【SS】マコト「雷帝を討て、空崎ヒナよ」Part2

  • 1124/08/14(水) 21:58:20

    マコトとヒナが雷帝を倒す話。


    SSと書いてありますがサブスキルか何かの略です。ロングって感じです。

    あと少しで折り返し地点の予定ですので、走り切れるかどうか見守ってくれると嬉しいです。

    ※独自解釈多数のため要注意。Part1は>>2にて。

  • 2124/08/14(水) 21:58:31

    ■ざっくりあらすじ

    "あなたにしか頼めないんです"

    "だから、思い出してください。あなた自身のことを"


    ゲヘナ学園一年、15歳。情報部所属の羽沼マコトは、学園の"代表"に預けられたイブキと共にゲヘナでの日常を送る。

    争いも無ければ銃声だってそうそう聞こえない幸せの楽園。そのはずだった。


    消し飛ばされた時間。狂気の思想。

    四方八方正体不明の霧の中、羽沼マコトは真実へと辿り着けるのか――


    【SS】マコト「雷帝を討て、空崎ヒナよ」|あにまん掲示板「む……少々時間が空いてしまったな」いつものように事務処理を終えて時計を見ると、時刻は15時を示していた。先生が来るまであと3時間。手持ち無沙汰になってしまった……。(そもそも事務仕事自体、ほとんどイ…bbs.animanch.com
  • 3二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:00:13

    次スレ来た!
    立て乙!

  • 4二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:00:48

    たておつ!
    すごいSSスレに出会っちまった…

  • 5124/08/14(水) 22:32:24

    埋めだぜ!

  • 6124/08/14(水) 22:32:38

    これは私の"覚え"得る限りの話。
    ゲヘナの"丹花代表"は何の悪意も無く、ただ"普通"の生徒であると公言しながら無尽の善意を振りまく"超人"のように思えた。
    16歳の二年生でありながらゲヘナを統治する手腕。目に見える全ての助けとなろうとするだけの志を持ち、それでいて実際にこなせてしまうほど、その能力は卓越の域を超えていた。

    だが、実際はどうだ。
    情報部と風紀部をそれぞれ指揮する独裁者であり稀代の科学者。
    経歴も出自も不明。過去四年間においてどの中学校にも在籍していなかった完全無欠のアンタッチャブル。

    ゲヘナでの平穏は作為に満ちた尋常ならざるものである。
    何をされているのかすら分からないまま……誰も気が付かないままに満たされ続ける飢えと、与えられ続けられる幸福。

    創り出された平穏とは、まさしく泥濘と呼ぶに相応しい。
    何をするまでも無く満たされた生活は私たちの記憶を、過去を、その全てを鈍化させ続ける。

    記憶を奪われているのではない。奪われているのは幸せ"以外"の感情だった。
    それ故に、何の起伏も無い日常は意識できない。思い出すにも時間がかかり、その間にも私たちは『何てことの無い青春を送った』という一文全てにその日の出来事を圧縮される。

    これを冒涜と言わずして何と呼ぼう。
    私たちは生きている。そのあらすじを誰かに書き殴られて無為な日々を過ごすなど断じて許せるものではない。

    「あくまでもこれは私の推論だ。出会いがしらに銃で撃たれるぐらいの非日常が無い限り、我々の記憶は一片のモノローグで片付けられかねない」
    「なるほどね……。とにかく日常から逸脱した出来事を起こせば正気に戻れる可能性があるってことか……」

    カヨコは口元に手を当てながら呟く。それから私の方を見た。

    「問題は何をされているか分からないってことだね」
    「そうだ。……ハルナよ、お前にはあのゲームセンターでの一件のことを聞きたかった。私はあの時のことを"色々あった"ぐらいにしか認識出来ていないものでな」

  • 7124/08/14(水) 22:32:51

    盛るぜ!

  • 8124/08/14(水) 22:34:53

    >>埋めがてらに……。最近聖書を読み始めましたが面白いぜ! ○○の元ネタここかー!とか言える

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:42:55

    10レス行かなきゃ早期落ちするらしいので埋めます。
    凄く良きです!出会えて良かった…
    完結まで行って下さいね?

  • 10124/08/14(水) 22:44:20

    ラスト埋め…! ホスト規制が早めなので一旦埋め逃げ。間に合ったら続きを書いて上げます!

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:51:43

    ほしゅ

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:59:21

    こんなにワクワクする文章は初めて

  • 13二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 07:25:38

    わくわく待機

  • 14124/08/15(木) 09:01:22

    記憶を奪われたわけでは無い以上、思い出せないというわけでも無い。
    だが、日々歩く道端に落ちていた石の数を誰が覚えて居よう。記憶の価値が価値無きものと等価になっている今の私では、良くても時間が掛かることは明白だった。

    そうするとハルナは頷いてゲームセンターで起こったことを語り始めた。

    「マコトさんが飛び出した後ですが、風紀部の方の中に錯乱気味の方がいらっしゃいまして、話を聞くことも無くマコトさんを撃たれたのです。それからは乱闘になりました」
    「乱闘だと?」

    乱闘騒ぎが起こってゲームセンターは混沌の坩堝と化したらしい。
    風紀部も追加で15名が動員される大騒ぎとなった。

    「その時……その、名前は存じ上げないのですが、小学生ぐらいの方がいらっしゃってお一人でその場の全員を制圧したのです」
    「なんだそれは!? というか誰だそいつは!!」

    30人近い風紀部含めてゲームセンターに居た生徒全てを制圧だと……!?
    常軌を逸した戦闘能力としか思えない。有り得ないと思ったのは私だけではなく同盟の皆もそうだった。

    その仮称小学生はハルナが持っていたグレネード各種とアサルトライフル一挺で単独制圧を行ったとのこと。

    「他に特徴と言えば……そうですわね。白い髪と冠のようなヘイローぐらいしか……」
    「――空崎ヒナか!!」
    「ご存じですの?」
    「ああ、前に一度な。奴め……そんなに強かったのか。ちなみに奴はお前と同い年だぞハルナよ」
    「なんと――!」

    全てが制圧された後は私が風紀部と話を付けたとのことだった。
    そこまで聞いてようやく思い出す。そうだ、あの後代表の名前を出しながら「私がテロリストを調べる」だの何だの言ってゴリ押したのだ。

    ――そんな騒動を"色々あった"としか認識出来ていなかったのはどう考えてもおかしいだろう!?

  • 15124/08/15(木) 09:01:44

    「助かったハルナ。今の話でいくつか分かったことがある」

    まず私に起きた思考鈍化と無尽蔵の多幸感――分かりづらいので意味合いは違うが"洗脳"と呼ぶ――は、ハルナには起きていないこと。
    つまり洗脳される直前まで正常な認知が働くのではなく、洗脳された時点から直近の過去の記憶が捻じ曲がるということだ。

    ――過去とは現在から見た回想なのだから、大したことではなかったと切り捨てられれば記憶も薄れるか……。

    そしてそれは同時に、ゲヘナの高校生――もっと言えば、ゲヘナ学園の本校舎を中心に起こっていることが予測できる。
    ハルナを協力者に出来たのはファインプレー以外の何者でも無かった。

    (生粋のテロリストが仲間というのも心強いのやらよく分からんが……)

    「ただ、気になる点もあるな。先ほどハルナに撃たれたとき、いち市民であるあの老人ですら洗脳の影響下にあったのだ」
    「それ、本当?」

    カヨコが口を挟んで疑問を投げかける。それに頷いて私はカヨコへ視線を向けた。

    「既に学園のみならず自治区にまで影響が出ている。そこを起点に調査すれば、洗脳の手口も分かるはずだ」
    「……よかった」

    そう口にしたのは同盟のメンバーだった。見ると涙ぐみながら私に駆け寄って縋りつくように手を掴んだ。

    「ずっと分かんなくって……みんなおかしくなっちゃうし、なのにどうしたらいいかも分かんなくって……」

    よかった、ありがとう。
    そんな言葉が安堵と共に広がっていく。

    それもそのはずだった。今までここにいる同盟メンバーはずっと深い霧の中で逃げ方も分からないまま隠れていたのだ。
    何をすれば良いのか、その道を見失ったとき人は簡単に心が折れる。だからこそ、か細い光にすら縋りつきたくなる。ならば、私の言うべき言葉はひとつだけだった。

  • 16124/08/15(木) 09:02:01

    「キハハハハ!! 安心するがいい諸君。この"偉大なる"羽沼マコト様がお前たちに進むべき道を示してやろう! 私に続け、曙同盟よ!」

    同盟メンバー達は啜り泣きながらも笑って「おー!」と歓声を上げた。
    仲間が居れば手段が増える。暗中模索の中で私が手に入れた数少ない武器となるだろう。

    「ところでマコトさん。このことはサツキさん達にも伝えますか?」
    「うむ……そのことなのだが……」
    「止めておいた方が良いと思う」

    カヨコが私に進言するが、それについては私も同意見だった。

    「そうだな。少なくとも洗脳されている間は安全だ。下手に刺激して何かされるよりも、ある程度手がかりを掴んでから目を覚まさせる方がいいだろう」

    それに、恐らく目を覚ますトリガーは痛みでは無く非日常を割り込ませることだ。
    銃撃されることが日常になってしまえば別の手段を講じる必要がある。ハルナに頼んでいる銃撃も、いつまで通用するか分からない以上一番危険なのは私自身かも知れないが……。

    「どちらかと言えば私自身がボトルネックだな。少々代表に近すぎる。下手な行動を取れば何をされるか全く持って分からん」

    となると理由をつけてゲヘナ学園から離れたいものだが……。

  • 17124/08/15(木) 09:02:15

    「情報部なら他学区での活動も認められているよね。長めに期間を取って、その間に私たちでゲヘナ内部を調べるのはどう?」
    「それは有難いが……カヨコ、お前は大丈夫か?」
    「まあ……元々必要な時以外出席してないし。風紀部って呼ばれたときに現着すれば良いから」
    「そうか、では頼らせてもらおう」

    それから私は曙同盟に"洗脳されている自治区市民の共通点"を探してもらうよう依頼した。
    ゲヘナから離れてついでに何か調べられるものは無いかと手帳を開くと、『ミレニアムの行方不明者』の単語が目に入る。
    これが果たして何に紐づく情報なのかは分からないが、過去の私が遺したメモだ。意味の無いものでは無いと信じている。

    「よし、ひとまず私はミレニアムに潜伏する。ハルナよ、とりあえず私の位置だけは確認しておいてくれ。16時の通信時に様子がおかしいと感じたらカヨコに報告を」
    「助かりますわ。流石の私も気軽にミレニアムまでは行けませんので」

    方針は決まった。
    他学区での調査申請もこのままミレニアムに直行しながら適当にでっち上げれば良いだろう。
    期間は承認手順が少ない中で引き出せる最大の7日間。私自身の変化も合わせて記録し続ければ良いだろう。

    「では諸君、行動開始だ!」

    そして、静かなる反抗がようやく開始された。

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  • 18124/08/15(木) 13:00:23

    【一日目、5月18日。ミレニアムの行方不明者を調べる。進展なし】

    曙同盟の拠点から出てミレニアムに直行した私は、ミレニアムの制服に着替えてから調査を開始した。
    よほど機密レベルの高い場所で無ければ、情報部が仕込んだバックドアが電子物理問わずある程度仕掛けられている。

    (セキュリティ意識が高くないのは都合が良いな……)

    行方不明者ともなればそれなりに大きな事件だ。
    問題はこれが何のための調査なのか分かっていないため期間が絞り込めないところ。
    ひとまず過去6年の間にミレニアム内で発生した事件の類いを集めることに専念する。

    16時の定期通信では曙同盟の調査が進んでいることを聞いたが、どうにも状況は芳しく無いらしい。
    それもそうだろう。件の老人なら私たちも一度会って話しているから異常が分かり易かった。
    けれど知らない人物が幸せそうに笑っていて、それが異常だとどう気付けば良いのやら。

    この日は適当に取ったホテルで休み、記録を済ませた。

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  • 19二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 13:09:15

    このレスは削除されています

  • 20124/08/15(木) 13:10:36

    【二日目、5月19日。ミレニアムの行方不明者を調べる。進展なし】

    とにかく事件記録の数が多い。
    行方不明者で絞ろうとしたが一件もヒットしなかった。

    そもそも発生していないという考えはすぐに捨てた。この羽沼マコトが意味の無いことを書くはずが無いという驕りを支えに、行方不明という言葉を使っていないという結論へと至る。

    情報部にでっち上げた調査内容もこなさなくてはならない。
    それは食料の供給と消費についてのレポートなのだが、平行して進めなくてはならないため、全体的な作業効率は大して良くは無いままだ。

    「……流石に疲れるな」

    エナジードリンクを飲みながら資料を読み続けて溜め息を吐く。

    曙同盟の方も進展なし。骨が折れそうだ。

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  • 21二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 13:24:57

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  • 22124/08/15(木) 13:25:52

    【三日目、5月20日。ミレニアムの行方不明者を調べる。進展――】

    本当に特筆すべきことが無くて正直やるせない。
    強いて言うならミレニアムに来年入学してくる者が"全知"なる称号を授与されるのではと期待視されていることだろう。

    全知とは、全ての学問に於いて最優の成績を修め、かつ画期的な発明を行った者に与えられる称号だ。
    だが、"全知に学無し"とも揶揄される。

    というのも、全知を与えられる生徒は大抵"やりすぎて"剥奪されるか退学処分を受けるようで、保持したまま卒業できるような"まともな"生徒は居ないからである。

    (そもそも、"全知"自体過去にふたりしか居ないようだしな……)

    "全知"は居てもそれを御せる"全能"が居ないのだから何とも皮肉な話である。

    (代表もミレニアムにいたら全知を取っていてもおかしくはあるまい)

    そんなことを思って過去に全知を与えられた生徒を軽く調べてみる。
    ――本当にそんな、軽い気持ちだった。

    「――な、何故だ……? 何故ここに……!!」

    ぞわりと産毛が総毛だつような、嫌な感触が全身を撫でた。

    『ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部一年。全知保有者』

    そこに映っていたのはイブキ――ではない。イブキと瓜二つの"代表"の姿だった。

  • 23二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 13:37:10

    面白くなってきた

  • 24二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 14:53:13

    こわ~……転校、いや再入学……?

  • 25124/08/15(木) 16:21:18

    年齢は11歳。飛び級でミレニアムサイエンススクールの高等学籍を取得。
    ただ、研究成果や発明の全てが黒塗りで潰されており、何を作ったのかは検閲済みとなっている。

    「"完全記憶"、"RSA暗号すら突破できる計算能力"……なんだこれは」

    閲覧できる資料には、およそ人が思いつくであろうフルスペックを遥かに凌駕する文字がひたすら並び続けていた。
    それはもはや人では無い。突然発生した世界のバグか何かとしか形容できない。

    "怪物じみた"なんて言葉すら霞むほどに究極。あらゆる頂点の先に君臨する終点。それはまさしく全知全能の神と呼ぶに相応しい。

    ――そんな奴が"普通"と宣いながら学校で生活しているだと……?

    背筋にうすら寒いものを感じながら、私は資料を掻き集めた。
    ゲヘナ情報部の仕掛けたバックドアを使ってデータの奥へと潜り続ける。

    その中にひとつだけ、妙なファイルを見つけた。
    誰かが引き抜いて、慌ててそれだけコピーしたと思しきファイル。タグ付けも何も無い。

    何故だか妙に既視感がある。まさか過去の私が見つけたと言うのか?
    まだ思い出せないが、その一度も開かれていないそのデータにアクセスし、中身を確認する。
    中には大量の画像データが入っていた。文書を撮影したもののようだったが、どれもこれも検閲済みでまともに読めたものでは無い。

    その中に"それ"はあった。

    『事案名:■■■■■■』

    手が止まる。黒塗りされたリストに紛れた"事案"の文字。
    意を決して開き、中身を見る。それは代表が退学になったまでの経緯のようだが、やはりここも塗りつぶされてまともに読めない。読めたのはごく一部だった。

  • 26124/08/15(木) 16:26:05

    『8月15日。■■■■■(当時12歳)が行った実験により■■■■■(当時16歳)が消滅』
    『12月7日、捜索中止』

    『8月24日。■■■■■(当時12歳)が行った実験により■■■■■(当時17歳)が消滅』
    『12月7日、捜索中止』

    『8月30日。■■■■■(当時12歳)が行った実験により■■■■■(当時14歳)が消滅』
    『12月7日、捜索中止』

    『補遺:時間と天候がいずれも共通しているが、原理は不明』
    『セミナーにより拘禁。全ての研究結果を破棄し、退学処分』

    「…………」

    もはや言葉すら出なかった。危険人物どころの話では無い。
    被害者すら名前を検閲されているということは、セミナーが別のところで本来発生していたはずの行方不明事件を握り潰したのだろう。

    ――そもそも"消滅"とはなんだ? 何をした?

    その後、"代表"は三年間行方を晦まし、15歳――つまり去年にゲヘナ学園での入学試験を受けたようだった。
    ならば過去四年間の中学在籍記録を調べても見つからないわけだ。そもそもミレニアムの高等部に居たのだから。

    「…………これが貴様か。代表よ」

    しばし呆けてしまい、何にも手がつかなかった。

  • 27二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 16:26:30

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  • 28124/08/15(木) 16:28:03

    ハルナから連絡は来たが、向こうの状況は未だ進展なし。
    途中、あまりにも呆けていたせいか洗脳されたと誤解されかけたものの、あのデータの中身を何て伝えればいいのかも分からないほどには頭も気持ちも整理がついていない。

    後で説明する、とだけ言って通信を切り、ベッドで横になった。

    「抗うだの抗わないだの、そういうレベルでは無いだろうに……」

    少なくとも抵抗しなければ幸せな学生生活は送れるだろう。
    そして卒業してからきっと思い返すのだ。何てことの無い、誰にでもあるような青春の日々を過ごしたのだと。

    「消滅、か……」

    死亡でも行方不明でも無く、消滅。
    何をしたのか、恐らく当時のセミナーの誰も理解出来なかったのだろう。
    そんなことが出来る相手を、実際に三人を消している者を敵に回すのはあまりに危険すぎる。

    今ゲヘナで蔓延しつつある冒涜的な平穏は、その危険を飲み込んでまで抗うものなのだろうか。

    (今日は休もう)

    そして私は瞳を閉じた。

    -----

  • 29124/08/15(木) 20:16:59

    【四日目、5月20日】

    それでも記録は続けなくてはならない。
    一週間変化が無ければ洗脳の原因はゲヘナであるとほぼ確定できる。
    抗うかどうかの選択は後だ。少なくともこれだけは完遂しておく必要がある。

    とはいえ、でっちあげた調査内容を完成させるぐらいしかやることが無かったため、レポートが送れるように終わらせておく。

    16時の定例では、ハルナから調査に進展があったと報告が上がった。

    「そうか。内容は?」

    正直喜んでいいのかも分からなかったが、しかしその内容は実のところ、大した手掛かりにはならなかった。
    と言うのも、洗脳されていると思しき市民は皆、代表と有機物培養システム"クラナハ"のリース契約を行った者たちばかりだったからだ。

    洗脳された市民たちも契約を交わすために何度か学校へと赴いていたらしく、そうなってしまうと結局私たちと条件はそう変わらない。

    『他には、契約内容が分かったぐらいなのですが……』
    「特に妙な部分は無かったのだろう?」
    『ええ』

    一応書面のコピーを送ってもらって確認するが、大したことは書いていなかった。

    初めの数か月は補填金として学校が各契約者に補助金を出すだの、そこから習得までに三か月はクラナハで作ったものの販売を禁じるだの、学区外への輸出は来年まで禁止とするだの。

    ("予期せぬエラーによって健康被害を出さないため"、か)

    正直これ以上の情報が出てくる気はしない上に、私に迷いがある以上歯切れも流石に悪くなる。
    だが、同盟メンバー達の精神衛生を考えればここで辞めさせるのは悪手だろう。引き続き調査の続行を依頼させておくことにした。
    -----

  • 30124/08/15(木) 20:30:08

    【五日目、5月21日】

    ゲヘナの課題を進めておく。向こう数か月は義務学習をしなくて良いように。
    もし代表の世界を受け入れるのなら、このような迷いもきっと無いのだろう。

    「ああ、そうか。曙同盟の皆もこのような気持ちだったのかも知れんな」

    私は「道を示す」と言っておきながら、代表の敷く今のゲヘナ学園を否定しきれていなかった。
    感情だけで走るのは難しくはない。特に蒙昧であればあるほど気兼ねなく否定しきることも出来るだろう。

    だがそこにもっと現実的な身の危険――それも取り返しの付かない未知への恐怖がちらつけば、果たしてそこまでのものかと振り返ってしまう。

    幸せとは何か、なんてきっと誰もが考えることなのだろう。
    考えることを辞めて楽園に身を委ねれば、不満を覚えることなく楽しい日々が待っている。
    それを蹴る理由は何処か。甘い誘惑に支払う代価が特に無いのなら、果たして冒涜的だと感じた"だけ"のあの感覚は間違いでは無いのだろうか。

    反抗か、恭順か。
    この一週間のモラトリアムが終わるまでに、私は結論を導き出さなくてはならない。

    日は暮れて、明日も無邪気な朝が来る。
    私がやるべきことは何か。無為な時間だけが続いて行く。イブキだったらなんと言うであろうか。

    そう思ってふと笑ってしまった。
    あの子にはまだ早いか、と。煩わしさより遠けき無垢のままであれ、と。

    -----

  • 31124/08/15(木) 20:47:43

    【六日目、5月22日】

    「散歩に行くか」

    ふらつく心に骨子を入れるべく、私は気分転換に外へ出た。
    ミレニアムの朝日は眩しく、多くの発電パネルが陽の光に照らされて輝いている。

    道を歩けば多くの市民や生徒たちが目に見えた。
    笑いあう者も居れば、しきりに電話で謝っている者、特に何事も無く道行く者たちが居る。

    (代表の世界と大して変わり無いでは無いか)

    あの泥のように幸福な平たい世界も、客観的に見ればきっと誰にも分からない。
    主観的でさえ飢えは無く、ただ満ち足りていた。ならば良いのではなかろうか。

    『私はね、誰であっても平穏で幸せに生きられる世界が欲しいんだ。差別も争いも無くって、それでいて皆が笑って過ごせる場所がね。私は皆が笑顔で居られる場所こそ必要だと思うんだよ』

    いつの日か代表の言った言葉を思い出す。
    そのためにこのような洗脳を行ったと言うのであれば……いや違う。思考を鈍化させ多幸感に満たされた状態にするというのであれば、それは果たして悪なのだろうか。

    きっとその先に技術の進化は無いだろう。
    蜜より甘い堕落が続く。けれども、破滅はしない。何故なら代表は人では無く神の化身なのだから。

    (全知全能の楽園。代表が卒業してキヴォトスを去ったとしても、その技術は残り続ける)

    もしこれが仮に「技術の結晶を生み出した。けど、使い方は教えない」などであれば話はだいぶ変わる。
    それは代表への依存度を上げるだけ。自立できないままに滅びを迎えるだろう。

    だが代表は違う。作ったものの使い方を教えて、破綻はさせないよう物事を進めている。
    ああ、確かにその知識すら伝達されなければいずれ滅びを迎えるだろう。

  • 32124/08/15(木) 21:00:17

    (それは私たちが居なくなった後の話だろう?)

    流石にそこまでの未来を見るつもりは無い。
    私の手に負えるのはせいぜいが5年かそこら。私が卒業するときに残す後輩たちを想うぐらいが限界だ。その後ゲヘナがどうなろうと知ったことでは無い。
    どこまで行っても根底にあるのは、いま目に見える者がどうなるか。その程度だ。それが"生徒"の限界だ。

    「……はぁ」

    溜め息を吐く。
    私は私の底が知れたようで、自分の程度に嫌気は刺さずとも、ただ諦観の念が胸を過ぎった。

    そんな時だった。街角で突然背後から肩を叩かれ、驚き振り返るとそこには――

    「マコトちゃん! 奇遇じゃない」
    「サツキ!? 何故ここに?」

    思わず尋ねるが、サツキは"幸せそうに笑いながら"もう一度私の肩を叩いた。

    「情報部の仕事よ。ミレニアムチームとしてのね」
    「そ、そうか。いや、そうだな」

    幸福に呑まれているサツキを見るのは少々忍びなかったが、それでもまあ、良い。
    きっと私でなければ本人含めて誰も気づかないのだろうから……。

  • 33124/08/15(木) 21:12:33

    「ところで、イブキはどうした?」
    「イブキちゃん?」

    サツキは首を傾げる。少し考えるような素振りを見せてから、それから――

    「"そんなことよりも"、部活動の方が大事じゃない?」
    「なっ――何がそんなことだ!!」

    私はサツキの胸倉を掴んだ。サツキはきょとんとした顔のままである。

    《少々喧嘩をしたこともあったが、すぐ仲直りして……》

    そんなクソみたいなモノローグが頭を過ぎった。

    ――違う。私はこの光景を知っている。

    耳の奥からサツキと私の声が残響する。平均化された過去の記憶。サツキが怒りに満ちた罵声を私に浴びせていた。

    『そんなことって何!? あれだけイブキちゃんのこと可愛がっていたじゃない!!』
    『別にイブキはひとりで問題ないだろう?』
    『――っ!! あの子が、どんな想いでずっと独りぼっちだったか、それを分かって言っているのね……ッ!?』
    『たかだか10日弱では無いか。何も問題なかろう』
    『あんたは――ッ!!』

    あの時張られた頬の痛み。イブキは10日間の間、ただ独り部屋に居たらしい。
    目を覚ました私はすぐさま部屋へと向かいたかった。イブキに謝りたかった。

    ――思い出したのはひとつだけ。
    ――私はあの時、イブキに謝ることが出来なかった。

  • 34二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 21:16:51

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  • 35124/08/15(木) 21:18:04

    何かがあって、何食わぬ顔でイブキと話してうやむやになってしまったのだ。
    だからこれはあの日と立場を変えたリフレイン。
    私は拳銃を取り出してサツキの頭へ突き付ける。疑問詞が浮かぶ前に、あの時私の頬を叩いてくれた――イブキを想ってくれた礼を果たす。

    「痛っっいじゃない……!!」
    「目を覚ましたかサツキ」
    「……え。あ、あら……?」
    「イブキはどうした?」
    「――っ!!」

    サツキが私を見て、それから愕然とした表情を浮かべた。
    それを置いて私は歩き出し、一言告げる。

    「イブキに会いに行くぞ。何をされたかについては向かいながら話す」
    「わ、分かったわ……!」

    サツキが慌てて私に着いて行き、私はタクシーを呼び止めた。
    ゲヘナ学園へと戻るために。

    -----

  • 36124/08/15(木) 21:53:17

    私は全てをサツキに話した。
    曙同盟のこと、洗脳のこと。それから現状分かった全てのことを。

    もはや表情すら取り繕えなかった。
    怒りだ。この怒りはイブキをそんな状況にさせた自分に対するものか、それともそんな状況を作り上げた洗脳そのものか。その区別すら付いていない。

    ただ、何もかもが許せる状況では無い。
    きっとイブキは笑顔で私たちを出迎えるだろう。
    誰も彼もがあの笑顔に騙される。けれど、私は違う。"あの子はそれほど無垢では無い"。

    ゲヘナ学園に着いて私は走るようにイブキの部屋の扉を開く。

    「あっ、マコト先輩とサツキ先輩だ~!」

    そこには笑顔で出迎えるイブキの姿があった。

    私は駆け寄ってその姿を抱きしめた。イブキが「わわっ!」と声を上げる。

    「済まない。お前を一人にした」

    イブキは笑って胸を張る。

    「ふふーん! イブキは大人だから、我慢できるんだよ~!」
    「違うだろう……!!」

    きっと私は涙ぐんでいた。私は虚勢すら見破れぬほど、人を見ていないわけではない。
    イブキは強くあろうとする。強がる。良い子であろうとし続ける。"そんなこと、分かっていたはずなのだ"!!

  • 37124/08/15(木) 21:53:35

    「もういい! もう良いのだイブキよ――! 済まない。お前に独りきりにさせてしまった。もうしないと誓ったはずなのに」

    抱きしめられたイブキは、恥じるように私の首筋へ顔を埋める。
    それからぼそりと呟いた。

    「だって……皆笑っててね……? イブキ、邪魔しちゃいけないって思って……」

    それはきっと幼い彼女が出来る精一杯の懺悔だったに違いなかった。

    「悪い子になっちゃうから……。だからイブキ、頑張ったよ?」

    それでも頑張りを認められたくて、でも言っちゃいけないと、それぐらいを分かってしまっていたが故に。

    「あのね、マコト先輩……。なんで皆、イブキのこと分かんなくなっちゃうのかなぁ……?」

    幸せに塗り固められた楽園。そこにイブキだけは居なかった。
    ただひとり狂った幸せを享受することすら出来ず、狂気の世界を正常のまま歩み続けている子供がそこに居た。

    ――優しさ故に我慢を強いられ、何処にも居られなくなったこの子を一体誰が見る。

    感情が決壊し泣きじゃくるイブキを抱きしめた。
    私は誓う。例えゲヘナが滅んでも、イブキだけは守る。
    ひとり孤独に迷う者が居るのなら、私は決してその手を離さない。

    「大丈夫だ。私も、サツキも、もう誰もお前を忘れたりなぞしない」
    「…………ほんと?」
    「ああ、私は偉大なる羽沼マコト様なのだぞ? お前は私の背を見て歩けば良い。私はお前が真の意味で一人で歩けるまで、その先を行こう。だから、指切りだ」

    私は小指を差し出す。イブキは驚いた表情を浮かべて周囲を見渡し、それから控えめに「ほんと、だよね?」とだけ聞いた。
    勿論私は頷く。絡み合う小指を振って、ここに約束は果たされた。

  • 38124/08/15(木) 23:10:03

    例え何が有ろうとも、例え世界が滅ぼうとも――

    「いずれ来るその日まで、私はお前を一人にしない。この羽沼マコトの名に誓おう」
    「……うん!」

    私はイブキから身体を離す。そして二人に言った。

    「とりあえずイブキ、食事でも摂ろうか」

    腹が満たされれば心も満ちる。
    仮初の満足では無く、純然たる幸福。

    そう思い、私たちは食堂へと向かった。
    そして相も変わらず豪勢な食堂、そのひとつのテーブルへと座り注文を取る。

    「イブキ、何か食べたいものはあるか?」

    さっきの今であるためか、まごまごと身を捩るイブキ。私はそれを急かすことなく待ち続ける。

    「……じゃあ、パンケーキ」
    「甘いのだな?」
    「うん!」

    メープルシロップのたっぷりかかったパンケーキを注文する。
    その甘味が少しでも癒やしてくれればそれでいい。そんなことを思いながら待つこと10分。イブキの前には盛大に大きなパンケーキが運ばれてきた。

    「うわぁ~!!」
    「たくさん食べると良い」
    「うん! いただきまーす!」

  • 39124/08/15(木) 23:19:45

    口いっぱいに頬張るイブキ。その様子を私とサツキは微笑みながら眺めていた。

    「ごめんなさい、マコトちゃん」

    突然謝って来たサツキに一瞬だけ驚くが、私はすぐに理解する。そしてその肩を叩いた。

    「不要だ。ともかく、食事を終えたら曙同盟に合流しよう」
    「……そうね」

    まずは腹ごしらえだ。サツキも何か注文すると言って端末に手を伸ばす。

    ――思い出せ。

    「――っ!」
    「え、ちょっと、どうしたの?」

    私は殆ど無意識のうちにサツキの手を掴んでいた。
    当然困惑するサツキ。だが、この私はこの光景をどこかで見た気がした。

    ――音を立てて突き立てたフォーク。あれは何だったか。
    もしも掠れた意識の中でさえ動ける一瞬があるのなら――

    ――痛みと共に覚醒へと戻りゆく己が意識。ならば。ならば何故あの時私はフォークを突き立てた?
    三日ごとに与えられ続ける"アレ"は何だったか。お前は当に知っているはずだ――

    私はメープルシロップに塗れたイブキの口をハンカチで拭う。
    汚れているぞ、と。何でもないように言ってからサツキに囁く。

    「少し、確かめたいことがある」
    「……?」

  • 40124/08/15(木) 23:28:35

    サツキは首を傾げるが、今はそれでいい。
    イブキが食べ終えたのを見計らって私は自身の部屋の、その前へと向かう。
    ポストの中には真っ赤に熟した一個の林檎。それと先ほどのハンカチを手に取って、サツキに渡した。

    「何も言うな。ただ、これらの解析をミレニアムで行ってくれ」

    その時の私は一体どんな表情をしていただろうか。それは自分にすら分からない。
    ただサツキは頷き、「三時間だけ待って頂戴」とだけ言った。

    答えは直に訪れる。であるならば……。

    「イブキよ! 少し遊ぼうか!」

    イブキの為ではない。
    頭に描いた空想から逃れるために、私は仮初の平穏に身を委ねることとした。

    "それで終わると思ったか?"

    内なる声に目を覚ます。そしていつだって、答えは常人の死角にある。
    そのことを証明するように、あまりにもあっけなく、ひとつの謎は解明された。

    「ねぇ、マコトちゃん……」

    ミレニアムに着いてからしばらくしたサツキからの通信。それに私は出た。

    「私、林檎とメープルシロップを持っていったのよね……?」
    「そうだが……どうした?」
    「じゃあ……これ、"何?"」

    画面に解析結果が張り出されて、見て、その言葉の意味を知った。

  • 41二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 08:55:06

    なんだ…?

  • 42124/08/16(金) 09:02:39

    「なんだ……これは……」

    サツキに渡した林檎と、イブキの口から拭ったメープルシロップ。その全ては如何なる見地から見ても"存在し得ない物質"であった。
    例えるなら、塩と同等の味、同等の役割を果たすもののその組成式は既存の如何なる物質とも違うものというべきか。
    少なくとも、ゲヘナ学園に於いて私たちが林檎だと認識していたそれは林檎では無い。正体不明の物質で構成された何かだった。

    「ねえマコトちゃん……私たち、今まで"何"を食べていたの……?」

    ――ハルナは人工食料に激しい嫌悪感を示していた。
    ――三日に一度渡される林檎。手に刺したフォーク。
    ――ゲヘナ学園の中心に起こる洗脳。自治区の外へと広がったのは有機物培養システム"クラナハ"のリース契約者だったから。

    砕かれた過去の記憶。断片を嵌め込んで作りつつあるジグソーパズルに浮かぶ絵は、おおよそまともなものではないと察せられる。

    ――そこまでするのか、代表よ。

    「サツキ、曙同盟の場所を送る。お前はそのまま同盟の元へ行け。私も今行く」

    私はイブキの手を取る。イブキは不安そうな表情を見せたが、大丈夫だと言うように私はイブキの頭を撫でた。
    廊下へ出て足早にゲヘナ学園の校門を抜けようとする、その時だった。

    「あ、マコトさん!」
    「……代表」

    "たまたま"通りがかった代表が私に挨拶をした。
    私は笑みを取り繕う。

    「最近会えなかったから寂しかったよ~」
    「そうだな。どうにも最近忙しくてな」
    「あ、そうだ。はい! これ。この前の分!」

  • 43124/08/16(金) 09:02:56

    そう言って代表は私に林檎を差し出した。
    真っ赤に熟した林檎"に見える何か"を。

    ――拒否して何かを勘付かれるのはマズい。

    消された名も無きミレニアム生が一瞬脳裏を過ぎり、そして私は林檎を手に取った。

    「いつも済まんな」
    「ううん、良いんだよー。最近頑張ってるマコトさんへのお礼も込めて、ね?」
    「クク……頂こう」

    そっと林檎を持ち上げて口を付ける。

    がじゅり、と歯を突き立てた途端、口から鼻腔を通り抜けて泥のような幸福感が全身に雪崩れ込んでくる。
    溺れるほどの"何か"に満たされて、あまりの幸せに吐き気を催した。呑み込んで、胃の奥に入り込む林檎の欠片。私は笑みを浮かべて代表に伝える。

    「美味しいじゃないか! ありがとう、元気が出たよ」
    「ふふ、良かった! じゃあ、お仕事頑張ってね!」

    代表は無垢に笑ってその場を立ち去る。そんな代表に悪意があるとはとてもじゃないが思えない。
    みんなのために頑張っているゲヘナの代表。それだけでいいじゃないかとさえ錯覚しかける。

    ――ああ、吐き気がする。

    「マコト先輩……」
    「問題ない。問題ないぞ? 私は強いからな!」

    そして私たちは曙同盟へと歩き始めた。
    私がやるべきことは、既に決まっていた。
    -----

  • 44124/08/16(金) 12:53:45

    ブラックマーケット。小汚い料理店の先の先、曙同盟の拠点に私たちは集まった。
    ハルナやカヨコはもちろん、今回はサツキとイブキも同席している。

    それは悪魔の集う最高議会。
    宣戦布告か、計略か。それをここで決めねばならない。

    私は周囲を見渡して、静かに口を開いた。

    「さて、まずは私の報告から済ませるとしよう」

    洗脳の元凶、その手口とはまさに食品そのものだった。

    「人工食料とのことだったが、そもそもあれは食品と呼べるようなものではない。同じ見た目で同じ味がするだけの紛い物だ」
    「やはりそうでしたか。あの気味の悪い腐った味……まさに食への侮辱ですわ」

    ハルナが唾を吐くように断言する。
    何故ハルナには区別がつくのか不明だが、代表の技術からして理解の及ばぬものなのだ。何かが引っかかったのだろう。

    「ただ、一口食べたら終わるというものではない。意識せず何度も口にしていると飲み込まれるが、裏を返せば警戒さえしていればそう簡単にやられはせん」

    それに耐性の有無も個人差が大きいようだ。実際、イブキは何度も口にしているが普段通りで、幸福感に潰されることは無かった。
    だからこそ、この場の全員が飲まれればイブキは歪な世界に取り残される。

    「それはイブキだけでは無いかも知れん。もし他にも耐性を持った者を見つけることが出来れば仲間に出来ると思うが……」
    「あまり時間は無さそうだね」

    カヨコの言葉に私は頷く。

    「代表は既に情報と食品、警察機構の全てを手中に治めている。加えて、だ」

  • 45124/08/16(金) 12:54:09

    私はミレニアムでの在籍記録についても話した。
    何かを行って生徒が消滅させられていること。常人の範疇から逸脱した存在であることを。

    「それって……戦える相手なのかしら……?」

    サツキが不安そうに私へ尋ねる。
    戦闘能力の話ではない。戦って良い相手なのかどうかということだ。

    「確かに代表は恐るべき技術者で政治家だ。しかし兵士ではない。ここは正攻法で行くほかあるまい」

    計略や根回しで勝てるビジョンが全く見えない。それ故に出来ることは拉致から始まるクーデター。
    とは言っても、それだってお粗末なものしか出来ない。下手な時間を掛ければ気付かれるかもしれない以上、単純に呼び出して迅速に捕縛し、情報部と風紀部の部長権限を脅してもぎ取る程度の策だ。

    (いや、策とすら呼べんなこれは)

    「風紀部に囲まれたら終わりだ。……カヨコ、何とか出来るか?」
    「まあ、偽の情報流してある程度動かすぐらいなら」
    「そうではない。警報関連のシステム全て落とせるかという意味だ」
    「……ッ! もう後先考えないってことね」

    そんなことをすれば確実に"攻撃されている"ということがバレるだろう。
    ハチの巣を突いたような大騒ぎになることも容易に想像がつく。

    「それぐらいしなくては移送中に代表が何かをしてもおかしくはない」

    この拠点まで連れて来られれば、後は正直裸に剥いて全身縛り上げるぐらいのことをすれば流石に文字通り手も足も出ないはずだ。
    そこまでやってようやく私たちはテーブルにつける。

    「代表から権利を剥奪し、最終的にはゲヘナを退学にさせて自治区から追放する。これ以外にゲヘナに真の安寧が訪れることは無い」

  • 46124/08/16(金) 12:54:38

    ミレニアム退学後のゲヘナ再入学は飛び級していたが故に発生したイレギュラーだ。
    普通ならそんなことは絶対に起こり得ない。それ故に、ここで退学させられれば二度と学校権力を直接手に持つことは無くなる。

    「ですがマコトさん、退学されても代表はキヴォトスに残り続けるのでは無いでしょうか?」
    「キキッ、ゲヘナの情報部をあまり舐めない方が良い。マークしたのならどれだけ潜伏しようとも、誰かに接触した瞬間に必ず見つけ出せるわ」

    これは流石に誇張が過ぎるが、それでも権力者に擦り寄る時間や何かを開発する時間ぐらいなら与えず見つけ出せる自信はあった。
    社会が築かれている以上、完全に自給自足でもしない限り必ず何処かに跡が残る。まともに調べられないのは連邦生徒会ぐらいのものだ。

    「その上で、イブキよ。お前に聞きたいことがある」
    「なに~?」

    イブキは純真無垢な瞳で私を見た。

    「いま話していたのは全て、代表を懲らしめる話だ」
    「うん、いいよ」
    「辛い話かも……何!?」
    「いいよ。マコト先輩」

    イブキは特に何てことの無いように頷いた。
    そのあまりにあっけ無さに驚きながら、もう一度聞き返す。

    「その、イブキ。お前のお姉さんなのだろう?」
    「よくわかんないけど……。イブキはマコト先輩と一緒にいたいから、だから大丈夫だよ!」
    「……そうか。私もだぞ、イブキ」
    「うん!」

    ただ、妙な引っかかりが残っている。
    実のところ、私が見てきた代表であれば脅すこともなくただ「部長の座を譲って欲しい」と言うだけで譲ってくれそうなのだ。
    力任せの統治をしている代表と普段の代表の姿が全く重ならない。それはもう二重人格とかそもそも黒幕の存在を疑うレベルで食い違う。

  • 47124/08/16(金) 12:55:18

    (いや、良い。今はそんなことを考えている場合ではない)

    私は改めて周囲を見渡す。
    そして静かに宣告した。

    「準備期間に二日を設ける。三日後、私が代表を呼び出して、そこで全てを終わらせるぞ!」
    「おー!」

    地下の奥底で上がる歓声。そして始まる逃走経路や具体的な策を詰め始めた。
    途中食料を手配したが、ここもわざわざD.U.まで行って買い集めるよう頼んでおいた。
    買ってきたよ、とカヨコたちが広げたコンビニ弁当ですら今は美味い。
    それは小さな祝杯のようにも思える。きっと上手く行く。
    ただ、鮮度はあまり良くなかったのか、ハルナが吐き始めた時は心配もしたが笑いもした。
    怒ったハルナが銃を乱射して少々大変だったが、その日は無事に終えられた。

    明日も、明後日も、私たちは準備をした。
    そして迎えた当日、私は予定通り代表を校舎裏へと呼び出した。

    どうしたの? マコトさん
    いやなに、実はだな……。

    そうして飛び出す同盟たち。クラッカーを鳴らして、ケーキを持ったサツキが代表の前に姿を現す。

    聞いたわよ。誕生日なんですってね。
    わぁ! ありがとう!
    ―――――
    ――――
    ―――
    ――

  • 48二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 13:06:35

    うへ
    マジかよ

  • 49二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 13:29:40

    弁当の中にも混入されてたのか…

  • 50124/08/16(金) 14:37:27

    暗闇の中で、声が聞こえた。
    それは在りし日の夢に隠された記憶の欠片。

    『エデン条約だと……ふざけるな! 奴は戦争などしない。そんなもの、奴には必要ないということが何故分からん!!』
    『いいえ、マコトさん。それでもエデン条約は必要なんです。トリニティとゲヘナに橋を渡すために』
    『その橋こそが怪物の通り道だ! 貴様……キヴォトスを滅ぼすつもりか!』
    『シャングリラ高等学院の設立を止めるための手段です』
    『都合の良い餌をくれてやったの間違いだろう――!!』

    エデン条約を締結させてはならない。
    エデン条約機構を辿って、奴は必ずトリニティにも侵食する。
    奴の表面はトリニティとあまりにも水が合い過ぎる。一瞬だ。一瞬で全てが飲み込まれる。

    そしてゲヘナ、トリニティを掌握した代表はミレニアムに対し政治的干渉を行い始めるだろう。
    広がり続ける楽園には誰も抗えない。いずれD.U.まで侵略し、連邦生徒会は掌握される。
    そうなればもう、誰も代表を止められない。

    エデン条約を締結させてはならない。

    ――どこかで、イブキの呼ぶ声が聞こえた。

  • 51124/08/16(金) 14:37:52

    「――っ!」

    目を覚ますと、まず目に入ったのは机とその上に置かれた私の両手。そして私の腕にはチューブのようなものが取り付けられており、チューブの先は点滴スタンドに繋がっている。

    「くそっ! 何だこれは!」

    針を引き抜こうとしてガタリと椅子が音を鳴らす。
    私の胴体はベルトで背もたれに固定されていたようで、針を外した後にベルトへ手を掛けて何とか立ち上がる。

    そこは教室の一角だった。
    周辺には見たことも無い機械が置いてあり、私に何かしていたことだけは確かである。

    打ち付けられた窓から外を見ることは出来ない。
    だが、どことなく造りがゲヘナチームの擬装用校舎に似ており、実際そのどこかなのかも知れなかった。

    (とりあえずここから出なければ……)

    そう思い教室の扉に近づこうとしたとき、扉が開いた。

    「……な、なんで。なんで起き上がれるの……っ!?」
    「貴様……裏切ったな?」

    扉を開けて入ってきたのは鬼方カヨコだった。
    驚愕の表情を浮かべるカヨコに私は向かってその胸倉を掴み上げた。

    「いつからだ……!」
    「さ……。最初からって言ったら?」
    「よくぞ上手く立ち回ったものだな。この羽沼マコト様が騙されるとは!」

    風紀部の情報を曙同盟に流し、反抗勢力を完全に御しきった代表の懐刀。それが貴様の正体か――

  • 52124/08/16(金) 14:38:25

    「貴様らがどれだけの野望を抱えて居ようと私は決して――」
    「――違うよ。代表はそんな人じゃない。野望なんてあの人には無い」

    気付けばカヨコは震えていた。
    その視線は私を見ていない。もっと遠い深淵を覗くかのように、カヨコは震える声で私に言った。

    「だからお願い。もう"あの人"に何も望まないで。反対しないでただ凄い凄いとだけ言い続けて――頼むから」

    様子がおかしい。
    いや、正気であるとかそういう話では無い。ただ、懇願するような言葉に思わず毒気が抜かれた。
    胸倉から手を離すと、カヨコは蹲るように床へとへたり込む。
    その表情は恐怖に染まり切っていた。

    「お前は……何をそんなに怯えているのだ……?」
    「わ、私は……」

    その時、カヨコがビクリと後ろを振り向いた。
    開け放たれた教室の扉、そこから顔を出したのは……。

    「あれ、マコトさん。まだ寝てる時間じゃ……」
    「違うんです!」

    カヨコが異様な叫び声を上げた。

    「私が間違えたの……! 今のままで良い! だから何もしないで!」
    「え、でも……」
    「今は嬉しいんです! あなたに怒られるか不安だったけど、怒られなかったから今は嬉しいんです!」

  • 53124/08/16(金) 14:38:37

    言動が支離滅裂を極めていた。
    もはや普段のカヨコとは同一人物とは思えないほどに酷く取り乱している。

    「嬉しいの? じゃあ良かった!」

    にも関わらず、代表は手を打って納得した様子を見せる。
    いつもの代表だ。こんな異様な状況において全く変わらない"普通"。
    そして無邪気に私の方へと視線を向けた。

    「あ、そうだマコトさん。丁度良かった。この前言ってた記憶の件、何とかなりそうだよ!」
    「記憶の件……だと?」
    「ほら、イブキの……」
    「イブキに何をした!!」

    驚いたように目を見開く代表はすぐに表情を戻して優しく語り掛けてくる。

    「実際に見てもらったほうが早いかも……付いて来て!」

    そして何てことの無いように代表は廊下へと出た。
    カヨコは恐ろしいものから目を背けるようにじっと目を閉じている。

    「……くそ」

    小さく悪態をついて、私は廊下へと出た。

    -----

  • 54124/08/16(金) 15:09:34

    目張りされた窓が並ぶ廊下を歩きながら、私は代表を鋭く睨んだ。

    「貴様、そこまでしてこのゲヘナを統治したかったのか」
    「そこまでって?」
    「とぼけるな! あの人工食料のことだ!」
    「ああ、あれ? 美味しかったでしょ~」

    ギリ、と奥歯が鳴る。
    今すぐにでも掴みかかりたかったが、イブキがどうなっているのか分からない以上、まだ早い。

    「何故あんなものを作った……」
    「あれね。美味しいものが食べたいって言われて改良したんだ~」
    「はっ、それだけでは無いだろう?」

    私は皮肉気に吐き捨てる。
    すると代表は立ち止まって、振り返り、よく分からないと言った顔でこう言った。

    「え、それだけだよ?」
    「…………はぁ?」

    その表情には何の他意も見受けられない。
    いや、待て。違うだろ。何か大望あってのことだろう?

    「そ、そうだ。ミレニアムで退学になっていたな!? あれはどう説明するつもりだ!」
    「位相転移装置のこと? ひとりになりたいって言われたから作ったんだよ。もちろん中から出られるし安全なのも実証だから大丈夫!」
    「だが行方不明のままだぞ!?」
    「出たくなかったんじゃないかな? だって時空の揺らぎを計算してそこに立つだけで簡単に出られるんだよ? ちゃんと出る方法のメモも残したし……」
    「時空の揺らぎを計算……?」
    「うん、"普通"に出来ることじゃない?」
    「…………」

  • 55124/08/16(金) 15:10:14

    私には分かってしまった。
    こいつは狂った"普通"の中で生きている。誰しもが自身と同じだと思っている。
    だから簡単にこいつ以外出られない空間へ人を平気で投げ出す。食べるだけで正気ではなくなる食材を作ってしまう。

    こいつの善意は人間の規格に合っていない。望めば何でも得られるが、得たものがもれなく害となる存在なのだと。

    「着いたよ」

    そこは一段と広い教室だった。
    浴槽のようなものが並んでおり、中には浅黒い液体が溜まっている。

    「ここは研究用に使ってるクラナハでね。色んなものを培養しているの」

    そして代表は奥に進んで浴槽のようなものから何かを取り出すように両手を入れた。
    中から引き揚げられたのは、丹花イブキだった。

    「おはよう、イブキ」

    その言葉に応じるように、イブキがゆっくりと目を覚ます。
    代表はイブキの身体を私の方へと向けると、黒い液体を滴らせたイブキが私を見た。

    「マ、コト……せん、ぱ……」
    「ほら! まだ少しだけど記憶の"引継ぎ"が出来るようになったの!」

    脳が、理解を拒んでいた。
    何も考えたくなかった。何を言っているのか、何も分からなかった。

  • 56124/08/16(金) 15:10:53

    「動物のクローンは簡単に作れるのに、なんでか私たち生徒のクローンは作れなくてね~。いや、身体は出来るんだよ? でも中身が入らないみたいで、呼び掛けてあげないと起きてくれないんだ~」

    「でも中身が入れば後は生徒と同じぐらいの耐久力になるから、臨床実験に使えて本当に良かったよ」

    「でもでも聞いて、凄いのはね。起こすためには肉の心臓と脳が無いと行けないの! 他は無くても大丈夫だったんだけど、これだけは無いと行けないみたい」

    「それに、一度に起きて居られるのはひとりだけで、二人以上を同時には起こせないの。中身の問題なのかなぁ」

    それは子供が、自分で作ったおもちゃを自慢するようで。どこまでも天真爛漫に自分が見つけた成果を話し続けていた。
    相互理解の届かぬ怪物。無垢で蒙昧な神。世界を狂わすバグ。

    話を聞いているだけで頭がおかしくなりそうだった。それでも辛うじて、私は喉を震わせた。

    「……イブキは、どこにいる」
    「え、"これ"だよ?」
    「違う……。私が一緒にいたイブキのことだ……」
    「あー、あれ? もう焼いちゃったけど……もしかして何かあった?」
    「ぁ…………」

    身体の力が抜け落ちた。
    床にへたり込んで、もう何も分からなかった。

    ――いつからだ。
    ――いつからこの世界は狂ってしまった。

  • 57124/08/16(金) 15:11:21

    重ねられる臨床実験。その度にイブキが生み出され、不要となれば焼き捨てられる。

    ――イブキは悪い子だから。

    あの言葉は素行ではない。取れるデータが悪かった子という意味だった。
    生み出され、使われ、廃棄され、そうして出来上がるのは皆が楽しく笑って過ごす歪な楽園。

    楽園へ至る道は、イブキの死体で出来ていた。

    「何故だ……何故こんなことを始めた――!!」
    「どうしてって、うーんと……前にね。武器を作って欲しいって頼まれたの」
    「武器、だと……?」
    「そう。世界を終焉へ導く存在を討ち倒す槍。世界を切り裂くレーザーカッター。デストロイヤーって名前なんだけど、神秘に近づけすぎちゃって私じゃ上手く使えなかったんだ。だから、もっと完璧な私だったら使えるって思って……それがきっかけかな。それだけ!」
    「それだけ……? それだけとは何だ……? それだけのためにお前はイブキを殺し続けたのか!?」
    「え……もしかして嫌、だった……?」
    「お前は…………」

    こいつは、どこまでも純真だった。
    思い描いたものなら何でも描けるだけの、色彩豊かな無限のクレヨンを持ちながら皆の望んだものを描き上げ続けるだけなのだ。
    だが、望みは言っても新しい画用紙を用意する者は誰も居なかった。どこにも導く大人が居なかった。
    たった一枚の画用紙に描き続けられた誰かの願いは歪に混ざり続けて、色彩は漆黒と化していた。

    おぞましいほどに悲しい存在。誰の理解も得られずただ存在するだけで災厄を撒き散らす無辜の神。
    形容しがたい激情が涙となって、私の頬を伝った。拳銃を握り、イブキを抱いた代表へと銃口を向ける。

    「お前は、生きていてはいけない存在だ……」

  • 58124/08/16(金) 15:11:47

    「駄目よ、マコトちゃん」
    「――ッ!?」

    後ろから羽交い絞めにされて拳銃が床に落ちる。

    「サツ、キ……?」

    感情を宿さない瞳で微笑みながら、サツキは私を掴んで離さない。
    振り返ればそこには曙同盟のメンバーたちが虚ろに笑って立っていた。

    「ぁ、ああ……どうして……!」
    「もう何も考えたくないって言ってたから、そういう風にしたんだ~。流石にずっとじゃないから、定期的に投薬しないと行けないんだけど、安全だから大丈夫だよ!」

    もう、私には誰も居なくなってしまった。
    イブキもサツキも私自身も、誰一人として代表から逃れられなかった。

    ――あなたにしか頼めないんです。

    連邦生徒会長の言葉。エデン条約。その意味を、ここに至ってようやく理解した。
    あれは代表の新学校設立に対する牽制では無い。

    「……私だ」

    私に課せられたタイムリミットだ。
    私以外は全員敗れた。私以外に代表の正体を知る者は居なければ、反抗できる者も居ない。

    そして、まだ私の意識は壊されていない。

  • 59124/08/16(金) 15:12:05

    「キキ……キヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!! やってくれたな連邦生徒会長!! これか! これがお前の望みか!!」

    私が負ければキヴォトスが滅ぶ。そんなものを私は"あの女"に押し付けられたのだ。

    「やれば良いのだろう!? 私が、この羽沼マコト様が、絶対的なる神に反旗を翻せと!! 貴様はそう言うのだろう!?」

    亡者と化した曙同盟が私を掴む。掴む手が増えていく。

    「どいつもこいつもまとめて地獄へ落としてくれるわ!! 私が貴様らに悪意を教えてやる! 純然たる怒りと共になぁ!!」

    ああ、お前は天から落ちた。明けの明星、曙の子よ。
    お前は陰府へと投げ落とされたのだ。墓穴の底に。

    お前の高ぶりは、琴の響きと共に陰府へ落ちた。
    蛆がお前の下に寝床となり、虫がお前を覆う。

    かくして、羽沼マコトは闇の中へと消えていった。
    彼女のその後を語る者は誰も居ない。全ては歪な楽園が覆い隠していく。

    季節は廻りて春が来る。
    そして、約9か月の時が流れた。

    --マコト編・後編 fin

  • 60二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 15:18:22

    おいおいおいおい!?
    バッドエンドなんですけど!?
    ヒナ助けてくれ!!!

  • 61二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 15:24:19

    まあ本編イブキ≠このSSのイブキだとは思ってたけどさあ…
    3人目どころじゃなかったよ!

  • 62二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 15:29:31

    これ一応ハルナだけは生き残ってるのか

  • 63二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 15:29:40

    振り返ってみれば全能の神に反旗を翻した大天使が堕天して地獄の魔王となるまでのお話だったのか…
    後編?にも期待

  • 64二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 15:56:08

    マコト編も終わったことだしここで改めてスレ画を見てみよう
    かわいいね

  • 65二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 19:24:51

    次はヒナ編かな?
    どういった経緯でデストロイヤーがヒナの手元へ行くんだろうか…
    他にもいろいろ気になることがありますけどなんにしても楽しみです!

  • 66124/08/16(金) 19:55:00

    4月14日。私は目を覚まして時計を見ると、いつも通りセットした時間の5分前。

    「はぁ……」

    溜め息を吐きながらアラームを解除して洗面台へ。
    面倒だな、なんて思いながらも顔を洗って歯を磨くいつものルーティンを無心でこなす。

    (全自動で勝手に着替えさせてくれたりするロボットがいたらいいのに……)

    そんな詮無きことを考えながら、おろしたての制服の袖を通す。
    ゲヘナ学園高等学校。それが、高校一年生になった私が今日から通う場所。

    腰のベルトにマガジンポーチを括りつけてマガジンを入れておく。
    もうここ半年ほどロクに銃声なんて聞いていないけど、それでもキヴォトスで銃器不携帯は流石に心許ない。

    アサルトライフルを肩にかけて準備は――

    「……あ」

    危うく忘れるところだったと新しい学生証を手に取った。

    『ゲヘナ学園高等学校一年 空崎ヒナ』

    「めんどくさい……」

    学生証を懐にしまって私は涙ながらにお布団へ別れを告げる。
    そして私は玄関の扉を開いた。

    ■万魔殿編-----

  • 67124/08/16(金) 19:57:21

    >>スレ主です。多分いま3/2が終わったところだと思います!

    ここから風呂敷畳んでいきますので、もう少しだけお付き合いください。

  • 68二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 20:01:28

    銃弾1発くらい何ともない優しい世界ゆえに
    こういう事態になると逆に怖いことになるんだな……

  • 69124/08/16(金) 20:43:14

    外に出ると朝日が私を出迎える。
    ただ、今年に入ってからは昇って沈む太陽以外に変わるものは特に無かった。

    往来には静寂が続いている。
    ときおり道端に座って笑ったままどこかをじっと見てる人もいるけど、今となっては見慣れた光景で、また居るなぐらいにしか思わなくなってきた。
    学校に近づくにつれて人の声も少しずつだが増えていく。それと同時に風紀部が等間隔で並んでいて、銃を携えたままこちらも変わらず笑ったまま一切動いていない。

    (慣れって怖いわ)

    他の区ではどうなっているのかまでは知らないけれど、もうそれが日常になっていた。
    まあ、別に良いのだけれど……なんて、考えるのを辞めて校門を通るとそこには広く大きな学校が見えた。
    中央の噴水広場に第一校舎から第四校舎まで並んでいて、それらもいちいち距離がある。

    すたすたと足取りは軽快に気持ちは鈍重に、私は入学式の会場へと向かって行く。

    「あの、空崎ヒナさんだよね?」

    不意に掛けられた言葉に振り向くと、そこには長い金髪の人がいた。確か……。

    「ゲヘナの代表、だったかしら?」
    「あ、知っててくれたんだ! 嬉しい!」
    「それで、何の用?」
    「そうそう、主席入学者の祝辞なんだけど、頑張ってね!って励ましに来たの」
    「……それだけ?」
    「うん!」
    「そう」

    私はそれだけ聞くと再び会場へと向かう。

  • 70124/08/16(金) 20:43:28

    そもそも主席入学者だってなる必要が無ければ面倒だからなりたくなかったのだ。ただ、仕方なくなっただけのこと。

    私の目的は主席特典。代表権限の名のもとに任意の部活の任意の役職へ捻じ込んでもらえる特権が欲しかっただけである。
    普段だったらどうでも良い内容だったが、今回ばかりは違う。

    (羽沼マコト……だったかしら)

    去年の4月14日。丁度一年前に出会った1つ年上の変な人。
    5月になってから3回ほど会う機会があったのだけれど、その時「情報部へ行く」なんて約束をしてしまったのが原因だった。

    ――惚れた弱み? いや違う。ただ頼りになるなって思っただけ。
    ――なんというか、少しだけ会って見たかった。ちゃんと手榴弾事件のお礼も言えていなかったのもある。別に憧れてるとか、そういうのじゃないから。

    ひとりそんな風に言い訳してみる。とにかく、全力で入試を受けた結果、私は無事に主席となった。
    選ぶ部活はもちろん情報部のゲヘナチーム。そこに行けばきっと、マコトにもう一度会えるかもしれない。

    「主席入学者、空崎ヒナさん。檀上へ」
    「はい」

    私は立ち上がって檀上へ。
    祝辞を読む。それが、私がこの学園で行う最初の仕事だった。

    -----

  • 71二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 21:05:15

    あーなるほど
    マコトが留年疑惑あることに納得が行くわコレ

    は? 耐え切ったのかマコト
    コレを?

  • 72二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 04:56:36

    カヨコ側が持ってきた弁当やから、危険でハルナが暴れたんやな

  • 73二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 05:07:57

    色々気になる点は多いんだよな、スレタイにもある「雷帝」はらの字すら出て来てないし
    そういえばカヨコとハルナはまだ両翼あったりするのかな
    なんにせよ続きがめちゃくちゃ楽しみ

  • 74二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 08:51:39

    ゲヘナ生がトラブルを起こすのは雷帝の反動か…

  • 75124/08/17(土) 09:26:39

    入学式を終えると代表から何か社交辞令のようなこと言われた気もするが、特に気にせず私は情報部へと直行した。

    「ねえ、羽沼マコトって何処にいるの?」

    そう訊いた瞬間、情報部は静寂に包まれる。
    妙な雰囲気に首を傾げると、情報部の先輩がそっと私に耳打ちしてくれた。

    「あのさ、羽沼マコトの名前は情報部じゃあ禁句なんだ」
    「なんで?」

    素直にそう訊くと、情報部の先輩は少しばかり居心地の悪そうな顔をして周囲を見渡す。
    その場にいた全員が目を背けたのを見計らって、情報部の先輩は苦笑いを浮かべた。

    「何でも、代表に逆らって粛清されたらしいんだよ」
    「粛清?」

    ああ、と先輩は言葉を続けた。

    「ここだけの話、部屋も何も無くなって公式に羽沼マコトの存在は無かったことになってるんだ……。今じゃあ代表も"雷帝"なんて仇名が付けられるぐらいでさ。目をつけられたら消されるかも知れないから、外でもあんまり言わない方が良いよ」
    「……そう」

    それを聞いて、私は目を細めた。
    私の知っている羽沼マコトは中学生だった私を庇ってくれて事件の解決までも導き出した名探偵で。
    それに――イブキって後輩? までもを助けようと、大して強くも無いのに身体を張るような無謀なヒーローだった。

    (何かに巻き込まれたようね)

    「ありがと。それで、情報端末か何かはあるの? 情報部にはそういうタブレットがあったと思うのだけれど」
    「あ、ああ。これが――」

  • 76124/08/17(土) 09:27:01

    差し出されたタブレットを無言で受け取ってその場を去る。
    私の部屋は確か午後に発表されるはず。けれどもそんなのどうでも良かった。

    (そもそも粛清って何よ……)

    そう思いながら情報部の端末を起動する。
    確かに幾つもの情報が列挙されて、どうやって見ても目が滑ることは間違いなしだった。
    その中で念のため、と羽沼マコトについて調べる。当然ながらまともな情報は上がってこないが、唯一出たのは5月の記録。ミレニアムでの食品に対する需要と供給についてのレポート。

    それを機に、羽沼マコトはデータ上一切の痕跡も無く消えてしまっていた。
    一体今どこで何をしているか、その履歴はどこにも無かった。

    情報部の寮は午後からあてがわれるとのことで、ひとまず私は美味しいと噂の食堂へと足を運んだ。

    食堂には多くの生徒が利用していて、その全ては数十人の給食部員によって賄われているらしい。
    席に着いて端末に触れる。カレーを注文すると、ものの5分も掛からずにテーブルへ運ばれてくるカレー。
    私はスプーンを手に取って掬って食べるが――

    「――変な味」

    美味しいという噂は何だったのか。
    決して悪くは無いが良くも無い。というよりも、ここ数か月前からゲヘナ自治区で食べる料理はどれも妙な味しかしなかった。

    (別に食べられないというわけでは無いけれど)

    眉を顰めながら食べきってから、両手を合わせて「ご馳走様」とだけ呟いた。

    「相席、よろしいでしょうか?」
    「……?」

  • 77124/08/17(土) 09:40:37

    ふと声を掛けられてそちらを見ると、そこにはひとりの生徒が立っていた。
    いや、よく見ると見覚えがある。名前は確か……。

    「お久しぶりです。ヒナさん」
    「黒舘ハルナ……?」
    「覚えてくださって光栄です」

    ハルナは私の居たテーブルに着く。
    確か去年にゲームセンターでグレネードを貸してくれた人で、それ以上の関わりは特に無かったことを思い出す。

    「どうですか? ここの食事は」
    「……普通よ」
    「そうですか!」

    何故かハルナは安堵したように笑みを浮かべた。

    「実はゲヘナで使われている食材の質が日々下がっておりまして……確か情報部に入られたんですよね?」
    「そうだけど……」
    「でしたら部活動での実績作りも必要でしょう? もしヒナさんさえ宜しければ、何処で仕入れられているのか調べてみるのも良いかも知れませんよ」
    「……まあ、考えておく」
    「はい!」

    それだけ言って、ハルナは何も注文することなく席を立った。
    一体なんだったのだろうか。その背中を目で追うと、ハルナは他にも食事をしている生徒を見ては微妙な反応をする生徒に声をかけているようだった。

    「変わった人ね……」

    タブレットには、私の部屋が決まったことを示す通知が入っていた。
    見るだけ見てみよう。そんな気持ちで私は席を立つ。

  • 78124/08/17(土) 09:53:29

    ゲヘナ情報部では、入試の成績に応じて個々に部屋が割り当てられるのだという。
    情報を扱うという特性上、タブレットで共有できないようなものはセキュリティの観念から自宅では無く宛がわれた寮の部屋にて管理することも多く、そのためその部分に予算が注ぎ込まれているらしい。

    部屋は綺麗に掃除されており、机や棚などの調度品もあらかじめ用意されていた。
    思っていた以上に質も良くベッドもふかふか。手で押すと程よい弾力が返ってくる。

    (悪くないじゃない)

    飛び込んでみると、ぼすんと音を立てて私の身体が布団に沈む。
    ここがこれからのゲヘナにおける私の活動拠点。そう思うと少しだけわくわくした。なんだかんだ言って、私自身はしゃいでいる部分があることは否めなかった。

    (とりあえず、何しようかな)

    学校のBD課題をこなすのも良いが情報部としての活動を行っても良い。
    期限内にノルマさえこなしていれば問題無いため、時間の制約はかなり自由だ。

    (そういえば、マコトも最後はミレニアムの食品を調べていたわね)

    先ほどのハルナもそうだ。よほど食事に不満があったのか、ゲヘナの食品を調べることを薦めていた。
    他に何かやりたいことも無いため、ひとまず最初の課題を食に絞って組み立てて、早速私は調査を始めるのであった。

    -----

  • 79124/08/17(土) 10:24:50

    「なんだか最近、怖がられてる気がするんだよね~」
    「気のせいじゃない?」

    代表の言葉にカヨコが答える。
    情報部にある代表の私室。そこには代表とカヨコ、それから顔の上半分に何らかの機械を取り付けた白髪の少女が居た。

    「そういえば代表。イブキの方はどうなの? 最近取り換えていないようだけど」
    「うん。前に耐久実験のこと言ってくれたでしょ? だから今は動ける時間を計ってるんだ~」

    イブキ――もとい代表のクローンの稼働時間は大体1年以内で身体が朽ちる。
    前回取り出した時から焼き捨てずに動かし続けて、もう1年が経過しようとしていた。

    「中身に器が耐え切れないのかなぁ。でも、今回のデータが揃えば多分普通の人ぐらいの時間は動けるようになると思うよ」
    「……そっか」

    カヨコは密かに顔を歪ませた。
    悍ましい実験だ。もう何か月も、耳にしたく無い言葉ばかりをずっと聞いている。

    中学生のとき、うっかりこの人に遭ってしまったのが全ての始まりだった。
    街中で声をかけられて、助手みたいなことをして、何をやっているのか知って、それに反対した人がどうなったのかを知って……。
    それから私はずっとこの人に囚われ続けている。恐怖の檻はあまりに頑強で、とてもじゃないが抜け出せそうに無かった。

    『私が壊してやる。何もかもな』

    ただその言葉だけを胸に、私はこうして代表の真横に立っている。
    あれは去年のこと、マコトを捕まえて2か月が経ったある日のことだった。

  • 80124/08/17(土) 10:42:51

    「お久しぶりです。カヨコさん」
    「……報復に来たの?」

    私の元に来たハルナの姿を見て、私はそう思った。報復されるだけの理由をハルナは持っていたし、されるだけの理由も私にあったからだ。
    あの時私が差し入れた、人工食料を混ぜ込んだ弁当。あれによって曙同盟の解体に成功はしたものの、何故かハルナだけはどうにも出来なかった。
    他の皆は食べられたのに、一口含んだ瞬間まるで全身が受け付けないとでも言わんばかりに吐き出して、事の次第を察知したハルナと交戦したのだ。

    当然勝ったけれど逃がしてしまって、それから今まで顔を出すことさえ無かった。
    けれど、それでよかった。そもそも私だってあんなことしたかったわけじゃない。
    ――全ては羽沼マコトが原因だったのだ。

    たった一か月で真相に辿り着きそうになり、代表の作った毒リンゴを何度もポストに入れて食べさせた。
    にも関わらず二か月経つ頃にはほとんど答えに辿り着いてしまっていたあの頭脳。あれはあまりに危険過ぎたからだ。

    代表は望まれたことの全てを果たす。果たす度に色んなものが狂っていく。
    反対されれば曲解して何かをしでかす。そしてまた色んなものを狂わせていく。

    曙同盟だけだったら問題なかった。
    情報を握って統制し、少しでも双方に犠牲が出ない形に調整することは私でも出来た。
    けれど羽沼マコト。彼女の存在は私の手には余るものだった。

    扇動し、先導し、物事を前へと進めてしまうあの姿は、あまりにも眩しすぎたのだ。
    あんなもの力業以外に止めようがない。進んだ先に触れてはいけないものがあると教えたところで、彼女は絶対に止まりそうに無かった。

    その結果があれだ。
    理解できない方法で従順になった曙同盟たち。めっきり姿を現さなくなったマコトは消されてしまったのかも知れない。

    皆を裏切る。その選択が正しかったのか、今となっては分からなくなっていた。

  • 81124/08/17(土) 10:45:50

    「違いますよカヨコさん」

    ハルナは私の言葉を、内に秘めた想い全てに対して首を振った。

    「私はただ、伝言を頼まれただけですわ」
    「伝言? 誰の?」

    ハルナは息を吐いてから私の目を見た。そして――

    「"お前のおかげで潜伏できた。よくやったカヨコよ"」
    「っ!?」
    「"お前はきっと私の生存を聞いて滂沱の――"ちょっと離してください」
    「生きたの!? いま何処にいるの!?」
    「落ち着いてください。私はあくまでメッセンジャーとしてここに居るのですから」
    「う、うん……」

    思わずハルナの肩を掴んでしまって、慌てて離す。
    ハルナはこほんと咳払いをしてから、改めてマコトの言葉を私に伝えた。

    "お前のおかげで潜伏できた。よくやったカヨコよ"
    "お前はきっと私の生存を聞いて滂沱の涙を流していることだろう"
    "ひとつ言っておく。お前に責は無い。代表を知って、むしろお前に同情しよう"
    "だが、私は別にお前の裏切りを赦したわけでは無いぞ?"
    "だからこそ、お前に伝えねばならんことがある"

    「"お前の抱えた恐怖も全て、私が地獄へ落としてやろう。私が壊してやる。何もかもな"」
    「…………っ」
    「"だから私に着いてこい。ゲヘナの真のリーダーが誰なのか、その恐怖に曇った瞳にはっきりと映してやろう"」

  • 82二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 11:11:15

    ようつべにあるまとめから追っかけてきました!
    引き込まれる文章に時間を忘れて読んでいました!
    続きを楽しみにしてます!
    無事に完結できますように!

  • 83124/08/17(土) 11:15:28

    >>82

    ダニィ!? と思って探したらあってびっくりしました……。早くない!?

    そしてナイス情報アリガトゴジマス! 「良かった」だけの感想でもすっごい元気になるものなのです。頑張るぜ!

  • 84124/08/17(土) 11:16:15

    私は思わず顔を覆った。目から涙が零れ落ちる。
    ここに居ないはずのマコトの姿が見えた気がした。コートをたなびかせ、皆に先導する彼女の背中がいまここで確かに見えた。

    「……それで、私に何をさせたいの?」

    それからハルナは語った。羽沼マコトの言葉を。
    まず私に風紀部の部長になって欲しいとのこと。それから代表の側近として生徒たちを積極的に弾圧して欲しいとのこと。

    「弾圧? それは……」
    「ゲヘナが滅茶苦茶になりますわね」

    それが彼女の目的らしかった。

    "行き過ぎた改革に着いていける常人は居ない。だが代表はそれに気付かん。だからこそ、ゲヘナの生徒を全員振り落とせ"

    多くの生徒が犠牲になる。だが、マコトが言うには代表は決して誰も傷つける意志は持たないとのことだった。
    無邪気故に、その狂った善性故に。本格的な洗脳が完成した今、5000を超えるゲヘナ生のうちの数千人を捧げてでも恐怖政治を行わさせろと。

    "治安は劇的に良くなるだろう。それを褒め称えながら噂を流せ。代表は独裁者であり、気に入らない者は次々と粛清する雷帝であると"
    "決着は来年の5月。それまでお前には代表の側近であり風紀部部長として恐怖の象徴、その代理を務めてもらう"

    「それで全てが解決するの?」
    「さあ、私には分かりませんわ。ただ、信じるしか無いのでは?」
    「…………辛いね」

    ぼそりと零した言葉にハルナは微笑む。

    「ちなみにもし渋ったらこう言えとも言われていますわ。"裏切ったんだからこのぐらいはやってもらわんとなぁ!"とのことです」
    「はは……用意周到だね」

  • 85124/08/17(土) 11:19:16

    微かに上がる口角。既に気持ちは決まっていた。

    「分かった。やるよ。ただこれだけは伝えておいて」
    「何でしょう?」
    「全てが終わったら奢らせて。今度はちゃんとしたものを渡すから」
    「ふふ、良いことですね。分かりました」

    それだけ言ってハルナは去った。
    それから私はマコトの言葉を実現し続けている。

    圧政を敷かせて噂を流す。5月に全てを終わらせるという、羽沼マコトの言葉を信じて。
    そして長きに渡る時間は終わりへと近づく。4月14日、入学式。

    「また反抗勢力が動き出したみたい。行ってくるよ」
    「うん、お願いねカヨコさん」

    私は代表の部屋を出る。雌伏の時は直に終わると、そう信じて。

    -----

  • 86124/08/17(土) 12:09:00

    数日間に渡ってゲヘナの食品について調べてみると、どうやら有機物培養システム"クラナハ"なるものを使って作った人工食料がいまのゲヘナでは流通しているらしいことが分かった。
    既に学外にも輸出しており、主にD.U.方面では安価で仕入れられる人気食材となっているらしい。

    「ミレニアムとトリニティはまだ受け入れてないんだ……」

    寮の自室に戻ってひとり呟く。
    ミレニアムは輸送コストというより単に距離的な問題でセミナーが止めているらしい。理由は雑なような気がしたけれど、特に興味も無かったためそこはスルー。トリニティに関してはそもそもゲヘナへの悪感情が蔓延しているから輸入にも時間が掛かるだろう。

    (ま、どうでもいいけど)

    ふかふかのベッドに沈んで横になる。
    ふと視線を棚の方へ向けると、棚と壁。その隙間に何かが落ちているのが見えた。

    (なんだろう……これ)

    起き上がって拾い上げると、それは一冊のノートだった。
    ノートの隙間から紙切れが落ちる。視線をそちらへ向ける。

    【現実を見ろ】

    「……?」

    前にこの部屋を使っていた人の私物だろうか。
    紙切れを拾い上げて、それから机に向かってノートを広げた。

    『4月14日…入学式。手榴弾事件』

  • 87124/08/17(土) 12:24:12

    「これ……私の時の……」

    ページをめくって読み進めていく。
    レポートをまとめる前みたいな、散文以下の単語の羅列がノートには綴られていた。
    頻出する個人名はイブキとサツキ、ハルナに代表。それ以外は一度や二度出てそれから出ていない。

    「もしかしてこの部屋……」

    棚の裏や机の下。ベッドなどを調べてみるがこのノート以外何も出て来なかった。
    けれども何となく、本当に多分の推測止まりではあるけれど、この部屋は恐らくマコトが使っていた部屋のような気がした。
    マコトの手がかりがあるかも知れない。そう思った私はもう一度ノートを読んだ。

    『5月25日…襲撃』

    誰がとも書いていない不穏な文章。けれど日付が残っているのはこれが最後だった。
    襲撃"した"のか"された"のか、これから"する"のかすら分からない時系列。ただ、"した"か"された"かしてマコトは行方を晦ませたと考えるのが自然なようにも思えた。

    「……違う。されたのなら書き残せないはず」

    日記とも言わんばかりに書き連ねられた文章。襲撃"した"のならした後のことが書いてあってもおかしくない。
    だったらこれは襲撃"する"が正解だろう。では誰を?

    読み飛ばしたページに戻って、もう一度最初から読み直す。

    『ミレニアム。実験により行方不明者3名』
    『クラナハを使った思考鈍化と多幸感による統治』
    『11歳、飛び級で入学。ミレニアム高等学籍取得。12歳、退学。15歳、ゲヘナ再入学』

  • 88124/08/17(土) 12:32:31

    「なに……これ?」

    マコトのものと思しきノートに綴られた不気味な単語の羅列。
    途中から既に日記のようになっていたそれを捲っていくと、5月6日から8日まで同じ言葉だけが繰り返し書かれていた。

    『5月6日…エデン条約を締結させてはならない』
    『5月7日…エデン条約を締結させてはならない』
    『5月8日…エデン条約を締結させてはならない』

    それだけは強く書かれていた。
    エデン条約と言えば、来月半ば頃に締結されるトリニティとゲヘナとの調印式で結ばれる条約だ。
    紛争を防止するべくゲヘナ―トリニティ間でそれぞれ勢力を出し合って、双方に問題が生じたときに介入できる完全中立な実働部隊を作り出す条約。

    「それを止めようとして消された……?」

    更に読み進めるが、それ以上のことは特に書いていなかった。
    空白のページが続いて、そろそろ閉じようとしたとき、最後のページに小さく書かれた文字を見つけた。

    『資料室』

    「…………」

    何かを伝えようとしていることは分かる。けれども誰に何を伝えたいのかは未だに分からなかった。
    私はノートを閉じると、とりあえずベッドと布団の間に隠す。
    まさかこんなところで鞄を持っていないことに後悔するとは思わなかったが、意図して荒そうと思わなければ気が付かないはずだ。
    逆に無くなっていたら、作為が見える。誰かが私を挟んで何かをしようとしていることが分かる。

    何か巨大なものに巻き込まれようとしている気はしたが、それでも構わない。
    私は部屋を出て、資料室へと向かった。
    -----

  • 89二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 12:40:38

    ここまで一気に読んでしまった……
    続きが楽しみ

  • 90二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 13:18:43

    面白い!一気に読んでしまった...先が気になるぜぇ...

  • 91二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 16:48:15

    YouTubeから来ました!続きに期待

  • 92二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 16:51:12

    畜生もう読み切ってしまったぞどうしてくれるんだ!
    面白い作品をありがとうございます

  • 93二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:37:28

    もうなんか…マコト格好いいな…
    こんなんもうバカマコトとか言えないじゃん…

  • 94124/08/17(土) 20:40:58

    入学式から1週間が経つ頃には、食堂での勧誘にもある程度終わりが見えてきた。
    ハルナはカヨコに調達してもらった風紀部の端末を使って、一年生のうち食堂を利用する生徒を大きく二分してリストにまとめあげていた。

    内容は勿論、人工食料に違和感を覚える生徒と覚えない生徒。
    分かったこととしては、例え味に違和感を覚えても食べられない程ではないという生徒ばかりであること。
    全身が拒絶するほど食べられないのは自分だけらしいということだった。

    「はぁ……お腹が空きましたわ……」

    ひとまずゲヘナ学園を離れて自宅に戻りながらの帰り道。私は思わずお腹を擦った。

    去年の中頃まではまだ食べられるものもあった。
    だが、10月を迎える頃には既にゲヘナ自治区内に自分が食べられるものが何処にもなく、そのこと知った時は流石に堪えた。
    今にして思えば、それでもお金と時間を掛けて学区外へ出れば良い分まだマシだったのかも知れない。
    今年に入ってからはゲヘナ自治区周辺の学区にすら食材が流れており、胡椒一粒であっても吐き気を催すほどに悪化していたのだ。

    おかげで今となっては毎日ミレニアムから取り寄せた大量のカップ麺と餅ぐらいしか食べていない。
    最初のうちは食べたら吐くかも知れないデスルーレットへ果敢に挑み続けていたものの、雷帝に対する情報操作に時間を取られて始めてからはあまり学外で冒険することも出来なくなってしまった。

    (実際枯渇問題ですわ……)

    アップルパイを食べていたあの時が懐かしい。
    飢え死にが割と近くまで迫っているこの状況だって、裏を知っているから耐えられるぐらいのもの……。

  • 95124/08/17(土) 20:41:16

    そう思った時、ふと……ある考えが過ぎった。

    ――本当に食べられない方は、そもそも登校できる状態なのでしょうか?

    リストを見直して、それから一年生の中でリストに入っていない生徒を探す。
    数千人の名前が抽出される。そこから更に入学式以降出席率の悪い生徒を検索する。
    流石にまだ1週間だ。出席していない生徒は殆どおらず、十人程度まで絞り込むことが出来た。

    「あら……丁度この辺りに住んでいるではありませんの」

    入学式から6日連続で欠席し続けている生徒がひとりだけ居た。鰐渕アカリという生徒だ。
    流石に6日で飢え死には無いだろうとは思いつつも、念のため自宅へと向かってみる。

    歩いて数分でアカリの住んでいる部屋に到着し、インターホンを鳴らしてみる。だが、いくら待っても返答は無かった。

    (留守、でしょうか……?)

    何度か鳴らして扉にそっと耳を当ててみる。すると、微かに声が聞こえた。

    「…………れか……」

    居る。それに恐らく良くない状況だった。
    扉にはもちろん鍵がかかっている。

    ――仕方ありません。爆破しましょう。

  • 96124/08/17(土) 20:41:27

    ハルナはすぐさま扉に爆弾を張り付けて、爆風に巻き込まれないよう離れてから迅速に起爆スイッチを押した。
    起こる爆発。静かな住宅街に響く爆発音。慣れた熱風が全身を撫で、その目で扉が開いたことを確認する。
    そのまま速やかに部屋の中へ。アカリが倒れているのを見つけてすぐさま抱き起して頬を叩いた。

    「大丈夫ですか? 立てますか?」
    「な、何か食べ物を……」
    「あなたもゲヘナでの食事が口に合わなかったのですか?」

    確かめるように聞くとアカリは小さく頷いた。
    本来であれば救急部を呼ぶべきなのだが、人工食料を食べられないイレギュラーが見つかるのは避けたかった。

    「大丈夫です。今は持っておりませんが、私の部屋に行けば備蓄が残ってます」

    そしてハルナは肩を担いで鰐渕アカリを自宅へと連れて帰る。
    ハルナが見つけた、真の意味での同志との出会いだった。

    -----

  • 97二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:54:47

    備蓄無くなりそう

  • 98二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 21:52:07

    おもしろい...

  • 99二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 22:09:46

    こんな面白いssを無料で読んでもいいんですか……!?

  • 100124/08/17(土) 23:31:41

    資料室に納められているファイルの数は1日で読み切れる量では決してない。
    ここには情報部が集めた幾千幾万の情報の中でも重要度が高いとされているものが集められており、代表直々にレポートの提出者に対して物理的なファイルの作成が命じられる。

    その資料室に入るためには各チーム長以上の権限を持つか、ポイントを支払って特権を購入するかの2種類しかない。
    例外的に存在するとすれば、それは主席入学者という特権だけ。
    つまりこの部屋を訪れた空崎ヒナはその例外に含まれるということを意味した。

    (ここね……)

    中には当然誰もおらず、私はひとまずぐるりと資料室を歩いて見て回る。
    棚が続くばかりでそれ以外には何も無く、念のため棚の裏やその隙間、脚立を持ってきて棚の上まで覗いてみるが、紙切れ一枚だってそこには無かった。

    ――やっぱり、ファイルの中も見なくちゃ駄目ね。

    相当な量の資料を前に溜め息が出そうになる。
    ただ、あのマコトがきっと助けを求めているのだ。ならば、やるしかない。

    ――遊園地での借りは、まだ返し切ったつもりは無いから。

    目を閉じて思い出すのは去年の5月3日の出来事。
    あれは私が友達に誘われて珍しく遊園地へと行った時のことだった。

  • 101124/08/17(土) 23:31:53

    「空崎さん! ジェットコースター乗って見ない?」
    「ちょっと独り占めしないで! 空崎さん、そんなことよりチュロス食べようよ」
    「お二人とも何を言ってるんですか? ヒナさんは私のものですけど!?」
    「…………はぁ」

    何人かの友達に腕を引っ張られながら、私は「やっぱり来るんじゃなかった」と溜め息を吐いた。

    普段だったら面倒くさがって、誘われても絶対に行かなかった。
    だから了承したのも本当に何となくのことだったのだが、頷いた瞬間友達が歓喜の雄叫びを上げたときは驚きを通り越して恐怖すら覚えた。
    アコに至っては泣き崩れながら天を仰ぐ始末で、もうその時点で早くも了承したことを後悔したが吐いた唾は呑めないもので。

    それから延々と友達たちに引っ張られながら遊園地を回り続けていた。
    ひとりが満足したらまた別の方に。それが終わったら休む間もなくまた何処かへ。

    ようやく一人になれたのは夕暮れになってからのことだった。

    「少し休んでから行くわ。先に行ってて」
    「ほら、アコも行くよ」
    「ああああ! ヒナさん! 私も、私も一緒に……」

    友達に両脇を固められてずるずると引きずられていくアコを見送って、私はベンチに座った。

    「……痛っ」

    微かに顔を歪ませて、私は靴の上から右足の踵を擦る。
    買ったばかりの靴が合わなかったのだろう。ズキズキと脈打つように踵が痛む。
    靴擦れになっているのだろうが、生憎絆創膏のひとつだって持ってはいなかった。

    (……まあ、皆が楽しめたのならそれでいいわ)

  • 102124/08/17(土) 23:32:06

    とは言え、今まで誰にもバレずに歩いていたのだ。水を差すような真似はしたくない。
    もう少ししたら皆と合流しよう。そう思ってベンチに座っていると、横から声が掛けられた。

    「む……空崎ヒナか。奇遇だな、こんなところで」
    「……羽沼マコト」
    「覚えていてくれて何よりだ」

    新学期初日の手榴弾事件以来の再会だった。
    マコトは両手に缶飲料を3本持っており、その視線に気付いたのか、マコトは悔しそうに頬を歪ませる。

    「罰ゲームでな……。ジェットコースターで変な顔をしたら負けだと言われたが、普通は逆とは思わんか!?」

    その様子が面白くて、私はつい笑ってしまった。

    「意外ね。あなたも遊園地で遊ぶだなんて。もっと大人かと思ってた」
    「そう年も変わらんでは無いか……と言いたいところだが、確かに分かる。中学生と高校生の境にはこう、何か大きな壁があるように感じるものだ」

    実際はそんな変わらんものだがな、とも付け加えた。

    「むしろお前が遊園地に居ることの方が驚きだ」
    「柄じゃないでしょ?」
    「キヒヒッ、楽しければ良し、だな」

    そうマコトは笑って、ふと私の足を見た。

    「怪我しているのか?」
    「えっ? ……痛っ」

    驚いて足を引いてしまい、不意の痛みに顔が引きつる。
    マコトは溜め息を吐いてベンチに持っていた缶を置いてから、私の正面で屈む。

  • 103124/08/17(土) 23:32:43

    「見せてみろ。なに、案ずることは無いぞ。イブキが転んだときのために応急キットは常備しているのだ!」
    「でも……」
    「いいから」

    有無を言わさない言動に押し切られてしまって、私は靴を脱ぐ。
    脱いだソックスの踵部分には血が滲んでおり、思っていた以上に重傷だったと気が付いた。

    「こんな状態になるまでよく歩いていたな……」

    マコトは呆れたように言ってから、手慣れた手つきで私の足に消毒液を掛ける。

    「だって、水を差したら悪いじゃない」
    「ふん、傲慢だな。楽しませてやってるつもりか?」
    「そういう意味じゃ……」

    ガーゼを当てて包帯が巻かれる。大げさな気もしたが、絆創膏では押さえ切れないぐらいに広く深く切れてしまっていたから大人しくマコトに任せる。

    「……ありがと。それじゃあ――」
    「待て待て待て、靴を履こうとするな。貴様が行くべきは救護室だぞ?」
    「でも……」

    言い淀む私の肩を掴んで、マコトは真っすぐに私を見た。
    そして諭すように私に言った。

    「あのだな、怪我だって二、三日しなくては完治しないぞ? 友人らも、後で気付いた方が同じぐらい心が傷つく。だったら今言う方が絶対に良い」

    それにだな、と言葉は続いた。

  • 104124/08/17(土) 23:33:05

    「何よりお前が痛むのだろう? 今は我慢してでもやらねばならない時か?」
    「それほどじゃ……、無いけど……」
    「だろう? 確かに痛みを堪えてでも進まねばならん時はある。あるが、その時を安売りするものでは無い。ほら、おぶってやるからお前は靴を持て」

    恥ずかしい、と言いたかったけれど、それすら許さないようにマコトは私に視線を投げかけてから背中を向けた。
    そっとマコトの首元を掴んで体重を預ける。マコトは私の手で支えて立ち上がる。

    「あ、缶……」
    「む?」
    「缶も持つわ。かがんで」
    「ああ、そうだったな」

    缶コーヒーのブラックとカフェオレ、それからオレンジジュースを手に取る。

    「ぃひっ!」

    缶がマコトの喉元に触れて、マコトは冷たかったのか声を上げた。

    「あ、ごめんなさい……」
    「ま、まあ良い……。では行こう」

    それから遊園地の救護室に行くまで少しだけ話をした。
    普段やっていることとか、勉強の話とか。

  • 105124/08/17(土) 23:33:29

    「学年一位なんだったな、確か」
    「どうして知ってるのよ」
    「キキッ、ゲヘナの情報部を舐めるでない。校内記録ぐらいは網羅している。しかし大変であろう? 嫉妬とかされるのでは無いか?」
    「そうなの? やっぱりって顔されるけど」
    「あぁ……あまりに卓越している者には嫉妬すら湧かんか」
    「そういうあなたはどうなの? 主席なのでしょう?」
    「頑張っただけだ。別に要領が良いわけでは無い」

    「そうなの?」と訊くと「そうだ」と返される。
    本当に他愛もない会話だった。けど、それが少しだけ心地よく感じた。

    「そういえば、私の友達にもアコって子が居るのだけれど」
    「うん?」
    「あの子だけね。私が目標なんだって。ずっと頑張ってる」

    学年別の成績順位も私はずっと一位だった。
    でもアコは違う。最初は三十位ぐらいで、そこから少しずつ上がって行って前回は五位になっていた。
    私はそう言った努力なんて出来ないだろう。暇だから勉強してるだけの私と、目標の為に頑張り続けるアコは全く違う。

  • 106二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:33:43

    このレスは削除されています

  • 107124/08/17(土) 23:34:51

    「私とは違うわ。あなたにも、私は成れない」
    「……惜しいものだな。才覚と自己認識が釣り合っておらんのは」
    「どういうこと?」
    「人は自らの力量を自覚するべきだ。そしてその力量に応じた責務を全うしなくてはならん。お前は優れたものとして、他の者を導くか、更なる高みへと挑む責務があるのだ。キヒヒッ、この羽沼マコト様がそうであるようになぁ!!」
    「……強いのね」
    「当然、私は最強だ。あー、負けかけることはあるが、それでも諦めない限り決して負けん。最後に笑うのはいつだってこの羽沼マコト様よ!」

    それは先達の強い言葉であった。
    そして少しだけ憧れてしまった。その姿に。

    その時の言葉を、私は今でも覚えて居る。
    そんなあなたが助けを求めるのなら、私は絶対駆けつける。私はあの夕暮れにそう誓った。

    ――最後に笑うのはあなたなのでしょう? だから、必ずあなたを見つけ出す。

    私は資料室のファイルを手に取った。
    全て探す。爪の先に辛うじて引っかかる程度の僅かな手がかりでも絶対に逃さない。
    例え何日かかったとしても、必ず――

    -----

  • 108二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 07:51:59

    ついに本格的にヒナとマコトが会話したのか
    圧倒的倫理観が欠如した天才相手にどう戦うのか
    無自覚な天才故周囲にも可能と勘ぐりその明らかに異常な「普通」に振り回される一般人
    本来ならそこで関わるのをやめるのが我々一般人側の最大限の防御策なのにそれも出来ないのは…

  • 109二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 12:12:13

    保守

  • 110二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 12:27:05

    まぁやってることは凄まじいんだけど
    じゃあ未来の頭脳最強格ならできるかって言われれば「多分できる」の範囲だから困る
    最強格の強さは異次元だけど頭脳最強格もたいがい異次元だからやけにブルアカらしいリアリティがあるところが素敵だ

  • 111二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 18:24:50

    保守

  • 112124/08/18(日) 18:58:43

    「何と……まさか備蓄の全てを食べ尽くすとは……」

    アカリの胃に収まったハルナの1か月分の食糧。その食べ応えを見てハルナは素直に絶賛した。

    「流石ですわ……! 貴女には素質があります」
    「素質……ですか」
    「ええ、美食を探求するための素質。……私は小食なのであまり食べることは出来ませんが、しかし! 貴女であれば古今東西満漢全席、その全てを堪能することが出来るでしょう。是非とも美食研究部への加入をお勧めしたいですわ」
    「美食研究部……? そんな部活があったんですか?」
    「いま考えましたわ」
    「なるほど……入ります!」
    「ようこそ!」

    ハルナの自宅。全ての食糧が無くなったその部屋で、ハルナとアカリは熱い握手を交わしていた。

    「それで……ハルナさん。美食研究部の活動とは一体?」
    「よくぞ聞いて頂けましたわ。美食研究部、その活動内容とは……」

    ハルナは瞳を閉じて無駄に溜める。そして――

    「真の美食を得るために、それを妨げる全てを排斥する、ですわね!」
    「なるほど……! 美食解放戦線というわけですね!」
    「そんな感じですわ!」

    そしてハルナは手を合わせて宣言した。

    「Eat or Die。飢えて死にかけている私たちにはぴったりの言葉でしょう?」
    「確かにそうですね★ どこもかしこも下水で作ったような食材ばかり。豚の餌にだってなりませんねこれは!」
    「ふふ……アカリさん。やはり私たちは出会うべきときに出会ったのでしょう。友情、ですわ!」
    「友情、ですね!」

  • 113124/08/18(日) 18:59:07

    ハルナとアカリは改めて、何よりも固い握手を交わす。
    何せ反吐の出る食材に囲まれて耐えてきたのだ。飢えとは決して遠くない身近な死。その苦しみは体感したものにしか分かるまい。

    「アカリさんなら分かるはずです。食を奪われるその意味を……!」
    「はい。到底許せるものではありません。ドブに沈めても足りないぐらいには……!!」

    アカリの言葉にハルナは深く頷いた。そして、これまでのことを全て話した。
    曙同盟のこと。カヨコの裏切りとその裏にあった願い。そして有機物培養システム"クラナハ"――諸悪の根源その全てのことを。

    話を聞き終えたアカリの目には明らかな殺意。
    その目を見て、ハルナは笑みを浮かべる。冷たい笑みを。

    「アカリさん。やるべきことは分かりますね」
    「はい、ハルナさん。ゴミはゴミ箱へ。塵ひとつすら残しません」

    アカリはアサルトライフルを握る。
    全て潰す――その熱量はハルナがこれまで見てきた誰よりも熱く、何よりも心強かった。

    「ではまず、これをご覧ください」
    「これは……ゲヘナ自治区の地図ですか?」

    タブレットに映し出された地図には、それぞれ赤く塗られたマーカーが付いていた。
    マーカーに触れると個人の名前が表示される仕組みとなっている。

    「これは私がこれまで集めてきた"クラナハ"を所有している方々とその保管場所です。情報を集めて定期的に爆破する。風紀部に捕まっても顔が割れても行けません。神出鬼没に速やかに、何も知らない方々が『"クラナハ"を契約すると狙われる』と思ってくださるように襲撃するのです」
    「なるほど……最近"反雷帝"を唱える方が増えていたのはもしかして……」

  • 114124/08/18(日) 18:59:23

    ハルナは頷く。そのために今日この日まで戦い続けてきたのだから。
    執拗に襲撃されるリース契約者。代表が敷いている"ように見える"圧政の数々。
    いまなお誰かが反抗を続けているという結果があれば、それは例え仮初でも後に続く者は簡単に増えていく。
    そうなれば風紀部も忙しくなる。風紀を、治安を、その全てを守ろうと正義を掲げて台頭する。

    ここまでくれば後は簡単だ。戦いの火種を絶やさないその限り勝手に戦い始め、誰かが倒れれば殉職者として担ぎ上げられる。犠牲者の数だけ火の手は更に大きくなる。
    反乱軍の先駆けはハルナが爆破を取り仕切る。風紀部の統制および、反乱軍が"捕まり過ぎないよう"調整をかけるのが風紀部部長の鬼方カヨコ。
    どちらも息のかかった者同士で行うマッチポンプ。それがマコトから与えられた指示だった。

    「代表に対して新たに"雷帝"というレッテルを貼り付ける。そして"反雷帝"の勢力を増やしていく。それが今の私たちに与えられた使命ですわ」

    そして憎きクラナハを破壊する。これほどモチベーションの上がるものが他にあるだろうか。

    「素晴らしいですね☆ それで、今から行くんですか!?」
    「いえ、そのためにはまず備蓄を補充することから始めなくてはなりません」

  • 115124/08/18(日) 18:59:35

    そう、問題は破壊活動に夢中になり過ぎて食事を摂り忘れることである。
    交通機関を使って遠出をしなければそもそも食材が手に入らない今の状況では、かなり切実な問題である。
    捕まるどころか目を付けられたらお終いなのだから、備蓄を用意していないと最悪1週間以上何も食べられないことだって有り得るのだ。

    そのことを伝えると、流石のアカリも反省したように苦笑いを浮かべた。

    「その……済みません」
    「良いのです。むしろ良くここまで耐えてくださいました。私にとっても、飢えに苦しむこの気持ちを分かち合える方と出会えたのはアカリさん。あなたが初めてでしたから」

    飢えて死ぬのは全身火あぶりになって死ぬことぐらいの苦しみが生じる。
    その一端に触れた者同士。もうそれ以上の言葉は要らなかった。

    「さあ、アカリさん! 早速買い出しに行って、それから楽しく破壊活動に勤しみましょう!」
    「はい!」

    理不尽な現実に烈火のような怒りを叩きつける。
    そのためにもハルナとアカリはひとまずミレニアムへ買い出しへと向かって行った。

    -----

  • 116124/08/18(日) 21:18:11

    「カヨコ部長! 反抗勢力の潜伏拠点の特定が出来ました!」
    「うん。ありがとう、アコ。……隈が酷いけど大丈夫?」
    「全然大丈夫ですけど!? それよりも次の仕事は何ですか!?」
    「ま、まだ用意できてないから……とりあえず一緒に次の現場行く?」
    「はい!」

    風紀部の新入生は鼻を鳴らしながら先行く私の後を着いて行く。
    ゲヘナ学園一年、天雨アコ。入学早々寝る間も惜しんで働き続けている新人である。

    実際よく働くし、能力も決して低くはない。
    そんな彼女が尾に火のついた馬の如く働き続けているのには理由がある。

    『な、なんでヒナさん風紀部に居ないんですか!?』
    『まあ……代表に推薦されても最終的に選ぶのは自分だからね……』
    『そんな――!!』

    風紀部に入部した彼女は、入部初日に部室を見渡して絶望したように膝から崩れ落ちていた。
    どうやらアコは、入学式の終わりに空崎ヒナが代表に勧誘を受けていたところを見て先走ったようだった。

    (確かに代表直々に『風紀部に入りませんか?』って言われて入らないのは予想外だったけど……)

    情報機密の観点から、数多くある部活動の中でも風紀部と情報部に限っては兼部が認められておらず、また転部にも細かいルールが定められている。
    そのルールのひとつにあるのが、風紀部で得たポイントを使っての転部届けを獲得すること。

    問題は、その転部届けに必要なポイントは極めて高いということだった。
    言ってしまえば情報部員が資料室の鍵を手に入れるぐらいには遠い道のり。

    それもそのはずで、何せ学校の諜報組織と警察組織、その両方にパイプを繋ぎ得るのだ。
    上手くやれば無実の市民だって罪を捏造して捕まえることだって出来る。そのため、その壁は簡単に乗り越えられないよう高く設定していた。

  • 117124/08/18(日) 21:18:28

    (まあ、そう設定するよう代表に進言したの、私なんだけどさ……)

    災厄のイエスマンたる代表だからこそ、その導線だけは最初に切った。
    情報部の情報と風紀部の情報を掴むのは私ひとりで充分。その判断は今でも間違っていないと確信はしているのだが、こうも目の前にその犠牲者が現れるとなると何とも居たたまれない気持ちにはなった。

    「それで部長。次に行く現場とは……?」
    「中央区の商店街。アコが調べてくれた拠点の近く。よく分かったね?」
    「ただ自分の仕事を果たしただけです!」
    「ふふ……そっか」
    「何笑ってるんです!?」

    アコはぷりぷりと頬を膨らませながら道行く私を睨んだ。
    愚直な努力家で、ある種の潔癖さを持つその新人がどうにも眩しく見えて仕方がなかった。

    ――この子に風紀部としての才覚は無い。

    天雨アコにやる気と執念があることは、この4月も終わりに差し掛かった今日までで良く分かった。
    しかし、本人の能力がそれに追い付いていないのも確かである。どこまで行っても凡人。それが私の下した最終評価。

    風紀部として悪意を嗅ぎ取り予測する能力も無い。事実、彼女が提出した潜伏拠点もほぼ全てが間違っている。
    私が残している反抗勢力はいま時点で23勢力。けれどアコが導き出した中で一致しているのはたったの3勢力だけ。

    加えて情報処理にも長けていない。文字と数字の羅列から考え得る全てを想像し、適合率の高いものを導き出す能力がこの子には無い。
    ついで提出される資料も空論の域を出ないものばかりで、身の丈に合わない風紀部や情報部なんかよりも学園直下の部活動では無くもっと普通の部活に入っていたら気楽に楽しく過ごせていただろう。

    その全てを彼女は蹴り飛ばした。自ら茨の道へと足を踏み入れ、急がば回れも行うことなく愚直に険しい崖へと果敢に挑み続けている。

    ――それは誰にでも出来ることじゃない。凄いよアコは……。

  • 118124/08/18(日) 21:18:53

    血の滲むような努力を重ねる天雨アコ。そんな彼女を私は今日も"騙して"、"裏切り"、反抗勢力と内通し続けている。
    必要なことだ。私が実行した"雷帝"のラベル貼りが無ければ、代表はキヴォトスを歪な楽園へと塗り替える。
    ただ、如何に正当な理由があろうとも心が痛まないわけでは無い。

    「ここだね」

    現場に着くと、そこでは既に撤収作業が行われていた。
    代表直下の私兵部隊に連行される反抗勢力。私が代表に作らせた私兵部隊だ。彼女たちは笑顔以外の何物も宿さない瞳で反抗勢力を車へと乗せていく。
    その先陣を切るのは京極サツキ。彼女もまた、笑みを浮かべて今日も誰かを何処かへ連れていく。

    「風紀部長! それがお前の望むことなのか!? 雷帝は狂っている!!」
    「どうして分からないんだ! どう考えてもおかしいだろう今の状況は!!」

    連れていかれる生徒たちが私に向かって叫び声を上げた。
    分かっている。けれどもそれは決して言えない。空に向けて銃声を一発鳴らすと、叫んでいた生徒たちも怯えたように口を閉ざした。

    ――分かっているよ。怖いんでしょ。私のことも、ゲヘナ学園のことも。

    風紀部の鬼だなんて揶揄されて、それでも"雷帝"から解放されるためには多くの犠牲を出し続ける必要がある。

  • 119124/08/18(日) 21:19:05

    いや、誤解ですら無いかも知れない。
    連れていかれる反抗勢力は私が選定して捕まえても問題ないと結論付けた生徒たちだ。
    必要だった。羽沼マコトの計略に必要な犠牲だった。あいつは私はこんな風に苦しむことまで分かった上で作戦を立てたのだ。だから今はただ耐えるしかない。それが私の贖罪だった。

    「部長?」
    「……なに?」
    「あ、いえ……」

    アコは私をちらと見て、それから口を噤んだ。
    4月ももうじき終わりを迎える。だからせめて、この痛みにも終わりがあるんだと、そう――信じさせて。

    -----

  • 120二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 03:24:54

    続きが気になる

  • 121124/08/19(月) 06:36:02

    5月1日。あれから資料室のファイルを読み漁っていた私は、手榴弾事件について書かれたファイルの中に情報部が管理するフォルダのURLを見つけた。
    URLの先にあったのは何てことの無い各種データ群。使われた手榴弾の品番や事件によって発生した損失額。曙同盟が関与していたという事の顛末と、実行犯のデータが揃っていた。

    その中にひとつだけ、妙なファイルがあった。

    【5月3日_遊園地】

    開いて流れたのはハンディカメラの映像だった。

    『ねぇサツキ先輩。映ってるこれ?』
    『大丈夫よイブキちゃん。ほら、マコトちゃんもこっちこっち』
    『む、少し待っていろ……』

    地面を映していた画面にイブキの顔がアップで映る。
    それから少し離してイブキの後ろにサツキとマコトの顔が画面に映った。

    『ええ~っと、5月3日。イブキはマコト先輩たちと一緒に遊園地に来ています!』
    『クク……良いぞイブキ! その調子だ!』
    『いえーい!』
    『サツキ……お前そんなキャラだったか?』
    『いいでしょ別に。こういう時だからよ!』

    楽しそうな日常。私はあの時マコトが遊園地に居た理由をいま知った。

    『マコト先輩。何でカメラに撮っておくの?』
    『……人の記憶は当てにならん。絵だの映像だので残しておかねば、それは簡単に歪むものだからだ』
    『…………分かった!』
    『凄いぞイブキ~!』

  • 122124/08/19(月) 06:36:22

    資料室に残されたファイルから私は既に知っていた。有機物培養システム"クラナハ"が一体どのようなものであるかを。
    この映像はきっと、その事実を知った羽沼マコトが未来に残したイブキとの思い出だった。

    『よし、イブキよ。まず何から周ろうか!』
    『え~と、イブキ。ジェットコースターに乗ってみたい!』
    『ジェットコースター? それは……身長制限が……』
    『イブキ乗れないの……? イブキが悪い子だから……?』
    『任せろ。クレームを山ほど入れてでもお前をジェットコースターに乗せてやろう』
    『落ち着きなさいよマコトちゃん……』

    穏やかな日々の記録に、私は思わず笑ってしまった。
    本当だったらこんな日々が続くはずで、けれども羽沼マコトにその日々が続かなかった。
    きっと多くを知り過ぎたのだ。そしてそれに立ち向かおうとして倒れた。失踪という形で羽沼マコトの痕跡はこの学園から消され尽くした。

    ――それでもきっと、今もどこかで生きている。
    ――最強なのでしょう? 私はそれを信じるわ。

    ゲヘナ学園に散りばめられた羽沼マコトの足跡を、私はここで追い続けている。
    動画は終わって、画面には暗闇が続く。再生を止めようとして、ふと、その手を止めた。

    (……この映像、アップロードの時間がおかしい)

    タイトルは5月3日で、内容もその通り。けれどもアップロードの時間は5月22日だった。
    些細な違和感。別に前に取った映像を上げたと考えれば辻褄が付く程度で、理由なんて幾らでも出来上がる。
    にも関わらず、何かが妙に引っかかる。

    私は続く暗闇の画面を眺め続けた。
    そして、その直感は正しかった。

  • 123124/08/19(月) 06:36:39

    『ここから先は知るべきでない言葉だ。もしもお前が空崎ヒナで無いのなら、今すぐこの動画を閉じろ。知ればお前は消されるかも知れん』
    「……っ!!」

    真っ黒な画面の向こうから、羽沼マコトの声が聞こえた。
    既存の映像に付け加えられた音声データ。物騒な警告の後に続く無音。しばらくして、画面の向こうの羽沼マコトは語り始める。

    『私は曙同盟なる組織に与していた。代表をゲヘナから追い出すそのために。だが、この動画を見ているということは、恐らく私は消されたのだろう。だからこそ、続きはお前に託す』

    『空崎ヒナよ。美食に狂った女に会いに行け。あやつは襲撃には参加させん。きっと何処かにいるはずだ。そして私の名を告げてこう言え。【現実を見た】と』

    『狂った幸福の楽園は仮初の幻だ。そこに見るべき物は無い。真に見るべきはその実情、もたらされる結果、感情を踏みにじられた者たちの現実だ。だがひとつ、はっきりと言うぞ。私ははっきりと言う。その言葉を伝えた途端、お前は大いなる狂気の坩堝に叩き落とされるだろう』

    『世の中には知らなければ良かったことがあると、私はこの数日で幾度も目にしてきた。ここで引き返せばお前は気兼ねなく普通の、楽しい青春の日々を送るだろう。だからこそ今一度聞く』

    『面倒で、苦しくて、痛みばかりが続く道をお前は進むのか? その先にあるのは地獄だけだ。絶望が渦巻く地獄への道を、果たしてお前には進む覚悟があるのか?』

    『私ははっきりと言うぞ。よく考えろ。激情に身を任すな。お前が選択するのだ。その上で準備が出来たのなら進めば良い。炎と硫黄に巻かれたその場所へ。地獄の悪魔を起こすか否かを』

  • 124124/08/19(月) 06:36:51

    そうして音声は途切れた。
    全ては私に当てられた言葉だった。1年越しに届けられた私への言葉。きっと羽沼マコトは分かっている。ここまで言われて私が引き下がるはずが無いと。

    「いいわ。踊ってあげる。あなたの戯曲を」

    知らなければ良かったなんて、そんな言葉を私は否定する。
    全部知って苦しんで、それでも私は"私がどうするか"を選びたい。

    これまで得た情報から"美食に狂った女"が誰であるかはもう分かっている。
    黒舘ハルナ。最初に私に食品について調べた方が良いと言ってきた同級生。彼女はきっと全てを知っている。

    私は資料室の扉を開けて歩き出す。
    全ての始まり、その場所へ向かって。

    -----

  • 125124/08/19(月) 06:37:09

    こうして、全ての物語は一本の縄となって糾える。

    "クラナハ"を破壊するべくゲヘナを回る我が腹心。黒舘ハルナ。
    風紀部を中心に情報統制を務めあげた代表の部下たる側近。鬼方カヨコ。
    その一切を捻じ伏せられる暴力の化身、最強の駒たる空崎ヒナ。

    ――我が計略は全てを呑み込み全てを墜落させる。

    暗闇の中で覆う顔。指の隙間。覗く灰色の瞳が妖しく輝く。
    それは悪魔の囁きだった。一切合切地獄へと叩き落とす魔王の計略、その全て。

    ――ゲヘナの半分はくれてやる。もう半分は私のものだ。

    たったひとりに向けられたその憎悪。
    雷帝を討つ。イブキを解放する。二つの願いがひとつの縄となり、マコトは望みに向かって縄を掴んだ。

    ――守らなければならない。そのためならば、ゲヘナの全てを差し出そう。

    天上へと続く糸。登り続けるは天へと戻るためではない。全てを堕とすそのために。

    -----

  • 126二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 11:33:43

    続きが気になりすぎる

  • 127二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 11:47:01

    保守
    悪意が雷帝唯一の隙とはいえマコトちゃん邪悪ね……

  • 128二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 11:52:41

    恐怖

  • 129二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 15:31:45

    続き待ってます

  • 130二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 15:55:46

  • 131124/08/19(月) 15:56:18

    「黒舘ハルナ、だっけ?」
    「ごきげんよう、ヒナさん」
    「ゲヘナの現実を見たわ。いま何が起きているのか、状況は大体分かった」

    学園でハルナを見つけた私がそう言うと。ハルナは私の瞳を真っすぐに見つめ返した。

    「それで、羽沼マコトはどこにいるの?」
    「……あなたをお待ちしておりましたわ。こちらへ」

    ハルナに続いて私は地下鉄の方へと降りて行く。
    ゲヘナのブラックマーケット跡地。以前は人も居たそうだが、今となっては無人の違法店舗が並ぶだけの場所でしかない。
    その奥に、「白来秋」と書かれた看板のかかった店へと入った。

    戦闘でもあったのか、店内は弾痕が残ったままで修繕の跡も見られない。
    厨房に入ると調理台がひっくり返って荒れていた。ハルナは残骸を跨いで業務用冷蔵庫に手をかける。

    開いた先にあったのは隠し部屋。私はそれを見てようやくここが何処なのか理解した。

    「ここ……。もしかして曙同盟の……?」
    「はい。去年マコトさんたちと一緒に集まった拠点ですわ。今となってはこの場所を知っているのは私とカヨコさんだけですが……」

    中に入って扉を閉める。誰も居ない空き部屋だったが、外の荒れ様と比べたら定期的に掃除されていることが分かる。

    「……マコトは?」
    「マコトさんは何処かに潜伏しているとのことです。具体的な場所は私たちでさえも分かりませんわ」

    ならどうしてここに……?
    そう思ったことが分かったのか、ハルナはテーブルの上に何かを置いた。
    良く見るとそれは小型の通信機だった。ハルナは耳からイヤホンを外してスピーカーへと繋ぐ。

  • 132124/08/19(月) 15:56:33

    「2つで1つのホットラインです。これが、マコトさんと連絡が取れる唯一の手段」
    「……!!」
    「合図は送っておきましたから、マコトさんの準備が出来次第に連絡が来るはずです。カヨコさんも呼びましたので少し待ちましょうか」
    「あなた、マコトと連絡が取れていたのなら――」

    どうしてもっと早く教えてくれなかったのか。
    少々非難するように睨むと、ハルナは何て事の無い表情で私を見返した。

    「念には念を、です。それに、絶対裏切れないのは私だけでしたので」
    「裏切れない?」
    「"クラナハ"で作られた食材が食べられないのです。このまま代表の勢力が拡大すれば、来年には飢えて死にますわね私」
    「それは……」

    ハルナは私の想像以上に切羽詰まった状況にあったらしい。
    その後はハルナからいまゲヘナで進行している作戦を聞かされた。
    風紀部と反抗勢力の対立を作り上げたこと。代表を"雷帝"に仕立て上げたこと。

    「それ、雷帝は気が付かないものなの……?」

    私がそう言った瞬間、スピーカーからノイズ音が鳴る。
    キヒヒ、と聞きなれた口癖が聞こえて私は目を見開いた。

    『それは私から話そう。空崎ヒナよ』
    「マコト――!!」

  • 133二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 15:56:49

    このレスは削除されています

  • 134124/08/19(月) 16:04:54

    羽沼マコト。去年の6月から失踪し消えてしまった"あの人"の声に私の声は上擦った。
    姿は見れなくても、声が聞こえただけでここまで安心するとは自分でも思っていなかったのだ。

    『キヒヒッ、どうした? 心配でもしてくれたのか?』
    「当たり前じゃない……! いま何処に居るのよ……!」
    『今か? ラグジュアリーなホテルで映画でも見ながらハンバーガーを食べようか悩んでいたところだ』
    「本当に何処なのそれ……?」
    『ま、流石に外は出歩けんがな。"雷帝に粛清された"と名前を出して触れ回っている以上、見つかればデマだとバレてしまう』

    それからマコトは「少し待ってろ、顔を洗ってくる」と言って声が若干遠ざかる。
    水の音が聞こえて、溜め息の音。よし、と言ってマコトは再びマイクを付けたらしかった。

    『済まんなヒナよ。まさかお前がここまで早く来るとは思っていなかった』
    「いいわ。それに元気そうで良かった。……それで、どうして雷帝は今の状況に気が付かないの?」
    『奴は悪意を知らん。それ以前に人と社会を認識できておらん。奴が見るのは直接目に映った"顔"だけだからな』
    「顔?」
    『笑っていたり嬉しそうな顔をしていればプラス1ポイント。泣いていたり怒っているような顔をしていればマイナス1ポイント。そのような形で点数にすることでしか、奴は他者の感情を理解できんのだ』

    それはあまりに出来の悪いロボットか何かのようだった。
    マコトが言うには、それを全ての生徒に対して行い続け、マイナスに偏っている人には手を貸そうとするとのことだった。

    『奴の目線は究極のミクロ思考だ。本来ならば全体を見て調整しなくてはいけないことも、あのよく分からん技術力で強引に突破してしまう。だからこそ奴は、存在するだけで災厄となる』

    その上、その全てが善意の元で行われているのだから余計に質が悪い。
    何も知らない相手であったら、気軽に願いを言ってしまうだろう。だからこそ必要だった。"雷帝"という忌み名が。

    『奴は自身が"雷帝"と呼ばれていることを知っている。知った上で、"そんなことよりも"と目の前の相手の願いを叶え続けるのだ』

  • 135124/08/19(月) 16:50:42

    ただ追い出すだけでは勝利とは呼べない。
    完全に孤立させ、社会から切り離さなければ脅威は依然残り続ける。
    それこそ、今後雷帝の姿を見た瞬間に誰もが石を投げるぐらいの悪名が必要だった。

    『まあ、そんな方法。本来であれば人に対して行うべきでは無いがな。……私には救えない者だ。代表も』
    「マコト……」

    スピーカーから聞こえる声に苦悩が混じったような気がした。
    マコトからすれば、無垢な子供を全世界から嫌われるよう仕向けるのと変わらないことなのかも知れない。
    そう考えると少しだけ同情してしまった。代表にも、それを実行するマコトにも。

    少しだけ空気が重くなったところで部屋の扉が開いた。
    振り返るとそこには曙同盟最後のひとり、鬼方カヨコが入ってくるところだった。

    「ごめん、遅れた」
    「大丈夫ですわ。マコトさん、全員集まりました」
    『うむ、では最後の大詰めといこう』

    そしてマコトは私たちに最後の作戦を話した。

    『これより1週間以内に雷帝に対してクーデターを起こす。そのためにいくつかやらねばならんことがある』
    「ようやくだね」
    「9か月越しでしたからね」
    「言って。私たちは何をすればいいの?」

    各々頷いてスピーカーに視線が集まる。

  • 136124/08/19(月) 16:50:55

    『まずカヨコよ。お前は風紀部の権限を使って自治区全体の通信インフラを調べてくれ。クーデター当日に全てジャックするぞ』
    「自治区全体?」
    『そうだ。"クラナハ"の思考鈍化は非日常をぶつければ正気に戻る。ゲヘナにこの偉大なる羽沼マコト様が帰還したことを知らせてやるのだ。……まあ内容は何でも良いが、電波ジャックというイベントは必要だな』

    カヨコが頷く。続いてハルナの名前が呼ばれた。

    『お前は反乱軍の制服を受け取りに行くのだ』
    「ちょっと待ってマコト。制服?」
    『必要だぞ? 敵味方の区別がつく。その上デザインが良ければそれだけで仲間になる者だって現れよう。デザインひとつも案外馬鹿には出来んのだ』
    「ちなみに私が監修しましたの」

    ハルナが付け加えるとマコトは悔しそうに唸った。

    『本当だったら私が指示したかったのだが、携帯も何も没収されてしまってな……。発信機を身代わりに辛うじて通信機だけは守れたぐらいだ』
    「買いに……はいけないか。それで捕まったらあまりに間抜けすぎるもの」
    「他にはありませんの?」

    ハルナが話を戻すとマコトは『うむ』と言葉を続ける。

    『それと医学救急部のセナに会いに行ってくれ。そこで別途指示を出す』
    「分かりましたわ」

    そして残るのは私だけ。私はマコトの言葉を待った。

  • 137124/08/19(月) 16:51:12

    『ヒナよ』
    「何でも言ってちょうだい。確実に遂行して見せる」
    『そうだな……。では、2日間待機だ』
    「…………え?」

    呆気に取られて聞き返すと、マコトはスピーカーの向こうで苦笑した。

    『早すぎるのだお前は。とりあえず2日休め。これは絶対だ。計画が狂う』
    「え、わ、分かった……」
    『そして休んだら、NKウルトラ計画について調べろ』
    「NKウルトラ計画……」

    ノートに書いてあった意味の分からない単語だ。
    資料室を総当たりで調べていたときも、この単語だけは影も形も無かった。

    『私も具体的な内容までは知らんが、いっそ代表に直接聞くのもアリかも知れんな』
    「そんなことして大丈夫なの? というか教えてくれるの?」
    『奴はそもそも隠すという行為すらしないからな。現状隠されているのなら、それは単に内容を知った生徒がマイナスに傾いたからとか、その程度の理由だろう』

    とはいえ、あまり長く話すのも危険だとマコトは付け加えた。

    『また妙なことを思いつかれては敵わん。内容が閲覧できる場所だけ聞いてさっさと離れるのが得策だな』
    「……もし代表の頭の中にしか無かったらどうするの?」
    『その時はその時だ。お前の繊細な話術で代表を魅了してしまえ』
    「冗談言わないでよ……」

    溜め息をついて、私は頷く。
    決戦のための最後の準備だ。マコトとの通信は途切れ、それから私たちはこの拠点を後にした。

    -----

  • 138二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 18:32:19

    セナ!!

  • 139二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 18:55:12

    保守

  • 140124/08/19(月) 19:47:09

    それから二日。私は自宅でしっかりと休んでからゲヘナ学園へ登校する。

    往来には静寂が続いている。
    ときおり道端に座って笑ったままどこかをじっと見てる人もいるけど、今となっては悍ましい光景で、こんな痛ましい"日常"は壊しつくさないといけないと思えるようになっていた。
    学校に近づくにつれて人の声も少しずつだが増えていく。それと同時に風紀部が等間隔で並んでいて、銃を携えたままこちらも変わらず笑ったまま一切動いていない。

    (……狂ってる)

    真相を知った今、私の通学路はもはや見慣れたものでは無くなっていた。
    ずっとおかしかったはずなのに、少しずつ変わりゆく"日常"に心が動かなくなっていた。

    それが今のゲヘナ学園。ゲヘナ自治区。塗り替えられた"普通"は正しく普通に戻さなくてはいけない。
    そして私はそんな光景を作り出した元凶である"雷帝"の部屋をノックした。

    「開いてるよー」
    「入るわ」

    中に入ると雷帝は机に向かっていた。
    端に置いてある盆の上には色とりどりの果実が乗っている。そこから林檎をひとつ取り出すと、「食べる?」と小首を傾げて聞いてくる。
    私は薄く笑って首を振った。

    「今は平気。それより聞きたいことがあるのだけれど」
    「聞きたい事? 何でも聞くよ! 何かな?」

    私は緊張を悟られないように少し息を吐いてから尋ねた。

  • 141124/08/19(月) 19:47:32

    「NKウルトラ計画のデータが見たいんだけど、何処に行けば見られるかしら?」
    「ゲヘナチームの地下二階だよ! あ、エレベーターから行けるんだけど、操作パネルの下に暗証番号いれないと行けないから、ちょっと待ってね」

    あまりに平然と全て喋って、雷帝はさらさらと紙片に何かを書いた。

    「はいこれ、パスワード。6時間経ったら使えなくなるからその時はまた言ってね!」
    「う、うん……。ありがとう」
    「風紀部別館も同じようにパスワードで締めてるけど、そっちはいる?」

    ――風紀部別館?

    何故そこで風紀部が出てくるのか分からなかったが、意味なく聞き返して会話が続くのも避けたい。
    そもそも貰っておかない理由も特に無いため頷くと、雷帝はもう一枚紙片にパスワードを書いて私によこした。

    用は済んだ。後はゲヘナチームの擬装校舎へ向かうだけ。

    「…………あの、代表。ひとつだけ聞いても良い?」
    「ひとつじゃなくてもいいよ~」
    「代表が初めて作ったものは何?」

    別に何てことの無い質問だった。
    これぐらいなら聞いても良い気がしたのもあるが、本当にただ何となく気になったのだ。
    すると代表は盆に乗った林檎を1つ手に取った。

    「フォビドゥンレッドって品種の林檎だよ。知ってる?」
    「……?」

    聞いたことの無い品種が出てきて首を傾げるが、特に遮らず私は話に耳を傾けた。

  • 142124/08/19(月) 19:54:52

    「林檎農家の人がね。甘い林檎を作りたいって言ったの。だから"甘い"の象徴を描き上げてみたらすっごく喜んでくれてね。でもしばらくしたら農家の子が『甘いのはもう要らない』って言ったから"廃れた"のテキストを注入したんだ」
    「な……そ、そうなんだ……」
    「"クラナハ"も同じ原理でね。食用に転化させたのもその時の経験があったから作れたんだよ~。今は0に直接書き込んで作ってるから手作業よりも沢山作れるようになったんだ。特に神秘の物語に楽園の林檎の物語を挿入でき――」
    「ありがとう。よく分かったわ」
    「そっか~。良かったぁ」

    私は引き攣りながらも笑顔を見せてその場を後にする。
    何を言っているのか、全く分からなかった。ただ頭がおかしいことだけは分かる。

    ――私じゃなくってミレニアムだったら雷帝のことも少しは分かるのかしら?

    一瞬そう思ったが、だからこそミレニアムを追放された可能性もあるだろう。

    そして情報部ゲヘナチームの擬装校舎へ。降りたり登ったりさせられる迷路のような階段を抜けてながらエレベーターへと辿り着く。
    雷帝に言われた通り操作パネルの下にあるボックスを外して暗証番号を打ち込んだ。
    動き出すエレベーター。ちん、と安っぽい音を立てながらすぐに扉が開かれる。

    その先にあったのは見知らぬ機械といくつもの端末が区画ごとに固まって置かれただけの、殺風景なフロアだった。
    一目見るだけで三人。机の上の端末を操作していたり画面をずっと眺めている人たちが居る。

    そのうちのひとりに見知った顔があった。
    京極サツキ。ゲームセンターでマコトと一緒に居た人だ。

    彼女は薄く微笑みながら端末をじっと眺めている。

    「ねぇ……サツキ、だっけ?」
    「なぁにヒナちゃん」

    表情を変えずに首だけが私の方へと向いた。
    不気味だ。そして正気じゃない。

  • 143124/08/19(月) 20:37:01

    「NKウルトラ計画について調べたいんだけど……」
    「だったらこの端末使っていいわよ。私は待ってるから」
    「そ、そう……。ありがとう。……ねぇ。私のこと覚えてる?」
    「ええ、もちろんよ。ヒナちゃんでしょう?」

    サツキは笑顔で固定されたままに私を見る。
    そう、私のことは覚えて居る。だったら――

    「じゃあ、マコトのことは覚えてる?」
    「マコト……?」

    サツキの表情が突如として消えた。
    青ざめたように唇は震えて、小さく息を漏らす。

    「ぁ、ぁああああ――」

    直後、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。

    「助けて! 助けて! 助けて! 助けて!」
    「――ッ!?」

  • 144124/08/19(月) 20:37:20

    壁に頭を打ち付けるサツキ。息をするのも忘れるぐらいに頭が回らず立ち竦む私。フロアの誰も、サツキの豹変には反応していない。

    「ちょ、ちょっと……!!」

    我に返ってサツキを羽交い絞めにして引き剥がそうとするも、物凄い力でとてもじゃないが止められない――!

    「マコトちゃん! マコトちゃん! マコトちゃん! マコトちゃん!」
    「くっ――」

    私はすぐさま腕でサツキの首元に組み付いた。
    締め落とさないと取り返しが付かなくなるかもしれない――!
    くぐもった声がサツキの喉から溢れて落ちて、しばらくしてようやくサツキは意識を落した。

    「な、なんだったの……?」

    微かに息切れを起こしながらもサツキを床に寝かせてから、私は端末前の席へと座った。

  • 145124/08/19(月) 20:57:36

    画面を見ると、そこに表示されていたのは入退室記録のようだった。

    『5月2日:退室 A-1、A-2、A-3、A-4、A-5、A-7』
    『5月2日:入室 A-4(投薬回数:1回)』
    『5月2日:入室 A-3(投薬回数:1回)』
    『5月1日:入室 A-2(投薬回数:1回)』

    一昨日から続いていたのは収容所か何かの記録だった。それを見て先ほど雷帝が出した風紀部別館の話も整理が付いた。

    ――風紀部が捕えた人たちに何かの薬剤を投与して学園に戻している、ってことね。

    どう考えても洗脳か何かだろう。画面をスクロールしていくと同じように入退室の記録が流れる。

    『2月15日:退室 …C-20、C-21、C-22、C-23、C-24、D-1』
    『2月14日:入室 D-1(投薬回数:1回)』
    『2月14日:入室 C-23(投薬回数:1回)』

    退室は三日置き。恐らく三日に一度投薬が行われて退室されるのだろう。
    二か月に一度のペースで投薬回数が2回の部屋もあるが、3回も行われる生徒は過去半年分を見ただけでも1人しかいない。

    『12月8日:退室 A-1、A-2、A-3、A-4、A-5、A-7』
    『12月7日:入室 A-7(投薬回数:1回)』
    『12月7日:入室 A-5(投薬回数:1回)』
    『12月7日:入室 A-4(投薬回数:1回)』

    部屋はA-1から順に埋まっていくようだった。
    若い順に入退室が行われる。相も変わらず続く記録にこれ以上の成果は――

    「…………いや、だって、そんな――」

  • 146124/08/19(月) 20:57:53

    不意に浮かんだ考えを否定するように私は画面を下へとスクロールしていく。
    違う。そんなわけない。そんなことあるはずが無い。

    『10月14日:入室 C-1(投薬回数:1回)』

    流れる画面。呼吸が浅くなる。

    『8月26日:入室 B-8(投薬回数:1回)』

    肺は空気を求めるように、脳は理解を拒むように、私の両眼は瞬きすら惜しいほどに流れる画面を見つめ続ける。

    『6月29日:退室 A-1、A-2、A-3、A-4、A-5、A-7…』

    そして、私の空想は現実に触れた。

  • 147124/08/19(月) 20:58:12

    『6月8日:入室 A-6(投薬回数:111回)』

    「ち……違う。だって、こんなの、そんなこと……」

    私は首を振った。だって有り得ない。"耐え切れるはずが無い"。
    多くても3回で退室記録が残っている中、そんなの有り得るはずが無かった。

    『助けて!』

    サツキの絶叫が脳裏を過ぎる。

    『マコトちゃん!』

    あれは、マコトに助けを求めていたのではなくて、まさか……。
    歯の根が上手く噛み合わない。もはや何に対して恐れているのかすら分からない。
    けれど、けれどもしそうであるなら――

    「…………っ」

    私は駆け出した。風紀部別館。あそこが収容所であるならば――

    -----

  • 148二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 21:42:18

    ヒェッ……

  • 149二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 21:45:37

    下手なホラーより怖い…‥

  • 150二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 22:08:33

    もしかして現代のマコトがバカばっかりやってるの雷帝の反動だけじゃなくて"これ"の後遺症の可能性もあるのか…?

  • 151二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 23:16:57

  • 152二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 23:40:48

    このレスは削除されています

  • 153124/08/19(月) 23:41:19

    >>保守。あとなのですが、もしかすると明日午前中に更新が出来ないかもしれません。


    更に言うと夜間が一番危ないです。大変申し訳ないのですが、明後日の11時まで保守いただけますと幸いです……

  • 154二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 01:04:50

    保守

  • 155二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 02:11:08

    「ラグジュアリーなホテルで映画見ながらハンバーガー」
    「2日休むのは絶対」
    ギエーーーー

  • 156二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 04:23:38

    保守

  • 157二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 07:50:25

  • 158二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 09:34:31

  • 159二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 09:43:57

    やばい、鳥肌すごすぎる…

  • 160二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 10:47:25

    まぁ……>>79で絶賛洗脳中の“白髪の少女”が出て来てた時点で、うん

    ここでカヨコがノータッチだった事が気にかかるけど、顔の上半分が隠れてたから分からんかったのかな

  • 161二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 12:16:25

    このレスは削除されています

  • 162二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 12:37:02

    代表、なんか普通に”ゲマ”ってるんだよな

  • 163二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 13:05:07

    カヨコが生徒の中でも唯一恐怖って能力持ってるのって"生徒"っていうテキストを持ったまま神秘を反転させて恐怖(テラー化)させる実験の結果だったりする?
    この代表なら「戦って痛い思いするより恐怖で降伏してくれたがいいよね~」とか言ってやりそう

  • 164二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 13:08:47

    こんな続きが気になるタイミングで更新が遅れるなんて…うおおおお!!
    楽しみに待ってます!!

  • 165二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 14:51:35

    素晴らしいSSです。続きを心待ちにしています

  • 166二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 15:33:22

  • 167二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 16:36:04

    保守

  • 168二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 17:49:09

    薬漬けで色々弄られた上でそれでも諦めないってイブキの件を抜きにしてもマコトもマコトでちょっとおかしい
    代表とは別ベクトルにバグってる

  • 169二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 18:22:06

    保守

  • 170二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 19:21:46

    雷帝がヒフミみたいな自分を普通だと思ってる異常者なのなんかしっくりくる
    ヒフミとは比べ物にならないレベルでヤバいことしてるけど…

  • 171二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 20:03:28

    付加効果抜きに純粋に代替食料として作った場合ハルナセンサーはどうなるのか
    セーフか未知の物質ってだけでアウトか

  • 172二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 20:36:09

  • 173二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:22:34

    保守

  • 174二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:22:36

  • 175二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:26:54

    保守ーーー!!!

  • 176二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:27:51

    保守

  • 177二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 22:13:55

    >>141

    フォビドゥンレッドの時から根回し始まってたの怖すぎる、、、

  • 178二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 22:40:11

    ユーチューブで見て続きが気になりきました。

    結末が楽しみです。

    欲をいえば
    ハルナとマコトペアが面白いからもっと見たい!!

  • 179二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 23:17:20

    保守
    サツキの発狂に他の2人が反応しないのはその光景が日常だと感じるようになるくらいの回数、サツキが自力で洗脳から醒めたってことなんかな...そそるわ

  • 180124/08/20(火) 23:22:38

    間に合った!
    出先で書いて来たので今から一気に更新入ります!

  • 181124/08/20(火) 23:23:01

    風紀部別館に入ってエレベーター。震える指では何度も打ち間違えてしまい、その度に頬が歪んで舌打ちが漏れそうになる。
    ようやく動いたエレベーター。別館に居た風紀部員たちは私の一挙一動に意も返さない。その場にいる全員が洗脳されていることは間違いなかった。
    乗り込んで地下1階。扉が開いたその先はガラス張りの部屋が並んだ歪なフロアだった。

    「なに……これ……」

    部屋のひとつひとつはタイル打ちの白い部屋となっており、仕切られた僅かな空間は恐らくトイレであることが想像できる。
    それ以外には何も無い。不気味な人間大のテラリウム。気が狂いそうになるほどに真っ新な場所だった。

    「A-6……A-6……」

    歩く足も速くなる。ほとんど走るようにA列へと向かうと、そこには先ほどまでとは違う黒に染まったガラスの部屋が1つ。
    A-6。投薬回数が111回を迎えた異常な部屋。私はすぐに駆け寄って、ガラス脇の機器を操作する。

    ガラスの黒が消えてなくなる。透明な壁のその向こう。その先にあったのは――

    「マコト――ッ!!」

    羽沼マコトは人形のように壁にもたれかかっていた。
    枯れた小枝のように痩せ衰えた手足。乱れた髪の毛。額から流れる血液。
    背後の壁には夥しいほどの赤黒く乾いた血痕が残っており、部屋の白さに歪なコントラストを浮かび上がらせている。

    「マコト! マコト!!」

    ガラスを何度も叩く。静かな収容室に響く叫び声。
    羽沼マコトはもう、死んでいるようにしか見えなかった。

    「騒がしいな。今日はまた随分と客の多いな」
    「……ッ!!」

  • 182124/08/20(火) 23:23:32

    マコトは薄く目を開く。まだ生きている――!
    私はガラスを割ろうと銃に手をかけるが、マコトは私を制止した。

    「やめておけ。このガラスは代表が作ったものだ。お前でも壊せんよ」
    「な、なんで……なんで言ってくれなかったのよ……!!」

    ガラスに爪を立てるように手を当てて、私の喉からは引き絞るような声が出た。
    こんなところに1年近くも居るなんて、そんなこと一言だって言ってくれなかった……!

    「言ってしまえばお前が来てしまうだろう? 他の準備が整うまでは言えんよ」
    「でも、でも……」
    「案ずるな」

    そう言ってマコトは這うようにガラスの前まで近寄った。
    そしてガラス越しに手を当てる。私の手に重なるように。

    たった1枚。たった1枚のガラスがこれほど遠いとは今まで思ったことすらなかった。

    そんな私にマコトは優しく笑う。

    「お前はこうして来てくれたでは無いか。それが私にとって重要だった」
    「……ねぇ、こんな部屋でどうやって生きていたの? こんなに痩せて……」
    「む? ああ、食事は出るがクラナハ製でな。お前は効かなかったかも知れんが、私には普通に効くのだ。おかげで餓死する臨界点は掴めて来たぞ」

    なおも歪む私の顔。マコトは私を安心させようと穏やかに語り掛けてくる。

  • 183124/08/20(火) 23:24:01

    「なに、ここも慣れれば快適だ。食事も出るしトイレもある。ウォシュレット付きだぞ? トイレットペーパーだって無くなる前に交換されるしな。この白い部屋もこう、清潔感があるように思えないか?」
    「でも……血が……」

    壁にこびりついた血はどう考えたって異常なほどだった。
    床まで垂れて、その全てが渇き切っている。一体どれだけ頭を打ち付けたのか想像できるぐらいに。

    「ああ……例の薬剤、あれは中々に効いたな。だがまあ、問題ない」
    「問題しか無いじゃない……!」

    6月に収容されたマコトが過ごした11か月の生活は筆舌に尽くしがたいものだった。
    壮絶なんて言葉じゃ全然足りない。こんな場所、1か月だって居たら廃人になる。それに耐え切る、いや、耐え切ろうとするなんて――

  • 184124/08/20(火) 23:24:12

    「……正気じゃない」

    ぼそりと呟いた言葉に慌てて口を押える私。マコトはじっと何処かを見ていた。
    遠い遠い未来の先か。2000ヤード先を凝視するように、その瞳は遥けき彼方の景色を映し出す。

    「正気では雷帝に勝てん。常軌を逸した相手と戦うならば狂気の中にしか勝機は無い」
    「どうして、そこまで……」
    「私には守りたいものがある。それだけで充分だ」
    「もしかして、イブキを……」
    「…………」

    そしてマコトは静かに目を閉じた。続いて開かれたその口が、私に最後の指示を出す。

    「ヒナよ。3日後の12時にこのガラスは開かれる。私に投薬するためにな。その時この場所は警備のため、洗脳された風紀部が30人も集まる。倒せるか?」
    「……問題ない。例え何人来たって必ず倒すわ」

    ――そしてあなたを必ず救う。あなたの地獄は私が壊す。

    頷くマコトに応えるように、私は心に固く誓った。
    そして、3日後。私たちは決戦の時を迎えた。

    -----

  • 185124/08/20(火) 23:24:45

    空は雨が降りそうなほどの曇り模様を描いていた。
    微かに吹く風は徐々に強くなり、じきに台風が来るだろう。

    腰のベルトにマガジンポーチを括りつけてマガジンを入れておく。
    今日までの3日の間に用意した手榴弾も2個ほどぶら下げておくが、そもそも色んな武装で戦うのはそう得意ではない。
    出番があるかも怪しかったが、あくまで念のためだ。

    アサルトライフルを肩にかける。5月6日。最後の戦い。
    ウォーミングアップを軽く済ませてから、私は玄関の扉を開いた。

    ゲヘナ学園。それは雷帝によって狂わされた狂気の楽園。
    マコトが戦い続けなければ、今日という日は存在しなかっただろう。

    校門を抜ける。本校舎の前にある噴水広場に昨日まで無かった幅広のステージ台が設置されていた。
    流石に機材は置いていなかったが、マコトの救出に合わせて設置されるのだろう。

    近くには救急医学部の車両が控えており、傍にはハルナとセナが話している。
    私は素知らぬ顔で通り抜け、風紀部別館へと入っていった。

    「あら、ヒナちゃん?」
    「こんにちは、サツキ」

    京極サツキは昨日のことなんて無かったかのように、笑顔を貼り付けながら私に手を振る。

    「NKウルトラ計画の投薬日、今日でしょ? 私も見学していい?」
    「いいわよ」

  • 186124/08/20(火) 23:25:04

    あっさりと了承するサツキ。その様子を見て、嫌な想像が頭を過ぎった。
    NKウルトラ計画。これは思考を雷帝に近づけるものなんじゃないか、と。

    個人を雷帝で上書きしようとでもするようなもの。そうして思考パターンを絞り込まれる。
    サツキの叫びは消えていない個人が表出したからで、マコトが頭を打ち付けていたのも頭の中から雷帝を追い出すため。

    きっとNKウルトラ計画が完成したらこの世界に個人の境は無くなるだろう。
    全員が同じ考えをして、全員が役割に沿って同じように行動する。争いの無い世界が生まれる。
    妄想もいいところ、とは言い切れないのが雷帝なのだから。

    エレベーターが降りていき、私は現実に戻される。
    収容所のフロアには無駄に30人も風紀部員たちが居た。
    思考が絞られているから判断できないのだろう。だからこんなに多く集まってしまう。

    それぞれ通路に立ち並ぶ風紀部員たちは銃を携えて満面の笑みを浮かべたまま動かない。
    その間をサツキと共に抜けていく。A-6の部屋に近づく。

    「……ッ」

    部屋の前では風紀部員に両脇を抱えられた羽沼マコトが、引きずられるように連れ出されていた。
    マコトが僅かに顔を上げる。髪の間から灰色の瞳が覗いて、私と目が合う。そして――

  • 187124/08/20(火) 23:25:20

    「――やれ」

    マコトが指示したその瞬間、私はサツキの腹部にアサルトライフルを押し付けて引き金を引き絞った。

    「うぐっ――!?」

    倒れ往くサツキの口が僅かに動く。
    マコトちゃんを、助けて――

    「大丈夫。あなたのことも助けるから」

    29人の風紀部員が迫り来る。
    向けられた銃口は意に返さず、まずはマコトの両脇にいる部員の一人の襟首を掴んだ。

    「なっ……!」
    「邪魔」

    翻って私の背後の風紀部員目掛けて全力で投げ付ける。先頭に居た二人に直撃して投げられた部員はきりもみ回転しながら上へと弾かれていった。
    その様子を見送ることも無く、すぐさまマコトの傍に居る部員の腹目掛けて拳で打ち抜く。
    その一撃で昏倒した部員は崩れ落ち、マコトに寄りかかるように地に沈む。

    「マコト。それ盾に使って」
    「あ、ああ……」

    マコトが部員の陰に隠れたのを見て、私は改めて風紀部員たちへと向き直る。

    ――残り25人。

  • 188124/08/20(火) 23:25:34

    部員たちが一斉に引き金を引く。飛んでくる無数の弾丸は百は下らないほどに多数。避ける場所など何処にも無い。
    全身に銃弾が突き刺さる。鋼鉄の雨の中、身を屈めてクラウチングスタートのような体勢を取る。

    「関係、ない……!」

    瞬間、小型のミサイルが突っ込んだかのように前列に居た風紀部員たちが吹き飛ばされる。
    隊列が崩れたところでアサルトライフルを構える。すぐ隣にいた部員を蹴り飛ばして反対側に居た部員目掛けて引き金を引く。
    身を翻しながら腰の手榴弾を手に取って投擲。山なりに飛んで後方に居た部員たちの足元へと落ちる。爆発。

    「何処に行くの?」
    「ひっ――」

    距離を取ろうとした部員の胸倉を掴んで地面に叩きつける。まだ意識が残っていたため足を掴んで振り回す。
    しかし他の部員からは距離を取られていたために、振り回された部員はそのまま壁に叩きつけられて今度こそ意識を失った。

    残った部員はあと11人。私がアサルトライフルを構えると、怯えたように後ずさりしたように見えた。

    「……良かった。攻撃すれば正気に戻りかけるみたいね」

    ――全員倒す。誰も逃しはしない。

    私は残る部員を片付けるべく、更に一歩踏み出した。

    -----

  • 189124/08/20(火) 23:27:03
  • 190二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 23:45:56

    更新乙&埋め
    マコトへの愛をつくづく感じる

  • 191二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 23:48:35

    うめうめ
    面白すぎる…最高のssに出会えてよかった

  • 192124/08/20(火) 23:50:27

    埋め! と少しだけ休憩……。

    せっかくなのでマコト編書いてた時に何度も聞いていた曲と万魔殿編書く時に聞いている曲上げておきます。


    ■マコト編

    Cö shu Nie – 絶体絶命 (Official Video) / “約束のネバーランド” ED

    ■万魔殿編

    MYTH & ROID「Endless Embrace」MV(TVアニメ「メイドインアビス 烈日の黄金郷」EDテーマ)


  • 193二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 00:01:50

    うめ
    マコトかっこよすぎる!!

  • 194二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 00:36:45

    うめ

  • 195二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 01:09:40

    うめ

  • 196二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 01:38:57

    うめ

  • 197二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 04:15:32

    うめ

  • 198二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 05:59:08

    うめ

  • 199二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 06:46:22

    うめ

  • 200二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 07:58:23

    うめ

オススメ

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