【微閲注】好きな小説の一節が集まるスレ

  • 1二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:01:04

    ↓見たら再び立てたくなった。元スレの主ではありません。

    書物系のスレあげて欲しい|あにまん掲示板本、書物の話題が見たいおすすめの本が挙げられてるのとか…貼られたスレに対してのレスもOKこれは1のおすすめスレhttps://bbs.animanch.com/board/708050/bbs.animanch.com

    官能小説以外ならジャンル不問。エッセイでもラノベでも何でも。色んな人のツボをワチャワチャ楽しみたい。露骨でなければ多少のエログロ描写もあり



    俺の大好きな開高健が、連載を持つ週刊プレイボーイのデスクに送った「編集者マグナ・カルタ」


    耳をたてろ。

    眼をひらいたままで眠れ。

    右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。

    トラブルを歓迎しろ。

    遊べ。

    飲め。

    抱け。抱かれろ。

    森羅万象に多情多恨たれ。

    補遺一つ。女に泣かされろ。


    右の諸原則を毎食前食後、欠かさず暗誦なさるべし。

  • 2二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:12:32

    >>1よ、趣味が合うな

    そんな俺からも好きな一節を


    豆腐だ、豆腐なのだ


    開高健 ベトナム戦記より

  • 3二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:21:24

    「中佐、聴いていただきたいのだが、妻は不幸な女で…」
    「不幸なのは行方不明になった娘たちです。また、その親たちです。私は特別な人間の特別な不幸には興味はありませんので、あしからず」

    (田中芳樹『カルパチア綺想曲』より、ルカーチ氏とノイマン中佐の会話)

  • 4二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:26:09

    国木田独歩の武蔵野 音に関する描写が素敵

     鳥の羽音、囀る声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢の蔭、林の奥にすだく虫の音。空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。蹄で落葉を蹴散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それもいつしか、遠ざかりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる銃音。

  • 5二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:37:49

    この顔だ、と思った。少年のように無防備な喜び方、そして私は痛烈に実感する。
    この人からは何も欲しくない、ただ与えるだけ、それで恐ろしいくらいに満足なのだ。

    島本理生『ナラタージュ』

  • 6二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:44:21

    ひとしきり叫び終えた私は――――そこから走り出した。
    決して背後を振り返らずに、何かを振り切るように。

    もう迷うようなことはしなかった。
    それだけが私がその手を握らなかった人たちに対してできる、最後の誠意だった。

    それでも涙は止まらなかった。

    ただ、涙が止まらなかった。


    The Unlimited Horizon
    第二章『赤い伯爵と青い薔薇』

  • 7124/08/15(木) 23:46:27

    >>2

    すごい人よね。死んだ後に存在を知った開高先生、前から大好きだし、西尾維新さんの十戒?の感性バージョンって感じがしてフフッてなる

  • 8二次元好きの匿名さん24/08/15(木) 23:52:19

    皆よくそんなサラッと出せるな…

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 00:09:41

    ALAS……彼らの意図は何か?ニンジャを従え、天下統一……神器の誤用……この乱暴な短絡に、いかな意図が潜む?……何も無い。虚無だ。何と稚児じみた夢であろう?彼らには深甚な意図など、何も無い。何も無いが……それを止める術は無い。

     彼らには何も無い。ロードとその舎弟の夢見る天下統一。武力統一。ニンジャ支配。キョジツテンカンホーで築かれた権威。稚児じみた夢。虚無。だが、ひとたびそこに私利私欲の徒が己の欲望を持ち寄り、エンジンの最初の火花を入れれば、巨大な機構は動く。現実に動く。抑圧を開始する。

    巨大な機構は動く。現実に動く。キョートを私する。モータルを殺す。無限に殺す!止める術は無い!そしてそこに意味など!意味など無いのだ!ナムアミダブツ!これもまた古事記に記されたマッポーの一側面なのか?

    ニンジャスレイヤー 
    ラスト・スキャッタリング・サーフィスより
    初めは三点リーダー使ってゆっくりとした雰囲気を漂わせながら物語の本軸に近づく度にどんどん早くなって最後には感情的になっていくような地の分の描写が好き

  • 10二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 00:11:33

                       エル·ドラド
    メキシコ合衆国の北、国境を越えた先に〈黄金郷〉がある。
    そう信じ込み、そう信じ込ますにはいられなかった人々がいる。

    佐藤究『テスカトリポカ』


    冒頭の1文だけで夢に縋らないと生きていけない悲しみがビンビン伝わってくる名文

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 00:13:46

    桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
    これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。

    梶井基次郎『桜の樹の下には』

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 00:21:22

    こうして時は移って行く。あらゆる人物も、あらゆる事業も、あらゆる悲劇も、すべてその中へと一つ一つ永久に消えて行ってしまうのである。そして新しい時代と新しい人間とが、同じ地上を自分一人の生活のような顔をして歩いて行くのである。五十年後は?百年後は?

    田山花袋「東京の発展」(『東京の三十年』より)

    昔の人も百年後の世界について考えたんだなって実感と、自分は彼が想像したよりもっと後の時代を生きているんだなって気持ちと
    どうしても紙上の歴史を平面的に見てしまう中で、こういう過去の人間が「当時を生きて考えていた」ことを窺い知れる文が好き

  • 13二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 01:51:37

    みんながめいめい自分の神様が本当の神様だと言うだろう。けれどもお互いほかの神様を信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。

    『銀河鉄道の夜』(第三稿)宮沢賢治

    改稿でここを含む前後の会話数ページが全て削除された
    でも宮沢賢治の思想心情全載せって感じで好き
    この一節はその中でも特に深く刺さってる

  • 14二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 02:15:34

    「精霊アマワ……お前にくれてやるのは、この一瞬だけ」
    その瞬間に──叫ぶはずのない──ミズーは叫んだ。
    「ほかはわたしのものだ!」
    刀身は手を握り合うように絡んで交差し、互いの心臓を同時に刺し貫いた。

    秋田禎信「エンジェル・ハウリング」

  • 15二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 02:17:59

    ヴェスナ・エスタ・ホリシア。再びあいまみえる時まで。幻界に、現世に。人の子の生に限りはあれど、命は永遠なり。( 宮部みゆき 『ブレイブ・ストーリー』)

  • 16二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 02:20:04

    君の人生は長く、世界は果てしなく広い。肩の力を抜いていこう。

    (香月日輪 『妖怪アパートの幽雅な日常』)

  • 17二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 02:35:02

    司祭は足をあげた。足に鈍い重い痛みを感じた。それは形だけのことではなかった。自分は今、自分の生涯の中で最も美しいと思ってきたもの、最も聖らかと信じたもの、最も人間の理想と夢にみたされたものを踏む。この足の痛み。その時、踏むがいいと銅版のあの人は司祭にむかって言った。踏むがいい。私はお前達に踏まれるため、この世に生れ、お前達の痛さを分つため十字架を背負ったのだ。
    こうして司祭が踏絵に足をかけた時、朝が来た。鶏が遠くで鳴いた。

    遠藤周作「沈黙」

  • 18二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 02:41:06

    その女の足は、彼に取っては貴き肉の宝玉であった。
    拇指(おやゆび)から起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のような踵(きびす)のまる味(み)、清洌な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。
    この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった。

    刺青 谷崎潤一郎
    フェチ全開女の足麗句礼讃ほんと好き

  • 19二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 04:55:03

    1章 『また会う日を楽しみに』編

    これがおれのルーティン。
    イメージを投影し、制御した雷を使うための儀式。

    「〝厳霊――雷花〟」

    11章 『想うはあなたひとり』編
    では――、最後に。 
    俺はかつての強敵――コボルト王ゼクスに心の中で告げる。
    今こそおまえの濁点をもらう、と。

    「……さ、さあ咲き、誇れ……、そして、散れ……!」

    「やめ――――ッ!」

     宿した力、〈厳霊〉の全解放。

     それ即ち――

    「〝雷我〟」

    古柴 「おれの名を呼ぶな!」

  • 20二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 06:15:02

    「ニューロは神経、銀色の径。夢想家(ロマンサー)。魔道師(ネクロマンサー)。ぼくは死者を呼び起こす。いや違うな、お友達」
    と少年はちょっと踊って見せて、褐色の足で砂に跡を印し、
    「ぼくこそが死者にして、その地」

    ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(黒丸尚訳)

    初見で銀色の経とは…?ってなったんだけどよく見たら径(みち)って読むことに気付いて震えた。全ての語感が格好良すぎる

  • 21二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 07:04:07

    人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。

    赤い蝋燭と人魚/小川未明

  • 22二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 08:23:04

    愛は祈りだ。僕は祈る。
    僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい。

    「愛は祈りだ。僕は祈る。」が好きすぎる
    舞城 王太郎  好き好き大好き超愛してる

  • 23二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 09:06:29

    わたしは立ち去りかねて、穏やかな空のもとしばし墓畔を歩き、ヒースや釣り鐘のあいだを飛びかう蛾を眺めて、草原にそよ吹く幽かな風の音に耳を澄ました。そして、思うのだった。こんな静かな大地に休らう人々が静かに眠れぬわけがあるだろうか。
    嵐が丘/E・ブロンテ/鴻巣友季子
    タイトルと噛み合ったとても美しい締めの一節だと思う

  • 24二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 09:39:29

    このレスは削除されています

  • 25二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 11:56:13

    サンフランシスコが最も自殺者が多いの、なぜだか知ってるかい?

    人間は捨て鉢になると何処かに引っ越すんだけど、太陽が東から西に向かって進むように、人も西に向かうんだ。

    ――ドナルド・E・ウェストレイク
    「さらば、シェヘラザード」

  • 26二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 12:06:31

    「もう二度と会えない人、もう二度と立ち寄らない場所、もう二度と触れないもの、もう二度と聴けない音楽」

    彼女は窓の方を眺めて目を細めた。

    「人生は、常にそんな別れの連続ですね。幼い頃は、別れの意味がわからなかったし、未来の予測ができないわけですから、悲しくもない。
    逆に歳を重ねれば、人は別れに慣れ、また、自分の老いさきが短いという覚悟もできて、不思議に平常のものとなります。ですから、その途中の世代だけが、別れを悲しむのです」

    「できれば、また来ます。お会いできれば、と思います。もし、お許しがいただければ、ですけど」

    「ありがとう。言葉は言葉だけなのに、でも結局、言葉が嬉しいわ」

    デボウ・スホは微笑んだ。

    ―― 森 博嗣『女王の百年密室』

  • 27二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 12:16:30

    >>8

    5だけど自分の中で殿堂入りの小説って何回も読むから好きな文章を暗記しちゃったりしてる

    パカパカケータイのメモ帳に好きな文章を打ち込んで通学中に読んだりした思い出(電子書籍がまだ普及してなかった)

  • 28二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 16:23:16

    age

  • 29二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 22:14:54

    旅の間にしか読めない本があるとよい。旅の間にも読める本ではつまらない。なにごとにも適した時と場所があるはずであり、どこにも通用するものなどは、結局中途半端な紛い物であるにすぎない。

    円城塔『道化師の蝶』

  • 30二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 02:01:45

    『手紙に同封した写真を見て。きみはいい顔をしている。
    際限なく広がるこの美しい世界の、きみだってその一部なんだ。わたしが心から好きになったもののひとつじゃないか。
        雪村サキ』

    乙一『しあわせは子猫のかたち』

  • 31二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 02:42:32

    「……さようなら。あなたが行くあの世と、私が行くあの世が、違えばいいんだけどね」

    ろくごまるに「封仙娘娘追宝録 黒い炎の挑戦者」

  • 32二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 08:12:48

    バアさんのもう1つの特性、それは「食に対するアナーキーさ」である。


    ウチのバアさんの1日は、コーンフレークに養命酒をかけた朝食から始まる。


    で、昼ぐらいになるとジイさんに、やれ「車エビを買ってこい」、やれ「鯛の切り身を買ってこい」と近くのスーパーにパシらせる。


    そして、そんな高価な食材を3〜4日外に干してフリカケを作ってしまうのである。


    現在、ウチの食料棚や収納庫には、冗談抜きでバアさんが作ったフリカケがドラム缶1本分ぐらいある……。


    ゲッツ板谷 「板谷バカ三代」


    >>8

    本を引っ張り出して打ち込んでる

  • 33二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 11:58:54

    天下統一が何物であるか。野心のごときが何物であるか。実証精神のごときが何物であるか、一皮めくれば、人間は、ただ、死のうは一定。それだけのことではないか。
    出家遁世者の最後の哲理は、信長の身に即していた。しかし、出家遁世はせぬ。戦争に浮身をやつし、天下統一に浮身をやつしているだけのことだ。一皮めくれば、死のうは一定、それが彼の全部であり、天下のごときは何物でもなかった。彼はいつ死んでもよかったし、いつまで生きていてもよかったのである。そして、いつ死んでもよかった信長は、そのゆえに生とは何ものであるか、最もよく知っていた。生きるとは、全的なる遊びである。すべての苦心経営を、すべての勘考を、すべての魂を、イノチをかけた遊びである。あらゆる時間が、それだけである。
    信長は悪魔であった。なぜなら、最後の哲理に完ペキに即した人であったから。

    坂口安吾「織田信長」

  • 34二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 19:28:45

    ――だがつきとめた時は、すでに全人類をまきこんだ悲劇は終末にちがづこうとしており、彼自身も死の床によこたわっていた。ハムの資格のある彼は、この情報を、役にたつかたたないかわからぬまでも、もし生きのこる地域があるならば、その地域の人々に役だてようと思って、全世界にむかって、くりかえし流しつづける方法をとり、そして死んだのである。
    A・リンスキイ――名もない四十代の研究者、南極にいたものの誰一人、彼をどんな男か、どんな顔をして、どんな人となりの人間かを知らなかった。にもかかわらず、彼の名は、その後南極の人々に、永遠にとどめられることになった。――死の瞬間に、絶望的な事態の中にあって、なお、自分の知識を死後の世界に役だてることを願った人……。

    (小松左京『復活の日』より)

  • 35二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 19:41:30

    わが創り主よ、おまえが被造物のおれを憎み、はねつけるのか。どちらかが滅びぬかぎり切っても切れない縁で結ばれているわれわれなのに。それを殺そうというのだな。どうしてそんなふうに命をもてあそぶことができるのだ?

    フランケンシュタイン メアリ・シェリー、森下 弓子

  • 36二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:35:50

    匣の中には綺麗な娘がぴつたり入つてゐた。
    日本人形のやうな顏だ。勿論善く出來た人形に違ひない。人形の胸から上だけが匣に入つてゐるのだらう。何ともあどけない顏なので、つい微笑んでしまつた。それを見ると匣の娘もにつこり笑つて、「ほう、」と云つた。
    ああ、生きてゐる。何だか酷く男が羨ましくなつてしまつた。

    京極夏彦『魍魎の匣』

  • 37二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:37:02

    このレスは削除されています

  • 38二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:38:18

    「おまえの、いうとおりだ」
     たしかにおれは抱えている。そして嘘をつき、ごまかしている。このまま何年生きても、欲望は消えないだろう。不穏な想いはこびりついたままだろう。
     正直に生きるのは、あるいは幸福なのかもしれない。本心に抗って、踏み外す悪寒におののきながら、我慢をつづける人生よりずっと。
    「だけどな、スズキ。おれはそれを、不幸せとは思わないよ」
    (呉勝浩「爆弾」)

    ミステリーと銘打たれてはいるし実際推理も頭脳戦もあるからそれで合ってるんだが
    こういう描写があるから個人的にこれは「警察小説」と呼びたい

  • 39二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:43:52

    たとえば、夜明け前の穏やかで 厳かなひととき。ひとり目ざめて外に立ち、ほの暗い天空を仰ぎ見るうちに、地平から 曙光 がさしはじめ、 人知 の及ばぬ変化が 顕れ、やがて東方が 呱呱 の声を発したかと思われる一瞬を経て、昇りはじめた太陽の不可知にして不変の荘厳に心臓さえ鼓動を忘れる──何万年ものあいだ毎朝くりかえされてきた神秘ではあるが、そんな一瞬、人は永遠の命を確信することがある。

    「秘密の花園」フランシス・ホジソン・バーネット

  • 40二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:47:26

    新撰組副長が参謀府に用がありとすれば、斬り込みにゆくだけよ

  • 41二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 20:56:24

     この世界で魔法使いは無二の友達を得てその近くに留まり、幸福な時を過ごすが、あるとき図らずも人前で魔法を使って素姓を明かしてしまい、魔法の国に帰らなければならなくなる。そして、その存在は忘れ去られる。魔法使いの親友だった子どももやがて、何事もなかったように、他の誰とも変わらない大人になってゆく。
     そのような記憶の消去は必ずしも完壁なものではなく、消え去った記憶の微かな痕跡が残ることもあり、思いがけない瞬間に、思いがけないきっかけ一それはあるときには音楽の断片であり、あるときにはお菓子の味、絨毯の模様、花の香りである一により、魔法使いと過ごした至福の時の記憶が生き生きとよみがえることもある。しかし、それはほとんど奇蹟のような例外でしかない。多くの場合、何かをかつて忘れ去り、今は思い出すことができずにいるというもどかしさ、予感とも余韻ともつかない灰かな感覚だけが胸の裡に湧いては消える。
     この魔法使いは、私たちの言葉では、幼年時代と呼ばれている。

    福嶋 伸洋 著『魔法使いの国の掟』

  • 42二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 21:17:56

    空も大地も雪で白い朝、一晩中うめき苦しんだ女たちが、血に濡れた赤ん坊を産み落とすわ。だれにも祝福されない赤ん坊。人間の手違いから産まれてしまった赤ん坊を、祖母は、産まれなかったことにしてあげる。神さまは、手違いの一つ一つにまで目がとどかないわ。とどくのなら、ふしあわせなものはいなくなるはずでしょ。皇帝と同じ。皇帝はあまりに遠くにおいでになる。わたしたちのことは何もご存じない。神さまもそうよ。ご存じなら助けてくださる。でも、人の手違いまでは目がとどかない。

    冬の旅人 皆川博子

  • 43二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 21:22:51

    「しおりって、本をどこまで読んだのか、目印にするためにはさむから、次に本を開いた時には、必ずしおりのある場面から読み進めることになるだろ?つまり、物語はいつも、しおりのあるところから始まるんだ。だから、『君の物語は、いつもここから始まるんだよ』っていう意味を込めて、『しおり』って名付けたんだよ」

    緑川聖司『晴れた日は図書館にいこう ここから始まる物語』

  • 44二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 21:25:21

    トリカブトが咲いている。のばらの赤い実。つる草の紫の実。山椒のえんじの実。枯れはじめたアザミ。死んだ犬のことを思い出す。

    武田百合子「富士日記」

  • 45二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 21:31:53

    一日静かであった。今日もゆっくりとした夕焼けとなる。庭の雪はその間、バラ色に染まる。お礼をこめて夕陽に向かって、一と踊り踊ってみせてやる。

    富士日記だとここも好き

    武田百合子は良いぞ

  • 46二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:10:13

    彼女は波間に浮かぶ黄色いバラの花を見ただろうか。「嫉妬」という花言葉を持つこの花を、自分を焼き尽くしたその言葉を。

    恩田陸「不安な童話」

  • 47二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:18:31

    今日よりましな自分を明日に画いて今日を生きる。それしかあるまい

    宮城谷昌光「孟嘗君」

  • 48二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:23:49

    私の名はピーター・ダーウィン。誰もが訊くので真っ先に申し上げておく、ちがう、チャールズの血縁ではない。

    ディック・フランシス「帰還」

  • 49二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:32:21

    私も、悪魔の尿溜攻撃は、数回にわたって試みましたが、結局空からも征服は不可能という惨めな結論を得たばかりです。
     飛行機万能の現代では、航空機の前に未踏地はなし――とまでいわれるのに、なぜ悪魔の尿溜だけには敗退したか? 悪気流か? それも一因でしょう。
     だいたい、悪魔の尿溜の北側は大絶壁になっております。そのうえがゼルズラと呼ばれる流沙地帯なのですが、そこは、上空の空気が非常に稀薄で、よく沙漠地方におこる熱真空ができるのです。
     そこへ来ると飛行機はもうよろよろと蹌踉きます。しかし、絶壁下にひろがる悪魔の尿溜の湿林は濃稠な蒸気に覆われてまったく見通しが利きません。その靄か、沼気か、しらぬ灰色の海に、ときどき異様な斑点があらわれるのです。
     私は思い切って、最後の飛行の時ぐっと下降してみました。ところが、いままで、濃霧ガスか沼気かと思っていたのが驚いたことに雲のように群れている微細な昆虫だったのです。横三十マイルにもひろがる悪魔の尿溜の上空をぎっしりと埋めて、おそろしい蚊蚋の大群が群れているのです。マラリア、デング熱の病原蚊、睡眠病の蠅、毒蚋、ナイフのような吻の大馬蠅の Tufwao ああ、その大集雲!
     悪魔の尿溜に、よしんば金鉱が隠されてあろうとダイヤモンドが転がっていようと、あるいは珍奇獣虫がいようと原人がいようとも、この永劫霽れようとも思われない毒の羽虫の雲を除くには、恐らくガスマスクをつけ防虫完備の工兵が、優に一師団をもってしても数年はかかろうかと思われます。

    小栗虫太郎『有尾人』

  • 50二次元好きの匿名さん24/08/17(土) 23:56:10

    「楊雄だ、致死軍だ、やはり」

    着ているものに、特徴があった。襟のところが、抜けるように青い空の色なのだ。それで、見分けがついた。追って来るのは、一千ほどの兵で、騎馬も二十騎ほどいた。その騎馬が、不思議なほど致死軍に翻弄されている。馬が急に曲がれないのを利用して、うまくやり過ごしているのだ。

    「俺と李俊が飛び出すのが見えたら、全員敵に飛びかかれ。必ず殺せ。殲滅させるのだ。いいな、勝てるぞ」

    穆弘が叫んだ。
    李俊は剣の鞘を払った。近付いてくる。楊雄。鮮やかすぎるほどの、青い襟の色。全身に血が駈けめぐりはじめた。眼下を、楊雄の一隊が駆け抜ける。それを追う騎馬と一千の兵。土煙が、視界を曇らせる。

    「行こう、李俊」

    北方謙三 水滸伝
    兵を埋伏し待ち受けている所へと敵を誘き寄せて来る味方。それを指揮する男の襟の色が近付くにつれ鮮やかに感じられるてくる描写が待つ側の緊張感を表現してるようでほんとすき

  • 51二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 00:51:39

    軍一筋でやってきた将軍。陸軍大学校を出たばかりの参謀。空に昇り天候をみてきた少佐。郵便局で魔術通信を扱っていた中尉。教師だった将校。軍のなかで努力を重ね兵から上り詰めた曹長。おっかない顔をした軍曹。その下で威張っているが実は心根の優しい伍長。ヴルスト屋の屋台を引いていた兵。博徒として街のちょっとした纏め役だった兵。染物屋を営んで家庭を支えていた兵。歓楽街の下働きだった兵。
    兵器や、弾薬、軍馬、輜重馬車にさえ背景がある。
    数年前までは鉄鉱石や木材だった野砲。鉄道職員によって積み込まれた山砲。熟練工によって仕上げられた砲弾。一つ一つ検品された銃弾。職工の手と丸鋸により厚さを揃えて切り出された木材により作られた木箱。海を渡ってきて育てられた軍馬。この戦役のあと農家の手に渡って何十年と大事にされた輜重馬車。
    その膨大な何もかもが、統制され、制御され、練りに練られた混乱ともいうべき展開運動のなかで集結していく。
    軍とは。
    軍隊とは。
    ある日突然何処かへと、魔法のように出現するものではない。断じてそうではない。

    樽見京一郎『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』

  • 52二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 00:55:16

    「予言はいつの世も曖昧なのですよ、蝶さん。あなたの名前に準えて、バタフライ効果でもありませんが。何が遠因となって結果が変移するかは予測できません。ゆえに未来のことを語るときは、いかな予言者といえども断定はできないのですよ。予言をした瞬間に、すでに未来は変化している。『予告をされた未来』にね」

    「ビスケット・フランケンシュタイン 」 日日日

  • 53二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 01:05:54

    サムが死んで三日後、キャサリンは保安官を、椅子にすわってコーヒーを飲んでいた保安官を、撃ち殺した。仕留めたあと、キャサリンは自分の唇に真っ赤な紅をきれいに引くと、息のない保安官にキスをした。三日前、この男が望んだとおりに。

    ルイス・サッカー「穴 HOLES」

  • 54二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 01:29:23

    私が枕もとに近づいて、髪をいじりながら額に接吻しようとすると、彼女は弱々しく首を振った。
    堀辰雄『風立ちぬ』

    好きという訳では無いがとても印象に残っている
    私が小3か小4のとき、「接吻」の意味が分からず親に聞いたのね
    親は中々教えてくれなくて、なんでそんな破廉恥な…って感じだった
    一応、意味は教えて貰ったけど
    「なんてことを聞いてしまったんだ」ってショックで、分からない言葉であろうと今後絶対に親に聞かないようにしようと心に誓った思い出…
    今思えば聞いた言葉が「接吻」でまだ良かったな

  • 55二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 01:33:01

    それは、立派なおもちゃの兵隊になることを夢見た小さな孤独だった。

    森博嗣「すべてがFになる」

  • 56二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 01:56:26

    「私の声は聞こえますか?」

    聞こえている。
    何重にもなったような不気味な声が、ステルの頭の中に響き渡っている。

    「私の姿は見えていますか?」

    見えている。
    二足歩行で立ち両手からは力を抜いている、ノイズが走る少女の姿が見えている。
    そして、その後ろには。

    「私は何に見えますか?」

    巨大で、人型で、口以外顔の無い巨人が目の前にいる。
    ステルは理解した。
    目の前のこれが顔の無い巨人なのだと、理解した。

    「――――貴方の世界は今、何色ですか?」

    世界は白黒で、空は赤くて、太陽は真っ黒に染まっていた。

    色付きカルテ「非科学的な犯罪事件を解決するために必要なものは何ですか?」
    なろうとかのWEB小説もありなの?

  • 57二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 02:07:44

    あれあれ見たか、
      あれ見たか。
    二つ蜻蛉とんぼが草の葉に、
    かやつり草に宿をかり、
    人目しのぶと思えども、
    羽はうすものかくされぬ、
    すきや明石あかしに緋ひぢりめん、
    肌のしろさも浅ましや、
    白い絹地の赤蜻蛉。
    雪にもみじとあざむけど、
    世間稲妻、目が光る。
      あれあれ見たか、
        あれ見たか。

    泉鏡花 縷紅新草
    泉鏡花の文って刺さる人には刺さると思うんだが中でも一番好きなのがこれ
    どうしてこれほどリズムから何まで綺麗な文が書けるのか

  • 58二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 02:18:09

    「機械は犬のように従順で、電子システムは猫のように狡猾だ」

    神林長平「敵は海賊」

  • 59二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 02:25:11

    正直に言って、私は自分が死ぬことなど少しも怖くない。けれども、後に残された人々のことを考えると恐怖で体が震えます。私は、その時、生まれて始めて責任という言葉を噛み締めました。私は自らの手で自分を消してしまおうと決意した時に、責任という足枷の存在に気づいてしまったのです。私は、ただの一個の人間ではなかったのです。目に見えない足枷によって身動きのとれない幸福な奴隷だったのです。

    山田詠美「風葬の教室」

  • 60二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 02:25:59

    そして、舞台の上で演じられる悲痛な出来事や、こっけいな事件に聞き入ってると、ふしぎなことに、ただの芝居にすぎない舞台上の人生のほうが、自分たちの日常の生活よりも真実にちかいのではないかと思えてくるのです。みんなは、このもう一つの現実に耳を傾けることを、こよなく愛していました。
    ミヒャエル・エンデ「モモ」

  • 61二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 02:31:51

    「ほう、『書肆・蔵書一代』、ですか。なかなか変った、しかし、いい屋号ですなあ。個人の蔵書はまず一代限りですからな」

    紀田順一郎「古本屋探偵の事件簿」

  • 62二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 09:40:52

     私は何かに劇しく苛立っていた。懼らくは心中に蠢く憧憬とも憎悪ともつかぬ思いに。……そして徒に、今し方口にした許りの詞を嘲嗤うより外は無かった。
     私は頸を折り、光に霞んだ視線を地に繋いだ。眼は路上に遊んだ。その時ふと、傍の岩膚に、耿々と炫く一点を認めた。
     歩み寄れば、麦の粒程の皓い蜘蛛であった。地に膝を着いて、ゆっくりと顔を寄せると、漸う睛の裡にその姿が呑まれていった。
     その繊細で硬質な肢体、その静謐、その妖氛。───それは、練稠せられた、白昼の眩暈であった。

    『日蝕』平野啓一郎
    この人の文章マジで美しい

  • 63二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:07:31

    戻ろうか、どうしようか。一番大切なものも、一番おぞましいものもあるあの場所である。
    空を見上げて、昼の月が出ていたら戻ろうと思い、見上げようとして、もし出ていなかったらと不安になって、汗ばむのもかまわず歩き続けた。

    向田邦子「大根の月」

  • 64二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:09:06

    流れさった時間を押しのけて、短かった恋の香りがした。

    香納諒一「タンポポの雪が降ってた」

  • 65二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:14:41

    このレスは削除されています

  • 66二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:15:23

    オマエら皆、俺に、――皆でやればホライゾンを救えるって教えてくれた。
    ホライゾンは、死ぬしかない人間じゃない。
    殺されるしか他にない人間じゃない。
    それが解っただけでも有り難え。
    俺が出来なくてもオマエらは出来る。
    だから憶えておいてくれ。
    もし、自分に大事な人がいたら。
    その人が危険な目に遭っていたら、――オマエらは救えるんだ。
    オマエらは出来る。
    ――出来ねえ俺が、保障するさ

    「境界線上のホライゾン」川上稔
    このあとの6ページぶち抜きの挿絵も合わせて最高なんだ

  • 67二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:36:22

    「考えてもみろ、正義が勝たなくて他に何が勝つ」

    夏目漱石「坊ちゃん」の独白
    実は愛媛のクソガキにからかわれてブチギレてる時のセリフで、別にカッコいいシチュエーションではないんだけどストレートで好きな言葉

  • 68二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:42:55

    「この寝台の端に二人の小児が見えて来た。一人は十三四、一人は十歳くらいと思われる。幼なき方は床に腰をかけて、寝台の柱になかば身を倚たせ、力なき両足をぶらりと下げている。右の肱ひじを、傾けたる顔と共に前に出して年嵩なる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金にて飾れる大きな書物を開げて、そのあけてあるページの上に右の手を置く。象牙を揉んで柔かにしたるごとく美しい手である」

    「二人とも烏の翼を欺くほどの黒き上衣を着ているが色が極めて白いので一段と目立つ。髪の色、眼の色、さては眉根鼻付から衣装の末に至るまでふたり共ほとんど同じように見えるのは兄弟だからであろう」

    この絵からインスピレーションを得たらしい夏目漱石「倫敦塔」の一節

    絵を見てこんなに美しい文章がスラスラ浮かんだら楽しいだろうな……

  • 69二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 11:46:49

    「戦い抜く、言うはやすく、疲れるね」

    「しかし、度胸は、決めている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ、そして、戦うよ。決して、負けぬ。負けぬとは、戦う、ということです。それ以外に、勝負など、ありゃせぬ」

    「戦っていれば、負けないのです。決して、勝てないのです。人間は、決して、勝ちません、ただ、負けないのだ」

    坂口安吾の「不良少年とキリスト」

    太宰治の死に宛てた言葉で、死んだ太宰のことを受け入れながらも、それでも自分は生きていくっていう決意表明

    「人間は決して勝てないけど、負けない」 この言葉が大好き

  • 70二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 13:14:57

    「自分に助けを求める者がいたら、即座に殺すことだ。それは獲物だ」

    あっさりとした調子で告げた。その分、さも当然だと言わんばかりの響きがあった。

    「自分が助けを求めて応じる者がいたら、それも獲物だ。
     助け、助けられるふりをして奪うのだよ。
     金や、それ以上のものを」

    『マルドゥック・スクランブル』 冲方 丁

  • 71二次元好きの匿名さん24/08/18(日) 21:37:08

    「やめろ、やめてくれ」
    ノルトはあえいだ。
    彼の心で、恐怖の深淵が亀裂を拡大しつつあった。眼前に彼が幻視したのは、バルコニー上にたたずむ独裁者に対して、手と小旗をふる群衆の海だった。
    彼らは被害者などではないのではないか。独裁者にだまされたというが、だまされたふりをしていただけではないのか。独裁者という玩具をもてあそんで、飽きたらダストシュートに放りこみ、つぎの英雄を、つぎのもっと楽しめる玩具を、見つけだすだけのことではないのか。

    田中芳樹『七都市物語』

  • 72二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 07:02:25

    汚いって不快になるかもしれないけど

     母親は齲歯(むしば)の痛痒(いたがゆ)く腐ったような肉を吸いながら、人事(ひとごと)のように聞いていた。
    「それ、そんなこンだろうと思ったい。」と、主婦(あるじ)は吐き出すような調子で言った。

    徳田秋声『足迹』

    家族を連れて上京したものの食い詰めて田舎に一人戻った父親の近況を聞いている母親と親戚の主婦。生きた人間の感じが好きすぎる。

  • 73二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 10:36:01

    恋愛ばかりでなく、すべての物の考え方がだれとも一致しなかった。
    しかし、孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず、自殺するほどの強い情熱もなく、
    結局、偽善的(仮面的)に世間と交わって行くほかはなかった。
    そして、大過なく五十七年を送って来た。子を生み、孫を持ち、好々爺となっている。
    しかし、今もって私のほんとうの心持でないもので生活している事に変りはない。
    小説にさえも私はほんとうのことを(意識的には)ほとんど書いていない。

    際立った青春期を持たなかったと同時に、私は際立って大人にもならなかった。
    間もなく還暦というこの年になっても、精神的には未成熟な子供のような所がある。
    振り返って見ると、私はいつも子供であったし、今も子供である。
    もし大人らしい所があるとすれば、すべて社会生活を生きて行くための「仮面」と「付け焼刃」にすぎない。


    『江戸川乱歩全集 第30巻:わが夢と真実』の「わが青春記」より

  • 74二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 12:24:31

    >>63

    あ、うん未だに読み返す時ある

  • 75二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 14:16:41

    Q.初版本は切手やコインのように収集されるべきか?

    A.当然である。当たり前である。本そのものとしては誤植があったりする……が、ある人物がその作品を世に問うた、その処女性が尊いのである。

    (略)

    私は、自分の本が切手やコインのように争って国際古本市場で求められるのを望んでいるが、日本語で書いている以上は、とても無理な話であるナ。

    しょせん私は、神田の古本屋街で、惜しまれつつ消えていく存在なのであろうか――。

    ――開高 健 『風に訊け』より

  • 76二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 14:24:03

     最初は復讐でした。あるいは正義のつもりでした。もう、どちらであろうと変わらないのでしょう。その二つの境目はSNSの間ではあまり顧みられないものですから。少なくとも、私がカタリナを生み出した時は、それが世界の悲しみを救うと本気で信じていました。

    カタリナの美しき車輪/斜線堂有紀(小説新潮 '24/8)

  • 77二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 15:39:38

    この女が幻像であろうと何であろうと、生きている相手ならばたとえ神でも殺してみせる。

    ──奈須きのこ「空の境界」より
    空の境界で初めて奈須きのこさんの作品に触れたけど、ワードセンスがいい。俺が目指すべき作品の完成形って感じが読んでるとすごいする。

  • 78二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 15:46:32

    希望を永久に回避することはできない
    「シーシュポスの神話:カミュ」

  • 79二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 17:58:04

    ミーコがいなくなって、一ヶ月ほど経ったある日、私は座布団に一本、ミーコの毛がくっついてるのを見つけた。
    手にとってみると、ミーコの複雑な毛色がたった一本の中に全部織り込まれていた。
    ミーコの色だ、ミーコはこの色の猫だ。
    学校帰りにミーコの姿を屋根の上にみつけてうれしかった、あのミーコの毛の色。
    私は初めてミーコの事で泣いた。振り返ればいるんじゃないかと思って振り返っても、もうどこにもミーコはいなかった。
    さくらももこ「たいのおかしら」の“ミーコのこと”

  • 80二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 18:01:56

    虎よ!虎よ!から

  • 81二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 18:08:32

    >>80

    なにこれ?これなんて小説?

  • 82二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 18:25:49

    幸田文が書く「きもの」の表現がすき

    真夏の銀座で、レモンのような青みある黄色の無地紗に、帯は黒地の綴に銀線を刺繍したのを締めた人に逢いました。炎天の下に目をみはらせる姿です。あんな黄色い紗は普通には見かけませんから、きっと誂えでしょうし、お得意な夏姿でしょう。もしこのひとが帰宅して、さらっとこのきつい着物を脱ぎ、うす水色に裾に蘆手模様かなにかの、おとなし向きに着かえて、もう一度出かけていき、更に帰宅してぱっと麻の葉崩しの浴衣を着るとしたら、どんなものでしょう。
    「きものとおんな」

    花から麦へかけての季節に、和服を三四度はいいかと思います。それから紅葉。この季節にも何度かはいいものだと思います。空は高く青いし、ものにはすべて秋の冷えが感じられるし、化粧の自分の指先さえ頬にひやりとします。きぬずれはそうした気候に特に冴えて耳に来ます。ようくお聴きください。きぬずれの囁きはあるときは女をほんのりさせますし、あるときは少しひとをなまめかせます。和服のたのしい季節です。
    「かきあわせる」

  • 83二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:00:45

    >>81

    アルフレッド・ベスターよ虎よ!虎よ!


    ああいうタイポグラフィの元祖じゃないかな

    いろんな後進の小説に影響与えたアイディアの塊みたいな小説

  • 84二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:06:45

    さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるみたいですけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。

    蹴りたい背中/綿矢りさ
    「さびしさは鳴る」ってセンテンスは学生時代に本物の孤独を経験した人じゃなきゃ出てこないよ

  • 85二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:10:29

    閏は母親越しに外を見た。
    間の抜けた陽光とインクのような空。時折さらさらと空へ舞い上がっていくものがある。それは剥離した死体の断片。町の死体達が一斉に昇天を始めたのだ。もう二昼夜も続いている。
    街が死んでいく。
    閏は想った。

    牧野修「召されし街」(「楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史」に収録)

    牧野先生の表現は「きれいは汚い、汚いはきれい」を地で行くと思ってる

  • 86二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:14:53

    月と狼神と繭が赤くなる時、すなわち創世記の神々が地上から滅びて千年ののちにこの世に現れる破壊神の伝説。その神は、人間たちに横顔だけを見せて通り過ぎていった創世の神々には似ず、闇の奥に飢餓の双眼を見開いて真向から人の世を見すえる神である。この神は天から降りるのではなく、地上に人として生まれてのち、赤い繭の中から四つ脚の姿となって出現するのだと伝説はいった。そして四つ脚のものは常に、北のかた狼門より都に入る。……

    パラス・アテネ 山尾悠子

  • 87二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:19:13

    教訓には二つあって、先人がそのために失敗したから後人はそれをしてはならぬ、という意味のものと、先人はそのために失敗し後人も失敗するにきまっているが、さればといって、だからするなとはいえない性質のものと、二つである。

    恋愛は後者に属するもので、所詮幻であり、永遠の恋などは噓の骨頂だとわかっていても、それをするな、といい得ない性質のものである。それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから。つまりは、人間は死ぬ、どうせ死ぬものなら早く死んでしまえということが成り立たないのと同じだ。


    恋愛論/坂口安吾


    >>69

    坂口安吾いいよね

    おたくとは美味い酒が飲めそうだ

  • 88二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 19:19:47

    ――創世ノ神とともに生まれた破壊ノ王は、生まれると等しく、夢のない眠りに落ちていると聞いた。そのかたは、荒ぶる神などではない。自ら憤怒の形相をあらわして、人の世に破壊を行う神などではない。やがて人の世の末世が近づいてくると、そのかたは独り寂しいところで夢を見はじめると聞いた。独り没落と滅びの夢を寂しく夢見つづけながら、涙を流すとも聞いた。
    ――この世を創ったのは神々であろうが、それを破壊し滅ぼすのは、神ではなく人であろうよ。

    火焔圖 山尾悠子
    山尾悠子の言葉と世界が好きすぎる

  • 89二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 20:36:26

    ええ、お察しの通りです。ここに写っているのは、八槇博士のご家族。
    とてもお幸せそうで、非の打ちどころのない、理想的なご一家という印象を与えてくることは、あなたさまにも、ご異論のないことと存じます。
    ですが、悪魔というものは、こうした完璧な幸福こそ、何よりも忌み嫌い、真っ先に打ち壊しにかかるのですわ。
    お気の毒な事に、八槇博士のご家庭も、例外ではありませんでした。
    ちょうど、薔薇のつぼみに産みつけられた卵から孵った毒虫が、せっかく開いた花弁を喰い荒らしていくように。
    眼には見えないほどの細菌が、人間の健康な肉体をむしばんで、ついには立てないほどに衰弱させてしまうように。
    八槇博士の心に、悪魔が植え付けた黒い妄念は、ゆっくりと育っていって、ついには、彼の一族と青鱗館とを崩壊にみちびいたのでございます。

    赤城毅『帝都探偵物語 青鱗館の恐怖』

  • 90二次元好きの匿名さん24/08/19(月) 22:24:05

     その白牡丹のような白紗の鰭には更に菫(すみれ)、丹(に)、藤(ふじ)、薄青等の色斑があり、更に墨色古金色等の斑点も交って万華鏡(まんげきょう)のような絢爛、波瀾を重畳(ちょうじょう)させつつ嬌艶に豪華(ごうか)にまた淑々として上品に内気にあどけなくもゆらぎ拡(ひろ)ごり拡ごりゆらぎ、更にまたゆらぎ拡ごり、どこか無限の遠方からその生を操られるような神秘な動き方をするのであった。

    岡本かの子『金魚繚乱』
    よくここまで書けたなって感動した。

  • 91二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 00:47:36

    自分にこんな一面があったなんて信じられない。
    母を失い、復讐を志し、銀翼騎士団の一員として己を鍛えながら、数々の任務をこなし続け――そうやって送ってきた十余年の人生で、こんな感情を抱いたことはただの一度もない。
    どうにかこうにかそこまで思考を整理したところで、ガーネットはあまりにも今更なことを自覚した。
    ――これは遅い初恋なのだ。
    儚く終わるはずだったその思いが、考えうる限り最高の形で実を結ぼうとしているために、無防備な心がすっかり舞い上がってしまっているのだ。
    だったらいっそ、このまま行けるところまで行ってしまえ。
    愛しい男は、きっと全てを受け止めてくれるはずだから。

    星川銀河『【修復】スキルが万能チート化したので、武器屋でも開こうかと思います(5)』

  • 92二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 01:22:44

     どんなに小さいことでもよい。タンポポの花一輪の贈りものでも、決して恥じずに差し出すのが、最も勇気ある、男らしい態度であると信じます。僕は、もう逃げません。僕は、あなたを愛しています。毎日、毎日、歌をつくってお送りします。それから、毎日、毎日、あなたのお庭の塀のそとで、口笛吹いて、お聞かせしましょう。あしたの晩の六時には、さっそく口笛、軍艦マアチ吹いてあげます。僕の口笛は、うまいですよ。いまのところ、それだけが、僕の力で、わけなくできる奉仕です。お笑いになっては、いけません。いや、お笑いになって下さい。元気でいて下さい。神さまは、きっとどこかで見ています。僕は、それを信じています。あなたも、僕も、ともに神の寵児です。きっと、美しい結婚できます。

    太宰治「葉桜と魔笛」

    やっぱり太宰治って天才だわ

  • 93二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 01:36:37

    江戸川乱歩氏に対する私の感想【夢野久作】
    「硝子窓が深夜にワナワナとふるえるようなポーのペンに対して、眼の球が白昼にトロトロと流れ落ちるような乱歩氏の筆」

    一見したら意味が分からない文章なのにエドガーアランポーと江戸川乱歩の違いをよく表現しているなと震えた

    関係ないけどこの感想文で紹介されている乱歩の【白昼夢】は全文が好きな一節になるくらい素晴らしい作品なので青空文庫で是非

  • 94二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 03:04:05

    かもめは飛びながら歌をおぼえ 人生は遊びながら年老いていく
    遊びはもう一つの人生である そこにはめぐり逢いも別れもある

    人は遊びの中であることを思い出し、あることを忘れ、そしてあることを捨てる



    夢の中で失くしたものを、目がさめてからさがしたって見つかる訳はない

    現実で失くしたものを、夢の中でさがしたって見つかる訳はない

    人は誰でも二つの人生をもつことができる 遊びは、そのことを教えてくれるのです

    『遊びについての断章』(寺山修司)

  • 95二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 04:58:15

    さようなら(谷川俊太郎)

    ぼくもういかなきゃなんない
    すぐいかなきゃなんない
    どこへいくのかわからないけど
    さくらなみきのしたをとおって
    おおどおりをしんごうでわたって
    いつもながめてるやまをめじるしに
    ひとりでいかなきゃなんない
    どうしてなのかしらないけど
    おかあさんごめんなさい
    おとうさんにやさしくしてあげて
    ぼくすききらいいわずになんでもたべる
    ほんもいまよりたくさんよむとおもう
    よるになったらほしをみる
    ひるはいろんなひととはなしをする
    そしてきっといちばんすきなものをみつける
    みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
    だからとおくにいてもさびしくないよ
    ぼくもういかなきゃなんない

    皆さん博識というか博学な方ばかりで凄いわ
    ところで小説じゃないけど歌詞やノベルゲーの一文ってOKなんでしょうか?

  • 96二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 09:07:00

    あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為なそう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後の挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。

    駈込み訴え 太宰治
    愛憎と情念が鬼気迫る
    口述でできたのも凄い

  • 97二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 09:12:12

    獅子が大きなしつかりした声で云ひました。
    「お前たちは何をしてゐるか。そんなことで地理も歴史も要いつたはなしでない。やめてしまへ。えい。解散を命ずる」
    かうして事務所は廃止になりました。
    ぼくは半分獅子に同感です。

    猫の事務所 宮沢賢治
    竈猫がいじめられていたのを見ていた獅子が事務所を廃止にするのだけど、決して獅子を全肯定しないロジカルで冷めた目線が好き

  • 98二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 18:28:53

    汝、会得せよ
    一を十となせ
    二を去るにまかせよ
    三をただちにつくれ
    四は棄てて
    五と六より
    七と八を生め。
    かくて魔女は説く。
    かくて成就せん。
    すなわち九は一にして、
    十は無なり。
    これを魔女の九九という。

    ゲーテ 『ファウスト』
    (手塚富雄訳)

  • 99二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 18:53:06

    恐怖が激しい意志になって、指という指が電流をとおしたようにふるえました。
    タノム、タノム、タノム、と心臓が鳴り、脳の皺が、時間ヲモドシテクレ、という図形をえがきました。

    安部公房 バベルの塔の狸

    文と理、両方を極めた人間の集大成。数学的理科的な概念がこれほど綺麗に文学と融合するものなのかと、初めて読んだ時に感動した。話自体も目茶苦茶面白いからぜひ読んでもらいたい一編。

  • 100二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 19:29:11

    「それをお返しなさい」
    そのことばには上院議員の娘にふさわしい威厳が、そして二人の女と二人の男を殺した女にふさわしい、もっと恐ろしい威厳がこめられていた。
    「もう拳銃はいけない」と、わたしは言った。
    あげるものはもうなんにもないのだよ、レティシャ。

    ロス・マクドナルドの「さむけ」

  • 101二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 20:43:57

    「まず、充分に恐れることですね」
     浅見は厳しい表情で言い、それから一転して、にっこり笑って言った。
    「そして、恐れないことですよ」

    内田康夫『白鳥殺人事件』

    自分達の巻き込まれた事件が想像以上に規模の大きいものだと悟った主人公がヒロインに語った言葉。多くの物事に共通する大切なことだなと、初めて読んだとき心に響いた

  • 102124/08/20(火) 21:11:16

    歌詞やノベルゲームは除外を…
    紙や電子で商業用として刊行されている書籍からお願いします…

  • 103124/08/20(火) 21:15:05

    >>102

    自レス

    ネット作品でも、出版社で書籍化されている作品はアリで

  • 104二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:16:40

    ああ、(登場人物A)よ。
    きっと、きみは、爬虫類の冷え切った心のままに、うかつにも言ってしまったのだろう。
    だが、それは。
    (登場人物B)を、そして私を苦しませることを意に介さない、その言葉は。
    おのれへの死刑宣告に他ならなかったのだ。
    「さあ、卵を運ぼう」
    (登場人物A)は、服が濡れるのもかまわず、卵が浮かぶ水たまりに入っていく。
    「力を貸してくれ、(登場人物C)。(登場人物C)ったら!」
    甲高い声で叫ぶ(登場人物A)の背中に、私はルガーの銃口を向けた。
    人間を撃つのではない。爬虫類を撃つのだ。
    目の前にいるのは、(登場人物A)ではなく、醜悪な爬虫類の一種に過ぎない。
    そうだ、私は爬虫類を撃つ。
    私は、自分に言い聞かせた。
    爬虫類を……爬虫類を人と見誤り、愛をくれてやった、愚かな自分を。
    そのために、(登場人物B)を失ってしまった過去の自分を撃つのだ。
    (登場人物A)の心臓のあたりに狙いを定め、私は静かに引き金を絞った。

    赤城毅『帝都探偵物語 霧笛に哭くロロ』(ネタバレ配慮のため一部伏字)

  • 105二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:17:19

    このレスは削除されています

  • 106二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:17:22

    このレスは削除されています

  • 107二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:20:26

    このレスは削除されています

  • 108二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:31:19

    太陽には魚のようにまぶたがない

    尾形亀之助『昼』

    この一文だけの詩。何気ない、けれど呼吸や思考の隙間を埋めてくれるような作品がたくさんあるから深夜なんかにふらっと読んでみるのにおすすめの詩人さん
    夜や雨の詩もたくさん書いてらっしゃる

  • 1091です24/08/20(火) 21:38:00

    「メリキャット お茶でもいかがと コニー姉さん
    とんでもない 毒入りでしょうと メリキャット
    メリキャット おやすみなさいと コニー姉さん
    深さ十フィートの お墓の中で!」

    シャーリイ・ジャクスン「ずっとお城で暮らしてる」

  • 110二次元好きの匿名さん24/08/20(火) 21:41:43

    いつの時代のものでもよい、世界地図を広げたとき、そのどこにも戦争、紛争、対立の示されていない地図など例外中の例外である。


    「戦闘妖精・雪風<改>」 神林長平



    争いごとのニュースを見るたびに思い出す

  • 111二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 00:55:25

    「カツ丼一丁」が興奮していた彼には、「勝、ドンと一丁」に聞こえたのに違いない。私は思わず笑い出してしました。もし見も知らぬ渡辺さんがカツ丼ではなく天丼を注文していたら、私の命はないところだったのです。
    それから?もちろん逃げ出しました。おかげでこうして生きていられるわけで……。
    間違い電話もたまには役に立つのがお分りになったでしょう?――ただ一つ気になっているのは、命の恩人がカツ丼を食べそこなったということです。

    赤川次郎『命拾いの電話』(ショートショート)

  • 112二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 01:04:26

    美ということだけを思いつめると、人間はこの世で最も暗黒な思想にしらずしらずぶつかるのである。

    人間は多分そういう風に出来ているのである。



    金閣寺/三島由紀夫

  • 113二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 08:06:43

    「でも、私は楽しくってね。物語が進行中である、というこの瞬間が楽しい。いつまでも終わってほしくない。そうは思わないかね?」
    四人の表情がなごんだ。
    「そうですねえ。いつだって読者は貪欲ですからね。常に新しい物語を待っている。誰だって、新しい物語は夢でしょう。本を閉じたあとも、本の外に地平線が広がり、どこまでも風が吹き渡るような話。目を閉じれば、モザイクのようなきらきらした断片が残像のように蘇る話」

    恩田陸「三月は深き紅の淵を」第一章から
    自分の性癖というか、考え方にかなり影響を受けた台詞

  • 114二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 17:16:29

  • 115二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 18:21:51

    「もういいから…早く殺して…」
    「あら、さっきからずっとそうしようと思ってるのよ。気づいてなかった?もうちょっと待っててね」
    アリス殺し/小林泰三

  • 116二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 18:42:30

    2002年11月11日(月)
    津原泰水「玄い森の底から」、「夜のジャミラ」、「脛骨」、「天使解体」、「約束」。

    今ふかく吸い込む息と共に私の血管を巡る言葉。指先がどくどくと脈打つ、身体の芯から先端まで届いて私に混ざる物語。まばたきで起こる風も心音も言葉になるほどに物語を飲み込め私のからだ。

    この世界のこの私ではなかった無数の私たち、聞いて。
    私が読んだ。
    この物語が届いたのは私のところだった。

    合わせ鏡に映る私どこまでも連なるの視野の限りその一人一人聞いて。
    私が読んだ。
    私に届いた。
    あなた達の分、私が読む。あなた達の代わりに。

    机に向かう私の周りにはもう音はないのです。違う、ないわけではないの。遠い耳鳴り。
    頁を捲る指白い。爪の先まで届けこの言葉たち。

    私が存在したこの世界にこの物語が存在し、そしてそれらは出会った。
    存在するのは捲られる頁と読みとる私。
    ではなくて、物語の生成。世界がはじまるように。

    (『八本脚の蝶』二階堂奥歯)

  • 117二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 19:07:26

    ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中なんだ。いよいよこんどは、地獄で毒もみをやるかな。


    毒もみのすきな署長さん 宮沢賢治


    >>116

    八本脚の蝶はネットに残ってるのちょっと読んだり立ち読みしたりしたけど引きずられそうで買う勇気が出ない

  • 118二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 19:59:43

    普段の書き方は、いかにも備忘録らしい単調なもの。
    何時に誰と会った、誰に書類を提出したと自分の行動を箇条書きにしたみたいで、無関係の読み手にとっては退屈きわまりないのだが。
    時折、その平板さを破って、どきりとするようなことが、きつい表現で書いてある。
    「我が意見、蒙昧なる輩の反対に遭い、挫折す。彼らが罪万死に値す」
    「ことごとく私利私欲に走りたる愚物、愚物、愚物!彼らを誅殺する手だてはなきものかと夢想に耽りたり」
    そして、百戦錬磨の私立探偵たる十三郎さえもが、背筋にぞくりと冷たいものを感じてしまったのが、大正十四年三月二十四日の日記である。
    そこには、ただ一語だけが、赤インクで記されていたのだ。
    恨、と。
    礼乃の情報綴によれば、この日は、山科子爵が警視総監の職を逐われた日付であった。

    赤城毅『帝都探偵物語 さらば美しき魔女』

  • 119二次元好きの匿名さん24/08/21(水) 20:19:51

     二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。
    『クラムボンはわらったよ。』
    『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
    『クラムボンは跳ねてわらったよ。』
    『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
     上の方や横の方は、青くくらく鋼のように見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡あわが流れて行きます。

    宮沢賢治『やまなし』

    『かぷかぷ』とか『つぶつぶ』とか音の響きが読んでて心地良い

  • 120二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 07:45:48

    保守

  • 121二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 12:31:37

    画面の上に文字があらわれ始める。まばたきもせずにまことはそれを読み始めた。
    「キザキ カツヤ 10サイ オトコ シンチョウ130センチ タイジュウ42キロ……」
    カッちんの賢者の石だった。
    家の中に閉じこもり、聖書と化したライフキングを読み続けたカッちんも同じことをしていただけだった。画面をスクロールしながらカッちんが唇を動かした。
    「これ、ぼくじゃないでしょ」
    まことが答えた。
    「わかんない」
    カッちんはもう一度同じことを聞いた。
    「ぼくじゃないでしょ?」
    まことはじゅうたんをむしった。
    「わかんない」
    するとカッちんは途中でスクロールをやめ、モニターを抱え込むようにして優しくなで回した。そして明るくも暗くもない透明な声でこう言った。
    「石ができないうちに、ぼくたちは死んじゃう」
    まことの目からポロポロと涙がこぼれ出した。
    カッちんはただモニターをなで回し続けるだけだった。

    『ノーライフキング』いとうせいこう

  • 122二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 14:53:57

    大量に人が死ぬことに、世界は慣れつつあった。
    伊藤計畫の虐殺器官
    今の世界情勢に通じるものがあると思う

  • 123二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 17:27:42

    このレスは削除されています

  • 124二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 17:28:38

     いくら考えても、ぼくにはわからない。何故ぼくを、殺してくれなかったのか。死よりも辛い生をもたらしてまで、星の海に放った理由は何か。ぼくたちは、変貌した世界に適応できないのだ。人間たちと違って星をおそれるからだ。世界を作り変えてしまうほど、攻撃的にはなれないのだ。だから星の海を、自由に渡ることに恐怖を感じる。
     ――星の海が、怖い……。
     遠くにいるはずの長谷川に、そう伝えたかった。理解できなくてもいいから、記憶にとどめておいてほしかった。そのことに、気づくだけでいい。ぼくたちは、人間とは違う。ただそれだけのことを、どうして受け入れてくれないのか。
     ――海へ帰ろう。
     何故そこまで、躍起になって攻撃するのか。おなじ人間を、自分たちを生み出した海を。見境なく世界を攻撃すれば、自分たちの住処も破壊されるというのに。故郷の海を作り変えるだけでは足りずに、今度は星の海を殺すつもりなのか。どうして現状に、満足できない?
     ――海へ帰ろう。星の海は、生きるための世界じゃない
    『航空宇宙軍史・星の墓標 第二話 ジョーイ・オルカ』
    著:谷甲州

  • 125二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 17:52:23

    _いや、怪盗は生きている
    夜の闇に浪漫を感じ、赤い夢の中で生きている子供がいるかぎり、怪盗や名探偵がいなくなることはない

    『怪盗クイーンはサーカスがお好き』はやみねかおる

  • 126二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 23:48:46

    このレスは削除されています

  • 127二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 00:12:06

    おやすみなさい。私は、王子さまのいないシンデレラ姫。あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? もう、ふたたびお目にかかりません。

    太宰治の「女生徒」

    何を食べたらおじさんがこんな少女漫画の真髄みたいな一節を書けるの……

  • 128二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 00:23:10
    上司小剣 鱧の皮www.aozora.gr.jp

    大阪の由緒ある料亭に入った遊び人の婿養子、福造が息苦しい店を嫌がって逃げた先の東京から「復縁したい」という手紙を送って来る


    福造に未練のある妻のお文は心を動かされるけど、叔父さんは渋い顔をするし、何より店の大女将みたいな母が一番福造を嫌っている。福造の手紙を見つけたお母さんの台詞が好き


    「それ、福造の手紙かいな……私はよっぽど今それで煙管掃除のコヨリを拵えようかと思うたんや」


    (自分の商売にケチをつけないなら家に戻るという内容の手紙に)「阿呆臭い、それやとまるで此方からお頼み申して、戻って貰うようなもんやないか。……ええ加減にしときよるとええ、そんなことで此方が話に乗ると思うてよるのか知らん。」


    この台詞だけでもう、長い間女手で店を守って来た大阪の商人っていう逞しさと迫力が伝わってくる

    昔の生の大阪弁が全編を通して生き生きと書かれてるのもすごく良い

  • 129二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 02:09:26

    ……そうだった。俺にとって家の鍵っていうのは、家族を守る為のものだった。家族の証である宝物みたいな物だったんだ。
    その家庭は壊れて、昔の面影さえ微塵もない。
    俺はそれを呪って、この今が厳しすぎて、昔のことなど忘れてしまっていた。
    ……昔。まだ家族が平和だったころの記憶。優しい母。誇らしい父。我が子の成長を第一にしていた両親。それは本物だった、月日が経って、それが失われてしまったぐらいで偽物と決めつけた自分が馬鹿だった。
    (……略……)
    涙が止まらず、俺は顔を覆った。
    両親を殺したのは夢のせいだとか、マンションのせいだとか、そんなのはどうでもいい。
    悪いのは俺だ。
    被害者は母さんだったのに。俺はさらにそれを責めて、振り返る事さえしなかった。両親を殺したのは俺だ。俺がなにより、あの人達を助けなければいけなかったのに。
    その償いを、今、しなくちゃいけない―――。

    『空の境界』奈須きのこ

  • 130二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 09:14:05

    太宰治「斜陽」
    「南方のお話を、お母さまに聞かせてあげたら?」 と私が寝ながら言うと、
    「何も無い。何も無い。忘れてしまった。日本に着いて汽車に乗って、汽車の窓から、水田が、すばらしく綺麗に見えた。それだけだ。」

    戦争の無意味さと虚無感を訴えかけてくる名文
    こんなに良い会話がサラッと文中に紛れてるから太宰作品は何度でも読み返したくなる

  • 131二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 09:17:00

     クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子 より
    「既に詰んだ(チェックメイト)ってのがわかんないんですか!」という相手のセリフに
    「成り上がりの歩兵(ポーン)が好き勝手ほざいてくれんよ。生憎私は生まれついての女王(クイーン)でね__王様ごとき格下が詰まされても全然関係ねーんだよ」
     チェックメイトって単語はかなり広範に使われてるけど、発言者の余りに無法な最強っぷりも含めてこれ以上なく綺麗で格好いい返しだと思う

  • 132二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 11:05:18

    「フラヌールだって」
    「え」
    「ベンヤミンだって」
    「何」
    「行こう」
    とメリが言う、フラヌールはベンヤミンの『パサージュ論』に出てくる言葉で、日本語にすると「遊歩者」だって。
    「フラヌールしよう」とメリは続けて、それって、するものなの? 「遊歩する」ならわかるけどって言うと「こまけぇことはいいんだよ」とメリが、それで僕たちはフラヌールになった。

    高原英理『詩歌探偵フラヌール』


    ふわふわした自由な口語体で
    まさにフラヌール

  • 133二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 11:08:26

    >>132

    「あ、空」

    夕暮れてきて、青と灰色の混じったような暗青色の空がおわあと叫ぶ。

    「青おわあたちがいる」

    「いる」

    「いる」

    あちらにもこちらにも朔太郎の気配だ。

    面白そうな小物屋さんの合間から空を見上げて、

    ね、ね、ね、

    とうなずきながら、僕たちは、道幅の狭い街をゆっくり、フラヌール、フラヌール。



    締めの文章なんですが、「おわあ」がいいよね

    この空気感、会話のテンポ

    少しでもバランスを崩したら成立しない

    ちなみに同じ年に「怪盗」の方のフラヌールも出版されています。作者は違うけれど…

  • 134二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 13:28:27

    それともただ横へ泳いだだけの視線、
    あるいはページがめくられたというただそれだけの出来事により、
    あなたは曾祖父の置いた罠を乗り越えてここに辿り着いているのかもわからない。
    ようこそ、一番最初の無限の果てのこちら側へ。
    それでは始めることにしよう。
    円城塔『パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語』

  • 135二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 16:19:45

    きみは本をつきつける。「この本、もうあと読みたくないよ。博士はきっと最後に死んでしまうんだもん」
    「わたしを失いたくないか? 泣かせるね」
    「最後に死ぬんでしょう、ねえ? あなたは火のなかで焼け死んで、ランサム船長はタラーを残して行ってしまうんだ」
    デス博士は微笑する。「だけど、また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくるんだよ。ゴロも、獣人も」
    「ほんと?」
    「ほんとうだとも」彼は立ちあがり、きみの髪をもみくしゃにする。「きみだってそうなんだ、タッキー。まだ小さいから理解できないかもしれないが、きみだって同じなんだよ」

    ジーン・ウルフ「デス博士の島その他の物語」

  • 136二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 17:20:35

    春が二階から落ちてきた

    伊坂幸太郎「重力ピエロ」

  • 137二次元好きの匿名さん24/08/23(金) 23:34:54

    闇にも歓びあり、光にも悲しみあり、麦藁帽の廂を傾けて、彼方の丘、此方の林を望めば、まじまじと照る日に輝いて眩きばかりの景色。自分は思わず泣いた。

    国木田独歩「画の悲み」

    ここに至るまでの文脈ありきだけど文章が綺麗すぎる…

  • 138二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 00:32:34

    「そんな詰まらぬことをするために、俺と闘うというのか」
    「ああ、その通りだ、あんたが叛乱を起こそうが、戦争をおっぱじめようが、知ったことじゃない」
    きっと真剣な顔になった。
    「だけど、礼乃さんに笑っていてもらうためには、平和ってやつが必要なのさ!」
    正義の味方は柄じゃない。
    帝都の市民を守れと言われても、荷が重すぎる。
    されど、自分のたいせつなもののためなら、最後の力が涸れるまで闘ってみせよう。

    赤城毅『帝都探偵物語 真紅の挑戦』

  • 139二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 08:55:44

    芸術は仕事なんだ。形のないところに、何の芸術があるんだ。芸術品が出来あがったところで、それを売ることをしなければ、それも一人前の芸術家とはいへないんだ。生活もまた芸術家の仕事の重要なる部分なんだ。生活は煩はしいものに違ひない。しかしその日その日の生活は、芸術家に取つて最も大切なものなんだ。己(おれ)は朝から晩まで、子供の行動から、著(き)ものや食べものや、台所の隅々のことにまで気をつかつてゐなければならない。それは煩はしいことには違ひない。しかしそれが作家としての己の生活の全部なんだ。
    徳田秋声『曇った頭』
    書き留めてたのを打ち込んだので誤字脱字あるかも。

  • 140二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:15:31

    「あんたを救うことができるのは神サマだけよ。せいぜい祈りなさい。全能の神サマが実在しているなら、あんたに公正な審きを下すはずだから」

    田中芳樹『薬師寺涼子の怪奇事件簿 霧の訪問者』

  • 141二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 20:22:26

     併し令嬢は、ある喋り疲れた黄昏に、一人の友達へ囁いた。
    「あたし、別れた恋人があるの。六尺もある大男だけど、まだ中学生で、絵の天才よ……」
     天才といふ言葉を発音した時、令嬢は言ひたいことを全部言ひ尽したやうな、思ひがけない満足を覚えた。なぜなら、此の思ひがけない言葉に由つて、夏の日、砂丘の杜を洩れてきたみづ/\しい蒼空を、静かな感傷の中へ玲瓏と思ひ泛べることが出来たから。

    坂口安吾『傲慢な眼』

  • 142二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 23:40:33

    このスレを日々の楽しみにしてるよ
    自分もレスしてるし、これからもするけど完走して欲しい

  • 143二次元好きの匿名さん24/08/24(土) 23:41:51

    くちびるのはしから零れた真珠は私の胸をつたい、床を埋め、ベットを埋め、私は真珠に埋もれ、そのとき、鋏の音がひびく。私ののどから流れた血が、薄闇のなかで淡い光を照り返す真珠を、黒くおおっていく。

    皆川博子「真珠」

  • 144二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:35:20

    夏。熱をはらんだ夜が発酵していた。ぎしぎしと家が呻くのを、私は聴いた。猫は私より先に聞きつけていたと思う。内側に毛細血管が網目をつくる耳をしきりにたてていたのは、そのためだ。

  • 145二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 09:40:15

    その罪を償うために、私は死んでいこうとしている。
    来年の五月、美しきドイツの五月を見ることは、私にはできはすまい。
    だから、ラミア……来ておくれ。
    私が塵に返るとき、君はもう一度来ると約束してくれたね。ならば、今こそ。
    愛するときは終わり、死すべきときが来ようとしているのだ。

    赤城毅『ヨハネス・マイヤーホーフの手記』(短編)

  • 146二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 11:49:18

    この世の平穏は、多くの人たちのやせ我慢と隠し事と沈黙で出来ているのだ。
    吉田篤弘『なにごともなく、晴天。』

  • 147二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 12:16:45

    パラダイス氏の見ている天使。
    彼にそいつを信じているかと聞いてみても無益なことだ。彼はそんなものを信じていない。
    でも実際に見えている。見えているように感じられる。彼の意志はまるきり無視して、体の方がそう働く。
    (中略)
    そんなことが分かる理由は、とっても奇妙だ。
    僕らが何を信じるのかは、自分の感じるものを土台に作り出された作法なのだから。
    実際そこにある何かのものが、事実じゃないと信じる理由。
    他の事実を、まだより強く信じ続けているからだ。
    あるいは現状の方がまだ多少はましなものだと未練があるからだ。
    円城塔「パラダイス行」
    ちなみに彼に見えている天使の姿は、大きな目が中央にあってその周囲は雲で、雲からは8枚の羽根が出てる。

    「科学も信仰だ」とか「科学は不完全にすぎる」だとかの文脈で批判されてる時、この短編が頭に浮かぶ。

  • 148二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 12:46:44

    ノラや、お前は三月二十七日の昼間、木賊の繁みを抜けてどこへ行ってしまつたのだ。
    それから後は風の音がしても雨垂れが落ちてもお前が帰つたのかと思ひ、今日は帰るか、今帰るかと待つたが、ノラやノラや、お前はもう帰つて来ないのか。

    内田百閒「ノラや」
    飼うともなく飼っていた野良猫ノラとの交流の日々
    ノラが姿を現さなくなって以降の悲嘆と捜索に明け暮れる波瀾の日々
    それらに終止符を打つような締め括り方がどうしようもなく悲しい

  • 149二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 15:08:14

    レベロの両眼に生気がみなぎった。知性と意思のエネルギーが、衰弱した全身にそそぎこまれたように見えた。彼は背すじをのばし、恐怖に縁どおい姿で士官たちに正対した。
    「なるほど、自業自得か。そうかもしれないが、私の死を正当化することと、君たちの行為を正当化することとは、まったくべつのものであるはずだ。私の良心と君たちの良心とでは、課せられた義務もことなる。だが、よろしい。私を撃って君たちの安全を買いたまえ」
    レベロという人間の、報われることがなかった責任感と良心を、何者かが哀惜して、死の直前に可能なかぎりの恩寵を与えたのでもあったろうか。このとき、武器ひとつ持たない最高評議会議長の痩身は、暗殺者たちをたしかに圧倒した。

    田中芳樹『銀河英雄伝説(7)』

  • 150二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 17:06:44

    「辻斬りのように男遊びをしたいな、と思った。ある朝とつぜんに。
     そして五月雨に打たれるように濡れそぼってこころのかたちを変えてしまいたいな。」
    「男たちともっと、寝ろ、寝ろ、寝ろ。
     男などどれも同じだと思いこむまで。けして立ち止まるな。
     特定の誰かのことなど、けして考えるな。
     目を閉じるな。考えるな、からっぽだ。愛しい気持ちなど。けして。」
    少女七竈と七人の可愛そうな大人/桜庭一樹

  • 151二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 17:31:13

    私はたぶん、今目覺めた。
    此處は、何處だらう。
    私は何をしてゐるのだらう。
    私は生暖かい液體に浸つてゐる。
    私は目を閉ぢてゐるのだらうか。目を開けてゐるのだらうか。
    暗い。そして靜かだ。私は軀を丸くして、液體に浸つてゐる。
    聲が聞こえる。何を怒つてゐるのだらう。いや、悲しんでゐるのだらうか。
    私の氣持ちは、とても安らかである。
    私は親指を握り締めてゐる。
    私の臟は外に開いてゐる。
    私の臟は何處に繫がつてゐるのか、どうも少し寒いやうだ。
    私は目覺めてゐるのだらうか。
    「母樣」

    姑獲鳥の夏 京極夏彦

  • 152二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 17:49:48

    はえーすっごい
    いや本当に
    どうやって管理してるの覚えてる以外は メモに貼ってるとか?

  • 153二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 17:54:35

    わたしの生徒の日のノートの上に
    わたしの学校机と樹木の上に
    砂の上に 雪の上に
    わたしは書く あなたの名を

    エリュアール『リベルテ』大島弓子『ローズティーセレモニー』

  • 154二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 17:56:34

    おどり込むと同時に、かれは芙蓉ののどを目がけて飛びついていった。
    かれの両手の間で、白い柔らかいものが、しなしなと動いた。
    「許してください。許してください。ぼくはあなたがかわいいのだ。生かしておけないほどかわいいのだ」
    かれはそんなよまいごとを叫びながら、白い柔らかいものを、くびれて切れてしまうほど、ぐんぐんとしめつけていった。

    江戸川乱歩『蟲』

    単なる絞殺シーンではあるんだけど、被害者の生を感じるような生々しい擬音と加害者である主人公の歪んだ性癖の発露が最高に不愉快になれる一節だと思う
    流石耽美派書いてる人はは性癖についての供述に秀でたものがあるよね

  • 155二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 18:00:37

    「何だって、御前の頭にゃ大きな禿があるぜ。知ってるか」
    「ええ」と細君は依然として仕事の手をやめずに答える。別段露見を恐れた様子もない。超然たる模範妻君である。
    「嫁にくるときからあるのか、結婚後新たに出来たのか」と主人が聞く。もし嫁にくる前から禿げているならだまされたのであると口へは出さないが心の中で思う。
    「いつ出来たんだか覚えちゃいませんわ、禿なんざどうだって宜いじゃありませんか」と大おおいに悟ったものである。

    吾輩は猫である/夏目漱石

    漱石ってハゲの話題結構出てくるよね 三四郎でもみた気がする

  • 156二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 18:02:07

    男の嫉妬の本当のギリギリのところは、体面を傷つけられた怒りだと断言してもよろしい。
    三島由紀夫

  • 157二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 18:02:26

    「きっと海が凪いでいたからでしょう」  
    私はそう云った。  
    自分はこんなに苦しいのに。  
    自分はこんなに悲しいのに。  
    自分がこんなに搔き乱されていると云うのに。
    どうして世界は静かなんだろう。  
    海も。空も。砂浜も。  
    全くいつもと変わらないなんて。じゃあ──。
    「自分はこれでもいいのか──と思った」

    邪魅の雫 京極夏彦

  • 158二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 18:05:26

    娘は、そのまま故郷でもあるのだ 

    失われた時を求めて プルースト

  • 159二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 18:06:04

    オ父サマ、オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニコノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。

    夢野久作『瓶詰地獄』

  • 160二次元好きの匿名さん24/08/25(日) 22:46:02

     トムは、びんのなかで跳ねたり、たたまったりする昆虫の小さな篝火に魅せられて、じっと見つめていたが、とうとう、肘をついてもたれたまま、眠って、そのまま動かなくなり、一方ダグラスのほうは書きつづけていた。彼はその全部を、最後のページに要約してみた――

     物は当てにできない。なぜなら……
     ……例エバ、機械ノヨウニ、バラバラニ壊シタリ、錆ツイタリ、腐ッタリスルシ、アルイハモシカシテ決シテ完成スルコトガナイカモシレズ……アルイハがれーじニシマイコマレテ終ワリニナリ……
     ……てにす靴ノヨウニ、トテモ遠クマデ、トテモ速ク、走ルコトダケハ出来ルケレド、ソレカラマタフタタビ大地ニツカマルノダ……
    ……市街電車ノヨウニ。市街電車ハ、大キイケレドモ、イツカ終着点ニ来テシマウ……

     人は当てにできない。なぜなら……
     ……行ッテシマウカラ。
     ……見知ラヌ人ガ死ヌカラ。
     ……カナリヨク知ッテル人々ガ死ヌカラ。
     ……友ダチガ死ヌカラ。
     ……人ハ人ヲ殺スカラ、本ノ中ノヨウニ。
     ……家族ノ者モ死ヌコトガアルカラ。
     ソレ故ニ……!

     彼は両手の拳いっぱいの息をつめて、ゆっくりとシューシュー音をさせて吐き、またもっと多くの息を掴み取って、きつく食いしばった歯の間からかすかにもらした。
     それ故に。彼は最後に大文字の太いブロック書体で書いた。

     それ故に、市街電車や小型自動車や友だちや親友が、しばらくいなくなるか、永久にいなくなってしまい、あるいはさびつき、あるいはバラバラに壊れたり、死んだりするものならば、また人々が殺されたり、大ばあちゃんのような、いつまでも生きつづけるような人が、死ぬことがあるものならば……もしこれが全部真実であるならば……ダグラス・スポールディングも、いつか……きっと!
     ところが蛍は、彼の暗い思いにかき消されたかのごとく、そっと自分の明かりを消してしまった。
     とにかく、ぼくはこの先は書けない、とダグラスはおもった。

    『たんぽぽのお酒』著:レイ・ブラッドベリ

  • 161二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 01:02:22

    あいつはあの時。 (そうだ。もう六年も前のことになるのだが。)
    あいつはあの時。 呟くように言ったっけ。
    美しいわ。 と。
    たった一と言。

    水楢の枝にしゃがみこんで。 はっぱのしげみにお尻をのっけて。
    そうしておれは。 あいつの三倍も小さくすすぼけた色をしてしびれていたが。
    美しいわ?なに言ってんだいとぼんやりおれは。 おっぱい色のもやのなかでわらったものだ。
    眩暈するほどの現実のなかで。 恍惚のなかで。
       
       けれどもどうやらはなしはちがってきた。
       六年もたったせいかおれの考えもちがってきた。

    美しいわ。 あいつが死んでからあいつの一と言が。
    音楽よりもかなしく強く。 いまはおれのからだのなかでさざなみになる。
    美しいわ。 の一と言が。
    どうしてだろう。かおも恍惚も忘れたのにどうしてだろう。

    そのひとことだけが思いだされる。

    『エレジー あるもりあおがえるのこと』 草野心平

  • 162二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 11:32:33

    保守

  • 163二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 20:56:06

    人間関係がかくも難しいのは、そもそも人間は互いに殴り合うために創られたのであって、
    「関係」などを築くようには出来ていないからである。

    エミール・シオラン『告白と呪詛』

  • 164二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 21:06:28

    太陽があった。太陽は今でも輝いているだろうか。
    ぼくには部屋の向こう側にある時計が見えない。しかしまだ明るい。
    いや。暗い。
    目が  みえない  あー  友よ  みんな  お母さん  太陽  ぼくは  ぼくは

    モルデカイ・ロシュワルト「レベル・セブン」
    全面核戦争による世界の滅亡を、シェルター内で核攻撃(ボタンを指示されるままに押すだけ)任務に就いた主人公の日記を通して描いた小説。核戦争を生き残りながら事故で全滅していくシェルターで生き残った最後の一人となった主人公が衰弱しながら記述した、そして小説自体の終幕になる最後の四行

  • 165二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 22:50:11

    妻はやっと顔を擡げ、無理に微笑して話しつづけた。
    「どうもした訣ではないのですけれどもね、唯何だかお父さんが死んでしまいそうな気がしたものですから。……」
    それは僕の一生の中でも最も恐ろしい経験だった。──僕はもうこの先を書きつづける力を持っていない。こう云う気もちの中に生きているのは何とも言われない苦痛である。誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?

    (「歯車」『河童・或阿呆の一生』芥川龍之介)

  • 166二次元好きの匿名さん24/08/26(月) 23:39:46

    彼は向こうをむき、部屋を横ぎって出ていった。私はドアがしまるのをじっと見つめた。模造大理石の廊下を歩いて行く足音に耳をかたむけた。
    やがて、足音がかすかになり、ついに聞こえなくなった。私はそれでも、耳をかたむけていた。
    なんのためだったろう。彼が引き返してきて、私を説き伏せ、気持を変えさせることを望んでいたのであろうか。しかし、彼は戻ってこなかった。私が彼の姿を見たのはこのときが最後だった。

    R.チャンドラー「長いお別れ」(清水俊二訳)より
    小説にはまった原因の一説

  • 167二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 07:39:48

    「私はてっきり、あなたがホセ・モリタを銀色の怪物に食べさせてしまうもの、と思ってました」
    「そのほうがよかった?」
    「いえ、そういうわけでは……」
    「あんなやつに悲劇的な最期をとげさせてやるほど、あたしは親切じゃないわよ。ホセ・モリタのやつは世界に生き恥をさらすのがお似合いなの。あの詐欺師をサムライだなんてほめそやした愚昧な支持者ともどもね」

    田中芳樹『薬師寺涼子の怪奇事件簿 クレオパトラの葬送』

  • 168二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 11:03:36

    「ひとことでも、ものを言えば、それだけ、みんなを苦しめるような気がして、むだに、くるしめるような気がして、いっそ、だまって微笑んで居れば、いいのだろうけれど、僕は作家なのだから、何か、ものを言わなければ暮してゆけない作家なのだから、ずいぶん、骨が折れます。僕には、花一輪をさえ、ほどよく愛することができません。ほのかな匂いを愛ずるだけでは、とても、がまんができません。突風の如く手折って、掌にのせて、花びらむしって、それから、もみくちゃにして、たまらなくなって泣いて、唇のあいだに押し込んで、ぐしゃぐしゃに噛んで、吐き出して、下駄でもって踏みにじって、それから、自分で自分をもて余します。自分を殺したく思います。僕は、人間でないのかも知れない。僕はこのごろ、ほんとうに、そう思うよ。僕は、あの、サタンではないのか。殺生石。毒きのこ。まさか、吉田御殿とは言わない。だって、僕は、男だもの。」
    「どうだか。」Kは、きつい顔をする。

    太宰治『秋風記』

    太宰治の書く文章って全文が名文な気がして笑う
    秋風記だったら「くるくるっと花の車」ってところもすき

  • 169二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 11:31:43

    「や、君の顔は妙だ。日の射している右側の方は大変血色がいいが、影になってる方は非常に色沢が悪い。奇妙だな。鼻を境に矛盾が睨をしている。悲劇と喜劇の仮面を半々につぎ合せたようだ」と息もつがず、述べ立てた。
     この無心の評を聞いた、高柳君は心の秘密を顔の上で読まれたように、はっと思うと、右の手で額の方から顋のあたりまで、ぐるりと撫廻わした。こうして顔の上の矛盾をかき混ぜるつもりなのかも知れない。

    夏目漱石『野分』

  • 170二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 13:15:34

    まずコンパスが登場する。彼は気が狂っていた。
    針の付け根が緩んでいたので正確な円は描けなかったが彼はそれを正確な円だと思いこんでいた。


    筒井康隆『虚航船団」冒頭
    当時の自分の中の常識に漬物石投げつけてきた一節

  • 171二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 16:08:24

    《それは本当に「飛び込んできた」としか言いようのない、ある種の小さな衝撃でもあった。
    彼女はまるで、絵画の中から出てきたかのように美しく、魅力的だったが、蝋を思わせる白い顔をしていた。青白い、というよりも、異様に透明感のある白さで、ひどく不健康な印象だった。身体は病的に痩せており、女性らしいふくらみというものがまったくなかった。
    着ていたのはたしか、ベージュ色の総レースの、なんとも古めかしい感じのするブラウスと同系色のスカートだった。スカート丈はくるぶしの上あたりまであって、きちんとそろえた爪先の、これまた時代遅れの感じのする先の円い、煤けた灰色のフラットシューズがスカートの裾から覗いて見えた。
    栗色の髪の毛を両耳の脇で三つ編みにし、きつく結い上げていた。綻びひとつない髪形、と言ってもよく、同様に、その整いすぎた顔にも、不健康ということ以外、綻びと言えそうなものは何もなかった。》

    小池真理子『ゾフィーの手袋』より
    此処のゾフィーの描写で彼女に惚れ込んでしまった

  • 172二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 20:15:59

    嫉妬はつねに多忙である。
    嫉妬の如く多忙で、しかも不生産的な情念の存在を私は知らない。
    もし「無邪気な心」というものを定義しようとするなら、「嫉妬的でない心」というのが何よりも適当であろう。

    三木 清『人生論ノート』

  • 173二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 20:50:56

    「オレはダメだな~」と思っている
    総ての若きボンクラ野郎どもへ、
    心からの心を込めて、本作を贈る。

    『グミ・チョコレート・パイン グミ編』

    ぼざろが流行ってちょっと経った今なら
    特段この作品が刺さるオタクは多かろうなあ

  • 174二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 21:16:31

    彼女はふわっと眉を緩めて笑った。
    「これはもちぐまですね」と言った。
    彼女は色違いの同じ熊を五つもっていて、「ふわふわ戦隊もちぐまん」と称して大切にしているらしかった。「もちぐま」というナイスな名前も忘れがたかったが、彼女が「これはもちぐまですね」と笑ったときの顔は、よりいっそう忘れがたかった。
    ようするに、率直に書いてしまえば、大方の予想通り、私は惚れたのである。

    森見登美彦『四畳半神話大系』

    最後の所はアニメ版だともう少し勿体ぶってるんだよな

  • 175二次元好きの匿名さん24/08/27(火) 22:57:30

    このレスは削除されています

  • 176二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 00:19:16

    >>173

    オーケンいいよねなんの本だったか思い出せないんだけど


    人は少年少女のころ誰しもが天動説の支持者だ。さまざまな通過儀礼を経験し、口惜しいけれど地動説の真理を受け入れて大人になってゆくのだ。ところがまれに、あくまでも天動説を捨てずに大人になろうとする人がいる。おのれの存在を常に中心として考える彼らのほとんどは、俗に「困ったちゃん」と呼ばれけむたがられてしまう。しかしその中にもこれまたごくまれに、力技で天動説を押し通してしまうゴーカイさんも存在するのだ。


    って文章もなんか好きだ

  • 177二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 00:34:18

    「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受入れてくれたまえ。僕が独ひとりで思っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、蓑浦君、せめてそれだけの……」

    江戸川乱歩「孤島の鬼」

    あまりにも痛切な失恋の言葉 直接的な表現を出さなくても色気を出せるのはやっぱり凄いと思う

  • 178二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 00:43:32

    「僕が金持ちのふりをしたら、人々は僕を、金持ちだと噂した。僕が冷淡を装って見せたら、人々は僕を、冷淡な奴だと噂した。けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しいふりを装っていると噂した。どうも、くいちがう」

    太宰治「斜陽」

  • 179二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 01:00:29

    夫の暴力と威圧におびえて、弱々しく目を伏せていた初老の婦人の姿はどこにもない。ケートヘン伯母は変貌した。いや、本来の姿を回復したのだろう。快活といってよいほど生彩に満ち、おそれる色もなくリヒャルト伯父を直視する少女こそ、本来のケートヘン伯母の姿にちがいなかった。
    だが、それでも彼女は真物のケートヘン伯母ではありえない。彼女の正体は……。
    「ケ、ケートヘン」
    あえぎながら、伯父が一歩前進した。敗者の姿だった。どれほど暴力と威圧を振りかざしても、老人(過去)は少女(未来)には勝てないのだ。誰の目にも明らかなことだった。

    田中芳樹『鏡』(短編)

  • 180二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 01:34:59

    雨蛙はひどく笑いながら
    「さよならと云いたかったのでしょう。本当にさよならさよなら。暗い細路ほそみちを通って向うへ行ったら私わたしの胃袋にどうかよろしく云って下さいな。」と云いながら銀色のなめくじをペロリとやりました。

    宮沢賢治「蜘蛛となめくじと狸」

    ラストの文も好きだから迷ったけど、3匹について各話で語っていく中でこの蛙の台詞が特に印象的

  • 181二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 03:11:09

    胎児よ胎児よ なぜ躍る 母親の心がわかっておそろしいのか

  • 182二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 12:24:12

    君はすっかり読んでしまったら、この本を捨ててくれ給え――そして外へ出給え。私はこの本が君に出かけたいという望みを起さしてくれるように願っている。どこからでもかまわない、君の街から、君の家庭から、君の書斎から、君の思想から出てゆくことだ。私の本を携えて行ってはいけない。

    ジッド『地の糧』
    寺山修司も引用してたやつだけどやっぱかっこいい

  • 183二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 12:25:45

    このレスは削除されています

  • 184二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 16:13:31

    それはどこにあるのだろう? 私にはわからない。
    そこでは誰もがお互いを認め合い、優しく混ざり合っている。
    私には、そういう場所がどこかにある、ということがわかっている。
    それどころか、見えてさえいる。
    しかし、どこにあるのかはわからないし、そこに近づくこともできない。

    フランツ・カフカ『カフカ断片集』

  • 185二次元好きの匿名さん24/08/28(水) 17:12:50

    しかし、彼女はもう答えなかった。彼女の呼吸は、ただ大きく吐き出す息ばかりになって来た。彼女の把握力は、刻々落ちていく顎の動きと一緒に、彼の掌の中で木のように弛んで来た。彼女は動きとまった。そうして、終に、死は、鮮麗な曙のように、忽然として彼女の面上に浮き上った。
     ――これだ。
    彼は暫く、その眼前に姿を現わした死の美しさに、見とれながら、恍惚として突き立っていた。と、やがて彼は一枚の紙のようにふらふらしながら、花園の中へ降りていった。

    花園の思想 横光利一

    とびっきり美しい死の表現
    初めて読んだときは衝撃を受けた

  • 186二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 00:14:31

    ブレザーの上着を脱いだ時の白い肩やよく陽に焼けた腕から
    のどぼとけのある首からあごにかけてのラインやその低くて乱暴な声から
    強くて少し甘い目の光から

    それら全てから、逃げてしまえば楽だと思ったのかも知れない。

    歓喜は絶望によく似た色をしている。
    だから私たちは時折間違える。


    紅玉いづき『15秒のターン』

  • 187二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 00:44:49

    この子には命がある。親がいる。
    決して、あの子の生まれ変わりなんかじゃないんだよ、と。
    だからこうして、いつ来るかわからない両親を待っているのだ。
    だからこうして、言いつけを守っているのだ。
    ここでもしソメイ屋たちが娘の名を呼び、ヨシノを我が子のように思ってしまうと、ヨシノの強い信念が崩れてしまうかもしれない。そうならなくとも、ヨシノが命果てようとするこの瞬間まで信じ続けた現実を否定してしまうことになる。だからそれだけはやっちゃいけない。
    それでも。
    それでも少しぐらい、我が子のように愛情を注いでやることは許されるのではないか。
    ヨシノ、よくがんばったね。
    そう言ってやって、頭をなでてやって、親の帰りを待つあいだ世話をしてやってもいいのではないか。

    日日日、川添枯美『ミストトレインガールズ2』

  • 188二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 01:04:37

    「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
    「うん。僕だってそうだ。」

    (『銀河鉄道の夜』宮沢賢治)

  • 189二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 05:35:28

    明日、アキロブは遠い場所で、ちがう名前で、ダンナのいない新しい人生をはじめる。それはおとぎ話のはじまりのようにも、終わりのようにも聞こえる。おれはアキロブが新天地でうまくやると信じていて、どこでだって、おれがいなくたって大丈夫だと信じている。別の男がアキロブのためにココナッツを木から落とすだろう。それか自分でやるかもな。どこへ行こうとーーあったかい場所だといい。ハッパを渡すたび、ふたりの手が触れるたび、彼女の指は冷たかったから。

    パイナップルクラッシュ/エドガル・ケレット

  • 190二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 16:48:31

    「おとといは兎を見たわ、きのうは鹿、今日はあなた」

    ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』

  • 191二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 19:15:55

    この煙のことを、けっして私は忘れないであろう。
    子どもたちのからだが、押し黙った蒼穹のもとで、渦巻きに転形して立ちのぼってゆくのを私は見たのであったが、その子どもたちのいくつもの小さな顔のことを、けっして忘れないであろう。
    私の信仰を永久に焼き尽くしてしまったこれらの炎のことを、けっして私は忘れないであろう。
    生の欲求を永遠に私から奪ってしまった、この夜の静けさのことを、けっして私は忘れないであろう。
    私の〈神〉と私の魂を殺〇したこれらの瞬間のことを、また砂漠の相貌を帯びた夜ごとの私の夢のことを、けっして私は忘れないであろう。
    たとえ私が〈神〉ご自身と同じく永遠に生き長らえるべき刑に処されようとも、そのことを、けっして私は忘れないであろう。けっして。

    「〈神さま〉はどこだ、どこにおられるのだ」。私のうしろでだれかが尋ねた。(中略)
    私のうしろで、さっきと同じ男が尋ねるのが聞こえた。
    「いったい〈神〉はどこにおられるのだ」
    そして私は、私の心のなかで、だれかの声がその男に答えているのを感じた。
    「どこだって? ここにおられる――この絞首刑に吊るされておられる……」

    そのことを、私は私自身にたいしてけっして許しはしないだろう。
    私をそこまで追いつめたことを、私を他者にしてしまったことを、私のなかに悪魔を、もっとも下劣な精神を、もっとも野蛮な本能を目覚めさせたことを、私は世界にたいして許しはしないだろう。(……)
    彼の最後のことばは私の名前であった。呼びかけであった。
    しかも、私は答えなかった。

    夜/エリ・ヴィーゼル

  • 192二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 19:59:59

    サヨナラには色々なものがある。
    哀しいサヨナラもあろうし、ときにはありがたくてせいするサヨナラもあろう。
    盛大な送別の宴にて賑やかにサヨナラする者もあれば、誰に見送られることもなく一人でサヨナラする者もある。
    長いサヨナラがあり、短いサヨナラがある。
    いったんサヨナラした者が、照れくさそうにひょっこり帰ってくるのはよくあることだ。
    そうかと思えば、短いサヨナラのように見せかけて、なかなか帰ってこぬ者もある。
    そして、二度と戻ってこない、生涯にただ一度の本当のサヨナラもある。

    森見登美彦 「有頂天家族」より

    いつかこういう文章が書けるようになりたいな

  • 193二次元好きの匿名さん24/08/29(木) 22:07:54

    かつてはその人の膝の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。
    私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。
    私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。

    夏目漱石『こころ』

  • 194二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 07:38:35

    「旅団長である。どうにも私のことが気になって仕方のない連中がいるようだから、一度だけ告げてやる。いいか、これっきりのただの一度だけだ」
    一呼吸つく。
    「私は故郷でただの一度も獲物を仕留めそこなったことはない。いいな、私は仕留められたのではない―――」
    ちょっと勿体ぶった、皆が皆、聞き耳を立ててしまうような間を置く。
    「私の、この私自身の意思で、ちょっとばかり大きな獲物を仕留めたのだ。以上、終わり」

    樽見京一郎『オルクセン王国史2~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』

  • 195二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 07:52:41

    「貴様の不潔な手で、俺に触れてくれるな。」我々に包囲された犯人は言葉を吐き捨てたが、すぐに手錠をはめられた。「貴様はしらんだろうが、俺の身体には王家の血が流れているんだ。口を利くときには、そう、『どうぞ』とか『恐縮ですが』と言いたまえ。」
    「わかった、わかった。」ジョーンズは目をひんむき、くすくす笑う。「それではまことに恐縮ですが、上へおあがりください。馬車をつかまえ、殿下を警察署までご案内いたしましょう。」
    「よろしい。」ジョン・クレイは落ち着き払って言った。我々三人に尊大な会釈をしたのち、警官に身柄を確保され、静かに立ち去った。

       『赤毛連盟』アーサー・コナン・ドイル/大久保ゆう訳

    たぶん訳者によって言葉は変わるんだろうけど、ジョンの尊大な態度とそれにノる警部の対応が好き

  • 196二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 08:11:14

     先へ進みながらそう考えているうちに、不意によい考えが浮かんだ。全ファンタージエンはあのさすらい山の古老が書き記している本の中に入っているではないか。そしてその本というのは、かれ自身が物置で読んでいたはてしない物語なのだ。多分、今もかれの体験していることがみなその本の中に書かれていることだろう。だれかがあの本を、いつか──というより今この瞬間に読んでいるということが、当然ありうる。とすれば、そのだれかに合図をすることも可能なわけだ。
     そのときバスチアンの立っていた砂丘は、群青だった。小さな谷一つへだてて、炎のような赤の砂丘があった。バスチアンはその丘へゆき両手で赤い砂をすくうと、青い丘に持ってきた。そしてその砂を丘の斜面に一本の線になるようにまいた。ふたたび赤い丘にゆき砂をとってもどり、またいってはもどり、何度かそれをくりかえした。しばらくすると青い砂地に三つの大きな赤い文字ができあがった。

       B B B

     バスチアンは自分の書いた砂の字を、満足して眺めた、はてしない物語を読む人がこの合図を見落とすはずはない。このあと自分がどうなろうとも、ここにいたことはこれでわかってもらえるだろう。
    (ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』上田真而子 佐藤真理子)

  • 197二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 20:03:54

    「あなたに必要なのは、永遠をともにするほどに愛してくれるひと。でも、わたしには……ひとを憎んだり、責めたりするという罪を犯したわたしには、それは許されないことだから……」
    いま一度きつくラミィを抱く。
    「ラミィ、あなたを苦しめている永遠のかわりに」
    銀色の光が閃いた。
    「……滅びをあげる」
    (中略)
    「わかって、ラミィ……わたしは、あなたが、ずっと苦しまなくて済むよう……滅びをあげたいと思うほど……あなたが好き」
    この言葉を聞いて、青ざめたラミィの顔に感謝が浮かんだ。
    永遠から解放してくれたことへの感謝が。

    赤城毅『帝都探偵物語 夏薔薇が静かに散るとき』

  • 198二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 21:16:17

    スレ主じゃないけど次スレ立てていい?

  • 199二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 21:17:11

    想像以上に伸びてるし良いと思う

  • 200二次元好きの匿名さん24/08/30(金) 21:23:11

オススメ

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