- 1 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:42:17
夏合宿も終えたある日、私はトレーナーにある提案をしていた。
「海に行きたい?」
「そうだ、貴様の時間が取れるかどうか確認したい」
「この日の予定は丁度空いているな」
"空いている"その言葉に内心私はガッツポーズを取る。
「確かに砂浜で走り込む事で踏み込む力も鍛えられるしな。夏合宿の延長も試して……」
「たわけ!トレーニングの話をしてるのではない! 一応聞いておくが海に行くとすれば何か分かるか?」
「………海水浴?」
どんな事もすぐさまトレーニングに繋ぎ合わせるこの男からちゃんとした回答が帰ってきた事に謎の安堵に包まれる。
「そういう事だ、改めて聞くが時間は大丈夫だな?」
「大丈夫だよ。そういえば海の近くの宿が安いってキャンペーンあったな…一泊二日にするか?」
「なっ……ま、まぁそれも悪くない。諸々の準備はしておけよ?」
「合点承知。よし、そうと決まればこの仕事を一気に片付けるぞ!」
そのまま目の前のパソコンや書類と格闘を始めたトレーナー。
(…………………)
書類の山、何度も書き直されたトレーニングメニュー、ゴミ箱に溜まっている栄養剤の空き瓶。それらに囲まれたトレーナーの姿を私はじっと見つめていた…… - 2 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:42:35
「さて、グルーヴはまだかな……」
「すまない、待たせたな」
「おっ、噂をすればなん……ッ」
私の姿を見て赤面するトレーナー。私の着ているのはあの時身に付けた水着……。
嬉しいが、なんだかこちらも恥ずかしくなってきたのは気のせいだろうか……
「に……似合ってるよグルーヴ……」
「そ……そうか……わ、分かったなら早く行くぞ!」
「お、おう……って腕がぁ!」
湧き上がる気持ちを隠す様にトレーナーの腕を引っ張りながら先へ進む私なのであった。 - 3 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:42:53
海水浴場……シーズンには老若男女ウマ娘問わず人気な場所。多くの人が行き交う海岸を眺めながら私達は日陰で椅子に腰掛けていた。
「おい、どこを見ているのだ貴様」
「っと、ああごめん。つい癖で」
「私の目の前でとはいい度胸だな……言い訳ぐらいは聞いてやるぞ?」
「やっぱトレーナーという仕事からかな、どうしても脚を……動き方を見てしまうんだ。あの走り方はどうか、君の走りに活かせるものはないかってね」
「……ッ、ならいい……だがな」
そう言って私は両手でトレーナーの顔を私の方へ向けさせる。
「今貴様には何が見える?」
「え……エアグルーヴが見える」
「なら私を見ていろ。例え誰かが映っても私だけに目を向けろ。それとも私は…他の者より魅力なきウマ娘なのか……?」
「そんな事ない! ごめんなグルーヴ……」
「分かれば良い。それに興醒めさせてしまったのは私の方だ……こちらこそすまなかった……」
互いに目を合わせながら謝罪する私達…何故だかおかしな感じがして二人で笑い合う。
「なんか締まらないな…」
「ふふっ……こんな事私達には似合わないな」
「それじゃ気を取り直して楽しむとするか!」
「……ああ、そうだな!」 - 4 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:43:58
それからというもの、私達は明日もまだあるというのに目一杯海水浴を楽しんだ。
「それっ!いくぞグルーヴ!」
「甘い!次はこっちの番だ!」
「おわぁっ!?」
「ふっ、次も私の勝ちだな?」
二人でビーチバレーを楽しみ……
「相変わらずかき氷は冷たい…何だ?」
「グルーヴの舌、しっかり緑色だなって」
「たわけ!そういう貴様も真っ青だろ!」
休憩中にかき氷を味わいながら……
「成程、砂浜以外の場所も悪くは……いやぁっ!?」
「わわわわっ!!? どうしたグルーヴ!?」
「へんなの!むし!こわい!」
「あ〜あれ大きいヤドカリだよ。大丈夫」
「そ、そうか……よかったぁ……どうした?」
「あの〜グルーヴさん?」
「———ッ!? た、たわけぇっ!」
途中アクシデントも交えながら浜辺での時間が過ぎていった……
楽しい時間も過ぎ、気付けば夕方。
私達は二人で夕暮れに染まる浜辺を歩きながら旅館へ向かっていた。
「楽しかったなグルーヴ……」
「たわけ、まだ終わりじゃないぞ……」
そう、今日はまだ終わりではない。旅館周辺で夏祭りが行われるのだ。 - 5 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:44:16
そして夜。旅館に戻り着替えて待ち合わせ。
どうやら私達は同じタイミングで到着したのだが……
「おまたせ……っ!?」
「待たせた……な……!?」
互いの浴衣姿に息を呑む。
「似合ってるよ……グルーヴ……」
「そうか……だが貴様の方も様になってるぞ……」
私達はどこかぎこちないやり取りを終えて旅館の外へ出ていき祭りの会場へ。夜だというのにここまでの混み具合。流石祭りだと感心していると……
「祭りは人混みだからね、はぐれないようにしないと」
「なら私と手を……繋いてくれないか……?」
「……分かった」
辿々しく手を繋ぐ私達。互いの鼓動が手を通じて伝わる様だ……きっと彼も同じなのだろう。
屋台を巡り、焼きそば片手に射的や金魚掬いを一通り楽しむと花火がよく見える高台へ向かう。暫くその場で待っていると花火が空に咲き乱れ始める。
「綺麗だな……」
「そうだな……」
そんな何気ない会話を交わしながら、空に咲き乱れる花火を二人でじっと眺める。 - 6 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:44:34
「……少しは、身体を癒すことはできたか?」
暫く花火を眺めていた私はトレーナーに今回の海水浴の目的を話し始める。
トレーナーが普段から無理をしていること、そのため生活にも支障が生じているだろうこと、今の私にはきっと手助けする事は困難であるからこそ、せめてその心因的負担を癒す事が出来ればと……
「だからもう、無茶をして欲しくない……だから」
そんな私にトレーナーはにこりと微笑み私の頭を撫でながら一言。
「ありがとうグルーヴ、すっごく楽しかった」 - 7 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:44:56
その一言を望んでいた
その一言が聞きたかった
その一言が嬉しかった
気付けば頭を撫でられながら、私は泣いていた。
迷惑じゃないかと、押し付けてはいないかと不安だった。でもその一言で全てが報われた気がした。
そんな私を落ち着かせるように頭を撫で続けるトレーナーは呟く。
「それにねグルーヴ」 - 8 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:45:15
「 」
「え……?」 - 9 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:45:33
その瞬間、轟音と共に一輪の大きな花火が空一面に咲き誇る。
本来ならその音に掻き消される筈の声。
本来なら私には聞こえる筈のない声。
だけど、私にはその声が……
その声だけがはっきりと聞こえた。
「本当に……いいのか……?」
「勿論。だからこれからもよろしくね」
「はい……っ……!」
夜空に咲き誇っていた大輪の花が闇夜へとその花弁を散らし、後に残った静けさと暗闇が私達を包み込む。
静寂の中の暗闇は怖いものなのだが、彼と一緒なら怖くはない……そう断言できる。
「花火……終わっちゃったね」
「あっという間だったな……」
「また来年も見に行こうな」
「たわけ、来年じゃない……"これからも"だろ?」
「……! そうだったな。それじゃ、行こっか」
「ああ! それに明日も楽しまないとな!」
先程とは違い、迷う事なく互いの指を絡めながらしっかりと繋ぎ、隣り合って宿への道を歩き出す私達。
「だが帰ったら部屋の掃除をしないとな……覚悟しておけよ?」
「うっ……ぜ…善処します……」
「たわけ!善処ではない!」
明日も…そしてこれからも、きっとかけがいのない一日になりそうだ——— - 10 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:45:48
「今回もあっという間だったな…」
「楽しい時間とは早く過ぎるものだからな」
「……"みんな"も疲れて眠っちゃってるね」
「全く、誰に似たんだろうな?」
「いつかの君にもそっくりだ」
「……たわけ」
「ははは冗談だよ。……来年もまた行こうなグルーヴ」
「そうだな……来年も頼むぞ、あなた」
私"達"のかけがえのない毎日は続いていくだろう
これからもずっと…… - 11 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 11:46:29
以上になります
皆様も良い夏休みを
長文失礼致しました - 12二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 11:47:12
🎀
J( ˘ω˘)し - 13二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 11:53:31
まるでたわけと女帝が初々しいカップルみたいじゃん
- 14二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 12:15:59
いい・・・すごくすごい・・・
- 15 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 16:26:12
- 16二次元好きの匿名さん24/08/13(火) 20:19:14
やっぱり女帝とたわけのコンビよな
- 17 ◆KIvjxPFFEFVT24/08/13(火) 23:00:05