- 1二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:42:43
梅雨も明け、本格的に夏の季節に入った。高く差し込む日差しが容赦なく降り注ぐ中、梅雨前線に置いてけぼりにされた水気をはらむ空気が、容赦なく体感温度を引き上げてくる。
(ドバイだったら、もっと空気が乾燥してて、もう少し過ごしやすいのに。)
三女神像の前に立ち尽くすヴィブロスは、そんなことを考えながら手に持つスマホに目を落とす。今日は長姉ヴィルシーナと待ち合わせて出かける約束があったけれど、手が離せない用事ができ、少し遅れるとの連絡が入っていた。
特段急ぎの用事でもなし、問題ない旨返したものの、動く気配のない画面を見続けるのも疲れてきた。周りを見渡せば、みな暑さにグッタリとしながら、足早に歩き去っていく。ヴィブロスのように、この炎天下の中立ち止まり、或いはベンチに座っている者はごく少数だ。
「あっ。」
ふと、その少数の中に、見知った顔があることに気づいた。ベンチに腰掛け、どこを見るともなくじっとしているのは、ヴィルシーナのクラスメイトで次姉シュヴァルグランの同期、ドゥラメンテである。
躊躇う理由などある訳もない。応答のないスマホをカバンに突っ込み、ベンチに駆け寄りながら声をかけた。
「ドゥラメンテさ〜ん。」
表情を変えないまま、こちらに顔を向けてくる彼女と、並ぶように隣に腰をかける。
「ドゥラメンテさんも、誰かと待ち合わせ?」
「ああ。」
……………………………………。
続く言葉は無いらしいが、視線を切ろうともしない。どうも会話のボールはこちらに来ていたようだ。
「ふ〜んそうなんだ、誰と〜?」「グル姉とだ。」「お買い物?」「手伝って欲しい用事があるそうだが、詳細は聞いていない。」「そっか〜。」
これ以上の情報は出なさそう、もう本題に入ってしまおう。つまり、愚痴と暇つぶしだ。 - 2二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:44:31
「私もね〜、お姉ちゃんと待ち合わせしてるんだ〜。でもちょっと遅れるって。こんなことなら、外じゃなくて建物の中で待ち合わせにすれば良かった。いくら何でも暑すぎるよ〜。」
「ああ、暑いな。」
「私とのお出かけより大事な用事って何だろ。ドゥラメンテさん、お姉ちゃんの用事って知ってる?」
同じクラスなら、耳に挟んでいる可能性はある。そう思い聞いてみると、しばしの沈黙の後、まったく予想外の答えが返ってきた。
「…………君の姉、とは……?」
ベンチから転げ落ちそうになる。しらばっくれている感じもない、本気で聞いてきている。
「ヴィルシーナだよ〜!クラスメイトでしょ!?ドゥラメンテさん!」
彼女はしばし宙を見つめると、何かに得心がいったようで、口を開いた。
「知っている……。よく、話す。では君は、シュヴァルグランか、ヴィブロスか。」
再び、ベンチから転げ落ちそうになる。あれぇ?ダンスの練習した時一緒にいたハズだけど、まさかあれは夢?
「ヴィブロスだよ〜!ダンスの練習の時一緒にいなかったっけ!?」
「ヴィブロス……か。すまない、顔と名前が一致していなかった。」
「むぅ〜っ!」
思い切り頬を膨らませて、いかんのいを示した。シュヴァちとはタイプの違う、コミュニケーションに一癖ある人だとは、思っていたが…………思っていたが。思っていたより遥かに、思っていた以上だ。
(それは、確かに私とドゥラメンテさんは路線も違うし、意識することも無いかもだけど、シュヴァちとは同期の同路線だったわけで、今の言い方はシュヴァちの顔も分かっていないってこと!?)
がっくりと肩を落とし、話しかけにいったことを早々に後悔し始めていたころ、
「秋華賞を勝った……。グル姉が褒めていた。だから名前は、聞き覚えが、ある。」 - 3二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:45:27
と、ドゥラメンテが変わらぬ調子で言葉を続ける。言い訳する様子も、誤魔化そうとする様子もなく、淡々と紡がれた言葉は、ヴィブロスにとっては意外なもので、思わず顔を上げた。
「エアグルーヴさんが?私を?」
面倒見の良い、ティアラ路線の大先輩であるエアグルーヴさんには、路線の後輩として声をかけてもらったことはあるし、お世話になったこともある。だけど、ドゥラメンテとの会話の中で、わざわざ私の話題が出てきたなんて。
「グル姉が話していた……。病気を乗り越えクラシックを走ったことも、家族の名前を背負って勝ったことも、素晴らしい、と。」
「顔、忘れてたのに?」
「さっきも言ったが、名前と顔を一致させていなかった。すまない。」
グル姉にも、よく怒られるんだ……。と分かりやすくシュンとしているのが可笑しくて、我ながら調子のいいこととは思うけど、私はすっかり機嫌は直っていた。
「許してあげるっ。その代わり、今日でちゃ〜んと私の顔覚えてね?ドゥラメンテさん。」
「ああ……努めよう。」
シュヴァちがよく使う、行けたら行く、というやつだ。聞き馴染みのある言葉が面白くて、イタズラっぽく笑うと、
「ホントかな〜〜?」
と言いながら顔を覗き込んだ。すると、
………………………………。
相変わらず動かない表情で、真正面から顔を見据えられながら、短くない沈黙が流れる。しまった。さすがに、からかい過ぎたかな。
「えっと……ドゥラメンテさん、怒った……?」
「怒る?何故だ。」
「その……ずっと、黙り込んでるから。」
………………………………。 - 4二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:46:22
再びの沈黙。ごめんなさいを言おうと口を開きかけると、ドゥラメンテが、それを遮った。
「君の顔を、覚えようとしている。」
覗き込んでくるドゥラメンテの顔が、思っていた以上に近くなっていたことに気づいた。
「あっ…………アハハ。ドゥラメンテさん、面白いねっ。」
慌てて顔を背けて、視線を落とした。心臓の音が鬱陶しいほど大きく、背中と顔のあたりから、冷たい汗が吹き出しているのが分かる。
(ヤバい……今私、変な匂いしてない?大丈夫!?)
一度気になってしまうと、もう止められない。とはいえ目の前でボディケア剤を使う訳にもいかない。それとなくベンチに腰掛ける位置をずらして、少しでも距離を稼いだ。
「ほ、ほんと、今日暑いね〜……。」
「ああ、暑いな。」
それが原因では無さそうだが、ともかく汗が止まりそうにない。
(お、お姉ちゃん早く来て〜っ。)
こちらからすれば途轍もなく気まずい、永い沈黙が流れる中、ヴィブロスは心の内で姉に助けを求めた。 - 5二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:48:17
そうだ、お姉ちゃんに連絡して、待ち合わせ場所を変えてもらおう。ドゥラメンテさんの待ち合わせも邪魔しちゃ悪いし、そうと決まれば。
お姉ちゃんの用事終わったみたい。教室に迎えに行くね。というようなセリフを頭の中で用意しながら、スマホを取り出し、いざ立ち上がる。視線を向けると、
ドゥラメンテが、カバンから取り出したスポーツドリンクを、こちらに差し出している。
「えっと……ドゥラメンテさん?これは?」
「今日はトレーニングは無いが、いつもの癖で買ってしまった。」
「え……でも……。」
「暑いのだろう?」
「それは……だけど……。」
「余計なお世話、だったか。」
「…………ッ!」
目に見えてしょんぼりしている。年上で、姉のクラスメイトで、途轍もなく強い人、だけど。
(…………か、可愛い……………!)
用意したセリフも、汗の感覚も、全部吹き飛んだ。姉に連絡すべく手に取ったスマホを握りしめ、余った手でドリンクを受け取りながら、口を開いた。
「ドゥラメンテさん、LANEフレンド登録、して。」
自分でも意味不明なくらい唐突な言葉に、ドゥラメンテは一瞬戸惑いの色を見せたが、カバンの中をゴソゴソと漁り始める。
「返答は、早くない。」
「ううん、大丈夫。慣れてる。」 - 6二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:48:47
お互いの画面を見せ合いフレンド登録を行うと、待ち侘びた姉からの連絡が入った。
「終わったので今から向かうわ。」
「教室でしょ?私がそっち行くよ。」
メッセージのやり取りはドゥラメンテにも見えていたようで、私が何かを言う前に彼女は微笑み、小さく手を振った。
頷き、大きく手を振りながらその場から駆け出して、スマホと貰ったペットボトルをカバンに押し込む。廊下を走って、階段を駆け上がりながら、私は緩む口元を隠すこともせず、鼻唄を歌っている。 - 7二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:50:58
以上です。
ヴィブロスって大型犬好きそうって考えてたら思いつきました。
公式からの供給は望み薄なマイナーカプだけど好きになっていただけたら幸いです。 - 8二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:53:43
かわいい
特にドゥラが顔を覚えようとしてヴィブロスがドキドキしちゃうあたりがやりそうだしかわいい - 9二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 10:58:59
- 10二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 12:40:50
ドゥラのこう、薄情じゃなくて不器用な感じがとても可愛いくて好き
良きSSでした - 11二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 12:45:49