- 1福丸は俺24/08/11(日) 01:44:53
- 2福丸は俺24/08/11(日) 01:45:08
俺の担当アイドルは可愛い。
初星学園で一番。
……いや……世界一…………
もしかすると宇宙一……
彼女の名前は藤田ことね。
金を稼ぐことが好きで
高い潜在能力を持ちながら、それを発揮できずにいた女の子。
俺はそんな彼女とプロデュース契約を結んだ。
そしてこの度、最終試験に1位で合格し、定期公演『初』のステージに立った。 - 3福丸は俺24/08/11(日) 01:45:30
それに伴って彼女の名前、顔、そして魅力。
それらは学園内外に大きく知れ渡ることとなった。
これからはアイドルらしい仕事も山程オファーがくるだろう。
彼女の夢──
『世界一のアイドル』
『超大金持ち』
夢があるんだかないんだか。
その夢にも大きく近づけるはずだ。 - 4福丸は俺24/08/11(日) 01:45:53
全てが順風満帆……かのように思えた。
一つだけ……そう、一つだけ問題が。
「ぷろでゅ〜さぁ〜♡ お疲れ様でぇ〜す♡」
「お疲れ様です。藤田さん」
「それで話というのは?」
「はい。ことねちゃん特製弁当です!」
「弁当……ですか?」
「もしかしてもうお昼食べちゃってました?」
「いえ、まだです。 ありがたくいただきます」
「大好きな担当アイドルの手作り弁当が食べられるなんて幸せ者ですネ♪」
「えぇ本当に。プロデューサー冥利に尽きますね」 - 5福丸は俺24/08/11(日) 01:46:15
お分かりいただけただろうか。
今俺達が抱えている問題……それは……
──藤田さんが俺を好き過ぎることだ。
自惚れではなく。
彼女は俺を好き過ぎる。
無論悪い気はしない。
前述したように藤田さんは可愛い。
俺は藤田ことねの一番のファンであり、そもそも魅力を感じていなければプロデュースなんてしていない。
しかし、あの距離感はいけない。 - 6福丸は俺24/08/11(日) 01:46:56
午後の授業を終えて待ち合わせの場所へ。
ほどなくして藤田さんはヒョッコリ現れ、こう言った。
「プロデューサー♪ お弁当、美味しかったですか? また作ってあげますね♪」
周囲のアイドル科の生徒達が一斉にこちらに注目する。
「何か嫌いなものってあります?」
「……藤田さん、気持ちはありがたいですが俺の分まで作って貰わなくても大丈夫です」
「弁当代も受け取っていただいてませんし」
「大丈夫ですよぉ〜 2人分も3人分も変わりませんし、取れる所からお金は取ってますから!」
「はぁ……よく分かりませんが、嫌いなものはありません」
「それと、あまりこういった話を大声でするのは……」
「えぇ〜? ウチの生徒しかいないのに、何か問題ありますか?」
…………大アリだ。 - 7福丸は俺24/08/11(日) 01:47:26
この初星学園に於いて恋愛禁止といった規則は存在しない。
当然節度を守った健全な男女交際であることが前提ではあるが、恋愛そのものを咎められることはないだろう。
──だが、それは一部の例外を除けばの話。
これは入学前のオリエンテーションでプロデューサー科の上級生からキャンパス内を案内してもらった時のことだ。
「それで、ここが相談室。プロデュース方針とかで迷ったら中の先生に相談してみるといいよ」
「大体めぼしいところは説明したかな……何か聞きたいことは?」
「先程のガイダンスで気になったのですが、プロデュース契約というのは入学式の日から結んでも問題ありませんか?」
「あぁ、うん。早い人はこの春休みの内からスカウトして回ってるらしいよ」
「なるほど。いいことを聞きました」 - 8福丸は俺24/08/11(日) 01:48:01
「そうそう、プロデュース契約といえば気をつけた方がいいよ」
「何がですか?」
「担当アイドルとの関係」
「あまり仲良くなり過ぎるとね、大変だから」
「どういうことでしょうか」
「例えば担当アイドルと一緒に過ごしている内に、そういう関係になったとする」
「それが学校にバレたらどうなると思う?」
「まさか退学処分とか」
「ははっ、そこまではしないよ」
「流石に今はもうそういう時代じゃない」
「ああ……いや、場合によってはもっとキツいかもな」 - 9福丸は俺24/08/11(日) 01:49:20
「干されるんだよ。卒業してからも。ずっと」
「僕らプロデューサー科の学生は卒業したら、その多くは100プロの所属になるわけだけど」
「担当アイドルに手を出すようなプロデューサーにはまともな仕事はまず回ってこない」
「耐えかねて他所の事務所に移っても無駄さ。悪い噂はすぐに広まる業界だ。どこも使ってくれやしない」
「それは……プロデューサーを志す人間にとっては致命的ですね」
「担当アイドルに手を出すプロデューサーなんてリスクしかない。それも無理ないけどね」 - 10福丸は俺24/08/11(日) 01:50:00
「まぁでも、プロデュース戦略において疑似恋愛は有効的だよ」
「疑似恋愛……というと?」
「こっちから手を出すのはマズいけどね、アイドル側から惚れられる分には問題ない」
「年頃の女の子だからね。色々と扱いに困ることも多いんだ」
「でも上手く騙したり上手いこと言ってこっちに惚れさせてしまえばいいんだ」
「そうすればメンタルも安定するし、いくらか素直に言うことも聞いてくれる」
「……あまり好きなやり方ではありません」 - 11福丸は俺24/08/11(日) 01:50:24
……なんて話をしたのを覚えている。
例えばプロデューサー科の学生が同じプロデューサー科、あるいは普通科の学生と交際するのは問題ない。
しかし、相手がアイドル科の生徒となると話は違う。
プロデューサー科がアイドル科に手を出して、それが公になれば、その時点でプロデューサーとしての道は閉ざされてしまう。
つまり、俺の夢も叶わぬものとなってしまう。
そうなっては本当に困る。
だから周囲の誤解を招くような言動は……
「ねぇあれ、ことねちゃんのプロデューサーさんじゃない……?」
「あれが噂の……ことねちゃんが好き過ぎて所構わずことねちゃんの可愛さを布教してくるんでしょう? ことねちゃんが言ってた……」
「きゃっ!こっち見た! 藤田ことねちゃん教に入れられちゃう! 行きましょ!」
「…………はぁ?」
「藤田さん。俺のことをどういう……」
「…………てへ♪」 - 12福丸は俺24/08/11(日) 01:50:47
何をしてくれたんだ、と思う。
けれど結局のところ怒る気も失せてしまう。
藤田さんは可愛い。
誤魔化す顔も可愛い。
だから困るんだ。
俺は藤田さんを強く叱れないし
俺は藤田さんを拒めない。
「それより! ぷろでゅ〜さぁ〜! レッスン行きましょう!」
「はい。今日はダンスレッスンです。得意分野はどんどん伸ばしていきましょう」
だって彼女は
世界一可愛いのだから。 - 13福丸は俺24/08/11(日) 01:51:23
【それゆけ!ことねちゃん①】
「あっプロデューサー! おつかれさまでぇ〜す!」
「…………」
「ちょっ、なんで無視するんですか〜!」
「……失礼。あまりの可愛さに放心していました」
「その傍から『ヒョコッ』と現れる登場の仕方、もう一度やって貰っても?」
「えぇ〜? こうですかぁ?」
「最高。 よっ、世界一!」
「もう一度お願いします」
「えへへ〜プロデューサーあたしのことしゅきしゅぎ〜〜〜〜! ヒクぅ〜〜〜〜!」
「うわっ……何あれ……」
「しっ……藤田ことねちゃん教の活動よ……」 - 14福丸は俺24/08/11(日) 01:51:57
【それゆけ!ことねちゃん②】
「ふぃ〜 ただいま〜っと」
「ことねちゃん。遅くまでお疲れ様」
「莉波先輩。 おつかれさまっす!」
「あれ……何読んでるんですかぁー?」
「これ? 少女漫画だよ」
「今流行ってる作品なんだけど、すっごく素敵なの」
「へぇー……どれどれ」
「……莉波先輩、こういう男の人が好みなんですか?」
「ち、違うよー! ただお話が素敵だなって」 - 15福丸は俺24/08/11(日) 01:52:30
「ええと……恵まれない境遇でめげずに頑張る主人公の美少女と手を差し伸べる毒舌イケメン王子……」
「んん?」
「夢を叶える為に二人三脚……次第に目覚める恋心……現代版シンデレラストーリー……」
「…………これって」
「あたしだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ええっ!? 急にどうしたの!?」
「(かんっぜんに! 今のあたしとプロデューサーじゃん!!)」
「(特にヒロインが実は超々々々可愛いところとか!)」
「(うひゃ〜参ったナ……意識しちゃいそ〜)」
「(あれ……でも、もしかして……)」
「(この漫画の真似すれば、プロデューサーをドキドキさせられる……?)」
「よぉ〜し! 見てろよプロデューサー!」
「ことねちゃん……?」 - 16福丸は俺24/08/11(日) 01:53:01
「(へへ……いたいた……)」
「おや、藤田さん」
「プロデューサー……いや、王子様!」
「は?」
「あたし、スポットライトは要りません」
「どんなに暗くても、貴方があたしを照らしてくれるから──」
「…………」
「(決まった……チラッ)」
「歯の浮くような台詞。ここは舞踏会ですか? お姫様」
「(は!? な、なんかムカつくぅぅぅぅ!!)」
「……表現力はまだ磨く必要がありそうですね。いくらなんでも唐突過ぎます」
「少しはドキドキしてくださいよぉー!」
「藤田さんはいつも通りが一番可愛いですよ」 - 17福丸は俺24/08/11(日) 01:53:29
【それゆけ!ことねちゃん③】
「ねー藤田ちゃーん」
「ん? なにー?」
「普通科で噂になってるんだけどさ、プロデューサー科の人と付き合ってるって本当?」
「ん"ん"っ!? えっ、ウソ、そう見える?」
「なんかみんな言ってるよ、あの距離感で付き合ってない方がおかしいって」
「えー……マジか」
「いやぁー……プロデューサーがあたしのことマジ好き過ぎるからなぁー」
「えへへ……そう見えるんだぁー」
「(いや……むしろ藤田ちゃんの好き好きオーラが凄いってみんな言ってるけど……まぁいいか)」 - 18福丸は俺24/08/11(日) 01:53:56
「へぇ……まだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「じゃあさ、もし先輩に告られたら……ぶっちゃけどう?」
「う〜ん……」
「あたしは…………付き合うとかはいいかな……」
「えーそうなんだ。なんか意外かも」
「あ……ほら、アイドルだから」
「『今はファンのみんなが恋人だよ〜♡』……みたいな」
「あ〜そっか……難しいね」
「…………」
「…………あたしは……」 - 19福丸は俺24/08/11(日) 01:54:20
「デートしましょう! プロデューサー!」
あの日、ファーストライブの日。
超満員のステージで見事にライブを成功させた後、藤田さんはそう言った。
仄かに肩を震わせ、赤らめた顔で、照れを隠すようにそう言った。
普段はちょっとしたことで「ぷろでゅ〜さぁ〜! しゅき〜〜〜〜!」なんて言ってくるくせに。
そう思うとなんだか少し可笑しいけれど
頑張った俺へのご褒美だなんて言うけれど
きっとたくさんの勇気を振り絞って誘ってくれたのだろう。
だから俺も応える。
可愛くて愛おしい。 そんな俺の担当アイドルに。
「──喜んで」 - 20福丸は俺24/08/11(日) 01:54:59
俺の担当アイドルは可愛い。
「ん〜っ、絶好のデート日和ですねっ!」
「さぁっ、行きましょ〜♪」
一挙手一投足が可愛くて。
コロコロ変わる表情が可愛くて。
「うえぇ〜〜……気持ち悪いぃ〜〜〜〜〜」
油断をすると出てくる素の、少し口の悪いところが可愛くて。
「えぇ〜? 彼氏とデート中〜♡ ほんとだってぇ、マジマジ〜♪」
たまに少しドキッとさせられる。
揶揄われるのが癪なので、絶対に悟らせはしないけど。 - 21福丸は俺24/08/11(日) 01:55:44
藤田ことねは可愛い。
世界で一番可愛い。
努力家で家族想い。
まだ少し自分に自信が足りなくて、けれど逆境に負けない強さを持った女の子。
俺は藤田ことねの力になりたい。
藤田さんには才能があって……
俺の夢を叶えるのにはきっとこれ以上ないパートナーで。
けれど、彼女に抱く感情はきっとそういうことではないんだろう。
例え藤田ことねに才能がなかったとしても。
俺はきっと──
「…………ねぇ、プロデューサー」
「ちょっとだけ、あたしの話、してもいいです?」 - 22福丸は俺24/08/11(日) 01:56:06
藤田ことねは語る。
彼女の家庭の事情。
お金に執着する理由。
そして──
彼女の背負う罪を。
無論プロデューサーとして、彼女の家庭環境についてある程度調べたことはある。
全てではないが、断片的には知っていた。
けれどそれでも彼女自身の言葉で聞くのとでは重みが違う。
彼女の抱える問題は、中高生の少女1人が背負うには、あまりにも重い。 - 23福丸は俺24/08/11(日) 01:56:27
藤田さんは言った。
「親の足を引っ張った」
「家族の期待を裏切った」
「あたしのせいでお父さんは……」
……違うよ。
……そうじゃない。
……君は悪くない。
そう言ってあげられたら、どんなに良かっただろう。
そう言ってしまえたら、どんなに楽だろう。
俺は何も言えなかった。
無責任に彼女の罪を否定することはできない。
だから、ただ静かに彼女の告白に耳を傾けることしかできなかった。 - 24福丸は俺24/08/11(日) 01:56:46
「全部、全部、プロデューサーのおかげなんです」
「どうやって恩を返せばいいか…………わかんないですよぉ」
藤田さんは目に涙を浮かべて、感謝の言葉を述べる。
……アイドルになれたのは君の実力だ。
藤田さんの努力の結果で、俺はただ手助けをしただけで。
それでも俺のおかげだと言ってくれるのなら。
「トップアイドルになってください」
「夢を叶えて、大金持ちに成り上がってください」
──俺がきっと、絶対に連れて行ってみせるから。 - 25福丸は俺24/08/11(日) 01:57:23
【それゆけ!ことねちゃん④】
「はいはい。じゃあ週末には帰るから。他のちびどもにもよろしく〜」
「ふぅ〜……あ、すみませんプロデューサー。一緒のおでかけ中に電話出ちゃって」
「構いませんよ。妹さんですか」
「そ〜なんです。もぉ〜やかましくて」
「家事とか手伝わないとお母さんも大変だし」
「というわけで今週末は実家に帰りますネ」
「ふむ……」
「どうしました? あれ〜、もしかして……」
「大好きなあたしに会えなくてぇ、寂しいなぁとか思っちゃったり?」
「いえ、それはいいのですが、迷惑でなければ俺もご実家まで着いて行っても?」
「即答ひどっ!? まぁ分かってましたけど……って」
「えぇっ!? 一緒に実家って……」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」 - 26福丸は俺24/08/11(日) 01:57:45
そして週末。
予定通り俺は藤田さんの帰省に同行することに。
待ち合わせ場所の女子寮前に向かうと、彼女は既にそこにいた。
「すみません。待たせてしまいましたか」
「い、いえ……」
藤田さんの様子がおかしい。
俺の顔を見ずに俯いたままでいる。
「どうしました? 調子が悪い様でしたら今日のところは中止して部屋で安静に……」
「いえ!藤田ことね絶好調です!」
「顔が赤いようですが。熱でもあるのでは?」
「いいから! ほら、電車の時間もあるしさっさと行きましょ!」
「(うわぁ〜顔赤いのバレてる! 恥っず……)」 - 27福丸は俺24/08/11(日) 01:58:09
「ところで何であたしの実家に来たいんですか?」
電車に乗って移動する最中、藤田さんが尋ねてきた。
「あぁ、一度ご家族にご挨拶したいと思いまして」
「へぇーあたしの家族に挨拶……」
「(ってまだ早いって!!)」
「(そりゃいつかは……とか考えてたけど、普通もうちょっと段階踏んでからだってぇ〜!)」
「(いくらあたしのこと好き過ぎるからって気が早過ぎ〜〜〜〜!!)」
何やら悶えている。やはり具合が悪いのだろうか。
「どうしました?」
「いや……愛され過ぎるのも楽じゃないなって」
「はぁ?」 - 28福丸は俺24/08/11(日) 01:58:31
「あの……もう着きますけど」
「本当にボロっちい家なんで、びっくりしないでくださいね?」
もちろん藤田さんの家の外観は既に調査済みなのだが何も言わないでおいた。
「着きました。ここがあたしの家です」
家の前では一人の小さな男の子が遊んでいた。
「あっ! 姉ちゃん!」
本当に藤田さんのことが好きなんだろう。
男の子は目を輝かせてこちらに駆け寄ってきた。
「おかえり! ……あ……」
どうやら隣を歩く俺に気がついたらしい。
すると……
「姉ちゃんがカレシつれてきたぁぁぁぁぁぁ!!」
そう叫びながら家の中へ駆けて行った。
横を見ると、藤田さんが頭を抱えている。 - 29福丸は俺24/08/11(日) 01:58:53
「あ……あはは……何言ってんでしょーねー」
藤田さんが電話で『彼氏とデート中〜♡』とか言うからでは?
そう思ったが、心の中にしまっておこう。
「ほら、入りましょ。プロデューサー」
「ただいま〜! 元気してたかちびども〜!」
「はぁ。お邪魔しま……」
玄関の扉を開けると、待ち構えていたのは小さな子ども達。
この子達が藤田さんの言う『ちびども』なのだろう。
どの子も藤田さんにどことなく似ていて可愛らしい。 - 30福丸は俺24/08/11(日) 01:59:12
「すっげぇー! これがこと姉の彼氏か!」
「ウソじゃなかったんだー」
……と、俺達を見て口々に感想を述べるちびども。
ここまで注目されるとまるでアイドルにでもなった気分だ。
なんてことを考えていると、妹さんのうちの一人に裾を引っ張られているのに気がついた。
「なんでしょうか」
「あの、お兄ちゃんはいつお姉ちゃんと結婚しますか?」
……これはどう答えたものか。 - 31福丸は俺24/08/11(日) 01:59:32
「ちょっ! 一旦タイム!」
今度は藤田さんに引っ張られ、家の外へ。
「いやぁ〜うちのちびどもがすみません。なんかすっごいはしゃいじゃって」
「プロデューサーが彼氏だなんて、なんでそんな勘違いしてるんでしょうね」
藤田さんが電話で『彼氏とデート中〜♡』とか言うからでは?
「藤田さんが電話で『彼氏とデート中〜♡』とか言うからでは?」
「そうでしたぁ〜〜〜〜! すみませぇ〜〜〜〜ん!!」
……今度は口に出してしまった。 - 32福丸は俺24/08/11(日) 02:00:07
「それでですね、えっと……こんなことお願いするのも変なんですけど」
「ウチにいる間、彼氏の振りして貰えませんか……?」
「嘘をつけと?」
「やー……あそこまで本気に受け取られたら今更嘘でしたーなんて言い辛くてぇ」
「お願いします! あたしの彼氏になってください!」
「はぁ」
例え『振り』でも担当アイドルと付き合うなんて大問題だ。
……しかし……まぁ、家族との間だけなら問題も起きないだろう。 - 33福丸は俺24/08/11(日) 02:00:28
「俺は構いませんが」
「おぉ! ありがとうございます♪」
「決断早くて助かるぅー♪ もしかしてぇ、プロデューサーも満更でもなかったり?」
「真実をお話ししてきましょう」
「うわぁー! ごめんなさいでしたぁ!」
「冗談です」
「その冗談全然笑えないですよぉ……」
というわけで、俺は藤田家にいる間は藤田さんの彼氏ということに。
さっさと正直に言ったほうが楽なのに……とは思うが。 - 34福丸は俺24/08/11(日) 02:00:48
「まぁ。嬉しいわ。ことねが恋人を連れて帰ってくるなんて」
「なーなー! こと姉と兄ちゃんどっちから告ったの!?」
「もうチューした?」
藤田さんのお母さんとも挨拶を済ます。
その後は弟妹達からの質問責め。
「プロデューサーがぁ、あたしのこと好きで好きでしょーがないから付き合い始めたんですよねぇ?」
演技とはいえ、さりげなく自分の都合の良い設定に……
まぁ、あながち間違いではないが。 - 35福丸は俺24/08/11(日) 02:01:08
「キスはしていません。藤田さんはアイドルですから」
「トップアイドルになるまではあくまで健全な付き合いをと……」
「もう! こんなちびっ子に何話してるんですかー!」
「(うわー! トップアイドルになったらキスとかしちゃうんだぁ……♡)」
「藤田さん?」
「ていうかなんで名前でよばないの?」
「付き合ってるわりにたにんぎょーぎじゃない?」
ふむ……それもそうだ。
ここにいるのは俺以外全員藤田さん。
ならば彼女に話しかける時は名前で呼ぶ方が分かり易くて良い。 - 36福丸は俺24/08/11(日) 02:01:30
「では……」
「ことねさん。そう呼ばせていただきます」
「は、はいぃ……」
「(うぅ……判断が早いぃ……)」
「(ていうか初めて名前で呼ばれちゃった〜〜♡ これあたしも名前で呼んだ方がいい?)」
「ヒューヒュー!」
「うっさい ちびども! もう邪魔だから外で遊んでな!」
「えー! じゃあ公園でサッカーやろうぜ! 彼氏の兄ちゃんも!」
「いいでしょう」
「いいんですか? プロデューサーも疲れてるんじゃ……」
「うちのちびどもの相手、けっこー疲れますよ?」
「問題ありません。体力がなければプロデューサーは務まりませんし」
「ことねさんの御家族とは仲良くなっておきたいですから」
「そ、そですか……! じゃあよろしくお願いしますね!」
「(やーばいでしょこれ……あたしの心臓保たないってぇ……)」 - 37福丸は俺24/08/11(日) 02:01:50
公園で藤田さんの弟妹の遊び相手を務め、帰るともうすぐに夕飯が出来上がる頃合いだった。
料理を作ったのは殆どが藤田さん。
週末に実家に帰るときはいつもそうしてるらしく、弟妹達もそれが楽しみなのだという。
実際藤田さんの手料理は美味しいと思う。
以前「プロデューサーほどじゃない」なんて言っていたが、藤田さんの料理は如何に安く、美味しく、栄養を得られるかがよく考えられていると思う。
それに……
「あ〜もう、また溢した〜。拭いたげるからこっち向きな」
「あっ! また人参残してる! 食べ易いように味付けしてるから食べなって」
「残したらてまりんって呼ぶぞ〜!」
「きゃ〜!」 - 38福丸は俺24/08/11(日) 02:02:12
弟妹の世話をする藤田さんを見ていると微笑ましい気持ちになる。
大勢で賑やかに食卓を囲むのも新鮮で楽しい。
「あっ、プロデューサー。すみません騒がしくて」
「うちいっつもこーなんですよねぇ」
「いえ。大丈夫です」
「良い家族だと思いますよ。俺も混ざりたい」
「あら、だったらいつ来てもいいんですよ」
「もうプロデューサーさんも家族の一員みたいな物ですから」
その藤田さんのお母さんの言葉は、素直に嬉しいと思った。 - 39福丸は俺24/08/11(日) 02:02:34
【それゆけ! ことねちゃん⑤】
「プロデューサー。お風呂狭くなかったです?」
「いえ。大丈夫ですよ」
「なら良かったです。次あたし、ちびどもと入ってきますね」
「…………」
「ことねさん? どうかしましたか?」
「あ……いえ。なんかお風呂上がりっていつもと雰囲気違って変な感じですネ」
「(湿った髪……薄手の部屋着……プロデューサー、なんか色っぽ……)」
「(ってあたしこれじゃ変態じゃん!?)」
「お姉ちゃんお風呂入る前なのに真っ赤になってる〜!」 - 40福丸は俺24/08/11(日) 02:02:56
「あら、プロデューサーさん」
「ことねは?」
「入れ替わりでお風呂に行きました」
「そう、ならちょうどよかった」
「プロデューサーさんと二人きりでお話ししたかったの」
「少し時間貰えるかしら」
「もちろんです」
むしろこちらからしても好都合だ。
俺が今日ここに来た一番の理由は……藤田さんのお母さんから話を聞くことにあるのだから。 - 41福丸は俺24/08/11(日) 02:03:17
「まずはお礼を言わせてちょうだい」
「ことねをアイドルにしてくれてありがとう」
「ことねを見つけてくれてありがとう」
「あの子、数ヶ月前までと今とで見違えるように変わったわ」
「心も身体もボロボロにして、私達の前では平気な振りをして明るく振る舞って……」
「でも今のことねは凄く元気になった。私びっくりしたわ」
「きっと、全部プロデューサーさんのお陰ね」
「……いいえ。俺はただプロデューサーとして出来る手助けをしただけ」
「今のことねさんがあるのは、彼女がこれまで努力してきた結果です」 - 42福丸は俺24/08/11(日) 02:03:38
「あの子がお金に執着している理由は聞いている?」
「本人から聞きました」
「……自分のせいで借金を作り、お父さんも出て行ってしまった……と」
「そう……やっぱりそんな風に考えていたのね」
「藤田さんはどう思っていますか」
「あの子が悪い……なんて、思うはずないわ」
「親として子どものアイドルになりたいって夢を応援するのは当然のこと」
「お金のことなんて本当なら子どもが気にすることじゃない」
「あの、藤田さん」
「その件について、一つ聞いておきたいことがあります」 - 43福丸は俺24/08/11(日) 02:03:58
「……なるほど。今の話、ことねさんは?」
藤田さんは黙って首を横に振った。
「あの子に話すかどうかはプロデューサーさんに任せるわ」
「私は言えなかった。言えば大切なものが壊れてしまうような気がしたから」
「…………」
「だから……ね。あの子の一番側にいるあなたが、『ことねは大丈夫』って思えたら」
「その時に伝えてあげて欲しいの」
藤田さんは静かに、俺の目をまっすぐに見てそう言った。
「…‥分かりました。話してくださってありがとうございます」 - 44福丸は俺24/08/11(日) 02:04:18
「お風呂上がりましたよー」
ちょうど話が終わった頃に藤田さんが戻ってきた。
シャンプーの良い匂い。
髪を下ろしている……風呂上がりなので当然か。
いつもの髪型も藤田ことねの可愛さを大きく引き立てるだけの魅力があるが、これはこれで新鮮で、いつもとはまた違った可愛らしさ。
「なんですか? 無言でじっとこっち見て」
「……もしかしてぇ、お風呂上がりのあたしに見惚れちゃいました?」
「はぁ。その通りですが」
「もぉ〜あたしのことほんと好きですよねぇ〜」
「そんなんじゃあたしがお風呂入ってる間も、ずっと悶々してたんじゃないですかぁ?」
「いえ、藤田さん……ことねさんのお母さんと話しに夢中で正直忘れていました」
「あたしの彼氏なのにぃ!?」 - 45福丸は俺24/08/11(日) 02:04:37
「まさかあたしよりお母さんの方が好きなんて言わないですよねっ!?」
「うわ、近い近い」
「ねーちゃ〜ん!まだー!?」
縋りついてくる藤田さんを振り解いていると、奥の部屋から弟妹達の呼び声。
ちょうどいいタイミング。 助かった。
「うぅ〜……ちびども寝かしつけてきまぁす!」
藤田さんは不満そうにしながらも部屋を出て行った。
「ふふっ。本当に仲がいいのね」 - 46福丸は俺24/08/11(日) 02:04:58
「そう見えますか」
「ええ、まるで本当の恋人みたい」
「…………」
……バレていたか。
「いつから嘘だと?」
「最初から分かってたわ。母親だもの」
「あの子のことだから私達に『楽しくやってるぞ』ってところを見せたかったんでしょうけど」
……母の力恐るべし。
「さっきの話……嘘の恋人だと分かっていたのに、俺にしても良かったんですか?」 - 47福丸は俺24/08/11(日) 02:05:17
「えぇ。プロデューサーさんなら良いわ」
「だって分かるもの。あの子あなたのことを本当に好きなのも」
「……あなたがことねを心から大切に思ってくれているのも」
「…………」
確かに俺にとって藤田ことねは特別な存在。
プロデュース契約を結び、俺の夢を叶えてくれるであろう存在。
幸せにしてあげたい女の子。
「…………ですが、この気持ちはきっと恋じゃない」
「俺はプロデューサーで、ことねさんはアイドルで」
そこに恋愛感情があってはいけない。
それは絶対に許されない。
「……そう。そうね」
「それでもいいの。今はきっと」 - 48福丸は俺24/08/11(日) 02:05:34
それゆけ!ことねちゃん⑥】
「お姉ちゃん おしっこ出た〜」
「はいは〜い。も〜だから寝る前にトイレ行きなって言ったのに」
「ほら部屋に戻って寝るよ〜」
「はーい」
「…………あ」
「(プロデューサーが止まってる部屋……ドアちょっと開いてるじゃん)」
「(ひひひ……後でちょっといたずらしちゃえ〜)」
「お姉ちゃん? どうして笑ってるの……?」
「なんでもな〜い♪」 - 49福丸は俺24/08/11(日) 02:05:53
「ぷ〜ろでゅ〜さ〜♡」
「…………」
「(寝てる……よね……?)」
「(さ〜てどうしてやろっかな)」
「(顔つついてみたり……)」
「ん……んん……」
「(うわっ! やば……!)」
「(…………大丈夫。起きてないっぽい)」
「(あんま刺激しないようにしよ)」 - 50福丸は俺24/08/11(日) 02:06:10
「(とっさに隣で寝てるみたいな体勢になっちゃったけど……)」
「(うわ……ヤバい。なんかドキドキしてきた……)」
「(でも、しばらくこのままでいっか……)」
「(静かな部屋。いるのはあたしとプロデューサーの二人きり)」
「(聞こえるのはプロデューサーの寝息と……あたしの心臓の音だけ)」
「(今なら……チューしてもバレない……)」
「…………」 - 51福丸は俺24/08/11(日) 02:06:28
「……あはは、やっぱできないや」
「トップアイドルになるまでは清い付き合いを……ですもんね?」
「…………」
「…………ねぇ、プロデューサー」
「……あたしが本当に『付き合って』って言ったら……どーします?」
「…………」
「…………なぁんて」
「あたしにそんな資格……ないよねぇ」 - 52福丸は俺24/08/11(日) 02:06:58
藤田さんと遊園地デートをした後、俺は考えていた。
もっと彼女の為にできることはないだろうか。
夢を叶える為に、助けになれることはないだろうか、と。
勿論少しでも多く、そして早く稼げるような仕事を見つけるのが最優先……
だがら今思うと……俺も浮かれていたのだろう。
彼女から向けられる好意に。
彼女から向けられる信頼に。
それも無理のないことだろう。
何故なら彼女は──
藤田ことねは……世界一可愛いのだから。 - 53福丸は俺24/08/11(日) 02:07:20
俺が藤田ことねの為に出来ること。
金銭面ではやれるだけのことはやっていると思う。
より効率的に稼げる仕事を紹介し、学園が用意した奨学金といった苦学生を救済する制度も最大限利用している。
生活面……無茶なアルバイトは辞めさせ、充分な休養に加え栄養も摂らせている。
……現状一番の懸念といえば学業だろうか。
藤田さんはあまり勉強が得意ではないようだ。
ただ、それも無茶なアルバイトとレッスンの疲れから勉強時間が取れず、授業中にも居眠りすることが大きな理由。
今では少しずつ改善に向かっているし、俺が勉強を教えることもある。 - 54福丸は俺24/08/11(日) 02:07:48
あれやこれやと考えている内に、俺は藤田さんの抱える大きな問題に思い至る。
どうしてもっと早く思いつかなかったんだろうか。
……ただそれは赤の他人が気安く首を突っ込んではならない領域。
藤田さんがそれまで誰にも相談せずに秘めてきた物。
あのデートの日、俺にだけ明かしてくれた秘密。
……そう、家庭の事情……家を出て行ったという彼女のお父さんのことだ。
藤田さんは言った。
自分のせいでお父さんは出て行ってしまったと。
それは彼女の中で大きな傷跡として残っていて──
だからこそ彼女はお父さんの分まで、自分が稼いで家族を養おうとしている。
……だったら、お父さんを見つけてあげることが彼女の助けになるんじゃないだろうか。 - 55福丸は俺24/08/11(日) 02:08:18
以前、藤田さんのお父さんについて調べたことがある。
プロデュースするにあたって、担当アイドルの経歴、家族構成、家庭環境を事前に調査しておくのは当然のこと。
しかし、『お父さん』については詳しい情報は得られなかった。
分かったのは真面目で優しい父親であったこと。
家族仲が良好であったこと。
藤田さんが初星学園の中等部に入学後……しばらくして会社を辞めたこと。
その後の消息が掴めない。 - 56福丸は俺24/08/11(日) 02:08:42
そして先日、藤田さんから直接聞いたお父さんのこと。
当時小学生だった藤田さんは、初星学園に通うには多大な学費が掛かることを知らずに、入学したいと両親にせがんだ。
最もそれはアイドルになって家計を支える為だったが。
両親はそれに応え、借金を背負ってまで藤田さんを初星学園に通わせた。
そして借金を残して藤田さんのお父さんは家を出て行った……と。
……本当にそれは真実だろうか。
果たして鵜呑みにしていいものだろうか。 - 57福丸は俺24/08/11(日) 02:09:03
藤田さんが嘘をついている……と言いたい訳じゃない。
ただ、彼女の認識が誤っていたとしたら?
当時の彼女はまだ13,14歳程度の少女。
大好きなお父さんが突如いなくなった。
それを聞かされた時、彼女はどんな精神状態でいただろうか。
そもそも彼女に伝えられた情報は正しいものだっただろうか。
……もしかすると既に亡くなっているのでは。
あくまで可能性の話だ。
何らかの理由で藤田さんにはそれを伏せられている……とか。
無理がある気もするが最悪の場合として絶対にないとも言い切れない。
何にせよ確証が得られない。 - 58福丸は俺24/08/11(日) 02:09:22
ならば、正確な事情を知っているであろう人物とコンタクトを取るべきだろう。
そう……藤田さんのお母さんに。
問題はどのように接触するかだ。
いきなり俺が藤田さんの実家を訪ねたとして……
「あなたの娘さんの担当プロデューサーです」と名乗る男に心を許し、家庭の事情まで包み隠さず話してくれる親などどこにいようか。
変態ストーカーと疑われても仕方ない。
かといって藤田さんに事情を説明し、同行してもらうのは避けたい。
お父さんについて話をするのは、充分な成果を得てからだ。 - 59福丸は俺24/08/11(日) 02:09:40
そんな時、藤田さんの元へ一件の電話が掛かってきた。
実家の弟妹からの電話だった。
電話の内容はさておき、週末に実家に帰ると言う。
まさに僥倖だった。
藤田さんが自主的に実家に帰るのであれば、事情を話さないでも同行することができる。
幸い彼女はチョロ……流されやすいところがある。
着いて行く理由なんて「親御さんに挨拶しておきたい」等と言っておけば納得してくれるだろう。 - 60福丸は俺24/08/11(日) 02:10:01
藤田家を訪ねる上で大切なのは信用を得ること。
俺はこれから家庭の問題に首を突っ込もうとしているのだ。
ただのアイドルとプロデューサーの関係では足りない。
できればそれ以上に仲の良いように見せておきたい。
そう思っていた矢先、藤田さんから「彼氏の振りをして欲しい」と頼まれる。
まさに渡りに船といったところだろうか。
俺は『藤田ことねの彼氏』として藤田家を訪れた。 - 61福丸は俺24/08/11(日) 02:10:16
藤田家に着くなり弟妹達に囲まれ質問責めに遭うも問題はない。
関係性が『担当プロデューサー』から『彼氏』に変わっただけで、特別それらしく振る舞う必要もなく『藤田ことねの彼氏』として信用されたようだった。
目的は藤田さんの母親から話を聞くこと……
だが、藤田さんや弟妹がいてはしたい話もできない。
サッカーに付き合ったり、食卓を囲んだりと自然に過ごしながら機をうかがう。
藤田さんの手料理はとても美味しかった。
そして、そのチャンスは藤田さんが風呂に入った時に訪れた。 - 62福丸は俺24/08/11(日) 02:10:37
「あの子がお金に執着している理由は聞いている?」
「本人から聞きました」
「……自分のせいで借金を作り、お父さんも出て行ってしまった……と」
「そう……やっぱりそんな風に考えていたのね」
「藤田さんはどう思っていますか」
「あの子が悪い……なんて、思うはずないわ」
「親として子どものアイドルになりたいって夢を応援するのは当然のこと」
「お金のことなんて本当なら子どもが気にすることじゃない」
「あの、藤田さん」
「その件について、一つ聞いておきたいことがあります」 - 63福丸は俺24/08/11(日) 02:10:57
「あら、何かしら」
「藤田さんの……お父さんのことです」
「…………っ」
藤田さんのお母さんの表情が、微かに強張ったように見えた。
……構わない。
言葉を続ける。
「お父さんは本当に借金を残して出て行ったんですか?」
「何も言わずに黙って、家族を捨てていなくなってしまったんですか?」
我ながら酷なことを聞いていると思っている。
それでも……
「プロデューサーさん。少し待っていてくれる?」
藤田さんのお母さんはメモ紙を取り出すと、何かを書き始めた。 - 64福丸は俺24/08/11(日) 02:11:14
「…………これを」
メモ紙を受け取ると……そこに書かれていたのは住所と電話番号。
「…………!」
これが意味するのは……
「あの人の居場所はね……ずっと分かってたの」
「では何故……」
「ことねの為よ。……いいえ、家族の為……かしら」
「……それ以上はあの人の口から聞いて。私からもあなたのことを伝えておくから」
「……なるほど。今の話、ことねさんは?」
藤田さんは黙って首を横に振った。
「あの子に話すかどうかはプロデューサーさんに任せるわ」 - 65福丸は俺24/08/11(日) 02:11:37
藤田さんの実家へ泊まってから数日。
藤田さんがレッスンを受けている間、俺は遂に彼女のお父さんへの接触を試みる。
当然藤田さんには何も話していない。
「…………」
少しの緊張。
先日受け取ったメモ紙に書かれた電話番号を入力し、発信する。
お母さんは話を通してくれるとは言っていたが…… - 66福丸は俺24/08/11(日) 02:12:09
『……もしもし』
「…………!」
「もしもし。私は初星学園プロデューサー科の……」
『……あぁ。プロデューサー君か』
「妻から話は聞いているよ」
その声の印象は……家族を捨てて出て行った……という話から想像していたより落ち着いていて。
枯れているというか……くたびれたような感じがした。
「突然お電話して申し訳ありません」
「ご存知のこととは思いますが、私は娘さん……ことねさんとプロデュース契約を結んでいまして」
「ことねさんに関わることで、一度御両親と直接お会いしてお話したいことがあります」
「…………そうか」
「……あぁ。構わないよ」
「ありがとうございます。では都合の良い日にちや場所を……」 - 67福丸は俺24/08/11(日) 02:12:32
週末、2時間ほど電車を乗り継いで、とある寂れた町へやってきた。
目的はもちろん、藤田さんのお父さんに会うこと。
待ち合わせ場所に指定されたのは、お父さんの住む家だった。
事前に貰っていたメモ紙に書かれた住所を頼りに歩くと、古くて小さな団地のような建物へ辿り着いた。
外壁は薄汚れていて、敷地内は放置された雑草だらけ。
……お世辞にも管理が行き届いているとは言い難い。
……まぁ、そんなことはいい。
お父さんの部屋のインターホンを鳴らす。 - 68福丸は俺24/08/11(日) 02:12:49
扉を開けて出て来た男は、やはりくたびれたような、老け込んだような……
幸の薄い印象を受ける、そんな細身の男性だった。
「……君がプロデューサー君か。よく来てくれたね」
「はじめまして。藤田さん」
「本日はお忙しい中お時間をとっていただき、ありがとうございます」
「……いや、妻から話を聞いて僕も話したいと思っていたんだ」
「こちらこそ遠いところを来てもらって悪いね」
「立ち話もなんだ。入ってくれ」
「お邪魔します」 - 69福丸は俺24/08/11(日) 02:13:06
「…………」
思わず言葉を失う。
部屋の中は6畳程度のワンルーム。
それは良いのだが、あまりにも物が少ない。
この部屋は最低限の暮らしに必要な家具があるだけだ。
ここにはテレビも本もない。
「悪いがお茶菓子を切らしていてね。お茶しか出せるものがないが」
「でしたら、よかったらこれを」
藤田さんがお茶を出してくれたので、こちらもお土産に持ってきた『はつみちゃん饅頭』を差し上げた。
「あぁ……ありがとう。気を使わせてしまって悪いね」 - 70福丸は俺24/08/11(日) 02:13:24
「……うん。けっこういけるよこの饅頭」
「このマスコットキャラクターはよく分からないけど」
「ならよかったです」
「…………」
藤田さんは饅頭を頬張り、お茶を一気に飲み干した。
そして言った。
「……じゃあそろそろ本題に入ろう」
「聞きたいことがあるんだろう? あの子の為に」
「……私に答えられることならなんでも答えるよ」 - 71福丸は俺24/08/11(日) 02:13:41
「……では、まずどうして家族を置いて家を出たんですか?」
「藤田さんのことは娘さん……ことねさんから聞いていました」
「借金を残して、出て行ってしまったと」
「正直……酷い父親だと思いました」
「ですが、今はそうは思えない」
「今の藤田さんを見て、『家族を捨てた父親』というイメージとはどうにも結びつかないんです」
「…………私は酷い父親だよ」
「全部私の不甲斐なさが招いたことだ」 - 72福丸は俺24/08/11(日) 02:13:59
「知ってるとは思うが、ウチは貧しくてね」
「私と妻……そしてことねの3人で食っていく分には問題なかったんだが」
「弟妹達が増えるに連れて生活は苦しくなっていった」
「ことねには不自由な思いをさせたなァ……遊園地だって小さい頃に一度連れて行ったきりだよ」
「それでもどうにか家族を養っていこうと必死に働いたよ」
「妻は私を支えてくれたし、ことねも小さいながら弟妹達の面倒を見てくれた」
「だが、働けども働けども金は増えず、食い繋ぐので精一杯だった」
「子ども達が大きくなれば学費も掛かる。食費だって上がる」 - 73福丸は俺24/08/11(日) 02:14:15
「正直言って八方塞がりだった」
「私達家族には先がなかったんだ」
「そんな時だった。……ことねが『初星学園に入りたい』と言い出したのは」
「『アイドルになって、大金持ちになって、家族みんなを養う』と」
「なんて優しい子だろう、と思った」
「ことねは小学生にして家族全員を養うことを考えていた」
「……だが同時に自分が情けなくも感じた」 - 74福丸は俺24/08/11(日) 02:14:32
「ことねを初星学園に入学させるにあたって、大きな問題に直面した」
「学費……ですね」
「…………そう。私達はあの子を公立の中学に進学させるつもりでいたし、その為の蓄えはあった」
「……だが、初星学園の入学費用は、私達に払えるような金額ではなかった」
「…………」
実際のところ、初星学園の生徒は比較的裕福な家庭の子どもが多い。
苦学生の為の救済措置があるにせよ、家庭の経済事情による有利不利が大きいのは否めないのが現状だ。
「だからやむを得ず、借金をして学費を支払うことにした」
「ことねを初星学園に入れる為には……そうするしかなかった」 - 75福丸は俺24/08/11(日) 02:14:52
「ことねさんに初星学園を諦めさせる……という考えはなかったんですか?」
「学費のことをちゃんと話せば、ことねさんも諦めてくれたのでは?」
「……もちろんそれも考えた」
「だけど、どうしてもあの子を初星学園に行かせてあげたかった」
「『大金持ちのアイドル』になる可能性に賭けたかったと?」
「違う。借金なんて私が働いてなんとかするつもりだった」
「…………アイドルが……あの子の夢だったからだ」 - 76福丸は俺24/08/11(日) 02:15:28
「私はことねに何も与えられなかった」
「それどころか小さな頃から我慢ばかりさせてきた」
「何も文句も言わずに幼い弟妹達の面倒を見る良い子だった」
「アイドルは…………そんなことねの唯一の夢。唯一の憧れだった」
「重要なのは稼げることじゃない」
「アイドルになることこそが重要だったんだ」 - 77福丸は俺24/08/11(日) 02:15:56
「……だが、結果として私達の生活は破綻した」
「以前の仕事では家族を養い、ことねの学費を稼ぐことはできなかった」
……以前の仕事。
そういえば、藤田さんのお父さんのことを調べた時、長年勤めていた会社を辞めたと……
「このアパート……ボロ臭いだろう?」
「えぇ……まぁ」
「ここは今の職場の社員寮でね。ボロくて狭いが無料同然で住まわせて貰ってる」
「危険な仕事だが……給料も断然良い」
「…………!」
…………そうか。
そういうことだったのか。 - 78福丸は俺24/08/11(日) 02:16:16
「藤田さんは家族を捨てたんじゃない……」
「家族の為に……家を出たんですね」
「…………」
お父さんは否定も肯定もせず、ただ黙っていた。
その痩せた身体も、少しでも多く仕送りする為で……
極端に部屋に物が少ないのも、趣味も何もなく、余計な出費を避けたからで……
この人は家族の為だけに生きているんだ。
たった独りで…… - 79福丸は俺24/08/11(日) 02:16:33
「……ことねさんは、あなたが借金苦で家を出て行ったと。そう言っていました」
「どうして事情を説明しなかったんですか?」
出稼ぎのことを知っていればもっと……
「あの子は優しいから、高額な学費のことを知れば『アイドルを諦める』と言うだろう」
「必要なのは『追い込み』だった」
「後に退けない状況こそが必要だった」
「借金を残して藤田さんが逃げ出せば、ことねさんがアイドルとして大成するしかない……と?」
「……そうだ」 - 80福丸は俺24/08/11(日) 02:16:52
「ことねさんはかなりギリギリの状態でした」
「アルバイトとレッスン漬けの日々で身体は疲労困憊」
「次年度の学費が払えないことでの将来の不安」
「俺がことねさんと出会った時点で、彼女はいつ壊れてもおかしくなかった」
「藤田さんはそれでよかったんですか」
「……それに関しては申し訳ないと思っている」
「私の世界一可愛いことねならすぐにアイドルデビューして学費程度ならすぐに稼げるとたかを括っていた」
「私は正直アイドルをナメていた……」
「はぁ……なるほど」 - 81福丸は俺24/08/11(日) 02:17:08
「……だが、そんなことねを君が救ってくれたんだな」
「俺はただ、ことねさんが輝く為の手助けをしただけです」
「今のことねさんがあるのは彼女が努力してきた結果ですから」
「そうか」
「それでも礼を言わせて欲しい」
「娘を……見つけてくれてありがとう」
「こちらこそ。ことねさんを初星学園に入学させてくださり、ありがとうございました」 - 82福丸は俺24/08/11(日) 02:17:32
「藤田さん。ことねさんにあなたの居場所を話しても構いませんか?」
「あぁ……でも」
「ことねは私を恨んでるだろうなァ」
借金を残して家を出た父親。
事実がどうであれ、少なくともことねさんはそう思っている。そう思わされている。
恨まれるのも無理はない。普通なら。
……しかし、俺は知っている。
「ことねさんはあなたを恨んではいません」
「帰ってきた時に『借金全部返しといてやったぞ』って言ってやるんだと、息巻いてましたよ」
「…………そうか」
「ははっ……そうか。そんなことを……」 - 83福丸は俺24/08/11(日) 02:17:51
「はい。ですから……」
「藤田さん。家族の待つ家に帰ってください」
「…………っ」
「もう充分です。家族の為に身を削るような生活は」
「しかし……」
「ことねさんはトップアイドルになります」
「世界一稼げるトップアイドルに……俺がしてみせます」
「だから……もう休みましょう」
「…………あぁ」
「あぁ…………………!!」 - 84福丸は俺24/08/11(日) 02:18:10
藤田さんのお父さんは俺と約束した。
今すぐとまではいかないが、藤田さんの収入が家族を養えるくらい安定し……
お父さんもまた、仕事が落ち着いたら退職し、家族の待つ家に帰ると。
あとは藤田さんが稼げるアイドルになれば良い。
早くお父さんのことを伝えてあげたい。
「プロデューサー君」
帰り際、お父さんに呼び止められた。
「何でしょうか」
「ことねを……頼んだよ」
真剣な眼差しでお父さんはそう言った。
「はい。ことねさんは必ず俺が幸せにします」
今更言われるまでもないことだ。
そして俺はお父さんの家を後にした。
「…………はは。まるで娘の彼氏が挨拶に来たみたいだな」 - 85福丸は俺24/08/11(日) 02:18:27
藤田さんのお父さんは家族の為だけに生き、単身家を出て身を粉にして働いた。
藤田さんはお父さんが出て行ったこと、そして借金に責任を感じてレッスンを受けながらもバイト漬けの日々を送っていた。
藤田さんのお母さんは全てを知った上でそれぞれの気持ちを尊重し、何も言わないことを選んだ。
いずれも家族を想っての行為だった。
それはきっと最適解ではなくて
他にもっと正しい選択肢はあったと思う。
しかし、それでも愛する家族を守る為の選択で。
だから俺はそれを間違いとは言いたくない。
だから俺はそれを間違いにはさせはしない。 - 86福丸は俺24/08/11(日) 02:18:43
翌日。
藤田さんに大切な話があると伝え、事務所代わりの教室に呼び出した。
……俺は今日これから、藤田さんにお父さんのことを伝える。
御両親から伝える許可は得ている。
プロデューサーとして『大丈夫』と思う時が来れば話しても良い、と。
そもそもお父さんのことを伏せられていたのは、藤田さんが学園を辞めずに、頑張らざるを得ない状況を作るためだ。
大きく成長し、前向きにより高みを目指す今の藤田さんには最早それも必要はない。
だから真実を伝えても問題はないはずだ。 - 87福丸は俺24/08/11(日) 02:19:00
「プロデューサー。言われた通り来ましたよ〜」
「(大事な話があるから授業終わったら来るように……って言ってたけどなんだろ?)」
「(うわ、なんかすっげぇ〜真剣な顔)」
「お疲れ様です。藤田さん」
「(え……もしかしてプロデュース契約打ち切り? 重過ぎて面倒見切れなくなったとか?)」
「いやいや! それはないってぇ〜。プロデューサー、あたしのこと超好きだし……」
「(じゃあもしかして……愛の告白……?)」
「藤田さん。 …………藤田さん!」
「はいぃ!」 - 88福丸は俺24/08/11(日) 02:19:27
「それで、早速大事な話の件ですが……」
「端的に言うと、藤田さんのお父さんが見つかりました」
「…………え……」
藤田さんは驚いたような、困惑したような、複雑な反応を示した。
考えもしなかったはずだ。
俺の口からそんな話が出るなんて。
「どういうことですか……?」
「お父さんはどこに……どうやって分かったんですか……?」
事情を説明するにもお母さんのことは秘密にする約束だ。
若干の嘘を織り交ぜながら、話せる範囲で経緯を説明した。 - 89福丸は俺24/08/11(日) 02:19:50
「……そーですか……お父さん、あたしたちを捨てたんじゃなかったんだ……」
「藤田さんをこの学園に入れる為に借金をした。これは事実です」
「ですが、お父さんはそれについて後悔はしていない……と」
「お金のことよりも、自分の暮らしよりも、藤田さんの夢が大切だったんです」
「お父さんは今でも藤田さんを愛していますよ」
「…………プロデューサー」
「はい」
「……ありがとうございます」
その目には涙が浮かんでいた。
当然だ。お父さんのことはずっと藤田さんの心を縛りつけていたはず。
藤田さんの救いになれたとしたら、そんなに嬉しいことはない。 - 90福丸は俺24/08/11(日) 02:20:08
「藤田さん」
「お父さんに会いたいですか?」
「え……会えるんですか?」
「藤田さんが望むなら」
「…………」
「……すみませんプロデューサー……今はまだ会えません」
「いいんですか?」
「あたしがもっと稼げるようになったら、家族みんなを養えるくらいの大金持ちになったら」
「そしたらお父さんは帰ってきてくれるんですよね?」 - 91福丸は俺24/08/11(日) 02:20:27
そうだ。確かにそう約束した。
「だったら、あたしがお父さんと会うのはその時です」
「ごめんねって……それからありがとうって言いたいけど」
「今はまだ会いません」
「…………分かりました」
「藤田さんがそう考えるなら、それで構いません」
「では、そうと決まれば一刻も早く大金持ちにならなければなりませんね」
「…………!」
「はい! これからも稼げるお仕事、いっぱいお願いしますね。プロデューサー♪」 - 92福丸は俺24/08/11(日) 02:22:09
【それゆけ! ことねちゃん⑦】
「えへへ……ぷろでゅ〜さぁ〜……」
「何一人でニヤニヤしてるの。気持ち悪い」
「はぁ!? ニヤニヤなんてしてねぇーし!」
「あたしのプロデューサーがあたしのこと好き過ぎて困っちゃうな〜って思ってただけ」
「……聞いて損した」
「聞いて欲しいなんて言ってないじゃん」
「……で、どうしてそう思ったの」
「って聞くんかい。まぁいーけど」 - 93福丸は俺24/08/11(日) 02:22:34
「いっつも飲み物とか貢いでくれるし〜」
「なんかもう、あたしのためならなんでもするって感じぃ?」
「しかもこの前なんかあたしが実家に帰るってときに、離れたくなさ過ぎてわざわざ着いてくるしぃ」
「いつのまにかお母さんとも仲良くなってたし、ちびどもなんて『姉ちゃんの彼氏、次はいつ来んの〜?』なんて騒いで大変なんだよねぇ〜」
「うわ……どう考えてもプロデューサーと担当アイドルの範疇超えてるよ」
「もし私にプロデューサーがついたら、ことねと違ってプライベートは持ち込まないし、踏み込ませない」
「はいはい。勝手に言ってな〜」
「まぁ……ときどき不安になっちゃうけどねぇ」 - 94福丸は俺24/08/11(日) 02:23:36
【それゆけ! ことねちゃん⑧】
「藤田さん。来週の仕事の資料が来たので目を通しておいてください」
「は〜い。ありがとうございま〜す」
「…………う〜ん」
「何か気になりますか?」
「や、お仕事には関係ないんですけどぉ」
「プロデューサー、この前みたいにあたしのこと名前で呼んでくれないんですか?」
「…………」
「……ハァ?」 - 95福丸は俺24/08/11(日) 02:23:54
「そんな冷たい目で見ないでくださいよぉ!」
「ほら、この前は『ことねさん』って名前で呼んでたじゃないですか」
「それは付き合っている振りをしていたからでしょう」
「わざわざ呼び方を変える必要もないかと」
「えぇー、でも苗字で呼ぶのってなんか他人行儀じゃないですかぁ?」
「…………それともぉ♪ あたしのこと好き過ぎて照れちゃってます?」 - 96福丸は俺24/08/11(日) 02:24:15
「いえ、それは別に」
「……まぁ、その方が良いと言うのであれば、呼び方を変えるくらい構いませんが」
「おお! じゃぁ試しにあたしのこと呼んでみたください!」
「分かりました。 では──」
「……ことね」
「…………」
「…………どうしました? 真っ赤になって塞ぎ込んで」
「ちょ……タイム……」
「あと呼び方は元のままで……」 - 97福丸は俺24/08/11(日) 02:24:36
「逆にプロデューサーって、『こう呼ばれたい』みたいなのってあります?」
「特別に大好きな担当アイドルのあたしがリクエストに応えちゃいますよ♪」
「呼ばれ方……ですか」
「ほら、あたしは普通に『プロデューサー』って呼びますけど、一応目上の人なんで『プロデューサーさん』って呼ぶ子も学園に結構いるんですよ」
「中にはもっと変な呼び方してる子もいますけど」
「あまり意識したことはありませんでしたが……」
「まぁ、表現力を磨くのにも繋がりそうですし、やってみましょう」 - 98福丸は俺24/08/11(日) 02:24:53
「ではまず『先輩』と呼んでみてください」
「プロデューサーって歳下の女の子から『先輩♡』って慕われたいんですか?」
「表現力の特訓です。他意はありません」
「ほんとかなぁ〜……じゃあ、やってみますネ」
「コホン…………せんぱぁ〜〜い♪」
「──どーですか?」
「…………」
「バイクに乗ったら豹変する警察官の姿が浮かびました」
「今のはあたしもちょっと違うなって思いました! もう一回やらせてください〜!」 - 99福丸は俺24/08/11(日) 02:25:12
「こほん……じゃあ今度こそいきますよ──」
「せ〜んぱい♪ 一緒に帰りましょ♡」
「…………おぉ」
「ど〜ですか!? キュンと来ました!?」
「良いですね。後輩属性の持つ可愛さと藤田さんの持つあざと可愛さが合わさって相乗効果となっています」
「ファンが見たら大喜びすると思います」
「や、それも嬉しいんですけどぉ」
「プロデューサー的にはどうなんです?」
「…………そうですね。個人的な好みで言うなら」
「後輩キャラは素直で大人しくて奥ゆかしい方が好みと言っておきます」
「…………な……」
「(なんだそりゃ〜〜〜〜!? ヒくんですけどぉ〜〜〜〜!!)」 - 100福丸は俺24/08/11(日) 02:25:30
「次いきますよ! 次!」
「今度は逆にお姉ちゃんキャラとかど〜ですか!?」
「知っての通りちびどもの面倒見てるんで、これはちょっと自信ありますよ!」
「ほう……お姉ちゃんですか」
「ちなみに俺のことはどう呼んでくれるつもりですか?」
「え……? え〜と……弟君……それかプロデューサー君……とかですかね?」
「…………はぁ」
「なんで溜息つくんですか!?」 - 101福丸は俺24/08/11(日) 02:25:50
「確かに藤田さんの持つお姉ちゃん力はなかなかのもの……」
「ですが今藤田さんが演じようとしているお姉ちゃんとか系統が違います」
「弟に対し「○○君」と呼ぶタイプのお姉ちゃんは言わば“包容型”」
「これは豊満な身体を持つお姉ちゃん、或いはおっとりとした雰囲気を持つお姉ちゃん向きのお姉ちゃんですね」
「藤田さんのお姉ちゃん適正は『自然型』……」
「飾らずにあくまで自然体で弟の面倒を見るタイプのお姉ちゃんです」
「つまり、弟を呼ぶときも一切余計なものは付けずにただ名前で呼ぶのが正しくて……」
「…………」
「(やべー、なんか変なスイッチ点いちゃった)」
「(ていうか……マジでヒくんですけどぉ……)」 - 102福丸は俺24/08/11(日) 02:26:09
藤田さんにお父さんの件を話してから2ヶ月ほど。
今、藤田さんは確実に伸びている。
レッスンは以前にも増して意欲的に取り組んでいるし、仕事のクオリティも格段に上がった。
これならばアルバイトをする必要もなく、充分なギャラを稼げるだろう。
俺も引き続きできる限りのサポートをしなければ……
──そう思った矢先の出来事だった。
学園から呼び出しを受けて知らされた。
藤田さんがレッスン中に倒れたと。 - 103福丸は俺24/08/11(日) 02:26:27
知らせを受けたとき、耳を疑った。
何もかもが順調に良い方へと進んでいた。
藤田さんの抱える問題も、二人の夢も。
……そう思っていた。
先生から知らせを受けると、その後に入っていた講義をすっぽかして保健室に駆け込んだ。
戸を開けるのが怖かった。
目の当たりにするのが嫌だった。
けれど、そういう訳にもいかない。
軽くノックして、保健室の戸を開いた。 - 104福丸は俺24/08/11(日) 02:26:45
「藤田さん……!」
「……あ、プロデューサー」
藤田さんは保健室のベッドで横になっているものの既に目は覚めていた。
俺が来たので、身体だけ起こして二人向かい合う。
「えーと……すみませんでした。プロデューサー」
藤田さんは少し申し訳なさそうに笑って言った。
「……藤田さんが謝るようなことはありません」
「俺の責任です。気づけなかった俺が悪い」 - 105福丸は俺24/08/11(日) 02:27:01
疲労が溜まっていたのだろう、と先生は言う。
知っていたはずだ。
近頃オーバーワーク気味だったことも。
家族の為に無理をする藤田さんの性格も。
何を見ていた。
何を考えていた。
これではプロデューサー失格だ。
「あの……プロデューサー……?」 - 106福丸は俺24/08/11(日) 02:27:18
「そんな顔しないでください」
「ちょっと疲れちゃっただけですよぉ。怪我も病気もないんです」
「少し休んだらまた頑張りますから!」
「だから……元気出してくださいね?」
見舞いにきたはずが、俺の方が励まされている。
そんなに顔に出ていただろうか。
「…………そうですね」
「まずは休養を優先しましょう。レッスンも仕事も回復するまではお休みです」 - 107福丸は俺24/08/11(日) 02:27:34
「あの〜その間バイトは……」
「当然禁止です」
「ですよねぇ〜……なんて」
「大丈夫です。ちゃんと分かってますから! あの時とは違いますよ!」
「ゆっくり休んで、元気になってきまぁす♪」
あの時……藤田さんとプロデュース契約を結んで間もない頃。
あの時は部屋で休むように言ってもこっそり抜け出してバイトに行こうとしていたのを思い出す。
いつ抜け出しても良いように、俺は女子寮に張り込んで監視していた。
藤田さんもそれは同じだったようで、二人して笑った。 - 108福丸は俺24/08/11(日) 02:27:52
時間が解決してくれる。
……あの時はそう思っていた。
ただ疲れているだけだと。
休めば元通り、元気になると。
しかしそうではなかった。
俺の考えが浅かった。
人の心を簡単に考えていた。
彼女は単純で乗せやすい。
その考えが甘かった。
休息を取っても……藤田さんの調子が戻ることはなかった。 - 109福丸は俺24/08/11(日) 02:28:10
「おぉ藤田。復帰したのか」
「はい。今日からまたレッスンお願いしまぁす♪」
「あぁ。身体も鈍っているだろうから、まずは簡単なステップからいくぞ」
藤田さんが休養から明けた日。
この日は早速ダンスレッスンが入っていた。
できれば同席したかったが、どうしても外せない講義が俺の方にも入っていて、それは叶わなかった。 - 110福丸は俺24/08/11(日) 02:28:26
講義を終え、遅れて入ったレッスン室。
俺はそこで信じ難い物を見た。
「遅れてるぞ藤田!」
「はぁ……はぁ……はい!」
藤田さんがダンスレッスンで躓いている。
それ自体は構わない。
病み上がり。久し振りのレッスン。
いきなり本調子とはいかないだろう。
しかし、今のステップは……
「どうした。これは基本のステップだぞ」
「…………っ」 - 111福丸は俺24/08/11(日) 02:28:45
そうだ。
いくら病み上がりといえど、藤田さんの身体能力ならなんてことはないはずだ。
これはいったいどうしたことだ。
「藤田さん」
「あ……プロデューサー……」
藤田さんは俺がいるのにも気づいていなかったようだ。
顔を見るなり気まずそうに俯いた。
「まだ本調子ではないようですが」
「…………っ!」
「どこか身体が痛みますか?」
「……いえ。大丈夫です……すみません」
「そろそろ時間なんで……あたし、もう行きますね」
藤田さんはそう言って、逃げるようにレッスン室を出て行った。 - 112福丸は俺24/08/11(日) 02:29:23
その後……ボーカルレッスンやビジュアルレッスンでも結果は酷いものだった。
音は外れているし、声に力がない。
今のぎこちない笑顔を見ても、彼女のファンは喜ばないだろう。
一体何が起きているのか。
怪我をしているわけではない。
疲れているわけでもない。
やる気がない、なんてことはありえない。
……とすると、考えられるのは……
「……精神的なものだろうか」 - 113福丸は俺24/08/11(日) 02:29:48
仮に藤田さんが精神的な問題で調子を崩しているとして、その原因はなんだろうか。
特に落ち込むようなことがあったとは思えない。
エゴサでネガティブな書き込みを見つけた?
ストーカー被害に悩まされている?
いや、そういうことなら早い段階で相談してくれるだろう。
ここ最近で藤田さんの身の回りに起きた変化……
思い当たる節があるとすればひとつだけ。
考えたくはない。
認めたくはない。
けれどひとつだけあるとすれば……
お父さんの……ことか? - 114福丸は俺24/08/11(日) 02:30:08
「プロデューサー君。少しいいですか」
翌日。プロデューサー科の講義の後あさり先生に呼び止められる。
「はい。なんでしょうか」
「ここではちょっと……相談室まで来て貰えますか?」
「…………? 分かりました」
あさり先生の後に続いて相談室へ向かう。
入るなり先生は深刻そうな顔をして俺の方を向いた。
ああ。これは良くない話だ。
それもこのタイミングということは…… - 115福丸は俺24/08/11(日) 02:30:39
「話というのは君の担当アイドル……藤田さんのことです」
「体調を崩してしばらくレッスンを休んでいたというのは聞いているけど……」
「最近、座学の授業中での居眠りが目立つと、報告を受けています」
「…………!」
以前の……俺と契約を結ぶ前の藤田さんは、レッスンとアルバイトの疲れで授業中によく居眠りをしていた。
それが原因で授業に着いて行けず追試を受けることもあった程だ。
しかし、アルバイトを減らしてからは体力に余裕もできて居眠りも減ったはずだ……
「……分かりました。とにかく一度藤田さんと話をしてみます」
「……頑張ってくださいね」
「担当アイドルの支えになるのも、プロデューサーの大切なお仕事ですから」
「…………はい」 - 116福丸は俺24/08/11(日) 02:31:01
「藤田さん。お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
とにかく一度藤田さんと話がしたい。
そう思い、昼休みに連絡をとった。
今は俺とは会いたくないだろう。
断られるか、無視される可能性もある。
それも覚悟の上だ。
しかし、彼女はこうして今俺の目の前にいる。
……このチャンスを無駄にはしない。 - 117福丸は俺24/08/11(日) 02:31:25
「昼は食べましたか?」
「……すみません。あまり食欲がなくて」
少しでも食べた方がいい。
……そう言いかけたが、言葉を飲み込む。
きっと彼女自身も分かっている。
分かっていてもどうにもならないことはある。
今は厳しい言葉をかけるべきじゃない。
「そうですか。ではスムージーを用意しましょう」
「あれは食欲がなくても簡単に栄養が摂れて良い」 - 118福丸は俺24/08/11(日) 02:31:51
「夜は眠れていますか?」
「もしかして……何か聞いちゃいました?」
「…………まぁ、授業中の居眠りが少し目立つとは」
「そですか……すみません」
「なんか最近、夜に全然眠れなくて」
「前はバイトやレッスンの疲れですぐに眠れたんですけど……」
「それで日中……授業中に居眠りを?」
健全ではない。 ……良くない傾向だ。 - 119福丸は俺24/08/11(日) 02:32:45
「眠れなくなったのはいつ頃からですか?」
「えっとぉ……」
「この前倒れた時の……ちょっと前からです」
「…………」
藤田さんが調子を崩す以前から……
いや、この不眠症が不調の元か?
それにしても、一体何が原因で不眠症に…………
「……あたし、変なんです」
「……というと?」
あぁ、何故もっと早く気付けなかったのだろう。
そのきっかけなんて、原因なんて、一つしかない。 - 120福丸は俺24/08/11(日) 02:33:06
「プロデューサーがあたしの為に色々なことをしてくれるのに」
「劣等生のあたしをアイドルにしてくれて」
「お金をたくさん稼がせてくれて」
「家族まで笑顔にしてくれて」
「こんなに幸せをくれたのに……満たされるのが怖いんです……」
「…………!」
──俺だ。
藤田さんの不調の原因は俺だった。 - 121福丸は俺24/08/11(日) 02:33:35
『藤田ことね』は罪悪感によって保たれていた。
両親に余計な借金を負わせた罪悪感。
家族の期待を裏切った罪悪感。
父親が家を出る理由を作った罪悪感。
母親に苦労をかけた罪悪感。
弟妹から父親を奪った罪悪感。
ハードなレッスン。
忙しいアルバイト。
それらは償いだった。
家族を愛していた。
しかし、心を保つには罪の意識が必要だった。
贖罪によって支えられていた。 - 122福丸は俺24/08/11(日) 02:34:11
浅はかだった。
俺が安易にそれを壊してしまった。
それが彼女の為だと信じて。
以前藤田さんのお母さんが言っていた。
一番側にいる俺が問題ないと思ったなら伝えて欲しいと。
早過ぎたんだ。
考えが甘かった。
深く考えずに先走り、その結果彼女を壊してしまった。
全部俺のせいだ……
俺のしたことは間違いだった。 - 123福丸は俺24/08/11(日) 02:34:43
今藤田さんは不安定な状態。
心の支えを失った。
幸せを願いつつも幸せを恐れている。
……いや、恐れているのはそれを失うことか。
失うのが怖いから、幸せを手にすることが怖いんだ。
もう、一度失ってしまったから。
そんな彼女の為に何ができようか。
彼女のために……と行動した結果がこれだ。
これ以上余計なことはしない方がいい。
もう俺は……関わらない方がいい。
…………なんて、諦められるはずがない。 - 124福丸は俺24/08/11(日) 02:35:15
舐めてるのか、俺は。
今の身分を手放す覚悟もせずに……
眠たいことばかり考えるな。
まだ俺にできることはある。
まだ俺にやるべきことはある。
プロデューサー失格。
業界に居場所を失うかもしれない。
それでも…… - 125福丸は俺24/08/11(日) 02:35:42
「藤田さん」
「…………はい?」
「次の週末は予定ありますか?」
「特にないですケド……」
コホン、と咳払いをする。
あぁ……緊張するな。
たった一言なのに、とても勇気のいる一言。
あのときの藤田さんも、今の俺と同じだったんだろうか。
「では……」
「デートしましょう」 - 126福丸は俺24/08/11(日) 02:36:15
「ねぇ……ほんとにこのかっこ、変じゃない?」
「なに怖がってるのよ。大丈夫、可愛いわよ」
「世界一可愛いんでしょ? プロデューサーが待ってるわよ。早く行ってきなさい」
「だ、だってぇ……」
「はぁ、たかがデートくらいでみっともない」
「うっせー! デートしたことないくせにー!」
「なっ……ば、馬鹿にしないでくれる!?」
「はいはい。落ち着きなさい」
「ことねも本当に遅れるわよ?」
「あっ……やばっ!」
「じゃあ行ってくる!」 - 127福丸は俺24/08/11(日) 02:36:45
「(今日はプロデューサーとのデート……!)」
「(いきなり誘われてびっくりしたけど、お出かけじゃなくてデートとして誘われるとか嬉しい〜〜!)」
「プロデューサぁ〜!」
「おはようございます。藤田さん」
「すみません……待たせちゃいました?」
「いえ、時間通りですよ」
「では……出発しましょうか」
「は〜い♪ 今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみということで」 - 128福丸は俺24/08/11(日) 02:37:19
「ここって……映画館ですか?」
「はい。まずはデートの定番。映画でも観ようかと」
「チケットは予約してあります。そろそろ入場開始なので行きましょうか」
「は〜い♪」
「(あれ……そういえば何の映画観るんだろ……)」
「(あ、ポスター貼ってある)」
「(うぇ……すっごいベタでつまんなそーな恋愛映画〜)」
「(プロデューサーってこういうのが好みなワケ〜?)」
「ポップコーンと飲み物は……藤田さん。どうかしました?」
「い、いえ! なんでもないですよぉ〜」
「あ! あたしぃ〜キャラメルポップコーン食べたいな♪」 - 129福丸は俺24/08/11(日) 02:37:45
「(…………あれ……)」
「(……いつのまにか寝ちゃってた……?)」
「(うわ、もうクライマックスのキスシーンじゃん。もったいな〜)」
「(チラッ)」
「(プロデューサー超真剣に観てんじゃん)」
「…………」
「(……ってなんでずっとプロデューサーの横顔眺めてんだあたしっ!)」
「(映画映画!)」
「(んん……ヤバい、なんかドキドキしてきた……!)」 - 130福丸は俺24/08/11(日) 02:38:16
「そういえばあたし、映画館ってすっごい久し振りなんですよねぇ」
「そうだったんですか?」
「小さい頃にアニメを観に連れて行ってもらったのは覚えてるんですけどぉ……ほら、ちびどもを連れて行くと大変じゃないですか」
「ぎゃーぎゃー騒ぎ出すし、子ども料金とはいえチケット代も高いですしぃ」
「あぁ……なるほど」
「だから映画を観る時って、TVでやるのを待つか、旧作落ちしたレンタルDVDを待つか……なんですよねぇ」
「でも映画館の臨場感ってすごいですねぇ。TVで観るのとは全然違ってびっくりです」
「たまには良いものでしょう」
「はい! また連れてきてくださいネ♪」
「…………そうですね」
「そろそろ移動しましょうか」 - 131福丸は俺24/08/11(日) 02:38:50
「ここのカフェでお茶していきましょう」
「俺はコーヒーにします。藤田さんは?」
「この店はハーブティーが自慢らしいですよ」
「あっ、じゃーそれにしますね」
「それにしても……静かで落ち着いた店ですね……?」
「ここは穴場なんですよ」
「映画デートの後はカフェで感想を語り合うもの。周りが騒がしくてはいけない」
「へぇ〜、そうなんですね」
「というわけで、早速感想でも聞かせてもらいましょうか」
「げっ…………」 - 132福丸は俺24/08/11(日) 02:39:17
「どうしました? 気の利いたコメントを咄嗟に言うのもアイドルには求められる技術ですよ」
「えっと……そのですね……」
「(うわ〜! 殆ど寝てたし、起きてからもプロデューサーの顔見てて殆ど内容覚えてねぇ〜!!)」
「まさか、寝ていて映画を観ていなかったとか?」
「そ、そんなことないですよぉ〜! えっとぉ、キスシーン、キスシーンが超素敵で〜良かったでぇ〜す!」
「…………国語の特別補修を受ける必要がありそうですね」
「ま、待ってください〜! あたしもこれはないなって思いましたけど!」
「…………と、冗談はこの辺にしておきましょう」
「…………え、冗談だったんですか? 笑えねぇ〜……」 - 133福丸は俺24/08/11(日) 02:39:45
「すみません。あんまり気持ち良さそうに寝ていたものですから、からかいたくなってしまいました」
「えっ」
「……気づいてました?」
「勿論」
「プロデューサーごめぇん! せっかく誘ってくれたのにぃ〜!!」
「まぁ、過ぎたことはいいですよ。あと近いです」
「もしかしてあたし、居眠りしてる間うるさかったですか?」
「いびきとか、寝言とかしてました?」
「寝相は結構良い方だと思うんですけどぉ……」
「いえ、そういうのは特にありませんでした」
「あれ? じゃあなんで寝てるって分かったんですか?」
「…………ノーコメントで」 - 134福丸は俺24/08/11(日) 02:40:10
「この後はどうします?」
「ショッピングをして、その後ディナーでどうでしょうか」
「夜まで大好きな担当アイドルを独り占め! 幸せ者ですね♪」
「ディナーはどこに行くんですかぁ?」
「候補はいくつかありますが、藤田さんの希望が有れば何でも」
「鰻でもステーキでも構いませんよ」
「いやいや! そんな高いものはいいですって!」
「それよりプロデューサーがいつも行く店に行きましょ! あたし、そういう店が知りたいです」
「…………なるほど」 - 135福丸は俺24/08/11(日) 02:40:32
「ごちそうさまでした!」
「美味しかったぁ〜♪ 写真も撮ったしぃ〜あとで手毬に自慢してやろ〜っと」
「満足していただけたようで」
「後はもう帰るだけですが……藤田さん、そこの公園で少し話して行きませんか?」
「え? あ……はい」
「(めずらしー……何かあんのかな)」
「(デートの帰り……夜の公園……これって)」
「(いやいや……プロデューサーに限ってそれはない!)」
「(てゆーか、最近のあたしの状況で考えたら……そっちの話だよねぇ)」 - 136福丸は俺24/08/11(日) 02:41:06
「付き合っていただいてすみません」
「いえ……」
「実を言うと、大切な話があります」
「…………っ」
「あの……っ あのね……プロデューサー」
「…………なんでしょうか」
「あたし……プロデューサーと出会えて本当に良かったと思ってるんです」
「前にも言ったけど、もう後がないってときにスカウトされて、プロデューサーのおかげで全部良い方に向かって……」
「なのにあたしが……っ! あたしのせいで全然何もできなくなって……」
「全部あたしのせいだから……プロデューサーは何も悪くないです」
「だから、あたしのことは気にしないで……もっと才能あるアイドルと……」
「ちょっと待ってください」 - 137福丸は俺24/08/11(日) 02:41:36
「何の話ですか?」
「え……?」
「プロデュース契約を解消するって話……ですよネ?」
「全然違います」
「ええっ!?」
「だって、今日のデートだって……いつもなら二人でどこにおでかけしても、絶対にデートだなんて言い方しないですよね〜!?」
「それは……心境の変化といいますか」
「あぁもう、まどろっこしい……いいですか、藤田さん」
「は、はい……」
「藤田ことねさん。俺は……あなたが好きです」 - 138福丸は俺24/08/11(日) 02:42:03
「えっ……」
「…………ほんとですか?」
「どうして疑うんですか」
「いつも『あたしのこと好き過ぎ〜』なんて言う癖に」
「だってぇ……そうですけどぉ……」
「………信じていいんですよね?」
「勿論。俺の言うことなら信じられる……でしたよね?」
「…………はい」
「あたしもお金と同じくらい……ううん」
「もっともっと、世界一大好きですよ! プロデューサー!!」 - 139福丸は俺24/08/11(日) 02:42:43
こうして俺は藤田ことねと結ばれた。
──結ばれてしまった。
藤田ことねの心には穴が空いていた。
ぽっかりと大きな穴が。
それを埋めてやるにはどうすればいいか。
…………俺は初星学園に入学する前の、オリエンテーションのことを思い出した。
あの時聞いた上級生の話……担当アイドルのメンタルケアの話を。
好きなやり方ではない。
あの時はそう思った。
けれど、今となってはそれが最善で最良で最短だと、そう思った。
そして実行に移した。
……そうだ。 俺は利用した。
藤田ことねの……俺への恋心を。 - 140福丸は俺24/08/11(日) 02:44:46
プロデューサー失格。
最低の選択。
それがどうした。
心に穴が空いてしまったなら、もっと大きな感情で一杯にして、穴を塞いでしまえばいい。
不安なんて消し飛ぶほどに恋心で一杯にしてしまえばいい。
不安を感じる暇もないくらいに、愛を囁いてしまえばいい。
その結果はどうだ。
藤田ことねはかつての調子を取り戻した。
以前にも増してキレが良くなったとすら思える。
正しくなくても。
最善じゃなくても。
藤田ことねは救われた。
だったら俺はそれでいい。 - 141福丸は俺24/08/11(日) 02:45:14
「ねぇ、後悔してます?」
「はい……?」
ある日、デートの帰りに藤田さんはこんなことを尋ねてきた。
「あたしとこういう関係になったこと、後悔してないです?」
よほどつまらなそうに見えたのだろうか。
彼女は不安げな表情をしている。
「あぁ……どうでしょう」
「この関係がバレたら、俺はきっと学園に居場所を失うでしょうね」
「卒業できたとしても干されるか」
「…………ですが、不思議と後悔の念はありません」
「…………あぁ、そうか」 - 142福丸は俺24/08/11(日) 02:46:41
どんなに理由を付けても、悪人ぶっても。
結局のところ、俺はそうしたいからそうしたんだ。
藤田さんは世界一可愛くて。
俺は彼女と……そうなることを心のどこかで望んでいた。
だったら後悔なんてあるわけない。
俺は隣に座る彼女を、何も言わずにそっと抱きしめた。
そして言葉にする。
世界一可愛い君へ。
俺は
世界で一番
君が好きだ。 - 143福丸は俺24/08/11(日) 02:47:03
世界一可愛い君へ 完
- 144二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 07:01:34
あとで読む
- 145二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 07:40:10
このレスは削除されています
- 146二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 08:26:56
世界一かわいいよ!
- 147二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 16:59:47
ほ