- 1二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:54:34
- 2二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:55:21
サイレンススズカは寝不足だった。近ごろ夢を見るからだ。それは彼女にとって、悪夢と呼べるものかもしれない。
──あれは、誰なんだろう。
まだ鳴る予定にない目覚まし時計は、午前4時を指している。もう眠れない。外はまだ暗く、この時間の外出は許可されていない。スペシャルウィークの寝息が聞こえる。スズカは彼女が蹴飛ばした布団をそっとかけ直し、白湯でも飲もうかと電気ポットに水をそそぐ。 - 3二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:55:51
「調子が悪いのか?」
そうたずねたのはトレーナーだ。
「いえ」
スズカは答える。
「そうだろうな。タイムだっていつも通り。……いや、いつも以上だ」ストップウォッチを片手に彼は言う。「脚の心配をしてるんじゃない」
「……お見通しですね」スズカは薄く笑った。「最近、おかしな夢を見るんです」 - 4二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:56:25
「明晰夢というものがあるね」一つ、二つ、三つ。アグネスタキオンは紅茶に砂糖を加えていく。「夢を見ていることの自覚がある夢だ。一般に、夢は脳が経験したことを整理するために生じるとされる。あるいは心理的な抑圧のあらわれだね。自分がどう在りたいのかという問いは、いつだって頭を離れないものさ」
「……夢枕、という言葉があります」マンハッタンカフェが眉をひそめる。「……非現実の世界では、何が起こってもおかしくありません。時間も、空間も。わたしたちの常識では説明できない法則が、そこでは働いている」
「それは夢だからね」
「だから夢なんです」
スズカは湯気の立つ二つのカップを見る。しばらくして、コーヒーの方に手をつけた。そして、紅茶には二つ砂糖を加えた。どちらも飲んだ。飲み干した。胃の奥からちゃぽちゃぽと音がしていた。 - 5二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:56:56
「トレーナーさんから話は聞いています」駿川たづなは資料室の鍵を開ける。「逃げの戦略を採用するウマ娘はたくさんいます」棚からファイルを取り出し、ぱらぱらと開いて中身をあらためる。「ですが、大逃げとなると話は別です」ファイルを閉じ、棚に戻す。「特別な才能が必要ですから」それを何度か繰り返す。「あなたのように」
差し出されたファイルのページには、一人のウマ娘の姿があった。白いメンコに、緑の勝負服。画像はやや古く、色あせていた。彼女の隣には誰の姿もない。そしておそらく、その前を走る者は、どこにもいないだろう。理由は説明できないが、スズカには確信があった。 - 6二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 23:58:02
カブラヤオー。
スズカはつぶやく。ベッドにもぐり込み、目を閉じる前に、彼女の名前を口にした。「カブ……?」スペシャルウィークの寝言が聞こえる。「大きなカブ……おいしそう」肩の力が抜ける。スズカは目を閉じた。明日目を覚ましたら、真っ先にお礼を言おうと心に誓って。おかげで力まずに済んだ。
寝つきはいい。寝不足の原因は、夢の中での疲労にある。「……今日で最後です」ゲートの中でスズカは言う。「決着をつけましょう」敢えて周りは見ない。そこにいるのはわかっている。実況もアナウンスもない。スタートのタイミングを、スズカは肌で感じとる。
そしてゲートが開かれた。
先頭の景色は、譲らない。