- 1二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:38:17
「へへっ……まさか、こんな穴場の店があったなんてな、アガるじゃねーか」
彼女は、口角を吊り上げながら、機嫌良さげに尻尾を揺らしている。
小さめの体躯、金髪のサイドテール、赤青2色のアイシャドウ。
担当ウマ娘のエスポワールシチーは買い物袋を抱えながら、満足気に隣を歩いていた。
「目当てのものが見つかって良かったね」
「あっ、ちげーよ、何言ってんだ?」
「えっ、違うの?」
「それ以上、だっつーの! こんなレアもん、あーしも見たことねーしっ!」
────この日、俺とエスポは、駅から少し離れたところにある駄菓子屋に来ていた。
彼女の好物である棒付きキャンディ。
それをとてつもないラインナップで揃えている駄菓子屋がある、という情報をトランセンドから聞いて。
実際に来てみると、その情報は間違いなかったようで、エスポは目を輝かせて店を見て回っていた。
……レアものってどんな味なんだろ、と思わず、彼女の持つ袋に視線を向けてしまう。
「……これはウチのだからやんねーぞ?」
「いや、貰おうとは言ってないから」
袋を隠すようにするエスポを見て、思わず苦笑してしまう。
まあ今度、こっそり一人であの駄菓子屋にでも行ってみようかな。 - 2二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:38:31
そう思っていた時────遠くから、子どもらしき泣き声が聞こえて来た。
俺に聞こえるくらいなら、ウマ娘にも当然、聞こえる。
彼女の耳がぴくりと反応して、俺達はじっと顔を見合わせた。
そしてエスポは、心底面倒臭そうに、大きくため息をつく。
「はあ、ンだよ、たっりーな……おら、行くぞ、トレーナー」
そう言いながらエスポは、泣き声が聞こえて来る方へと歩みを進めていく。
本人が言うと嫌がるけど、やっぱいい子だよなあ、と思いながらそれを追いかけるのであった。 - 3二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:38:44
「うあぁぁぁぁあああんっ! ままーっ!」
俺達が歩いていた通りから、少し外れたところにある小さな公園。
そこには一人の幼いウマ娘が、途方にくれた様子で泣き叫んでいた。
様子を見る限り、迷子か何かだろう。
このご時世、どうやってあの子に声をかけるべきか
────そう考えている最中、エスポは何も言わずに女の子へと近づいていく。
少しだけ離れた位置で立ち止まると、その場でしゃがんで視線を合わせる。
そして、見たこともないような柔和な微笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「よっ、こんなとこでどーした? ん? あーしに話してみ?」
声をかけられて女の子は一旦は泣き止み、ちらりとエスポを見やるが、またすぐに泣き始めてしまう。
しかし、エスポは笑顔のまま、じっと待ち続ける。
しばらくの間、そうしていて、女の子の泣き声が小さくなった頃合いを見計らい、エスポは再び声をかけた。
横目で、彼女の持っているポシェットを見ながら。
「それ、ファル子のステッカーじゃねーか、レース見んのか?」
「……ふぁるこちゃん、しってるの?」
「はっ、知ってるどころか一緒に走ったこともあるっつーの」
「……ほんと?」
「マジだよ、マジ、あーしはエスポワールシチーってんだ、見たことねーか?」
エスポの言葉に対して、女の子はじっと彼女のことを見つめる。
やがて、思い出したかのように耳と尻尾をピンと立てて、目を大きく見開いた。 - 4二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:38:59
「みたことある! おーいで!」
「だろ? 今のダート界を仕切ってんのは────」
「ふぁるこちゃんにまけてた! にちゃくで!」
ぴしりと、エスポの表情が固まる。
子どもの言葉は正直で、純粋で、時にして残酷なものであった。
…………というか、この子なかなか見るレースが渋いな。
「そっ、その歳で現地応援とか、なかなか気合の入ったファンじゃねーか」
エスポはヒクヒクと口元を引きつらせながら、女の子を褒め称えるのであった。 - 5二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:39:12
「……ままとはぐれちゃって、さがしていたら、もどれなくなっちゃって」
「そーゆー時はその場でじっとしときゃいーんだよ」
「良くある、迷いウマ娘だね」
俺達は公園のベンチに腰かけながら、少し落ち着いた女の子から事情を聞いていた。
幼いウマ娘の迷子、というはヒトの子どもよりも多いというデータがある。
というのも、彼女達は小さい頃からそれなりの身体能力を有している────特に、走ることに関しては。
それ故に、本人としてはちょっと走り回っただけでも、かなり遠くに行ってしまってるケースが多いのだ。
「となるの探すってのは無理筋か……エスポ、ちょっと」
「……おう、こっちは任せとけ」
俺は小さくエスポに声をかけると、彼女は察したように頷いてくれる。
まあ、任せるもなにも、女の子に関しては最初から彼女に頼りきりの状態なのだけど。
ベンチから立ち上がり、少し離れて、彼女達を視界に収めたままスマホを取り出した。
迷子の対応というのは、やはりお巡りさんに任せるのが一番、ということである。 - 6二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:39:25
「……はい、ではこちらで待っていますので、お願いします」
通話を終えて、ほっと安堵のため息をつく。
どうにも、同じくらいのタイミングで女の子の母親も交番に駆け込んでいたらしい。
すぐに向かうのでその場で待機していて欲しい、という流れになった。
肩の荷が軽くなったのを感じつつ、俺はエスポ達の下へと戻る。
「────のたこやき! あたしだいすき!」
「あそこのたこ焼きな! 紅しょうがたっぷりかけて食うとうめーんだよ!」
「……べにしょうがはきらい」
「あ? 好き嫌いしてたらゴツくなれねーぞ? ファル子みたいになるんだろ?」
「…………こんど、がんばってみる」
「おーおー、そーしとけ、そうすればきっとすげーウマ娘になれるからよ」
「うん!」
エスポ達は、楽しげな会話を繰り広げていた。
まるで姉妹のよう────というと、なんか違和感がある。
いやまあ、実際姉妹ではないのだから、当然といえば当然なのだけれど。
そんな疑問をとりあえず振り払って、俺は彼女達へと近づいて、声をかけた。 - 7二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:39:39
「キミのママ、迎えに来てくれるって」
「……ほんと!? やったぁっ!」
「良かったな、っておい、ちょっとハシャギすぎだっつーの、あっ」
朗報を聞いて、女の子は両手を上げて、全身で喜びを表現する。
その拍子にベンチが大きく揺れ、置いてあったエスポの買い物袋が大きく傾いてしまう。
慌ててエスポが抑えるものの、みっちり詰まっていた棒付きキャンディーは数本、零れ落ちた。
日の光に照らされて、色とりどりの飴が、キラキラと煌めく。
「あーあ、まあ包装されてっから問題ねーけど……ん?」
エスポは落ちたキャンディーを拾い上げようとして、何かに気づいたようにピタリと止まる。
そして彼女が振り向くと、そこには女の子が、目を輝かせながらキャンディーに見惚れていた。
「…………きれー」
女の子は、ぽつりと言葉を漏らす。
確かに、言われてみれば、そのキャンディーは宝石のように美しい出来栄えであった。
そこらで買えるような飴とは見た目からして違う、これがレアものたる所以なのだろうか。
エスポはそれを聞いて、にやりと、嬉しそうな笑みを浮かべる。 - 8二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:39:52
「テメェにも『良さ』がわかんのかよ、見どころあるじゃねーか……っしゃ!」
そう言うと、エスポは買い物袋の中から何本ものキャンディーを取り出して、女の子に差し出す。
女の子はぽかんとした表情になりながら、キャンディとエスポをきょろきょろと見つめていた。
「あーしからの餞別ってやつか? これはくれてやるよ」
「いいの?」
「ただし! 開けたり食べたりはママから許可をもらってからだからな、いーか?」
「……うんっ!」
女の子は、元気良く返事をすると、今日一番の笑顔を見せる。
それを見て、エスポは慈しむように、優しく、柔らかく微笑むのであった。 - 9二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:40:10
「えすぽちゃんありがとーっ! れーすおうえんするからーっ!」
────ふぁるこちゃんのつぎにーっ!
そう付け足し、母親に注意されながら、女の子は去っていった。
エスポは引きつった笑みを浮かべながらそれを見送り、見えなくなった直後、小さく呟く。
「……ファル子、今度のレースぜってーボコす、ボッコンボッコンのピヨピヨにしてやる」
割と理由のある理不尽な怒りがスマートファルコンを襲う。
それはさておき、気が付けば、空には赤みが差し込み、時間の経過を知らせていた。
エスポは小さくため息をついてから、踵を返して、歩き始める。
「行こーぜトレーナー、ったく、無駄に時間を食っちまったよなー、マジで」
「……ああ、そうだね」
俺も、エスポの歩みについていく。
言葉とは裏腹に、彼女の表情は晴れやかで、そして少しだけ寂しそうでもあった。
茜色に染まる彼女の横顔は、普段よりも大人びて見えて。
俺はようやく、先ほどの違和感の正体に気づいたのだった。
少し駆け足になり、彼女の隣に並んで、そして何気なく言葉を投げかける。 - 10二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:40:33
「エスポってさ」
「んだよ」
「良いお母さんになりそうだよね」
「………………はあっ!?」
エスポは突然、大きな声をあげて立ち止まる。
少しばかり頬を染めながら、じろりとこちらを睨みつけ、噛みつくように叫んだ。
「なっ、なにフカしてんだテメェ!」
「いやだって面倒見良かったし、小さい子の扱いも慣れてたし、甘やかすだけじゃなかったし」
実際、今日の一件はエスポが一緒じゃなければスムーズに解決出来なかっただろう。
というか、ぶっちゃけ、俺は殆ど役立っていない。
彼女の気配りと優しさ、そして慈愛が、事態を解決に導いたと言って良い。
そして、そんな彼女の姿はあの子の姉というよりは母親のように、俺には見えていたのだ。
まあ、エスポ自身はその評価が、気に食わないようで。 - 11二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:40:53
「誰が良いお母さんだゴラァ! あーしは泣く子も黙る、キョーフのウマ娘だっつーの!」
「……まあ、泣き止んではいたよね」
「ぐっ、ぐぬぬぬぬっ! 口がへらねーな……っ!」
「もちろんキミがいい子であることは知ってたけど、ああいうことも出来るとは……むぐっ!?」
俺が話し続けていると、唐突に、口へ何かを突っ込まれて、無理矢理言葉を止められる。
口の中にねじ込まれたのはエスポの指先、から伸びる、一本の棒付きキャンディーであった。
彼女は、顔を隠すようにそっぽを向きながら、言葉を紡ぐ。
「……フンッ、それでも舐めて、ちっと黙ってろ」
そう言って、エスポは俺から背を向けた。
後ろから見える彼女の耳と尻尾は、ぱたぱたと忙しなく動いている。
口の中には────優しい、甘酸っぱさが広がっていた。 - 12二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:41:27
お わ り
ウマ娘への迷子紐とか危険そうですよね - 13二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 23:56:54
乙でした!!
まだエスポワールシチーのことはよく知りませんが、容赦ない言葉にも大人の対応をしたり欲しがってたり飴をあげたりと良い娘なのはすごく伝わってきました。
ウマ娘の迷子紐といえば人間の親(夫)では逆に引っ張られてしまう、みたいな解釈の作品ありましたね - 14124/08/12(月) 06:32:46
- 15二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 15:39:14
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- 16二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 16:25:48
ヤンキー風の子が真っ当な人の良さを発揮することで得られる栄養素がある
上げた駄菓子をちゃんと親の許可貰ってから食べるように言い含めるところがなんかすき - 17二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 16:27:02
このレスは削除されています
- 18二次元好きの匿名さん24/08/12(月) 16:57:36
このレスは削除されています
- 19124/08/13(火) 00:31:08
なんやかんやでそういうところはしっかりしてそうだと思いました
- 20二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 02:41:29
素敵じゃん…
いやあ良いですね 心地良い気分になれました - 21124/08/13(火) 10:07:15