【お盆SS】ホシノと先生と海！！(閲注)

1二次元好きの匿名さん24/08/16(金) 19:22:58

お盆の海に入ってはいけない。
死人に足を引っ張られ、あちら側へ連れて行かれてしまうから。
お盆の海に入ってはいけない。
その水の冷たさが、あの人の腕の中の暖かさを思い起こすから。
告別式を終えた私は、喪服のまま海岸を訪れていた。
靴を砂浜に脱いで整え、寄せては返す波の中に裸足のまま踏み入る。
私の足元に波が砕け、白い泡沫がひどく目に染みた。
泣き出しそうな鈍色の空と、それを反射した暗く澱んだ海へ一歩、また一歩と足を踏み入れる。
黒い喪服はさらに黒くなり、私の身を纏うそれはさらに重みを増していく。
伸び切った桃色の髪も既に濡れ始めていた。
胸元のあたりまで海水に浸され、冷温の度が私の中を遍満する。
私の歩みは止まり、あの人の遺体のことを思い出した。青白く、気持ち悪いほどに柔らかく膨れ上がったその体。潤いをなくし、乾き切った海藻のようになったその髪。かつての温もりが逃げ出した後の体温。水生生物によって食まれたその皮膚。濁り切ったその瞳。
他殺か自殺かすらも判別できないほどに欠損の激しい遺体を思い出していた。
土煙を巻き上げて歩みを進めていると、小さな魚影が何匹か見えた。
白鱚の稚魚だろうか。口の開閉を繰り返しながら、屈折するように海中を呑気に右往左往している。
あの稚魚も、彼の身体を啄んだのだろうか。
濁り切った両目で睨みつけ、荒みきった脳でそんなことを考える。
手を伸ばしてそれを捕まえようと、深く、より深くその身を沈めていく。
口が、鼻が、眼が塞がれる。
息ができなくなり、先ほどまで追いかけていた魚の姿もぼやけて消える。
気道が海水を拒絶して、私の喉を塞ぐ。
意思とは裏腹に、私の体は生きようとしているようだ。大切なものも守れなかったくせに、この頑丈さには心底腹が立つ。
どこか冷静になっていた自分は、意を決して海水を、海なった彼を大量に吸い込んだ。
肺胞のその一切が満たされていくのを感じながら、昏倒していく意識のまま、暗く深く冷たい海の奥底へと沈んでいく。

ようやく私は、彼と一つになれたのだ。