【SS】三年目のバレンタイン

1◆DF7Hj.bbAk22/02/14(月) 21:01:29

「うーん……」

バレンタインの少し前。ヒシアマゾンは悩んでいた。
デビュー前の彼女ならば、美浦寮の子たちと同じようなチョコを作るのが普通であった。しかし、トレーナーのいる今であれば何かしらの形で支えてくれたり、手伝ってくれた自らのトレーナーに対して感謝を示すのが道理ではないか、と。
バレンタインというのは日ごろの感謝を伝える日でもあるために、都合はいい。しかしそうなると少しばかり問題がある。

どんな物を渡せば感謝してもらえるのか、彼女には皆目見当がつかなくなっていたのだ。
そこで少しだけ記憶をまさぐると、フジキセキは自身のトレーナーに大量のバラを送ったというウワサを聞いたのを思い出した。それに習って花でも送るみるべきかとも考えたが、そんな二番煎じで自分の気持ちが伝えられるだろうか。そんな疑問が彼女の中でこだまする。

「くっそぉ……こんな、アタシらしくない……」

不意に、彼女の口からこぼれた言葉は実際、正しかった。
いつものヒシアマゾンであればパッと渡して、パッと感謝されて……で終わっていただろう。しかし、今日、バレンタインデーという雰囲気に呑まれていた。
もう少しばかり冷静になれば。とも彼女は考えたが、心の奥底ではそれが無理な相談だとも理解していた。

簡単な話だった。昨年、彼女の中で生まれた気持ち、トレーナーにチョコを渡してホッとした違和感の正体。それに気付いてしまった、ただそれだけのことだ。傍から聞けば、なんだそれだけの事かと言ってしまうだろう。
しかし彼女に、特にバレンタインの彼女にとってこれ以上の死活問題はなかった。
昨年までの自分なら、と想起したときにトレーナーの顔が浮かび上がる。そのせいでヒシアマゾンは耳まで真っ赤に火照ってしまう。
こんな所を誰にも見られたくない、と思いつつ彼女の左右の耳はバラバラに動いていた。それはウマ娘の彼女が不安で落ち着かないときに出てしまう所作だ。しかし彼女はこんな気持ちに気づかなければなどとは絶対に言わないし、思うこともなかった。

彼女はしばらく悩むと覚悟を決めたように、深呼吸してから厨房に向かい合った。
トレーナーの顔をなるべく思い出さないように、それでも喜んだ未来を望むように手を動かし始める。
何がいいだろうかと考えながら、試行錯誤でチョコを作るその姿はどこ見ても恋する乙女だった。

2◆DF7Hj.bbAk22/02/14(月) 21:01:54

「お……おはよう、トレ公！今日も早いね！」

「あ、あのさ……今日、バレンタインだろ？　はい、これ……」

「正直、どんなチョコ渡せばいいのかわからなくなってさ……」

「それでさ、そのぉ……ちょっと失敗しちゃって……」

「凝ってたら、いつのまにかそんなに小さくなっちまってね……」

「そ、それでも味は保証するよ！　ど、どうぞ召し上がりな！」

「へ？　顔が真っ赤！？」

「う、うるさいね！　そそ、そんな事、アタシが一番よくわかってんだよ！」

「ほら、あ、アタシが……走り出しちまう前に、た、食べなっ！　……って」

「くぅぅぅぅ……くそっ……顔が……。い、今振り向かないでおくれよ？」

「あっ！　おいコラ！　だから、振り向くなって……あぁ～、もう！」