- 1◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:11:25
- 2◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:13:00
二人は、売店で買ったジュースを片手に、席に着く。
今日は重賞開催日だが、まだ第1レースも始まっていない朝の時間帯だからか、人混みは発生していない。二人はそこまで急ぐことなく、隣りあっての席の確保に成功した。
「しかし、ここに居ると落ち着かないな、いまから出走登録をすれば走れたりしないだろうか?」
「お前も引退した身だろーが、頼むから変なことしないでくんねえか?」
「冗談さ。お互いに身体機能の維持くらいはしているとはいえ、全力で走ればゴールする頃には君も私もひっくり返ってるだろうね」
「…………俺はまだやれるぜ?」
「おお、簡単に火が着くねえ」
ウマ娘は走りで通じ合う。喧嘩だって、口でやり合うくらいなら脚で語り合うのが彼女らの、引いてはこの種族のやり口である。
まだやれるとポッケが言っているが、実際に場さえ用意されれば二人はハイレベルな喧嘩【マッチレース】を繰り広げるだろう。
もちろん、今はその時では無いのは分かっているし、ポッケ自身、別にタキオンが喧嘩を売りたくて口を開いている訳では無いと認識しているので、振り上げた拳を直ぐに下ろした。 - 3◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:14:58
「私も君も未勝利戦は経験していないが、ジュニア級ならばこの時期に負けたとしてもクラシックには十分に間に合う」
「どうした急に」
タキオンが唐突に口を開く。ポッケのその反応は、至極真っ当なものであろう。
ポッケの疑問のような何かに応える様に、タキオンは話を続ける。
「今日のメインレースで私が目を掛けているウマ娘だが、彼女は未勝利戦を5回走った身ではあるがダービーを勝ち取った。そういうこともあるということさ」
「それを言ったら俺んとこの弟子もそうだな、つってもあっちは3回目で勝ってるけど、そもそもデビューが遅めだったからダービーには間に合ってねえな」
「そして、今日が直接対決という訳だ。ククッ、不思議な縁を感じるねえ」
この二人が阪神レース場まで遠出してきている理由は、何も冷やかしのためではない。
この日のメインレースは、GⅡ・神戸新聞杯であり、今日二人がやって来たのも、それぞれが注目するウマ娘の応援のために来ている。
神戸新聞杯は阪神レース場にて行われる芝2400メートルの競走で、クラシック級のウマ娘にとっては菊花賞に向けた大事な一戦となる。
タキオンは新聞を広げ、ポッケに近づくようにして出走表の紙面を見せる。
「改めて聞こう、君の注目は?」
「俺はこいつだな」
「私はこの子だね」
それぞれ、違う名前を指さす。片やダービーウマ娘を、片や夏の上がりウマ娘を。 - 4◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:17:00
第1レースが始まってからの二人は、何ということはなく思い思いに過ごした。
タキオンは集中してレースを見ているし、そうなった彼女は簡単に席から引き剥がせないのはもう知ったことなので、ポッケが積極的に食べ物を寄越してくるという流れがそれなりに見られた。
一回タキオンから発せられたと思しき「差せェーッ!!」という声が聞こえたし、ポッケもそれにギョッとした表情を浮かべたときもあったが、何のことはない。
そうこうしている内に、第10レース・神戸新聞杯の時間となった。
「おそらく、変な決着にはならないだろうね」
「まあ、何だかんだ順当なところで決まるだろうなァ」
二人は出走表と成績表を眺めている。
過去の戦績にトレーニングデータ、今日のパドックでの調子を見ても、上位人気に位置する三人は抜けているというのが二人の共通認識だった。
「でもよ、この三人の中から勝つとしたらやっぱこいつだろ」
「何を言うんだい、私は彼女に注目しているよ」
何回目になるだろうか、という応酬。
その脚を直接競べることは無くなろうと、ウマ娘の走りはウマ娘にしか分からないものがある。自分の信じたものが一番というのは変わらない。
見飽きた言い合いを尻目に、出走の準備は淡々と整う。既にファンファーレも響き渡り、ゲートインも進んでいるところである。 - 5◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:18:59
『スタートしました』
ゲートが開く。
あまり激しい先行争いにはならず、第1コーナーまでで大体の隊列が決まっていく。
タキオンの本命は中団に、ポッケの本命は後方に位置取り、そのまま第2コーナー、そして向正面へと移っていく。
「ロスなく進めている、バ群は詰まってる様子もなく、寧ろ内に入れたことで落ち着いて走れてるか……」
「おいおいおい大丈夫かァあれ? 思ったより後ろじゃねえかよ」
各々、前へ後ろへ。
それぞれが、自分が取るべき、又は取りたいポジションを取れたようで、レース展開にうねりは起きない。
傍から見たら心配するような位置取りであったとしても、それが最適解ということは往々にしてある。
淡々とした流れのまま、しかし残りの距離が短くなるにつれ詰まっていくバ群は、やがて阪神外回りの第4コーナーへと差し掛かる。 - 6◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:21:00
「おい、アイツはどこだアイツは!!」
「よし、上手く外へ回せたぞ……! これで行けるはずだ……!」
1番のゼッケンを着けたウマ娘がバ場の真ん中辺りから悠々と突き抜けてくる。
対して、ポッケが目をかけている、今日は12番のゼッケンを着けたウマ娘は依然後方である。
しかし、4コーナーでバ群がバラけてくれたため、そのウマ娘にとっても道が開けた。後は、その末脚次第か。
スタンドが歓声に揺れる。二人も、行け、行け。と声を飛ばす。
一人が突き抜ける、一人が追いすがる、そしてもう一人がバ群の中から一気に上がってくる。そのまま押し切れ、いいや差し切れ、そのままだ、もっと頑張れ。二極化した応援の声があちらこちらから飛んでくる。
上位人気の三人である。最終的にはこの三人で、この神戸新聞杯は決着した。 - 7◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:23:00
「はぁーあ、あいつも良いトコ行ったと思ったんだけどなあ」
「まあ、あの子の方が一枚上手だったということさ。流石はダービーウマ娘と言ったところか」
この日の全てのレースが終わり、観客達が思い思いに引き上げて行く中、ポッケとタキオンはスタンドに立っていた。
丁度、ゴール板の真ん前に当たる箇所である。
ポッケの方は余韻に浸るだけ浸り、あとはさっさと帰ろうとしたのだが、どうもタキオンの様子がおかしい。どうせ何を訊いてもこいつ相手には失礼に当たらないよなと思い、タキオンに声を掛けてみる。
得られた答えは──
「私も走りたくなった」
だけだった。
「ならよお、近くに川あるみてえだからそっち行くか?」
「そんなもので私が満足するとでも?」
「つったって、どこ走んだ? まさかここ走ろうってんじゃねえだろうな?」
芝を走りたいなどと言い出したりはしないよな、とポッケは疑ってかかるが、タキオンは「そのまさかさ」とだけ言い残し、どこかへ歩いて行った。
ポッケが待ちぼうけを食ってる間に、太陽は西方の山の向こうに沈み、月も光を放ち始めるかという時間になった頃、タキオンはレース場職員らしき大人と共に、ポッケの元に戻ってきた。
「ポッケ君、着替えるよ、ジャージくらいは持ってるだろう」
「は?」
ポッケがタキオンの言葉をどうにかして咀嚼してる間に、タキオンは置いて行くかのようにそそくさに歩き出す。置いて行くんじゃねえと、ポッケもついて行く。 - 8◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:25:00
そして、学園指定の体操服にジャージ姿となった二人は、阪神芝2000メートルのスタート地点にあたる位置に並んで立っていた。
まさに、タキオンとポッケが初めてぶつかりあった条件である。
「何を言い出すかと思ったら、お前マジでやるんだな」
「気が変わることは多々あるが、その気になった時の私は大真面目さ。今更言うまでもないだろう」
「ああそうかい、ってかお前もよく話通せたな」
「──これは自慢なんだが、私は真面目であると同時に相当面倒臭いぞ?」
「あー……、お前後でここの人達に謝っとけよ」
タキオンがしたり顔でポッケの方を向く。
タキオンがどのようにして話を通した──というより、ゴリ押したのか、ポッケの脳裏には容易に浮かぶ。
その割にはここに至るまでさほど時間はかからなかったようだが、どちらにせよタキオンとマトモに関わらざるを得なかったであろう人達に対して、脳内で謝罪をした。
「じゃあ、これでスタートな」
ポッケは首飾りをタキオンに渡す。併走すらしなくなったので、このスタート方法は久々だ。
勿論ゲートなんて大層なものは用意されるはずもない。これは、あくまでレースでは無い。
しかし、二人がこのコースを与えられて併走というレベルで済むわけがない。
内側のタキオンが、空に向けて首飾りを投げる。
投げ上げられたそれは、光を散らしながらしばし宙に浮き、そして外側のポッケの方に落ちていき──
『ハァッ!!』
ポッケの片手に収まると同時に、二人の足音が響いた。 - 9◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:27:00
たった二人のレースともなれば、紛れなど起きるはずもない。たった一人の相手と向き合い、そして相手より速く走ればいい。
ポッケはタキオンのペースに難なくついていき、タキオンはポッケが確実についてきているのを感じていた。
それでもポッケは、タキオンと競ったレースを思い出していた。
(仕掛けが遅れると先に行かれる、かといって焦っちまえば後でブチ抜かれるかもしんねぇ)
直線が長ければポッケの末脚は遺憾なく発揮されるが、ここの直線はそう長くはない。
コーナリングにおいてもタキオンと比べれば劣る、そんな中でタキオンを出し抜くには。
タキオンも決して楽観視などしていない。
(彼女は恐らく私の出方を伺っている、半端な走りでは間違いなく私は喰われるだろう)
タキオンにとって、ポッケの走りは目を見張るものがある、その考えは今も変わらない。
末脚勝負なら負けるつもりは無い。しかし、あの時のように素直に置き去りにはなってくれないだろう。
だったら、理論だ計算だなんてものは、かなぐり捨てるしかない。
「ついてきたまえ、ポッケ君」
タキオンが、一歩先へ出た。 - 10◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:29:00
「チッ──行かせっかよッ!」
ポッケも、一歩踏み込んだ。
最後の直線、残り350メートル。
この追い比べに歓声が降り注ぐことは無い。しかし、この二人の世界にそんな物はあってもなくても変わらない。
ポッケの強みは追い比べだ。
ダービーも、ジャパンカップも、隣に誰かが居たからこそ強烈な末脚が発揮された。
だからこそ、『並ばせない』脚が必要になる。そんなことはタキオンはよく知っているし、だからこそタキオンは、敢えて並びに行った。
(ああ、そうだ! やはり君は、そうでなくては!)
ポッケを煽り立てるように、身体を併せて駆ける。
そうなれば、あとはもう互いのことなど気にしてられない。どちらがゴール板を先に抜けるか。
二人は、前だけを見ていた。
「うおおおおおおおッッッ!!!」
「はあああああああッッッ!!!」
最後の坂でも、彼女らが離れることはなかった。
絶対に勝つ。絶対に負けない。
闘争心のみで動いていた二人の影は、その決勝線をも、同時に駆けた。 - 11◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:31:00
「ハァー……ハァー……なあタキオン……どっちが、勝ったんだ……?」
「はぁ……はぁ……そんなの、分かるわけないだろ……」
激走、そして激闘を繰り広げた二人は、芝生に倒れ込むことしか出来なくなっていた。
勝ちタイムは、上がり3ハロンは、そもそもどっちが先着したのか、そのデータは何も出てこない、誰も見ていない。
「お前は何もデータ取ってねえのかよ……」
「そこまで準備は良くないのでね……第一、勝敗なんてどうでもいいだろう……」
いつか聞いた言葉に、ポッケの耳が動く。
話を最後まで聞けと制止するように、タキオンはすかさず言葉を続ける。
「今はただ、君と走れて良かったと思っている」 - 12◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:33:00
呼吸が整ってきた辺りで、しかし倒れ込んだまま、タキオンははっきりとそう告げた。
そしてその体勢のまま、ポッケに拳を突き出す。ポッケの方は、呆気に取られたままである。
「ほら、君はこういうのが好きなんだろ、せっかく一緒に走れたんだ」
「────ああ」
そして、二人は拳を突き合わせた。
それと同時に、二人して立ち上がる。
背中に芝がかなり付いてしまったようだ。二人はジャージの上着を脱いでとにかくはたいた。
「今日は一緒に走れただけで満足だが、次は勝たせて貰うよ」
「そんなことさせねえよ、次は俺が絶対に突き抜けてやる」
二人は、向かい合う。
あの日、最初の勝負が決した線上で。
「楽しみに待ってるよ、"ジャングルポケット"」
「首洗って待ってろよ、"アグネスタキオン"」 - 13◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:35:19
阪神レース場の最寄り駅は仁川駅である。
そこまでの道中には地下道があるのだが、レース開催中のみ開放され、それ以外は閉鎖されている。
当然、日もすっかり落ちた今となっては閉鎖されている。地下道でなくても横断歩道を渡ることなく行けるのだが、どうせ行くなら地下道の方がいい。
汗は洗い流したが、疲労までは流し切れる訳が無かった二人も、外気に晒されながら気だるそうに並んで歩いている。
「皐月賞での私の走りは、まだ君の目に焼き付いているかい」
「あんな走り、ずっと忘れられる訳ねえだろ」
「だとしたら嫌になるね」
「嫌なのかよ、変だなお前」
「過去の私がいつまでも君にすがり付いているのは納得いかないということさ、嫉妬とでも言うのかな」
「いやあ、んなこと言ってもあん時のお前マジで強かっただろ」
「今日の私はもう覚えてないと言うつもりかい?」
「お前の走りなんてちゃんと全部覚えてるっての、それはそれで嫌になるけどな」
「だとしたら良かった、次は全部上書きしてやろうと思ってね」
「ハッ、そうさせねえ走りを俺がしたら?」
「さらにその上を行ってやるさ、必死でね」
「お前の口からそんな単語出るんだな……」
「ああやって走れるようになったのも必死の研究の結果さ、私だって過去の自分を振り払わなきゃ行けない」
「そうかよ、だったらお前の頑張りにはちゃんと応えてやんねえとな」
「そう言ってくれると、私も張り合いがあるよ」
誰も見ることは無かった、二人だけの夢のレース。
それを終えた二人は、そんなレースを夢や幻のままで終わらせる事はしない。
語り合う二人は、仁川に溶けて行く──。 - 14◆Vsb1IJhbMs24/08/04(日) 23:40:58
以上です。
競馬場に行くと走りたくなりますよね、少なくとも俺は行く度にそうなってます。初めてコースに足を踏み入れた時の感動は忘れられないでしょう。
これを書いてる間に新時代の扉を13回も開いてしまいました。ジャングルポケットは未だに引けてません。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
過去作
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応援スレに推薦しておいたゾ
- 16二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 23:47:36
すごくありがとうございます。
- 17二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 23:56:21
- 18二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 23:57:24
- 19二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 23:59:15
- 20二次元好きの匿名さん24/08/04(日) 23:59:52
- 21◆Vsb1IJhbMs24/08/05(月) 00:22:44
俺の書きたかったポケタキが全部言語化されてしまいました。
正直自分としては軽率にイチャイチャも良いと思ってます。しかし、自分はどういう二人を書きたいかと思った時に、こういう形しか浮かばなかったのです。共感して頂けたら幸いです。