(SS注意)世界

  • 1二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:37:36

     広い、大きい、ゴージャス。
     
     大人としてどうかと思われる感想だったが、それは正直な感想でもあった。
     天井にはいかにも高そうなシャンデリア、テーブルの上には洒落た料理の数々。
     流れて来る美しい旋律は、その場で楽器を使う、実際に奏でられている。
     そして、参加している人達はそんな豪華な料理や贅沢な音楽をまるで意識していなかった。

    「…………住む世界が違うなあ」

     端っこの方で、壁の花、あるいは壁のシミになりながら、そっと呟く。
     俺は、とあるホテルで行われている立食パーティに参加していた。
     担当ウマ娘に誘われて、というか、無理矢理連れて来られて。
     彼女が望むなら仕方ないかな、そう考えていたが────すでにちょっと後悔している。
     まず、今着ているスーツなのだが、当の彼女が用意してくれたもので、多分、滅茶苦茶高い。
     スーツの相場には詳しくないが、俺が持っているものと比べれば、文字通り桁違いだろう。
     おかげで、一挙一動の度にドキドキしてしまう。
     そして、そんなスーツをまるで普段着のように着こなしているのが、このパーティの参加者であった。
     テレビで見たことのある著名人や、どこぞの企業の社長っぽい人、いかにもセレブな人。
     まさしく、『俺』とは違う世界に住んでいる人達。
     多分、本来であれば、『彼女』の住む世界もあちら側で。

    「本日は、お楽しみいただけているでしょうか?」

     ────びくりと、身体が跳ねあがってしまった。
     背後から突然に声をかけられて、持っていたグラスを落としそうになりながら、何とか耐える。
     バクバクと心臓をかき鳴らしながら、小さく息をつき、笑顔を作って振り向いた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:37:50

    「えっ、ええ、とても、楽しませ……て…………」

     そこに立っていたのは、一人のウマ娘だった。
     栗毛のふわっとしたボブカット、妙に惹かれてしまう赤い瞳。
     右耳には宝石を散りばめた耳飾り、首元には煌びやかに輝くチョーカー。
     身に纏うは藍色の、袖がないワンピースドレス。
     メイクの違いのせいなのか、普段よりも大人びた、女性らしい顔立ちに見えた、けれど。

    「ククッ、とてもそうは見えないけどねぇ……トレーナー君?」

     どこか楽しげに口元を歪める様子は────いつもの、アグネスタキオンの顔だった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:38:03

     事の発端は、数日前へと遡る。

    「タキオン、手紙のことなんだけど」
    「……ああ、ファンレターならそこに置いといてくれたまえ、後で読む」

     俺は手紙の入ったダンボール箱を抱えて、旧理科準備室へと来ていた。
     マンハッタンカフェと共同で利用している教室で、半分はタキオンの研究室となっている場所。
     彼女はじっとパソコンのディスプレイを見つめながら、どこかぞんざいに言葉を返す。
     どうやら、研究の方に集中している模様。
     あまり、彼女の邪魔したくはないのだが、どうしても確認しておきたいことがあった。
     俺はダンボール箱を近くに置くと、そこから一通の便箋を取り出した。

    「一通、少し変わったのがあってさ、心当たりがないか、聞いておきたくて」
    「ふぅン、私へのファンレターなんて、変わり者ばかりだったと思うが?」
    「……まあ、そこは否定しないけども」

     訝し気な表情を浮かべ、タキオンをこちらに目を向ける。
     彼女の言う通り、彼女のファン層はなんというか、濃いというか、変わった人が多い。
     もちろん、タキオンみたいに走りたいと憧れる子とか、そういう人達もいる。
     ただそれ以上に、実験体にして欲しいだの、輝かせて欲しいだの、奇怪な願いを口にする輩が多かった。
     そういうのは、俺一人で十分だというのに。
     ただ、今日の『変わった手紙』というのは、いつもと質が違っていた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:38:18

    「その、妙にファンレターっぽくないというか」

     そう言って、俺はその便箋をタキオンへと見せた。
     それは手触りからして、明らかにものが違い、高級感を感じさせる。
     作りも異様にしっかりとしていて、金色に輝くトンボの刻印が、上品な雰囲気を演出していた。
     タキオンはそれを見た瞬間────露骨に、嫌そうな顔をした。
     
    「……処分してくれたまえ」
    「えっ」
    「山羊にでも食わせてやったら良い、用事は何だと手紙を書く必要もない」
    「いや、それはちょっと」
    「ほら、早く、はーやーくー、わざわざキミを経由する時点で、ロクな用事じゃないんだろうさ」

     タキオンは急かすように、あるいは駄々をこねるように手を叩き始めた。
     ……どうみても、この手紙の送り主に、心当たりがあるようにしか見えない。
     俺が疑うような視線でじっと見続けていると、やがて彼女は諦めたように、大きくため息をついた。

    「はあぁ~……それはね、私の実家からの手紙だよ」

     椅子にもたれて、タキオンはつまらなそうに言葉を吐き出す。
     タキオンの実家。
     放任主義である、ということは彼女の口から聞いたことがあるが、それ以外のことはあまり知らない。
     彼女が話さないということが、知る必要のないことなのだろうと、判断していたのだ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:38:32

    「近頃、たまには顔を出せとうるさくてねぇ」
    「……まあ、親御さんってそういうものでしょ、ちなみに最後に戻ったのは?」
    「ハッハッハッ! 学園に絶好のサンプルが溢れているのに、戻る意味なんてあると思うかい?」
    「ああ、うん、帰ってないのね、まあそんな気はした」

     そりゃあ、ご両親も業を煮やすわけだ。
     彼女のトゥインクルシリーズでも結果を残し、今や国内でも有数のウマ娘といって良い。
     いかに放任主義とはいえ、そこまで活躍を見れば、近況の一つや二つは知りたくなるのが親心。
     ……この様子だと、直接送られた手紙は、殆ど読んでいないんだろうなあ。

    「タキオン、さすがに読まないのは────」
    「それじゃあ、君が読み上げてくれたまえ、気になるのだろう?」
    「……いや、まあ、気になるけどさ」
    「私は特に気にならないからね、とすればトレーナー君が読むのが道理だろう?」

     タキオンはそう言い捨てると、再び視線をパソコンの方へと向ける。
     これは、完全に手紙から興味を失くしているようだった。
     ……さて、どうしよう。
     本人の許可があるとはいえ、他人宛の手紙を読むのは気が引ける。
     しかし、これを置いておいたとして、彼女が読むとは、到底思えない。
     ご両親からの手紙である、と知ってしまったからには、タキオンには読んで欲しいところなのだけど。

  • 6二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:38:48

    「……わかった、読ませてもらうね」
    「ああ、ご自由に」

     ひらひらとタキオンは手を振るだけで、こちらに視線を向けようともしない。
     俺は苦笑を浮かべつつも、便箋を出来る限り丁寧に開けて、中の手紙を取り出した。
     そこには、娘への手紙の割にはやたらとかしこまった文面、そして。

    『恐らく、この手紙はトレーナーさんが読んでいることでしょう』

    「……タキオン、キミの行動、完全に読まれているぞ」
    「まあ、私の両親だからねぇ」

     事もなげに、タキオンはそう零した。
     放任主義、とはいうが、決して家族の仲は悪くないようである。
     そのことを、何故か嬉しく思いながら、俺は手紙を読み進めていった。
     先日レースに勝利したことへの祝い、体調に変わりはないかという心配。
     そういった言葉が書き連ねていき、文面も終盤へと差し掛かった頃合い、俺はある一文で言葉を止めてしまった。

    「……主催するパーティに参加しろ、って書いてあるけど」
    「やっぱりか、そういうことだろうと思っていたよ」
    「…………主催?」
    「おや、知らなかったのかい? 私の実家は、それなりに有名だったと思うけれど?」
    「………………ああ、そういえば」

  • 7二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:39:04

     ────祖母は『オークス』、母は『桜花賞』、栄誉ある一族の仲でも────。

     タキオンと出会ったばかりの頃、他のトレーナーが話していたことを思い出す。
     本人の危険性ばかりがトレセン学園では有名になっているが、そういう面でも有名なウマ娘だったのだ。
     ……いや、完全に意識していなかったな、担当としてはあまり良くなかったかもしれない。

    「ごめん、キミのことしか頭になかったから、あまりご家族の経歴とかは……これからは気を付けるよ」
    「……ククッ、いや、構わないさ、キミはそのままでいたまえ、むしろそれが望ましい」
    「……そう?」
    「ああ、そうとも、それでこそトレーナー君さ、で、手紙はそれで終わりかい? もちろん行く気はないが」
    「もちろんって…………あっ、いや、まだ続きがあるよ、えっと」

     いつの間にか、タキオンはこちらを向いて、楽しげに尻尾を揺らしながら笑みを浮かべていた。
     急に機嫌が良くなったな、と不思議に思いながらも、俺は手紙の続きを読み始める。

    「『ちなみに、特に理由もなく欠席した場合は、仕送りを減額し、カードも止めます』」
    「………………は?」

     ぴしりと、タキオンの尻尾と笑顔が固まった。
     彼女は、海外から薬品や素材、実験器具なんかを取り寄せている。
     それぞれ、決して安いものではないと思っていたが、なるほど、そこに財源があったのか。
     言うなれば、これはご両親からの最後通牒なのだろう。
     ……いやまあ、入学してから帰ってないとすれば、大分甘やかしている方だと思うけど。

  • 8二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:39:20

     やがて、タキオンは、ダンッとデスクを叩きながら、勢い良く立ち上がった。

     冷や汗を流しながら、追い詰められたような、焦りを感じさせる表情を浮かべていた。
     ……すごいな、こんなタキオン、レースでも見たことない。
     そして彼女は、地面の底から響くような声で、小さく呟いた。

    「…………準備をしよう」
    「あっ、ああ、何か手伝えることがあれば手伝うよ」
    「はあ? 何を言っているんだい?」

     タキオンは心底呆れ果てたかのような顔で、こちらをじっと見つめた。

    「────キミも一緒に行くに決まっているだろう!」

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:39:34

     そして、今に至るというわけだった。

    「……まったく、母からは説教されるわ、色んな人に声をかけられるわ、散々だったよ」

     タキオンは、俺と共に壁の花となりながら、周囲に聞こえない声でひそかに愚痴る。
     ただそうしている合間にも、近づく人には笑顔で対応したりと、気配りを忘れてしなかった。
     普段の彼女からは想像できないような立ち振る舞い。
     豪奢なドレス姿も相まって、俺は思わず、呟いてしまう。

    「タキオンって、本当にお嬢様だったんだな」
    「トレーナー君は私をなんだと思っていたんだい?」
    「俺の担当ウマ娘で、走りに対して貪欲で、ちょっとマッドな科学者ってところかな」
    「ふぅン、それは、実に光栄な話で」

     少し嬉しそうに微笑みを浮かべるタキオン。
     そんな姿ですら、気品があるように見えて、少し気遅れしてしまうほどであった。
     それを誤魔化すように、俺は持っていたドリンクで喉を潤してから、言葉を紡ぐ。

    「良家だとは聞いたけど、まさかこんなパーティを開くほどだとは」
    「そんなに大したものじゃないさ、あからさまな絢爛さが、むしろ歴史の浅さを示してるねぇ」
    「……そういうものなの?」
    「まっ、こればかりは時間を積み上げていく他ないが」

     タキオンはそう言いながら、どこか達観した様子で会場を見回す。
     その瞳には、ただ圧倒されているだけの俺とは違い、様々な思惑が詰まっているようだった。

  • 10二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:40:04

     ウマ娘の限界を追求し続けるタキオン。
     そのための研究に没頭し、自らのことが疎かになるタキオン。
     俺が作ったお弁当と催促して、美味しそうに食べてくれるタキオン。
     実験のため、勝手に冬場で水着になっておきながら、寒いから君も水着になれと言ってくるタキオン。

     そのいずれとも違う────俺の知らない、彼女の顔であった。

     学園を卒業した後の、タキオンが進む未来は未知数だ。
     指導者の道に進むかもしれないし、研究者の道を行くのかもしれない。
     あるいは、こういう『世界』で、身を立てていくのかもしれない。
     どの未来を選ぶにしても、聡明で優秀なタキオンのことだ、上手くやることだろう。
     でも、この『世界』を選んだ場合は、その姿を俺が見ることは多分、出来ない。
     それは、少しだけ、寂しかった。

    「…………ちょっと失礼するよ」

     突然のタキオンの声、そして左腕に、軽く手を置かれる感覚。
     驚いて視線を向ければ、左隣に彼女が近づいて、腕を絡めようとしているところだった。
     そして、彼女は少し鋭い目つきで俺を見て、口を開く。

    「ほら、肘を少し曲げて、スペースを開けたまえよ」
    「えっ、えっと、こう?」
    「それで背筋を正して、姿勢を整える」
    「あっ、ああ」

     タキオンに言われるがままに姿勢を直すと、彼女も、立ち位置を調整する。
     するとどうだろう、それだけで多少はスマートな立ち姿になった、ような気がした。
     なんとなく、しっくりは来ないのだけど。
     それを見て、彼女は満足気に、小さく頷いた。

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:40:23

    「まあ、及第点といったところかな」
    「……どうも、その、これは一体?」
    「こうもしてないと声をかけてくる輩が多くてねぇ、キリがないのさ」
    「…………いわゆるキミのファンの人じゃないの?」
    「私のじゃなくて、一族で有望なウマ娘のファン、だよ」

     一瞬だけ表情を歪めて、タキオンは心底面倒臭そうにため息をつく。
     まあ、彼女が相手にしたくなさそうな層ではある。
     なるほど、何故、わざわざ実家のパーティに連れて来たのかと思ったが、こういう役目があったのか。
     そう納得していると、くいっと、急かすように彼女が背中を軽く押して来た。

    「さっ、母から君を連れて来るように言われてるんだ、早く行くよ」
    「……ご家族の方には、最初に挨拶したよね?」
    「あんなものは顔合わせで挨拶の内には入らないよ、色々と、君に聞きたいことがあるそうでねぇ?」
    「…………そっか、まあ、そういうことなら行くけど」
    「そうしてくれたまえ、後、ついでに色んなところにキミの顔を売っておこう、エスコート役があべこべだが、まあ良いだろう」
    「へっ? まっ、待って、タキオン」

     そのまま歩き出そうとするタキオンを、俺は慌てて制止した。
     声をかけられたくないから腕を組んだのに、自分から声をかけに行くのであれば、話が矛盾している。
     それに、この『世界』とは無関係である俺が顔を売りに行く必要なんて、全くないはずだった。

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:40:42

    「私がどんなプランを選ぶとしても、実家とは関わりは続くだろう────私はこう見えて、家族思いなんだ」

     嘘つけ、と言いそうになったが、ぐっと言葉を飲み込む。
     まあ、少なくとも悪い印象は抱いてなかったし、大切には思っているのだろう。
     タキオンは、そんな俺の心の内の見透かしているのか、悪戯っぽい笑みを見せた。

    「だから、キミにも、少しくらいは、この『世界』に慣れてもらわないといけない」

     そう言って、タキオンは俺の腕をぐいっと、力強く引く。
     せっかく彼女が整えてくれた体勢がかなり崩れてしまったが、何故か、こちらの方がしっくり来る。
     やっぱり、俺は彼女に引っ張られるのが似合っている、ということなのかもしれない。
     彼女は、俺を自らの世界へ引き込むように、歩みを進めて行く。
     そして少しだけを顔を逸らし、囁くような小声で言った。

    「キミは私のトレーナーで、モルモットで────パートナーなのだから」

  • 13二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 09:41:02

    お わ り
    実際タキオンの実家ってどんな規模なんでしょうね

  • 14二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 10:05:37

    とても良いSSを読ませていただきました…

  • 15二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 10:09:15

    タキオンの実家が結構いいとこって知ってからこんな感じのSS読みたいとずっと思っていたものを想像の1億倍のクオリティで読ませていただきました本当にありがとうございます!!!!!!!!!!

  • 16二次元好きの匿名さん24/08/08(木) 10:34:50

    ええやん……

  • 17124/08/08(木) 19:51:43

    >>14

    そう言っていただけると幸いです

    >>15

    映画でもその要素を見せてなかったので気になりますよね・・・

    >>16

    タキオンいいよね・・・

  • 18二次元好きの匿名さん24/08/09(金) 06:44:26

    これは囲い込まれますな

  • 19124/08/09(金) 18:05:18

    >>18

    色々とギリギリだった娘をレースに連れだしてくれた人ですからね

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