そうだ。本当に来るかは知らんがな」

    高校と中学の境は大きく、とはいえあのハルナであれば特に気にすることも無かろうと言う気もする。
    というより、あの時渡した通信機器を返して貰いそびれていたのもある。何処かでちゃんと回収せねば。

    食事を摂って空腹が鳴りを潜めたおかげか、私の気もだいぶ紛れていた。

    「とりあえず、ミレニアムのレポートを作ってしまおうか」
    「そうね。終わったらイブキちゃんに会いに行きましょう。それぐらいには終わるでしょうし」

    私たちはタブレットを取り出して早速レポートの作成に取り掛かろうとする。
    その時、私たちの座るテーブルに近づく者が居た。私は顔を挙げると、そこには――

    「こんにちは、マコトさん」
    「代表では無いか。これから昼食か?」
    「そうだよ。あ、今日の分の林檎ね」
    「うむ。いつも済まないな」
    「いいんだよ~。マコトさんが喜んでくれるなら嬉しいから!」

    代表から私は林檎を受け取る。
    そう、先月の一件からきっかり三日に一回林檎をひとつ渡してくるようになったのだ。
    流石に今のように手渡ししてくることはそうそう無いが、大抵の場合は私の部屋の前のポストに丸々1つがそのまま入れてある。

    大きさも丁度良く、大きすぎないのもあってか朝食には丁度いい。
    そんなこともあってか、こうして律儀に送られ続ける林檎を受け取り続けているというのが現状だった。

  • 145二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 08:15:04

    保守

  • 146124/08/12(月) 10:30:58

    「全く……あなたにはもっとやるべきことも多いだろうに」
    「あはは……そうだけど、ただこの前のレポートのお礼も言いたかったから」
    「お礼?」

    首を傾げると代表は「うん!」と頷いた。

    「ほら、人工食料が美味しくなかったって子の話、上げてくれたでしょ」

    その言葉で思い出した。ハルナが強い拒絶感を出していた旨の件だった。
    原因は分からないが、本物よりも優れているであろう人工食料を知らずに食して気付くハルナの味覚。
    不可解ではあったが、念のためそのことをレポートに書いていたのだ。

    「おかげでもっと良い方法を思いついてね。完成したからリース契約を持ち帰る培養槽にも適用できたんだ」
    「それは凄いでは無いか! クク……流石だ。成功を期待しているぞ?」

    代表は嬉しそうに笑ってその場を後にした。
    残された私とサツキは「それじゃあ」と言ってレポートの作成へと取り掛かる。

    頑張ればイブキの帰る頃には書き終えるだろう。
    イブキも頑張っているのだから、我々も頑張らねばな。

    そうして何てことの無い日々は変わることなく続き、イブキの部屋には絵が増える。
    真っ赤な林檎の絵から始まり、情報部のメンバーたちの似顔絵に混じって私たちの絵もあった。
    みんなが笑ってこちらを見ている。最近ではペロロ様なるグッズに夢中のようで、小さなぬいぐるみが棚に置かれていた。

    「ねぇねぇマコト先輩?」
    「どうしたイブキよ」

    ある夜中、昼寝をしてしまったせいで寝付けなかったイブキを連れて、私はゲヘナ学園の屋上に居た。
    手にはホットミルク。満天の星々が天蓋のように広がっている。そんな夜空を眺めながら、イブキはカップに口を付けた。

  • 147124/08/12(月) 10:31:27

    「明日、天体観測をするんでしょ?」
    「そうだぞ。小高い丘でピクニックシートを広げるのだ。皆で寝転んだり望遠鏡を覗いたりして、流星群を眺めるのだよ」
    「お弁当も持ってく?」
    「うむ、そうだ。軽いサンドイッチか何かを持っていくつもりだが、何か食べたいものがあるのか?」
    「ううん。あのね、イブキが作っていい?」
    「イブキが?」

    私がそう訊くとイブキは真剣な目で私を見ていた。

    「みんなにいつもありがとうって言いたくて、それで……」
    「クク……日頃の感謝を込めて手作りサンドイッチを、ということだな」
    「うん! 起きたらいっぱい練習してね、夜に持っていきたいな!」

    純粋無垢で優しいイブキは正に天使のようである。
    「良い考えだ」と言って私はイブキを頭を撫でた。

    ふと、イブキが小さく欠伸をした。

    「今日は一緒に寝るか?」
    「ううん。イブキ、ひとりで大丈夫だよ」
    「クク……そうだな。もう一人前なのだからな。もし眠れそうに無かったら私の部屋まで来ると良い」
    「わかった!」

    手を繋いで私たちは自分の部屋へと戻っていった。
    そして再び朝が来る。今日は曙同盟との会合、天体観測とイベントが目白押しだ。

    会合については勧誘を受けていたハルナにも同席してもらう。
    私自身彼らの報告を上げるかどうかは決めあぐねているのだが、それは直接実情を見てからでなければ何とも言えない。
    ひとまずはイブキのサンドイッチ作りを見守る方が最優先だ。

  • 148二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 10:31:58

    このレスは削除されています

  • 149二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 10:32:12

    このレスは削除されています

  • 150124/08/12(月) 10:59:11

    「イブキ、開けるぞ」

    扉をノックしてから開ける。そこにはベッドに腰かけてぼんやりとしているイブキが居た。

    「キキッ、寝ぼけているようだなイブキよ」

    笑いながら、カーテンを開けようと部屋に入る。するとイブキは私の方を見て首を傾げた。

    「お姉さん、だれ~?」
    「まだ酷い寝ぼけ方だな……。流石の私も傷つくぞ……」

    カーテンを開けて日差しが差し込み、イブキはその眩しさに目をしばたかせた。

    「さ、顔を洗ってサンドイッチ作りの練習を始めようでは無いか」
    「イブキ、サンドイッチ作らないよ?」
    「む……?」

    私はイブキを見た。イブキはきょとんとした顔で私を見ている。
    それがどうにも寝ぼけているわけでも、ましてや冗談の言っているような雰囲気でも無く、一瞬思考が固まった。

    「な、なにを言っているのだイブキよ。今日天体観測すると約束したでは無いか?」
    「してないよ?」
    「昨夜も話したでは無いか……? ホットミルクを飲みながら、日頃の感謝を伝えたいからと、そのためにサンドイッチを作りたいのだと――」
    「言ってないよ……?」
    「なあ、頼む。冗談なら辞めてくれ。何か私がお前の気分を害したと言うのなら謝る。だからちゃんと思い出してみてくれ。言ったよな? したよな、約束を」
    「してないよ……」
    「したのだ!!」

    屈んでイブキの肩を掴んだ。喉が震える。
    脳がこの違和感を理解することを拒んでいた。不意に壁に掛けられた一枚の絵が床へと落ちる。

  • 151124/08/12(月) 11:01:04

    ――何も、覚えていないというのか。
    ――いったいどうして、こんなことになった。

    「どうして怒るの? イブキが悪い子だから……?」

    イブキの瞳が潤み始める。私はただその様子を見ていることしか出来なかった。
    ついぞ泣き出してしまったイブキの声にざわつく廊下。
    何人かの生徒が部屋を覗き込んでいたが、私はそんなことにすら頭が回っていなかった。

    ――共に過ごした出来事が消えてしまったのなら、これまで過ごしたイブキは何処に消えてしまったのだ。

    「ちょっとどいて! 何があったのマコトちゃん!」

    サツキが駆け出してきて部屋に入る。サツキが私の顔と泣くイブキを見て目を見開いた。

    「なぁ、サツキよ……」

    私は震える声でサツキへと視線を向ける。

    「イブキが……おかしくなってしまった……」

    部屋に残ったのはイブキの泣き声と、縋りつくような私のか細い声だった。

    -----

  • 152124/08/12(月) 13:12:48

    「イブキちゃん、本当に何も覚えてないみたいね……」

    あの後サツキは、放心する私を部屋の外まで引きずり出すとイブキの宥めに向かった。
    そしてイブキにどこまで覚えているのか尋ねたようなのだが、「気が付いたらここにいた」以外のことは何も分からないようだったらしい。

    「そうか。いや済まない。みっともない姿を見せてしまったな」
    「いいのよ……。逆だったら私もマコトちゃんみたいに動けなかったわ」

    どうして突然記憶を失ってしまったのか、そんな兆候今まで一度だってなかったはずだった。
    一体何が起こっている……。そう呟くと、サツキはこんなことを言い始めた。

    「前々から思っていたんだけどね、イブキちゃんって10歳にしては言動が幼すぎる気がするのよ」
    「……っ! まさか、記憶が無くなるからということか……!?」
    「可能性はあると思うの。ねぇマコトちゃん。確かイブキちゃんは代表から世話を頼まれたのよね。その時なにか言われなかった?」
    「何か……?」

    10歳。飛び級。情報部ゲヘナチーム所属。
    あの時の会話を思い出そうとして、不意に過ぎったのは私の言葉。

    『何故私なのだ? 他にも部員は居るだろう?』
    『私たちは情報部、でしょ? だからこそ、その"何で"は調べてレポートにしてみよう! 私は言わないけど、別に口止めもしていないから私以外から調べて調査してみてね!』

    何故私に世話を頼んだのか。そもそもイブキはどういう子であるのか。

    「そうだ……代表は私に調べてみろと言ったんだ」

    しかし私はそれをしなかった。
    忘れていたというのもあったが、イブキたちと過ごす今が楽しくて、その理由を忘れるぐらいには軽んじていた。
    ならば何故、あの時わざわざ調べろなどと言ったのか。

  • 153124/08/12(月) 16:13:22

    例えばどうせ記憶が無くなってしまうのだからという理由で言わなかった。
    例えば記憶が無くならないことを前提にイブキを向き合って欲しかった。
    正直なところ、理由なんて幾らでも当てはめられる。

    重要なのはその逆で、わざわざ調べろなんて言ったことに理由が無いなんて、それこそ無い話だろう。
    いずれにせよ、代表はイブキがこうなることをあらかじめ知っていた可能性は充分にある。

    「サツキよ、私はこのまま代表の元へ向かうがお前はどうする?」
    「マコトちゃんが行ってくれるなら、私はミレニアムに向かうわ」
    「ミレニアム?」
    「そう。代表と話して何か分かったら教えて頂戴。ミレニアムで記憶喪失の治療法を探しておくわ」
    「そうか、任せたぞ」

    そして私たちは一度分かれて行動することにする。
    私は真っすぐに多くのチームが在中している情報部本棟へ向かい、代表の部屋をノックする。

    「開いてるよー」
    「失礼する」

    中に入ると代表はいつもと同じように机に向かっていた。
    端に置いてある盆の上には色とりどりの果実が乗っている。そこから葡萄をひと房取り出すと、私に向かって冗談っぽく揺らして見せた。

    「食べる?」
    「いや、代表。それより聞きたいことがあるのだが……」
    「辛そうだよ? 大丈夫? 食べると落ち着くよ?」
    「ん? あ、ああ。そうだな……一口貰おう」

    分かるほどに動転していたのかとつくづく呆れながらも、私は代表から葡萄を受け取り何粒か口に含む。
    そして一息ついてから、代表に尋ねた。

  • 154124/08/12(月) 16:13:37

    「今朝起きたら、イブキは何も覚えていないようだったんだ。検査を受けさせる前にあなたと話したかった」
    「検査? それは……意味無いかな……」

    代表は困ったように笑う。やはり、と私は思った。
    記憶の欠陥。それに驚かないというのなら、やはり以前からそう言ったケースはあったのだろう。

    「原因は……?」
    「分からないの。ただ、どうしても駄目みたいで」
    「代表でも……なのか?」
    「うん。でも、今はまだ何とか出来ないだけ。何か思いつけばいいんだけどね……」

    代表でも現在どうすることも出来ないのであれば、それは恐らく私たちがどう探したってどうしようもないことなのだろう。

    だが、それ以上に辛いのは代表のはずだった。
    何せ自分の妹のことなのだ。きっと手は尽くしたはずで、それでも及ばないものを前に手をこまねくこの状況が、代表にとって辛くないはずは無かった。

    しかし代表は「でもね」と言葉を続けた。

    「今ね、新しい学校を作ろうとしているの」
    「新しい学校……だと?」
    「そう。名前はシャングリラ高等学院。生物研究や医療に特化した学校でね、多くの利権が絡みついてるゲヘナじゃ難しそうな研究とかも行えるようにしたいんだ」
    「それは……また、凄い話だな……」

    代表は盆からバナナやオレンジを取り出すと、小さなナイフでカットして紙皿に出す。
    それからつまようじを二本刺して「どうぞ」と私に差し出した。

    「うむ、頂くぞ」

    オレンジを食べながら私は、新しい学校に想いを馳せた。
    きっとそこで行われる研究が、イブキの記憶に良い影響を与えてくれるのだろうと。それならば、悪いことではない。

  • 155124/08/12(月) 16:36:43

    「そういえば、どこに建てるつもりなのだ?」
    「場所? あー、アビドス砂漠に建てるよ。あそこなら丁度いい広さもあるしね!」
    「アビドス砂漠? まさかアビドス生徒会が了承したというのか!?」
    「うん。砂嵐を止めたらくれるって言うからね、もらうことにしたんだ」
    「砂嵐……?」

    それは何年も前にアビドスへ降りかかった天災のひとつであった。
    どこからともなく発生した砂嵐の影響によって、現在のアビドスは廃校の危機に瀕していた。
    一発逆転を掛けたネフティスが砂漠横断鉄道を強硬したことでも有名であったが、誰の目から見ても未来の無い足掻きでしかない。
    そう、砂嵐が止まない限り、アビドスに未来は無い――はずだった。

    「あれ、止められるのか……!?」
    「うん? 簡単だよ? 何でやらないんだろうって思ったからアビドスの生徒会長さんと話したんだ~。まだいつ止めるかは決めてないんだけど、学校新設の書類をまとめて連邦生徒会に承認もらったらすぐやるつもりなんだよ!」
    「そ、そうか……。連邦生徒会の方の感触はどうなのだ?」
    「大好評! けどね、連邦生徒会の実権は連邦生徒会長が持ってるからさ……。あの子が頷けば始められるんだけど、ずっと駄目って言われちゃってて……」
    「まさか嫌われているのか?」

    そう訊くと代表は首を傾げて「分かんない」と言った。

    「だって一度も会ったこと無いんだよ? 話したことも無いから何で駄目って言われるのか全然分かんなくて……」
    「それはあまり横暴では無いか!」
    「横暴なんて言い方ダメだよ! 分からないけど、連邦生徒会長が嫌って言うなら嫌って言われない方法でやらないとって思って……それで、これ」

    代表は机に積まれた書類を指さした。
    一枚めくって見てみると、それはどうやらプレゼンテーション用の資料のようで、新設によって発生する利益や解消される問題などがケースごとに分かれて説明されていた。
    また、以前から問題になっていた退学者たちの問題行動。これについても新設する学校を受け皿とし、新たに再起・更生を図る旨が記されている。

  • 156124/08/12(月) 17:05:40

    「私、説明するのとか苦手でよく怒られるんだよね。あはは……」
    「それは……誰しも完璧では無いと言うことだな」
    「だからね、頑張るよ。もっともっと色んなことが出来るように!」
    「ああ! 私にも出来ることがあれば協力しよう!」
    「……じゃあ、ひとつだけお願いしても良いかな?」

    それは意外な申し出だった。まさかあの代表が私に頼み事とは、と胸が震えた。
    「是非とも!」と力強く返すと、代表は嬉しそうに笑った。そして――

    「連邦生徒会長について調べて欲しいの。どういう人で、どういうものが好きで、どういうのが嫌いなのか」
    「ほう、それはまた難儀なことを。情報が無いということは、今の今まで失敗してきたのだろう? それをこの私に頼むと」
    「いいよね?」
    「クク……当然だ。任せろ」

    私は踵を返して去り際に言葉を残す。

    「今すぐ行おう! 早速D.U.へと赴こうぞ!」
    「うん! 待ってるよ~」

    そうして私は部屋を出て、D.U.に向けて出発するための準備をするべく自室へと戻り、今しがた聞いた内容をノートにまとめようとした。

  • 157124/08/12(月) 17:05:58

    「む?」

    ノートを手に取ったとき、ページの間からボロボロになった一枚の紙きれが零れ落ちた。
    それを拾い上げると、そこには一言だけこう書いてあった。

    【現実を見ろ】

    「――っ!?」

    ぞわりと背筋をなぞった怖気。それは私の文字だった。
    だが、私はそんなものを書いた覚えは無い。

    「なんだ……これは……」

    意味が分からなかった。寝ぼけて書くにしたってこんなものをわざわざ書いてノートに挟むわけが無い。
    薄気味の悪さを覚えながら、紙切れをまるめてゴミ箱へと捨てる。
    そうだ、悪戯だろう。情報部には筆記の偽装を得意とする者も居る。私は頭を振ってノートに"連邦生徒会長"とだけ書く。

    その時、私の携帯が鳴った。

    「…………」

    不気味な静けさの中に鳴り響く無機質な通知音。
    さっきの紙切れのせいか、思わず出るのに躊躇いが生じる。

    ――何を怖気づいているのだ。あのような悪戯に。

    私は息を吐いて、通話に応答する。

  • 158124/08/12(月) 17:06:23

    「もしもし」
    『マコトちゃん……? そっちはどうだった?』
    「サツキか……?」

    思わず安堵するとスピーカーの向こうから訝しむような声が聞こえてきた。

    『それで、イブキちゃんのこと。代表は知っていたのかしら?』
    「あ、ああ。そのようだ。そして今はまだ治すことも出来ないらしい」
    『そう……それじゃあ、本当にどうしようも無いのかしらね……』
    「残念だが、そのようだな」
    『……分かったわ。だったら他のやり方を探してみるわね』
    「分かった。私も仕事に戻るとしよう」

    そう言って電話を切ろうとすると、『ちょっと』とサツキに呼び止められてスピーカーに耳を当て直す。

    「どうした?」
    『どうしたじゃないわよ……? ねぇ、イブキちゃんのことどう思っているの?』

  • 159124/08/12(月) 17:06:34

    「む? もちろん大切だが?」
    『だったらなんでそんな冷たいのよ!? どうしちゃったのよさっきから!?』

    サツキは怒りを隠すことなく私に叫ぶ。
    だが、何故怒っているのか分からなかった。

    「いや落ち着くのだサツキよ。お前らしくも無い」
    『らしくないって何よ!? あの時あんなに言ったのに全然分かってなかったの!?』
    「あの時……? あの時とはいつのことだ?」
    『――――ッ!! 電話、切るわね。これ以上話したら本当に駄目になりそう。ちょっと落ち着かせて』

    そうして電話は一方的に切られた。
    一体何の話だったのかさっぱり分からなかったが、サツキも虫の居所が悪い時もあるだろう。
    "そんな些細な事"よりも、今やるべきことをやらなくてはならない。

    私は出かける準備をしてから、ひとまず連邦生徒会のあるD.U.へと向かって行った。

    -----

  • 160二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 17:26:20

    マコトも認識がバグってる…?

  • 161124/08/12(月) 18:56:19

    D.U.シラトリ区。
    キヴォトスの中心でもある連邦生徒会本部が設立されている都市であり、キヴォトスの中でも最も安全な都市として名を馳せている。
    多くのショッピングモールやデパート、映画館など、商業区は他のどの自治区においても敵う者は無く、またキヴォトスの外から来る者にとっての門扉としても知られている。

    その中心に聳え立つサンクトゥムタワーはキヴォトスそのものを象徴する塔であり、その全ての権限は連邦生徒会長ただひとりによって運営されているとのことだが、件の連邦生徒会長の情報はその一切が密閉されている。

    (とはいえ、だ……)

    連邦生徒会長も人の子。一切外に出ないということもあるわけが無く、ひとまずはD.U.チームが頻繁に利用する喫茶店へと入ってから、密かに設置されている端子へとワイヤードで接続を開始。D.U.に敷設されているゲヘナのイントラネットへとアクセスを試みた。

    タブレットを操作して、ゲヘナ情報部が設置した監視カメラから過去のデータを再生。連邦生徒会本部周辺に絞って同時に倍速で早回し。ここに出入りする者から情報部に上がっていない生徒のデータを参照すれば大きく絞り込めるはず――。

    だが、ひとつだけおかしな角度で設置されたカメラがあった。
    それは連邦生徒会の裏手に設置された監視カメラ。ひとつだけ人通りの無い――それこそ何の意味も無い画面がひとつ。
    何故だか妙に気になった。どれだけ画面を回しても何の動きも無い。それはそうだ。何せ出入口も無い、人工樹林と本部の壁と窓しかない場所のうちのひとつ。わざわざここに設置する必然性はどこにも存在しなかった。

    その画面に変化が訪れた。
    本部の窓が開いて、誰かが中から身を乗り出した。
    そして窓の真下に座り込み、軽食を取り始める。その人物に向かって、誰かが画面外から歩いてきた。

    「馬鹿な……」

    その人物を見て私は呟いた。
    何故ならそれは、私の姿をしていたから。

    「これは……私なのか?」

  • 162124/08/12(月) 18:56:35

    記憶にない。ここで誰かと話した覚えなど全く――
    瞬間、脳裏にひとつの単語が過ぎり、思わず"それ"を口にした。

    ――エデン条約。

    ゲヘナとトリニティの関係を修繕し、連邦生徒会が直々に双方の橋渡しを行う条約。
    エデン条約機構を設立し、両学校内で紛争が起きた際に全面戦争へと発展する前に解決する組織を作り上げようと言う物だった。
    締結時期は来年の入学式から二か月後。あと1年と少しで正式に発令される――

    ――なんだ、この記憶は。

    知らないはずの情報が私の脳に焼き付いている。
    画面の向こうの自分はそのことを証明するように、その人物の胸倉を掴み上げていた。

    ――何故、この私は怒り狂っているのだ……?

    何か怒鳴っていることは分かる。
    だが、音声の無い監視カメラの映像だけでは分かることも少ない。
    そして画面、いやカメラの方へと向き直った過去の私は指をカメラに差し向けながら何かを怒鳴っていた。
    それから首を振って、一音一音はっきりと言うかのように口を開いた。

    【現実を見ろ】

    あの紙切れに書かれたものと同じ言葉だった。
    現実とは何だ? 私は何か見落としているのか?
    何より、これが本当に私であるならば、私は何かを忘れている。

    ――イブキと同じように。

  • 163124/08/12(月) 18:58:19

    「……っ!」

    途端、内から聞こえた空想に心臓が掴まれかけた。
    何だ。私は何を忘れている――

    過去よりの警句が脳内に残響し続ける。
    それでも思考は霧が立ち込めるように晴れる気配は一切ない。

    「そうだ、時刻――っ」

    慌ててこのカメラが映した時間を見ると、それは品評会が終わってから10日後の日付だった。
    携帯の履歴やタブレットの操作ログを見るが、ものの見事にその時間帯のログは完全に空白で何も分からない。

    「データが残っていない……」

    これは残さなかったのか消されたのか、今となってはその判断すら付くことはなく、ただ不気味さだけが喉の奥に居座り続ける。

    ――私は何かを忘れている……?

    他にもあるのか。私が忘れた何かが。
    だが、そのことについては思い出すことすら出来ずに、私はそのまま夜まで連邦生徒会本部を貼り込み続ける。
    収穫はひとつとして無かった。

    -----

  • 164二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 21:39:46

    不穏さが増していく…

  • 165124/08/12(月) 22:42:53

    ダン、とテーブルを叩くような音が聞こえて、サツキとイブキは驚いたように身を竦ませた。

    「ま、マコトちゃん……っ!?」
    「え、ああ、いや……」

    呆然と周囲を見渡す。なんてことはない。ただ"いつものように"ゲヘナ学園の食堂で"昼食"を摂っているだけだ。どこもおかしなことは無かった。

    「マコト先輩! 手! 手!」
    「手……?」

    イブキの言葉に自分の手を見ると、何故か私は自分の左手の甲にフォークを突き立てていた。
    深く刺さっているわけでは無いが、皮膚が破けて血が滲んでいる程度の傷が出来ている。

    ――どうしたと言うのだ、私は。

    フォークを抜いてハンカチで手の甲を押さえる。その様子を呆れたように見るサツキ。

    「ちょっと、しっかりして頂戴」
    「済まんな。少し呆けていたようだ。それで、その何だ。成果はどうなのだ?」
    「全然駄目ね。オカルトならイブキちゃんの記憶も戻せると思ったんだけど」

    肩を落としながら、サツキは紐に吊るした硬貨を片付ける。
    そうだ。最近サツキはオカルト的療法からイブキの記憶を戻そうと尽力していた。
    とは言えその方向性は前世の記憶を呼び覚ますだとか何とかで若干ズレている。いや、ズレていること自体は私もサツキも分かっているのだ。それでも何もせずにただ待っていることなど出来なかっただけで――

    瞬間、脳裏に何かが過ぎった。鼓膜の裏に私の叫び声が聞こえた気がした。

    「――曙同盟」
    「え?」
    「サツキよ。曙同盟はどうなったのだ? いや、そもそも、今はいつだ?」

  • 166124/08/12(月) 23:05:58

    私はサツキの返答を待たずにタブレットを取り出す。日付を確認すると、イブキが記憶を失ったあの日から既に三日が経過していた。
    そもそも、曙同盟との会合は三日前だ。イブキが記憶を失って、それから私はどこに行った? 会合? 違う、何故かD.U.で連邦生徒会の周辺をぐるぐると歩いていたのだ。

    「イブキ、サツキ。済まんが席を外す」
    「え、あ、わ、分かったわ……?」
    「マコト先輩おでかけ~?」
    「そうだ。すぐ戻る。戻ったら一緒に遊びに行こう」
    「うん!」

    私は急いで席を立つと、足早に自室へと戻り電話をかける。
    相手は本来曙同盟の会合に同行するはずだった黒舘ハルナだ。
    数コール置いてから電話が繋がり、「もう無事ですか?」とスピーカー越しにハルナの声が聞こえた。

    「済まんハルナよ。この三日間、私含めて何かあったか?」
    『やはりそうでしたか……。様子がおかしかったので何かされたのかと』

    そしてハルナは話した。
    あの後、一向に来ない私を心配したハルナは私で電話をしたらしい。
    当然ハルナから電話を貰った記憶など無い。ただ、その時の私はこう答えたとのことだ。

    『曙同盟? 別に良いでは無いか。今は職務を全うする方が重要なのだからな』

    ハルナはその後、合流した曙同盟のメンバーに私のことを伝えると、「総長の時と同じだ」と言う話になったそうだ。
    いよいよこれがただの陰謀論では無いと実感したハルナはそのまま曙同盟への加入を決意。現在に至るとのこと。

    「クク……、全く覚えていないというのも面白いではないか……っ」

    私は不敵に笑う。その内情には怒りが込み上げていた。戦いはとっくの昔から始まっていたのだ。
    何をされたのかも分からないまま、この"羽沼マコト様"が良いようにやられたなどとは言語道断。

  • 167124/08/12(月) 23:36:10

    ――そうだ。怒りだ。不遜に対する怒りよ。

    それは随分と久しぶりに湧き上がったような感情だった。
    何故忘れていたのか。いつから腑抜けになっていたのか。そして私は少しだけ思い出した。あの時"連邦生徒会長"が私に言った言葉を。

    ――羽沼マコトさん。あなたにしか頼めないんです。だから、思い出してください。あなた自身のことを。

    きっと私はこれまで何度も思い出していたのだ。そして何度も忘れ続けてきた。
    "些細な日々"だの"特に変わりない"だの、そんな当たり障りのない言葉で私の日々は流され続けてきたのだ。

    【現実を見ろ】

    これは私から私に対する警句。そしてまた明日忘れるであろう私に繋ぐ執念の証。

    「ハルナよ。今日会えるか? お前に協力して欲しいことがある」
    『ええ、何処に行けば良いでしょうか?』
    「中央区のゲームセンターだ。この後イブキと共に行く」
    『分かりました。では、近くに来たらまたお電話致しますわ』

    私は電話を切ってノートを机に広げた。
    まとめる前の書き殴った文字が散乱したお世辞にも綺麗とは言えないノート。
    だが、頭から速読していくと見覚えの無い単語がいくつも出て来た。

    洗脳――方法不明、NKウルトラ計画? 代表の経歴――調査中。
    記憶喪失。イブキは違う? ミレニアム――行方不明者。サツキ――影響低。

    それは過去の私が抱いた違和感の欠片たち。字面だけでも代表への不信感が目に見えるようだ。
    だからこその【現実を見ろ】。きっと私は代表を始めとしたゲヘナ学園全てに対して警戒し続けている。
    決して誰にも気付かれないよう遠回しの言葉を使って、未来の私がこのノートを思い出せるようにと。

  • 168124/08/12(月) 23:49:59

    それから棚を見る。私が普段使っていないような引き出しを順番に開いて行くと、そのうちのひとつに見覚えの無い箱が入っていた。
    手の平ほどのサイズしかない小さな箱を開くと、そこには情報部では使われていない通信機と発信機が一組ずつ入っている。

    蓋を閉めてポケットに突っ込む。身支度を整えてから私はイブキたちを呼びに食堂へと戻る。その途中の廊下、イブキとサツキが手を繋いで歩いていたため声を掛けた。

    「イブキよ! あとサツキよ! ククッ……、これよりゲームを始めよう……」
    「わ~い!」
    「急にどうしたのよ、突然」
    「我々はゲヘナ学園の情報部として知らねばならんことが常日頃からある。だがな、私はふと気付いてしまったのだよ……」
    「な、何に……?」

    サツキは困惑しながらも聞き返してくれる。それに私は高笑いと共に返した。

    「そう! 我々はゲームセンターに行ったことが無い!!」
    「ゲームセンター?」

    イブキが首を傾げて言う。サツキはきょとんとしてからイブキを見て、私を見た。
    その反応ひとつでいくつか分かった。私たちはゲームセンターに行ったことがある。そしてそのことを私は忘れている。
    イブキが記憶喪失だからこそ、多少のハッタリも強引に通せるというもの。そしてサツキだけが覚えている。これもまたひとつの情報だった。

    「そうだ。共に娯楽施設のひとつでも体験しようでは無いか!」
    「ふふ、そうね。行きましょう」
    「やったー!」

    そうして私たちは中央区にあるゲームセンターまで足を運んだ。

    -----

  • 169二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 09:19:05

    NKウルトラ計画…完成していたのか…

  • 170二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 09:21:54

    「こわ〜……」って声に出しそうになった
    そうだよ時系列の事が完全に頭から抜けてたじゃないか、面白い

  • 171124/08/13(火) 13:26:52

    中央区のゲームセンターはそれなりに大きく、薄暗い店内には筐体から発せられる騒音とゲームを遊ぶ者たちの喧騒に満ちていた。

    「すっごいね~! 何から見るの~?」
    「キキッ、この羽沼マコトに抜かりは無いぞ!」

    そう言って私は手帳を取り出した。サツキが「何それ?」と私を見る。

    「これは……そう。ゲームセンター完全攻略ガイドだ! どのような順番で周ると楽しいか調べておいたのだよ!」
    「マコト先輩すごーい!!」
    「キキキキキッ! そうだ、私は凄いのだ!」

    私は手帳を開いてペンを取る。「ええ~、なになに……」と意味深に呟きながらペンを走らせる。

    「ではまずはクレーンゲームからだ!」

    私はクレーンゲームの筐体へと向かう。サツキやイブキと共に遊びながらも、それでもペンは離さない。
    そう、"薄暗い店内ならば手帳の中身までは確認できないだろう"と確信を以て、ただ書き連ね続けた。

  • 172124/08/13(火) 13:27:26

    ――
    4月14日…入学式。手榴弾事件。
    4月15日~4月17日…課題提出。
    4月18~4月21日…情報部活動。
    4月22日…レポート提出。
    4月23日…イブキと出会う。ハルナ、サツキと知り合う。品評会のためにアップルパイを作ることに。
    4月24日…イブキ、ハルナ、サツキとアップルパイの練習。イブキに部屋が用意される。
    4月25日…バスジャック事件。品評会当日。イブキの部屋に家具を運ぶ。

    5月5日…D.U.でエデン条約の話を聞いていた? 連邦生徒会長?

    5月9日…ミレニアムでサツキと人造兵の型番調査。

    5月14日…イブキの記憶喪失。D.U.で5月5日の映像を確認。流星群の天体観測と曙同盟会合は行けなかった。ハルナと電話をしていたらしく、私の様子がおかしいことが確認されている。

    5月17日…異常事態を確認。ハルナと合流するためにイブキ、サツキとゲームセンターへ。

    未確定:ゲームセンター、サツキに怒られた?

    洗脳――方法不明、NKウルトラ計画? 代表の経歴――調査中。
    記憶喪失。イブキは違う? ミレニアム――行方不明者。サツキ――影響低。
    ――

    それはいま私が覚えていることの全てである。
    入学式から品評会までは恐らく問題は無い。問題はその後だ。4月25日から5月9日までの2週間の記憶が曖昧になっている。
    この期間の記憶がすっぽり抜け落ちている、というよりも、気にも留めないことの連続だったという感覚だ。

    そして重要なのは品評会のあった日。あの日私は陰謀論を聞いていた。

    (あの後に私は何かを調べたのだろう。そして、虎の尾を踏んだというわけか)

  • 173124/08/13(火) 20:06:51

    『マコトさん。ハルナです。ゲームセンターへ着きましたわ』
    「む、分かった。……二人とも、少々用事が出来た。すぐ戻る」

    ハルナからの電話を切って二人に言うと各々頷いた。
    少々サツキが訝しむような、不満そうな目を向けるが、イブキの前で私の事情を言うことは流石に憚られる。怒られた件も含めて帰った後に聞くとしよう。

    店の入り口近くまで出てハルナを迎えに行くと、ハルナは周囲を見渡しながら私に言った。

    「流石にここに美食は無さそうですね」
    「そもそも何かを食べるような場所では無いからな……ともかく! よくぞ来てくれたハルナよ!」
    「それで、私に頼みたいこととは?」
    「ああ、今日から毎日――」
    「味噌汁を作れと……!?」
    「違う! これだ」

    私はハルナに例の通信機と発信機を手渡した。
    そして平然と嘘を吐いた。

    「例の人工食料を、未完成のまま市街にばら撒こうとしている者が居る。その調査をしているのだが……如何せん、奴め。私を洗脳してくれよったのだ」
    「何と、そのような事情が……」
    「だからこそ、お前にはこの企みを阻止するまで毎日……そうだな。16時としよう。その時間になったらその通信機から私に連絡をしてくれ。様子がおかしいと感じたのなら、もう片方の受信機を使って私の位置を見つけて銃撃しろ」

    発信機は私が付けておけばいい。それにどちらも小型だ。簡単に服の襟であっても仕込める。
    それに16時頃ならハルナも動きやすいだろう。私がおかしくなっても戻せる外部協力者の存在こそが当面の命綱になる。

    「分かりましたわ。全ては美食の為。食事を愚弄する輩を排するまでは協力致しましょう」
    「キキッ……頼んだぞ」

    ただ、これはあくまでも命綱。時間稼ぎをされないことへの保険でしかない。

  • 174124/08/13(火) 22:39:29

    敵は不明。何をされているのかも分からない。
    その中で私は、失われ続ける過去に紛れて積み上げられた設問の答えを探し出さなければならない。
    誤答の代価は私の時間。迅速かつ慎重に事を進めなければ、いずれ安寧という名の泥沼から這い上がることすら出来なくなるだろう。

    「さて、それではもう行って良いぞ」
    「あら……行って良い、とは?」
    「まだ学園内の敵に私たちの繋がりをバレたくは無い。特に風紀部だけは避けたいところだ」

    万が一にもハルナが捕まれば私はいよいよ学外で巻き込める人物を失ってしまう。
    そう思ってハルナの肩を叩くと、ハルナは「ふふ」と笑った。

    「…………」

    ――何故だろうか。ハルナの笑みを見て、何故だか途轍もなく嫌な予感がした。

    「…………ハルナよ。ひとつだけ、聞いても良いか?」
    「はい、何でしょう?」
    「お前はいま、曙同盟に加入、しているんだったよな」
    「ええ。もちろん」

    喉が渇いた気がした。
    それは爆弾解体にも似ていて、間違えた途端に爆発する直前のような、そんな空気感が漂っている気がする。
    口を開いて――息を吐いて、息を決して私は尋ねた。

    「まさかと思うが今お前……風紀部に追われるようなことをした後か?」
    「ええ、もちろん!」

    直後、ゲームセンターの入口に手榴弾が投げ込まれて爆発する。衝撃と共に硝子が飛び散り、私は咄嗟にハルナごと近くのモグラ退治ゲームの筐体に逃げ込んだ。

  • 175124/08/13(火) 23:02:23

    「風紀部だ! ここにテロリストが逃げ込んだと通報があった!」
    「代表が運営に協力しているレストランを爆破するとは言語道断! 絶対に許してなるものか!」

    銃を携えて現れたのは天下の風紀部が15名。私は隠れながらもバレないように小声でハルナに叫んだ。

    「ハルナお前、本当に――本当に何をしているのだ……っ!?」
    「いえ、マコトさんに呼び出されたとあってはきっと大事な話と思いまして、その前に食事を摂るべきかと思ったのです」
    「そこからどうやって爆破へ繋がる!?」
    「食への冒涜を行うような店、残しておいては被害が出てしまいますでしょう?」
    「テロリストに告ぐ! 直ちに降伏せよ。今なら三日間の禁固刑で済ませてやる。もし出て来なければ半年の皿洗いもおまけで……え、皿洗いじゃない? じゃあ何か追加で執行だ!」
    「どいつもこいつも雑では無いか!? 何なのだお前たちは!!」

    ハルナはともかく風紀部も雑とはどういうことだ!?
    そう思い顔を覗かすと、見覚えのある顔があった。

    ――あれは、手榴弾事件のときの風紀部先輩では無いか!

    ならば何とかなる。会話の余地があるなら何とか――

    「えいっ」

    ――そう思った瞬間、ハルナが手榴弾を投げた。

    「なん――っ!?」

    そして爆発。風紀部たちが悲鳴を上げて、私の目の前で風紀部先輩が吹っ飛んだ。

    「話の通じそうな先輩がーーッ!!」
    「先手必勝ですわ」
    「どうしてお前はそう思いきりが良すぎるのだ!!」

  • 176二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 07:09:00

    な、名もなき先輩ーーー!

  • 177124/08/14(水) 10:01:48

    肩を掴んで揺らすが駄目だ。まるで反省した様子が無い。
    風紀部からは「そこだ! そこにいるぞ!」と警戒態勢が強くなる。
    もはや会話も成り立たないだろう。そもそも、風紀部に捕まったらどうなるかも分からないのだから大人しく捕まることだけは絶対に有り得ない。

    ――いや、落ち着け。落ち着くのだ羽沼マコトよ。この程度の逆境、冷静さを取り戻せば屁でも無いわ!

    「よし、とりあえず私が指揮する。お前は私の言うことだけをやるのだ。いいな、勝手に人を爆破してはならん」
    「はい、分かりましたわ」
    「し、信じるからなっ!?」

    若干声が裏返りながらも、そろりそろりと風紀部たちの視界に入らないよう静かに後退。
    中腰で筐体の合間と抜けながら店の奥へと向かって行くと、騒ぎを聞きつけた客たちが集まっていた。
    私とハルナはその集団の中へそっと合流してとりあえず一息つく。

    「ハルナよ。まだ爆発物は持っているか?」
    「今持っているのは……スモークが2個とチャフが1個、それからフラッシュが1個ですわね」
    「よし、一旦筐体の下にでも隠してしまおう。客だってそれなりにいるしな。気付かれる前に持ち物検査をスルー出来れば問題ないはずだ」

    ハルナにそう言いながら周囲の人混みからサツキとイブキを探して……サツキの姿はすぐに見つかった。
    「大丈夫か!」と駆け寄ると、サツキも私を見つけて駆け寄ってくる。

    「イブキちゃん見なかった!?」
    「……な、なんだと!?」
    「あの子、マコトちゃんを探しに行くって言って……入口の方に走って行っちゃって……」
    「――――っ」

    ハルナを迎えに出入口へ向かった時は、イブキもゲームに夢中だと思っていた。
    違ったのだ。私を見ていた。それで混乱が起きて、イブキは――

  • 178124/08/14(水) 10:09:23

    「はーなーしーてー!!」

    出入口の方からイブキの声が聞こえた。
    目を見開くサツキ。風紀部に捕まったのか――!

    ――冗談じゃない! 風紀部自体に何処まで黒幕の息がかかっているのかも分からないこの状況で……!!

    冷静に考えればイブキは代表の妹だ。何かされるということも無い、のかも知れない。
    だがそれはあくまで"代表が"何かしている場合に限る。全く別の誰かであれば、その毒牙がイブキに掛からないという保証は無い。
    もう、迷う必要は無かった。

    「私が行く。お前はここでイブキを待っててくれ」
    「でも何かあったら――」

    その言葉に少しだけ笑ってしまった。
    囲んで殴られて怪我をするぐらいなら問題ない。問題なのはまた洗脳じみた何かをされること。

    ――いや、逆にここで何かされるのなら"情報"が集まるか。

    覚悟は既に決まっている――!!

    「サツキよ。何に変えてもイブキだけは守る。後は頼むぞ」
    「マコトちゃん!」

    私は靴音を鳴らすように歩き始める。威厳と不敵さ。その両方を纏うようにゆっくりと自らを風紀部たちの前へと晒した。
    まず目に映ったのはイブキを羽交い絞めにする風紀部の姿。その表情に見えたのは焦りと不安。

    「随分と総毛立っているでは無いか貴様ら。いつから風紀部は何かに追われるように職務を行うようになったのだ?」
    「お前……羽沼マコトか!?」
    「マコトせんぱ……」

  • 179124/08/14(水) 12:39:08

    私はイブキの言葉を遮るように鷹揚に頷く。伝わったのか、イブキは口をぎゅっと閉じて私を見つめ返した。

    ――そうだ。それでいい。

    それからゆっくりと、貫くように喉を震わせて言葉を通す一種の技巧。
    まずは相手のペースをこちらに引きずり込む。"話"はそれからだ。

    「キキッ……私を知っているのなら話は早い。一体どうしたというのだ風紀部よ。何に怯えて――

    《それから色々あったが、私は風紀部との話し合いに成功して無事イブキを助け出すことが出来た》
    《せっかくだ。クレーンゲームで遊ぼうでは無いか!》
    《私がそう言うとイブキは楽しそうに笑った。しかし思いのほか弱いアームに文句を言いつつも、いっそ買った方が安いまでの資金を投入してクマのぬいぐるみを何とか手に入れて、イブキに渡してやる。こういう日もたまにはいいのかも知れない》

    それは青春の一幕。綴られたテキストが私たちの他愛の無い日常を描写していく。

    《ゲヘナ学園へと戻って皆と一緒に夕飯を食べ、眠りに就く》
    《無垢な朝日が昇って今日もまた、変わらない日常が繰り返される》
    《朝食を取ってゲヘナ自治区へ。喫茶店のテラス席で以前出会ったリンゴ農家の老人と話して、問題なく日々が送れていることを再確認する》
    《失業した農家たちも手に職がついて幸せそうに笑っていた》

    そこに起伏も無ければ悲しみも無い。無限に続く平穏だけが地平の彼方まで広がっていた。

    《老人と話していると、通りの向こうからハルナがやってきた。気付いた私は手を振った》
    《おお、ハルナじゃないか! 奇遇だな、こんなとこ――》

    言葉は続かなかった。ハルナは突然スナイパーライフルを構えて私の脳天に銃弾を叩きこんだ。
    痛みと共に吹っ飛ばされて、私の身体が喫茶店のガラスを突き破る。客たちの驚くような悲鳴。騒然とする店内。

  • 180124/08/14(水) 13:28:44

    「確かに、これは悪質ですわね」
    「~~~~ッ!!」

    ハルナは痛みに悶絶する私にゆっくりと近づいて、もう一度銃口を突き付ける。

    「いや待ッ――ぐふぅ!?」

    腹を撃たれてのたうち回る。その様子を見てハルナは「大丈夫ですか?」と私に手を差し伸ばしてきた。
    息も絶え絶えにその手を掴んで立ち上がる。

    「お、おい……。何故二発撃った……」
    「念には念を、ですわ」
    「止めたよなぁ!? だが良い。よくやった」

    息を荒く吐きながら周囲を見渡す。ここはゲヘナ自治区の商店街、前に品評会を行った会場の近くにある喫茶店。

    ――よし、頭は回るな。

    「済まんな皆。喧嘩でも何でもないただの事故だ。迷惑料と弁償代はゲヘナ学年一年、羽沼マコト宛で請求してくれ」

    風紀部を呼ばれる前に謝罪をし、先ほどまで話していた老人の元へと向かう。

    「大丈夫か? ご老体」
    「あ、ああ、君の方こそ大丈夫か? 若いからと言ってあまり無理はするもんじゃあないぞ?」
    「キキッ、そうだな」

    苦笑しながらも私はその場を後にしようとして……ふと立ち止まった。
    そして老人へと振り返る。

  • 181二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 13:29:00

    このレスは削除されています

  • 182124/08/14(水) 13:40:45

    「済まないついでにもうひとつ確認したいのだが、先ほどまで私たちはどのような会話をしていた?」
    「はて、失業した農家たちの話じゃろう? 品評会も無くなったしのぅ」
    「無くなった……だと? 何故だ? あれだけ林檎に熱を上げていたでは無いか」

    老人は"幸せそうに笑う"。そして首を振った。

    「いやなに、儂らにも分からんのじゃよ。どうして"林檎"如きにこだわっていたのかとな」
    「な……に……?」

    その表情はぞっとするほど穏やかで、もはや幸せ以外の感情が見受けられないほどにもなっていた。
    唖然とする私をハルナが突いた。

    「先ほどまでのマコトさんと同じですわ」
    「私が……?」

    幸せで個人を塗り潰し、全てを平らにするような力業。こんなことが出来る人物なんてひとりしかいない。
    今はっきりと分かった。"代表"こそが敵であると――

    「はは……確かに悪辣極まりないなこれは……!!」

    私は改めて店内に目を向けながら歪に笑った。この感情は怒りか、恐怖か。いや、畏怖と呼ぶべきものかも知れない。

    「場所を移そうハルナ。お前には聞きたいことが山ほどある」
    「では、同盟の拠点は如何でしょうか?」
    「そうだな。案内を頼む」

    そして私はハルナに導かれて遂に、曙同盟への門扉を開いたのだった。

    -----

  • 183二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 14:46:53

    これは怖いわ
    ただ洗脳されるとかよりもよっぽど
    幸せな筈なのにね

  • 184二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 15:08:17

    会話ぶった斬ってモノローグ入る演出めっちゃ怖え

  • 185二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 16:02:58

    めっちゃ面白い
    埋もれてしまうのが勿体無いから完結したらハーメルンかピクシブにまとめて欲しい…

  • 186二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 20:56:56

    撃たれる直前のマコトはこんな顔でハルナに挨拶してるんだろうなぁ……

  • 187124/08/14(水) 21:22:31

    ブラックマーケットと呼ばれる場所はキヴォトスの各地に点在する。
    各校が管轄する自治区の中であっても、どうしても学校の目が当たらないアウトサイダー達の領域。
    その全てを合わせればかつてのアビドス自治区よりも大規模になるとされているが、その実態を知る者もまた誰も居ない。

    「だいぶ歩くな……」
    「もうすぐです」

    ゲヘナの封鎖されたメトロ線から奥に進むと、そこはむせ返る湿気と澱んだ空気の溜まった薄暗い通路が広がっている。
    幅10メートルほどのこの通路には壁沿いに並んで閉じられたシャッターが続いている。
    しかしところどころではあるものの、シャッターを開いて店をやっている箇所も少なくは無い。
    通路側まで侵食するかのように広げられた簡素な台には、一体どこから拾ってきたのかも分からないような缶詰やボロボロになった本などが陳列されている。

    言ってしまえば悪い大人の巣窟だ。決して普通の生徒がウィンドウショッピングに行くような場所では無い。
    だからこそ、普通じゃ手に入らない"もの"も手に入ると聞く。物体も、情報も、何なら生き物でさえも。

    「……よく怖気づかないな。慣れているのか?」
    「普段は行きませんが……前に数回、滅多に食べられない珍味の話を聞いたときに行きましたわ」
    「中学生がよくやるものだな……」

    まあ実際のところ、食に憑りつかれているこいつが食い物にされる光景は想像しがたい。
    呆れていると、ハルナはひとつの店の前で立ち止まった。

    「ここですわ」

    見たところは山海経の伝統料理を出すような店に見える。
    看板には『白来秋』と書いてあったが、読み方までは分からなかった。

  • 188124/08/14(水) 21:22:48

    先を進むハルナに続いて中へと入ると、こじんまりとした部屋にその辺で拾ってきたようなテーブルと椅子が置かれている。
    店の奥には朽ちかけの暖簾が掛けられており、その先には小汚い厨房。その隅にはくたびれたコック帽を被る老婆が椅子に座っていた。
    老婆は煙管を吸って、異様な臭いのする白い煙を口から吐き出す。それから私たちへと目を向けた。

    「なんだいアンタら。とんと目が悪くってね、ちょいと名前を教えちゃくれないかい?」
    「私は――」

    と、私が何かを言う前にハルナは手で遮った。それからハルナは老婆に微笑みかける。

    「"無駄足"でしたか。"帰り"ましょうか?」
    「いんや、そうでも無いさね。通りな」
    「ありがとうございます、おばあさん」

    老婆は椅子に立てかけてあった杖で厨房の冷蔵庫の扉を小突いた。
    ハルナは礼を言って冷蔵庫の扉を開く。その先にはあったのは木枠の扉だった。

    「隠し扉か……凄いな」
    「さ、行きましょう」

    更に扉を開けると、そこに広がっていたのは大体教室ぐらいの大きさの空間だった。
    ソファやテーブル。ビリヤード台などが置かれており、そこには20人ほどの生徒が憔悴した表情で座っていた。

    「ハルナです。マコトさんを連れてきました」

  • 189124/08/14(水) 21:23:03

    その言葉に一同の視線が私に集まる。少々気圧されたが、それでも弱いと思われれば食われるのが集団というものだ。
    私は一歩進み出て口の端を釣り上げた。

    「キシシッ、私が羽沼マコト様だ。会いたかったぞ、曙同盟の諸君よ」
    「私もだよ、マコト」

    と、出て来た人物を見て――流石に私も驚いた。

    「お前は、風紀部の……」
    「覚えてたんだ。風紀部一年、鬼方カヨコ。一応副長をやってる」
    「そうか……。お前が風紀部の情報を同盟に流していたんだな」
    「まあね。とりあえず、適当に座ってよ。まずはそっちの話も聞きたいし」

    味方かどうかも分からないし、とも付け加えられたその言葉に私も頷く。
    曙同盟が何であれ、私の覚えている時系列から見聞きしたことを、一度誰かに共有しておくのは必要なことなのだ。

    虫に食われたソファに腰かけて、ひとまずは私の知り得る全ての話をすることにしたのであった。

    -----

  • 190124/08/14(水) 21:59:06
  • 191二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:01:25

    たておつ
    カヨコ来たか…

  • 192124/08/14(水) 22:58:27

    >>書き上げられたらpixivとかに上げるんですが、正直いまの時点でもほぼ書き直すレベルで修正入る気しかしない……!

    作中内での時間経過が長いパターンと短いパターンって絶対に書き方が違う――!! ぼかぁもう何も分かりません!

    なのでこれは初稿。初稿なのですよ。今になって読み返すだけでも、もっと別の良い表現が出てくるので煮詰める前のスープをお出しして申し訳ない!

    そんな気持ちと「でもスレ立てなかったらエタってたな」って気持ちがあるので済まないが付き合ってくれると嬉しいです……!


    誤字と脱字と衍字は敵。もし見つけて気が向いたら教えてくれると実際嬉しい……。

  • 193二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 23:48:50

    大作おつ
    埋め

  • 194二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 07:25:01

    埋める
    イブキの行く末は…

  • 195二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 09:16:14

    初稿でこのクオリティかよ!!意味わからんほど面白いわ

  • 196二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 11:09:29

    うめうめ

  • 197124/08/15(木) 14:26:09

    埋め。あと、別にアクションさせる気は無いのでどうでもいい設定なのですが、情報部マコトはワルサーPPK持ってるイメージで書いてます。情報部ですし!

  • 198124/08/15(木) 18:39:02

    うま

  • 199二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 18:40:00

    かゆ

  • 200二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 18:42:43

    >>200ならイブキが幸せになる

オススメ

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