(SS注意)フライドチキン

  • 1二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:30:54

     こんこん。
     昼下がりのトレーナー室に、控えめなノックの音が鳴り響く。
     今日は週末、担当とのトレーニングはお休みで、誰かが来るという予定もない。
     俺がここにいるのは、溜まっていた事務処理のため。
     ではこの来客はなんなのだろう、と首を傾げながら、俺は腰を上げて扉へと近づく。
     鍵を外して、ドアノブを回して、ゆっくりと扉を開けた。
     
    「ハッ、ハロー、トレーナー」

     部屋の前には、一人のウマ娘。
     金色のさらさらとした長髪、少しだけ垂れ目がちな蒼い瞳、どこか浮世離れした雰囲気。
     俺の担当ウマ娘であるネオユニヴァースが、私服姿で小さく手を振っていた。
     もう片方の手を、後ろに回しながら。
     その表情は、微かに朱色に染まり、少しだけ緊張しているようにも見えた。

    「こんにちは、ユニヴァース……えっと、お出かけの帰り?」
    「“DENY”、むしろ、ここがネオユニヴァースの“着陸予定地点”だよ」
    「……ということは、俺に何か用?」

     俺がそう問いかけると、ユニヴァースはこくりと頷く。
     ……見たところ、緊急の用事があるようには感じられない。
     一体何事なのだろう、と続きを待つものの、一向に言葉は返ってこなかった。
     彼女はきょろきょろと視線を彷徨わせ、やがて意を決したように俺を見つめる。

     そして────その場でくるりと、踊るように一回転した。

     まるでバレリーナの如く、見惚れてしまうほどの美しいな身のこなし。
     そして、彼女が一瞬だけ背中を見せた時、紙袋のようなものが俺の視界に入った。
     再び正面を向いたユニヴァースは、もじもじとした様子で、小さく言葉を紡ぐ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:31:13

    「……トレーナー、どう、かな?」
    「ああ、とても綺麗だったよ」
    「……ッ!」

     ユニヴァースの目が大きく見開いて、ピンと立ち上がる。
     ああ、やっぱりアレを見せたかったのかな、と確信して、俺は言葉を続けた。

    「思わず、見惚れちゃったよ」
    「えへへ、スフィ────」
    「ああいうダンスも出来たんだね、本当にすごいと思う」
    「…………ネガティブ」

     そう小さく呟いた直後、ユニヴァースの耳がへにょんと力なく垂れてしまった。
     そして、少し不満そうな様子で、頬を少しだけ膨らませながら、俺とジトっと見てくる。
     ……理由は良くわからないけれど、どうやら、やらかしてしまったらしい。
     俺は彼女の視線から逃れるように顔を逸らせながら、原因を探るものの、まるで見当がつかない。
     仕方がないので、一旦、話を変えることとした。

    「そっ、そういえば、紙袋みたいなもの持っていたね、あれを買いに行ったの?」
    「……“EVA”をしているトレーナーに“補給物資”────『差し入れ』だね」

     ユニヴァースは、小さくため息をつく。
     そして、柔らかな微笑みを浮かべて、後ろ手に隠していた紙袋を差し出してくる。
     紙袋には、とある有名ファストフード店のロゴが描かれていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:31:36

    「このお店のフライドチキンなんて久しぶりに食べるなあ、昔は良く食べてたんだけど」

     ユニヴァースの『差し入れ』をテーブルの上に広げていく。
     奥深い香りが立ち昇るフライドチキンに、ナゲット、そしてビスケット。
     飲み物はお茶しかなかったけれど、なんとなく懐かしい気分にさせられた。
     
    「『昔』? 今は、あまり“摂取”をしていないのかな?」

     ユニヴァースは椅子に腰かけて、お茶を紙コップに注ぎながらそう問いかけて来る。
     学生時代、フライドチキンは俺の大好物の一つであった。
     毎日食べても飽きない、そう言い切れるほどの。
     複数人で食べるようのセット、一人でぺろりと平らげていたことを思い出す。
     そして、そんな遠い過去を見つめるようにしながら、俺は彼女へと言った。

    「ああ、食べないというか、食べられないというか」
    「……?」

     こてんと、首を傾げるユニヴァース。
     まあ、歳は取りたくないもんだよね、ということである。
     なんか色々と切ない気分になったので、俺は彼女の方へと話を矛先を変えた。

    「そういうユニヴァースは良く食べたりするの?」
    「このお店のものは“ファーストコンタクト”、ちょっとだけ『ドキドキ』してる」
    「あっ、そうなんだ……あれ、じゃあどうして、このお店を選んだんだ?」
    「ヒシミラクルの“SLCT”、街中で“偶発的遭遇”をしたんだ」

     そう言って、ユニヴァースは今日の出来事を話し始めた。
     俺への差し入れの中身を考えていたところ、ヒシミラクルと鉢合わせたらしい。
     そこで、彼女に相談をしてみたところ、このお店を提案されたとのこと。

  • 4二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:31:58

    「『期間限定セット』に『ポテトフライ』が『ふつーのJK』の“TRND”、だとか」
    「……DKの間違いじゃないかな」
    「……でも、『ポテトフライ』のお店は、“ハップル”できなかった」
    「ああ、気にしないでよ、これで十分だからさ」

     しゅん、と落ち込んでしまうユニヴァースに対して、フォローを伝えた。
     ……実際のところ、聞いただけで胸やけしそうだったので、助かったまである。
     俺の言葉にぴょこんと耳を反応させて、ユニヴァースは少しだけ気持ちを上向かせてくれた。

    「じゃあ、早速食べようか、せっかくの差し入れ、冷めたら勿体ないし」
    「……うん、いただきます、“ANOI”、めしあがれ」
    「はい、いただきます────それと、ありがとう、ネオ」

     そう言うと、ユニヴァースはふにゃりと、はにかんだ笑みを浮かべてくれた。

  • 5二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:32:15

    「“NaCl”がオーバーロード、“FAT”も……でも、『おいしい』ね」
    「なんというか、背徳感のある味なんだよな……いやまあ、普通に美味しいんだけどさ」

     俺はドラムで、ユニヴァースはサイ。
     それぞれ一個ずつのフライドチキンを手に取って、食べ進めて行く。
     ふっくらジューシで柔らかな食感、スパイスの効いたどこか懐かしい味付け。
     脳裏に、学生時代の思い出と、直近の健康診断の結果が流れていった。
     ……うむ、今は考えるまい。
     ノスタルジアな感情をゴミ箱にダンクしつつ、ふと、ちらりと彼女の様子を見やった。

    「あむっ……はむっ……」

     小さな口で、少しずつ食べ進めて行く、ユニヴァースの姿。
     どこか小動物を彷彿とさせるけれど、食べ方そのものは、とてもきれいで上品だ。
     同じものを食べているとは思えないな、と思わず苦笑を浮かべてしまう。
     
    「……トレーナー?」
    「ああ、ごめんね、俺も見習わないとなって、思っただけで」

     俺も、ネオを見習って、ゆっくりと味わうことにしよう。
     不思議そうにこちらを見るユニヴァースに笑顔を向けながら、俺は小さく口を開いた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:32:36

     チキンを平らげて、ナゲットもしっかりと食べ切って。
     そして、俺達はテーブルに残ったものを見て、少し困った表情を浮かべていた。

    「……ビスケットだけは“単一光子”だったなんて」
    「本来は一人用のセットだったんだろうね、おやつとしては丁度良かったけど」

     テーブルの上にぽつんと残ってしまった、丸いビスケット。
     俺達はお互いに手が出せず、ただそれをじっと眺めるという奇妙な光景が広がっていた。
     俺としては彼女に食べてもらいたいけれど、彼女としてみれば、多分逆になるだろう。
     どうしたものか、と悩むことは、実はあまりなかったりする。
     こういう時の、定番の解決方法を、俺達は知っていたから。
     やがて、ユニヴァースはおもむろにビスケットを手に取って────きれいに二つに割った。

    「“THRF”、トレーナー、『はんぶんこ』だよ」
    「うん、そうだね」

     ユニヴァースは、食べ物を『はんぶんこ』することが、お気に入りだった。
     だからこうして、事あるごとに、一つの食べ物を二人で分けることには、慣れているのである。
     俺は彼女からビスケットの片割れを受け取ると、ぱくりと、頬張った。
     表面はサクサク、中の生地はしっとり。
     バターの風味と甘い香り鼻先に広がって、淡白ながら豊かな味わいを演出する。
     ……学生時代はあまり食べたことがなかったけど、これはこれでなかなか悪くはない。
     ちょっと、味付けに物足りなさはあるけれど、味の濃いチキンの付け合わせには丁度良い。

  • 7二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:32:52

    「匂いや食感もとっても“COMF”、もう少し“MUTX”な味があっても……」

     そう言いながら、ユニヴァースは少しだけ視線を揺らして、そのまま固まってしまう。
     どうしたのだろう、と思いつつ彼女の視線を追いかけると、そこにはチキンセットの入っていた紙袋。
     そして、その近くには、黄色の小さい子袋が転がっていた。
     彼女はそれを手に取って、書かれている文字を読み上げた。

    「……『ハニーメイプル』」

     まあ、十中八九、ビスケットにかけるためのものだろう。
     俺達はきょとんとした顔を見合わせて────ほぼ同時に、吹き出すように笑い始めてしまった。

    「あははっ、これはやっちゃったね……また、今度これを試しに行こうか」
    「ふふっ、その時は、トレーナーと“ランデブー”だね?」

  • 8二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:33:12

     食べ終えてから、後片づけ。
     もう今日の分の仕事も終わっているので、ついでに戸締りも進めて行く。
     久しぶりに食べたフライドチキンはとても美味しく、彼女の心遣いも嬉しかった。

     心も身体も充実────しているのだが、一つだけ、頭の中で引っかかることがあった。

     それは、ユニヴァースと顔を合わせた時の、彼女の行動。
     突然、目の前でくるりと一回転して、俺がその身のこなしを褒めたら、不満を露にした。
     あれは何故だったのだろう、と思いながら、俺は空箱を手に取る。
     ユニヴァースが持っていた紙袋、その中に入っていた、チキンセットを収納していた紙箱。
     そこには、何人かのウマ娘の写真がプリントされていた。

    「……もしかして、URAとコラボしているのかな?」
    「アファーマティブ、期間限定セット用の新しい“外装”なんだ、とっても“DIGG”」
    「へえ、新しいデザインで作るなんて手の込んで…………あっ」

     ────刹那、頭の中に電流が煌めくような感覚。

     俺は慌てて、片付けを手伝ってくれているユニヴァースの方へと、視線を向ける。
     白のメッシュニット、うっすらと見える中のチューブトップ、薄い青色のロングスカート。

     普段とは違う、新鮮な、彼女の姿。

     ……何故、気が付かなかったのか、気が付いてあげられなかったのか。
     後悔と、至らなさと、恥ずかしさから、思わず手のひらで顔を覆ってしまう。
     俺は自嘲気味にため息をつきながら、彼女の名前を呼んだ。

  • 9二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:33:28

    「ネオ」
    「……トレーナー?」
    「……新しい服、可愛らしくて、それでいて大人びた印象で、君に良く似合っていると思う」
    「……っ!」

     ユニヴァースの耳と尻尾が、ぴんと立ち上がる。
     そして、彼女は目を細めて、頬を朱色に染めながら、嬉しそうな微笑みを浮かべた。

    「ビックバン……ちゃんと“観測”をしてくれていたんだね?」
    「……気づいたのは、本当に、今さっきなんだけどね、その、気づかなくてごめん」

     俺が謝罪を告げると、ユニヴァースはぶんぶんと顔を左右に振る。

    「最初は少し『おこ』だったけれど、ちゃんと“発見”してくれた、だから“NVEM”だよ」

     ユニヴァースはにへらと、顔を緩ませた。
     耳はぴょこぴょこと楽しげに動き回り、尻尾はぶんぶんと忙しなく暴れる。
     自分の表情に気づいたのか、慌てて両袖で口元を隠すも、幸せそうな表情は隠しきれない。
     そして、彼女は恥ずかしそうにはにかみながら、呟くのであった。

    「えへへ、とっても、スフィーラだね」

  • 10二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 04:34:30

    お わ り
    皆さんも土曜日から限定チキンセットとポテトフライ(全サイズ250円)とローソンでチョコ3個買う生活を始めましょう

  • 11二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 06:32:01

    ネオユニのKFCのコラボ衣装ドえっち過ぎて泣いちゃった

  • 12二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 07:24:04

    キールははんぶんこしやすいね

  • 13二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 16:25:37

    ヒミツ要素(はんぶんこ)好き
    ちょっとずつチキンを食べ進める様子がとてつもなくかわいい

    素直に感情を出力するおユニは威力がダンチなので
    なんぼあっても良いですからね
    悶えるほどかわいい

  • 14二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 17:01:07

    うん

  • 15二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 17:15:38

    素敵なSSでした!ネオユニ語の使い方も自然ですんなりと入ってきました

  • 16二次元好きの匿名さん24/08/22(木) 20:23:08

    かわよ

  • 17124/08/22(木) 22:30:49

    >>11

    新私服いいよね……

    >>12

    個人的に好きなのはサイです

    >>13

    時より普通の女の子っぽく振舞って欲しい

    >>14

    良くぞ言ってくれました

    >>15

    ユニちゃんの喋りは悩みどころなのでそう言ってくれると幸いです

    >>16

    ユニちゃんは可愛い

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