- 1◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 22:50:42
──地獄の釜の蓋が開く。
今日からお盆だ。
本来ならば帰郷し、懐かしい顔ぶれや親族たちと思い出話や近況について盛り上がっている頃だろう。
だが、トレーナー職に休みらしい休みなどは無い。この時期だって合宿に同行し、担当のトレーニングだ。
そういえば、ここ最近は地元に帰っていない。連絡は取り合っているが直接顔を合わせたのはもう、随分前だ。
「トレーナー、次はこれを頼む」
感傷に浸っていると、担当であるエアグルーヴから声をかけられる。
地元に帰れないのは彼女たちも同じ。指導者である俺がこんな調子ではいけない。
「トレーナー? 調子でも悪いのか?」
「ああ、いや、大丈夫。考え事していただけだから」
担当に心配をかけさせているようではダメだな。気を引き締めないと。
「それなら良いが……今夜は迎え火だ。日没までに盆棚を仕上げるぞ」
そう言いながら、彼女はあるものを手渡す。鈴なりに鮮やかな実を付けたある植物。それはほおずき。
お盆に現世に帰ってくる先祖たちの道しるべであり、この世に留まるための仮の宿。
昔、ばあちゃんの家でやったなあ。盆棚の準備。元気かな、ばあちゃん。
それにしても立派なほおずきだ。どこで仕入れたんだろう? 顔に出ていたのだろう。声に出す前に、彼女は教えてくれた。
「近隣の農家の方が毎年分けてくれるんだ。ありがたいことだな」
「そうだったのか……それにしても立派だな」
「そうだろう? 今年も自信作だそうだ。盆も帰省できない私たちを気にかけて、毎年こうやってくれるんだ」
そうだったのか……一度、挨拶しに行こうかな。そういえば、ばあちゃんもほおずき作ってたなあ。
落ち着いたら、エアグルーヴを連れて一回会いに行こうか。この子が俺の担当だって紹介したいしな。
「さあ、日没まで時間がないぞ。おしゃべりはここまでだ」
おっといけない。今はこちらに集中しよう。
日が暮れたら今度は迎え火。さあ、あと一息だ。 - 2◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 22:50:56
──地獄の釜の蓋が開く。
さあさあ、今宵は大仕事。一世一代の大仕事。
年に一度の骨休め。亡者、獄卒みな同じ。
この日、この瞬間が我らの生きる意味、そしてさだめ。
祖霊たちの道しるべとなり宿となり、打ち捨てられるまでが我らの役目。
さあ明るく照らせ! 冥府の果てまで!
さあ明るく照らせ! それが我らの生きる意味!
我らは祖霊たちの道しるべ。
我らは祖霊たちの依代。
我らはここにいる。そのためにいる。
それが我らの生きる意味。
ああ、女帝殿。私たちは幸せです。
貴女の系譜、そのさだめの依代となれて幸せです。
女帝殿、お願いが有ります。
私たちの役目が終わったら、どうか打ち捨ててください。
川や海に流していただいてもかまいません。
土に還していただいてもかまいません。
灰にしていただいてもかまいません。
女帝殿、私たちは幸せです。
貴女のために働けて、幸せです。 - 3◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 22:51:08
以上
お盆なので書きました。
ほおずきって、素敵だね。 - 4◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 22:51:21
- 5◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 22:55:05
追記
トレセンだと夏合宿でそもそも帰れないだろうから合宿所でお盆の行事やってんじゃないかなあと思って書いた次第です。 - 6二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:56:36
いいな
なんか味わい深いというか素敵な話でした - 7二次元好きの匿名さん24/08/14(水) 22:57:35
ここにもまた女帝に忠誠を誓うものが一つ……
この目線からの独白すき - 8◆l7elE92Qk0.U24/08/14(水) 23:16:59
- 9二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 06:17:16
自分の意思で動ける事もなく ほぼ運だけで生涯が終わるなら こんな終わり方も良い
- 10二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 07:51:08
花壇の人かと思ったら花壇の人だった
- 11二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 08:43:41
後半はかなりトンチキなのに
不思議とほっこりするいいSSだ… - 12◆l7elE92Qk0.U24/08/15(木) 17:30:15